トレーナーの朝は早い……なんて事は無く、俺はいつも朝六時くらいに起きている。
担当バによっては朝練を見るためにトレーナーも早起きするケースもあるみたいだが、テイオーは朝練をしていないので俺も早起きする意味がない。
今は朝練をするよりも丁寧にフォームを直す時間だ。それよりもしっかり寝て欲しい。
目覚ましを止めベッドから出た俺は、食堂に朝食を食べに行く為にジャージに着替える。因みに制服は段ボールの中に入りっぱなしだ。
ジャージに着替えた後は特に何もせずに部屋を出る。
女の子は寝起きでも身だしなみをしっかり整えるのかもしれないが、生憎中身が男性である俺はそこら辺に疎い。あと単純に寝癖もつきにくいのでそのままでいいのもある。
更に寝癖があっても帽子を被ってしまえば問題無い。やっぱり帽子っていいわ。
何人かのウマ娘とすれ違いながら、階段を降りて食堂に向かう。
最初の方こそ珍しいものを見る目で俺を見ていたりしていたが、もう噂も落ち着いたのかそういう視線も無くなってきた。
食堂に着くと時間帯もあってか多くのウマ娘が食事をとっており賑わっていた。
俺はいつものパンの方の朝食セットを貰って、座れる席を探す。
席を探していると、いつぞやに見た朝食とは思えない量の山盛りのご飯が目に入る。丁度正面の席も空いていたので座らせてもらおうかな。
「ここの席、大丈夫ですか?」
「あっ、はい! 大丈夫ですよ! って貴方は……」
「お久しぶりです」
「はい! えっと……」
あ、俺の名前教えるの忘れてた。あの時は自己紹介するタイミング逃したんだっけ。
「スターゲイザーです。よろしくお願いします、スペシャルウィークさん」
「はい、こちらこそ! あとスペシャルウィークって長いのでスぺでいいですよ。みんなもそう呼んでいるので!」
「んじゃ、スぺさんよろしくお願いします」
「スぺでいいですよ~ もっと軽い感じで!」
そう会話をしながらもスぺのご飯がものすごい速度で減っていく。前も思ったけどよくあの量のご飯を朝から食べれるな……
俺がそんな彼女を横目に見ながら食事をしていると、後ろの方から聞きなれた元気な声が聞こえてきた。
「あっ、トレーナーだ! おはよう!!」
そう、俺の担当ウマ娘事トウカイテイオーである。テイオーと俺は同じ寮で生活しているのでこう会うのは珍しい事では無い。
が、今日は少し状況が違った。
「あれ、スぺちゃんも一緒じゃん。知り合いだったの?」
「テイオーさん、おはようございます!」
どうやらテイオーとスぺは既に知り合いだったようで、挨拶を交わしている。
「トレーナー、隣座るねー」とテイオーが朝食を乗せたトレーをテーブルに置いて、俺の隣に座る。
三人で一緒に食事をしているとテイオーがスぺに話しかけた。
「そういえばスぺちゃん、そろそろ皐月賞だね。調子はどう?」
「いい感じですよ! 勝負服も貰って準備万端です!」
皐月賞……クラシック三冠の最初のG1レースで「最も速いウマ娘が勝つ」と言われているレースだ。
G1レースは出走するだけでもかなりの実力が求められるので、スぺはこれだけでもかなり速いウマ娘であることが分かる。
そういえば最近忙しくて直近のレースのチェックが出来て無かったな…… 参考になるウマ娘も多いし、しっかりチェックしとかなくては。
「ですからこうしてご飯をいっぱい食べて元気をつけているんですよ!」
「いやにしたって食べすぎでしょ……」
「トレーニングで消化するので大丈夫です!」
スぺがフンス!と聞こえそうな勢いで力説する。
そっか……じゃあ大丈夫か……
俺が目の前の無限の胃袋を持つウマ娘に困惑していると、隣でテイオーがそれを聞いて苦笑していた。
「あはは…… でもトレーナーは食べなさすぎじゃない? もっと食べなきゃダメだよ」
「そうですよ! スターさん、食べなさすぎじゃないですか?」
スぺのご飯の量は例外として、テイオーの朝ごはんを見てみるとかなり多くの量を食べている。
ウマ娘はかなり健啖家が多く、多くのエネルギーを摂取してそれを超人的ともいえる走りに還元している。その為、ウマ娘と普通の人間ではそもそも食べる量が違うのだ。
俺はウマ娘の食事としては少ない方だろう。
しかし何故かそんな多くの食事をしなくても困った事は無い。燃費がいいのか、他のウマ娘と比べて動いていないからなのかは定かではないが。
「いや別に俺は食べなくても大丈夫だし、勝手に食べ……」
「……? トレーナー?」
そっか、もう別にご飯の食べる量を気にしなくてもいいのか。ここはあの家では無いのだから。
「……ならもうちょっと食べるか。お代わり取って来るよ」
「じゃあボクも一緒にいく!」
「私もいきます!」
お代わりなんてこっちの世界で初めてしたな。
トレセン学園に来てから、出来て無かった体験をいっぱいして新鮮だ。
それはそうと、既にスぺのお腹がぽっこり出てるけど大丈夫なのだろうか。
~~~~~~~~~
クラシックロードの出発点である皐月賞は四月半ばに中山レース場で行われる。
ウマ娘のレースが世界的スポーツになっているこの世界では、G1レースともなると非常に注目度が高い。
そんなレースを一目見ようとレース場には多くのヒトでごった返している。
レース場に行って見れなかった俺は、寮の自室でテレビをつけてレースが始まるのを待っていたのだが……
「なんでテイオーが俺の部屋にいるんだ?」
「だって食堂のテレビ混んでるんだもん。どうせなら大きいテレビで見たいし、来ちゃった」
まぁいいけどね。しかしこうもテイオーが自室に来るようだったらソファとか買った方がいいのだろうか。
現に俺とテイオーは二人掛けでベッドに座ってテレビを眺めている。
因みにこのテレビは自腹で買ったもので、最初から部屋にあったものでは無い。
だって、大きい画面でレースが見たかったし…… 必要経費と言う奴だ。
「あ! 始まるよ!」
まずはパドックでのウマ娘の入場だ。ここではレースに出走するウマ娘達が一人ずつ勝負服などをお披露目する。
テレビの方ではアナウンサーが各ウマ娘を解説したりしていた。
『一番人気のスペシャルウィークです。ここまで無敗で来ているので期待大ですよ』
スペは……画面越しに見てる感じでは調子も悪く無さそうだな。過度な緊張もしてなさそうで自然体で挑めそうだ。
次に紹介されていた二番人気のキングヘイローは、どこか張り詰めた表情でパドックでのお披露目会を終わっていた。初のG1で緊張してしまっているのだろうか。
三番人気のセイウンスカイはパドックで手をひらひらと振っている。
どこかひょうひょうとしており、掴め無さそうな子だなと思っていると、一瞬彼女の目が変わった。
その後直ぐに柔らかい目に戻ったが、あの目は……
「テイオー、あのセイウンスカイってウマ娘よく見ておけよ」
「? まぁトレーナーがそう言うなら……」
パドックでのお披露目会が終わると、次はゲートインである。
少しセイウンスカイがゲートに入るのにためらっていたようだが、特に大きな問題も無く各ウマ娘のゲートインが完了する。
『さぁ、最も速いウマ娘が勝つ皐月賞。今、そのゲートが開かれました!』
皐月賞が、始まる。
~~~~~~~~~
皐月賞があった次の日の朝。
俺はいつものように朝食を取るために食堂に来て、座れる席を探す。
そうしていると、スぺが食事をしているのを見つけたので俺もそこに座らせてもらおうとしたのだが……
あれ? ご飯の量いつもより凄い少なくね?
いつもお茶碗山盛りに盛られているお米が、今日はちょこんと控えめに盛られている。
「おはよう、スぺ」
「うぅ…… あっ、スターさん、おはようございます……」
いつもの元気な挨拶も飛んでこず、明らかに落ち込んでいる様子が見て取れてしまう。
それもそうか。昨日の皐月賞、スぺは逃げたセイウンスカイに追い付かず、三着という結果で終わった。
一着にセイウンスカイ、二着がキングヘイロー、三着がスぺだった。
スぺはここまで無敗で来ていたというのもあり、かなりのショックだったのかもしれない。メンタル的に相当参ってそうだ。
……どうするかなぁ。これ俺が関わっていい事なんだろうか。別に俺スぺのトレーナーじゃないし……
ウマ娘を支えるトレーナーとしてこう悩んでいるウマ娘を放っておくのは俺の望んでいる事ではない。
少し自分の中で悩んだ結果、軽く相談に乗るならセーフと言う結論に至ったので、スぺに話しかける事にした。
「昨日の皐月賞惜しかったな」
「あはは…… 見られちゃいました?」
スぺが苦笑いする。だがすぐにしゅんとしてしまった。
「私調子に乗ってました。こっちに来てから無敗で……皐月賞も勝てるって思ってて…… でもセイちゃんとキングちゃんに負けちゃって……」
「……」
「私、情けないですよね」
スぺのご飯を食べる箸が止まる。もう表情が伺えないほどに顔を下に向けてしまっている。
俺はそんなスぺに対して声をかけた。
「敗北は次の勝利へのステップだ」
「……え?」
「負けた事が大事なんじゃない。一番大切なのはなんで負けたかを考える事だよ」
「……」
「次の日本ダービー出るんだろ? ならそこでリベンジする為にどう頑張るか。負けっぱなしじゃ終われない……ってなんでそんなポカーンとしてるんだ」
俺の話をスぺは何故かあっけに取られたような顔で聞いていた。
スぺが「あ、いえ」と口を開く。
「なんか……トレーナーさんみたいな事言うんだなぁって」
「まぁ、トレーナーだしな」
「えっ」
「あれ言ってなかったっけ」
いや仮に言ってなかったとしてもテイオーが俺の事「トレーナー」って呼んでたと思うんだけど。
「いえ、ホントにトレーナーだとは思って無くて」
スぺが驚いた表情を取る。
まぁそりゃそうか。普通寮にトレーナーが生活してるなんて思わないだろうし。
そんな俺の話を聞き終えたスぺは「うん、そうだよね」とボソッと独り言のように呟く。そして
「私うじうじするの、もうやめます! 次の日本ダービーに向けてトレーニングけっぱります!」
「ん、頑張れよ」
そう宣言したスぺの顔はさっきまでとは違い、しっかり前を向いていた。
良かった、どうやら立ち直れたみたいだ。
本当は走り方とかレース展開の事も言いたいけどこれは余計だろう。そっちの方はスぺのトレーナーに任せようか。
メンタル面だけでも回復出来たんだったらトレーナー冥利に尽きるってもんだ。
「じゃあ私、ご飯のお代わり持ってきますね!!!」
「それはほどほどにしとけよ……?」
~~~~~~~~~
時間が経つのは早いもので、いつの間にか日本ダービーの時期になってしまった。
テイオーと日々、トレーニングをしているとあっという間である。
前回の皐月賞同様、俺とテイオーは一緒に日本ダービーをテレビで見ていた。因みにソファはまだ買ってない。
『さぁ今回の一番人気はこのウマ娘! スペシャルウィーク! 前走の皐月賞では惜しくも三着でしたがそれでもファンからの期待は高いです!』
そう紹介されたスぺはとても調子が良さそうだ。皐月賞の時とはまた違った目をしていた。
これは……凄いな。画面越しからでも「絶対に勝つ」という強い意志がひしひしと伝わってくる。
パドックでのお披露目会も終わり、各ウマ娘がゲートインする。
「ねぇねぇトレーナー。今回は誰見たほうがいい?」
「スぺ。間違いなくスぺ」
『各ウマ娘ゲートイン完了。出走準備が整いました! さぁ最も運がいいウマ娘が勝つと言われている日本ダービーが今スタートしました!』
『最終コーナーに差し掛かってなんと先頭はキングヘイロー! 果たしてこのまま逃げ切ってしまうのか!』
『ここでキングヘイローをかわしてセイウンスカイが前に出る! 皐月賞バがニ冠目を取るのか!?』
『いやスペシャルウィーク! 間をついてスペシャルウィーク一気に来た!!! 驚異的な末脚!』
『先頭は完全に抜けたスペシャルウィーク! これはセーフティーリード! 先頭はスペシャルウィークゴールイン!!!』
『スペシャルウィークやっぱり強かった! 二着に五バ身差をつけての圧勝です!!!』
「スぺちゃん凄い……」
テイオーが隣で驚愕している。 いや、かくいう俺も驚いているのだが。
G1、しかも日本ダービーという大舞台であるにも関わらずこの走り。二着との差は五バ身という圧倒的な強さ。
「これが黄金世代と言われているウマ娘の実力か……!」
黄金世代──スぺやセイウンスカイ、キングヘイローに加えてエルコンドルパサーやグラスワンダーなどがいる今のクラシック級のウマ娘達の事を指す言葉だ。各ウマ娘の能力がとても高く、世間からそう言われている。
もしテイオーがデビューしたら黄金世代とシニア級のレースで当たる事になるだろう。
テイオーも天才だが、ここはエリート達が集うトレセン学園。天才なんてそこら辺に転がっているレベルなのだ。天才なだけでは勝てない。だからこそ
「ねぇトレーナー! トレーニングに行こ! スぺちゃんの走り見てたらボクうずうずしちゃって!」
「……だな! 今日も気合い入れていくぞ」
「うん!」
だからこそ──誰よりも努力しなければならない。
焦らず、でも確実に一歩一歩前へ走りを進める。いつか一番強いウマ娘になるために。
俺は急ぎ足で部屋から出ていってしまったテイオーを、頭に帽子を被ってから追いかけるのだった。
~~~~~~~~~
なぁ、スぺ。皐月賞の次の日、ものすごい勢いでトレーナー室に突っ込んで来ただろ。あの時は聞きそびれたが何かあったのか?
「え? えっと、知り合いのウマ娘さんに相談に乗って貰ったんです」
へぇ……ウマ娘ねぇ……
「そのウマ娘さんはトレーナーらしくて、励まして貰っちゃいました。負けは次の勝利へのステップだって」
それはまた。
「あ! そういえばそのトレーナーさん、テイオーさんを受け持ってるらしいですよ!」
トウカイテイオー……この前の選抜レースで注目を集めていた子か……
あの子は強くなりそうだな。
もしレースする事になったら勝てそうか?
「はい! 負けませんよ! だって私」
「日本一のウマ娘目指してますから!」
補足ですがこの世界の日本ダービーにはエルコンドルパサーは出ていません。
なので史実通りのスぺちゃんダービーが繰り広げられました。