ルドルフに宣戦布告をした次の日の放課後。
彼女に伝えた「走るの禁止」という言葉の真相を伝えるため、俺は寮の自室にテイオーを呼んでいた。
「ねぇ、トレーナー! 走るの禁止ってどういう事!?」
「落ち着けテイオー確かにちょっと言い方が悪かった」
テイオーが俺のベットに座りながら、足をばたばたさせている。凄く不満そうだ。
そんなテイオーへ説明する為に、俺は自室に置いていた大きめのホワイトボードを持ってくる。
これは俺が「何かと使いそうだし」と思って買ったものだ。
トレセン学園にはトレーナー室というものが存在するが、それはチームを結成しているトレーナーに優先的に与えられるものだ。俺みたいな一人のウマ娘だけを担当する専属トレーナーには無かったりする。
なので、俺は寮の自室をトレーナー室兼ミーティングルームにする予定でいたのだが……早速使う機会が来たようで何よりである。
俺はホワイトボードの前に立って、ペンを取る。
「まぁ、順を追って説明していくぞ。ちょっと話が長くなるかもしれないがいいか?」
「むぅ……分かったよ」
さてテイオーの確認も取れたことだし、説明を始めますか。これからのテイオーの走りに関してとても大切な事だからな。
「まずそうだな……テイオーの走法に関してから話していくか」
「走法? ボクの走り方って事?」
「そうそう」
俺はペンのキャップを取ると、ホワイトボードに簡単な振り子のようなものを二つ描く。
振り子の長さと玉の大きさは一緒で、振れ幅だけが違う振り子だ。片方は振れ幅が長く、もう一方は振れ幅が短い。
「テイオー、ピッチ走法とストライド走法って知ってるか?」
「え、えっと……分かんないや」
「まぁ簡単に言うと、ピッチ走法は一歩一歩の歩幅が短い走りだな。図で示すとこっち」
俺はそう言って、ホワイトボードに描いた振れ幅が短い方の振り子に「ピッチ走法」と書いておく。
「んでストライド走法が一歩の歩幅が大きい走り方だな。これはこっち」
そしてもう片方の振り子に「ストライド走法」と書く。
「ピッチ走法は足の回転数が多いから、最高速度にたどり着くまでが早くて、消費エネルギーが多い。んでストライド走法は歩数が少ない分、最高速度にたどり着くまで少し遅いが、消費エネルギーが少ないな」
テイオーは「ほうほう」と呟きながら話を聞いている。しっかり聞いてくれているようで何よりだ。
「さてここで問題だ。テイオーの走り方はどっちだと思う?」
「ボクの? うーん……そんな大きく走ってないと思うし、ピッチ走法かな……?」
「残念。正解はどっちでも無いだ」
「えー! それって問題になってないじゃん! ずるいよトレーナー!」
テイオーがぶーぶーと文句を言ってくる。
確かにこれは意地悪すぎたかな…… けど、それだけテイオーの走り方が個性的……悪く言うなら歪なのだ。
「テイオーは足の回転数だけで言えばピッチ走法くらいだ。けど一歩で稼げる距離だけを見るならばストライド走法なんだよ」
「……え、えぇ?」
テイオーが混乱したような目でこっちを見てくる。
俺はそんなテイオーに対して「つまりだな……」と続けて説明を続ける。
「ピッチ走法とストライド走法の良い所を足したのが、テイオーお前の走りだ」
「え! それってボクの走りが凄いって事!?」
「あぁそうだな。少ない歩数で距離を稼ぎつつ、最高速度に達するのも早い。走りの速さだけを見ればこれ以上無い走り方だ。走りの速さだけを見ればだが」
「……どういう事?」
俺はホワイトボードに描いた振り子の棒の部分をペンで叩きながら言った。
「テイオーはここの部分がバネみたいなんだよ。テイオーの体が柔らかいおかげで、まるで飛ぶように走っているんだ」
選抜レースや模擬レースで見せてくれたあの走り。ぴょんぴょんと跳ねているんじゃないかと錯覚しているんじゃないかと思うほどだ。
周りを魅了してしまうほど、歪だけど綺麗な走り。
「けどな……この走り方はテイオーの足にとんでもない負担がかかっている。走ってる最中に常に体重を乗せて、その反動で加速しているからだな」
俺以外のトレーナーだったら彼女の強みを活かすトレーニングをするかもしれない。
そっちの方がテイオーだって簡単に三冠が取れて、ルドルフを超えれる可能性だってある。
が、俺はそれ以上にテイオーの足を、テイオーのウマ娘としての競技人生を壊したくないのだ。
「……俺はテイオーの走り方を直したい。だから、一旦テイオーが走るのを禁止にしたんだ」
~~~~~~~~~
「えっと、つまり今のボクの走り方は足に凄い負担がかかってるって事?」
「……まぁ、そうだな」
「でもボク、足とか痛んだ事ないけど……」
「今はそうかもしれないが……多分どこかで足が壊れると思う。具体的な時期は分からないけどな」
「なんで分かるの?」
テイオーが俺に尋ねてくる。
そりゃいきなり貴方の足が壊れますって言われても納得出来ないよな。
とはいってもその根拠も俺のフィーリング的な部分が強いんだが……しっかり話しておくか。
「この前テストって言って600m走って貰っただろ? その時テイオーの走り方見て、自分で再現してみた。そしたらまぁ負担がヤバくてな……」
「へーー……ん?」
テイオーが何故か凄い納得いかなそうな顔をする。
「ちょっと待ってトレーナーってボクの走り真似出来るの?」
「出来るぞ。いやまぁ完璧では無いけど」
俺は他の人より「目」がいい。目がいいというのは視力的な意味合いでは無く、視界から得られる情報が他の人より多いのだ。例えば見ただけで他の人の身長とか、コースの長さが大体分かったり。後は走り方の特徴を把握出来たりする。
それを活かしてテイオーの走りを観察し、再現。そして自分の体でテイオーの走法の負荷を確認したという訳だ。
「え、何それ凄いじゃん! もしかしてカイチョーの走りも真似出来るの?」
「まぁ、多分やろうと思えば……」
「じゃあトレーナーがカイチョーの走りを真似すれば誰にでも勝てちゃうじゃん!」
「そうはならないんだなこれが……」
いくら走り方を真似出来ても、そのウマ娘本来の速さまでを再現できるわけでは無い。
「これは俺の考えなんだけどな、同じ走り方っていうのは存在しないんだよ。そのウマ娘の身長や体重、筋肉の付き方……色んな要素があって走法っていうのは存在すると思ってる。だから俺がやってるのは劣化コピーなんだよ」
例えば、レースなんかをしっかり見てみると、それぞれのウマ娘が特徴的な走り方をしていて面白かったりする。
まぁ劣化とはいえ分かる事だってある。それが今回のテイオーの走り方の解析に繋がったという訳だ。
「なるほど……じゃあ今の走りを続けてたら……」
「あぁ、いつか足に限界が来る」
「……」
テイオーが黙り込む。
今提案した事はテイオーにとって辛い話になってるだろう。俺はテイオーの個性の一つを殺そうとしているのだから。
もしこれがきっかけでテイオーから契約解除とか持ちかけられたらどうしよう……
「……よし決めた!」
テイオーが沈黙を打ち破り声を上げる。そして俺の方を真っすぐ見て口を開いた。
「トレーナーがボクの事考えて提案してくれたんでしょ? だったらボクはそれを信じる。走り方、直すよ」
「……いいのか? かなり難しい事言ってるぞ?」
「ふふん、ボクを誰だと思っているのさ。無敵のトウカイテイオー様だぞ?」
……あぁ、そうだな。ルドルフを超えて一番速いウマ娘になるんだもんな。
「だからトレーナーもボクを信じてよ! このくらい、何て事無いもんね!」
テイオーが自信満々にそう宣言してくれた。
……もしかしたらまだ俺は心のどこかでテイオーを信じ切れてなかったのかもな。全く情けないかぎりだ。
俺は両手でパンッ! と自分の頬を叩く。
「……よし!」
俺も変わろう。テイオーが信じてくれたんだ。信じられるトレーナーにならなくては。
「じゃあ、早速だけど具体的なトレーニング法の説明だ。頑張るぞ、テイオー」
「うん! なんでもこなしちゃうからね!」
~~~~~~~~~
「ぐええええええええええ」
「テイオー! フォーム崩れてるぞ!」
「うええええええええ!!!!!!」
トレセン学園の練習場にテイオーの震えた声が響き渡る。周りのウマ娘達が「なんやなんや」とこちらの方を見る視線を感じる。
今現在テイオーにやって貰っているのはフォームの矯正なのだが、普通にやってもなかなか元来の走り方を直すなんて至難の業だ。
それこそ長い時間をかけてフォームを直さないといけない。これに関してはテイオーの飲み込み具合にもよるのだが……
というわけでそのフォーム矯正の最初の段階として、まずは蹄鉄の重さをいつも使ってる物の五倍にした。
こうする事により足を上に上げるのが辛くなる為、どうしても一歩一歩ゆっくり踏み出さないと行けなくなり、フォームを気にしながら走り事が出来る。更に、足の筋力増強にも繋がりもするまさに一石二鳥だ。
そんな足に重りを背負ったテイオーが俺の指示したフォームを再現しながら、丁寧に一歩一歩走っている。
俺が提案したフォームは従来のテイオーの跳ねるような走り方とは違い、しっかり足を回して加速するよくあるテンプレの走り方だ。
……まぁちょっとテンプレの走り方とは違うんだけど。テイオーの武器を完全に捨てさせるわけないだろ?
しかしこうテイオーが走り辛そうなのを見ていると、俺がテイオーの走り方を再現したりしたのは大分特殊なのかもしれない。長年の癖って直すの大変だしな。
「テイオー! 今日のトレーニングはおしまい! お疲れ様」
「ふぅ……うん、お疲れ様」
俺がそう声を上げると、テイオーがトレーニングを終えてこっちに向かってくる。
疲れては……無さそうだな。どっちかというと凄い不満そうな顔している。
「なんか全然走れないの気持ち悪い…… トレーナーが言ってた走るの禁止ってこういう事だったんだね……」
「今は直す時期だからな…… それについては我慢してもらうしかない」
テイオーが耳を垂らして「うぇ~」と情けない声を出す。
ウマ娘にとって「走る」というのは本能だ。それを禁止されたテイオーの気持ちは想像に難くないだろう。
因みに俺は元が人間だからか、かなりその本能は薄い。別に走らなくても困らないし、しかもどちらかというと走るのは嫌いだという感情まである。
俺はテイオーに重りの付いた靴を脱いでもらい、靴を履きなおしてクールダウンするように指示する。
その後、テイオーの足に触わりつつ疲労具合を確認。これをすることでしっかり怪我のケアが出来るのだ。
そこまでして、本日の練習は終了。ここから一緒に寮に帰ったりするのだが……
「ねぇトレーナー、今日帰りに寄りたい所あるんだけど一緒に行かない?」
「うん? いいぞ、特に用事もないしな」
「ほんとー!? じゃあボクについてきて!」
何故か少しテンション高く発言したテイオーは尻尾も揺れており嬉しそうだ。
ご機嫌なテイオーの後ろ姿を見ながら、俺たちは一緒に目的地に向かう事にした。
~~~~~~~~~
「なんだこれ甘ぇ……」
テイオーに連れられ学校から徒歩数分。やって来たのは「はちみー」とか言う謎の飲み物を売っている屋台だった。
そこでテイオーは慣れた様子で「はちみー硬め濃いめ多めで!」と注文していたので、「じゃあ俺も同じのを」と頼んだのだが、間違いなく失敗した気がする。
しかもお値段が一つ千五百円というかなりの割高。
はちみーはストローで飲むのだが、かなり力強く吸わないと上まで液体が上がってこない。ようやく上がって来た液体とも言えないドロっとしたものは、口の中に暴力的な甘さを伝えてくる。
俺も甘いものはかなり好きな部類だと思っていたが、これはちょっと甘すぎる。
だが隣に座っている少女はご機嫌な様子でちゅーちゅーと美味しそうにはちみーを飲みながら、鼻歌まで歌っている。
「はちみー♪ はちみー♪ はちみーを舐めるとー♪ 足が速くーなるー♪」
……この飲み物そんな効果あるの? マジか。
その辺のベンチに座り、はちみーを飲みながらテイオーの話を聞く。
テイオーの話は話題が尽きることが無く、学園の事や寮生活、友人の話などなど…… 聞いている俺の方も飽きずに聞けるから楽しい。
「それでね、マックイーンが『食堂のスイーツ美味しいですわ~』っていっぱい食べてて太り気味になっててね」
放課後にこうして一緒に会話している様子はまるで学生の帰り道みたいだ。
俺も学園とかに通っていたら、こんな日常があったのかなぁ……
「……なぁテイオー。学園生活は楽しいか?」
「うん! 友達も出来て、トレーナーとも会えて毎日楽しいよ! ちょっとトレーニングは辛いけど……」
「まぁ、それはうん、頑張って欲しい」
そうしていると日が沈んできて辺りが暗くなってきた。そろそろ寮に帰らないといけない時間だ。
テイオーがベンチから立ち上がって背伸びをする。
「よーーし! 明日も頑張るぞーー! テイオー伝説はまだ始まったばっかりだーー!」
テイオーの元気な声が辺りに響きわたる。
そんなテイオーを見ながら、俺も頑張ろうと決意を改めるのであった。
「ところで今度からはちみー飲む時は連絡してくれよ」
「え、何で」
「こんなめちゃくちゃカロリー高い奴、そんなぽんぽん飲ませられないから。テイオーの体重管理も俺の仕事だし」
「ボク太らないから! だから、はちみーだけは! はちみーだけは勘弁して!」
「ダメ」
「うわぁぁぁぁん!! トレーナーのけちぃぃぃぃ!!!!!!」
最近段落明けの重要性を知りました。こんにちはちみー(挨拶)(今作初登場)
こういう説明回に慣れていないので大丈夫か不安です。間違っていたらごめんなさい。私の宇宙では音が出ます()
あと『【おまけ】スターゲイザーの簡単な設定集』ですが活動報告に移動しました。ご了承ください。