異常。それがスターゲイザーを見たときに彼女──秋川やよいが思った事だった。
トレセン学園はあくまで「学園」である。
トレーナーばかりが目立ちやすいが、生徒に授業をする教師や掃除などをする用務員、食堂の料理人、ターフの整備役などなど。学園自体が大きな会社のように成り立っている。
なのでトレセン学園は割と常に求人募集をしていたりする。が、相手にするのは年頃のウマ娘だ。
その為、普通の会社よりは人格者である事が優先されたりする。
秋川やよい事、秋川理事長はトレセン学園という会社における社長である立場ではあるが、面接関係の書類をチェックしているわけでは無い。まぁ直々に配属した採用担当の人が、チェックしているが。
そんな彼女の元に、一通の書類が届いた。
採用担当の人曰く、「イタズラかとは思いましたが、しっかりしていたので判断を仰ぎたい」との事。
はてさて、トレセン学園の求人にイタズラ……? そんな事する人が今時いるのかなんて思いつつ、現在やっていた仕事を一旦やめ、渡された書類を見る。
見てみると、トレーナー求人募集に対するエントリーシートだった。
パッと見るも、特に不備は見当たらない。普通にしっかりしている書類っぽいが……
疲れているのかもしれない。
そう思い、もう一度上から丁寧に書類を確認すると、なんと募集して来たのがウマ娘だった。
なるほど。ウマ娘でありながらトレーナーを希望するのは確かに珍しい。しかし、前例が無いわけではない。
顔写真を見てみると少し幼げな顔の、白毛のウマ娘が写っている。
そのまま下に目を移すと、学歴・経歴の欄に入る。
そこには義務教育の終了である、中学校の名前と卒業の文字。
あとは空欄。
──ん?
目を疑ってもう一度見返す。
学歴、中学校卒業。後は真っ白。
確かにこれはイタズラと思われても仕方ない。
しかしそれを、年齢の部分に書かれている「15歳」という数字が否定する。
「驚愕!」と書かれた扇子を、自分しかいない理事長室で開く。
確かに、トレセン学園は求人に対して年齢制限を設けていない。
能力があるならば、若かろうが、老いていようがそこまで気にしない。ある意味実力主義なのだ、トレセン学園は。
だが、中卒での求人は前代未聞だ。それも雑務系の仕事でもなく、トレーナーとは。
トレーナーはそんな甘い仕事ではない。なにせ年頃のウマ娘の夢を、最も間近で支えるのだ。それなりに、いやかなりの能力を要求する。
その為面接だけではなく、わざわざ試験まで行っている。
しかし、書類に嘘は書いておらず、そこを除けばしっかりとした書類だ。
不備は無い為、秋川理事長は採用担当に「確認! 問題は無いようなので書類を送ってあげるように!」と伝えた。
~~~~~~~~
トレーナー試験が終わった。
余談だが、トレーナー試験はかなり難しい。毎年この時点で半分以上の受験者が切られる。
トレセン学園側は別に落とすつもりなどない。決められた点数さえ取れれば合格にするのだが、なんでこんなに合格者が少ないのかと本気で悩んでいるのは内緒だ。
閑話休題。
採点終了後、秋川理事長は真っ先に、例のウマ娘の点数をチェックする。
中卒で一体どこまで取れているのか、好奇心も大きかったが、何よりもウマ娘である事が彼女の中の同族意識を……
首席だった。
どうやら最近目の疲れが激しいらしい。目を手で覆いながら、天井を見上げた。
何度見直しても採点に間違いは無いらしい。
中卒で、トレセン学園のトレーナー試験を首席で合格? 何かの冗談と言ってくれた方が、まだ現実味がある。
だが目の前にある結果は、嘘をついていない。
少し冷や汗をかきつつ、彼女は指示を下した。
────この子の面接は私が直々にやる、と。
~~~~~~~~
学力試験の次の日。
秋川理事長は、理事長室の少し大きすぎる椅子で足をぷらぷらさせながら、彼女を待っていた。
彼女──スターゲイザーと言う名前のウマ娘は、理事長秘書である駿川たづなが連れて来てくれるはずだ。
こんこんと理事長室に、ドアのノック音が響く。
「理事長、入りますよ」
ドアが開かれると、そこにはたづなとスターゲイザーが立っていた。
スターゲイザーはぽかんとしており、何が起こっているか分からなそうだ。
「歓迎ッ! これより面接を始める!!!」
理事長はパッと「歓迎!」と書かれた扇子を開き、スターゲイザーを迎え入れた。
スターゲイザーは困惑しているのか、目線が少し泳いでいる。
たづなが「どうぞ」とスターゲイザーを理事長室に迎え入れ、ソファに座って貰う。
「今お茶持ってきますね」とたづなが席を少し外した後、秋川理事長もソファに座り、スターゲイザーと向き合う。
「よく来た。いきなりこんな場所に連れて来られて困惑しているだろうが、リラックスして面接に臨んで欲しい」
そう、彼女の緊張を解くために声を掛けたが、当の本人は状況の理解が出来ていないように見える。
それもそうだ。トレセン学園設立以来、トレーナー志願者と理事長が直接面接する事なんて無かったのだから。
特殊な場面に、理事長自らも苦笑を浮かべてしまう。
「お茶です、どうぞ」
たづなに出されたお茶を一口飲み、湯呑をテーブルに置く。
そして一番聞きたかった事を、理事長は彼女に尋ねた。
「疑問ッ! 何故君はトレーナーを目指そうと思ったのか!」
世間一般的に考えるのならば、中学を卒業したら普通は進学するはずだ。
想像もしたく無いが、彼女がお金を稼がないといけない状況にあったとしても、わざわざトレーナーなんていう職業に就く理由も無いだろう。
トレーナーは勉強必須の職業だ。知識が求められる仕事をわざわざ選ぶ理由が秋川理事長には分からなかった。
────しかも年頃のウマ娘。普通であれば、トレーナーとかではなくレースを走る方を選びそうなものだが……
スターゲイザーが一呼吸置いて、質問に答える。
「夢を与える存在を支えたいと思ったからです」
「ほう……?」
「私は初めてウマ娘のレースを見た時、画面越しでしたが夢を与えられました。それはウマ娘のトレーナーになるという、自分自身がウマ娘であるにも関わらず持った夢です。夢を与えるウマ娘ですが、それは一人で成り立っているものでは無いと思っています。トレーナーの支援があるからこそ、ウマ娘達はレースで競いあい、そして初めて夢を与えられるものだと考えています。私はそれを支えていきたいと思いました」
──立派すぎないか?
思わず素で呟きそうになった理事長だったが、なんとか言葉を飲み込み、もう一つ気になっていた事を聞く。
「理解……だがこの若さでトレーナー試験を受ける意味はあったのか? もっと後からでも受けられるだろう?」
「それは……約束があるからです」
「約束?」
理事長が聞き返すと、スターゲイザーが息を吸い込んで、こう答えた。
「はい、私の知り合いに今年トレセン学園に入学する、三冠を取りたいというウマ娘がいます。彼女と約束したんです。彼女の専属トレーナーになるって」
──約束……か。
彼女の綺麗な琥珀色の目が、理事長を真っ直ぐ見つめる。
濁りの無い、綺麗な瞳が理事長を映す。しかし、その目はどこか揺れていたような気がした。
ならこちらが取る行動は……
「うむ……分かった。これで面接は終わりだ。お疲れ様であったな」
聞きたい事を聞けた理事長が、面接終了の合図をする。
彼女はきょとんとしているが、本当に聞きたいことは終わったのだ。十分以上に分かった。
「出口まで案内しますね。どうぞついてきてください」
たづながスターゲイザーを出口に案内するために、理事長室を退出する。
ドアがパタンと閉まる音が聞こえると、理事長室に静寂が訪れた。
異常。
それがスターゲイザーを見て、直接話して、理事長が思った事だった。
精神が成長しすぎている。まだ、学力の面だけだったら天才で片付けられたかもしれない。
だが会話してみて分かった。明らかに、実年齢と釣り合っていない。
あれほどまでの真っすぐな目。一体今まで何を経験し、思って生きていたのか……
その瞬間、理事長の頭に一つの考えが浮かぶ。
精神が成長せざるを得ない、もしくは成長してしまうような環境にいた……?
──この秋川理事長の考えはある意味、的を射ていた。
スターゲイザーは転生者である。その為、他の15歳よりも精神が成熟しているのは当然の事だろう。しかし、そんな非現実的な事までは流石に考慮出来ていない。
だが、スターゲイザーは母親からネグレクトを受けていた。少なからず彼女の心が、それによって変化してしまったのは間違いない。
無意識に「約束」に縋るようになってしまうまでには。
秋川理事長が椅子に腰を落とす。
どうするべきか。
本音を言うと凄く欲しい。成績優秀の人格者。トレーナーとして完璧だ。今すぐ採用したい。
だが同時に危うい。何がきっかけで、彼女が壊れてしまうか分からない。
窓を開けて、外を眺める。
そこには制服やジャージを着たウマ娘達が、思い思いの学園生活を送っている。
友人と談笑するウマ娘や駆け足でどこかに向かうウマ娘、そしてターフを駆けるウマ娘。
心地よい風が吹く。春先の少し暖かい、しかしどこか目が覚めるような、そんな空気が理事長を支配する。
「風……か」
まだ完全に掴めない、そんな白毛のウマ娘。
なら、その「風」を取り入れよう。
どんな背景が彼女にあるか、まだ分からない。でも望んでトレーナーに志願した。これだけは確実だ。
もし、冷たい風だったとしても、暖めてやればいい。
ここは、全てのウマ娘達にとって最高の環境のはずだ。
それはきっと走らないウマ娘にとっても。
ならここの責任者として、私がするべき事は
「決心ッ! 彼女、スターゲイザーはわがトレセン学園にトレーナーとして採用し、私達が全力でサポートする!」