私は特に目立った特徴も無いけど、普通じゃないウマ娘だと思う。
トレセン学園に入学した時には競走バを目指していたはずなのに、今はサポート科に編入してウマ娘のサポートをすることを勉強している。
そんなちょっとおかしな私──アーティシトロンはとある日、秋川理事長からとあるお話を受けた。
「提案っ! アーティシトロンよ! トウカイテイオーの夏合宿に参加してくれないかっ!」
「へ? 私、がですか?」
突然の提案に驚いていると、理事長がにっこりと笑って私にぽんと何かを渡してくれる。
受け取ったものを見るとそれは何か書かれている書類だった。
見ると参加するかしないかの選択権が軽く書かれた紙で、恐らくこれを提出して夏合宿に行くか行かないかを決めるのだろう。
私がまさかこんなことに誘われるとは思って無くてどうしようかなと迷っていると、理事長が私に対して魅力的な提案をしてくれた。
「トウカイテイオーと一か月間お泊り出来るぞ!」
「行きます。行かせてください」
あぁ、悲しいオタクのさがだった。
心の中で他のテイオーさんのファンにごめんなさいと謝罪しながらも、うきうきしている自分も否定できない複雑な心境の中。
私はテイオーさんの夏合宿に付いていくことになったのであった。
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そんな夢のような夏合宿が始まってから約半月後。事件が起こった。
テイオーさんとハッピーミークさん、そしてレジェンドウマ娘であるタマモクロスさんの模擬レースが行われた際。テイオーさんがタマモクロスさんに負けて、落ち込んでいる時があったのだ。
それに気付いた桐生院トレーナーは、一旦休みましょうと提案してくれて山のふもとの施設に気分転換しにいくことになった。
桐生院トレーナーの車の運転で着いたのはとあるショッピングモール。
その施設を桐生院トレーナー、ハッピーミークさん、テイオーさん、私で散策していたのだが終始テイオーさんはどこか元気が無かった。
大丈夫ですか? と私が訊ねても、ボクは元気だよ! と空回りした返事ばかりが来るだけでどう見ても無理しているのが分かる。
だから私は……とある賭けに出ることにした。
きっとこれは私にしか出来ないことだから。
これを思いついたときには、理事長にわざわざ呼ばれた理由も分かった気がした。
それを実行する為に私は桐生院トレーナーとハッピーミークさんにお話しして、一旦私とテイオーさんの二人きりにしてもらう。
これを話した時は少し心配そうな顔を彼女たちからされたが、大丈夫です! と答えて納得してもらった。
そして二人になったところで、テイオーさんと一緒にベンチに座る。
蜂蜜ドリンクをちゅーちゅーと可愛らしく飲むテイオーさんを横目に、私はゆっくりと口を開いた。
「テイオーさん、顔色悪いですよ。私に理由、話してください」
「いや、ボクは大丈夫だって……」
「話してください?」
「ぴえ」
少し無理やりだったが、テイオーさんから話を聞くことに成功した。……いや少しじゃないかも。
私どんな顔しちゃってたかな。
すると、テイオーさんがぽつりぽつりと、ゆっくりだが落ち込んでいた理由を話し始めてくれた。
「ボクさ、師匠とのレースの時。あっ、これ無理だって思っちゃったんだよね」
「……そうだったんですか」
「凄い圧が見えてさ。無敗の三冠ウマ娘を目指しているはずなのに心が悲鳴をあげちゃったっていうかさ。変だよね、こんなの」
タマモクロスさんから感じた凄い圧というのは、実はというと私も感じていた。
あの時は私はゴール地点で立っていたけど、そこからでもまるで深い海の中にいるような圧力を感じた。
走っていない私でこれだ。実際に走っていたテイオーさんとハッピーミークさんの精神面の疲弊は想像に難くないだろう。
それにテイオーさんはまだ中学二年生の少女。私は高校一年生だけど……そんな大人に成り切れない。
そりゃあ、テイオーさんだって辛い時だってあるだろう。
でも弱音を吐かずに今まで自前の明るさでカバーしてきたんだ。
なんだ、私と同じなんだね。
「……テイオーさん。実は私も走れないって思ったときあるんですよ」
「シトロンも? いつ?」
「テイオーさんと一緒に走った時ですかね」
そう、私は一度デビュー戦の時にテイオーさんの光にやられて二度と走れなくなった。
あの走ってる時は本当に辛くて、足が砕けちった感覚さえした。
でも私はこれっぽちも恨んだりなんてしていない。
けどテイオーさんは気にしていたみたいで私に対して申し訳なさそうな顔をしてきた。
「あっ…… ごめん」
「謝らないでください! 実は感謝してるんですよ!」
「感謝……?」
これに関しては私の本音だ。
だってこれで私の新しい道を見つけられたんだから。
そんな意味を込めて私は一つ、テイオーさんに対して質問した。
「テイオーさん、レースに負けたウマ娘ってなんて思ってると思いますか?」
「え……? 悔しくて、次は勝つぞ! とかかな?」
力強くてとてもテイオーさんらしい解答。確かにそういうウマ娘も多いだろう。
だけど、確実に私のようなウマ娘もいて。
「そうですね。そう思ってるウマ娘も多いと思います。けど私はそうはなりませんでした」
「どういうこと?」
「私はテイオーさんのファンになったんです! 負けちゃいましたけどね」
テイオーさんが小首を傾げてハテナマークを浮かべているような顔をする。
それはそうだろう。テイオーさんが想像していないような解答をしたのだから。
だから、私は理由を説明する為にテイオーさんと正面を向いて優しく手を握った。
「私はテイオーさんの走りを間近で見て光を見たんです! 前を見てる貴方を好きになったんです!」
「そう……なんだ」
「だからテイオーさんはしゃきってしててください! 私たちはテイオーさんに憧れているんです!」
「ボクに……?」
テイオーさんが少し弱気な目をしてすっと下を向く。
その表情は年相応のもので、誰かにすがるような目をしていた。
だから、私はテイオーさんに優しく語りかける。
「でも辛くなったらすぐに言ってください。テイオーさんは一人じゃないんです。スターゲイザートレーナーに私達もいます。決して一人で無理しちゃいけませんよ?」
「そうだね……」
「はい!」
私は出来る限り全力の笑みでテイオーさんににっこりと顔を見せる。
するとテイオーさんは私の顔に安心してくれたのか、自然な笑みをそっと浮かべてくれた。
「そっか…… ボクは一人じゃないんだもんね。うん、なんか元気出たよ、ありがとう!」
「どういたしまして!」
良かった。テイオーさんが安心してくれたのかいつものテンションに戻ってくれた。
それと同時にぱっと手を放そうとすると、きゅっとテイオーさんに手を握り返された。
何だろうと思って、私が顔をあげるとテイオーさんがイタズラに成功したような可愛らしい顔を浮かべてきた。
「あのさっ。もう一つ相談があるんだけど、いいかな」
「はい……! なんでもどうぞ!」
「実はトレーナーお帰りって言ってくれなくて…… あの、いつもはいってらっしゃいって言ってくれた時はいつもいってくれるんだけど……」
話を聞くと、とても可愛らしい悩みだった。
それと同時に私の心がきゅっと痛む。なんだろう……この痛み。
まぁ、いっか。
「きっとテイオーさんを心配しすぎたんですよ。ほら真っ先に駆け付けたじゃないですか」
「そうかな…… そうかも?」
「そうですよ。そんなに気になるならトレーナーさんに直接聞いちゃいましょう!」
「直接?」
「はい! そうですね……ベッドに直接潜り込んじゃうとか」
「ぴえっ!?」
そんな他愛もないガールズトークをして私たちの話は進んでいった。
きっと私の役目は──テイオーさんを誰にも出来ない場所から応援してあげる事だから。
アーティシトロン
その意味は「作られた誕生石」
シトリンの石言葉は──甘い思い出。