「トレーナー、今から女子力チェック……いやウマ娘力チェックを始めるよ」
「どうした急に」
とある平日の夕方、テイオーが俺の部屋兼ミーティングルームで突然そんな事を言い出した。
練習の後なのでジャージのままの彼女は、何故か仁王立ちで部屋に立っている。
というかウマ娘力チェックとは何なんだろうか。
「あの日の夜覚えてる? そこでトレーナー色々と酷かったからさ……」
「あぁ…… そう言えばそんな事言ってたな……」
あの日の夜とは、この前あったデビュー戦の為に、テイオーと同じ部屋のホテルに泊まった日の事だ。
そこで俺が尻尾をろくに乾かさず放置していたところを、テイオーに発見された。その後「今まで何してたの?」とまで言われる始末だった。
流石に俺も「禿げるよ」と言われてしまっては、何かしらやらねばと思ってはいたのだが、すっかり忘れていた。
尻尾のケアは教えてあげるとは言っていたのだが、チェックって何をチェックするんだろ。
「いやぁ……前の様子を見た限りなんか他も終わってそうだから……」
「そこまで?」
テイオーが少し溜息をつきながら「だからチェックするんだよ」と発言する。
なんか若干呆れた目を向けてきているのは気のせいではないはずだ。
「はい、じゃあ一つ目! 私服のチェックだよ!」
そう言ってテイオーが部屋の中のクローゼットを開ける。
いや勝手に開けるなよ…… まぁ見られて困るものは入って無いけど。
そう思いつつ、彼女の方に目を向けると、何故か石のように固まっていた。
「テイオー? テイオーさん? 大丈夫かー?」
「い、いやトレーナー。冗談だよね?」
さび付いた車輪かの如く、首を後ろに回したテイオーは、声を震わせながらそう言った。
そんなテイオーが冗談とまで言ったクローゼットの中には、スーツが二着とトレセン学園の体操服、パジャマしか置いて無かった。
いやだって……私服ってスーツで済むじゃん…… ファッションとか分からないからこれで十分だと……
トレセンの体操服はここに来た当初に貰った物だ。朝食を食べに行く時とかに使わせて貰っているので感謝している。
「いやいやいや。それでも駄目でしょ! これは!」
「でも実際使わないぞ? スーツ便利だし」
「年頃のウマ娘がそれでいいの……?」
確かに年頃のウマ娘……年齢だけで言えば高校一年生の俺だが、特に今まで服装に気にした事がない。
流石に清潔感を保つために洗濯や、服の保存の仕方などには気を付けていたが。
するとテイオーが何かを見つけたのか「あっ」と呟いた。
「なんか段ボールあるじゃん。開けていい?」
「段ボール? あっ、ちょっと待って」
「へへーん。もう開けちゃうもんね」
特にガムテープとかで封をしてなかったそれは、テイオーの手によりあっさりと開けられてしまう。
でも確かその段ボールは……
「……制服? トレセン学園のじゃん。なんでトレーナーが持ってるの?」
「俺が聞きたいわ……」
この一回も袖を通したことの無い新品同然の制服は、トレセンのジャージと一緒に届いたものだ。
ジャージは便利だから使うが、制服はまじで使う機会も無くそのまま段ボールの中に入れっぱなしだった。
なんでこれ渡したんだろ…… 無駄にサイズぴったりだし……
因みに最近はいつの間にか冬服まで部屋に届いてた。もはや恐怖すら感じる。
「トレーナーこれ着ないの?」
「着ないが」
「えーー、トレーナーの制服姿見たかったのになぁ」
残念そうにテイオーが言いながら、段ボールを元あった場所にしまってもらう。
そしてちらっと俺の方を期待に満ちた目で見てくる。
「……着てくれないの?」
「いや……着ないが」
勘弁してほしい。流石に恥ずかしさの方が勝ってしまう。
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「はい次! 次のチェックは朝のルーティーンだよ」
「そういえばそんな話だったな」
「そういえばって何さ」
私服の検査を受けて、無事に年頃のウマ娘として終わってる判定を貰った俺は、次に朝のルーティンについて聞かれていた。
とは言っても、朝か…… 朝起きたら俺は……
「まず、体操服に着替えるだろ。そしたら朝ごはん食べに下に降りて、戻ってきたらスーツに着替えて仕事」
「……ん?」
「なんか変な事言ったか?」
「……髪のセットとかは?」
「セット?本当に寝癖が酷かったら直すくらい。あとは帽子で隠せるし」
そう俺が説明すると、テイオーが信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。
いやそんな? あ、でも顔は洗ってるぞ。
俺はそういう髪質なのか分からないが、寝癖が付きにくい。だから鏡でちらっと見ただけで、大きな寝癖が無ければ放置していた。
そしたら、またテイオーの大きなため息が聞こえた。どうやらまたダメだったらしい。
「もうさ……突っ込むのも疲れちゃった……」
なんか意気消沈されてしまった。
ここまで憐れみの目を向けられると、なんか俺が悪いみたいな感じがしてきたな……
今まで生きていて、自分の見た目に関してほとんど興味が無かった。
とはいえ、別に困ってるわけでも無いし、清潔感に関しては気を付けているのでいいかなとは思っていたのだが。
「トレーナーさ、美人なんだから少しは身だしなみに気を付けたら……? なんか勿体ないよ」
「いやでも困らないし……」
「ボクが困ってるから直して」
「あ、はい」
また怒られてしまった。なんか投げやりのように言われてしまったが、テイオーも思うところがあるのだろう。
流石に雑すぎたし、俺もある程度気を付ける事にするか……
後で身だしなみとかについて検索しようと思っていた所で、テイオーから爆弾が投下された。
「じゃあ、お風呂行こうか。尻尾のケアとか教えるから」
あ、忘れてた。
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トレセン学園のお風呂事情はかなり充実している。
まず自室に一つ、シャワールームが設置されているのだ。基本二人一部屋とはいえ、好きな時間にシャワーを使えるのはかなり大きい。どれだけの予算がかかっているのかは分からないが、学園側がウマ娘を思っての事だろう。
そして各寮に一つ、大浴場が設置されている。使える時間は決まっているが、大きな湯船に浸かれるのはウマ娘にとっても感謝されていそうだ。
因みに俺は大浴場を利用した事はない。存在自体は知っていたのだが、シャワーで事足りるかなと思っていたからである。
あとはちょっと罪悪感が。ほら、一応元男性だし……
「じゃあ、お風呂行くよトレーナー。ボクも早く体洗いたいし」
「ちょっ、ちょっと待て、テイオー。いやさ、それはまた今度にしないか? 尻尾のケアなら口頭で教えて貰っても大丈夫だから!」
「いや……トレーナーなんかお風呂事情も終わってそうだし……」
テイオーがもう何度目か分からないジト目を向けてきた。もう信頼が無い……
とはいえそれでもまだ罪悪感の方が勝つ。どうしよ、これ。
俺が真剣に考えていると、テイオーが俺の腕をぐっと掴んで来た。
彼女の顔を見ると、凄くいい笑顔で俺を見てくる。
「行くよ?」
今日の学び。現役ウマ娘に腕を掴まれたら逃げられない。
どうしようもないので、しぶしぶいつも使ってるお風呂用品と着替えを纏めて、俺達は大浴場に向かうのであった。テイオーに引っ張られながらだが。
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脱衣所で服を脱いで、かごにしまい、さっさと大浴場の中に行く。なるべく目線は下を向けるようにしていた。なんとなく。
ドアを開けて中に入ると、白い湯気がもわっと上がっており、なかなかに視界が悪くて少しほっとした。
浴場はかなり大きめの湯船と洗い場に分かれており、寮のウマ娘達が体を洗ったりしている。
既にテイオーが洗い場にいたので、足元に気を付けながら彼女の方へと向かう。
隣に行くと、丁度二人分のシャワースペースが開いていたので、最初から置いてあった風呂イスに腰を下ろした。
「トレーナーっていつもどうやって洗ってるの?」
「洗い方にそんな特殊な事するのか? 普通に頭から洗ってるけど」
俺はいつも通りに、頭を洗おうと部屋から持ってきたシャンプーを手にしようとした瞬間──テイオーにシャンプーを取り上げられた。
「どうした……? 返してくれない?」
「……これメンズ用だけど」
テイオーが指をさした場所には確かに「メンズ用」と記載してあった。
マジか、なんも見ずに適当に買ってしまっていた。
まぁ別にそんな違いないでしょ……多分。
「全然違うよ…… 今日はボクの貸してあげるから、これ使って」
顔に出てたのかテイオーに突っ込まれてしまった。
ありがたくシャンプーを貰って、頭を洗ってみたのだが、なんかいつもより泡立ちが違う気がする。
洗い方までは流石に指摘されずに、泡だった頭をシャワーのお湯で流す。俺は髪が短いので大変だと思った事は無いが、テイオーみたいに髪が長いと大変そうだ。
横に視線を向けると、いつも振り回しているポニーテールをほどいて、手櫛で解かすように髪を洗っている。
そういえばテイオーが髪降ろした姿を初めて見たかもしれない。なんだろう、誰かに似てるな。誰だろ……?
俺が思わずその姿に見とれていると、テイオーが髪を綺麗に洗い流した。
「はい次はリンスだよ。どうせ持ってないだろうし、貸してあげるね」
「リンスってどう使うんだ」
「ウソでしょ」
リンスを使った事すらない俺は、テイオーから使い方をレクチャーされる事になった。
まず手に取ったリンスを手になじませる。その後、髪の毛先を中心にリンスを揉み込む。生え際にはなるべく付けない方がいいらしい。その後、シャワーでリンスをしっかりとすすいで終わり。
聞いたところによると、髪のダメージを押さえる為に必須らしい。シャンプーだけだと汚れしか落とせないんだそう。女性の髪のケアって大変だな……
「ボディーソープは……うん、トレーナーが今使ってる奴でもいいかな。普通の奴っぽいし」
一応ボディーソープにも女性用もあるらしいが、セーフを貰った。ありがとう男女兼用。
ボディーソープを専用のタオルに染み込ませて泡立たせる。背中とか洗うのには、このタオルが無いと届かない時があるからな。しっかり洗えるこのタオルは愛用している。
さて体を洗ったら、いよいよ本題の尻尾のケアである。
今まで俺は「尻尾も同じ毛だから……」という雑な理由でシャンプーを使って洗っていた。
それをテイオーに話したところ、呆れられて今に至る。
「尻尾はウマ娘で一番大切な所と言っても過言じゃないからね。しっかり洗う必要があるのだ」
テイオーに「今日はボクが洗ってあげるね」と言われたので、大人しく尻尾を差し出す。
尻尾用の洗剤を手に含んだテイオーの手が尻尾に当たる感触がする。
上から下へと、尻尾をすきながら洗っていくらしい。
尻尾も髪とは別にやらなきゃいけないとか、ウマ娘ってなかなかめんどくさいな……
そんな事を思いながら、彼女に尻尾を好きに任せていたのがいけなかったのか。
テイオーの手が、急に俺の尻尾の付け根に触れた。
「うひゃぁ!?」
その瞬間、浴場に響く可愛らしい声。
自分ですら「あ、これ、俺の声か」と脳が認識するまで時間がかかった。
急速に恥ずかしくなって、顔が熱くなってしまったのは、きっと浴場の熱気だけのせいではない。
「ねぇ、トレーナー」
「忘れろ」
「ごめん、無理」
「忘れてくれ……」
結局その後は顔を下に向けながら、俺は大人しく尻尾が洗い終わるのを待つ事にした。
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湯船に浸かる瞬間に、大きく息を吐きだしてしまうのは何故なのだろうか。
実際俺達も、お湯に入った瞬間二人で「ふぅ」と息を吐いてしまった。
久しぶりに湯船に浸かったが、普通に気持ちがいい。これが毎日利用できるなら、シャワーよりもこっちの方がいいかな……
「あーー」
隣でテイオーが震えた声を出しながら溶けている。温度も丁度良く、座って肩まで浸かる位置に調整できる。どうやら奥に行けば行くほど、深くなる設計のようだ。
久しぶりの湯船に足を伸ばしながら、くつろいでいると視界内に奇妙な恰好をしているウマ娘を見つけた。
競技用の水泳キャップに水着を着用し、御丁寧にゴーグルまで付けている。
帽子に収まっていない綺麗な葦毛と、恐らく俺よりも身長が高く、綺麗なスタイルをしたウマ娘が何故か湯船で正座をしていた。
……なんだあれ。
「あ、うん。気にしない方がいいよ。ゴルシいつもあんな感じだし」
その後、ゴルシと呼ばれたその謎のウマ娘は突然潜水し始め、浮かんでこなくなった。
……理解したら負けな奴か。
取り敢えず、謎のUMAについて考えるのをやめてボケっと天井を見上げる。
たまには、いや一日に一回くらい、こんな風に何も考えない時間があってもいいかもしれない。
「そろそろあがるか」
「うん、そうしよっか」
温かいお湯であったまった俺達は、ゆっくりと大浴場を後にした。
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タオルでしっかり水気をふき取り、持ってきた服に着替える。
周りを見ると、トレセンの体操服や、自分のパジャマに着替えている子が多いようだ。
ん?パジャマ?
急に嫌な予感がしてここに持ってきた服を確認する。
確かにパジャマは持ってきていた。ただし男性用の、しかも自分で尻尾穴開けた奴。
自分の部屋で着る分には気にならなかった服装だが、周りに他のウマ娘がいる状態でこれはなかなかに恥ずかしいのでは……?
「トレーナー、今度パジャマ買いに行こうね……」
「はい……お願いします」
またテイオーとの約束が増えてしまった。
結局その日は下着だけ変えて、スーツを着直す事にした。まさかこんな所で自分の服装を見直すはめになるとは……
髪と尻尾の水気をタオルでふき取り、自室に戻る。
一応脱衣所にドライヤースペースはある事にはあるが、基本自室で乾かしたりするのが一般的なんだそう。まぁ乾かすのに時間かかって、占領するのも悪いしな。
テイオーと一緒に俺の部屋に戻る。
スーツ姿のままだったので、さっさとパジャマに着替えた俺は、ベッドに腰を掛けた。
「なんかウマ娘ってセット大変だな」
「そう? これが普通だよ、トレーナーが気にしなさ過ぎただけ」
──しかもまだ髪とか乾かすしね、とテイオーがドライヤーと櫛を取り出した。
まだ終わってないのか…… 毎日これやるとか地味に大変だなぁ。
俺もドライヤーを持ってきて髪を乾かす。髪を乾かす時に気づいたのだが、いつもより髪がしっとりしている気がする。やはりしっかりした手順を踏むと、それなりの効果があるようだ。
髪を乾かし終えたら次は尻尾だ。
ドライヤーの出力を一段階下げて尻尾に温風を当てる。なんかこっちも、いつもより触れた感触が良い。ケアってやっぱり大事なんだなぁと思いつつ、優しく毛先を扱う。
テイオー曰く「テールオイルとかもあるけど今日はいっか」との事。まだやる事あるんですか?
一通りやる事が終わり、一息つくとどっと眠気が襲ってきた。
久しぶりの心地の良い眠気だ。最近椅子に座りっぱなしの作業とかで、気づかないうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。
「俺は寝るから……テイオーも早く部屋に戻れよ」
「あ、うん。おやすみー、トレーナー」
そう言い残してテイオーが部屋から出ていく。
テイオーが出ていった後、眠い目を擦りながらなんとか歯磨きをして、ベッドに倒れる。
やばい、凄い眠い。お風呂が良かったのか、それとも、ケアのおかげとか……?
その日の睡眠はいつもより深く、ぐっすり眠れた気がする。
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その夜。とある寮の部屋にて、自分のトレーナーとは対称に全く眠れないウマ娘がいた。
「あの最後の眠そうなトレーナー、可愛すぎなんだけど……!」
その日、テイオーは良く寝れなかったそう。