3月23日 午前10:00 第127鎮守府
新人達にとって衝撃の事実開示が行われて数日。さらなる問題事が127に舞い込んできていた。
「えぇ、皆さんお揃いですね。はぁ……」
頭を抱えることを隠すこともしないてーとくが一同を集めた。傍らには鎮守府とは関係なさそうな人が2名いる。
「私の出向元の直属の上司、オラクルのシャオからの命令でこの2名をこちらで鍛えることになりました。えぇ、所属はアークスのはず……です」
「はずってなんだっぴょん」
「シャオの仕業か何か知りませんがデータベースにないんですよね」
「胡散臭い……」
「まあでも敵意や害意は感じられないのです。むしろ逆……?」
敵意センサーの電が安全だと言うが本人も困惑気味である。
「まあ、いいでしょう。お二人共自己紹介を」
「僕はーー」
「私(わたくし)はコハルと言いますわ!梓お姉様の妹として、この双小剣で一層鍛錬に励む所存ですわ!」
「「……は?」」
「コハル。まあ想像はしていたけど。……僕はライルと言います。コハル共々よろしくお願いします。クラスはバウンサー、武装はジェットブーツです」
「……」
てーとくをお姉様呼びするという謎の発言をぶちかましたコハルは後ろ髪を前に流した紫苑の縦ロールの髪型ーー艦娘春風が近いかーーであり、八重に並ぶような高身長で紫の和服を着込んだ女性だ。狂気が見え隠れしている、というか隠す気がない。
ライルと名乗る少年は水色の長くもなく短くもない髪に一般オラクル人が着ていそうな衣服だ。やや童顔といったところか。私と同世代ぐらいだろうか。背は私と同程度。苦労性なのが見て取れるが、問題はその名前である。別にありふれた名前ではあるが……幼い頃てーとくが喪った弟の名前がライルである。成長すればこれぐらいになったであろう感じだ。それを思ってかてーとくの表情も重い。
「……何故このタイミングなのか。何故教練担当の教導部で扱わずに私に投げるのか。すべてが謎ですが、こちら式で鍛えていけということです。オラクル側のクエストが発生した場合はそちらを優先するそうですが……」
「お姉様の指導、胸が熱くなりますわ……!」
「よろしく、お願いします」
変に情熱的なコハルと何かに行き詰まっているのか鬱屈気味のライル。なんでこのタイミングで、と言いたいが送ってきたのはてーとくの直属の上司ということになっているーー流石にアークスが公にダークファルスを子飼にしているとは言えないのでアークスとは別扱いになっている権限持ちであるーーシャオ、つまり模倣シオンの采配である。意味はあるのだろう。
「響だよ。その二人の扱いについてはお任せするよ。私には傾注しなければいけない用事があるからね。……その上で、『127鎮守府はよほどのことがない限りマザー・クラスタの妨害をしない』ことを約束して欲しい」
「響さん、マザー・クラスタとの折衝で得た答えがそれというわけですか」
「え、姐さんいつの間に!?」
「そうだよ梓。それを条件に母多神への協力を取り付けた。その前に彼らの本懐を果たしてから、という但し書き付きでね。
その上で言うけれど、妨害をしないということは味方しなければいけないというわけでもない。その上でどう動くかは個々の裁量に任せるよ。私からは以上だよ。情報室に戻るね」
言うだけ言って響の姐さんは戻ってしまった。
「アレがお姉様の言っていた江風……」
「……」
(なんだ?)
コハルとライルからやけに注視されている気がする。今日が初対面なのに。
「では、訓練を始めていきます。シャオからの通達で強めに圧をかけていいとのことですので、テストがてらお二人の様子を見させて頂ます。朝潮さん達28年組は体験という形で実際に動かなくて構いません。……では」
そう言っててーとくが圧をかけ始める。普段の訓練を全力として6割といったところで、艦隊戦で言うなら圧倒的な数に囲まれた中での殺気であり、アークスで言えば大型ダーカー複数体を相手取るような感覚だ。つまりかなり絶望的な戦況下と言える。ちなみに昨年私達が初訓練で受けた圧は制御しきれていなかったこともあり、5割程度だった。逆に言えば新人のいない普段の訓練は対ダークファルス級の圧の中で行われているということだ。
「うっ……」
「荒潮!?」
「これは……アゲアゲではいけないですね……」
「これでも、強め程度なんですか!?」
「中々に厳しいな!」
悲鳴を上げる28年組の反応も仕方がないだろう。まだ2、3割程度で慣らしていたのだから。
「くふふ、行けますわ……!」
「何をすればいいですか」
「!?」
2人は意外とこれを耐えてみせた。その上でまだ動けるようだ。
「ふむ、では持久走を。妨害付きで回避に専念で」
てーとくがそういうと訓練用の迎撃してくる的が起動し、撃ち始める。
「貴方達のタフネス、見せて頂きます……!」
30分後
「……訓練終了、お疲れ様でした。かなり動けるようですね」
どちらも多少の被弾こそあれど見事に走りきっていた。コハルは蛇のような蛇行挙動で、ライルは堅実な動きをしていた。正面からの弾幕に強いのはコハルで全体を見れているのはライルという違いもあった。
「ではしばらくの休息の後、誰かと模擬戦をーー」
「江風でお願いしますわ」
「江風でお願いします」
「なンでさ!?」
揃って指名される覚えは断じてない。ないはずだ。
「……江風さん、お願い出来ますか?」
「いーけどさ。どうしてこうなった……」
そしてしばし休息の後。先に相手するのはコハルだ。
「どちらかが戦闘不能になった、ないし私が止めたら終了です。では、開始!」
「うふふ……ッ!」
てーとくの宣言の直後、コハルが一気に攻め寄せてくる。
「PA(フォトンアーツ)じゃ、ない!?」
「そぉれぇ!」
「対応できない動きじゃ、ない!」
地を蛇が這うような動きで接近したかと思えば跳躍しつつ斬り上げ、また刃を振り下ろす。1つ1つは対応できる動きだが……
「それ!それそれそれそれ!」
「ッチ、攻撃の粘度が高いな!」
絡みついてくるような執拗な攻めに対応しあぐねる。私の戦い方が一撃離脱であれば彼女の戦い方は張り付きだ。一息が、おけない。
「こン、のォ!」
「崩れましたわね!」
無理矢理蹴り飛ばす。それで体勢を崩した私に素早く斬り込んでくる。それが狙いだ。
「江風ェ!」
『きひひっ!』
『ゾーン』に入る。すべてがスローモーションに見える。コハルの剣筋が視える。それに沿うように刃を置く。そしてその一瞬で『ゾーン』を終了する。
「っぐぅうう!!?」
「そこまで。勝者江風さん」
私を通り過ぎて派手に転ぶコハル。それと同時にてーとくの宣言が入る。
「うっぐぅ、痛ッ……!最後の一瞬、視えませんでしたわ……!」
「コハルさんの実力の大凡は把握しました。捌きにくい連撃を続ける技量。中々に強いですね。江風さんは『ゾーン』の扱いにまた磨きをかけましたね。お見事です」
「お姉様に褒められたけど悔しい……!」
「ありがと、てーとく」
「これが江風……!次は、次こそは負けませんわ……!」
「私の何がお前を駆り立たせるンだよマジで」
彼女の対抗心は一体。
「まだ、まだ言えませんわ……!ですが言えるようになる頃には貴方を屈服させて差し上げますわ!ほぉ~っほ!!」
彼女の動きと最後の笑い声で頭の中にあるピースがカチリとハマった。
「なんつーか、イタギザクリだなお前……」
「ッ!?」
イタギザクリ。PSO2の惑星ハルコタンに登場する黒の民という種族のエネミーの一種。下半身は蛇で両手が鎌の異形の女性型エネミーで、叫び声が今のコハルのように独特なのだ。
思えば蛇のように地を這うような動きも鎌めいた双小剣の扱いもそれっぽい。そう1人得心がいっていると、コハルは何故か動揺し始めた。
「つ、次こそは負けませんわよ覚えてらして〜!!」
「なんか捨て台詞吐いて逃げていきやがった……」
「はぁ、コハルは……」
事情を知っているらしいライルが嘆息する。苦労人気質なのかもしれない。
そしてまたしばらく休息の後。
「ルールは先程と同じ。では、開始!」
「加減はしない!」
「チッ!」
ライルの武器はジェットブーツ。アークスのクラス『バウンサー』が操る打撃かつ法撃媒体になる攻撃と補助が一体になった武器種だ。
蹴りによる連撃が主体で、そこからの派生で様々なバフをかけつつ多彩な動きに繋げられるトリッキーなバトルスタイルだ。
例えば開幕空を駆け突っ込んでくるPA『グランウェイブ』は攻撃対象に突っ込んだら乱れ蹴りをかますのが基本動作でありーー
「ンのっ!」
「派生!」
「ヂッ!」
派生で強い衝撃波を放ちつつフォトンの力で回避に特化した後転をしつつ、支援テクニックで防御力増強バフの『デバンド』を発動することが出来る。4つだけのPAしか持っていないが実質8種のPAを巧みに繰り出すのがジェットブーツだ。
「逃さねぇ!『レイジングワルツ』!」
「『ストライクガスト』!」
私の追撃に対し回し蹴りで対抗するライル。受け方が上手い。
「派生ーー」
「『ファセットフォリア』!」
「ぐっ!?」
『ストライクガスト』の派生は強力なかかと落としとその衝撃波に加え、これまた支援テクニックで火力増強バフの『シフタ』を発動するという厄介な代物だ。これに対して私は攻撃と回避が一体になったPA『ファセットフォリア』による長時間攻撃でいなしつつ制圧をしにかかる。
「まだ!『ヴィントーー』」
「無理矢理やるかよ!?」
「『ジーカー派生』!」
「『フォールノクターン』!」
「避けられっがっ!?」
「『シンフォニックドライブ』!」
ジェットブーツの必殺技に相当する『ヴィントジーカー』は打撃やテクニックのヒットに応じて溜まる力を放出しつつ付与している属性ごとぶつける属性攻撃だ。これが派生になると強力な蹴りの一閃を放つ形になる。状態異常をぶつけたければそのまま、威力で刈り取るなら派生といった使い分けである。
私は跳躍から斬りかかる『フォールノクターン』で回避し、追撃で『シンフォニックブレイク』の本来の形である魚雷なしの蹴りである『シンフォニックドライブ』を叩き込んだ。
「そこまで。勝者江風さん」
「がはっ……!」
「ふぅー、あっぶねェ」
アークス自体は火力に特化して耐久力に欠ける種族特性をしている。よって、アークス同士の戦いは直撃を与えられるか否かで勝敗があっさりと決まる。対ダーカーには延々と回避ないし受け流しつつ高火力を叩き込むのが常道である。
ダークファルス由来の耐久力と被弾しても痛みで揺らがないてーとくのムーブが異常なのである。ちなみに大抵のダーカーも大して耐久力はない。モノによっては防御能力の高い部位を持つものも存在するが、どこかにダーカーコアという弱点があるためそこを突けば脆い。
「くそっ、僕はまだまだ……!」
「お前も私をなんで目の敵にするかね」
ライルの場合、私への対抗心というよりは自身の不甲斐なさに憤っている様子だが。
「ライルさんは型がいいですね。お手本のようなジェットブーツ捌きでした。それを伸ばしていけばより高みを目指せるでしょう。江風さんは柔軟に対応できましたね。お見事です」
「ありがとう、ございます……」
「ジーカー派生なんて喰らったら一撃KOだからビビったよ正直」
基本に忠実かつかなり肝が座っているというか覚悟完了した戦い方だった。
「現在の所見ですが、コハルさんもライルさんも素早く仕留めることに焦っている様子がありますね。対雑魚ダーカーの群れ相手では間違いではないですが……逆に江風さんのような相手に迎撃を合わせられると弱いようです。じっくりと攻める忍耐力を鍛える必要がありますね。なる程、私に預けるわけですね」
艦隊戦は基本的に一撃必殺で勝負が着く戦いではない。お互いの戦闘距離に捉えて当たるまで陣形も体勢も崩さず粘り強く撃ち合う必要があるのが基本だ。要は気が逸ると負けるということだ。アークスと違う観点であり、それを備えられたアークスは強いだろう。それこそてーとくのように。
「陽炎姉さん、参謀。訓練プランを組みたいので会議を」
「お姉ちゃんにまっかせなさーい!」
「艦娘とは違うが……憲兵隊の動きに取り入れられるものもあるやもしれんな」
「お二人共プランが決まるまでしっかりと休んでください。必要な時に取る休養もまた重要ですからね。江風さん、案内を」
「はーいてーとく」
とりあえずは食堂でいいだろうか。
12:00 第127鎮守府 食堂
「これが、これがお姉様の言っていた地球での食事……!」
「コハル」
「分からなければ関係ありませんわ!」
「何を聞かせられているンだよ私は」
出された食事に目を輝かせるコハルを嗜めるライル。だがライルも瞳の奥に期待を隠しきれていない様子だった。
そうして食事を摂りながら、私は困っていた。何を話せばいいのかわからないのだ。コハルはてーとくのことをお姉様と呼ぶがてーとくはコハルを知らない様子でてーとくの亡き弟と同じ名前のライルもどこか怪しい。
それらについては『まだ』話せないと言われてしまっている。ついでに私を注視していた理由も明かせないとのことである。惑星シャオの許可が降りるまで。
「聞きたかったんだけど」
口火を切ったのはライルだった。
「江風はどうしてあの戦闘スタイルになったんだい?」
「どうしてってーと……そうだね。元々は艦娘として砲撃雷撃やってて……ってとこは知ってる?」
「うん」
「聞いていますわ。貴方が異常適性(イレギュラー)であることも」
「ふうん。なら話がいくらか省けるね。その適性のせいで元々射撃戦前提なのに超接近戦じゃないと戦えないタチでね。その中でエーテルに目覚めた時に手にしたのがこの双小剣だった。
駆逐艦娘は耐久が脆いから回避が重要でね。てーとくのいなし方や卯月の姐さんの機動戦を参考に私なりのやり方を突き詰めていったら、急襲による一撃離脱タイプになったってとこだよ。
なにせ仲間がいる前提だからね。私が注意を引いたやつは仲間が倒せばいい、逆に仲間を狙ってるやつの横っ面を私が襲えばいい。そういう連携が前提にあるのさ」
「連携……か。僕も出来るといいけど」
「ジェットブーツは連携前提の武器種だろ?なにを悩んでいるんだ?てーとくだって動きを褒めてたしさ」
「背中を支えたい人がいるんだ。だけどその背中は遠くて……1人でなにもかもやってしまいそうで、心配で」
「それが理由かァ。そこはコツコツ経験積んで自信つけて実力つけてなんとかするしかないよね。私だって、てーとくが馬鹿強いのは百も承知だけど背中は任せてって言いたくて頑張ってる所あるし」
それにてーとくが言っているのだ。どれだけ力があっても1人では限界があるのだと。ならば、それを支えられる程度の実力を付けて支えたい。これは私に限った話ではない。
「逆にライルはジェットブーツ使うようになったきっかけはあるのか?確かにサポート向けとはいえそれならテクターのウォンドやタリスもあるだろ?」
クラス・テクターはそれこそ支援が本懐のクラスである。特にウォンドを使う戦闘スタイルこそ「原人」などと言われるようなひたすらに殴りぬくスタイルだが。タリスについては海が砲撃をタリス投擲に見立てて戦場を有利に構築する攻めの姿勢で活用している。
「僕は適性が中途半端だったんだ。打撃も法撃もそこそこ。逆にこれ、といったものがなくて。全てを目茶苦茶に扱える姉さんと比べられて、自分でも比べて悩んでいたんだ。そこをカトリさんとサガさん、バウンサーの担当官に声をかけられたんだ」
「劣等感か」
カトリとサガ。PSO2で登場するバウンサーを創設し、バウンサーをやってくれる人物をいつも募集している人物だったはずだ。一プレイヤーとしてPSO2にログインしていた頃にもそうやって募集をしているのを見かけた記憶がある。
「カトリさんとサガさんは僕を『あの姉の弟』としてではなくて個人として見てくれて、ジェットブーツへの適性は姉以上だとも言ってくれて。僕に勇気を与えてくれた。だから、僕はジェットブーツで姉さんをサポート出来るようになりたいと思ったんだ。まだまだ実力が追いついていないけれど」
「ライルはカトリさんが初恋なんですのよ」
「コハル!それこそ君だってコトシロさんが……」
「ほぉ~っほ!そそそそれでは私の経緯について話しましょうか!」
「お前達が凸凹コンビなのはよく分かったよ」
カトリさんは黙っていれば美人の類だ。口を開けば残念なのだが。それを掣肘するサガさんとの夫婦漫才ーー付き合っているかは知らないがーーが有名だった記憶がある。コトシロというのは誰なのか記憶になかった。
「私はお姉様の為、そして一族の復讐の為。ダーカーは滅ぼしてくれますわ!」
「コハルはとある惑星でダーカーに滅ぼされた現生住民だったんだ」
「なる程ね」
「絶望の淵から掬い上げてくれたお姉様の恩に報いるためにも、姫様に黒の民未だここに在りとーー」
「コハル」
「ーーおほん。お姉様をお助けしダーカー共を討ち滅ぼすのが私の目的ですわ」
「誤魔化されたことにしておくけど口の緩さなんとかしろよお前」
なんというか色々と察せてしまった。
「私は武門の家の出なので戦闘技術はそこからですわ。それをアークスのように少々擬態しているといったところですわ」
「双小剣(ツインダガー)使ってるぐらいしか共通点なかった気がするけどな!?」
アークスってなんて緩い組織なんだろうか。それで痛い目を見ないだろうか。コウタさんらユーザーアークスをそのまま活用していた辺り根本的にそういう組織なのだろうが。
「で、127に出張訓練しに来た理由ってあるの?」
「「より質の高い経験を積むため」」
「……へぇ。ま、そこらのアークスより質がいいって思われるのは嫌じゃない。127でしっかり鍛えて本懐を果たせばいいさ。そ・れ・と」
両手で2人をそれぞれ指差す。
「抱え込んで1人でなんとかしようとするなよ?人手が必要なら127を頼りなよ。勝手に突っ走って失敗しましたとか泣いてたらぶっ飛ばすからな」
「……うん」
「覚えておきますわ」
これだけは何度でも主張していかなければならない。
この時、もっとそれを言うべき相手が言うべき事態に陥ってることに私は気付く術がなかった。そして、『物語』は転がっていく。