そのウマ娘、星を仰ぎ見る   作:フラペチーノ

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紅の三等星【前編】と合わせてお読みください。


紅の三等星【後編】

 彼と始めて出会って、数か月の時間が経った。

 結局、アタシはその後にトレーナーさんと契約……しかも専属契約まで結ぶことになって今に至る。

 

 何回か、そこはかとなく、アタシをスカウトした理由を聞いてみたけど、上手く答えをぼかされてしまう。

 なんとも釣れないトレーナーさんで。

 

 誰もいない控室でボケっとしていると、こんこんとドアのノック音が聞こえた。

 耳を傾けると、「入っても大丈夫ですか?」と声が聞こえる。トレーナーさんだ。

 

「どうぞどうぞ~」

 

「失礼します。調子は……」

 

「まぁまぁ、って所かな。うん、勝つよ、今日は」

 

 今日──一月の中旬のまだまだ寒さが残る頃。

 アタシ達は、京都レース場の舞台に立っていた。

 

 若駒ステークス、右回り、2000m。OP戦なので重賞レースとかでは無いけど……緊張する。

 理由は単純明快。このレースには、あのテイオーが出る。

 

 しかも、テイオーのトレーナーさんに対して宣戦布告までしてしまった。

 これは、みっともない走りなんか出来ない。

 

「さて、作戦はこの前伝えた通りで変更はありません。覚えてますか?」

 

「勿論。テイオーの後ろに……どれだけテイオーが逃げても、先行よりでマーク。スパートは最後の直線に入ったら。ある程度距離を離されなければ、アタシの末脚なら間に合う、だよね?」

 

 トレーナーさんが「正解です」と手を叩いてくれたので、「うっし」と軽くガッツポーズを取る。

 

 トレーナーさんはアタシの末脚を凄い評価してくれた。

 彼曰く「この時期のウマ娘の上がり3ハロンにしては速い」との事。

 実際タイムを見せてくれた時、思わず自分でも感心してしまった。

 

 トレーナーさんはよく数字とか具体的な例を出してくれるから、成長の実感がしやすい。

 自分の武器を理解してると、ネイチャさん的にも安心できるのだ。

 

 軽く足首を回して、準備体操をしておく。

 その場で跳ねて見たり、うろうろしてみたり。自分でも、落ち着きが無いと思う。

 

「さて、ネイチャさん。そろそろ時間ですよ。行きましょうか」

 

 そんな事していたら、パドックへの入場時間になっていたみたいで、トレーナーさんから声をかけられる。

 

 さて……いっちょやったりますか! 

 

~~~~~~~~

 控室からパドックに移動する為に、地下バ道を歩く。

 コツコツと、蹄鉄と地面の触れる音がやたら響いた。

 

 他に出走するウマ娘も移動していて、見るからに絶不調な子。調子な良さそうな子が見られる。

 そこに現れる、見るからにきらきらしてるウマ娘が一人。

 

 ぴょこぴょこ跳ねて、特徴的なポニーテールをゆらゆら揺らす。

 ────トウカイテイオーだ。

 

『さぁ、そろそろ始まります! 若駒ステークス、芝2000m! OP戦のこのレース、今日はどのような展開が見られるのでしょうか!』

 

 アタシがいる場所にも、実況が聞こえる。

 デビュー戦や未勝利戦で聞いたことのある、パドック入場の合図だ。

 

 ゲートインする前にウマ娘は、パドックでお披露目回みたいなことを行う。

 アタシはよくこれをする意味が分かんないけど、トレーナーさん側からすると結構ありがたいみたい。なんでも、その日のウマ娘を見る事が大事なんだとか。

 

『一番人気を紹介しましょう! ここまで無敗、トウカイテイオー! ファンからの人気もとても高い、注目のウマ娘です!』

 

 先にパドックに入場したテイオーが上着を脱ぎ捨てたのか、わぁと観客の声がこっちまで聞こえた。

 

 え、あの後にアタシが行くの……? 

 

 ちょっとへっぴり腰になってしまいそうだったけど、自分に鞭を打ってなんとか入場する。

 

『五番人気、ナイスネイチャです! パドックでの状態は良さそうなので、期待が高まります!』

 

 ステージの上でばさっと上着を脱ぎ捨てて、なんとかパフォーマンス。

 よし、落ち着けアタシ。落ち着けぇ。

 観客に手を振って、なんとか冷静さを取り戻そうとする。

 

 パドックでのパフォーマンスが終わったら、いよいよゲートインだ。

 アタシは七枠七番。右回りのコースだから、どちらかと言うと外側スタート。

 警戒すべきテイオーはなんと八枠八番の真横。これは、嬉しい誤算だった。

 

 ターフを踏みしめて、ゲートの近くに移動する。

 空を見ると、綺麗な青空。絶好のレース日和ですわ。

 

「やっほー! ネイチャ! 今日はいい天気だね!」

 

「……テイオー」

 

 そんなアタシに声をかけてきた、きらきらウマ娘事、トウカイテイオー。

 調子はどうみても絶好調。近くで見ると、本当に圧倒されちゃいそうですよ……全く。

 

 でも、アタシ……今からこのテイオーに勝たなきゃいけないんだ。

 

「ねぇ、ネイチャ。ところでさ」

 

「何? テイオー」

 

「ボクのトレーナーに宣戦布告したってホント?」

 

「うん……まぁ、したよ」

 

「ふーん」

 

 テイオーがアタシをじっと見てくる。まるで値踏みするような、鋭い目。

 

「まぁいいけどさ……」

 

 彼女の纏う空気が変わる。ピリッと、電流を──雷を見たような気がした。

 

「そう簡単に勝てると思わないでよね」

 

 冷たく、重いその言葉に、アタシの体が震えてしう。

 

 ヤバい、逆鱗に触れた? 

 

 が、次の瞬間そのオーラはふっと消えて、いつものテイオーに戻る。

 ほんの一瞬の出来事だったから、幻覚かと思ったほどだった。

 

 気づいたら、アタシ以外のウマ娘が着々とゲートインを済ませていた。

 

「あっ、やばっ」

 

 少し焦って、アタシもゲートインする。

 ちょっと狭いこの空間、なんとかならんもんですかねぇ……

 

『ゲートイン完了。出走準備が整いました』

 

 集中力を高めて、トレーナーさんに言われた指示を思い出す。

 大丈夫……アタシはいける。練習の成果を出せば、勝てるはず。

 

 ──いや、勝つよ。

 

『京都レース場、芝2000m、若駒ステークス。今スタートしました! 各ウマ娘揃って綺麗な出だしを決めました!』

 

 ガコンと音と共に、目の前のゲートが開かれた。

 アタシはスタートダッシュを決めながら、隣のテイオーを確認する。

 

 彼女は予想した通り、逃げの作戦を取って前に進んでいる。

 うっし、作戦上手くいきそう。

 

 が、テイオーの前に二人のウマ娘が立ちはだかる。

 

『おっとこれは大胆な行動! 二番のシンクルスルーがまさかの大逃げだ!』

 

 ありゃま、これはちょっと聞いてない。

 テイオーをマークしに来た感じなのかな……? 

 

 それを受けて、テイオーがなかなか前に行けずに苦しそうだ。

 

 でもこれも、嬉しい誤算。

 三番目の位置についてくれるなら、ネイチャさんはその後ろ、四番目について様子を伺いましょうかね。

 

 ここまでは指示通り。後は、テイオーをマークしつつ直線まで足を溜める! 

 

 が、全く予想していない事が起こった。

 

『ここで、一番人気トウカイテイオー! 後ろに下がっていく! 失策、はたまた作戦か!?』

 

 テイオーが逃げるのをやめて、するすると外側から後ろに下がっていく。

 下がるのは良かった。が、下がる位置がおかしかった。

 

 テイオーがアタシの視界から消える。

 けど、場所は直ぐ分かった。

 ()()()()()()にテイオーがいるっ!?!? 

 

「っつ!」

 

 なんでっ! テイオーは逃げのはず! 

 マークしようと思ったら、マークし返された!? 

 

 分かんない。分かんないけど。

 後ろからの圧が凄くて、迂闊に動けない……! 

 

 誤算どころの騒ぎじゃない動きに、アタシの頭が混乱する。

 

 と、とにかく、今は掛からないように走れ! アタシ! 

 

 なんとか前を向いて、今の位置を把握する。

 前は、逃げが二人。アタシは多分三番目。結構差が離されちゃってるけど、レース序盤だしこれは大丈夫のはず。

 

『シンクルスルーがレースが先頭でレースを引っ張っている! これはこのまま逃げきってしまうのでしょうか!』

 

 第二コーナーを通過して、直線に入る。

 

 うぅ……やっぱり後ろのテイオーの動きが気になる。今だけ視野が360度になって欲しい。

 

 意識が後ろに行きすぎないように気を付けつつ走っていると、逃げの子が徐々に垂れて来た。

 

 ハイペースで飛ばしすぎたっぽい? うん、これは大丈夫。全然予想通りなんだけど……

 

『おっとここで、ナイスネイチャが先頭にたった! 流石に大逃げは厳しかったか!?』

 

 直線を通過して、第三コーナーに入りかかるころには逃げ二人はすっかり失速して、アタシが先頭に立ってしまった。

 

 こ、これペース配分守れてるよね? あぁ、もう! 

 

 どこに向けたか分からない文句を心の中で吐き捨てつつ、今の状況をもう一度整理する。

 

 アタシが先頭、多分後ろにまだテイオーがいる。隣にはスタミナ切れで下がって来た、逃げが二人。四人の差はほとんど無い状況。

 

 そろそろ最終コーナー。なんとか、スタミナを残してここまで来れた。これなら最後の直線で末脚を使えるはず! 

 

 ここで、彼女が動いた。

 

「いっくよー!」

 

 真後ろで、強くターフを蹴る音が聞こえる。

 テイオーがスパートをかけたんだ。私の後ろにいたテイオーが、するすると抜け出して、アタシの前に立つ。

 

 来たっ……! 今まで想定外の事態ばっかで振り回されたけど、これなら──

 

『ウマ娘達が第四コーナーを通過して最後の直線に向かいます! 現在、先頭はトウカイテイオー! 次にナイスネイチャ。既に二バ身ほどの差が離れていますが間に合うか!』

 

 ──いけるっ! 

 

 最後の直線に入った瞬間、思いっきり足に力を込めて加速した。

 

 トレーナーさんが褒めてくれた、アタシの末脚。アタシの武器。

 

『ナイスネイチャが上がって来る! トウカイテイオー譲らないか! さぁ! レースも終盤、最後の競り合いが続いて──』

 

 全速力で駆け上がり、テイオーを目指す。

 

 後で思えばだけど、この時のアタシは掛かってたと思う。気持ちが先行しちゃって、いつもよりハイペースで末脚を使ってた。

 その時は、追い付いて抜かす事だけ考えてて頭回らなかったけど。

 

 風の音が耳を貫く。息するのは辛いし、足は痛い。

 多分、今アタシが走れてるのは執念があるから。

 

 テイオーに勝てる! もっと足を回せ! 追い抜け! 

 

 今の全力を出した。全てを出し切って走った。

 たった「一瞬」、テイオーの隣に並んだ。

 

 本当に「一瞬」だった。

 

『──つ、続かない!? トウカイテイオーここでまた加速!? ナイスネイチャとの距離を広げていく!』

 

 テイオーが、また加速した。

 彼女の体が下に沈んで、跳ねる。この走りを、アタシは知っている。

 

 選抜レースの時に見た、あの走りだ。

 

「あっ……」

 

 光に、目がやられた気がした。

 レース中の高揚感が一気に覚めて、思考がクリアになっていく。

 それと同時に、足がガクッと沈んだ。自分でも分かった、スタミナ切れだ。

 

『トウカイテイオー、速い速い! 後ろをぐんぐん突き放してリードを開いていく! ナイスネイチャはここまでか!』

 

 足が前に進まない。その事実を認識するのに、そんなに時間は要らなかった。

 

 アタシが減速するのもあったけど、テイオーが加速したのもあって、更に差が開いていく。

 

 

 ──やっと伸ばした手は、まだ届かない。

 

 

『トウカイテイオーが今一着でゴールイン! 約三バ身差、二着にイルデサタン! その次にナイスネイチャがゴールしました!』

 

 結局、もう一人の子にも抜かされて、アタシは三着という結果に落ち着いてしまった。

 

~~~~~~~~

 疲労が溜まって重くなった足を引きずりながら、なんとか控室に戻る。

 いつもよりも暗く見える地下バ道は、恐ろしいくらい音が反響していた。

 

 ドアを開けて部屋に入ると、トレーナーさんが座って待っていた。

 

「お疲れ様です、ナイスネイチャさん」

 

「……うん」

 

 挨拶だけ済ませると、お互いに黙ってしまう。

 どちらも何かを伝えたい、そんな空気。

 

 沈黙を先に破ったのは、トレーナーさんの方だった。

 

「……すみません。今回は私の指示ミスです。ネイチャさんを混乱させてしまいました。」

 

「アタシも、最後焦って……掛かっちゃったぽくて……ごめんなさい」

 

「お互い様……でしょうか」

 

「ですねぇ……はい」

 

 今回のレースは想定外の事が起きすぎた。

 アタシも、トレーナーさんも。今回はテイオーとスターさんにやられたって事かな……

 

「次です……」

 

「へ?」

 

 トレーナーさんがぼそっと何かを呟いた。彼が、アタシの目を見て口を開く。

 

「今回はやられました。それは揺るがない事実です。なら、次は勝ちましょう。まだリベンジの機会はあります。それに──」

 

 トレーナーさんが少し微笑みながら、アタシを見てくる。

 はて、ネイチャさんに何かついてたりしますかね? 

 

「──ネイチャさんも、悔しそうな顔してます」

 

「……」

 

 無意識にそんな表情をしてたんだ。トレーナーさんに言われるまで、気付かなかった。

 

 目を瞑って、息を吸い込む。

 拳をぎゅっと握りしめて、アタシは今の感情を全て吐き出した。

 

「ああああああ!!! 悔しい!!! すっごい悔しい!!! だから──」

 

 アタシだって、こんな所で終わりたくない。

 

「──次は勝ちたい。トレーナーさん」

 

「えぇ、勝ちましょう。私は、ネイチャさんを全力で支えますよ」

 

~~~~~~~~

 インスタントの飲み物は、なんか粉が最後まで溶け切って無い事が多い気がする。

 今回もその例外に漏れず、ココアの粉が少しだけ底に溜まっていた。

 

 コップを回し、中に残った液体をなんとか溶かそうとして、最後の一口を流し込む。

 時間が経ってぬるくなったココアは、舌に甘みだけを残していった。

 

「そう言えば、前から思っていたのですが」

 

 夢の話をし終えて、アタシが喋り終えた直後、トレーナーさんが一つ質問をしてきた。

 

「ネイチャさんがよく言う、きらきらウマ娘、って何ですか?」

 

「あー……」

 

 きらきらウマ娘。

 別に本人が発光して輝いているとかじゃないけど、なんて言うかこう。夢に向かって走ってるウマ娘、みたいな? アタシでもなんか説明するのが難しい。

 

 でもよく他の子見てると、眩しってなるんですよねぇ。

 

「なんかテイオーみたいな……輝いてる一等星みたいな? アタシはいいとこ三等星ですよ」

 

 アタシは自分の悪い癖で、ちょっと紗に構えたような返事をしてしまう。

 そうしたら、トレーナーさんが「ふむ……」と呟いた。

 

「……ネイチャさんは一等星と三等星の違い分かりますか?」

 

「え? ……うーん、星の輝きの差かな?」

 

「その星々の明るさによる違いもありますが、実は地球からどれだけ離れているかも関わってます」

 

 確かにそりゃそうか。

 どれだけ輝いていても、離れすぎたら見えなくなる。

 

 えーっと、つまり? 

 

「三等星だって近くで見れば、一等星に負けない輝きを持っているかもしれません。それこそ、ネイチャさんみたいに」

 

「げっほ! げっほ、へぇっぐ!」

 

 また変な所から爆弾が飛んできて、いつぞやみたいに思いっきりむせてしまう。

 こ、このトレーナーさんは……

 

「その点、私は幸運ですね。ネイチャさんという星を独占出来てるんですから」

 

「トレーナーさんやい。それ、本気で言ってる?」

 

「えぇ、本気ですよ」

 

 にっこりと、いい笑顔でそう言われる。

 

 何故か、トレーナーさんはやたらアタシをからかってくる時がある。

 乙女の情緒をなんだと思ってるんですかね……? 

 

「ところで、ネイチャさん。私の夢も聞いて貰っていいですか?」

 

「トレーナーさんの? いいですよー 是非、聞かせて下さいな」

 

 トレーナーさんの夢か。なんだろう。そういえば、聞いた事が無い気がする。

 

 

「私の夢は────ネイチャさんの夢が叶う事ですよ」

 

 


 きらきら光る、綺麗な星々。

 

 上を見上げると、蒼白い星だったり、紫の星だったり。

 

 色んな色に、輝く星がいっぱい。

 

 アタシはそれを眺めて、仰いで。

 

 素敵だなぁ、なんて。

 

 そんな、ありきたりな感想を呟いて。

 

 手を伸ばす。

 

 まだその星に、手は届かないけど。

 

 届かないなら、走ればいい。

 

 走ればいつかきっと、星に辿り着くはずだから。




こんにちはちみー(挨拶)
今回から作品タグに、ナイスネイチャとメジロマックイーンを追加しました。

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