聖蹄祭の片付けも終わり、トレセン学園の空気も少しずつ元に戻ってきた十一月の中頃。
俺はテイオーとカフェを俺の部屋に呼んで、これからのことについて話し合おうとしていた。
「……というわけで、これから二人のレースについて考えていこうと思います」
「りょーかい!」
テイオーが二人掛けのソファに座りながら元気よく返事をする。
このソファは俺の部屋でミーティングをする時に座る場所が無いと不便だと思って買ったものなのだが、カフェも担当をすることになったため今考えると良い買い物をした。
カフェとテイオーが隣り合って座っている前で、俺はホワイトボードを置き彼女達と向き合う。
「最初はテイオーからだな。これからのG1だと主にジャパンカップと有マ記念がある」
「ジャパンカップ……今年は確かスペちゃんが出走するって言ってたっけ」
スペが出走すると言われているジャパンカップは日本のG1レースの中では特殊な部類に入り、海外のウマ娘が日本に来て出走するレースだ。
そのためかなり敷居も高くなっており、今から調整するのはかなりキツイ。
そもそも菊花賞に出る時点でジャパンカップは回避する予定ではあったのだが。
「だからテイオーは有マ記念に向けて調整していくぞ」
「ボクが有マ……なんか凄いところまで来ちゃったね……。まぁ、当然だけどさ!」
有マ記念は十二月末に行われるG1レースの一つだが、これも少し特殊なレースに入る。
それはファンの投票によって、出走するウマ娘が決まるというものだ。
そのため中央トゥインクルシリーズの一年を締めくくるG1レースと呼ばれており、とてもファンから期待が寄せられている。
投票で決まるため現時点ではまだ出走出来るかは分からないのだが、テイオーの成績で呼ばれないということは無いだろう。
なんたって──無敗の三冠ウマ娘なんだから。
だが、気をつけなければいけないことが一つ。
「有マはシニア級のウマ娘と当たることになる。今までのレースとは訳が違うぞ」
そう。今までレースは基本的にクラシック級のレースということもあり、シニア級のウマ娘とレースする事は無かった。
だが有マ記念はシニア級の強いウマ娘が参入してくる。
つまりどうなるかというと──
「昨年のクラシック級G1ウマ娘が参戦してくるってことですね……」
「あぁ。カフェの言う通り、俺たちよりレース経験が豊富なウマ娘と走ることになる。気を引き締めていかないとな」
「勿論! スぺちゃんとかと走れるのかぁ。ちょっと楽しみかも」
テイオーがソファで足をぱたぱたと動かしながら、楽しそうにそう返事をした。
やはり、彼女の走ることに対してのモチベーションは目を見張るものがある。
有マ記念に対しての緊張は全くしていないなら、このままトレーニングを続けてよさそうだ。
「さて、テイオーはこんなところにして……。次はカフェのレースかな」
カフェ──最近俺の担当になった大事な妹だが、彼女の目標は少し曖昧なものになっていた。
「オトモダチは何か言ってる? 何か目標のレースとか聞けるのかな」
「いえ……特には……。私が走りたいように走ればいいと……」
オトモダチ──カフェだけが見えている幽霊みたいなもので、彼女の目標はこれに依存しているところがある。
オトモダチをレースで追い越す。これが現時点でのカフェの目標になっており、テイオーと違って特に出たいレースとかがあるわけではない。
そうなるとカフェのレースについては悩ましいところだがそれに関しては、俺はある程度考えていた。
「なら、カフェの得意距離を極める方向で行こう。その途中で出たいレースがあったらその都度考えればいい」
「はい……分かりました……」
「デビュー戦に関してだけど、出来るなら今年にしたいかな。既に本格化も来てるし」
カフェの普段の練習を見ている限りでは、かなり体幹がしっかりとしており本格化も既に来ている。
そうなるとこの美味しい時期を逃す手は無い。
走り方もテイオーの時みたいに直す必要も無く、デビュー戦に出ても勝てる実力は揃っている。
これに関しては俺の指導というよりも、オトモダチの指導によるものだろう。
ちょっと俺の出番が取られた感じがしてもやっとするが、カフェが強くなるに越したことはない。
「あとはカフェが本来の走りさえ出来れば、何も問題無く勝てると思う。あれはもうダメだからな」
「……分かってますよ。あれは、ちょっと黒歴史なんですから……」
あれと言うのは、カフェが選抜レースで見せてたテイオーステップのことだ。
テイオーステップは本来テイオーの体の柔らかさがあって初めて成立するものなのだが、カフェは歪ながらそれを再現していた。
が、それをやって彼女に負担が掛からない訳が無く。
カフェと初めてトレーニングをした時に、それは一瞬で見抜くことが出来た。
「カフェ、一旦止まって」
「はい……? ひゃっ、姉さん!?」
テイオーとカフェに軽く流しで走って貰っていた時に、俺は速攻でカフェを呼び止めて直ぐに足の検査をした。
その結果分かったのだがカフェの足の筋肉には既にかなりの負担が掛かっており、軽く炎症を起こしそうになっていたのだ。
テイオーステップなんて一朝一夕で身につくものでは無く、これを再現するためにある程度の練習が必要なはず。
その過程でカフェの筋肉に負担が掛かり、こうなったと考えるのは自然なことだった。
だから彼女に直ぐにテイオーステップの禁止を言い渡し、なんで再現なんてしようと思ったんだと聞いてみたところ──
「その……姉さんに振り向いてもらおうと……」
──そんな、可愛らしい答えが返ってきた。
どうやら選抜レースでテイオーステップを俺に見せて、ちょっと自慢みたいなことをしようとしていたらしい。
それを聞いたときに、俺ははぁと溜息をついてカフェに対して軽く注意をした。
「全く……自分の体を大事にしてくれよ? 妹としても担当としても、カフェは大事なウマ娘なんだから」
そうカフェに言うと彼女は嬉しそうに「はい」と返事をしてくれたので、もうこんな事はないだろう。
俺が少し昔を振り返っていると、テイオーはソファに座って苦笑しながら自分の足をとんと叩いた。
「まぁ、トレーナーは過保護だからね。ボクもそれに救われたんだけどさ」
彼女は少し目を細めながら、耳をぴこぴこと動かして俺の方を見てきた。
昔、テイオーの足も一歩間違えば壊れていたかもしれないガラスの足だった。
それを許さなかった俺がテイオーに走法の改善を提案して、今に至っている。
その結果テイオーは足を壊すことも無くこうして三冠ウマ娘になれているのだから、あの時の俺の選択は間違っていなかったのだと信じたい。
だって、ウマ娘の足が壊れている所なんて誰も見たくないだろ。
そう思いながら俺はとんとホワイトボードを叩くと、一旦逸れた話を元に戻した。
「……まぁ、カフェは走りを見た感じ長距離に向いてると思う。だから、目指すは最強のステイヤーだな」
「ステイヤー……」
「マックイーンみたいな感じかぁ。ボクは長距離あんまし得意じゃないから少し羨ましいな」
カフェの本来の走りは長距離向けの走りで、地をすーっと凪ぐように足を動かしている。
これはスタミナを温存しつつ速度を乗せる走りで、ストライド走法と呼ばれる走りだ。
これ自体は何も問題無いのだが、この走りには一つ弱点が存在している。
それは最高速度に乗るまでが、ピッチ走法と比べて遅いということ。
だが一度最高速度に乗ってしまえば、それ以降はスタミナがある限り速度を落とすことなく走り続けられる。
そのため短い距離よりも、長い距離の方がペースを確保しやすいのだ。
「だからカフェはスタミナを鍛えつつ、スパートをかける位置の練習だな」
「なるほど……頑張ります……」
カフェがこくりと頷いて、俺に返事をする。
こうしてテイオーとカフェに目標を話しつつ、これから頑張ることを確認してその日は解散となったのであった。
~~~~~~~~~
そんな話をしてから数週間後の十二月中旬ごろ。
俺たちは東京レース場にある選手控室に二人で座っていた。
何をしに来たかは言うまでもない。
そう、マンハッタンカフェのデビュー戦である。
彼女を担当してから約二か月くらいしか経っていないが、しっかりとしたコンディションに仕上がっていると思う。これならば誰にも負けないだろう。
「緊張してるか?」
「いえ……姉さんがいるので、大丈夫です……」
デビュー戦のためトレセン学園の体操服を着て「五番」と書かれたゼッケンを付けた彼女は、目を閉じて瞑想をしている。
特に気分が上がったりもしていないみたいで、デビュー戦に対して集中出来ているみたいだ。
これならばいつもの力を発揮できることだろう。
そして、俺は一つ気になっていたことを彼女に訊ねた。
「ところで、オトモダチは?」
「先にターフに立っていました……。待っている、と」
オトモダチは相変わらずカフェしか認識できていない。
彼女曰く、最近トレーニングの時は端で見守っていることが多くなったらしい。俺にカフェの指導を譲ってくれたとかなのだろうか。
そんなことを二人で話していると、いつの間にかカフェのデビュー戦の時間が近づいてきていた。
「じゃあ、行こうか」
俺は椅子から立ち上がると、カフェに対して視線を向けて目配せをする。
それを見た彼女がそっと目を開いて、ゆっくりと足を伸ばした。
ここからは一旦カフェと離れて、彼女のパドック入場を観客席から見守ることになるのだが──
「あっ、カフェ。ルーティンって知ってるか?」
「ルーティン……ですか? スポーツ選手とかがやる、あの」
「あぁ、それで合ってる」
ルーティンとはあることをする前にやる決まった動作のことであり、スポーツ選手とかが集中力を高めるためにやっていたりする。
これはウマ娘たちの間でも行われていると、一時期話題になっていたりもした。
そして俺とテイオーの間にもレースの時に行っている、とあるルーティンがある。
それこそが、レース前と後の挨拶だ。
「挨拶……ですか?」
「そんな難しいことじゃない。ただ二人の間で挨拶を交わすだけだな」
「なるほど……」
カフェが顎に手を当てて、そっと考える仕草を取る。
そして、耳をぴくりと動かして俺を見ながらにこりと微笑んだ。
「えぇ……とてもいいことだと思います……」
「なら……。いってらっしゃい、カフェ」
「いってきますね、姉さん」
そう返事したカフェの尻尾は左右にゆらゆらと揺れており、とても嬉しそうだった。
そのまま彼女と地下バ道まで歩き、そこで一度お別れをする。
そこまで俺の隣を歩いていたカフェは、とてもご機嫌そうな笑顔のままレースに向かっていったのであった。
俺はそれを見送った後、一緒に来ていたテイオーが席を取ってくれる場所に移動するために彼女に連絡をする。
メッセージアプリを立ち上げて彼女に場所を聞くと「関係者席にいるからね」と直ぐ返信が来た。
俺は携帯の電源を切ると、地下バ道を移動して観客席に向かう。
静かで薄暗くこつんこつんと音が響くような所から外に出ると、晴れた空からの光がかっと全身に当たった。冬のレース場のためか、風が当たる分地下バ道よりも寒く感じる。
俺は用意していたマフラーを、持ってきていたカバンから取り出して首に巻く。ついでに被っていた帽子も意味があるかは分からないが、より深く被った。
俺は寒がりなので、正直冬はあんまり好きじゃない。そんないつもより重装備でもこもこになった俺は、テイオーの元に向かう。
今日は大きな重賞レースも無いため少し物静かな観客席を移動していると、直ぐにテイオーを見つけることが出来た。
「トレーナー! こっちこっち!」
俺を見つけたのか、立ち上がってぶんぶんとテイオーが手を振って来たので隣に座る。
視線を横に向けると、眼鏡と帽子を被って変装したテイオーが目に映った。
ある意味目立つ格好をしているが、ここで変装をしていないと更に余計に目立ってしまうので仕方ない。
三冠ウマ娘が何もせずにレース場をうろついていたら、周りに人だかりが出来てしまうのなんて目に見えている。
珍しくポニーテールではなく髪を降ろしているその姿は、いつもよりちょっと大人びていた。
「カフェはどうだった? 緊張とかしてる?」
「いや、大丈夫そうだったぞ。初レースなのに大したもんだ」
「やっぱりトレーナーがいると安心するのかなぁ。もしかしてリラックス効果ある香りでも出してる?」
「ヒトを香水みたいに言うな」
テイオーが俺に顔を近づけて、くんくんと匂いを嗅いでくる。
そんな熱心に嗅がれると、俺が臭ってないか心配になってくるのでやめてほしい。
俺が体を反ってテイオーからの攻撃を避けていると、レース場にアナウンスの声が流れてきた。
『お待たせいたしました! これよりトゥインクルシリーズ、デビュー戦を開始いたします!』
「おっ、始まるみたいだぞ」
実況の声がレース場に響き渡ると、ぱちぱちと拍手をしている音が聞こえてくる。
最初にあるパドック入場を見るために、俺は正面にある大きな画面に目を向けた。
『さて一番人気を紹介しましょう。一番人気は──』
「そういえばカフェは一番人気は取れなかったね」
「まぁ、デビュー戦での人気なんて誤差だ。テイオーの場合ちょっと特殊だったけど」
「ふふん、ボクは天才だからね!」
テイオーが自慢するかのように、手を腰に当てて胸を張る。
だが実際彼女は、デビュー戦で異常なまでに注目されていた。
その中で逃げという本来の脚質ではないものを俺に指示されながらも、見事に勝ちきってみせている。
……そうか、あのデビュー戦も大分昔になってしまったのか。
随分と大きく遠い所まで来てしまったなと、感慨深く思っているとテイオーが不思議そうな顔をして俺を覗き込んできた。
「トレーナー?」
きょとんとしているその顔は、世間で話題になっている三冠ウマ娘の顔とは思えないほど幼げな顔だ。
それを見た俺はふっと口を緩ませると、テイオーの頭に手を乗っけて撫で始める。
「わっ、どうしたのさ」
理由を聞かれると困ってしまうが、あえて理由をつけるとしたら。
──ちょっとした、優越感かな。
『さて次のウマ娘を紹介しましょう! 五番人気、九番マンハッタンカフェです!』
そんなことをしているとスピーカーから聞こえてきたのは、カフェがパドックに入場してくることを知らせるアナウンスだった。
画面にパッと映る彼女の姿はほどよく気が引き締まっており、今から行われるレースに対して意識が向いており完璧に見える。
そのまま何事も無くパドックでのウマ娘紹介が終わり、そのまま彼女たちがターフへ移動していった。
そして、出走ウマ娘たちが特に暴れることも無くすんなりとゲートに収まる。
カフェの今回は枠版は九枠中の五枠のため、位置としては真ん中くらいになっていた。
『東京レース場、芝、左回り2000mのデビュー戦──今スタートしました!』
がこんとゲートが開かれる心地よい音が、観客席にいる俺の耳まで届く。
その瞬間、九人のウマ娘が特に出遅れることも無く順調にターフを蹴り始めた。
最初の直線は位置取り争いのためか、各ウマ娘が少しずつばらけながら走り始める。
パッと見た感じ、今回は逃げが二人と先行四人、差しが三人といったところだろうか。
そしてカフェのいる位置は──
「カフェは差し、かな? ボクみたいになんか脚質を変えるとかあるの?」
「いや、カフェには予定だとずっと差しの位置を走って貰う」
テイオーこそ特殊で最初に逃げを行ったり、先行や差し。菊花賞に至っては追い込みで走るなど、脚質がばらけていたが本来であれば脚質は変化しない。
そんなころころと脚質を変えることが出来てしまったテイオーが天才過ぎたのだ。
「差しかぁ。スパートは自分のタイミングでかけやすいよね」
テイオーが言ってる通り、差しは後ろから他のウマ娘が動くタイミングを見やすいだけでなく、自分のペースでスパートをかけられるのだ。
先行は前も後ろもウマ娘で囲まれるためポジション取りが難しく、場合によっては抜け出すタイミングが合わないこともある。
カフェはストライド走法のため、必ずどこかでスパートをかけて速度を乗せないといけない。
なので、カフェには差しで走って貰う事にした。
『さぁ、ウマ娘たちが第二コーナーに差し掛かりました! レースは未だに大きな展開はありません!』
「あと、差しにしたのはもう一つ理由がある。というか、カフェは絶対に差しになるんだよ」
「へ? どういうこと?」
これに関してはカフェが特殊すぎる。
他のトレーナーが聞いても絶対に理解されない、カフェにしか出来ない走り。
「あー……。テイオー、今回のレース何人出走してる?」
「九人でしょ? 急にどうしたの?」
「いや十人だ。オトモダチも含めてな」
「え、それも含めるの?」
カフェが言うには、今回のレースにはオトモダチが走っているらしい。
俺はコミュニケーションが取れないが、カフェを介しての軽い意思疎通は取れた。
その中で分かったのが「カフェの出るレースには全て出走する」ということ。
カフェの目標はオトモダチを追い越すこと。
俺はオトモダチの走り方を見れることはないが、彼女曰く私よりはるか先を行く走りと言っている。
そうなると必然的に、カフェは延々とオトモダチの背中を見ることになるのだ。
だから、彼女の脚質は差しで固定されてしまう。
だがそれも彼女のストライド走法に合っているので、特に問題はない。
『さぁ、最終コーナーに突入しました! ウマ娘たちが最後の直線に差し掛かっていきます!』
テイオーと会話しながらレースを見ていると、最後の直線にカフェたちが突入している様子が見えた。
カフェは自慢のスタミナを活かして早めのスパートを掛けて、最後の直線に突入している。
位置的には既に前から二番目。
先頭の逃げの脚質の子が最後まで逃げようと頑張っているが、明らかにスタミナが間に合っていない。
そのウマ娘の隣をすぅとカフェが抜かして、彼女が先頭に立つ。
残り100m地点。そこで彼女は先頭に立ち、そのまま──
『ゴール! マンハッタンカフェが一バ身差をつけて、今ゴールインしました! 二着は──』
「やった! カフェが勝ったよ!」
テイオーが椅子からぴょんと勢いよく立ち上がり、喜びを表現する。
俺も嬉しくてぱちぱちと彼女に向けて拍手を送った。
だが、ターフを見るとカフェの様子が少しおかしかった。
テイオーみたいに勝利を喜ぶわけでもなく、膝に手を当てながらじっと一定方向を見つめている。
カフェの視線の先にはぱっとみ誰も映っておらず、虚空のみが存在していた。
それを見て俺はふとしたことに気付いてしまう。
「ちょっと、問題かもな……」
カフェの走りは全てのリソースが基本的にオトモダチに向けられている。
そのためか、一切他のウマ娘に視線が向けられていない。
一緒に走っているウマ娘に対して何も思わないのは、いつか何かを起こしそうな気もしてしまう。
だがこれはまだ一つで、大きな問題点がもう一つ存在している。
それは──
「カフェ、勝ててないじゃん……」
先ほどのカフェの様子を見るに、彼女はオトモダチを抜かすことは出来ていないように見える。
するとどうなるか。
簡単に今のレース結果を言うと、一着がオトモダチで二着がカフェだ。
だが勿論普通の人にオトモダチなんて見えるわけがない。
この大きな「ズレ」が彼女にどれだけの負担を与えるのか。
一着になれたら嬉しい。誰かに勝てて嬉しい。
そういうウマ娘として当たり前の感情が生まれてくるまでに、カフェにとってオトモダチが大きな壁になってしまいそうで。
ウマ娘は感情が、人よりも大きく作用しやすい。
そんな事実が俺の中に重くのしかかる。
色々と不安になることが多い中、観客の拍手は全てカフェに向けられていたのであった。
~~~~~~~~
カフェを迎えにいくために、俺は一度テイオーと別れて地下バ道へと向かう。
かつりかつりと足音が反響する中をゆっくりと歩いていると、目の前から黒髪を揺らしながら俺の担当ウマ娘が歩いてきた。
「おかえり、カフェ」
「あっ……ただいまです、姉さん」
俺の顔を見るとぱぁと顔が明るくなって、とことこと近づいてきた。
冬の気温が低い中でのレース。高くなったウマ娘の体温は、カフェの体からもくもくと白い煙を巻き上げている。
はぁとカフェが息を吐くと、少し視界が白くなった。
「お疲れ様。初めてのレースどうだった?」
「一着にはなれましたが……オトモダチを抜かせていないので、少し悔しいですね……」
やはりオトモダチを抜かすことが出来なかったことを気にしているようなカフェの姿に、少し胸が締め付けられる感覚がする。
俺はそんな彼女に対して、どう声をかけるか悩みながらそれでも口を開こうと──
「あの、姉さん……。一ついいですか?」
「……なんだ?」
「その、オトモダチなんですけど……」
そう言うと、カフェがそっと誰もいない方向に指を向ける。
俺は指さされた方に目を向けると──瞬間的にぞっとした。
何度も言ってるように、俺にはオトモダチが見えない。
だが、今は違った。
ウマ娘のような形をした靄が、目の前に形作っている。
誰もいないはずの空間の虚無を、嫌でも認識できてしまう。
はたして、そこにあるのは。
『ふは、ふはははは!!! あっはははは!』
「あなたは──誰ですか?」
十二月末に行われる、トゥインクルシリーズの締めくくりとも言われるG1レース。
そこは投票で選ばれしウマ娘たちが、身を削り競い合う大舞台。
名立たるG1バ。重賞ウマ娘。そして、三冠ウマ娘まで。
ターフをウマ娘が。ファンの夢が走る。
中山レース場。芝、2500m。天候、曇。バ場状態、良。
それは、残酷だった。
それは、突然だった。
それは、事実だった。
壊れて堕ちるは、無敗神話。
有マ記念。
トウカイテイオー。
着順──六着。
その星は、どこを仰ぎ見る。
お知らせです。
今回Skebの依頼で、本編では絶対見れないスターちゃんを書き下ろしました。
https://syosetu.org/novel/310188/
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