きらきら光る、綺麗な星々。
上を見上げると、蒼白い星だったり、紫の星だったり。
色んな色に、輝く星がいっぱい。
アタシはそれを眺めて、仰いで。
素敵だなぁ、なんて。
そんな、ありきたりな感想を呟くだけで。
手を伸ばそうなんて、しなかった。
アタシがトレセン学園に来たのなんて深い意味なんて無い。
近所の──アタシが良くお世話になってる商店街のおばちゃんとかに、「ネイチャちゃん速いんだから~」とかおだてられた記憶がある。
それを聞いて、アタシも「じゃあ、ネイチャさん。頑張っちゃおうかな~」なんて少し調子に乗って。
トレセン学園に志願して、入学試験を受けて、特に苦労する事無くとんとん拍子で入学する事が出来た。
そんな学園の入学式当日。アタシは、目が潰れた。
どこもかしこも、きらきらウマ娘ばっかり。「うお、まぶしっ」なんて呟いちゃうくらいには輝いていた。
G1ウマ娘になる。三冠ウマ娘になる。トリプルティアラを取る。
大なり小なりみんな夢を持っていて。
じゃあ、アタシは? アタシの夢って……何だろう。
G1ウマ娘になる? ネイチャさんが? いやぁ……そんな器じゃないでしょ。
いいとこG2──重賞レースを取れたらラッキー程度かなぁ、なんて。
夢を持たずに、大きな波の流れに逆らわないままに、あたしのトレセン学園生活が始まった。
~~~~~~~~
「っつ! はぁ……!」
汗を垂らしながら、アタシはターフの上で息を切らす。足は限界を迎え、膝はがくがく震えてる。
入学式から数週間後。春の陽気が漂い、少しずつ暖かくなってきた頃に、トレセン学園では選抜レースが開催された。
デビュー前のウマ娘が、トレーナーに対して自分の実力をアピールをする絶好の機会だ。
この結果でトレーナーが決まると言っても過言ではない。
アタシはそのレースに出走して……負けた。
いや、順位だけ見れば三位。本番のレースならば掲示板入りの順位なので、悪くは無い順位だと思う。
でも……だけど、これは。
『今、トウカイテイオーが二着に四バ身差をつけて、一着でゴールイン! 二着にリボンマーチ。三着にナイスネイチャとなりました』
「冗談でしょ……?」
アタシが驚愕を含んだ溜息を漏らす。一位になった彼女は、まだまだ余裕そうな顔で観客に手を振っていた。
三着。されど三着。
まるで「一着の彼女以外は価値が無いよ」と、実際には言われてないけど、そう感じざるを得ないレース結果だった。
トレセン学園に来て、少しはきらきらウマ娘は見慣れたと思ったけど、それ以上。ううん、あたしが見た中で彼女は一番きらきらしていた。
レース後、次のウマ娘達の為にアタシ達がターフから掃けていると、彼女の周りにわらわらと人が集まる。スカウト目当てのトレーナーだろうか。
そりゃそうか。あの走り見てスカウトしないなんて、逆張りにもほどがある。もしアタシがトレーナーでもスカウトしに行ってそう。
もはや嫉妬すら湧かない感情を胸に抱きつつ、アタシが重い足を引きずりながら歩いていると、透き通るような声が辺りに響き渡った。
「ワガハイはトウカイテイオー! 無敗で三冠を制覇する最強のウマ娘!」
アタシは耳を疑った。
無敗の三冠ウマ娘……? それは、記憶違いじゃなきゃ、歴史上でもシンボリルドルフただ一人しか達成出来てない偉業。
普通のウマ娘がそんな事宣言したら、下手すれば笑われてしまうだろう。
でも、誰一人として笑って無かった。誰一人として揶揄するような事もしなかった。
────彼女なら、もしかしたら、出来るかもしれない。という期待。
見る者全てを魅了してしまう一等星。
トウカイテイオー──それがその星の名前だった。
「もうトレーナーがいるとか……主人公さんはキラキラしてますね。ははは」
アタシはそれを見て、冷たい息を吐くだけだった。
~~~~~~~~
「んっ…… あれ?」
頭がぼーっとする。回らない頭のままに体を起こすと、少し薄めの毛布がソファからぽふりと落下した。
眼を擦ると、自分の部屋とはまた違ったどこか安心する匂いが鼻を擽る。
アタシ……寝てた?
メンコの上からかたかたとPCを叩く音が聞こえる。
音の方に目を向けると、あたしのトレーナーさんが控えめに手を振って来た。
「おはようございます。ぐっすりでしたね」
「へ、あの! ごめんなさい! 今すぐ練習の準備するので!」
「いや、今日はやめましょう。疲れが溜まった状態でトレーニングしても意味ありませんし」
トレーナーさんが少し微笑みながら、アタシに話しかけてきた。
脳がクリアになっていくと共に、寝る前の自分の行動も思い出して、羞恥心から顔が熱くなる。
トレーナー室に入って、トレーナーさんがいなかったから、ソファに座って待とうとして……
トレーナーさんの匂いに癒されて……寝た?
ぼふんっ! と顔から湯気が出た気がした。多分、この場に一人だけしかいなかったら「んにゃああああ!!!」って叫んでたと思う。
アタシ! なんて事を!
ゴロゴロ転がる事も出来ないので、少しでも照れを隠すために毛布に顔を埋める。
あっ……トレーナーさんの匂いが…… もおおおおお!!! 自分で自分がめんどくさい!
「ネイチャさん、凄くいい顔で寝てましたよ。いい夢でも見てましたか?」
「夢……」
そういえば、夢を見てた。
アタシがまだ、夢を見れてなかった時の話だったかな……
あれから一年も経ってないのに、随分と昔のような気がする。それだけトレーナーさんと出会ってからの日々が濃かった、って事なのかな。
時計を見ると午後の四時。今日はトレーニングしないって言ったから、幸いにも時間に余裕がある。
寮の門限までもまだ時間はたっぷりありますし…… アタシの寝顔を見た罪を償って貰いますかね~。
アタシは、なんとか緩んだ顔の形を元に戻して、トレーナーさんに向き合った。
「トレーナーさんやい。お仕事はどれくらいでキリ良さそうですかね?」
「そうですね…… あと数分もすれば、と言ったところでしょうか」
「ほほ~ なら、あたしの夢の話。聞いてくれませんか?」
トレーナーさんが一度タイピングを止めて、ぱたんとノートパソコンを閉じた。
「いいですよ。いくらでも聞きましょう」
「え、いや、そんな身構えられるとネイチャさんも困っちゃうかな~って」
トレーナーさんが、真剣な目でこちらを見てくる。
そんな重い話はしませんよ? あ、ちょっと、飲み物持ちにいこうとしてるし。
「ネイチャさんは、飲み物何にしますか?」
「うーん、じゃあココアでお願いしますよっと」
トレーナー室に置いてあるコップに、インスタントの粉をいれる。アタシはココアで、トレーナーさんがコーヒーかな?
保温ポットからこぽこぽとお湯をいれる音が聞こえると、ココアの甘い匂いとコーヒー特有の匂いが、トレーナー室に漂う。
入れてくれたココアをトレーナーさんから貰い、ふーっと息をかけて少し冷ます。
熱が少し取れたら、こくりとココアを一口。うん、まだちょっと熱い……かな
舌に熱に残ったまま、ほぅと吐き出した息はまだ暖かかった。
さて、どこから話しましょうかね。
~~~~~~~~
トレセン学園の練習場は基本予約制だ。
それもそのはず。2000人も生徒がいるトレセン学園に対して、練習場が小さすぎるのだ。
ターフはもちろん、屋内のトレーニングジム、屋内プールも全てそう。
予約は個人間でも出来るが、トレーナーがいたら、トレーナーがやってくれる事が多い。
また、スカウト前のウマ娘。いわゆる、まだトレーナーがついていないウマ娘達は、教官という存在が面倒を見てくれる事が多い。
トレーナーが個人間の指導だとしたら、教官は団体の指導。
細かい指導とかは一切なく、例えるならば体育の授業が一番適切だろうか。
アタシもなんやかんやウマ娘だし、トレセン学園に来たからにはデビューしたい。
と言っても、練習場を予約するのはなかなかにハードルが高い。
なので複数人いる教官のうちの、とあるチームに入れさせてもらってターフを走っていた。
スカウトのタイミングは何も、選抜レースだけではない。
確かに選抜レースが最大手みたいのものだけど、こういう練習中に声をかけられたウマ娘もいるそう。……噂だけどね。
自分なりに調べた方法で、精一杯練習をしていると、あっという間に時間は過ぎてターフから追い出される。
そこから寮に帰るウマ娘達が多い中、アタシはこっそりトレセン学園を抜け出してまた走り始める。
別にお利口さんをアピールしたいわけでも無いし、やけくそになった訳でも無い。
ただ、なんとなく。心のどこかで「走らなきゃ」って思ってた。
寮の門限に間に合うように走って、ぎりぎりに帰寮する。
それがいつものアタシだったけど、その日だけは違った。
「あはは…… 迷いましたね、これ」
なんとなく「気分転換にいつもと違うコース行ってみましょうか~」なんて思ったのが悪かったのか。
道を外れて走った結果が、見事に迷子。ネイチャさん、子供みたいですよ。
ツッコミを自分自身に入れて、悪態をついても現状は変わらない。
頼みの綱の携帯を確認してみようと、ポケットに手を突っ込むが。
「うっわ、携帯置いて来てんじゃん。何でこんな時にこうなるのかな~」
走る時、確かに携帯あると危ないもんね! ちくしょう!
アタシの危機管理能力を評価しつつ、少し周りを探索してみる。
駅とかが近くにあったとかなら都合よかったのだが、残念ながら今あたしのいる場所は住宅街。
時々この辺に住んでいるらしき人が歩いているくらいで、目印になりそうなものは特に無い。
いや仮に地名が分かったとしても、ここがどこだか分かるかも怪しい。
アタシ、どこまで走ってきたかなぁ……
外灯の光が道を照らす中、あたしは大きな道を探して歩を進める。
大通りにさえ出れば、コンビニとかもあるでしょうし…… 店員さんとかに聞けば帰れるんじゃないでしょうかねぇ。
そんな他人事のように思いながら、とことこ歩いていると後ろからアタシを呼ぶ声がした。
「そこのウマ娘さん。こんな時間に出歩くのは感心しませんよ」
ばっと後ろを振りかって見ると、なんかどこか胡散臭そうなスーツ姿の男性が立っていた。
不審者……? まぁ、いざとなれば全力ダッシュで振り切れますし。
一応トレセン学園生徒のネイチャさんを舐めるんじゃないですよ、っと。
一応いつでも走り出せるように構えておきながら、耳だけを男性の方に向けていると、ちょっと残念そうな声が聞こえて来た。
「そんな警戒しなくても大丈夫ですよ…… これでもトレセン学園のトレーナーやってますので」
「へ? トレーナーさん?」
その言葉に驚いて、よく目を凝らして見てみると、確かにトレセン学園のトレーナーバッジが胸ポケットに付いていた。
ありゃ、本物かな……? でもなんでこんな所にトレセン学園のトレーナーが?
「私の家の近所なんですよ。 たまたまトレセンジャージを見かけましてね。困っているようなので、話かけさせていただきました」
困惑していたのが相手に伝わったのか、彼がそう答えてくれた。
「ところで…… どうしてこんな場所に?」
アタシの疑問に答えてくれたら、次に来たのは今一番答えたくない質問だった。
びくっとして尻尾もピーンとなってしまう。
「もしかして、迷子とかですかね?」
大正解。
一発で見抜かれてしまった。アタシの顔はどんな表情をしていただろう。
なんかもうやけくそで笑ってた気がする。
「……送ってあげましょうか?」
「……はい、おねがいします」
尻すぼみになってしまったが、なんとかその提案に対して返事をする。
ネイチャさん、まさかの名も知らないトレーナーの車に乗る。どうしてこんな事になったんだろ。
~~~~~~~~
車に乗せて貰って、少し暗くなった夜の街を走る。
車内はさっきまで暖房を付けていたからなのか、少し暖かかった。
アタシは後ろの座席に座って、なすがままに車に揺られる。
大の大人に、アタシ。……あれ、犯罪臭がしません? アタシ、騙されちゃった?
「まさか……取って食おうとなんてしませんよ。ナイスネイチャさん」
「え? なんでアタシの名前を……」
突然自分の名前を呼ばれてしまい、驚いてしまった。
デビューしているウマ娘ならまだしも、まだアタシはトレーナーすらついてない無名のウマ娘だ。
トウカイテイオーみたいな、選抜レースですら目立ってる子はちょっと違うかもしれないけど……
「まぁ、正直たまたまですね。トウカイテイオーさんの選抜レースで気になった事があったので調べていたら、といった所でしょうか」
「あはは…… ですよねー」
知ってた。
一瞬、「もし、アタシを見ていてくれたら」なんて思ったけど。あいにく、そんな器じゃないのは自分で分かってる。
「でも私はトウカイテイオーさんに魅力は感じませんでしたね……」
そんな確信を持った言葉が運転席から聞こえた。
マジですかい。あのきらきらウマ娘さんのどこが駄目なんですかねぇ、ちょっと気になりますわ。
「私は、それよりもナイスネイチャさんの方が魅力的でした」
「げっほ! げっほ、へぇっぐ!」
突然思いもよらぬところから爆弾が飛んできて、アタシはむせかえってしまう。
あまりにも勢いよくむせたのか、心配する声が前の方から聞こえて来た。
「ナイスネイチャさん、大丈夫ですか?」
「お、お気になさらずに……」
そりゃ驚くに決まってる。アタシみたいな、モブみたいなウマ娘がなんで……
三位だよ? あのトウカイテイオーがいたレースなのに、もっと注目されるべき子がいたはずなのに。
「ところで、ナイスネイチャさん。今、トレーナーさんはいますか?」
「はえ!? い、いや、いません、けど……」
「じゃあ、丁度良かった」
何が丁度良いんですかね……?
なんか変な衝撃を受けすぎて頭が混乱している中、車が停止する。
見覚えがある道に、見覚えのある建物。トレセン学園についたんだ。
寮から少し離れた場所に車を止めた彼は、アタシが車から降りる瞬間、挨拶代わりにとんでもない事を言ってきた。
「────私の担当ウマ娘になってくれませんか? ナイスネイチャさん」