24.Keep in mind
「久しぶりですね……姉さん」
深夜0時ごろ。俺がまだ自室で仕事をしていた時に彼女は来た。
すらっとしたプロポーションに、真っ黒に染まった青鹿毛と呼ばれる長髪に尻尾。
頭にちょこんと生えた白いアホ毛。まるで俺の尻尾の黒い毛先と対比しているみたいだ。
見間違えようが無い。見間違えるわけが無い。
俺の妹──マンハッタンカフェが扉の前に制服姿で佇んでいた。
カフェの顔は、その長い前髪に隠れて表情が良く見えない。
その瞬間俺の心臓がきゅっと締まる感覚がして、息がしにくくなる。
どうしてここに彼女が。どうしてここが分かったのか。
どうして俺の元に来たのか。
そんな疑問が、一気に頭の中を埋め尽くしてぐちゃぐちゃになる。
そして絞り出した声が口からなんとか出てくる。
「カ……フェ……」
あぁ、なんとみっともないのだろうか。
どうにかして息をするかのように吐き出した声はカフェに届いたのか。ふっとカフェが微笑みながら俺の方を見てくる。
彼女の同じ琥珀色の目に、鏡のように反転した俺の顔が写っている。
カフェの目に映る顔は、くしゃっとしながら目は細まり、口元は苦しそうで嚙み締めたような表情をしていた。
「……明日」
「あ……した?」
「明日、私の選抜レースがあるので……来てくださいね……」
それだけを言い残しカフェがぱたんと扉を閉める。
一人だけになった部屋にはまた静寂が訪れて、しんと静まり返る。
深夜の静かな時間に一滴の衝動を置いて、俺の妹は消えていった。
「っつ、はぁ!」
今まで息の仕方を忘れていたみたいだ。
すぅと大きく深呼吸をして、バクバク言っている心臓をどうにか落ち着かせようとする。
だが、重くなった空気はあまり元に戻らず心臓の鼓動音は収まりそうにない。
数秒。いや数十分だろうか。
その場で固まっていた俺の動きがなんとか再開される。
「なんでカフェがここに……」
俺の妹がトレセン学園に来るなんて全く考えたこと無かった。
いや仮にカフェが競走バを目指してトレセン学園に来たとしても、なんで俺の部屋が分かって今ここに来たんだ。
──選抜レース
そして、わざわざなんで俺のことを誘ったのか。
──お姉ちゃん。
彼女の声を最後に聞いたのは大体一年くらい前だろうか。その頃のトーンとは全く別物の、かなり低い声で今日は話しかけられた。
俺はカフェのことを実家に置いて行った。これは紛れもない事実だ。
だとしたら──カフェは俺の事を恨んでいるのではないのか……?
結局結論は全く出ず、思考がぐちゃぐちゃになった俺はベッドにそのまま倒れ込む。
パソコンの電源すら落とさずに、現実から目を背けるようにそっと目を瞑って俺は眠りについた。
~~~~~~~~
夢を見た。
真っ白な世界に一匹の黒猫と俺がいる。
その猫は座って、こちらをじっと見つめていた。
そして、俺は何故かその猫を追いかけないといけないような気持ちになってしまい、捕まえようと猫の方を確認する。
そっと手を伸ばしながら追いかけようと歩みを進めようとすると、猫が立ち上がり逃げようとしているのが見えた。
「あっ、待って」
俺が駆け足で黒猫を追いかけていると、がしゃんと不自然な音が足元からした。
右足を踏み出した瞬間、がらがらと音を立ててその場を歩いていた床が崩れ落ちる。
「なっ」
瞬間俺は前方向に倒れて、ふわりと宙に落下する。
目線を上に持ち上げると追いかけていた黒猫が、見下ろす形で俺の事を見てきていた。
その目は俺の事を憐れんで見ているようで。
そんな猫に見られながら俺は崩れ落ちる世界の中で落下していった──
「……夢か」
死んだようにベッドに倒れこんでいた俺が目を覚まし、なんとか体を起こすと体が汗でびっちょりと濡れてしまっていた。
眠りが浅かったのか、頭がまるでエナドリを飲んで徹夜したときのように重くて痛い。
ふらふらとなんとか部屋に備え付けのシャワールームまで歩く。そして服を適当に脱ぎ捨てた後、少し温度を下げたお湯で頭を流す。
すると、ある程度さっきよりましになった頭の思考回路が浮かんでくるような気がした。
そっとシャワールームから出てジャージに袖を通して、身だしなみを整えようと鏡を見ると──
「酷い顔してるな……」
目はどんよりと垂れており、見る人が見たら病人だと勘違いされるかもしれない。
それでも動かないわけにはいかない。
そう思った俺はぐっと背筋を伸ばすと、朝ご飯を食べるために自室のドアを開けると寮の一階へと降りる。
すれ違ったウマ娘が不安そうな顔で俺の事を見てくるが、軽く会釈して大丈夫だよとだけ返す。
一階に辿り着いた後、食堂で今日のメニューの中からパンを選んで席に座る。
細々とパンを小さい口で摘みながら食べていると、俺の頭の上から元気な声が響いた。
「スターさん、おはようございます!」
一旦パンを食べる手をやめて上を見ると、そこにはよく朝ご飯を一緒に食べているスペシャルウィークが大盛りのご飯を盛って立っていた。
キンキンとした透き通るような声が俺の耳に伝わってくる。
これに関しては俺が悪いのだが、頭の中でスぺの声が響いて頭が痛くなってきてしまった。
「ごめん……ちょっと声落として……」
「うるさかったですか? ごめんなさい…… というかスターさん、顔色悪く無いですか?」
やはり誰から見ても心配される顔をしているのか、スぺにまでも直接心配されてしまう。
明らかに悪夢みたいな夢を見て、睡眠が全く出来なかった事が原因なのだが、これに関してはどうしようも無かった。
そう俺が謝りながら言うと、気を使ったスぺが正面に座ってゆっくりとご飯を食べ始める。
そんな感じで二人で静かに食事をしていると、またまた俺の知っている声が聞こえてきた。
「トレーナー、スぺちゃん。おはよー。って二人ともなんか静かだね」
彼女のトレードマークであるポニーテールをゆらゆらと揺らしながら、俺の担当ウマ娘であるトウカイテイオーがトレーに朝御飯を置きながらこちらの方に近寄ってきた。
テイオーもいつもの調子が無いことに直ぐに気が付いたのか、声量を落としながら挨拶してくる。
「本当に大丈夫ですか? 保健室に行った方が……」
「寝不足なだけだよ。あとちょっとな……」
「今日は寝てなよ。理事長にはボクが連絡しとくからさ」
「……分かった」
二人からわざわざこんなに心配されてる以上、その好意を受け取らないのは失礼だろう。
テイオーはわざわざ連絡してくれるらしいし、今日は寝て……あ、いや今日はカフェの選抜レースがあるのか……
どうしたものかと少し悩んでると、テイオーがこちらの方を覗き込んできた。
「トレーナー?」
テイオーが本気で俺のことを心配しているような目で見てくる。その目はゆらゆらとしていて、俺の顔が水面に映るように揺れていた。
「大丈夫。今日は大人しく寝てるよ。ありがとな、テイオー」
心の中でごめんと謝りながら、そっと目を伏せる。
テイオーが顔にハテナマークを浮かべているかのように首を捻ったが、それも一瞬で席に座ってご飯を食べ始めた。
ゆっくりと静寂がその場に訪れる。
その日の朝は気を使ってくれたのか、俺達は静かに朝食を食べ終えた。
食欲があまり無かったが、何とか食べ終えてごちそうさまとだけしっかり言って箸を置く。
トレーを指定場所に戻した後、テイオーとスペと別れて俺は自室に戻った。
ドアを開けてそのままベッドに倒れ込む。
パジャマにも着替えずジャージのままだが、着替えるのすら面倒だった。
選抜レースは基本的に放課後に開催される為、始まる時間に目覚ましをかけて眠りにつこうとするが、全く眠れそうにない。
眠くないわけではないのだが、体が眠るのを拒否しているような感じだった。
仕方ないので、目だけを閉じて思考にふけることにする。
──なんでカフェがトレセン学園に来たのか。
これが一番の疑問だ。
そもそも俺がトレセン学園にいる事を知っているのは父さんしかいない。
つまり父さんが誰も言っていなければ、俺のいる場所がバレる事は無い……はず。
しかも今まで俺はメディア露出をとことん避けてきた。
外に出るときは帽子まで被って白毛を隠しているし……
ダメだ。直接本人に聞いて見ないと分からない。とは言っても、直接聞けるわけもない。
……手詰まり感が凄いな。というか、考えても仕方ない事のような気がする。
カフェがトレセン学園に来てしまった事実は変わらないのだし、考えるべきは今後の対応だ。
その為に今日の選抜レースを見に行くと…… 結局また元の結論に戻ってしまった。
はぁと溜息をつくと、ぴろんと音が部屋に鳴り響く。
ごろんと寝返りをうって音の出所を確認してみると、自分の携帯が鳴っていたので手に取って通知を確認してみる。
するとたづなさんから『トウカイテイオーさんから連絡をいただきました。今日は休んで下さい』とメールが入っていた。
俺はテイオーが連絡してくれたことに感謝してテイオーに『ありがとう』と連絡をしつつ、一人でも出来そうな自主トレも伝えておく。
よし、これで後は選抜レースを見に行くだけ……
やる事を済ませると思った以上に体の方が限界だったのか、思考しているうちに瞼が重くなりそのまま俺は眠りについた。
~~~~~~~~
ぴぴぴと目覚まし時計の音が鳴った。
俺はそれと同時に飛び起きて、携帯のボタンをタッチしアラーム音を止める。
眠りは少し浅かったが、さっきより体調は大分マシになった。顔色も朝よりは良くなっているだろう。
んっと言いながら背伸びをして、そのままだった体操服からいつものスーツ姿に着替える。
スーツをしっかりと整えつつ、少しぼさぼさだった髪を整えつつ尻尾も毛先を櫛で整えた。
この櫛はテイオーに買っておいた方がいいと言われたもので、それ以来毎日起床したら尻尾はこれで綺麗にしている。
準備が終わったら帽子を被り、部屋をこっそりと出て選抜レースがあるトラックの方へと向かう。
今日は本来であれば休むと言っているのに、こうして外に出ているのだからなんか悪いことをしているみたいだ。
なるべく誰にも見つからないことを祈りながら、会場に向かうと既に多くのトレーナーとウマ娘がターフの上に集まっていた。
よく考えなくても俺はテイオーの専属トレーナーだから、選抜レースでウマ娘をスカウトするという行為をする必要がない。
だから、選抜レースを見に来るのはテイオーの時以来なのだが……思った以上にかなり盛り上がっている。
よくレースが見えそうな場所をきょろきょろと探していると、他のウマ娘が喋っている声が耳に入ってきた。
「知ってる? 今日は転入生がレースするらしいよ?」
「今の時に転入するなんて珍しいね~ だから噂になってるのかな」
噂の転入生とは恐らくカフェのことだろうか。
確かにこの時期に転入するのは珍しい。というか、カフェはわざわざ転入までしてトレセン学園に来たのか。ここまでくると何かの執念を感じてしまう。
俺がターフの上を見ると、直ぐに俺の妹であるマンハッタンカフェの姿を見つけることが出来た。
長い黒髪をたなびかせながらしっかりと準備体操をしている姿を見て、少しどきっとしてしまう。
実は妹の走りを見るのは今回が初めてだ。
子供の頃一緒に公園とかを走った記憶がある事はあるのだが、レースとして見たことは無い。
仮に学校とかでレースを走っていたとしても、俺は途中から引きこもっていたしな…… 見る機会すら無かった。
そう考えるとこうやって妹のレースを見るのは楽しみだ。
走り方は逃げなのか、差しなのか。仕掛けるタイミングは? 適正距離は?
昔であればこんな事は気にしなかったのだが、今は自分がトレーナーという立場のさがなのだろう。
少しワクワクしながらレースが始まるのを待っていると、選抜レースの会場に実況の声が鳴り響いた。
『お待たせいたしました。秋の選抜レース、今から開催いたします』
秋の選抜レースと言っているのは、このトレセン学園には年に四回選抜レースがあるからだ。このレースの中でトレーナーはウマ娘をスカウトし、デビュー戦に向けてトレーニングを積むことになる。
一応逆スカウトというのもあるみたいだが、これは稀だ。
だがそれよりも俺とテイオーの関係の方が珍しいだろう。なんて言ったって、お互いトレセンに来る前から契約を結んでいた事になるのだから。
そんな過去のことに思いを馳せていると、ターフの上のウマ娘がゲートの中に入っていく姿が見えた。
『さぁ、各ウマ娘ゲートイン完了しました』
カフェを含めて八人のウマ娘がゲートインして、出走体勢を取る。
今回は右回り2000m。カフェは八枠で大外枠だ。
どんよりとした曇り空の中、そのレースはスタートした。
『今、スタートしました!』
ガコンとゲートが開かれて、一斉にウマ娘達が走り出した。
勢いよくスタートしたウマ娘──逃げのウマ娘が二人。先行が三人、差しが三人のレースになっている。
カフェを探してみると、後ろから二人目の所にいた。この位置だったら差しの脚質だろう。
そして2000mのレースを選んだと言う事は、適正距離は中距離以降か。
レースは大きな動きもなく、ゆっくりとスローペースになって集団が進んでいく。
集団の中が動いたのは第四コーナー終了後、最終直線に入った時だった。
その瞬間、カフェの体がぐっと沈み、跳ねる。
あの走り方、どこかで見たことが。いや、見たことあるなんてレベルではない。
「テイオーの走り方じゃないか……」
テイオーの走り方、テイオーステップ。しかし、これは彼女特有の柔軟性が無いと出来ない走りで再現は不可能だ。
だが、カフェは歪ながらそれを再現しようとしている。
体をばねのようにしなやかに曲げて、跳ねて飛ぶ。
今まで散々テイオーの走りを見てきたからこそ分かったが……これをカフェの柔軟性でやるにはあまりにも無理がある。
俺が見た感じだと、カフェがやるならもっと……スタミナを活かした走りが出来そうな気が……
俺がそんなことを考えながらレースを見ていると、いつの間にかカフェが一着でゴールをしていた。
しまった。考え事をしていたらレースが終わってしまっていた。
とにかく気になった事はカフェが、何故か分からないがテイオーの走り方を無理やり真似しているという事だ。
足を見てみると一発で無理してやっていたのが分かる。その証拠に足ががくがくになって、立っているのが精一杯であることが伺えた。
だが、一着になったことは事実だ。
俺が凄いと思っていると、他のトレーナーもそう思っていたのかカフェの元にわらわらと人が集まっているのが分かる。
耳をすませていると、トレーナーがカフェに対してスカウトを熱心に受けている声が聞こえてきた。
「君! 一緒に三冠ウマ娘を目指さないか!?」
なんて、そんな声まで聞こえてきた。
だいぶカフェが人気で、彼女の元から人混みがなかなか散らない。
俺が近くに行けず遠くから彼女の姿を見ていると、深夜にカフェから言われたことを思い出した。
──明日、私の選抜レースがあるので……来てくださいね……
なんで俺のことを選抜レースに呼んだのか。
テイオーの走りを見せたかった? いや、もし仮にそうだとしてもその理由が分からない。
それとも自分自身の人気を俺に見せたかった?
「今の私はこんなにも凄いんですよ」と自慢したかった……?
ダメだ。全く分からない。
だが確実に一つ言えることがある。
「これ、俺いらないだろ」
そっと目を閉じてきらきらとしている姿から目を逸らしつつ、帽子を深く被った俺はその場から静かに消えた。
~~~~~~~~
俺がレース場から離れてひっそりと寮に向けて歩いていると、トレーニング中のウマ娘と何人かとすれ違う。
その中にいつも見慣れているポニーテールが一人。
「あれっ、トレーナーじゃん。なんでこんなところにいるのさ」
俺の担当ウマ娘であるトウカイテイオーが、体操服の姿で走っている姿を視界に取られてしまった。
やばい…… 今日は休むって言ったのに、外に出るのを見られてしまった。
「えーっと…… そうだ、はちみー奢ってるあげるから」
「ねぇ、トレーナー?」
流石に誤魔化せなかった。
しかもテイオーがじーっとジト目で俺の事を見てきていた。
一緒にいた時間が長いから分かる。これはかなり怒っているテイオーだ。
「はちみーは貰う。けど理由は説明してね」
はちみーは貰うのか…… そこはちゃっかりしてるのな。
俺がはぁと溜息をついて、はちみーが売っている公園に向けて移動するとテイオーが後ろからついてくる。
一緒に歩いていると、テイオーが隣でじーっと顔を見てくる。
一応体調を心配してくれているのか、ゆっくり歩いてくれているテイオーはまるで散歩中の犬みたいだ。
公園に着くと直ぐにはちみードリンクを買ってテイオーに渡してあげる。カスタマイズはいつもの固め濃いめ多めだ。俺は今ここまで甘いもの飲んだら大変なことになりそうなので遠慮しておく。
テイオーが近くのベンチに座っていたので、買って来たはちみーを渡すとご機嫌そうな顔で受け取ってちゅーちゅーと吸い始める。
相変わらずカロリーの塊を彼女がしばらく飲んでいると、テイオーが隣に座った俺の顔を覗き込んで質問してきた。
「で、説明してくれるんだよね」
テイオーがトーンを一個落として怒った顔で俺に言ってくる。
やはりはちみーだけじゃ機嫌を取れなかったか……
「えーと…… 選抜レースを見に行っててな……」
「そういえば今日だっけ。 ……ん?」
テイオーが何かに気づいたような声をあげる。
その瞬間、さーっと血の気が引いた顔をして悲鳴のような声をあげた。
「ま、まさか。ボク以外の担当ウマ娘を……!」
「い、いや違うって」
「うわーん! トレーナーが浮気するー!」
「ちょっと待って言い方」
テイオーがうるうるとしながら今にも泣きそうな顔で俺に縋りついてくる。
はちみーをベンチの上に一旦置いて、テイオーが俺にぎゅっと抱きついてきた。
流石に説明したりなかった俺は、テイオーの頭に手を置いてなでなでと撫でてあげる。
「そんなことするわけないだろ…… 俺はテイオー一筋だから」
「ホント……? ホントにホント?」
「本当だから」
ぽんぽんと背中も叩いてあげると、テイオーが安心したのか「えへへ」と笑みを浮かべながら安心したような様子を見せる。
すると、テイオーが一旦抱き着くのをやめて俺の事を見てくる。
「で、なんで体調悪いのに選抜レースを見に行ったの? しっかりとした理由が無いと怒るよ?」
「うっ……」
俺が一番聞かれたくない所を聞かれてしまい、言葉に詰まってしまう。
ここを説明するには俺の家族の事情、それに妹に黙って出て来てしまった事まで言わないといけない。
どうしようかと目をテイオーから逸らしていると、テイオーが「どうしたの?」と言いたいばかりに首を傾げる。
その目は透き通っていて、俺のことを一切疑っていない顔だった。
……話すか。俺はこうやって自分の中で話を閉じ込めてしまう癖があるかもしれないのは、前から自覚していた。
だから自分のことは、他の人にあまり話したことがない。ここで俺の過去を少しテイオーに話すのは、いい機会なのかもしれない。
「……内緒にしてくれるか?」
「勿論! トレーナーが内緒にしてっていうなら内緒にするよ!」
テイオーがとんと胸を叩きながら信頼してと言ってきた。
俺はその言葉を信じて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「実は今日の選抜レースに妹が出走していてな……」
「妹!? トレーナー、お姉ちゃんだったの!?」
「あぁ…… その妹が突然トレセン学園に来て……」
「ちょっと待って情報量が多くて処理しきれない」
びっくりした顔を浮かべて、頭を抱えながらテイオーがうんうんと唸っている。
しまった、流石に色々とすっ飛ばして話し過ぎた。
俺は一から順を追って説明する為に、一旦過去まで遡って解説することにする。
具体的には俺がテイオーと出会う前。
トレーナーを目指す経緯から妹との関係までゆっくりと順序通りに説明する。
まず、トレーナーになるために妹を置いて来てしまったこと。
そして、突然妹がトレセン学園に現れたこと。
だが、母親にネグレクトされていたことや引きこもってしまっていたことは言わなかった。これは……わざわざ話すことでもないだろう。
その話を聞きながらテイオーは目をまん丸に開いて、驚きながら聞いていた。
それも当然だろう。今まで話したこと無かった事実がぽんぽんと俺の口から出てくるのだから。
そして、全てを話し終えて最初にテイオーの口から発せられた言葉は無慈悲な宣告だった。
「それはトレーナーが悪いと思う」
「……」
あまりにも正論。
「だって、妹さん置いてきちゃったんでしょ!? きっとトレーナーに会いたくて来たんだよ!」
「そうなのかな……」
「そうに決まってるって!」
テイオーが絶対に合っているという確信を持って力説してくる。
そこまで言うならそうなのか……? と思ってしまうほどのパワーだ。
だが、一つだけ。一つだけ心配な点がある。
「カフェは俺のこと恨んでるんじゃないか……?」
「へ? なんで?」
「だって……置いてきちゃったんだぞ。 恨んで来たんじゃないかって……」
「無いよ」
テイオーははっきりとそう断定した。
俺を見つめるその目は真っすぐと俺の方を見ていて──綺麗な目だった。
「だって、嫌いな人にわざわざ会いに来ないでしょ? 好きだから来たんだよ」
「たし……かに?」
「そりゃ多少怒ってるかもしれないけどさ。でも恨んだりなんかしてないよ。ボクが保障してあげる」
そうテイオーが言い切ると、俺もそんな感じがしてきた。
もしも……本当にカフェが俺に会いに来ているとすれば、今までの行動にもある程度理解が出来る。
選抜レースでテイオーステップを披露したのも、もしかして俺に見て欲しいがために真似したんじゃないかとそう思える。
それで俺に褒めて欲しかった……は考えすぎだろうか。
だとしたら──
「俺が会場離れたの間違いだった……?」
「間違いだね」
「マジか……」
あそこで直ぐに駆け寄っていればまた直ぐに話を聞けたかもしれないのに。
自分で勝手な判断をしてしまうのは、やはり俺の悪い癖なのかもしれない。
と、なると今すぐに戻った方がいいのか。
「もう戻っても選抜レースは全部終わってると思うよ……」
「遅かったか……」
俺が心の中で反省していると、もう遅いとテイオーに言われてしまう。
ならば、俺がカフェに会いに行って謝るしかないのだが。
「どうしよう、テイオー。俺どんな顔して会えばいいのか分からない」
「えぇ……」
実は物理的には会おうと思えばいくらでも会えるのだ。
俺はトレーナーという立場だから、生徒の情報をある程度閲覧できる。
カフェがトレセン学園生徒という立場である以上、どのクラスに所属しているくらいだったら直ぐに分かる。
だが、一年以上会っていなかった。ましてや、ひとりぼっちにさせてしまった妹に対してどうやって接すればいいのかが分からない。
ここは、俺の対人性能の問題かもしれないのだが……
「しょうがないなぁ…… ボクがとっておきの仲直りの仕方を教えてしんぜよう」
「本当か……?」
「信じてくれていいよ!」
そう言ってテイオーが俺の方に近寄り、ごにょごにょとその作戦を耳打ちしてくれた。
テイオーのこだわりなのか、俺の帽子をわざわざ脱がして直接生耳に話す。
彼女の息が耳に吹きかかってどこかくすぐったいなか、伝えられた言葉は俺の耳を疑わせるには十分だった。
「……マジ?」
「マジ」
でもテイオーの言う通りでやらないと……というかこれは正解なのか?
テイオーの方に「大丈夫?」という意味合いを込めて視線を向けると、テイオーが指をぐっと突き出してきた。どうやら、信じろということらしい。
かくして。
俺はテイオーに言われた作戦を、近日中に実行する事になったのであった。
~~~~~~~~
テイオーにカフェの事を相談した次の日の朝。
その晩、俺はぐっすりと眠れて脳内を一旦スッキリとさせることが出来た。
が、他にも考えなければいけないことが残っている。
まず、カフェをどうやって呼び出すかが問題だ。こんな話、他の人がいるところでするわけにはいかない。
そうなると俺の部屋で話すのが一番良いのだが……
「カフェが前みたいに来てくれるのが一番助かるけど、そうもいかないか」
どう反応をされるか分からないが、一旦彼女のクラスに行って直接会おう。
それか寮の部屋を調べた後に、寮長に連絡を取って呼んでもらうでもいいかもしれない。
そう思って俺がPCを起動しようと机の前に座ろうとすると、ぴぴぴと電話の着信音がなる。
こんな朝早く誰だろうと思い、携帯を持って電話に出ると通話口から不協和音が聞こえてきた。
「繧? =縲√せ繧ソ繝シ繧イ繧、繧カ繝シ」
「ん? 電波が悪いんですかね?」
「繧ォ繝輔ぉ縺ョ騾」邨。蜈医? 蜈・繧後※縺翫>縺溘? ょセ後? 鬆シ繧薙□縺槭?」
そう謎の音だけ聞こえた後、ぷーぷーと電話が着られる音がする。
何だったんだ……
疑問に思って携帯の画面をもう一度見てみると、何故か連絡先を保存しているアプリに通知のマークが出ている。
薄気味悪くなり、恐る恐る連絡先を確認してみると──
「マンハッタンカフェ…… カフェの連絡先……? なんで……」
そこには何故かカフェの電話番号にメールのアドレスが登録してあった。
自分で登録した覚えも無ければ、カフェに教えて貰った覚えも全くない。
実家にいたときは俺は携帯すら持ってなかったんだ。まるで無から生えて来たみたいな……
だが、表示されている連絡先はその事実を証明している。
俺はその連絡先を見て、何を思ってしまったのか。
『今晩、もう一度俺の部屋に来てほしい』
とだけ文を書いて、メールを送信する。
まるで何かの魔力に寄せられたみたいに、その連絡先を使ってしまった。
でも、俺の勘は大丈夫だとだけ言っていたのだから意味が分からない。
送ってからたった数分後。携帯を持ったまま立っていた俺の前に、送ったメールの返信が届いた。
『分かりました。伺いますね』
そう簡単に書かれた返信が一通。
このメールが送れたということはきっとカフェに届いたという事なのだろう。
謎の電話の結果。俺はカフェと連絡を取れて、今晩彼女と話す機会を得る事に成功したのであった。
だが、本当にあの電話は一体何だったんだ……?
~~~~~~~~
その夜。俺は仕事を終えたにも関わらず、スーツ姿でとある人を待っていた。
しっかりとした服装に髪も尻尾も全て整えて、今からどこかの式典に参加するのでは? と思われるほどだ。
俺が椅子に座って彼女を待っていると、こんこんこんと三回ドアのノック音が部屋に響く。一旦立ち上がり、ドアを開けて待ち人を部屋に迎え入れた。
「姉さん……こんばんは」
「こんばんはだな……カフェ」
待ち人──俺の妹、マンハッタンカフェが制服姿で俺の部屋にゆっくりと入ってきた。
俺は少しぎくしゃくしながら、彼女を案内して部屋のソファに座ってもらう。
そして、俺は座ったカフェと正面で向き合うと、すーっと深呼吸をし口をゆっくりと開いて言葉を紡いだ。
「ごめん、カフェ」
俺が出した答えはストレートな謝罪。謝りながらカフェに対して頭を深く下げる。
結局、俺がしたかった事はカフェに対して謝りたかったのだ。
謝った後、頭をあげてまた俺は話を続けた。
「一人にして……黙って家から出ちゃって本当にごめん」
俺が謝ると何故かカフェが驚いたような顔をして、口を小さくぽかんと開けていた。
すると、彼女が俺の方を違うと言いたげな顔で見てきた。
そしてカフェが目を潤ませながら、俺の言葉に被せてくる。
「姉さんが……家を出ていったのは、私が悪いって……思ってて……」
「……そんなことないから。俺が悪いんだ」
何故かカフェ側が罪悪感を感じていたみたいで、俺はそれをすぐに訂正する。
俺の部屋の中に深夜の静寂がしんと訪れる。
お互いに黙ってしまって、どちらから切り出せばいいのか分からない。そんな空気感の中、ひぐっひぐっという声が耳に響く。
「お姉ちゃんが、突然いなくなって…… 寂しくて、一人で……」
「ごめん、本当にごめん」
泣き出しそうになってしまったカフェを見た瞬間、俺は彼女を正面からぎゅっと抱きしめる。
カフェの心臓の鼓動と俺の鼓動が重なるくらい強く、そして優しく。体温を伝え合うために抱きしめ続けていると、カフェの涙腺がだんだんと緩み始めてきた。
「あのひからずっと……さがしつづけてて…… でもみつかんなくて……」
「ごめん」
「わたしのこと……きらいになっちゃったんじゃないかって……」
「そんなことない。大好きだよ、カフェ」
これは俺の本心だ。実の妹を嫌いになるなんてことあるもんか。
俺が正直な心を伝えると、カフェの嗚咽が大きくなる。
そして、「うわぁぁぁぁ」と彼女から聞いたことが無いような声を出して泣き始めた。
涙が、俺の頬をつたってくる。
俺は泣いているカフェの背中をぽんぽんと叩きながら、抱きしめ続けたのであった。
ずっと。ずっと。
『ハッピーエンドに繋がる道へ』
むかしむかしあるところに二匹の子猫がいました。
二匹の猫は姉妹で、お姉さんは真っ白な毛を。妹は真っ黒な毛をしていました。
姉妹の仲は大変よく、いつも一緒にいました。
しかしとある日、白毛の猫は姿を消してしまいます。
黒毛の猫は姉を探し続けました。
「お姉ちゃん……どこ?」
その返事が返ってくることはなく、黒毛の猫は独りぼっちになってしまいました。
そんな二人の仲が分かたれた一年後のとある日。
妹は姉の姿を偶然見つけます。
「お姉ちゃん」
そう話しかけようとした姉の姿は、どこか今までの姿と違くて。
妹は話しかけることが出来ませんでした。
だけど、黒猫は諦めません。
自分を変えてまでしてその子は姉の元にまでいきました。
そうして、黒猫と白猫はようやく再会します。
そこで聞いた答えは、お互いの勘違いで。
「大好きだよ」
そう聞いた白猫は黒猫に抱き着きます。
こうして出会えた二人は、きっと一緒にいるのでしょう。
いつまでも。いつまでも。
次回スターゲイザーが着る服は?
-
執事服
-
メイド服
-
トレセン制服
-
全部