──観客席にいた俺の記憶はここで途切れている。
しかし意識が飛んでいたのは一瞬だった。
感覚が復活してすぐに感じ取れた五感の全てに、俺は困惑した。
目の前に映るのは観客席から見ていたターフでは無く、黒いオーラを纏ったマックイーンの姿。
聞こえる音は声援では無く、走っている時にごぉうと風を切り裂く音。
どく、どく、どくと鳴るテイオーの荒い心臓の鼓動。
そして俺はふわふわと白い夢の中で浮かぶ感じになって、テイオーの蒼い世界の中にいた。
間違いない、これは日本ダービーの最後の直線の時と一緒だ。
テイオーと一心同体になるこの感覚。
今なら分かる。これが俺たちの領域なんだ。
──行くよ! トレーナー!
──あぁ、行こう!
『残り200mで先頭メジロマックイーン! 外側からトウカイテイオー上がってきた! 差は半バ身か!』
領域に入った瞬間、俺とテイオーの感覚はある程度共有される。
けど、基本体を動かすのはテイオーだ。
俺が出来るのは彼女の背中を押して上げることだけ。
それだけでも、彼女には凄い力になっているみたいで加速する足が止まらない。
押してあげてる側の俺にもテイオーから伝わる嬉しさや楽しさ。レースの辛さや体の重さがのし掛かってくる。
だから、分かる。
今、テイオーはレースを楽しんで走っていると。
目からは白い光と蒼い光が漏れ出し、周りに纏うオーラは風のようになり、俺たちの背中を押している。
──蒼白の流星
そう名付けるのがぴったりな領域。そんな感じがした。
だが、相手も一筋縄で敵う相手じゃない。
競り合う前の令嬢はステイヤーで最強。
「抜かせませんわよ!」
「抜かせてもらうもんね!」
──名優。
そんな感じの名前がピッタリな気がする彼女の走りは、止まることを知らない。
レースを全てを支配して、自分の思い通りにする名優。
なんならまだ加速さえしてるような気がする。
さぁ、残り150m。
──行けるか? テイオー!
──ボクを誰だと思ってるのさっ!
『残り150m地点で並んだ! メジロ家か! 無敗の三冠か! どちらが前に行く!?』
残り150m。
黒いオーラを纏ったメジロマックイーンと蒼白い風を纏ったトウカイテイオーが、並んで競り合いを始める。
速度は互角。ならあとを決めるのは。
「勝つのはボクたちだぁぁぁぁぁ!!!」
『いや、並ばない! トウカイテイオー! トウカイテイオーここに来てメジロマックイーンを追い越した!』
勝利への執念か。
ここで先頭が入れ替わる。
ほんの少し。ほんの少しだがテイオーがマックイーンより前に出た。
競り合いによってテイオーの根性が刺激されたのか、テイオーステップのギアが更に一段階上がる音がした気がした。
かちりと歯車がはまるような音。俺とテイオーの領域によって強化されたこれならいける──
「お待ち、なさい。先頭は、私の……場所ですわよ!」
『メジロマックイーンも来た! メジロマックイーンも伸びる! いったいどこまで二人の競り合いは続くのか!?』
しかしそう一筋縄ではいかない。
マックイーンが逃げる俺達を全力で追って来る。
一バ身差が縮まったと思ったら次は半バ身差を追いかけられる展開になった。
勝利への執念はどちらも変わらない。
しかし、ここでもう一人の渇望者がやってくる。
『残り100mをきりました! トウカイテイオーか! メジロマックイーンか! ……!? いや、ここでレグルスナムカ突っ込んできたぁぁぁ!!!』
大外からレグルスナムカが突っ走って来る。
このうしろから感じるピリピリとした圧は。
ごうとターフを蹴る大きな足音と共にやってくるのが分かるこの感じは。
そしてピキッと空間が割れる音が聞こえる。これを聞くのはダービー以来か。
──次こそ、我が勝つ。
間違いない。彼女も領域に入っている。
隣から感じる「名優」とは違う圧は、一歩歩くのをやめると喰われてしまいそうな感覚。
──眠れる獅子の目覚め
強大なオーラに飲み込まれそうに前に先にゴールしなければ、マックイーンもろとも消えて無くなりそうなほどだった。
──あと50m! 逃げ切るぞ、テイオー!
『役者は揃いました! メジロ家の意地か!? 無敗の三冠の頂きか! それとも獅子の末脚か!?』
──証明してみせるよ、トレーナー。
残り50m。
もう50m? 違う、まだ50mもある。
乗せろ! 俺達の全てを! 今までの練習の成果を!
──
──メジロ家の栄光を証明するために!
──我の強さを証明するために!
そして、俺達はゴール板を駆け抜ける。
『ゴォォォォル!!!』
決着は一瞬でしかない。
~~~~~~~~
「んっ…… あれ……」
「おい、大丈夫か。意識でも飛んでたか?」
「須藤さん……? あれ、俺ターフの上で、テイオーと」
「何言ってるんだ? ほらもうゴールしたぞ」
いつの間にか、俺は観客席に戻っていてテイオーを見下ろす形になっていた。
隣には須藤さんが座っていて、少し心配そうに俺を見つめてくる。
ターフの上にはテイオーが倒れていて、マックイーンは下をレグルスは上を向きながらはぁはぁと荒い息を吐いているのが見えた。
……戻ってきたってことか?
いや、それより結果は。順位は。
「順位なら今写真判定してるところだ。さて……どっちが勝ったかな?」
写真判定。
俺が……いや正確にはテイオーなのだが。彼女が走っている時は夢中だったから確認してなかったが、そこまで接戦だったのか。
頼む……テイオーが勝っていてくれ。
俺がきゅっと目を瞑り、無意識に手を合わせていると会場に大きな声が響き渡った。
『写真判定の結果が出ました! 菊花賞、優勝ウマ娘は……トウカイテイオーとメジロマックイーン同着です! 今ここに二人の菊花賞ウマ娘が誕生しました!』
「どう……ちゃく?」
「おいおい、マジか」
『三着に半バ身差レグルスナムカ。四着に一バ身半差ナイスネイチャになっています』
同着ゴール。
写真判定してもどちらが先にゴールしたか分からない時に出る判定の一つで、この場合二人とも同じ順位になる。
それが一位の着順に適用されるということは……
結果、二人の菊花賞ウマ娘が生まれたということになる。
こんなことがあるのか……
俺が判定に驚いていると、観客席からわっと轟音が上がった。
二人のウマ娘を祝うかのように大歓声がテイオーとマックイーン、そして走り切ったウマ娘に浴びせられる。
そして倒れていたテイオーが立ち上がり三つの指を空に掲げる。三つ目の冠を取ったという意味なのだろう。
その瞬間。会場全体が一つになった。
俺もその流れに乗って、大きな拍手で彼女たちを称える。
須藤さんも隣で手を叩いていると思うと、当然立ち上がり帰る準備を始めた。
「さて……俺は見つかる前に帰るかな。今日は面白いもん見れたよ、ありがとな」
「どういたしまして……?」
「あぁ。じゃあ、またどっかのレース場で会おうな」
ネクタイを一度ぴしっと整えると、須藤さんが手をひらひらと振ってどこかに去っていった。
見つかるって誰に見つかるというのだろうか。
俺が首を傾げていると、ふともう一つの疑問が出てくる。
「なんであの人関係者席にいたんだ……?」
その問いに答えてくれる人物は、もうそこにはいない。
~~~~~~~~
須藤さんを見送った後、俺はテイオーを迎えに行くために地下バ道に向かっていた。
相変わらず少し薄暗い場所でカツカツカツと足音が響く。
まだ、誰も来ていないのか俺一人でそこを歩いているとさっきぶりの元気な声が聞こえてきた。
「トレーナーぁぁぁ!!!」
飼い主を見つけた犬みたいに駆け足で尻尾をぶんぶんと振りながら、テイオーが俺の方に向かってきた。
その顔は満面の笑みに溢れていて、見ている俺も嬉しくなってしまうほどだった。
「ただいまー! さっきぶりだね、トレーナー!」
「おかえり、テイオー。……って、さっきぶりって」
お互いにいつも通りの挨拶をしていると、テイオーが少し意味深な発言をしてきた。
さっきぶりとなると……もしかしてお互いに領域に入ったことを言っているのか。
やはりあの中で会話出来ていたのは幻覚や幻聴じゃなくて、本当にあったことなのだろう。
理屈は分からないが、現実味が無い出来事にふわふわしているとテイオーが俺の方を向いて口を開いた。
「それよりも~」
「ん?」
「無敗の三冠ウマ娘になったよ! トレーナー!」
彼女がとった行動はその場で助走もつけずに、ぐっと沈んで俺に向かって抱き着くこと。
一瞬の出来事にぐえっっと声が出そうになったが、なんとかテイオーを両手を広げて受け止める。
すると、テイオーが俺の腰に手を回してぎゅーっと締め付けてきた。
思いっ切りではないだろうが、そこそこの圧迫感を感じてしまう。
だがそれ以上にとく、とく、とくと伝わるテイオーの心臓の鼓動と、走った直後だからなのか暖かい体温の方が勝ってそこまで気にならない。
こう抱き着かれると恥ずかしい気もするが、不思議と悪い気はしない。
俺はその体勢のまま、テイオーの頭にポンとポンと手のひらをおくと、耳元でそっとささやいた。
「お疲れ様テイオー。カッコよかったぞ」
「えへへ」
「あと……ありがとうな」
「どういたしまして! ボクもトレーナーに感謝だよ! ありがと! トレーナー!」
お互いに感謝を言い合えるそんな関係。とても、暖かいと思う。
テイオーが俺に抱き着くのに満足したのか、ぱっと俺から離れて前の方にぴょんと飛ぶ。
「いこっか! ウイニングライブもあるしね。そういえばセンターってどうなるんだろ」
「確かに……今回同着だもんな。……分からないな」
「マックイーンとじゃんけんでもしてくるかなぁ」
そんな他愛も無い会話をしながら控室に戻る時間が不思議と心地よく感じた。
俺の靴とテイオーの蹄鉄が地下バ道を蹴る音がシンクロして響き渡る。
だが、その音が突然消えた。
かつりと俺の音だけしか聞こえなくなり、驚いて隣を見てみるとテイオーの姿が見当たらない。
「テイオー?」
もしかして後ろで止まっているのかと思い、振り返ってみるとそこに彼女の姿はいない。
それどころか地下バ道の入口が無くなっており、戻ってきていた他のウマ娘の姿すらも見えない。
「どこだ……ここ」
一本道で迷子?
まるで森を歩いていたら霧が深くて迷い込んでしまったような状況に困惑していると、突如目の前から誰かが歩いてくる音が聞こえた。
怪しすぎたあまり自分の体を少し下げて逃げれるように構えていると、歩いてきた人物の顔が見えた。
そして、その人物は俺が今まで何度も見てきていた人物……いやウマ娘だった。
「こちらで会うのは初めてですね。スターゲイザーよ」
茶色の髪──栗毛と言われる毛を抱えて、地につくほどの長い髪を持っている。
身長は俺より小さいが、その大きさに似つかわしくない威圧感を放っている彼女は、名前は分からないがよく俺の夢に出てくる例の少女だった。
なんで今眠っていないのにここに。いやそれよりもここはどこなのだろうか。
そんな疑問がいくつも脳を駆け巡り質問しようとしたが、彼女がそれよりも先に口を開いた。
「まずはお疲れ様でした、スターゲイザー」
「へ?」
「そしてありがとうございます。貴方を見ていて正解でしたよ」
そういって彼女が妖艶に微笑んだ。
その声は直接脳に響く感じでは無く、耳から入ってきておりしっかりと会話出来ているようだ。
いつもとは違う状況に更に困惑していると、彼女が俺に近寄ってきてふわりと宙に浮いた。
数センチほど地面から足が離れて、俺の頭にぽんと手をおきなでなでと頭を撫で始める。
「これからもまた期待していますよ。ここは気に入りましたからね」
そう意味深な発言を残すと、すーっと彼女の姿が消える。
一体どういうことなのだろうか。全く意味が分からない。
一方的な押し付けに頭を抱えていると、白かった霧が徐々に晴れて元の世界に戻っていく感覚がした。
「トレーナー! ねぇちょっとトレーナー! 大丈夫!」
「んえっ…… あ、うん。大丈夫だ」
「急に立ち止まったからびっくりしたよもう!」
声がした方に目を向けると、隣には心配そうな顔をしたテイオーが立っていた。
どうやら戻って来ていたみたいで、周りの音も徐々に戻ってきている。
心配させないようにテイオーの頭にポンと手を置くと、控室に向けて止まっていた足を動かし始めた。
テイオーも後ろからゆっくりとついてくる。
その歩みを揃えた時、また俺は今の現実を嚙み締めるのであった。
~~~~~~~~
ウイニングライブはセンターに一人、サイドに二人というのが基本的な立ち位置だ。
しかし同着が出たときはどうすればいいのか。それは俺もよく分っていない。
テイオーが打ち合わせに行った後に、俺はライブを見るためにステージ近くに移動したためその内容は聞いていない。
さて、この場合はどうなるのか……
時間はあっという間にすぎるもので、大人しく待っているとライブの開始の時刻になってしまっていた。
その瞬間ウイニングライブが行われるステージ上の電気がぱっと消えて、始まりの合図を告げる。
前奏が会場内に流れ始めた途端、あれだけ盛り上がってざわざわとしていた会場内がしんと静まり返った。
そして、端の方からレグルスナムカとナイスネイチャが入場してくる。
しっかりとステージ衣装になっており、ライブの準備万端といったところだ。
二人が入場した後、中央口からはいってくるウマ娘の影が二人。
それは今回の主役の菊花賞ウマ娘。トウカイテイオーとメジロマックイーンが二人揃ってステージの上に立つ。
『光の速さで駆け抜ける衝動は──♪』
そして始まった、クラシック三冠路線のウィニングライブソングこと「winning the soul」は今までに無いほどの盛り上がりを見せた。
まさかのテイオーとマックイーンの同時センター。
そして皐月賞、日本ダービーでも歌っていた曲なのだが、いつも以上の歓声とサイリウムが会場で揺れる光。
そして観客全体が一体となるような雰囲気に俺は感動しながら、ライブを見ていた。
俺が持っていたサイリウムを振りながら会場と一体となっていると、右肩がとんとんと叩かれた感覚がした。
気になって振り向いていると、そこにはトレセン学園生徒会長にしてテイオーの越すべき相手──シンボリルドルフが立っていた。
「やぁ、スター。やっと会えたよ」
「ルドルフ……何か用か?」
「いやね、ちょっと話しておきたくて」
ふふとルドルフが笑って、俺の方を向く。
一通り微笑んだ後、彼女がきゅっと目を細めた。
「こちら側へようこそ。スターゲイザー、歓迎するよ」
「こちら側って……」
「まぁ深く考えなくていい。簡単に言うと時代を創ったということさ」
今回の無敗の三冠ウマ娘になったということだろうか。いや、それはテイオーだし……
俺が答えに悩んでいると、ルドルフが同じ目線で目に俺を映す。
「あと、おめでとう。嬉しいよ、テイオーが優勝して」
「どうも。良かったらテイオーにも直接言ってやってくれ」
「そうだね。これが終わったら言っておくさ」
「きっと凄い甘えてくるぞ」
「あはは。私は思った以上にテイオーが好きだからな。きっと甘やかしすぎてしまいそうだ」
ルドルフとそんな会話をしていると、ウィニングライブもサビに差し掛かり会場の盛り上がりも最高潮になっていた。
テイオーとマックイーンがセンターで楽しそうに生き生きと踊っている姿を見ると俺達も嬉しくなる。
『走れ今を、まだ終われない♪ 辿り着きたい、場所があるから♪ その先へと、進め──♪』
レースを応援してくれたファンに対して感謝の意味合いを込めて行われるウィニングライブは、俺達に楽しさと嬉しさ。そして彼女たちなりの感謝の気持ちが伝わってくる。
「あぁ、一つ聞いておきたいのだが」
「なんだ?」
「あー、そのトレ……須藤という男を見かけなかったか?」
ルドルフが俺に対してとある質問をぽそり呟きながらしてくる。
その声は消え入りそうで、ライブの音で詳しくは聞き取れなかったが、どうやら須藤という男性を探しているそう。
俺はその男性を知っているも何も、観客席で隣にいたから良く知っている。
とはいえルドルフが何故彼を?
「見かけたけど…… 今はもういないと思うぞ。帰るって言っていたからな」
「そうか…… 情報提供感謝する。なら今はこのライブを楽しもうか」
『果てしなく続く♪ winning the soul──♪』
テイオーとマックイーンが重なった声がこの京都レース場を包み込む。
空気が揺れて震えるほどの熱狂に、俺は今までの道のりを思い出す。
初めてテイオーにあった時。
レースに向けてトレーニングをした日々。
公式戦で勝利を飾った時。
皐月賞、日本ダービー、そして菊花賞を勝った時。
彼女と二人三脚で歩んできた日々がまるで最近あった出来事のように感じる。
俺達はようやくここまで一緒にこれたんだな……と感慨深い。
無敗の三冠ウマ娘。
この称号を手にした俺達は今からどこへ向かうのだろうか。
だが、先行きの見えない未来は不思議と不安は無くワクワクだけがそこにはあった。
さぁ、次はテイオーとどうやって「最強」を目指そうか。
その心地よさに揺られながら、俺は菊花賞のウィニングライブを聞いていくのあった。
そして曲のクライマックスになりテイオーたちが歌い切ると、テイオーの「あー」という声が入ってきた。
「みんな今日はありがとうー! ボクが無敗の三冠ウマ娘になれたのはみんなのおかげだよ!」
「私も菊花賞ウマ娘になれたのは皆さまの応援ありきの事ですわ。本当に感謝しています」
テイオーとマックイーンがお互いに礼を言い合う。そしてぺこりと頭を下げると、テイオーがまた言葉をマイクに乗せた。
「ま! 今日はホントはボクが勝ってたんだけどね~ カメラではとらえきれなかったみたい!」
「違いますわ! 私の勝ちです。 私が一歩先でしたわ!」
「何を!」
ギャーギャー言い始める二人組に、俺を含めた会場の空気がほっこりする。
その後、ひとしきり言い合いが終わったのか二人がぜーぜーという音が聞こえた来た。
そして、彼女たちがびしっと宣言をする。
「「決着は、有マ記念で!」」
かくして。トウカイテイオーとメジロマックイーンの決着は年末の有マ記念で行うことになった。
俺もその言葉を聞いてまた新たに気が引き締る思いをしたのであった。
~~~~~~~~
菊花賞が終わり、また忙しい日々が戻ってきた。
俺はテイオーに対するインタビューの処理や、新しいトレーニングや目標レースを決めるために少し遅くまで仕事をしていた。
時間が深夜の十二時を回ろうとしていたが、俺の仕事は終わらない。
辛いかと聞かれるとそういうことはあまりなく、それよりもテイオーに対してのモチベーションがぐぐんとあがりあまり疲れを感じていないほどだ。
とはいえ、無意識に疲労は溜まる。
俺は一旦PCから手を離して、ぐっと自分の腰を伸ばす。
かちかちと時計が回る音だけが俺の自室に響く。
今頃テイオーはしっかり眠ったかな。明日テイオーとミーティングして今後の目標について話し合わなければ──
すると、
何だ……こんな夜中に一体誰が……
いや待て。今ドアのノックが「三回」鳴らなかったか?
まさか。いやそんなはずはない、あの癖は俺の……
こんな所にいる訳が……
恐る恐るドアに近づきかちゃりとゆっくりとドアを開けるとそこには一人のウマ娘が制服姿で立っていた。
黒髪の──いわゆる青鹿毛と呼ばれる長髪をゆったりと流し、頭に白いアホ毛がちょこんと生えている。
すらっとしたプロポーションに、真っ黒に染まった尻尾。
見間違えようが無い。見間違えるわけがない。
だって彼女は。
「久しぶりですね……姉さん」
俺の妹──マンハッタンカフェが黒い髪をふわりと揺らしながら、俺の目の前に立っているのを見て。
俺は心臓がきゅっと締まるのを自覚したのであった。