そのウマ娘、星を仰ぎ見る   作:フラペチーノ

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15.青空

 勝負服。

 それは、ウマ娘が着用する晴れ着とも言える服の事だ。主に、G1レースの大舞台で着用する為、勝負服を着て走るだけでも憧れの対象になっていたりする。

 また、一見走りにくそうにも見える衣装だが、ウマ娘達にとっては凄い力がみなぎるらしい。どういう原理なのだろか。

 

 俺の担当ウマ娘こと、トウカイテイオーも、G1レースに出るならば勝負服が必要になってくる。

 勝負服は基本特注で作られており、ウマ娘側がデザイナーに要望を最初に出すのが普通だ。

 

「テイオー。そろそろ、勝負服の案を提出したいんだが……」

 

「もう? ボクまだG1出走決まって無いよ? 絶対出れると思うし、勝つけどさ」

 

 いつものトレーニングが終わり、俺の部屋でごろごろしてたテイオーに声をかけた。

 最近何故か、ミーティングが終わっても結構ギリギリまで俺の部屋に居座る事が多い。

 別に何かするわけでも無く、俺のベッドに寝っ転がりながら、携帯を弄っていたりするだけなのだが。

 

 そんなテイオーは現在、レース成績が三戦三勝。

 次に控えている若葉ステークスに勝利、または二着であれば、皐月賞に出走することが出来る。

 

「確かに、まだ決まって無いけどな。すぐ作れるわけじゃないし、早めに要望出しておきたいんだよ」

 

「あー、あれ特注品だもんね」

 

 彼女がどこか納得したような声をあげる。

 

 皐月賞まではまだ二か月近くあるが、どうせなら妥協せずにしっかりとデザインを詰めたい。

 基本、一人のウマ娘に対して勝負服は一着だ。ずっとG1レースで着る事になるのだから、納得のいくものを着たいだろう。

 

「要望と言っても、簡単な物でいいぞ。例えば、かっこいい系とか可愛い系とか。色は何を使いたいとかな」

 

 デザインの案を出すと言っても、こっちは素人だ。俺も流石に、服のデザインを一からする事は出来ない。

 なので、希望を提出してデザイナー側が判断。いくつかのラフが送られてきて、それに基づいてやり取りしていくのだ。

 

 テイオーに似合いそうな勝負服か…… かっこいい系のズボンでも似合いそうな気がするが、ふりふりのスカートでも合いそうな気がする。

 

 テイオーにそう質問すると、ベッドから体を起こして俺の方に視線を向けて口を開いた。

 

「白。白のベースの勝負服がいい」

 

 即答だった。

 まるで最初から決まってたみたいな食いつきっぷりに、少し驚いてしまう。

 

「白か…… 真っ白の勝負服?」

 

「真っ白じゃなくてもいいけど…… なんかあと一色くらい欲しいよね」

 

 白に、あと何かの色か。

 テイオーに合いそうな色で…… テイオーのイメージとなると……

 

 誰もを魅了してしまうような走り。どこまでも、走り抜けて行けそうなそんな……

 

「空……雲。……青色とかどうだ?」

 

「白が雲で、青が空って事? いいじゃん!」

 

 テイオーからお褒めの言葉を貰った。

 自分で思いついた事ながら、青空とテイオーはぴったりな気がする。

 

 青空のように、どこまでも広く。

 雲のように、どこまでも自由に。

 

 そんな表現が彼女の走りに、しっくりくる気がする。

 

「取り敢えず色は決定でいいか? 後はデザインとかだが」

 

「うーん、そっちは特に無いかな…… ほら、ボクなんでも似合っちゃうし!」

 

 本当にそうだから困る。

 

 となると、色のベースだけ伝えて、複数のラフデザインからしっくり来たもので決めるか。

 

 俺はPCに今出た案をメモに書き込んで、保存しておく。明日、綺麗に纏めて提出しよう。

 

 お互いに勝負服のアイデアを出し合った後、特に何も無かったので解散となった。

 勝負服の原案を見るのが楽しみだな。

 

~~~~~~~~

 案を提出してから約一週間後。思った以上に早く、勝負服の原案が届いた。

 ファイルを見てみると、画像が複数枚並んでいるのが確認できる。

 すぐにでも見たい気持ちを抑えて、放課後になるのを待つ。

 その日の仕事はどこか手付かずで、全く集中出来なかった。

 

 それでもなんとか仕事をこなし、放課後。

 練習前にテイオーを部屋に呼んで、一緒にデザインを見る事にした。

 

「すっごい! ホントにどれもいい感じの勝負服しかないじゃん!」

 

「これでラフらしいぞ。プロって凄いな……」

 

 そこにはラフとは思えないほどの完成度を誇った、勝負服のデザインが並んでいた。

 どれも白を基調とし、青が散りばめられているのには変わりないのだが、服の形が全て異なっている。

 

 ワンピースタイプからスーツ風、更にはめちゃくちゃ露出高い物まで。

 これ水着では? 流石にこの露出高いのはやめておこう……

 

 テイオーが目を輝かせながら、PCの画面を見つめている。

 まるで、新しいおもちゃを貰った子供ようだ。

 

「このジャケットもいいよね! でもこのズボンもかっこいいし、こっちのレーススカート風のも可愛い!」

 

 いつもより数倍大きい声量で、テイオーがわいわい騒ぐ。

 PCを机に置いて一緒に見てる為、俺が座っている椅子の後ろに彼女がいるこの状況。

 かなり、耳に来る……! 

 

「テイオー……ちょっと、声量下げて……」

 

「へ? ご、ごめん……」

 

 まぁはしゃいでしまう気持ちも分かる。

 自分の為だけに作る、世界で一着しかない服なのだ。

 

 俺も俺で、着る訳ではないのに、内心かなりワクワクしていた。

 テイオーがこれらの勝負服を着て、走る姿を想像するだけで気持ちが高まる。

 

 とは言っても、本当にどれも完成度高いな……

 この中から一つ選ぶの、なかなか難しいのでは。

 

「うーん、これどれもいいんだけど…… 悩む……」

 

 それはテイオーも同じ意見みたいで、うんうん悩んでいた。

 

 そのまま一緒に画面を見つめて数十分。

 これもいいけど、こっちもいいを繰り返し、手詰まり感が出てしまった。

 

「……ねぇ、トレーナーはどれがいいと思う?」

 

「……俺?」

 

「直感でもいいからさ!」

 

 そう聞かれて、もう一度全てのデザインを見返す。

 全ての案がいい。いいのだが……本当に直感で選ぶなら……

 

「これかなぁ……」

 

「フレアスカートとTシャツ風の奴? 大分普通だと思うけど……」

 

 俺がPCに映したのは、多分この中だと一番「無難」に見える案だろう。

 白の基調の上に青がシャツとスカートに配色されており、黄色と青の雷のような線が中央に。そして、首元にピンクのスカーフが巻かれている。靴はブーツ風の形だ。

 

「なんていえばいいかな…… これが一番テイオーにしっくり来た、みたいな感じ……」

 

「なにそれ。でも、なんかいいじゃん。ボクも凄いしっくり来る気がする」

 

 本当に理由なんてあやふやなのだが、これが一番テイオーに似合うと思ったのは嘘ではない。

 目を瞑った時に、この服を着て走るテイオーが瞼の裏に浮かんだ……というのが正しいだろうか。

 

「よし! これで決まり! トレーナー、この案で行こう!」

 

「分かった。このベースで提出しとくぞ。後はもう一度綺麗になったのが届くから、それで最終調整だな」

 

「りょーかい!」

 

 テイオーがぱんと手のひらを叩いて、ご機嫌そうにPCから離れる。

 尻尾はぶんぶんと音が聞こえるほど揺れており、テンション高めだ。

 

 俺はメールを立ち上げて、感想とお礼の一文を書き、確かに送信ボタンを押した。

 

~~~~~~~~

 数日後。一度目の返信よりも早く、修正案が来た。相変わらず仕事が早い。

 

 前回と違って届いた時間が丁度練習後だった為、直ぐにテイオーと確認することが出来た。

 PCに届いたメールを開封し、ファイルの中身を確認する。

 

「うわぁ…… 凄いね、これ」

 

「あぁ…… 凄いな」

 

 お互いから感嘆の息が漏れた。

 ラフとほぼ形は変わらないのにも関わらず、確かにテイオーの勝負服が「そこ」にあった。

 

 原案より数倍綺麗で、キラキラしている。言葉が出ない。

 

「ふわぁ…… これ、ボクのなんだよね。ボクの為の勝負服なんだよね」

 

「テイオーの為の勝負服だ。これでG1レース走れるんだぞ」

 

 ウマ娘にとって一つの憧れでもある勝負服。

 それをテイオーがこれから着て走れると考えると、ここまで一緒に頑張って来たかいがあるというものだ。

 

 勝負服のデザインは装飾品も、一つ一つ丁寧にデザインされており、デザイナー側の仕事っぷりが分かる。

 手袋が左右で色が違うのか。これはこれでかっこいいな。

 

 ほぼ文句のつけようが無いと言っていいだろう。

 でも……なんか。なんだろう。

 

「なんか、足りない……?」

 

「テイオーもそう思う? だよな……」

 

 実際、100点満点なら95点はあるのだ。

 だが、なんとも言えない物足りなさが、心の中にある。

 

 妥協しないと決めた以上、この不満足感を解消したいのだが……

 何が足りないのだろう。

 

 俺がもう一回デザインを見返して、意味のない拡大縮小を繰り返す。

 テイオーが着ている姿を想像してもみたが、充分すぎるほど似合っている。

 

 やっぱり、このままでもいいのか……? 

 

「あっ、分かった」

 

 俺が頭をひねらせていると、テイオーが何か理解したかのように呟いた。

 彼女が、びしっと画面を指差す。

 

「マントだよ! カイチョーの勝負服みたいな赤いマント!」

 

「なる、ほど?」

 

 カイチョー──シンボリルドルフの勝負服は軍服のイメージに赤いマントが特徴的だ。

 その立ち姿が皇帝の異名に相応しい物だろう。

 

 だが、テイオーが赤いマントを着るとなると話は別だ。

 確かに彼女にとって、憧れの対象であるルドルフだが、勝負服までその要素を引っ張るのはどうなんだ……? 

 

 ルドルフは、超えなければいけない壁なのだから。

 

「うん、分かってる。だから、この赤いマントはセンセンフコクだよ」

 

「……」

 

「カイチョーがボクの後ろにいるんだぞ! って。カイチョーが出来なかった事、ボクたちが達成しちゃうよ! って、センセンフコク」

 

 なるほど…… 彼女が理解して、理由があるのなら、俺がとやかく言う必要も無いな。

 言われてみて思ったが、この勝負服にマントがあるとなると、しっくり来る気がする。

 

 最後のピースがかっちりハマった感覚。これなら文句なしの100点だろう。

 

「カイチョーとお揃いにしたいって、気持ちが無いわけじゃないけど……」

 

 正直だな。

 でもこれくらいが、テイオーらしくて丁度いい。

 

「ならマントを付けて欲しい、って送っておくな。多分次届くとしたら、イラストじゃなくて本物が届くと思うぞ」

 

「ホント!? 楽しみだな~」

 

 テイオーが、その場でたたんとステップを踏んだ。明らかに浮ついているのが分かる。

 

 なんか軽くダンスまで踊り始めたテイオーを横目に、俺は纏めた意見をもう一度、メールとして纏める作業に移った。

 

~~~~~~~~

 それから約一か月が経った。

 マントのデザインのやり取りや、テイオーの身体測定など、連絡を取り合う機会があったが、軽く調整するといった感じだ。

 

 そして、ようやく。

 

「トレーナー、早く開けてよ!」

 

「はいはい…… 丁寧に開けるからな」

 

 後ろにいるテイオーからの圧力を感じながら、綺麗に包装された段ボールを開ける。

 これは今朝、俺の部屋に届いたテイオーの勝負服が入った箱で、それこそ待望の物だった。

 

 それを朝彼女に連絡した所、『今すぐ行く』と学園にいるのにも関わらず突撃してきそうになったので、なんとか説得して放課後まで待ってもらった。

 

 俺も俺で早く開けたかったから、お互い様ということで……

 

 テープを剥がして、蓋を開ける。

 中にはしわも無く、ぴっちりと袋に収まった勝負服が入っていた。

 

「これがボクの勝負服…… ねぇねぇ、着てみていい?」

 

「勿論。その為の勝負服なんだから」

 

「やった!」

 

 テイオーが、ぴょんとその場で跳ねる。

 着地した後、自分の制服のリボンに手をかけて、脱ぎ始めちょっと待って。

 

「俺外に出るから…… 着替え終わったら呼んでくれ」

 

「え? 変なトレーナー」

 

 俺の良心が、なんか着替えを直で見るのは、良くないと警告してきた。

 あれでもお風呂とか一緒に入ってるし、今更か? 

 

 少しもやもやしながら、ドアを開けて逃げるように部屋から一旦出た。

 

 外で待つこと数分。

 中から「着替え終わったよ!」とテイオーの声が聞こえたので、部屋に戻る。

 

「ふっふーん! どう、トレーナー? 似合ってる?」

 

 びしっと足を伸ばして、ポーズを取っている、勝負服姿のテイオーがそこにいた。

 その場でくるりとターン。スカートがひらりと舞い、後ろ姿まではっきりと見え、赤いマントがばさりと広がる。

 

 イラストデザインに届いた通り、白がメインで青と黄色が散りばめられている。

 手袋やマントといった装飾品も、違和感なく溶け込んでおり、良く似合っていた。

 

 これを着てテイオーがレースするのか……! 

 

「うん、凄い良く似合ってる」

 

「でしょでしょ~? G1レース中はボクが一番目立っちゃうな~」

 

 彼女が少し調子乗った発言をするが、実際その通りかもしれない。

 

 青空をイメージした彼女の勝負服。

 それが青いターフの上を走るのだから、対比で綺麗にはえるだろう。

 

 今からでも彼女がG1レースを走るのが楽しみで仕方ない。

 

「ならその為にも、次の若葉ステークス。勝たなきゃな」

 

「勿論! ボクも早く、これ着てG1レース走りたいよ!」

 

 俺達にとって大事なレース──若葉ステークスは、勝負服の存在により更に気合が入ったのであった。

 

~~~~~~~~

『トウカイテイオー速すぎる! 二着に二バ身差を付けて、今ゴールイン!』

 

 その結果。

 三月中旬。皐月賞と同じ舞台で開催された「若葉ステークス」、芝、2000m、右回りは、あっさりとテイオーが勝利をもぎとって、幕を閉じた。

 

『この子に敵うウマ娘はいるのか! 皐月賞が今から楽しみです!』

 

 敵無し……なんて言うのはおこがましいかもしれないが、それくらい今のテイオーは強い。

 

 が、対策は勿論する。テイオーが出来ない事をやるのが、俺の仕事であり、役目だ。

 

 ゴールした後。ターフの上で手を振っているテイオーに対して、俺は手を振り返しながら、また一層気合を入れた。




こんにちはちみー(挨拶)

最近、一話と二話の文章表現を修正しました。
読み返してみると、面白いかもしれません。

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