そのウマ娘、星を仰ぎ見る   作:フラペチーノ

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19.分かっている者

 テイオーの左足への力のかけ方が、明らかにおかしい。

 

 それに気づいたのはライブ中の出来事だったため、すぐにテイオーのもとに駆け付けて何かするってことが出来なかった。

 本来であれば楽しんでいたはずの時間に、ずっと自責の念が漂う。

 もっと早く気づいていれば、ライブ前に止めることが出来たんじゃないか。病院に連れて行くのが遅くなってしまった結果、足の怪我が重くなってしまったら。

 いや、それよりもっと前。指導方法が最初から間違っていたとしたら……? 

 そんなことを考えながらライブを眺めていたのだが、我慢することが出来ずに俺はテイオーが歌っている最中にこっそりと抜け出し、ライブの控室に来てしまった。

 正面で彼女の歌を聞けないのは残念だが、そこは許してもらおう。それよりも足が心配だ。

 

『果てしなく続く、winning the soul─♪』

 

 バックルームにいても、彼女の綺麗で元気な歌声が聞こえてくる。

 俺はこの声が大好きだ。テイオーが感じたレースに勝った喜び、ライブの楽しさが歌声を通して伝わってくる。それは俺だけでなく観客にも伝わっていたみたいで、会場の盛り上がりは最高潮に達していた。

 

『Woh、woh、woh……♪』

 

 観客席で光り輝くサイリウムが歌声に合わせて輝き、揺れる。

 控室は一応少しだけ外の光景が見れるのだが、それでもとても綺麗な光景だった。

 ステージの上でテイオーがマイクを持ちながらステップをし、くるっとターンしてポーズを取る。

 その瞬間、東京レース場から大歓声が湧いた。耳を大きく刺激するほどの轟音は、レースのゴール時の歓声に負けず劣らずの大きさだ。

 ステージ上では曲が終わったことで、歌っていたウマ娘達が観客に対して一度お辞儀をして退場した。

 

「あれ、トレーナー? なんでこんなところにいるのさ」

 

 本日の主役──トウカイテイオーが俺に気づいたのか、スタッフに貰ったタオルを肩にかけながら俺の方に近づいてくる。

 ライブの後のためか汗をかいており、もくもくと湯気を出しそうなほど体が熱くなっているのが分かった。

 

「ごめん、テイオーちょっと見るぞ」

 

「へっ? あっ、ちょっと待って」

 

 テイオーの静止も聞かず一度しゃがみ、テイオーの左足をじっと見つめる。

 怪我していた場合触るわけにはいかないので、観察しているだけなのだが……

 

「なんかちょっと恥ずかしいんだけど……」

 

 それでも少し恥ずかしいらしく、テイオーが足を閉じてもじもじと足を擦り合わせる。

 パッと見た感じだが、外傷らしきものは見当たらない。となると……

 

「テイオー、左足痛まないか?」

 

「左足? ん……ちょっと痛む、かな? でも全然へっちゃらだよ!」

 

 テイオーがその場で大丈夫だとアピールする為か、たたんとステップを取る。

 いつも通りの軽やかなステップ。

 外部的な傷ではないとすると、疑ったのは内部的な骨の怪我。だが仮に骨が折れていたりなどしたら、こんなステップは出来ないだろう。取り敢えず骨折とかでは無さそうだが……

 

「病院いくぞ」

 

「病院!? そんな重症じゃないってば」

 

「ダメ。一番大事なのはテイオーの体だしな」

 

 俺はトレーナーではあるが、医療の面においては素人に近い。せいぜい擦り傷などを治療出来るくらいだ。

 どんなことがテイオーの体に起こっているか、流石に俺の目でも分からない。

 その為に医者がいるって言っても過言ではない。餅は餅屋だ。

 

「すみません。テイオー病院に連れて行きますので、今日は失礼します。ライブお疲れ様でした」

 

「あっ、トレーナー! 待ってよ!」

 

 その場にいたスタッフの方と先ほどまで一緒に歌っていたウマ娘の方にお礼を言い、控室を後にする。

 テイオーは一応気にしてはいるのか、なるべく左足に力をかけないような歩き方でゆっくりと出てきた。

 その後俺はトレセン学園に連絡して車を手配し、テイオーを病院に連れて行くのであった。

 

~~~~~~~~

「もー、トレーナー大げさだよー。別にボクは何ともないってば」

 

「そうは言ってもな……」

 

 病院まで車で送って貰った後、テイオーの症状をお医者さんに伝えたところ、レントゲンを取ることになった。

 今はそのレントゲン撮影が終わり、写真をお医者さんが見ている状況だ。

 

「トウカイテイオーさん」

 

「何?」

 

 お医者さんが回転式の椅子をくるりと回して俺とテイオーの方を向く。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「軽い捻挫ですね。恐らく力をかけすぎたことが原因です」

 

「良かった……」

 

「ねー言ったでしょー! 大丈夫だって!」

 

 俺がほっと安堵の息を吐くと、テイオーが俺の肩をポンポンと叩いてくる。「ほら見なよ」と言わんばかりだ。

 まぁ、でも本当に軽い捻挫で良かった。これで骨折なんかだったら目も当てられない。

 お医者さんが言っていた原因……恐らくだが、ダービーの最終直線で思いっ切り足に力をかけてたことを指しているのだろう。つまりあの急加速は、かなり無茶をしていたということになる。後で少し指摘しとくか……

 

「トウカイテイオーさん、取り合えず二、三週間は激しい運動を控えて下さい」

 

「え」

 

 そんな安堵したテイオーに、お医者さんが彼女にとって無慈悲な宣告を告げる。

 当然だ。ウマ娘にとって一番大切な部位の怪我。安静にしなくては。

 が、彼女は納得できていないようで不満の声をあげてた。

 

「えー、なんでさ! ボク走れないのやなんだけど!」

 

「悪化するからです。安静にしててください」

 

「やだやだやだやだ!!!」

 

 テイオーが聞き分け悪く、だだをこねる。前回、走るのを禁止した時以上の抵抗度合いだ。

 恐らくここまでテイオーが嫌だと言うのは、時期的な問題だろう。

 皐月賞に日本ダービーを順調に勝ち進めて、無敗の三冠ウマ娘まであと一歩の所で、走るのを禁止だ。本来であれば、一日も無駄にしたくない時期でもある。

 しかし、今ここで無理をして足を壊してしまっては元も子も無い。

 これに関しては、テイオーも分かっているはずだ。

 

「テイオー」

 

「うっ…… 分かったよ、トレーナー……」

 

「よろしい」

 

 納得してくれたのか、テイオーがしぶしぶといった感じで頷いた。

 良かった、分かってくれたみたいだ。

 

「それでは、痛み止めの注射をしときましょうか」

 

「え」

 

 お医者さんがそう言った瞬間、テイオーが固まった。

 隣に視線を向けると、彼女の顔がこの世の終わりを告げられたような表情になっている。

 え、いきなりどうした……? 

 

「ト、トレーナー。走るのは我慢できるからさ、お注射だけはどうにかならない……?」

 

 いや、まさか。これが事実だったら本当に意外というか。

 

「テイオー、注射苦手なのか……?」

 

 俺が尋ねた瞬間、彼女が静止するのをやめてびくりと震えた。

 どうやら図星だったらしく、テイオーの尻尾ががくがくと震えている。今まで見たことの無い尻尾の動きで、まるで一昔前の壊れた機械のようだ。

 そして俺の服の裾をきゅっとつかんで、上目づかいで俺の顔を見つめてくる。

 その目は潤んでおり、助けを求めているようだった。

 

「あの……お医者さん。注射は必須ですかね……?」

 

「必須……とはいいませんが、痛み止めですのでこの後打っておけば色々楽になりますね」

 

「そうですか……」

 

 つまり今少し痛い思いをして、この後楽になるか。それとも今打たずに、この後辛い思いをするか。

 このテイオーの様子を見るに、本当に注射が苦手なのだろう。そろそろ泣きそうになってるし。

 でも──

 

「お医者さん、注射お願いします」

 

「うぇー!? トレーナーの裏切りものー!」

 

 テイオーが俺を非難してくるが、今後のことを考えているからこその選択だ。

 とは言ってもこのままだとテイオーが損して可哀そうだし、何かご褒美でも準備してやるか。

 

「分かった。これ我慢出来たら、俺がなんでもしてあげるから」

 

「え?」

 

「はちみー奢るとかでもお出かけにでも付き合うよ。だから今は頑張れ──」

 

「すみません。今すぐお注射お願いします」

 

 俺がそう約束してあげた瞬間、テイオーが今までのビビりっぷりはなんだったのかキリっとした顔で、お医者さんと正面で向き合った。

 注射が刺されるであろう左足を前に突き出し、準備万端といった感じだ。

 それを見たお医者さんが早速と言った感じで、左足にアルコール消毒をし注射を突き刺した。

 

「ぴゃあああああああああ!!!!!」

 

 よく頑張ったな、テイオー。

 

~~~~~~~~

 あの熱狂した日本ダービーが終わってから、一週間が経過した。

 お医者さんから走るのを禁止されたテイオーだが、今のところ大人しく過ごしている。

 これは俺が足に負荷がかからないトレーニングを、彼女にやって貰っているのも大きいだろう。

 それでトレーニング欲を発散して貰っているのだ。勿論、いつもよりは軽めなトレーニングなのだが。

 そんな平日を過ごし、今日は日曜日で休み。

 そのためベッドの上でごろごろしようとしていたのだが、テイオーにお出かけに誘われてしまったため外出の日になった。

 朝起きてもはや私服になっているスーツを着用し、集合場所に指定された寮の前に向かう。

 いつもの革靴を履いて寮のドアを出ると、テイオーともう一人のウマ娘がそこにいた。

 オレンジ色の綺麗な髪色に、伸ばしたロングヘアとちょこんと乗った二つ縛りの髪が特徴的なウマ娘。

 俺はそのウマ娘と直接話したことは無いが、名前は知っていた。

 

「初めましてだね! スターちゃんのことはテイオーちゃんからよく聞いてるよ!」

 

 そうフレンドリーな挨拶をしてきた彼女の名前はマヤノトップガン。

 テイオーの寮の同室の子ということもあり、よく話の中で彼女の名前を聞いていたのだ。

 それに彼女はテイオーと同時期にデビューしたウマ娘で、ライバルでもある。

 テイオー曰く「何でも出来ちゃう子」らしく、彼女と同じで天才タイプのウマ娘なのだろう。

 だが、不思議と彼女がG1レースを目指しているとは聞かない。何をするか分からない爆弾、といった所だろうか。

 それに彼女は()()()()()()()()()()とテイオーに言っているらしい。わざわざ伝えるあたり少し疑問を覚えるが、天才型の手ごわいライバルが一人減るのはありがたい。

 ……まぁ、菊花賞に出れるウマ娘には天才しかいないのだが。G1レースは、全ウマ娘のほんの一握りだと言うことを忘れてはいけない。

 俺が思考にふけっていると、私服姿のテイオーが話しかけてきた。

 

「じゃあ、行こっか! 今日は都会に行くよ~」

 

「テイクオーフ! スターちゃんも今日はよろしくね!」

 

 そう言えば、今日はどこに何をしに行くか聞いてなかったな。

 マヤノトップガンが着いてくるとは聞いていたのだが、それ以外は分からない。

 多分、保護者的な立場だろう。荷物持ちもウマ娘なら重い物も持てるし、俺は二人の後ろから着いていくことにしよう。

 そう思いつつ元気な彼女達の後ろをついて行こうとすると、とあることに気付いた。

 

「あれ、テイオーが帽子なんて珍しいな」

 

「ん? あぁ、これ? 変装だよ、変装! ボク一応有名人らしいからさ」

 

「あぁ……なるほどな」

 

 テイオーの格好はラフなTシャツに動きやすそうな短パン。そして、ポニーテールを後ろから出せるようなキャップ型の帽子を被っていた。

 

「マヤが注意したんだよね。テイオーちゃん目立つから変装した方がいいよーって」

 

 帽子だけで誤魔化せるかは少し不安だが、つばがある帽子なら多少なりとも顔が隠れるし効果はあるのだろう。

 俺も帽子被ってるしなと思っていると「それに」テイオーが付け加えてきた。

 

「サングラスもあるよ! どう? かっこいい?」

 

 どこから取り出したのか黒いサングラスをすちゃっとはめたテイオーが、俺の方を決め顔で見てくる。

 親指と人差し指を突き出し、ピストルの形になった手を顎に当ててきらんと効果音が鳴りそうなポーズをとった。

 だが、正直。

 

「テイオーにはサングラスは微妙じゃないか……?」

 

「うっ…… そっか……」

 

「もう、スターちゃん! そういう時は似合ってるっていうんだよ!」

 

 なんと言えばいいのか、アンバランスというか。とにかく少しばかり似合っていない感じがする。

 感想をテイオーに聞かれたので、俺は正直に答えたのだがどうやらダメな答え方だったらしく、マヤノトップガンから文句を言われてしまった。

 テイオーがそっとサングラスを取り外して、持っていたバックにしまう。そして、パンと自分の顔を叩いて口を開いた。

 

「さぁ、出発しようか……」

 

 ごめん、テイオー。俺が悪かった。

 

~~~~~~~~

 俺は行き先が分からないため、彼女達に案内されて電車に揺られること約三十分程度。

 やって来たのは、東京都内のとある場所。トレセン学園がある場所とは違い、高い建物に人が歩道を埋め尽くすほど多い都会って感じの場所だ。

 駅から出ると、まわりには人、人、ウマ娘と色んな物が目に入り酔ってしまいそうだ。とは言っても、レース場のG1と比べたら可愛いものなので俺も少し毒されてきているかもしれない。

 

「で、最初はどこにいくんだ?」

 

「最初はねー、ここ!」

 

 テイオーが指さした場所は、先ほど出てきたばかりの駅。

 一瞬頭の中にはてなマークが浮かんだが、すぐに納得する。きっと駅内にある施設を指しているのだろう。何があるのか分からないが、俺は二人の邪魔にならないように後ろで待機しているとしますか。

 そう思っていたのだが──

 

「じゃあ、スターちゃんの私服選び始めようか!」

 

「え?」

 

「トレーナー、私服それ(スーツ)しかないでしょ? ボクたちが選んであげるよ!」

 

「いや、困って無いし。大丈夫だが」

 

 ──何故か俺の私服を選ぶ方向に話が進んでいた。

 

 二人に連れて来られたのは、正しい読み方がよく分からない名前の商業施設。

 中に入ってみると多くの女性用の服や雑貨が並んでおり、今どきの若い子が訪れそうなお店がずらりと並んでいた。

 やたらいい匂いがするショッピングモールの中を三人で歩いていたのだが、何故こうなった。

 

「それより二人の洋服買ってきたらどうだ? 俺は待ってるからさ」

 

「ダメだよ。今日はトレーナーの洋服を買いにここに来たんだから」

 

「それまたなんで……」

 

「トレーナー、この前の約束覚えてる?」

 

 約束……というと病院でした「何でもする」って奴か。

 なるほど、ここにそれを持ってくるのか。いやそれでも納得できない部分がある。

 普通なら俺の私服を選ぶとかでは無く、テイオーの私服を買うとかでは無いのか? 

 俺が訳も分からずに悩んでいると、それを見たテイオーが察したのか俺の疑問に答えた。

 

「ボクが選びたいからいいの! トレーナーは美人だから勿体ないでしょ!」

 

「……テイオーの方が可愛いと思うけどな」

 

「ぴえっ ま、まぁそれほどでもあるけどね!?」

 

「うーん、テイオーちゃんはカウンターに弱いね!」

 

 マヤノトップガンがにやにやと笑いながら、顔が赤くなっているテイオーを見つめる。

 俺のどこがカウンターだったのか分からなかったので首をかしげていると、テイオーが「こほん」とわざとらしく咳払いをし、この場を仕切りなおした。

 

「さぁ、トレーナーの服を選んで行こうか!」

 

 ぎゅっと俺の手を掴んで、お店の方に引っ張ってくる。その後ろからマヤノトップガンがついて来ていた。

 色々な服があるせいでやたらキラキラしているお店の中をテイオーに連れられて歩き、到着したのは試着室。

 

「じゃあボクたち服選んで来るから、トレーナー待っててね!」

 

「マヤたちが可愛いの選んであげるからね!」

 

「え、あの……お手柔らかに……」

 

 びゅんとそのままお店の中に消えていく二人を見守りながら、俺は試着室にぽつんと取り残されるのであった。

 俺……スカートも着たこと無いんだけど……

 

 ~~~~~~~~

 そこからの記憶は曖昧だった。

 お店の中に消えた二人が戻ってきたと思ったら、山盛りになった洋服がかごの中に積み重なっており、一体俺にどれだけの服を着せるのかとぶるりと身震いした。

 

「じゃあ始めはマヤからね。はいこれ」

 

 そう言われて渡された物を手に受けとって試着室に入り服を広げると、口から「んぐっ」という声が出た。

 え、これ着るの……? 

 

「なぁ、これ本当に着なきゃダメ……?」

 

 俺が試着室のカーテンから顔だけ出して、きゃっきゃっと話してた二人に尋ねてみたのだが、テイオーが「めっ」という顔をしてきた。

 

「トレーナー、約束したでしょ」

 

「うっ……」

 

 それを出されると俺は弱くなってしまう。だが約束は約束だ。しっかり守らなくては。

 試着室から顔をだすのをやめて、意を決してスーツを脱ぎ始める。

 しわにならないようにハンガーに服をかけて、丁寧に保管した後に渡された服を着てみる。

 あれこれなんか、短くね。これであってるの? 

 

「あの着終わったんだけど…… その……へそ見えて……」

 

「あってるよ! マヤはこういう服がスターちゃんに似合うと思ったんだよね!」

 

 どうやら服のサイズが間違ってるという訳では無く、こういう格好らしいのだが……

 やばい凄い恥ずかしい。

 

「もう、トレーナー。恥ずかしがらずに見せてよ!」

 

 テイオーが試着室のカーテンをばさりと開いて俺の姿が二人の前に露わになる。

 うぅ…… これ、こういう服装だと思っても恥ずかしい……

 

「マヤノ」

 

「何? テイオーちゃん」

 

「あとではちみー奢ってあげる」

 

「わーい、テイオーちゃんやっさし~」

 

 渡された服はホットパンツにヘソが見えるTシャツで、俺のお腹がはっきり見えてしまう。

 とにかくお腹周りがすーすーして、凄く不安になる。これで人前歩くのは無理、と俺の本能が訴えていた。

 

「はい、終わり! 次あるなら次にして……」

 

 俺がじろじろテイオー達に見られるのに耐え切れずに、しゃっと勢いよく試着室のカーテンを閉める。

 二人が外で「えー」と言っているが勘弁してほしい。俺が耐えられない。

 

「じゃあ、次ボクね! はい、トレーナー」

 

 テイオーが差し出してきた服が、カーテンの隙間から渡される。

 それを受け取って広げるとまたしても「うぐっ」という声が出た。

 絶対俺が服を買う時になっても一人では選ばないタイプの服。いや先ほどの服もそうだったのだが、こっちは更に着ない──というか俺に似合わないだろ……

 しかし約束してしまったし、渋々ながらマヤノトップガンセレクトの服を丁寧に脱いで、テイオーセレクトの服を着る。

 一応備え付けられた鏡で変な所が無いことを確認しつつ、カーテンをゆっくりと開いた。

 

「き、着たぞ」

 

 テイオーに渡されたのは淡い水色のワンピース。まるで清楚なお嬢様、それこそメジロ家のウマ娘が着そうな服を渡されてしまい、少しばかり困惑している。

 というか、地味にスカート初挑戦ということもあり足元が不安で仕方ない。ワンピースなので大分丈は長いのだが、これ以上に短いトレセン学園の制服とか絶対着れないと思ってしまう。

 不安な気持ちで二人の前に出たのだが、どうやら似合ってるらしくマヤノトップガンが両手を目の前で合わせながら誉めてくれた。

 

「スターちゃん、すっごい似合ってるよ!」

 

 そう言われても恥ずかしいものは恥ずかしいし、とにかく落ち着かない。

 赤くなってそうな顔を自分で自覚していると、テイオーが何も話していないことに気付いた。

 気になって彼女の方を向くと、どうしてかぽかんと口を開けたまま固まっている。

 

「テイオー大丈夫か……?」

 

「……はっ! 危ない……幻覚見えてたよ」

 

「本当に大丈夫か、テイオー」

 

~~~~~~~~

 その後、二人の着せ替え人形にされた俺は色々な服を着せられてしまった。

 何故かやたらふりふりが多いゴスロリっぽい衣装や、タイツスカートジャケットを組み合わせたものなどなど。人生の中で一番着替えたんじゃないかってほど、服を着てしまった。

 で、結局最後の方は自分で私服を買うことになったのだが。

 

「本当にそれで良かったの? トレーナー」

 

「これくらいのが俺に丁度いいよ…… あれはまだ早すぎる」

 

 自分で選んだのは落ち着いた紺色のパーカーに黒っぽいジーンズ。全体的に男性っぽい服装だ。

 これを選んだ時に二人からは「えー」と言われてしまったが、着てあげたら何故か納得してくれたので助かった。

 個人的にはパーカーを被れば、髪を隠せるのが気に入っている。

 ちゃっかり個人的にも服を買っていたのか、テイオーとマヤノトップガンも紙袋を携えながら俺の前を歩いていた。

 時計を見てみると、時間はちょうど昼の十二時頃。ご飯の時間帯だが、二人は何か考えているのだろうか。

 

「そろそろご飯にしよっか! マヤね~、隠れ家的な喫茶店見つけたんだ~」

 

 どうやらマヤノトップガンが案内してくれるらしく、テイオーと一緒に彼女について行く。

 服を買ったショッピングモールから歩くこと数分。やってきたのはまたとあるビルの中だった。

 先ほどの服が入っていたビルとは全く違い、お店とか何も無さそうなしんとしたビルで本当にここにあるのか心配になる。

 だが、マヤノトップガンの様子を見るに間違ってはいないようで、エスカレーターで上の階に向かっていると、唐突にお店のメニューが書かれた看板が出てきた。

 

「ここだよ! 割と有名で混んでるときは混んでるんだけど今日は空いてるみたいだね!」

 

「こんなところに喫茶店なんてあるのか……」

 

 ビルの中に違和感を感じるほどまでのおしゃれな喫茶店が存在しており、テイオーも驚いたのか「はえー」なんて声を出している。

 店員さんに人数を伝えて席に案内されると、まず真っ先に目に飛び込んできたのは色鮮やかな飲み物の写真だった。

 マヤノトップガン曰く、ここはスイーツが有名らしく今回はそれを食べに来たらしい。

 テイオーが目を輝かせながらメニュー票を見ているが、俺はそれよりも今どきの子はスイーツで昼ごはんをすませるのか……と少し驚いてしまった。

 ウマ娘なのに大丈夫なのかなとも思ったが、今日はそこまで動いていないからなのかもしれない。ウマ娘がお腹いっぱい食べようとすると、かなりの値段がかかるしな。

 俺も彼女達にならって、二つスイーツを注文することにする。彼女達もそれは同じだったのか、図らずとも全員が同じ注文になってしまった。

 店員さんに注文を伝えて、待つこと数分。運ばれてきたのは、青色のクリームソーダと銀色のお皿に乗っかった固そうなプリンの二つだ。

 

「わぁ~ ウマスタで映えそう!」

 

 マヤノトップガンとテイオーが携帯を取り出して、ぱしゃりと写真を取る。

 プリンの方はまだ普通の見た目なのだが、クリームソーダの方が少し変わっていた。

 綺麗な青色の層になったゼリーの上に丸いアイスが一つ載っている。更に、青色のジュースらしき液体が別の容器に入って運ばれている。

 これはどうやって食べるのが正解かと悩んでいると、マヤノトップガンが正解を教えてくれた。

 

「これはねー、最初に上の部分食べて、ある程度減ったらジュースを入れてストローで吸うんだよー」

 

 どうやら上のアイスの部分だけを先に食べるらしく、一口食べると自家製なのだろうか。市販のアイスとは違った味わいが口の中に広がった。

 アイスの部分を掘り進めてゼリーの層まで辿り着いた後、付属の青いジュースを流し込むとしゅわしゅわと音が鳴る。

 一風変わった飲み物を作り上げて、ストローで飲んでみるとソーダの風味とゼリーの感触が同時に味わえて更に美味しい。

 なるほど。見た目も華やかでこれは写真映えするし、美味しいから若者に人気なのが分かる。

 テイオーとマヤノトップガンの二人も、美味しそうに耳をピコピコさせながらスイーツを食べている。

 プリンの方もスプーンですくってみると、市販で売っている物とは全く違い、しっかりとした固さを持っていて食感も口の中に残るほどだった。

 昔ながらの喫茶店のプリンって感じがして、これも美味しい。何より付属のカラメルがほどよく絡んで味わい深いのがとてもいい感じだ。

 

「美味しいね、トレーナー!」

 

「あぁ、これ美味しいな」

 

 最近実は趣味としてパフェを一人で食べていたりしたのだが、こういったスイーツを探してみるのも悪く無いと思った。美味しいスイーツ巡りならテイオーとかと一緒に行けるしな。

 三人でおしゃれな喫茶店で美味しいスイーツを食べ終わり、お会計後にその場を後にする。

 時間としては午後一時頃。寮に帰るにはまだ少し早い時間になるが、またどこか行くのだろうか。

 

「次はね~映画! マヤが前から注目してたアクション映画があるんだよね!」

 

「もしかしてあの有名な映画? ボクも見たいと思ってたんだよね!」

 

 そうマヤノトップガンが言ったタイトルは俺が生まれる前に上映していた作品の数十年越しの続編タイトルで、今世間で大盛り上がりを見せている映画の名前だった。

 映画に詳しくない俺でもその名前だけは知っているような、ビックタイトルの映画だ。

 彼女曰く、別に前作を見なくても十分楽しめるらしく今回のお出かけの際に選んだという。

 その計らいに感謝しつつ、喫茶店を出て近くにあった映画館に向かいチケットを購入する。

 

「二人はポップコーンとかいる? ボク買ってくるよ?」

 

「マヤ、テイオーちゃんとポップコーン分ける感じでいいよ!」

 

「俺はいいかな。何も無しで」

 

 テイオーが「分かった」と言い俺達の希望を聞いて、飲食品が売っているコーナーの列に並んでくれた。列にはかなりの人数が並んでおり、買うまで少しだけ時間がかかるだろう。

 そうなると必然的に、マヤノトップガンと二人きりになる。個人的にはあまり話したこと無いし、何を話せばいいのか──

 

「ねぇ、スターちゃん」

 

「ん?」

 

「マヤに何か質問あるんじゃないの?」

 

 ……無いと言えば嘘になる。聞く機会が無かっただけで、個人的に疑問に思っていたこと。

 が、これに関しては誰にも伝えていないし閉まっておこうとすら思っていたのだが……

 

「なぁ、マヤノトップガン」

 

「マヤでいいよ」

 

「じゃあ、マヤ。マヤは──何でG1レースに出ないんだ?」

 

 今まで彼女はG2までのレースにしか出ていない。勝利を納めていないならともかく、マヤはG2のレースでしっかり勝っている。

 だが、不思議とG1レースに出走するという情報は聞かない。

 俺はテイオーの同期のウマ娘は基本調べていて、テイオーの話によく上がるマヤのことは他のウマ娘より調べていたのだ。

 しかし、彼女の行動がふわふわしすぎている。

 距離は中距離なのだが、彼女のラップタイムに上がりハロン、脚質があまりにも「ムラ」がありすぎたのだ。

 まるでわざと負けているかのレースまであるかのような──そんな考えまで浮かんでしまう。

 

「ん? あぁそっち?」

 

 俺が気になったことを正直に質問したのだが、マヤがまるで興味をなくしたみたいにすんとした表情になってしまった。

 彼女が「んー」と首を可愛らしく傾げながら小さな口を開いて語り始めた。

 

「そっちはね。マヤが分かってるからかな」

 

「分かってる……?」

 

「そう。マヤが話に介入しないようにするため……って感じ? だから菊花賞にも出ないんだよ」

 

 さっぱり分からない。

 話が全く通じていなさそうなのだが、何故か全て繋がっていてマヤの答えが全てである。そんな感覚に襲われる。

 正直、怖い。さっきまで活発で元気なマヤはどこに行ってしまったのか。

 周りに多くの人がいるはずなのに、俺と彼女の周りだけ音が消え空気が冷える。

 まるでここだけ別の場所のような。冷たい空気が背中をなぞった。

 手が震えて、足が恐怖でがくがくする。目の前のウマ娘に本能が、逃げろと危険だと言っていた。

 しかし、耳はマヤの方を向いていて逃れることが出来ない。

 そして──マヤノトップガンの目は黒ずみ、ハイライトが消えていた。

 

「マヤは分かってるよ。スターちゃんがトレーナーである理由も」

 

「それって……どういう」

 

「うーん、それは自分で考えて欲しいかな」

 

 その瞬間、マヤの雰囲気が元に戻りすっと先ほどまでの元気な姿に戻る。さっきまで冷えていた周りの空気も消え、がやがやと人混みの音が聞こえてきた。

 目の前の恐怖感も消えて、体の細かい震えが止まる。

 なんだったんだ……今のは。

 

「トレーナーにマヤノ、ただいまー!」

 

「あっ、テイオーちゃん帰って来たよ。スクリーンに行こっか、スターちゃん」

 

「あぁ……うん。行こうか」

 

 結局俺の疑問に答えてくれたのか、答えてくれていないのか分からないマヤの返答が俺の頭の中でずっと漂う。

 

 ──何で貴様は、ウマ娘なのにトレーナーをやっているんだ? 

 

 ──マヤは分かってるよ。スターちゃんがトレーナーである理由も。

 

 いつしか尋ねられた質問と今聞いた答えは。

 俺の「何か」に意味をもたせるものなのだろうか。

 

 ~~~~~~~~

「やっぱり、面白かったね!」

 

「ボク、前作見てないけどそれでも面白かったよ! 今度前作見てみようかな」

 

「見よ見よ! マヤもまた見たくなっちゃった!」

 

 映画の上映時間である約二時間が終わってスクリーンから退場する。

 二人は満足したいみたいで感想を言い合っているが、俺は先ほどのマヤの言葉が脳内でリフレインしてそれどころじゃなかった。

 映画にはとても失礼なのだが、集中して見る事が出来なかった。思考が落ち着いたときに、また一人で見に行こうかな……

 時計を見ると午後四時ごろ。今から電車に乗って帰れば、丁度いい時間帯に寮に着くことが出来る。

 アクション映画の感想を語りながら歩く二人の後ろに着いて行きながら、電車に乗り込みトレセン学園に帰ることになった。

 電車に揺られてトレセン学園のある駅に着いた後、寮まで一緒に歩く。

 

「今日は楽しかったね~」

 

「ボクも凄い楽しかった! トレーナーまた遊ぼうね!」

 

「……ん、あぁ。また、今度な」

 

 多少恥ずかしい思いはしたのだが、美味しいスイーツを食べれて、面白い映画も見れたし実際とても楽しかった。

 そう今日のことを振り返っていると、前を歩いていたマヤがくるりとこちらに振り返ってきた。

 

「スターちゃんもまた遊ぼうね!」

 

 にっこりと微笑んで俺を見てくる彼女の雰囲気は、映画館で感じたのとは真逆の感じだ。

 あの時の彼女は、幻覚だったのだろうか。

 するとマヤが歩みを止めて、俺の方に近づいてくる。その後、こっそりと耳打ちする様に彼女が微笑みかけてきた。

 

「答え合わせは──また今度ね♪」

 

~~~~~~~~

 あの色々あったお出かけから、一ヶ月が経った。

 テイオーの足も順調に回復し、普通のトレーニングが出来るまでになった。

 これならば、菊花賞に出るのに全く支障は無いだろう。テイオーが聞き分け良く、俺の言うことを聞いてくれたからでもある。

 そして今、俺はとある事情で理事長室に向かっていた。

 今の時期はクラシック期の夏。この一年でこの時にしか出来ないこと、夏合宿の計画について理事長と話し合う必要があるのだ。

 本来であれば学園側が用意してくれた場所で行うことができ、その場合であれば特殊な申請などは必要無いのだが……

 一人で考えごとをしながら歩みを進めていると、理事長のドアの前についたのでコンコンとノックをする。

 

「歓迎ッ! 入りたまえ!」

 

「失礼します」

 

 ノック後に部屋の中から理事長の元気な返事があったので、素直に入室した。

 そこには、俺の上司にあたる秋川理事長、駿川たづなさん。そして何故か俺と同期でトレーナーになった桐生院さんがそこにいた。

 

「スターさん、こんにちは!」

 

「桐生院さん、こんにちは。何故こちらに……?」

 

「それは私が説明しましょう」

 

 俺が疑問を浮かべていると、たづなさんが一旦待ったをかけた。

 どうやら、これに関して説明してくれるらしい。

 彼女が「こほん」と咳払いをして、ゆっくりと話し始めた。

 

「今回のスターさんの夏合宿に関しての申請ですが……結論からいいますと可能と言うことになります」

 

「本当ですか。ありがとうございます」

 

「ですが、条件がいくつかあります」

 

「条件ですか……?」

 

 そう、俺が今回テイオーのために用意した夏合宿のプランは学園側が用意してくれた場所を使わず、全く違う場所で行うことを前提とした計画だ。

 正直かなり無茶を通しているため、学園側から何も無く行かせてもらえると思っていない。

 

「まず、一つ目。桐生院トレーナーとその担当ウマ娘、ハッピーミークさんの同行です。スターさん、貴方はまだ未成年なんですから大人の方に同行してもらいます」

 

「よろしくお願いしますね!」

 

 桐生院さんがふんすと元気よく返事をした。

 ……最近少し忘れがちになってしまっていたが、俺はまだ未成年。

 大人の目も無く自由にやると言うのは、学園側としても問題があるのだろう。

 だが、これに関しては全く問題ない。むしろ、桐生院さんと意見交換出来るいい機会だ。このタイミングを逃す手は無い。

 

「そして二つ目ですが…… 他にウマ娘を二人同行していただきます」

 

「ウマ娘ですか……?」

 

「うむ! これは学園側からの要望と捉えてもらって構わない!」

 

 理事長がばさりと「要望ッ!」と書かれた扇子を広げて俺に向ける。毎回思うがその扇子はどこで用意しているのだろう。

 さて要望の件だが、これに関してはなんと答えるべきか。

 ウマ娘を二人連れていけとのことだが、これはトレーニングを見ろということなのだろうか。今はテイオーのトレーニングを見るのに集中したいため、他のウマ娘を見る余裕は正直ない。

 

「あの……ウマ娘って誰ですかね……? 私はテイオーを見るのでいっぱいだと思うので……」

 

「むっ! これに関しては我々の説明不足だったな。たづな!」

 

「はい。今回連れて行ってほしいウマ娘は、おそらくスターさんも知っていると思いますよ」

 

 俺が知っているウマ娘……? はて、と首を傾げて考えてみるが特にこの合宿に関わって来そうな知り合いのウマ娘は思いつかない。

 

「まず一人目ですが……アーティシトロンさん。覚えていますか?」

 

 その名前には聞き覚えがあった。

 アーティシトロン。テイオーのデビュー戦で競ったウマ娘。デビュー戦の戦績は、テイオーが一着。彼女は二着だった。

 俺は人の名前を覚えるのが得意なので、名前を聞いてすぐに思い出すことができたが、彼女が俺たちに着いてくる理由が分からない。

 俺の記憶が正しければ彼女は確か──引退したはず。

 

「あともう一人なのですが──」

 

 俺が思考を回していると、たづなさんが紹介を続ける。

 そして、その口から飛び出した名前は予想外の角度から飛んできた思いもよらないウマ娘だった。

 

「──タマモクロスさんです」

 




こんにちはちみー(挨拶)
リアルが忙しくてだいぶ間が空いた投稿になってしまいました。申し訳ない。
さて本題に入ります。
なんとこの作品のファンアートを頂きました!(7回目) 三枚も!

まずは一枚目。


【挿絵表示】


モノクロでのクールなスターちゃんがかっこいいですね!
{たまご」さんイラストありがとうございます!

次に二枚目。


【挿絵表示】


スク水スターちゃん来たぁ!という素晴らしいイラストです!
「からすみ」さんイラストありがとうございます!

最後に三枚目。


【挿絵表示】


テイオーに呼ばれて振り向いてるのかな?可愛いらしいスターちゃんのイラストです!
「灰夢」さんイラストありがとうございます!
スターちゃんのイラストが私を救ってくれる……本当にありがたい……
感謝で毎日拝んでます。

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