そのウマ娘、星を仰ぎ見る   作:フラペチーノ

21 / 67
感想欄などで聞かれることが多いので補足しておきます。

この世界線ではトウカイテイオー、メジロマックイーン、ナイスネイチャは全て同世代で、同じ年にデビュー戦をしています。

ご注意ください。


13.交差

 トレーナーの仕事は多種多様だ。

 基本、担当ウマ娘に関する仕事──トレーニングメニューの作製、レースローテの考案、そして同期ウマ娘の分析などがある。

 

 新年も開けて、学園も通常通りに動き始めた今日この頃。

 俺は、次のテイオーのレースである「若駒ステークス」に向けての対策を練っていた。

 このレースは、前回の「シクラメンステークス」と全く同じ条件下だ。レース場などの対策よりも、今回は対戦相手と作戦の方が大事になる……と思う。

 

 とは言っても、出走するウマ娘は、レースのある週の木曜日に発表される。

 つまり、対戦相手が結構ギリギリまで分からないのだ。G1レースとかになるとある程度予想する事も出来るが、今回はOP戦の為それも難しい。

 

 因みにテイオーが若駒ステークスに出られることは、もう既に確定している。

 なので、他のウマ娘も出走自体は決まっているはずだ。聞いて回れば、情報は得られるかもしれないが……基本そういう情報は秘匿だしな。

 

 自室兼仕事場兼ミーティングルームでパソコンを弄っていると、時間はもう午後五時頃。

 学園の授業も終わり、放課後の時間帯だ。ウマ娘達もトレーニングをやっている頃合いだろう。

 

 てかずっと座りっぱなしだったから疲れたな…… 気分転換に外を歩いてくるか。

 今日はテイオーも休み。はちみーの日でもあるから、多分真っ先に出店に駆け込んでいるだろう。はちみーは週二回まで。

 

 椅子から立ち上がり、ぐっと背伸びをする。

 背中から異音が聞こえそうなくらい凝り固まった腰を伸ばすと、自然と「んっ」と声が出てしまう。

 いつもの帽子と防寒具を着こんで、自室から出る。

 まだ帰っているウマ娘も少ないので、寮内はいつもと比べて静かだ。

 一階に降りて、寮のドアを開けて外へ。外は冷たい風が吹いて肌を突き刺してくるが、そのおかげで目が覚める。まぁ、寒い事には寒いしもう戻りたいけど。

 

 寮から出たらトレセン学園のターフに向かう。

 気分転換とは言ったが、今からやる事もテイオー関連の事だ。

 

 敵情視察……と言ったら流石に仰々しいが、いわゆる他のウマ娘の観察である。

 他のウマ娘の練習や模擬レースを確認する事もとっても大事だ。テイオーのトレーニングとかに活かせるかもしれないしな。

 一番見たいのは、マックイーンのようなテイオーと同期のウマ娘。

 どれくらい実力をつけているか、どんな走りをするかは把握しときたい。幸い、見れさえすればすぐ覚えられるし。記憶力には自信有りだ。

 

 練習場について、外側の方を回るように歩く。

 全校生徒約2000人とかいう超マンモス校というだけあって、トレーニングコースはかなり広い。しかもこれ以外に、第二、第三練習場などが敷地外にあるのだから恐ろしい。

 

 暫くターフで走るウマ娘を観察していると、どこかで見たことあるような赤髪のツインテールが揺れているのが視界に入った。

 

「おや、テイオーのトレーナーさんじゃないですか。奇遇ですねぇ」

 

 俺を見つけたのか、彼女が一度走るのを中断してこちらに近づいてくる。

 話しかけてきたのは、テイオーの同期で同時期にデビューしたウマ娘──ナイスネイチャだった。

 テイオーはネイチャと仲が良いらしく、俺と話している時にも結構な頻度でその名前が出てくる。

 だから勿論彼女は把握していたし、警戒しているウマ娘の一人でもある。

 

「こんにちは、かな。悪いな、走りを中断させちゃって」

 

「いえいえ! クールダウン中だったので丁度いいですよ。それよりも……」

 

 ネイチャが俺の方をじーっと見つめてくる。そして、何かを察したように話しかけてきた。

 

「テイオーが近くにいないのを見ると、もしかして敵情視察って奴だったりします?」

 

「まぁ……そんなところだな」

 

「なるほど、なるほど。と、なると……テイオーのトレーナーさん的にこのウマ娘に注目してるって言うのあります?」

 

 彼女がどこか少し軽い感じで質問してきた。

 注目しているウマ娘か……となると。

 

「まず、マックイーン。この前あったホープフルステークスを勝利して、もうG1の冠を取っているからな。一番警戒しているよ」

 

「ですよねー。あはは、やっぱりマックイーンは凄いな……」

 

「後は、ナイスネイチャかな」

 

「へ? アタシ?」

 

 ナイスネイチャがきょとんとした顔でこちらを見て来た。

 どうやら、自分の名前があげられるとは思って無かったらしく、尻尾もぱたぱたと揺れている。

 

 別にこれはお世辞で言ってるわけではなく、本気でネイチャは警戒している。

 彼女を知ったのはテイオー経由だが、デビュー戦は目を見張るものがあった。

 脚質は差し。後ろからの追い上げを得意とする走法で、パワーを使っての加速が特徴的だった。

 

 上り3ハロン──レースのゴール前600mのタイムの事で、最後の直線での瞬発力が勝ち負けに大きく影響するレースにおいて、重要な要素。ウマ娘の実力を判断する上で、参考にする部分の一つだ。

 

 その上がり3ハロンのタイムが、ナイスネイチャはかなり速い。

 デビュー戦と未勝利戦。二つのレースを見たが、この時期のウマ娘の中では優れている部類だろう。

 

 まぁ、それでもうちのテイオーの方が速いけど。

 だが、テイオーの上がり3ハロンはテイオーステップを駆使したタイムだ。その為、パワーだけを使って上がってるとは言いにくい。

 

 もしかしたら、テイオーよりも純粋なパワーであればネイチャの方が上かも知れないという事だ。

 

 俺は、ネイチャの末脚は脅威になると思っている。

 練習を見ていても、最後の末脚のキレを磨くような練習が多かった。彼女のトレーナーも彼女の武器を理解して、練習メニューを組んでいるのだろう。

 

 ナイスネイチャの警戒するべき点を自分で整理していると、彼女が頬を真っ赤にしながら、もじもじしていた。

 

「あの……あたしをそんな警戒して貰うのは嬉しいんですけど、ネイチャさん的にちょっと恥ずかしいかなー、なんて……」

 

「でも、思っている事は本当の事だぞ」

 

 テイオーの勝利の為に、俺がしてやれる事は限られている。レースに絶対は無い以上、全てのウマ娘を警戒して分析してもいいくらいだ。

 実際テイオーに伝えるのは、ほんの一部だけど。混乱しちゃうしな。

 

 そんな事をネイチャと話していると、既に数十分経過していた。

 すると、彼女が何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げる。

 

「そういえば、テイオーのトレーナーさん。テイオー、若駒ステークスに出るんだって?」

 

「……何で知ってるんだ?」

 

「いやぁ…… テイオーが言ってたのをたまたま聞いちゃいまして、はい」

 

 あいつ……自分の出るレースを言って回ってる訳じゃないだろうな…… 後で注意くらいしとくか。

 

「で、ですね。アタシも出るんですよ。若駒ステークス」

 

「マジか」

 

「マジです」

 

 テイオーとネイチャが若駒ステークスでぶつかるのか……ますます警戒しておかなくては。

 気分転換に視察に来たが、これは思わぬ収穫だ。テイオーに差しの対策について教えておくか……

 

 俺が今後の予定を考えていると、ネイチャが拳をぎゅっと握っているのが目に入った。

 そして、彼女が意を決したかのように口を開いた。

 

「あ、あの」

 

「ん、どうした?」

 

「あたし! テ、テイオーに勝ちますから! か、覚悟しといてください!」

 

「……へぇ」

 

 これは……少し驚いた。言動からしても、そんな事言う子じゃないと思っていたのだが、決めつけは良くないな。

 だが……宣戦布告されたら返さなくては。

 

「悪いな。勝つのはうちのテイオーだ」

 

 ライバル宣言、宣戦布告、大いに結構。だが俺達が目指しているのは無敗の三冠を取り、シンボリルドルフを超え、最強のウマ娘になる事。

 悪いけど全て蹴散らさせて貰おう。

 

 テイオーのトレーナーである俺も、それくらい堂々としてないとな。

 こんな事、声を大きく言えないけど。

 

「若駒ステークスでお互いベストをつくそうな。じゃあ、俺はこれで」

 

「アタシこそ、よろしくお願いします。今日は話に付き合ってくれてありがとうございました」

 

 ぺこりとネイチャが頭を下げる。

 お互いに別れの挨拶をして、俺は寮に戻る。

 ネイチャは休憩が終わったのか、そのままトレーニングを再開していた。

 

 って、あれ。ネイチャのトレーナーいつの間に帰って来てたんだ……? 

 俺と話してる時いなかったよな。ちょっと怖い……

 

 学園の門を出て、帰路についていると、左右に揺れる見慣れたポニーテールが見えた。はちみーを両手に持ちながら、ご機嫌そうに鼻歌まで歌っている。

 

 ん? 両手に2つ? 

 

「トウカイテイオーさん?」

 

「ん? ピェ。 ト、トレーナー、奇遇だね。こんな所で」

 

 俺が話しかけると目を泳がせながら、きょろきょろと辺りを見渡し始める。

 視線がブレブレで、冷や汗までかいている。さながら「あ、やべ」と思っているのだろうか。

 

「なんで両手にはちみーを持っているんですかね?」

 

「え、えっと、店員さんが新作のフレーバーを出したいから良かったら味見して欲しいって。サービスで貰いました……」

 

「本当ですか?」

 

「う、嘘じゃないよ!」

 

 テイオーが訴えるような目でこちらを見てくる。

 嘘はついてないっぽいし…… これ以上言及するのはやめておこうか。

 

「トレーナーさ、ホントに怒った顔怖いから……」

 

「別に…… 普通の顔だろ」

 

「笑顔で迫って来るの恐怖でしか無いよ。今度、鏡見たほうがいいと思う」

 

「機会があったらな。それはそれとして……」

 

 俺はテイオーの左手に持っていた、もう一つのはちみーを没収する。

 

「あ、ボクのはちみー!」

 

「取り敢えず今日はダメ。はちみーって保存出来るのかな……」

 

「多分出来ないんじゃない? そっちは口付けてないし、トレーナーが飲んでいいよ」

 

 テイオーが右手に容器をころころと揺らしながら「新作フレーバーはこっちだし」とストローを口に咥えて言った。

 はちみーかぁ…… 甘すぎるけど勿体ないから後で飲んどくか……

 

 と、はちみーよりも大事なのがあった。

 俺の隣で歩いているテイオーに対して今日あった出来事を伝える事にした。

 

「さっき、ナイスネイチャに会ってな」

 

「ネイチャに? ボクになんか言ってた?」

 

「今度の若駒ステークスに出るってさ。テイオーに勝つって宣戦布告までされたぞ」

 

「へぇ……ネイチャがね」

 

 テイオーが目を細めて、声のトーンが少し低くなる。

 

「どうした? 不安か?」

 

「まっさか! ボクが負けるなんてありえないから!」

 

 テイオーが自信満々に勝利宣言をする。

 負けると思って臨むレースなんて無いからな。その宣言はある意味正しいのかもしれない。

 

「さて……若駒ステークスまであと少しだ。最後の追い込み頑張るぞ」

 

「りょーかい!」

 

 くるりとテイオーがその場で一回転。そして次にたたんとステップを踏む。靴で地面を叩く音が、赤く染まった空のトレセン学園に響き渡った。

 

~~~~~~~~

 若駒ステークスは京都レース場で行われる為、トレセン学園のある府中市から京都府京都市まで電車での移動だ。

 前回のシクラメンステークスも京都レース場だった為、すんなり迷うことなく到着する。

 前も利用したホテルにチェックインして、一日は休憩。

 次の日の木曜日──一度だけ平日のレース場を使用できる日に下見をして、またホテルに戻り一日休憩する。

 前の反省を活かして、余裕を持って日程スケジュールを組んだおかげで大分ゆっくりする事が出来たので、テイオーのメンタル的にもこれくらい余裕があるのがいいだろう。

 

 また、木曜日には出走表が発表され、どのウマ娘がレースに出走するかが明らかになった。

 テイオーと一緒に確認すると、彼女の枠版は八枠八番。

 今回のレースは右回りで、9人のウマ娘が出走する為、大分外側からのスタートとなる。

 外側のスタートは距離が内側のウマ娘より長いという不安点があるが……どれだけ早くポジションに付けるかが重要そうだ。

 

 そして一番警戒していたナイスネイチャは七枠七番。テイオーの隣からのスタートである。

 ネイチャがテイオーをマークしやすそうな位置にいるな…… 徹底マークの可能性も考えたほうがいいか……? 

 

 テイオーに伝えた作戦は、いつもの逃げ。ネイチャの末脚が少し怖いが、これならマークされた時に相手のペースを崩せる。

 また、外側スタートだが逃げが成功さえすれば、内側に潜り込めるだろう。

 

 テイオーに作戦を伝えて、後は本番に備える為に早めの睡眠。

 京都レース場、右回り、芝2000mの「若駒ステークス」は土曜日、9R出走だ。

 

~~~~~~~~

 レース本番当日。いつものように早めに控え室入りをして、パドックに出る準備をする。

 トレセン学園指定の体操服に着替えて、八番と書かれたゼッケンをつけたテイオーが床に座ってストレッチをしている。

 足を広げて、背中を倒す前屈の運動。顔が地面についてしまうまで曲げられたそれは、いつ見ても柔らかいと感心してしまう。

 

 そんな体をほぐす運動をしているテイオーに対して、俺は追加でレースの作戦を伝えるために話しかけた。

 

「テイオー、ストレッチしたままでいいから聞いてくれ」

 

「はーい。何? トレーナー」

 

「一番警戒するのはネイチャだって伝えたと思うんだが、今回のレース、逃げウマ娘がテイオーの他に二人いる」

 

「そうなの? まぁ、問題無いんじゃない?」

 

 テイオーはきょとんと首をかしげながら、聞き返す。

 

 確かに彼女のスペックなら、今回のレースにおいては問題は無いかもしれない。

 だがのちのちの事を考えると、あんまりさせたくない事があるのだ。

 

 逃げウマ娘は複数人居る時、競り合いというのが発生してしまう事が多い。

 競り合いとは、逃げウマ娘同士がお互いに先頭を取ろうとする現象で、そのレースのペースが高速化してしまう要因の一つだ。

 そして何より、競り合いは自分のペースを大きく崩されてしまう可能性がある。

 逃げウマだったら経験しなくてはいけない事だが……テイオーは逃げウマじゃない。ここで変な癖をつけたく無いって言うのがある。

 

「問題無かったらそれでもいいんだけどな。もし先頭を取るのがきつかったら、すぐ後ろに下がっていいぞ。無理に先頭争いに参加する必要はない」

 

「りょーかい! って、後ろってどこまで下がればいいの? ボク、先行も差しも出来るから結構後ろまでいけないこともないけど……」

 

「そうだな…… じゃあ、こうしようか」

 

 俺はテイオーに対して、とある指示する。最もテイオーを警戒してくる相手を欺きながら、勝利する方法。その作戦の内容を伝えると、テイオーがにっししと笑った。

 

「トレーナーってさ……ホントに頭いいよね。よくこんな作戦思いつくよ」

 

 テイオーが俺の事を褒めてくるが……作戦を伝えるだけなら簡単だ。

 その作戦を、俺の思った以上にこなしてしまうテイオーが凄いんだよな。自分の担当ながら、その才能が恐ろしいと思ってしまう時もある。

 

「っと、そろそろ時間だな。いってらっしゃい、テイオー」

 

「いってきます! ボクが勝つところ見ててね! トレーナー!」

 

 時間が来てしまったので、レース前のルーティーンをして彼女を見送る。さて、俺も観客席に向かうかな。

 最近知ったのだが、レース場には関係者席というのがあって、申請さえすればかなり眺めの良いところでレースを見ることが出来る。

 今回はそれを申請したので、見やすい位置でテイオーの走りを見れるのだ。

 

 控室のドアを開けて、外の観客席へ。今日は快晴で、風も無く絶好のレース日和と言えるだろう。……防寒具は完備してるけど。

 

 関係者席につくと、今回のレースに出走するウマ娘のトレーナー達だろうか。そこそこの人数の大人がいた。流石に俺みたいなウマ娘のトレーナーも、明らかに若い人もいないな……

 

 少し疎外感を感じて、なるべく端の方に席を取って座る。

 観客席を眺めて見ると、OP戦だがそこそこの人数の観客がいて賑わってる。G1レースとかになると、この多くの観客席が埋まるほど混雑するのだから驚きだ。

 

『さぁ、そろそろ始まります! 若駒ステークス、芝2000m! OP戦のこのレース、今日はどのような展開が見られるのでしょうか!』

 

 場内にレースが始まる実況の声が響き渡る。最初のパドック入場だ。

 

『一番人気を紹介しましょう! ここまで無敗、トウカイテイオー! ファンからの人気もとても高い、注目のウマ娘です!』

 

 テイオーがパドックに登場し、上着をばさっと投げ捨ててパフォーマンスを行う。

 ……そういえばこれなんでやるんだろう。

 

 ステージの上でテイオーが手を振ると、わぁっと歓声が起きる。

 あまりエゴサとかをしていないから分からないのだが、テイオーのファンも着々と増えてきているのだろうか。なんかすっごい勢いで手を振ってるウマ娘の子がいるな……

 

 でも、こうテイオーのファンが増えると俺まで嬉しくなる。上手く表現できないけど……

 

 次々と人気順にウマ娘がパドックに入場してくる。

 そして、今回一番警戒しているウマ娘が登場した。

 

『五番人気、ナイスネイチャです! パドックでの状態は良さそうなので、期待が高まります!』

 

 特徴的な赤いもふもふを揺らしながら、ナイスネイチャが上着を投げ捨てる。

 調子は……普通かな? 適度にリラックスし、同時に緊張しているといった感じか。

 

 出走する九人のウマ娘の紹介が終わり、ゲートインに移る。

 

 テイオーがゲートに移動しているのを眺めていると、テイオーが誰かに話しかけているのが見えた。

 ネイチャに話しかけてるのか? 挨拶……といった所だろうか。

 流石にここまで声が聞こえるほど耳は良く無いが、目はいい。

 ────テイオーが一瞬だけピリッとした表情になったのを見逃さなかった。

 例えるならそう、獲物を狩る前の獅子のような。そんな雰囲気を醸し出しながら。

 

 今回も特に何も問題無く、スムーズにウマ娘達がゲートインする。

 この時間が、一番俺も緊張する時間かもしれない。

 

『ゲートイン完了。出走準備が整いました』

 

 一斉にウマ娘達が、スタートの構えを取る。

 そして──

 

『京都レース場、芝2000m、若駒ステークス。今スタートしました! 各ウマ娘揃って綺麗な出だしを決めました!』

 

 ガコンという心地のよい音と共に、ウマ娘達が走り出す。

 テイオーも綺麗なスタートダッシュを決めて、作戦通りに先頭に目掛けて向かう。

 

「っつ! そうくるか」

 

 が、テイオーの前に二人のウマ娘が立ちふさがる。

 しかも明らかに、初手からハイペースな速度。これは……

 

「テイオーの動きを制限しに来た……? テイオーにハナを取らせない気か」

 

 一番人気。ここまで無敗。ここまで来たら警戒されない方がおかしい。

 恐らく、二人のウマ娘ともテイオーより先に先頭に立ち、ブロックするつもりでいたのだろう。

 

『おっとこれは大胆な行動! 二番のシンクルスルーがまさかの大逃げだ!』

 

 そのまま二番の子が更に加速する。大逃げをかまして、逃げる気か。

 もう一方の逃げの子は大逃げ……とまでは行かず、先頭から二バ身差後ろくらいについている。

 

 ここまでハイペースなレースになると、テイオーでも逃げをするのは難しいだろう。

 が、ここまで想定内だ。それも全て見こして、テイオーには指示をした。

 

 テイオーが無理だと悟ったのか、先頭争いから離れて、するすると後ろに下がる。

 元々、逃げの脚質じゃないんだ。悪いけど先頭争いは無視させて貰おう。

 

『ここで、一番人気トウカイテイオー! 後ろに下がっていく! 失策、はたまた作戦か!?』

 

 そのまま邪魔にならない程度に外側から速度を落としていき、テイオーが俺の指示した位置につく。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ナイスネイチャは、前から三番目の位置にいた。恐らく、逃げるテイオーをマークするつもりでいたのだろう。

 

 悪いけど、それも崩す。

 

「よし……いい位置につけた。 後は仕掛けるタイミングくらいか」

 

 第一コーナーまでは位置取り争いで落ち着いていた。

 

 大逃げの二番が先頭に立ち、その二バ身程度後ろに、逃げている九番のウマ娘が。

 そしてそこから、六、七バ身ほど後ろにナイスネイチャ、トウカイテイオーと続く。後ろは固まっている為、そこまで差は離れていない。

 

『シンクルスルーがレースが先頭でレースを引っ張っている! これはこのまま逃げきってしまうのでしょうか!』

 

 ……まぁ、無いだろうな。

 

 大逃げ──それは全てのウマ娘の理想の走り方。一度も先頭を譲らず、一度も影すら踏ませない。そんな事出来るウマ娘は、本当に一握り……というか一人しか知らない。

 

 とは言っても、スタミナが切れるまで逃げてバ身差を開き、そのまま逃げ切ってしまうレースはある事にはある。

 だが、このOP戦で経験もあまり無いウマ娘が大逃げをやるには、少し力不足だ。

 

 第二コーナーが終わり、直線に入ると大逃げの子が段々と失速してきて、後ろに垂れてくる。見て分かる、スタミナ切れだ。

 直線で大逃げの子が垂れてくると、レース状況が少し動き始めた。

 

『シンクルスルーここで失速! 後ろの子達との差が縮まって来た!』

 

 第三コーナーに突入する頃には、大逃げの子はすっかり垂れてしまい、なんとか先頭に立ててはいるものの、二番目に逃げていた子とほぼ同じ並びになってしまった。

 

 いや、もう一人の逃げの子も失速しているな…… 六バ身くらい差があったがもう二バ身程度まで縮んでしまっている。

 

 第三コーナーを通過して、ネイチャが徐々に前に進出する。

 テイオーもそれについて行き、前へ進む。

 

『おっとここで、ナイスネイチャが先頭にたった! 流石に大逃げは厳しかったか!?』

 

 そしてここでネイチャが前に立つ。内側に逃げ二人、外側にネイチャ、テイオーの順だ。

 四人が団子状態に固まっているが…… 内側二人はもう足がほぼ残って無いな。

 

 となると、あとはテイオーとネイチャの一騎打ちである。

 

「仕掛けるなら……ここ」

 

 第四コーナー、いわゆる最終コーナーに突入する頃合いに、テイオーが仕掛けた。

 俺が思った通りの位置。全く……知ってか知らずか、理想通りの走りをしたテイオーを見て「ふぅ……」と俺から安心と驚きが混じった溜息が漏れる。

 

 テイオーがぐっと地面に少し沈み、スパートをかける。

 逃げをしてこなかったおかげで、しっかりと足は溜まっている。これが本来のテイオーの作戦なのだ。

 

 あっという間に、するりと外側からネイチャを抜かしてハナを奪う。

 

『ウマ娘達が第四コーナーを通過して最後の直線に向かいます! 現在、先頭はトウカイテイオー! 次にナイスネイチャ。既に二バ身ほどの差が離れていますが間に合うか!』

 

 スパートをかけたテイオーが先頭を取ると、レースは終盤。最後の直線に入る。

 テイオーが前を突き進む中、彼女が動いた。

 

「来たな…… ナイスネイチャ」

 

 ネイチャが最後の直線に入った瞬間。一気に加速し始める。

 俺が一番警戒していた、彼女の末脚。十二分に足は溜まっていたのか、一気にテイオーに追い付こうと前進する。

 

 って、思った以上に速いな。これデビュー戦、未勝利戦より速いぞこれ。掛かったのか、それとも、これが彼女本来の全力なのか。

 

『ナイスネイチャが上がって来る! トウカイテイオー譲らないか! さぁ! レースも終盤、最後の競り合いが続いて──』

 

 俺が想定していたより、切れ味のある末脚を繰り出したネイチャがテイオーに、一瞬だが()()()

 

「ネイチャ……悪いな、そこまでだ」

 

 俺がボソッとひとりごとを漏らす。

 残り200m。俺がテイオーに指示していた「危ない」範囲に、彼女は触れた。

 

 瞬間、テイオーの足が更に沈む。ぐっと溜めた足が、バネのように跳ねてターフを蹴り、飛ぶ。

 

『──つ、続かない!? トウカイテイオーここでまた加速!? ナイスネイチャとの距離を広げていく!』

 

 もう一個の指示。これは前のレースからも言っていたのだが「危なくなったら全部使っていい」という、テイオーにしか出来ない走法。

 

 二度目のスパートなんて思われているかもしれないが、実際はそんなものでは無い。テイオーがいくら天才だからと言って、二度目のスパートはまだ流石に出来ない……はず。

 

 じゃあ、何故再加速したのか。

 原理としては簡単。ただ単純に切り替えた──テイオーステップを解禁しただけだ。

 

 テイオーステップはスパートでは無く、走り方を切り替えただけに過ぎない。

 だからスパートの後も、再加速出来るわけだ。勿論、普通の走り方よりもスタミナは使う。

 今の彼女がテイオーステップのまま2000m走ったら、走り切れるか怪しいし、足にだってダメージがかなり入るだろう。

 

 だが、最後の直線である事。今まで足を溜めれた事。そして、テイオーが2000mを普通の走りだったらかなり余裕を持って走り切れる事。これらの状況が全て揃っている今なら──

 

『トウカイテイオー、速い速い! 後ろをぐんぐん突き放してリードを開いていく! ナイスネイチャはここまでか!』

 

 ──十分すぎるくらいのお膳立てだ。

 

 ナイスネイチャが後ろに下がっていく……いや確かに減速はしているが、それ以上にテイオーが速いのか。

 

 これは申し訳ないが、テイオーの勝ちだな。

 

『トウカイテイオーが今一着でゴールイン! 約三バ身差、二着にイルデサタン! その次にナイスネイチャがゴールしました!』

 

 レース場から歓声が上がる。わっと、一気に熱気が会場全体を包み込んだ。

 

 ネイチャは無理してスパートをかけていたのか、三着でゴール。顔を下に向けて、両手を膝に乗せている。

 

 テイオーも流石に今回は疲れたみたいなのか、いつものように、観客席にぶんぶんと手を振ってこない。

 だがそれでも、歓声には応えなきゃと思ったのか右手をいつもより控えめに振った。

 それに呼応して、また観客席からの歓声が大きくなる。

 

「良かったぁ」

 

 安心して、無意識に声が漏れる。何回経っても、これには慣れそうにない。

 テイオーが無事に勝利したのを確認した俺は、関係者席を後にしてこのレースの主役を迎えに地下バ道に向かう事にした。

 

 

 

 

 

「やられましたね…… テイオーさん、いや彼女のトレーナーですかね? 正直……勝てると思ってましたよ」

 

~~~~~~~~

「ただいまぁ~~~ トレーナーぁ」

 

「お帰り……お疲れ、テイオー」

 

「ホントだよ! 今回のレース、かなり疲れたよ……」

 

 テイオーにお帰りの挨拶をすると、ぐでっとした答えがテイオーから返って来た。

 レースの後だからだろうか、体温が高くなったテイオーと冬の外気温の温度差で、彼女の体からもくもくと白い煙が上がっている。

 

「てか……久しぶりに元の走り方したけど、こんなに疲れるんだね。前なら2000mもこの走りでいけたのに……」

 

「そりゃ、テイオーも日々成長しているからな。筋力とかつくと、足のばねにかける比重も多くなる。成長すると共に、あの走りは負担が大きくなるんだよ」

 

「……つまり、ボクが急成長してるって事?」

 

「そうだな。まぁ、今回は走りの切り替えもまだ甘かったし、久しぶりにテイオーステップしたせいもあると思うけど……」

 

 今回のレースは、テイオーにしてみれば久しぶりのテイオーステップになるだろう。

 足が慣れていなかったって言うのも間違いなくある。

 今度から足に負担が残らない程度に、テイオーステップの練習もしなくては……

 比重のかけ方をコントロール出来るようにさえなれば、かなり長い距離もテイオーステップで走り切れるかもしれない。

 

 俺が今回のレースでの自分の反省点を見直していると、横からテイオーが話しかけて来た。

 

「でも今回のレースも凄い楽しかった! ドキドキとハラハラが一緒に来るような、そんな感じだった!」

 

 今まで圧勝だった彼女にとって、一瞬とはいえ隣に並んだネイチャの存在が、また違った感情をテイオーに与えたのだろうか。

 

 ナイスネイチャ…… 今後も、更に注目していかなければいけないウマ娘かもしれない。

 

 地下バ道を二人で歩いて、選手控え室に向かう。

 

 人気が少ない地下バ道にたたん、たたんと蹄鉄の音が響く。

 ポニーテールと尻尾がゆらゆらと揺れて、くるりとテイオーが二回転。

 ピタッと止まり、俺の目をじっと見る。テイオーの蒼い瞳に琥珀色の目が映った。

 ビシッとピースサインをして、得意げに言い放った。

 

「さぁ! 次のレースも勝っていくよ!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。