とある夏の日。
トレセン学園の生徒たちは長かった夏合宿も終わり、いつも通りの日常を送っている。
まだまだ夏本番というように日がさんさんと照りつける中で、俺はとある場所に呼び出されていた。
「あ゛ぁ゛~。最近、ドーベルが冷たいの゛~~~!」
「……大丈夫ですか? 飲みすぎでは……?」
「飲まなきゃやってらんないわよ! 蔵内も好きなだけ呑みなさい!」
「あは~、もう吞んでます~。ところでこれ吞んでいいやつですか~?」
「呑みながら聞くなぁ!」
「あはは……」
そこはカオスだった。
床に転がってるのは缶、缶、缶、時々一升瓶。しかも、これが全部中身が空というのだから恐ろしい。
アルコール臭が漂う部屋の中、俺を含めた三人のトレーナーが転がっていた。
一人は俺だが、もう二人は年上のトレーナー。
黒髪をポニテで纏めたお姉さんである、先輩トレーナーの清水光トレーナー。
茶髪をゆるふわパーマにした女性、俺と同期でもある蔵内望トレーナー。
普段はしっかりとしており、尊敬しているトレーナーたちが今はアルコールの魔力にやられていた。
「なんで、相談してくれないのかなぁ……。最近トレーニングにも身が入ってないみたいだし……」
「女の子には秘密の一つや二つあるもんですよ~。ドーベルちゃんいい子ですし、ホントにまずかったら言ってくれますって~」
「それはそうだけどぉ……トレーナーとしては寂しくてェ……」
「わぁ~泣いちゃいました~」
涙腺が脆くなっているのか、さめざめと泣き始める清水さん。
それをとんとんと背中を叩いて、彼女を後ろから慰める蔵内さん。
最初はこんな調子では無かったのだ。
それこそ当初の目的はトレーナーの意見交換会ということで、清水さんのトレーナー室で有意義な議論をしていた。
夏合宿もあけてG1レースシーズンも近くなってきたからと、目的も凄い真面目な理由だ。
その証拠にホワイトボードにはレース場の簡易的な図が描かれていたり、トレーニング方法がメモされている。
だが途中から自分の担当ウマ娘の話になり、それらの悩み相談になっていた。
そして──
「そんなこと悩んでも仕方ないですよ~! ほらお酒呑みましょ~~~!」
そう言って蔵内さんが清水さんにお酒をぶち込んだ結果、今に至る。
清水さんがさっき話していたドーベルことメジロドーベルは、彼女の担当ウマ娘でありG1レースを複数取っている名バだ。
因みにさきほどのメジロドーベルの愚痴を話していたが、同じ内容を三回聞いていた。
流石の俺も、素面のままどう対応していいか分からなくなってきている。
まだ俺は未成年でお酒は呑めないしどうしたものかと悩んでいると、こんこんとドアがノックされた音が鳴った。
「失礼しまーす……ってアルコールくっさ!? トレーナーも伸びてるし、どういうこと!?」
入って来たのは鹿毛の長い黒髪を携えた、ツリ目のウマ娘。
左耳に緑色のリボンをつけた彼女こそが、先ほどまで話題にしていたメジロドーベル本人だ。
どうやら何かトレーナーに用事があって訪れたみたいだが、残念な事に当の本人は潰れている。
「ん~? ドーベル~~~? ごめん、今はぁむりぃ……」
「見れば分かるわよ……。今日はどうせ休みだったし、寝てて」
「ごめんねぇ~~~。うぐっ」
べろべろになりながらドーベルさんと会話をし終えると、清水さんの電源が切れたようにぷつんとその場で寝そべってしまう。
あぁ……これは寝ちゃったかな……。蔵内さんも潰れてるし……。
「えっと……スターゲイザーさんだっけ……? アタシのトレーナーたちがごめんなさい」
「まぁちょっと困ってたのは確かだけど……。とりあえずどうしようかこれ」
「このままにするわけにもいかないし……片付けるつもりだったけど……」
「じゃあ俺も手伝うよ。部屋使わせて貰っていたしな」
「ありがとう……。スターゲイザーさん、優しいのね」
そう言うと、ドーベルさんがぺこりと頭を下げてお礼をしてくれた。
感謝されて少しむず痒くなって軽くいえいえと返事をすると、彼女が柔らかく微笑む。
お互いに挨拶し終えると、俺たちは部屋の片付けに移った。
床に寝そべっているトレーナーたちを仮設ベッドに移動させ、散らばった缶などを拾って分別する。
そんな中俺はふと気になったことが出てきたので、隣で一緒に片付けしてくれているドーベルさんに訊ねた。
「そういえば……ドーベルさん、初対面なのに俺の名前良く知ってたね」
「トレーナーやマックイーンからよく聞いてるもの。それに、トレセン学園ではアナタ有名だし」
「あぁ……なるほど。ドーベルさんもマックイーンと同じメジロ家だもんね」
「よく話を聞いてるおかげで、初対面って気がしないのよね……。あと呼び方、ドーベルでいいわよ。もっと話し方もラフで」
「そうか? なら、助かる。俺のことも好きに、呼んでもらって構わないぞ」
自分がその立場だと忘れがちだが、白毛のウマ娘ってだけで貴重なのにそれがトレーナーをやっているのはもうレア中のレアだ。トレセン学園に一年ちょっとくらい在籍しているのもあり、生徒の間では有名なのだろう。
特にマックイーンとはテイオー関連でよく関わっているし、メジロ家に話が通っていてもおかしくない。どこまで噂されているんだろうか……。
そんな会話をしながら二人で片付けていると、あっという間にほぼ元通りに部屋が綺麗になった。
換気も行ったので、アルコール臭さも大分緩和されただろう。
「お疲れ様。わざわざありがとうな」
「こちらがお礼を言う側よ。スターもトレーナーで忙しいのに……」
「今日はもう特に予定無かったしな。あぁ、あとこれは質問なんだけど」
「?」
ドーベルがその言葉に対して、軽く首を傾げる。
正直顔を合わせた時から気になっていたが、清水さんから聞いたのと照らし合わせて今ようやく確証が持てた。
清水さんは最近ドーベルが冷たいと言っていたが、これは多分。
「ドーベル、最近眠れていないとかない?」
「へ?」
「いや、ちょっと目元が垂れているっていうか……。体が疲れてそうっていうか……」
「えっ、うそっ、目にクマとか出来てる!?」
「いや、そこまでじゃないけど……」
恐らく睡眠自体は取っているのだろう。
だが完全に体が回復するまで休めていないせいか、どこか力が入ってないように見える。
眠りが浅いのか睡眠時間が短くなっているのかは分からないが、どちらにせよ寝不足には変わりない。
そのせいで、トレーナーとかに話しかけられても上の空になってしまっていたのだろう。
だから、対応が冷たく見えてしまったと。
「睡眠は大事だから、ちゃんと寝たほうがいい。眠れないようだったら、相談に乗るぞ」
「ちっ、違うの! 最近は原稿で忙しくてっ!」
「原稿?」
「あっ」
ドーベルの顔が、しまったという顔にみるみると変わっていく。
明らかに聞かれたくない言葉を聞いてしまったという状況に、彼女が慌てだす。
夏……原稿……そして、寝不足。何となく状況が読めてきた。
「もしかしてウマケ?」
「あぁ……バレちゃった……」
俺がそう尋ねた瞬間、ドーベルが膝からがくりと崩れ落ちてしまった。
ウマケ。夏の有明で開催される、世界最大規模ともいえる同人誌即売会のことだ。
同人誌とは個人で制作する本みたいなもので、通称薄い本とも言われたりする。
ウマケでは同人誌だけでなくグッズとかを自主制作したりする人もいるのだが、ドーベルの場合原稿と言っていたので、多分同人誌を出す予定なのだろう。
「大丈夫。誰にも言わないから」
「ホント……? トレーナーとかマックイーンに言わない……?」
「どんな本作ってるのかは分からないけど、バレるのはちょっと嫌だもんな。秘密にしておくぞ」
俺は過去にネットでゲームにのめり込んでいたので、そっちの文化というのをある程度理解しているつもりだ。
ウマケには行ったことは無いが、一人で一つの本を仕上げるのは凄いと思っている。
それにドーベルが自分から言わないってことは、あんまり人に言う趣味ではないのだろう。
だが、それはそれ。これはこれだ。
「だけど、心配かけるのはいただけないな。トレーナーとしては、寝不足とかにはなってほしくないだろうし。あとで理由はぼかしてもいいから、清水さんとかに謝っておきなよ」
「はい……ごめんなさい……」
「分ればよろしい」
俺のトレーナーとしての注意に、ドーベルが素直に反省してくれたのかしゅんと耳を垂らした。
自分で悪いと思ってるのならば大丈夫だろう。これで清水さんの問題は解決だ。
さて……「トレセン学園のトレーナー」としての注意はこれでおしまいだ。
ここからは、個人的な疑問点。
「……ところで締め切りはいつなの?」
「……一週間後」
「終わりそう?」
「……正直徹夜してギリギリ、かな。このままだと、入稿間に合うか怪しい」
「なんでそこまで放っておいたんだ……」
「ぐうの音も出ないわね……」
個人で本を作るという以上、原稿を完成させたら印刷所にデータを渡して印刷してもらわなければいけない。
そのため、イベント当日より前に原稿を終わらせなければいけないのだが……
「さ、最悪コピ本で出すから大丈夫よ! 待ってる人には申し訳ないけどね……」
ドーベルの様子を見る限り、本当にスケジュールがギリギリって感じだ。
因みにコピ本というのはただのコピー機で印刷しただけの本のことで、勿論実本と比べたらクオリティは落ちる。大量部数を刷るのも個人では難しい。
それに彼女は、待ってる人がいると言っていた。
ドーベルとしては本を完成させたいのだろう。
恐らくこのままだと、ギリギリ粘って寝不足が加速するだけだ。
なら……少しくらい手を貸してあげてもいいだろう。
「因みに出したい本の種類って何だ?」
「漫画本だけど……」
「なら、俺手伝おうか?」
「え!? いやでも、スターさん仕事とか……」
「あることにはあるけど、そんな量は多くないから大丈夫だ。夏休み期間だしな」
「なんで、アタシの趣味なんかにそこまで」
「趣味でも本気の顔だった。それに諦めきれてない目をしてたから、かな」
最後まで諦めないという覚悟の目は、レースで走るウマ娘を手伝っている俺にとって一番効く。
清水さんや蔵内さんにはかなりお世話になっているし、恩返しに俺がその担当ウマ娘の手伝いをしてもいいだろう。
トレーニングなどのトレーナーとしての手伝いは出来なくても、スターゲイザーとして手を貸すことくらい許されるだろう。
「なら、頼みたいけど……。スター、デジタルイラスト描いたことあるの……?」
「無いけど、多分なんとかなると思う」
「えぇ……。難しいわよ……?」
「大丈夫でしょ、ボクのトレーナーだし」
突然入ってきたのは、先ほどまではいなかった第三者の声。
二人で声がした後ろの方へと振り返ると、そこには見慣れたポニーテールをぶら下げたウマ娘が立っていた。
俺とドーベルより身長が低い小柄だが、一番元気がありそうな彼女こそが。
「あれ、テイオー。どうしたんだ?」
「いや、たまたま通りかかったら窓からトレーナーが見えてさ。何話してるのかなぁって」
ほらあそことテイオーが指さした方向を見ると、換気のために全開にしていた窓があった。
なるほど。外から見えたから、ぐるりと室内まで回って来たのか。
それに、普段は一緒にいないヒトと話してたしな。
「テイオー、ってアナタそういえばスターの担当ウマ娘だったわね」
「そうだよ~。だから、トレーナーのことはボクが一番詳しい!」
どうやらテイオーとドーベルは初対面では無いらしく、特に詰まることなく会話している。マックイーン繋がりで、顔を合わせていたとかだろうか。
「そんな太鼓判押されるなら、手伝って貰おうかな。じゃあ、早速アタシの部屋に来てもらえる? 機材とか多分前の機種あったと思うし、それ貸すわね」
「了解。使い方さえ分かれば、一通り出来ると思うぞ」
「何その自信……。変なの」
ドーベルがくすりと笑った後、俺たちは三人でドーベルの部屋へと向かった。
それが、全ての始まりであることを知らずに。
~~~~~~~~
ドーベルの原稿の手伝いを始めてから約二週間後の土曜日の朝八時ごろ。
俺はテイオーとドーベルと一緒に、真夏の有明のとある場所にいた。
「半年ぶりね! ここも!」
テンション高めに叫んだドーベルの目の前にあるのは、大きな逆三角形が二つ浮かんでいる特徴的な建物。
分かる人ならすぐ分かる、ウマケの会場に俺たちは来ていた。
「ちょっと眠い……」
「まぁ朝早かったもんな。ここまで電車で一時間くらいかかったし」
さてなんでそんな場所に俺とテイオーが朝早くからいるのかというと、ドーベルに売り子を頼まれたからだ。
売り子というのは、サークルの同人誌の頒布をお手伝いをするヒトのこと。
最初は同人誌の作製を手伝うだけだと思っていたのだが、なんやかんや現地にまで来てしまった。
「本当にありがとうね。スターにテイオーも……」
「手伝うって言ったのは俺だし、最後までやるさ」
「まさか、あんなに早く終わるなんて思ってなくて……。なんか描き下ろし更に追加しちゃったし」
「ねー、言ったでしょ? トレーナーは凄いって」
イラストを手伝うと言ってドーベルの部屋を訪れたその後、俺は機材の説明を軽く受けてそれを部屋に持ち帰った。
そしてその晩からボイスチャットを繋いで作業を開始したのだが。
「うん、そこそれで大丈夫──いや、上手いわね? 本当に初心者なの?」
「ドーベルの絵柄真似しただけだぞ。こんな感じでいいか?」
「しかも筆が早い!? ねぇ、アタシが二人いるみたいになってる!」
こんな感じで手伝っていたら、予定したより早めに終わってしまい入稿は無事に終わった。
しかも余裕があったので追加ページまで発生し、最初より本が厚くなったおまけつき。
これでもドーベルの睡眠時間は守れていたので、やはりアシスタントがいると作業も楽になるのだろう。
「いやそれはトレーナーだけなんじゃないかな……。絵柄真似できるって何……?」
「アタシも初見だとびっくりしたわ……」
そうは言っても出来るのだから、使わない手はない。
俺はそれをフル活用して、ドーベルのアシスタントを出来る限りで協力してあげた。
無事に本も出せることになったし良かったと思う。
「にしてもヒト多いねぇ。これみんな参加者なの?」
「サークル参加で同人誌とかを売る人たちと、普通の一般参加者たちね。これでも三、四年前はもっと酷かったらしいわよ」
「今はチケット制だから徹夜組とかいないんだっけ」
「そうね。あの頃の方が活気は凄かったけど……色々問題はあったわ」
がやがやと少し騒がしい中を道並に進んでいくと、入場場所まで辿り着いた。
ドーベルから預かっていたサークルチケットをスタッフさんに見せると、手首に巻くリストバンドが貰えたのでそれを巻きつける。
これで、入場手続きは完了らしい。
「これで、後はドーベルのサークルスペースにいくだけ? ボク、並ぶと思ってたんだけど」
「サークル参加側はこんなものよ。一般参加は炎天下の中並ばないといけないけどね……」
ウマケは夏と冬に二回開催されるが、夏は特に大変だと聞く。
気温が高い中長時間外で並ばないといけないため、熱中症の危険性が高い。
サークル参加側でも、水分補給と塩分補給だけはしっかりとしないとな。
「さて、アタシたちの場所はここね。あと、設営の準備をするだけよ」
「……なんか段ボールの山があるんだけど」
「これ壁サーって奴か……? 人気サークルって聞いてたけど、ここまで大手だとは……」
入場してからしばらく歩き、広いホールのような場所に移動してから数分後。
彼女のサークルスペースと言われた所には、段ボールが大量に鎮座していた。
壁サーというのは、その名の通り会場の壁際に配置されるサークルのことだ。
通常スペースよりも大きく場所を取れるので、大量に頒布する人気サークルがここに配置されることが多い。
「どぼめじろう、だっけ? これだけ有名ならマックイーンとかにバレてそうだけど……」
「た、多分バレてないはずよ。ウマッターでは個人を特定できる発言はしてないし……」
まぁまさかウマケの人気サークルの一つが、現役G1ウマ娘が運営しているとは思わないだろう。
それに、一応そこに気を使って変装はしっかりとしている。
テイオーも俺も帽子やサングラスをしてバレないようにしているが、ドーベルは男装までしてきた。
直接知り合いに見られたらバレるかもしれないが、ぱっと見女性のウマ娘には見えないレベルの変装である。
「じゃあ、設営しましょうか。えっと、テイオーはコスプレするんだよね。なら着替える場所があるから、そこでお願い」
「りょーかい。ふふん、今日はボクのコスプレは本気だからね! じゃあ、行ってくるー!」
手を振って一度サークルスペースから離れるテイオーを見送りながら、俺たちは設営の準備を始める。
テーブルに布を敷いたりポスターを設置したりと作業していると、ドーベルが呟くように話しかけてきた。
「……本当にありがとうね。一人じゃ準備も難しかったから」
「いいって。さっきも言ったろ? 最後までやるって」
「うん……それでも、嬉しかったから」
「じゃあ、ファンに本を届けないとな。これだけ人気ならいっぱいヒトも来そうだし」
「そうね……。アタシたちの本、みんなに見せたいもの」
ドーベルが嬉しそうに尻尾を振りながら、返事をする。
わざわざ正体を隠してまで会場に参加する理由を聞いたことがあるが、理由は納得できるものだった。
──ファンのヒトに直接、本を届けたいから
自分が精一杯努力して作った創作物を待ってくれる人がいる。
それだけでも、会場に訪れる理由になるだろう。
「そういえば、逆に今まで準備とか売り子どうしてたんだ? これだけの量、一人じゃ無理だろ」
「前までは知り合いに頼んでたのよね。でも、今回から個人でサークルを出したいって独立したから、困ってたのよ」
「で、そこに俺たちが来たと」
自分の趣味に理解があって、それを言いふらさないと信用出来るヒトなんて少ないだろう。
偶然だが、俺たちが手伝えて良かったのかもしれない。
「よし、これで設営は終わり。あとは開場待ちね」
「お疲れ様。って、まぁここからが本番か」
ドーベルが設営が完了したスペースの前に立って写真を取っている姿を眺めていると、ざわっと会場が少し揺れた。
開場前にそんな盛り上がることがあるかと疑問に思い、その騒ぎの中心を見てみると。
──皇帝、シンボリルドルフがいた。
「え?」
「は? ん、いや、あれテイオーか?」
よく見たら身長はルドルフより低いし、顔つきも大分幼い。
しかしそれ以外を除いたら、ほぼ勝負服を着たルドルフだろう。
俺ですら一瞬見間違えたほどクオリティが高い。
そんなルドルフの勝負服を着たテイオーは、駆け足でこちらへと向かってきた。
「どうどう? 似合ってるでしょ?」
「本当に凄いな……。ルドルフにそっくりすぎてビビったぞ」
「でしょでしょ? カイチョーから勝負服借りたかいがあったね」
「え、それ本物なの?」
「うん。サイズ小さい奴が余ってるし、今は着れないからって」
道理で服装に安っぽさを感じなかった訳だ。だって、実際に勝負服として使える本物なのだから。
それにテイオー本人もルドルフにそっくりだ。髪を降ろした時に似てるなぁとは思ったが、似せればここまでになるとは。
……コスプレとしては最高のクオリティじゃないだろうか。
「これ立ってるだけで宣伝効果凄そうね……」
「ふふーん、期待してくれてもいいぞよ?」
胸に手を当てて自慢するような仕草を取ると、ルドルフではなくテイオーって感じがする。
それにこれなら、テイオーの正体がバレることは無さそうだし。一応テイオー、クラシック二冠ウマ娘だからな……
トレーナーが手伝うならボクも参加する! と宣言した時はどうなるかと思ったが、これはかなり期待できそうだ。
というか、テイオーはルドルフのコスプレをしたかっただけでは?
「あ、忘れてたんだけど。ここではアタシはどぼめじろうだから。そこはよろしくね」
「ボクどうしよ。ルナとかって名乗っておこうかな」
「流星が三日月だからか? いいと思うぞ」
「じゃあトレーナーも、ねずみさんって呼んでおくね」
身バレ防止のためペンネームを決めていると、会場からぱちぱちという拍手の音が聞こえきた。
『それでは夏のウマットマーケットを開始いたします』
そんなアナウンスが会場に流れた瞬間、一つ全体の熱が上がった気がする。
さて、ここからまた忙しくなりそうだ。
~~~~~~~~
開場から一時間後。
ドーベルもとい、どぼめじろう先生のスペースはかなり賑わっていた。
いやかなりと表現するには少ないか。なんかこのスペースだけ勢いが違った。
「いつもどぼめじろう先生応援してます! 新刊ください!」
「ありがとうございます! これからも頑張ります!」
「あの……シンボリルドルフのコスプレさん。一緒に写真取って貰ってもいいですか……?」
「いいぞよ~! はいチーズ!」
開場した瞬間にどっと入ってきた人混みは直ぐにこのスペースに列を作り始め、瞬く間に大賑わいとなっていた。
人気サークルと聞いていたが、この盛況は予想以上だ。
本を買ってくれる人は勿論、テイオーのコスプレに引き寄せられたヒトもかなり多い。
因みに俺は本をドーベルとテイオーが売っている間、後ろで待機列の整理をしていた。
「女のヒトも結構ウマケに来るんだなぁ……」
男女比としては女性の割合が多く、ウマ娘もちらほらと見かける。
本の内容がウマ娘の少女漫画風恋愛劇場だったので、それも当然といったところか。
手伝っていた時も思ったが、ドーベルの描く漫画はかなりストーリーと心情描写が上手い。その主人公の気持ちが直に伝わってくる内容を見ると、ファンが多いのも頷ける。
俺がそんなことを考えながら最後尾の管理をしていると、少しずつヒトも収まっていった。
「お疲れ様、ねずみさん。列は大分収まったから、列の整理はもう大丈夫かな。ありがとうね」
「かなりヒト多かったけど、いつもこんな感じなのか?」
「まさか。今日はいつもの倍は来てる感じがするわね。多分、原因はあれだと思うけど……」
「まぁ、あれはな……」
あれと二人して指しているのは、言わずもがなルドルフのコスプレをしたトウカイテイオーだ。
元々ファンとの交流が大好きな彼女は、求められたらそれを数倍にしてファンサをしている。
しかもテイオー自身がルドルフファンなので、仕草やセリフも完璧に真似たりととにかくやりたい放題だ。
ずっときゃーきゃーと言う甲高い悲鳴が収まっていない気がする。
「そろそろ落ち着いたし、ねずみさん会場回ってきたら? 見てるだけでも楽しいわよ」
「そう? ならお言葉に甘えようかな。 俺もどんな本あるのかなって気になってたし」
「気をつけていってきてね。ある意味ね……」
ドーベルがどこか意味深な言い方をしてきたことに少し疑問を覚えつつも、俺はウマケの会場へと繰り出した。
がやがやと騒がしい会場の中特に当ても無く彷徨っていると、色々なものが売られていて目移りしてしまう。
漫画本に小説本、写真集にアクリルキーホルダーなどなど……
自主制作した作品がずらりと並んでいる光景は、確かにここでしか見られないだろう。
「あれ、ここウマ娘ゾーンか? 色々なものがあるなぁ」
所狭しと並んでいる長机の上に並んでいるものを物色していると、ふと目にとあるポスターが飛び込んできた。
そこにはウマ娘のG1名バ集と銘打った写真集が販売されており、テイオーの写真まで置いてある。
見本として閲覧できる本が置いてあったので、ふと気になって読ませて貰う。
ぺらりぺらりと数ページ捲った時点で、俺はゆっくりと見本を戻した。
「新刊一冊下さい」
「ありがとうございます! こちら1500円です!」
俺は財布からぴったり1500円取り出すと、そこのサークル主にお支払いして同人誌を一冊受け取った。
そして、それをバッグに丁寧に締まって次のサークルへと──
「ん……? あれ、なんで買ってるんだ……?」
無意識だった。多分見本を見せて貰ったところから、自然とこの本が手に収まっていた。
今買った本はG1名バ集という名の、ファンが撮ったトウカイテイオーの写真集。
いや、違うのだ。テイオーの写真はたくさん見ているし、URA公式が撮った写真だってある。
だがこれはファンが撮ってくれた唯一の写真で基本世の中に出回らないものであってその希少性が──
「……あれ、なんでここテイオー関連の作品いっぱいあるんだ?」
これは後から知ったことだが。
ウマケには「島」という概念があり、同ジャンルの同キャラでサークルが一部の場所に纏められることがあるらしい。
つまり俺がたまたま来てしまったここは、ウマ娘のトウカイテイオー島ということになり……。
テイオー関連のグッズが大量に販売されており、しかもおまけにここを逃したらもう入手出来ないかもしれない商品ばかり。
「──っつ!」
忘れてはいけないのは俺はテイオーのトレーナーではあるが、一番のファンであるということだ。
そして、俺は元々かなりのオタク気質。
あぁ、ドーベルが意味深に言っていた理由が今なら分かる。
「あれは財布に気を付けてってことか……」
いつもより多く現金を持ち歩いてよかったと、今日ほど思う日はそうそう訪れないかもしれない。
~~~~~~~~
色々なテイオーグッズを買いあさり、内心ほくほくだった俺は上気分で会場を回っていた。
流石に財布の危険性も考えて出費は抑えようとしているのだが、ついつい楽しくて会場を回ってしまう。
だが時計を見るとあれから大分時間も経っているので、ドーベルやテイオーの元へ戻った方がいいだろう。
そう思って俺が移動していると、視界の中にどこかで見たことのある人影が入ってきた。
あれ、なんで彼女がここにいるんだろう。
「姫宮さん……?」
「ヒョッ……!? あれ、なんで、スターさんがこんなところにっ!」
「あら~可愛らしいウマ娘ちゃんが~、って今トレーナーさんなんて言いました!? スターさんって言いました!?」
俺の目の前でわちゃわちゃと焦り始めたのは二人。
一人は黒髪をサイドテールにした女性で、俺の先輩でもある姫宮明トレーナー。
普段から業務でもお世話になっている、誰よりもウマ娘に詳しいトレーナーだ。
そしてもう一人の子は、ピンク色の髪をツーサイドアップにした小柄なウマ娘。
「まずいですって!? まさかここで本人と遭遇するとは、デジたん一生の不覚! かくなる上は腹を切ってお詫びするしか……!」
「落ち着いてデジタル! ……腹を切るなら私も一緒よ!」
「とれーなーしゃん……」
何か物騒なことを言っているが、そんなに俺がこの場所にいるのがマズいのだろうか。
確かにお互いに予想してない遭遇だったが、ここまで焦る理由がちょっと分からない。
「えっと……デジタルさんでいいのかな? 姫宮さんも落ち着いてください。別に学園でこのことをバラしたりしませんから」
「はい! あたしはアグネスデジタルです! じゃなくて!」
元気に返事してくれた少女は、アグネスデジタルというらしい。
見れば見るほど、姫宮さんがウマ娘になったらこんな感じなのかなと思ってしまうテンションをしている。
それに彼女がトレーナーさんと言っていたのを考えると、姫宮さんの担当ウマ娘なのだろう。
気が合いそうで、かなりコミュニケーションが円滑に進んでいそうだ。実際ウマケに二人で参加しているのが何よりの証拠なのだろう。
そんな二人が一緒のサークルで作品を出しているのは、個人的にかなり気になる。
「すみません姫宮さん、見本誌読んでみてもいいですか?」
「ひょっ。いいで、いいで……どうするデジタル!?」
「んごご……。スターさんがわざわざ確認してくれているのに、NOとはあたし言えません! GOです!」
「あっ、うん……ありがとうね?」
「ひょっ。顔がいい……」
ただ見本誌を見られるだけなのに、そんなに覚悟がいるのだろうか。
普通に表紙のイラストも可愛らしいし、本も売れているように見える。
肌色が多いお色気的な作品でも無いし、何をそんなに──
「……んっ?」
「……」
「……」
ぱらぱらとページを捲っていく毎に、よく見るようなシチュエーションのラブコメ漫画が繰り広げられていた。
その設定が普通のものだったら、だが。
「あのさ……これ」
「ふひょっ! あ、あのですね! こっ、これは」
俺が今見ているページでは、小柄なウマ娘が俺くらいの身長のウマ娘を壁ドンして口説いているシーンが描かれている。
ウマ娘とウマ娘とのラブコメ。いわゆる百合本というやつだろうか。まぁ、それはいい。
なんで、そのウマ娘同士の関係がトレーナーと担当ウマ娘なんですか?
「……」
「ぴえっ」
ウマ娘は鹿毛と栗毛だし、別に白毛と鹿毛ではない。担当ウマ娘はポニーテールでも無い。
だが、これはどう考えてもモデルは俺たちで。
つまりこれは、テイオーが俺のことを甘い言葉で口説いてるってことで──
「……二冊下さい」
「ごめっんなさっ……ひょっ?」
「ゆるしてっ……ひょっ?」
俺が無言で財布からお金を取り出していると、座っていた二人がぴくりと同時に震える。
アグネスデジタルが慌てた様子でばんと立ち上がると、びっくりしたような顔をしていた。
「えっ……なんで……?」
「何も……言わないで欲しい……」
「あ゛っ゛。デジたん、イクッ」
「デジタルー!」
そこには顔を真っ赤にした白毛のウマ娘と、口から魂を出しながら気絶したピンク髪のウマ娘がいたという。
因みにアグネスデジタルこと、アリスデジタル先生が出した本の名前は「担当ウマ娘が王子様過ぎて困っています!」だった。
~~~~~~~~
どぼめじろう先生の作品が無事に完売となり、お手伝いも大成功したウマケが無事終了したその日の夜。
俺は自室でいけないものを見るかのように、買ってきた戦利品に目を通していた。
別にいけないことをしてるわけでも無いのだが、なんだかテイオーの秘密を覗いているようで変な気持ちになってしまう。
「ごめん……テイオー」
「ボクがなんだって?」
「ひゃぁぁぁ!?」
急に隣から聞こえてきた彼女の声に、俺の尻尾がぴんと立ってしまう。
まさか近くまでいたとは思わず、読んでいた本を速攻で机に隠す。
た、多分見られてないよな。これ見られたら、変に誤解生みそうだし……
「ふぅ……テイオー、急にどうした……?」
「ん? いや、ドーベルから貰ったからお礼を届けようかなぁって」
「あぁ……そういえばテイオーに預けっぱなしだったな」
今回俺たちが売り子を手伝ったことに対して、お礼ということでとあるものを受け取っていた。
遠慮しないで受け取って! とかなり強めに言われたので、断るのも失礼かと思いありがたく貰ったのだ。
「遊園地のチケットねぇ……」
「もしかして絶叫系苦手だったりするの? それ以外にも楽しいのいっぱいあるよ?」
「いや、遊園地行ったことないなぁって」
「行ったこと無いの!?」
がばっと喰いつくように反応してきたテイオーにびっくりしていると、テイオーが携帯を弄り始めた。
しばらく何かについて調べていたと思うと、お目当てのものを見つけたのか俺の方に視線を合わせてくる。
「ねぇ、明後日って空いてる!?」
「明後日? 特に予定は無いな……」
「ボクもその日って大丈夫だったよね!?」
「え、まぁ、うん。休みでも大丈夫だけど……」
何故か妙に押しが強い彼女に対して、俺はたじろぐように返事をした。
一体明後日に何があるのか分からないが、テイオーにとっては大事な日のように見える。
「じゃあ明後日ボクと一緒に遊園地ね! 準備しといてね! じゃあ今日はおやすみ!」
「あぁ、おやすみ」
急ぐように言い残した後、テイオーがダッシュで俺の部屋から出ていってしまった。
凄いテンション高めになっていたが、遊園地に何かあるのだろうか。
少し気になった俺は、チケットに書かれていた遊園地の名前をネット検索にかけてみる。
「別に普通の遊園地だな……」
アトラクションも特段変わったものもなく、テイオーが凄く期待していた理由はいまいち分からない。
ただ一部気になった点を上げるとするならば、スポンサーの欄に「メジロ家」の名前があったところだろうか。
~~~~~~~~
ウマケの疲れを取っていたら、あっという間に一日なんて流れるもので。
俺たちは約束していた日に電車で一時間弱揺られて、目的地の遊園地についていた。
「海の匂いだー!」
時間は朝の午前九時頃。
開園と同時に突撃し、最後まで楽しむ気満々のテイオーは朝から元気いっぱいの様子だ。
薄い青色のワンピースを着た彼女は、まだ残暑の残るこの季節にはぴったりな清涼感を出している。
流石に俺もいつものスーツではなく、いつぞやに買った私服を引っ張りだして動きやすいズボンスタイルだ。
「ねぇねぇ、どこから回りたい? ボクはジェットコースター全種類行きたい!」
「絶叫系が好きなのか。俺は……どうなんだろ、苦手とか分からないな」
「きっと楽しいよ! 一緒に行こうね!」
テイオーがウキウキ気分で尻尾を振っているのを隣で眺めていると、遊園地の開園の合図が聞こえてきた。まだぎりぎり夏休みだからか、かなりの人がいて混雑している。
そんな中テイオーが手を握って来たので、ぎゅっと握り返すと彼女が満足そうな顔をした。
そして遊園地の中に入って最初にテイオーが訪れた場所は、意外にもアトラクションとかでは無かった。
「まずは遊園地に来たらやっぱりこれだよね~。 トレーナーどっちがいい?」
「えっと……これいる?」
「いるよ! やっぱりその場の雰囲気って大事じゃん?」
そこはグッズやおみやげなどを取り扱っている園内のショップ。
普通なら最後に来そうな場所だが、どうやら先に買いたいものがあったらしくここに連れてこられた。
「まぁ、じゃあこっちで……」
「りょーかい! じゃあボクも同じの買うね!」
そう言ってテイオーがレジに持っていったのは、遊園地特有の身に着けるグッズだ。
遊園地のキャラクターモチーフのカチューシャなどの髪飾りなど。普段使いはしないであろう、その場限りのグッズ。
今回俺たちが買ったのは、ウマ娘用の片耳に被せる耳カバー。
キャラクターのロゴが一つ描かれた淡い緑色の耳カバーをテイオーから受け取ると、左耳にすっぽりと被せた。右耳には耳飾りがあって邪魔になるからな。
「トレーナーとお揃いだね! えへへ」
テイオーも買ってきたそれを自分の左耳に被せると、にこにこ笑顔でまた手を繋ぎなおす。
そして彼女が先導する形で、一緒に遊園地巡りを再開した。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
そこからすぎる時間はもうあっという間だった。
人はそこそこはいたが、アトラクションの待ち時間はそこまで長くなくスムーズに乗れたのも幸いしたのだろう。
結果、アトラクションに乗ったら次のアトラクション。そしてまた次のアトラクションと回り続けたため、園内の主要アトラクションを全て回りつくしてしまったのだ。
「うーん! 楽しかったぁ! やっぱり水びしゃーっ! ってくるとこ最高だったよね!」
時間は午後の四時頃。
ここまで昼ご飯で休憩取ったとはいえ、ノンストップで遊びまわっていたからか結構疲れた。
ただ、テイオーは元気いっぱいでまだ回り足りないといった様子だ。
これがG1ウマ娘の体力か……
因みに今俺たちは園内のフードコーナーで、座りながら飲み物とポテトをつついていた。塩味が美味しい。
「直ぐにアトラクション乗れたから色んなの乗れたな……。楽しかったけど、ちょっと疲れた」
「初めての遊園地、楽しそうでよかった~。トレーナー絶叫系苦手そうじゃ無かったし」
「浮遊感が初見だとびっくりしたけどな。ただこれ以上になってくると無理かも」
ジェットコースター以外にフリーフォールにも乗ってみたが、落下する時の浮遊感がどうも慣れなかった。
今回は子供でも楽しめるような緩めだったが、これ以上になるとちょっときついかもしれない。
「さて……これからどっかいくのか? 主要アトラクションはだいたい乗ったような気がするけど」
「ふっふっふっ、逆にこれからが本番だよ」
テイオーが人差し指をピンと立てて振りながら、勿体ぶって口を開いた。
そして一気にジュースを飲み干すと、行こうかと目線を合わせてきたので俺も立ち上がる。
本番と言っていたが、何か夕方にあるイベントでもあるのだろうか。
「じゃあまずは着替えからだよ!」
「着替え……? 何に?」
「浴衣!」
唐突に浴衣という単語が出て来て、俺は首を傾げる。
遊園地で浴衣に着替えるという単語が上手く繋がらず考え込んでいると、それを見たテイオーが軽く説明してくれた。
「えっと今日限定で、夏祭りイベントで屋台が出るらしいんだよね。で、夏祭りといえば浴衣だからそのレンタルを着れるキャンペーンやってるってこと!」
「遊園地で夏祭りの屋台出るって気合入ってるなぁ……」
「それにドーベルから貰ったチケット見せれば、浴衣レンタルもタダなんだって」
なるほど。だからわざわざこの日に日程を決めてここの遊園地に来たのか。
ここまでテンション高くテイオーが説明するってことは、きっとこれを楽しみにしていたのだろう。
そういえば夏合宿などで夏祭りには行けてなかった。いや、ある意味夏祭りには行ったがあれはノーカウント。
「じゃあ、俺は外で待ってるから。ゆっくり好きなの選んできな」
「何言ってるのさ。トレーナーも着るんだよ」
「えっ」
ニコニコと無言の圧力でテイオーがこちらの方を見てくる。
本能的に耳がピンと立って、なんとなくこれからの流れが分かってしまった。
押しが強いテイオーモード。こうなった彼女は、基本動かなくなってしまうので俺が不利だ。
「分かったよ……」
「わーい! 流石トレーナー分かってるー!」
それを許してしまう俺も俺だけどさ……
あえて理由をつけるなら、俺が着替えると彼女の機嫌が凄く良くなるんだよな。そんなに俺の衣裳を見て楽しいのだろうか。
その後少し歩いた先のレンタルスペースに行ってチケットを見せると、好きな柄の浴衣を選ばせてくれることになった。
ニコニコ笑顔で待機しているスタッフさんの圧力もあり、ぱっと直感的に花柄の浴衣を選んで俺にあったサイズを持ってきてもらう。
その後は流れでその浴衣を着付けを手伝ってもらい、人生で初めて浴衣を着ることになった。
履きなれない下駄をからんころんと鳴らして外に出ると、そこには青いうろこ模様の浴衣を着た一人の美少女がいた。
俺が一瞬見惚れていると、彼女がくるりと振り向いてにこりと微笑んだ。
「トレーナーこっちこっち!」
「おぉ……。似合ってるぞ、テイオー」
「ありがと! トレーナーも凄く可愛いよ! いやー、今日来たかいがあったね!」
それが目的か、とはあえて言わなかった。
彼女に正面から素直に可愛いと褒められて、返す言葉に詰まってしまう。
上手く言葉が出ずにテイオーから顔を逸らして、ぽつりと「ありがと」と呟いた。
顔が熱くなってしまって俯きがちになっていると、きゅっと温かい感触が手に伝わる。
「じゃあ屋台にれっつごー!」
彼女に手を絡めとられて一緒に夏祭りに繰り出すと、屋台特有のぼんやりとした明かりが目に飛び込んでくる。
じゅーじゅーと料理が焼かれる音や、ソースの香ばしい匂いがふんわりと漂って食欲を刺激してきた。
「最初何食べる? ボク、リンゴ飴食べたい!」
そう言いながら彼女がお祭り価格のリンゴ飴を二つ買ってきて、俺に手渡してくる。
なかなか食べる機会のないリンゴ飴を味わいながら屋台を見ていると、テイオーがくいっと俺を軽く引っ張ってきた。
「ねぇねぇ、射的あるよ。カイチョーのぱかプチおいてある!」
「あれ? あのぱかプチ、テイオーは持ってなかったか?」
「ここでしかゲット出来ないことに価値があるの! おじさーん! 一回やらせてー!」
テイオーがお金を払ってコルク銃を持つと、照準を景品に合わせて構える。
ぱかプチは四角の箱に入っており、的面積は大きいように見えた。
そしてかちりと引き金をひくと、ぽふんといういい音と共にコルクが発射され景品に命中したのだが──
「あれぇ、落ちない……。いや、あと二発あるし!」
ぽふんぽふん。
テイオーが構えて放った弾は三発無事に当たったのだが、弾かれたように全く倒れる気配はない。
これで料金分のコルクは終了となってしまった。
「うーん、当たってはいるんだけどなぁ」
「……ちょっと貸してみ」
テイオーが悔しそうな表情をしていたので、俺も少し挑戦したくなってしまった。
料金を屋台のおじさんに渡し、銃にコルクを詰めると両手で構えて撃ち込む。
そしてその弾は無事命中し、景品を少し後ろ側にずらすことに成功した。
「おぉ、少し動いた!」
「こういうのは中心に当ててもダメだからな。狙うは右上か左上」
一回目、二回目、三回目と同じ場所に全弾命中させると、やっと景品がぱたんと倒れる。
ルール上ではこれでクリアの為、屋台の人から景品を受け取ることが出来た。
「ありがと、トレーナー! これ、大事するね!」
「いいっていいって。じゃあ次行こうか」
「うん!」
テイオーが大事そうに抱えた景品を片手に、俺たちはまた屋台周りを再開する。
それからは綿あめや焼きそば、串焼きなどをテイオーがもぐもぐと美味しそうに食べていた。
俺もお好み焼きなどを買って食べていたが、どうして屋台で買ったご飯は同じ料理なのにこうも美味しいのだろうか。
そんなことを思いながら屋台を一周し終えると、最後にかき氷を買って空いていたベンチに座った。
「いやぁ食べたし楽しかった! うっ、頭キーンってする」
「一気に食べるから……。ゆっくり食べなよ」
俺がイチゴに練乳、テイオーがブルーハワイのかき氷をちまちま摘まんでいると、彼女が口を開けた。
無言でそれを見せられたので一瞬何のことか分からなかったが、直ぐに意図を察することが出来た。
「もう……欲しいならそう言えよな」
小さなスプーンがついている特有のストローで俺のかき氷を掬うと、テイオーの口に入れてあげた。
すると彼女が満足そうな顔して耳をピコピコさせ、自分のかき氷を掬ったかと思うと俺に向かって突き出してくる。
食べさせあいっこしたかったのかと思い口を開けると、ブルーハワイの味が俺の中に広がった。
「いつか天然氷のかき氷とか食べたいな……」
「何それ? なんか違うの?」
「舌触りとかやっぱり違うし、何より頭がきーんってしないらしいぞ。削り方とかもあるらしいけどな」
「へー。じゃあ今度お店行こうね!」
「また次の休みにな」
そんなたわいのない会話をしていると、急に夜空に轟音と光がほとばしった。
どーんという音からぱらぱらと火花が落ちてくるような音がして、空気が揺れる。
「見て見てトレーナー! 花火上がった!」
「打ち上げ花火……初めて生で見たかも」
「そうなんだ……。じゃあ今日はトレーナーの初めて、いっぱい共有できたね」
遊園地巡りに、浴衣を着ての夏祭り、そして花火。
今まで見えなかった景色が、綺麗に色鮮やかに染められていく。
隣のテイオーがすっと距離を詰めてくると、俺の手に手をそっと重ねてきた。
「また来年も花火見ようね」
「あぁ。また、な」
来年なんて大分先のことなんて分からないけど。
きっと、俺の隣にはテイオーはいるのだろう。
そう確信に近いことを考えながら、俺と彼女は夜空に光る花火を見上げていたのであった。
今回の挿絵を描いてくださった「丹羽にわか」さん本当にありがとうございます。イラストを頂いた後に、それを描いてくださった絵師さんから依頼を頂くという珍しい状況でした。
今回の話にあがってた夏コミで出した本の電子版が出ています。
買ってくださった方ありがとうございます。
DLサイト→ https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ01086833.html
Booth→ https://frappuccino0125.booth.pm/items/5001198