07:00 立花家
「ただいま、っと」
「あ、蒼さん!良かったぁ、本当に帰ってきたぁ……」
「なんだ可愛いな……じゃないや朝ご飯にしようか」
「はいっ!」
玄関を開けると、とてとてと音を立ててくたびれたパジャマ(私の古着である)を着た死神が出迎えた。すごい庇護欲をそそられる。これが雷の姐さんの心境なのだろうか。
そうして朝食を終えて、ゆったりとした食後を過ごしていた。
「美味しかった、あったかい、〜♪」
「そんなに気に入ったのならやり甲斐があるよ。それでさ、死神さん」
「は、はいっ」
「聞きそびれてたけど名前ってあるの?」
「えーっと……」
「話せないとかならいいよ?全然構わないから」
「思い出せないんです。私、元々は人間で死んじゃって、それで死神になったみたいなんですけどとても辛かった、苦しかったって記憶しかなくて……」
「そうなんだ……」
「気付いたら死神になっていて、命令の通りに亡くなる人や亡くなった人を迎えるお仕事をしているんです。あ、私はこれから亡くなる人の担当なんです」
「事故死とかの急死は別なんだね」
「亡くなった方がパニックになっちゃってますから、それでやれる人とやれない人っていまして……私には出来ないです……」
「職業柄パニックになった人を宥めるキツさは知ってるよ。大変だよアレは」
具体的には壊滅しかけた艦娘や不意に想定外の深海棲艦に襲われた漁船民間船などである。
手慣れている卯月の姐さんみたいな人が誘導するか、雷の姐さんのように強制的に精神誘導しないと救援も非常にやり辛いのだ。その上でもしもがあれば救援が遅かったと恨まれる可能性もある。
「それで私はこの街の担当なんですけど、私が視える人がそこそこいて、私が命を奪いに来たって思うみたいで……気付いたら皆そう思ってるみたいで……」
「怪異の影響とこの街の気質が最悪に合体してやがる」
「昨日もやっつけてやる、って心でたくさん塩を投げつけてられて……頑張って連れて行くことはしたんですけど……」
「優しいね、キミは」
「えっ?」
「私だったらそんな日常嫌だから転属させてくれって上に訴えるし死ぬ瞬間にサクッと出て刈っておさらばしちゃう。
でも死ぬ人が心残りがないようにって手を尽くしてくれたから私のじいちゃんは思い残すことなく私に全部伝えて託して逝けた。本当に感謝してるよ。だけど、そこって業務外のとこだろう?」
「余計なことをするなって言われますけど、私は悲しい顔をしたままの人を連れて行きたくないから……」
「やっぱり優しすぎるよ」
「わわっ!?」
そう言ってハグをする。言葉だけで感謝と想いを伝えたかった。
「せめて転属しない?この街はキミには優しくなさすぎるよ」
「えっと、そういうの、駄目だって」
「上司が?」
「はい」
「そっかァ……」
濁流さん辺りならなんとか出来ないだろうかと皮算用を立てながら別の話題を切り出す。
「仕事がないときはどうしているの?」
「その辺りをうろうろとしてます。向こうに帰ってもいじめられるから……」
「仕事がない、というかお迎えする時以外はこっちの世界に居なくちゃいけないけど、何をしてはいけないとかはないんだ?」
「は、はい」
「今日とか明日の予定は?」
「今日と明日はないです」
「そしたら私と一緒に色々しよう?私は明後日までこの街に居なくちゃだからさ」
「いいんですか?」
「いいっていいって!じいちゃんのことで両親も帰ってこれないから1人で暇だからね。いや、その後もウチ使っていいように親に話そうかな。ウチは皆キミに感謝してるからね」
「ふえぇ……」
丁度私の部屋が空くのである。部屋には困らない。転属できるのなら鎮守府にでも招きたかったが。
「それとーー」
ーーそれに怪異のような存在に名前をつけるって行為はすごい重要な意味を持つんだ。誰が名前をつけるか、っていうことを含めてね。
ーー八重ちゃんのことは君が面倒を見るって約束したんだから、名付け主は君であるべきなんだ。ま、名前って色んな意味で大事なものだって思ってくれればいいよ。
「?」
「ああいや、なんでもないよなんでもない。ハハ……」
出かかった言葉を濁流さんの言葉を思い出して飲み込む。いつまでも死神さん呼びでは不便なので何か呼び名を、と思ったが『名前がない死神』である状態の彼女に迂闊に名付けるのは良くないのだろう。
「さあ、どこから行こうか。今日も明日もそこそこ暇だけどイベントもあって、なんだよね」
「ど、どこへでもっ!」
さあ、どこから行こうか。
15:00 東条の街 廃神社
風景の撮影や母多の調査、死神の衣服を買ったりしてミッケ達一向と合流する時間になった。
死神は人の作った衣服を着る事は出来て、その上で霊感がある人でなければ服や装飾品ごと見えなくなるようだ。服だけ浮いて見えるホラー等が発生しないので気楽でいい。
ただ、私の服飾センスが乏しいのでモヤモヤが残っている。羽黒辺りがその辺り優秀なので帰ったら改めてコーディネートしたいと思うなどしている。
「あの、私までついてきていいんですか?」
「見えなきゃ見えないでいいし、構わないよ」
「あ、あ……蒼お姉ちゃん!」
「……」
宿題を忘れていたことがバレたときのような気まずさを2人から感じる。
「その様子だと、引き取り手は見つからなかったようだね」
「「……」」
「約束通り、明日帰る際にミッケは連れて行くよ。何、二度と会えないとかそういうのじゃないよ。画像でも映像でも様子は送るし、なんなら来てくれてもいいんだからさ」
「うん……」
「でも……」
「まあ気持ちはわかるけど、ね」
自分だってその立場になれば嫌だと思うだろう。しかし駄々をこねれば解決する話ではないし、2人共そこは理解できているようだ。
そんな私達のやり取りをよそに、ミッケは死神のことをそのビー玉のような丸い目でじっと見つめていた。
「ミッケ……ミッケ?どこ見てるの?」
「にゃあん?」
「え、あ……」
「ミッケ?」
(じいっと見つめる)
「はわわ……」
「ふうん?ミッケには視えるんだねェ」
猫が虚空を見つめていると度々言われるが、ミッケは視えないモノが視えるケースだったようだ。
その様子から1つ試みようと思い立つ。
「試しに使ってみるか……それっと」
「きゃっ!?」
「えっ、人!?」
「どこから!?」
「あ、あああ蒼さん!?」
「このヒトは死神さん。私が世話になったヒトで今日一緒に歩いてたンだ。フツーの人には視えないしお前達にも視えなかったみたいだけど、ミッケは視えていたようだからね。そしてこれは対象を誰にでも視えるようにする術具。それで視えるようになったワケだ」
こういう関連のアイテムは一通り渡されている。私が死神に使ったのとは逆に個人が霊視能力を獲得できるタイプの術具もある。
「誰にも視えていないならややこしいからそのまま、って思ったけどミッケには視えるみたいだからね」
「にゃあ」
(おっかなびっくりとした様子で触ろうとしている)
「死神さん、もっと堂々と行くンだよ。ほら、こう」
「わひゃっ!?」
「んなー」
ミッケの懐の深さに感謝しつつ触れ合わさせる。
「お姉ちゃん、何者なの?」
「ヒロ!?」
「最近はユーレイにヨーカイも相手したりする鎮守府の新人艦娘だよ」
我ながら胡散臭いパーソナルデータである。
「ともかく、ミッケの今後はそういうことで。ここからは私の抱えている問題なんだけどさ……母多神様って2人共知ってるか?」
「ぼた……?」
「ばーちゃんが熱心なやつだ!なんかこう……気持ち悪い」
「ヒロは知ってるのか。私も気持ち悪いと思っているよ。ただ、その熱狂的な信者が面倒事起こしそうで色々調べているんだ」
図書館で調べた限りだと空振りも良いところだった。専門的な知識と技能を持っていればまた違うのだろうが、少なくとも郷土史のようなモノには一切出てこなかったのだ。
「基本的なことからでもなんでも、知ってること教えてくれないか?」
「うん。母多神様は悪い気持ちを食べてくれる神様なんだって。嫌なことやつらいこと、そういう気持ちを吐き出すと食べてくれてスッキリする。それで自分は大丈夫だって自信が湧いてくるんだって言ってた」
「ふむ……」
狂咲から聞いていた内容と照らし合わせる。恐れや恐怖といった負の感情を糧に、信仰にしていたことからの変化球でそういうことも出来なくはないだろう。
「でも、そこからが怖くて。だからこの東条の街は安泰だ、最高だ、母多神様がいてくださるんだから!ってすごいテンションになっちゃって聞いてて怖くなったんだ。母多神様について話してる大人の人はみんなそうなんだ」
「悪いな、嫌なことを思い出させて」
だがこれで現状の一般的な信者の信仰形態は判明した。
「もういくつか聞いていいか?何かをお供え物に選ぶものはあるか、とか母多神様はどんな姿をしているか、とか」
「ううん……お供え物は知らないけど、『正しい姿』をしているみたいな話は聞いた気がする。怖くてそれ以上は聞かなかった」
「そうか、ありがとう」
「お供え物なら……関係あるのかな」
「カオリ?」
「いいお肉をどろどろになるまで腐らせて山に持っていってる人がいるよ。ばっちいなぁ、ってお母さんと言ってたんだけど、結構いるみたい」
「山?」
「あっちの山だよ」
カオリが示したのは母多がいる山だった。間違いないと見ていいだろう。
「文献無しでそういう行動はアリ、か。すごい参考になったよ、ありがとう」
「あ、あの、蒼さん!」
「うん?」
「もしかしたら関係あるかも……」
「死神さん?」
「私、これから亡くなっちゃう人のお迎えを担当していているんですけど、普通は亡くなってから行くんです」
「!」
「でも私は先に到着しているように命令されています。その理由が、この街だと時間をかけると亡くなった魂の多くが消えてしまうからなんです」
「普通は消えないんだね。……地縛霊とか自分が死んだことに気づいていない霊とかそういうやつか」
「はい。どういうわけかはわからないんですけど、そういう理由でずっとこっちの世界にいるようにって指示も受けていて……何かお役に立てますか?」
「事故死とかは担当外だって話だよね。そういう人たちの魂もすぐ消えちゃうの?」
「はい。だから回収が上手くいっていなくて偉い人が怒っていて……」
「それで死神さんに当たるのはクソ上司なンだよな。でもすごい重要な情報かもしれない。ありがとう」
もし、母多が死んだ魂を回収しているのだと仮定すれば。献上された負の感情やアレの構成物質である腐肉に加えて信者の魂も多数蓄えていると考えることが出来る。
(予想以上にヤバいかもな……)
「にゃあん?」
口に出して3人を不安がらせるのは避けたが、事態はかなり不味い方向へと向かっていると思われた。ミッケには伝わってしまったようだが。どこまでも聡い子だと感心する。
「3人共。もし何か起きそうな時は連絡するから、一時的にでもこの街を離れてくれ。引っ越せとは言わない。だけど、学校も仕事も無視して、家族を引き連れて一旦避難してほしい。詳しくは分からないけど、それだけ不安な状態だってことだけは知っていて欲しい。いつ何が、っていうのは全くわからないけどね」
「「……」」
「蒼さん、無茶は駄目ですよ?」
「私は大丈夫。頼れる仲間がいるからさ。その仲間と情報を整理してみるけど、どうか皆気を付けて。……母多神はロクでもない神様だってことだけは確かだから」
そうしてしばらく、暗い空気を吹き飛ばす為にもミッケを中心に記念撮影等をして過ごした。術具が機能している間は写真にもしっかり死神が写るようだ。
18:30 立花家
「さて、今日は何を食べようか。連続してオムライスってのもなんだし、ハンバーグでいい?」
「はい!……蒼さん、無理してないですか?すごい怖いことに関わっているようで……」
「りょーかい、今日はハンバーグ作るよ!……まあ、怖くないと言えば嘘になるけどね。でもそういう修羅場はたくさん経験してきたから今更かな。それに」
ハンバーグの材料を用意しながら呟く。
「鎮守府の仲間達は本当に頼りになる。私1人じゃ出来なかったことも皆んながいれば不可能じゃない。
そして、私って中途半端に首を突っ込んでどうにもなりませんでしたっていうのが一番嫌いでね。やるからにはしっかり関わって解決しないとスッキリしないンだ。生まれながらの性分、ってやつかなァ。だから今回も最後までやりきるよ。
それに死神さんやヒロやカオリもそうだし、父さん母さんも友永家の皆も大事に思ってる。麗華だって大事な友達だ。この街は嫌いだけどそういう人達まで巻き添えで不幸になってほしくはない。だから、やるよ」
危険に首を突っ込む理由としては上等だろう。
21:00 第127鎮守府 応接室
「やあ、お邪魔するよ」
「お越し頂きありがとうございます、濁流さん」
「悪いね。こんな時間に」
「話題が話題だもの。早いに越したことはないからね」
私、響と梓は濁流を呼び出して東条の街の件の確認を行うことにしていた。
「文章では確認できなかったけど色々と言葉や行動での確認は取れたわけね。その手の技能仕込んでおこうかしら……そこまで行くと詠ちゃんみたいな対怪異のエージェント育成になって行くんだけど」
「そこまでは領分を、と言いたいですがそうも言っていられませんか」
「損する技能じゃないからねぇ。……ふむふむ、うん。これは……」
「何か分かったのかい?」
「狂咲の言うリミットは1年、これは正しくもあり認識の齟齬とも言える。この調子で1年経過した場合を予想すると、東条の街には眷属以外の生命体が存在しない壊滅的な状態になる。手遅れのもっと先だ」
「……!」
「眷属になるなら良し、なれないやつは全員汚染と腐食で死ぬ。近隣の都市にも甚大な影響が出る。そういった状況になるだろうね。おそらく活動が活発になったのはエーテル出現後のこの10年程度だろうけど、やってることが効果的すぎる」
「自身の力の源になる負の感情を集め、肉体を構成する腐肉を奉納されていることに由来するのかい?」
「後は魂の吸収もウェイトが大きい。即応でないとはいえ死神の魂の回収速度は十分なはずなんだ。
それが追いつかない速度で横取りできているとなると相当母多のフットワークも軽いと言えるし、回収された魂が信者なら美味しくいただけて非信者なら大抵負の感情を持った街の被害者。こっちも美味しくいただけちまうよ」
「厄介な……」
「それを踏まえて私が雑に提示するタイムリミットは……半年。急げば急ぐほど助かる命があるって訳じゃないけどこのラインを超えたら大災厄と化す。そう思ってくれていい」
「夏が期限ですか」
「うん。だからなんとか介入する切欠と口実と戦力を捻り出さなくちゃね。せめて前提条件として2つ欲しいなぁ」
「2つかい?」
「1つは成分解析。おおよその性質は検討がついたけど詳細に分かったほうが効果的に対処できるからね。眷属といっぺんやり合ってその残骸でも回収したいところだね。そして本戦の際にもより解析できれば御の字なんだけど」
「もう1つは?」
「……あの街に直接介入出来ている組織はいない。だけど私達『組合』とアースガイドがそれぞれ睨みを効かせている状態だ。これがいざって時に足を引っ張り合わないように連携を取る必要がある。グダればそれだけ母多に有利になるからね」
「聞いている限り数ヶ月で解消できる溝ではないようだね」
「お互いがお互いを認める機会も理由もないからね!一応警告とかはやっておくけどね……」
「響さん。その他に突破口を見つけたという話は?」
そう。可能性レベルだがもう1つあるのだ。
「東条賢三氏は妻と息子の妻、つまり麗華氏の母親を亡くしている。だけど息子の裕也氏は健在で現在東条の外にいるんだ。賢三氏のとった生き残り戦略の一環で、東条の街を軸にして街の外にも財閥の影響を与えて『近代の波に飲み込まれる地方都市』から『近代の波ごと飲み込む側の地方都市』とすべくね」
「へぇ。もしかして母多への耐性はある方?」
「不明だけど、娘の麗華氏より下でありながら母多が付け入らなかった程度には高いからこそ今の依り代が賢三氏である、と考えられるんじゃないかな。想像に過ぎないけどね」
「なる程。従来の東条一族特有の耐性持ちで状況を理解できているなら味方にしたい駒だ。けど博打でもあるね。どうするつもり?」
「彼は東条の街の外の系列企業の代表というポジションに居る。商談の形で接触できないかと思っているよ」
「ふむ。実行するのは?」
「私達と提携しているYMTコーポレーションの亜贄社長に依頼するつもりだよ。そういうのが得意な夕立を変身を解除させて臨時秘書として遂行させてね。まあ、まだペーパープランだし亜贄社長にも話を通していないけどね」
「それなら部外者の母多寄りの連中に勘付かれることもなさそうだ。オッケー、こっちはこっちでやれることをしよう」
「頼むよ」
「直接戦闘になれば我々が事後処理も込みで対応しますが、根回しとなると後手に回らざるを得ません。よろしくお願いします」
「任された。というか全面的に本来は私らがやるべき案件なんだけどね。流石は『主人公』だよ江風ちゃんは、全く」
頭を掻きながらボヤく濁流。逆に言えば江風がいなければ最悪の事態まで解決できない可能性も高いと言える。
「江風が巻き込まれるなら首を突っ込まないわけにはいかないからね」
「えぇ。でなくては第127鎮守府の意義がありません」
しれっと巻き込む予定の亜贄社長としてはとんだとばっちりかもしれないが。
またしても巻き込まれるハギト社長。