時系列は本編四章以降になっています。
【第一章】かけがえのない絆を感じるひとときを
ウマ娘。
それは別世界に存在すると言われる名馬の名と魂を受け継ぐ少女達。
彼女達には耳があり、尾があり、超人的な脚がある。
時に数奇で時に輝かしい運命を辿る、神秘的な存在。
この世界に生きる彼女たちの運命は──
「──まだ、誰にも分からないか」
時刻は夕方。場所は商店街にある、物静かな喫茶店。
ぱたんと読んでいた本を閉じると、ふわりと古本とコーヒーの香りが鼻孔をくすぐった。
話が綺麗に締めくくられ裏表紙に辿り着いたのを見ていると、どこか心に充足感を感じられる。
先ほどまで俺が読んでいたのは、古本屋で買った一冊の本。
ウマ娘が異世界に存在している別の生物の魂を受け継いでいるという設定で語られる、誰も知らないレースの物語。
二つの世界を行き来するという現実ではありえない要素を取り入れており、「ウマ娘」と謎の生物である「馬」が交流を深めていく面白いお話だ。
昔売れていた有名作というわけでもなく、本当にたまたま見かけたので買ってみたのだが、これはかなり当たりだと思う。
「ふぅ……」
俺がそっと息を吐くと、ゆらりとティーカップに入った黒色の液体が揺れる。
そこには光に反射した、一人のウマ娘が映っていた。
ショートカットの真っ白の髪を持ちながら、琥珀色の瞳を光らせている。
スターゲイザー。ウマ娘、十七歳。職業、トレセン学園でウマ娘を指導するトレーナー。
この世界に転生してきた一人のウマ娘として、この本にはどこか共感を覚えてしまう。
俺が読書後の余韻に浸っていると、対面の方から柔らかい声が聞こえてきた。
「姉さんが小説を読むのは珍しいですね……。どうでしたか……?」
そう言って俺に話しかけてきたのは、目の前に座っている黒く綺麗な長い髪を携えた少女。
頭の上にはぴんと立ったウマ耳が生えており、彼女がウマ娘であることを表していた。
「面白かったぞ。ウマ娘が別の世界の存在と交流するって話だったな」
「別世界……それは、面白そうですね……」
「貸そうか? 読み終わったら、俺の部屋に置いてくれればいいからさ」
「そうですか……? なら、是非……」
目を俺と同じ琥珀色に輝かせながら本を受け取ったウマ娘の名は、マンハッタンカフェ。
俺と血のつながった実の妹であり、そして大切な担当ウマ娘だ。
「こうしてゆっくり出来るのも久しい気がしますね……。最近、姉さんはずっと忙しそうでしたし……」
「年明けだったからな。だけど、丁度仕事も落ち着いたぞ」
「無理しないでくださいね……? 時々忘れそうになりますが……姉さんは、私と一つしか年齢が変わらないんですから……」
俺とカフェの年齢は一つしか離れていないのだが、この姉妹の立ち位置はかなり異なっている。
片方はトレーナーとして指導するウマ娘に対し、もう片方はトゥインクルシリーズを走る競技ウマ娘。
全く異なる道を走る二人。一時期はすれ違って、食い違って、行き違ったけど……それも今はいい思い出だ。
カフェがおススメしてくれたコーヒー専門の喫茶店で二人でゆったりと過ごしていると、からんころんと誰かがお店の中に入ってきたことを知らせる鈴の音が鳴る。
耳を揺らしながら視線を向けると、一人の綺麗な鹿毛の髪をポニーテールに纏めた少女が袋を片手に入店してきた。
「あっ、トレーナー!」
彼女と目があうと太陽のような笑顔をぱっと咲かせ、手を軽く振りながら俺の方へと近寄って来る。
そして俺たちが座っていたテーブル席に辿り着くと、何も言わずに俺の隣へと腰をかけた。
「買い物終わったのか?」
「うん! いい感じの冬服があってさ~。ちょっと長くなっちゃった」
頭に流星をたなびかせ、蒼色の瞳を輝かせた彼女の名は──トウカイテイオー。
無敗でクラシック三冠を取り、これからシニア級に突入する最強のウマ娘。
俺の最初の担当バでもあり、一番大切な愛バ。
テイオーと歩んだ道のりは、彼女と出会う前の過去と比べて本当に濃密だった。
今は最強のウマ娘を目指すために、みんなに夢を見せるためにトゥインクルシリーズを二人で駆けている。
テイオーとの信頼関係は深く、今や言葉要らずで通じ合ってる関係だ。
何の因果か奇跡的に集まったチーム「デネボラ」は、こうして皆で集って談笑するほど仲が良い。
「新年も明けたし、トレーナーの仕事も落ち着いたし……チームでどっかおでかけしたいなぁ」
「いいですね……。どこかへゆったりと旅行に行きたいです……」
「でしょ!? 温泉とか~、美味しい料理とか~。行くなら勿論泊りでさ!」
「泊まりかぁ……。スケジュール調整とかすればいけないことも無いけど……」
「ホント!? なら今度計画立てようよ! 忘れないうちにさ!」
テイオーがにこにこしながら話しているのを見ていると、俺の方もどこか楽しくなってしまう。
やはり彼女には、みんなを動かす力があるのだろう。ヒトの上に立って歩く姿は、どこか目標でもあるシンボリルドルフを思い出す。
「まぁ今日は帰るから話ならまた今度な。明日からも気を抜かず、トレーニングをしっかりしていくぞ」
「りょーかい!」
「了解です……」
俺はそう宣言してこくりと喉を動かすと、カップに残っていたコーヒーを飲み干す。
猫が描かれた可愛らしいマグカップを置くと、ことんと綺麗な音が店内に響き渡った。
そんなどこか優しくて、甘い。これは、そんな俺たちの日常の一幕を切り取ったお話だ。
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「そういえばさ、今日商店街で買い物したらこれ貰ったんだよね」
「テイオーもか。俺も古本屋で貰ったんだよな」
「私も……先ほどの喫茶店で……」
喫茶店を出て商店街を後にしつつ、トレセン学園へと向かう帰り道。
歩きながら俺たち三人が取り出したのは、一枚の赤いチケットだった。
俺、テイオー、カフェと合わせて計三枚。
貰った時はしっかりと詳細は見ていなかったが、三人が同じものを持っているとなると中身が気になってくる。
「……商店街福引券。当日限り有効って書いてるな」
「ただで福引回せるの? だったら寄って回していこうよ!」
内容を読んでみるとどうやらキャンペーンの一種らしく、商店街内で買い物をすると一枚クジを回せるチケットが貰えるらしい。
無料で出来ると書いてあるし、テイオーの言う通り回し得だ。
時期的に見ても、今日は丁度正月明け。新年のおめでたいムードに包まれているからこそ、このキャンペーンなのだろう。
「かなり景品が豪華ですね……。にんじん一本に、にんじん詰め合わせに、高級にんじんハンバーグですか……」
「めちゃくちゃウマ娘向けのラインナップだな……」
思った以上に景品がにんじんに染め上げられており驚いてしまうが、だがこれはとても理にかなっている。
ここはトレセン学園から近いという立地もあり、多くの競走ウマ娘が集まる場所だ。
そのためトレセン学園生徒を対象にしたキャンペーンは、アプローチとして大正解だろう。
しかもこの商店街には、俺たちもよく知っているとあるスターホースが存在している。
「あれ? テイオーにスターさんじゃないですか。こんなところで奇遇ですなぁ」
そんなことを考えていると、俺たちのことを呼んでいる少女の声が聞こえてきた。
耳をぴくりと揺らしつつ音がした方に視界を向けると、そこには綺麗な和服に身を包んだウマ娘が立っている。
帯から襟の部分が緑色と白のストライプ柄で、下半身は真っ赤なスカート。
まるで勝負服を思い出させるような配色は、まさに彼女の正月の晴れ着にぴったりだろう。
「あれ? ネイチャじゃん。なんかすっごい可愛い格好してる!」
「そう? テイオーからのお墨付きなんて嬉しいですなぁ」
えへへと嬉しそうに微笑んだ彼女の名前は──ナイスネイチャ。
テイオーと同じレースを走るトレセン学園のウマ娘であり、同時に俺たちのライバルで世代の強者としても名高いウマ娘だ。
この世代は「TMN」と呼ばれることもたびたびあるが、彼女はそこの「N」の部分に入っていたりする。
因みに「T」は我らがトウカイテイオーで、彼女は結構この呼ばれ方を気に入っているらしい。
「実はトレーナーさんからプレゼントしてもらってさぁ。アタシには身に余るって言ったのに、どうしてもって言うから」
「レンタルとかじゃないのか。トレーナーさんから愛されているんだな」
「あ、愛されてるだなんて。やだなぁ! スターちゃんお上手なんですから!」
そう発言しているネイチャの顔は先ほどよりも緩みまくっており、でれでれと手を招き猫のように振りながら尻尾を揺らしていた。
そしてそのまま本当にまんざらでもなさそうに、自分のトレーナーさんのことを嬉しそうに語っている。
惚気話ってこういうことなのだろうと、口の中が甘くなるのを感じてしまう。
照れ照れとしている彼女をこのまま放っておくと、一生口が閉じずに夜中になってしまいそうだ。
楽しそうに語っているネイチャには少し悪いが、ここは割り込ませてもらおう。
「ところで、ネイチャはどうしてここにいるんだ?」
「おっとと……アタシとしたことが話しすぎちゃった。そうそう、今日アタシは看板娘をやってるんですよ」
「看板娘、ですか……?」
「そうそう。福引券を持ってきてくれた人に、ガラガラを引かせてあげるお仕事を頼まれてね」
「丁度いいじゃん。ボクたち、福引やろうとチケット持ってきたんだよね」
「あっ、ホント? じゃあ、三名様福引にご案内~」
そう言うとネイチャがくるりと向きを半回転させて歩き始めたので、俺たちもその後ろについて行く。
すると直ぐに白いシート被さった長机の上に、見慣れた丸くて赤い抽選機が設置してある場所に辿り着いた。
ネイチャが俺たちと机を挟んで反対側へと移動したかと思うと、にこりと微笑んで手を出してきた。
「一人一回までのあけおめ特別福引! さぁ、誰から始めます?」
「それでは……私から行きましょうか……」
「特賞は高級温泉旅行チケットですよ~。頑張って回してね!」
一等でもにんじん関連の景品かと思ったら、思った以上に豪華で少し驚いてしまう。
だが特賞というのは数百個のくじがある中で、たった一つしかない。
確率的には宝くじで大当たりを引くのと同じくらいだろう。
カフェがネイチャに福引券を一枚渡すと、そっと抽選機の持ち手を握る。
「えい……」
彼女が掛け声とともにゆっくりと抽選機を一回転回すと、ガラガラと音が鳴りながらころんと色がついた玉が一つ出てきた。
その小さな玉の色は──真っ白。
「あらら、残念。ハズレですね」
「む……」
カフェはどうやら一番多い外れを引いてしまったみたいで、ネイチャからカゴに積み重なっていたポケットティッシュを渡されている。
とは言っても福引なんてこんなものだろう。俺はカフェに声を掛けようと、とんと肩を叩いて口を開いた。
「まぁ、ハズレが一番多いから。そんな気にするなよ」
「そうですか……? 私はこれはハズレだと思いませんよ……?」
「ちょうどティッシュ欲しかったのか?」
「いえ……」
カフェは本当に気にしてないといった様子で首を横に振ると、俺の太ももにそっと尻尾を絡めてくる。
そしてぐっと俺の腕を引き寄せて抱き着き、にこりと微笑みながら呟いた。
「だって、姉さんと同じ色じゃないですか……。なら、私の好きな色です……」
「そっか……。俺もそう言ってくれて嬉しいよ」
「ふふ……」
カフェが隙間なくぴったりとくっついてきて、俺は身動きが取れなくなってしまう。
最近こうやって彼女からのスキンシップが多いが、俺としても嬉しいため何も言っていない。
今まで甘えてあげさせられなかった分、カフェから積極的に接して来てくれるのは姉冥利につきるというものなのだ。
「あー! カフェがトレーナーとくっついてる!!! じゃあボクも白引くからね!」
「いや白はハズレなんですけど。ネイチャさん的には、別の色を狙った方がいいとは思うのですが」
「いいの!!!」
「さいですか……」
そうしていると隣でくっついているのを見ていたテイオーが、ズルいズルいと抗議の声をあげる。
別に俺としてはいつもテイオーはくっついてきてると思うのだが、彼女は今この瞬間に抱き着きたいらしい。
「せーいっ!」
テイオーが気合を入れて抽選機を勢いよく回転させると、先ほどカフェが回した以上の音が発生する。
その場を歩いていた人になんだなんだと振り向かれる視線を感じていると、ネイチャが軽い悲鳴をあげた。
「ちょっ! 力入れすぎだって!」
「あっ、ごめんね?」
テイオーがてへっと舌を出して可愛く謝っていると、ころんと抽選機から一つの玉が出てきた。
その色は、青。本当に偶然だが、テイオーのイメージカラーと同じだ。
「おっ、おめでと! これは二等、にんじん詰め合わせセットだねぇ」
からんからんとネイチャが近くのハンドベルを手に取って鳴らすと、当たりを告げる鐘の音が鳴り響く。
明らかに良い景品が当たったと分かる演出に、テイオーの耳がピンと嬉しそうに反応する。
しかし次の瞬間何とも言えない表情を浮かべたかと思うと、へにゃりと尻尾が下にへたってしまった。
「んっ……ん~~~」
「あれ、どうした?」
「いやさぁ……確かに二等は嬉しいんだけどさ……」
テイオーは首をことんと傾げると、青玉をじっと見つめる。
そして本当に納得が出来ないといった顔で、ネイチャに物申すように口を開いた。
「なんで青が二等なの……? 一等じゃなくて?」
「そこか~~~」
「まさか一等って赤!?」
「え、普通赤とかじゃないの?」
「むむむ……なんかネイチャに負けた気分……」
どうやらテイオーは自分のイメージカラーである青が、福引で二等の位置にいることに地味に納得がいって無いようだった。
テイオーと言えば一着というイメージがあるからか、俺も違和感を感じてしまったことは否定できない。
「俺はテイオーが一着だと思ってるから。そんな気にすることでもないだろ」
「トレーナー……! だよね! ボクが一番だもんね!」
「おーお。お熱いことですなぁ。そんなこと言ってると、足元すくわれるかもしれませんよ?」
──例えば、アタシにとかにね。
そうネイチャが宣言すると、にやりと目を細めて俺たちに宣戦布告のようなセリフを吐いてくる。
その言葉を耳に捉えた瞬間、俺とテイオーは何も言わずともお互いの目をぱっと見つめなおす。
そして彼女に対して、回答を返してあげた。
「いつでもかかってきなよ。勝つのは、ボクたちだ」
「有マみたいなことはもう二度と無いぞ。俺たちは、もう二度と負けない」
何度でもお互いに誓って、約束し、刻み込まれた言葉を、再三と繰り返す。
ピリッとした緊張感が、商店街の一角で流れる。
しかしそれは、ネイチャが両手でぶんぶんと手を振ったことに寄ってかき消された。
「あーもう何言ってんだろアタシ。恥ずかし! あー、顔が熱いですわ」
「ネイチャなんか変なこと言ったか?」
「別に? ボクたちはいつでも挑戦受け付けてるしね」
「これが素なんだからとんでもないですわなぁ。アタシもこれくらいになったほうがいいのかねぇ……」
ネイチャが目を細めてジト目のように俺たちを見てきて、俺たちも力が肩から抜ける。
ちょっと真面目な雰囲気になってしまったが、思い出してみれば今は福引中。
そして、次は俺の番になっていた。
「じゃあ、最後に俺がいくか」
「トレーナー頑張れ~!」
「姉さん、頑張ってくださいね……」
二人の担当からの応援を背中に感じつつ、俺は抽選機の手持ちを持つとゆっくりと一回転させた。
がらがらと中で玉が回っている音が聞こえてくると、ころんと一つの玉が中から出てくる。
何色かと思って確認してみると、その色は薄緑色と白色がボーダーになった玉。
まさかの一色で構成されていないそれに俺は首を傾げてしまったが、それは彼女も同じようだった。
「へ? なにこれ。何の色?」
「ネイチャも分からないのか?」
「変な色の玉だなぁ。ん? でもこれどこかで見たことあるような……」
「奇遇ですね……。私もどこかでこれを……」
テイオーが何かを思い返すかのように手を顎に当てて考えていると、ネイチャが携帯を持って何かを確認し始めた。
「ん~~~? いや、待って、これ」
彼女が固まること数秒。
次の瞬間がらんがらんとハンドベルを勢いよく鳴らして、驚いた表情を浮かべながら大きめの声量で祝福してきた。
「お、大当たり! 特賞の温泉旅行券! 当たってる!」
「えっ」
「えー!? トレーナーすごすぎ!」
「流石、私の姉さんですね……。運もとてもいいみたいです……」
まさかの特賞。
当たるわけも無いと思っていたクジの大当たりを引いた俺は、ぽかんと口を開くことしか出来ない。
そしてそれは振り袖姿のネイチャから、景品である温泉旅行券を受け取るまで続いたのであった。
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「まさか、本当に当たるとはな……」
「さっすが~。で、どんな感じのチケットなの?」
場所は変わって、夜のトレセン学園栗東寮。
俺の部屋兼トレーナー室となっている一室に、お風呂上がりのテイオー、カフェが集まってた。
髪の保湿をしている長髪の二人を眺めながら、乾かす場所が少ない短髪の俺は先ほど渡された温泉旅行券に書かれた内容を確認し始める。
「豪華ホテルに一泊二日。綺麗な湖の景色を堪能しながら日々の疲れを癒そう……だってさ」
「良さそうじゃん! ちょうど話してた矢先だったし、これは神様が行けって言ってるんだよ!」
テイオーが今から旅行に行く想像をしているのか、どこか楽しそうにそう口を開いた。
確かに、タイミングとしては完璧だ。
テイオーやカフェも大きなレースは無く、俺は仕事が丁度落ち着いたころ。
そう思った俺は前向きに旅行の計画を考えようと、詳細を見るためにもう一度チケットを見直したのだが──
「あっ」
「……どうしましたか、姉さん」
「これ二人までって書いてあるな……」
そう。チケット一枚でいける人数は二人まで。
俺たちのチームは全員で三人。このチケット一枚ではどう頑張っても、一人ハブられる形になってしまう。
それは流石に何としてでも避けたいところ。
「ちょっとこのホテル今から取れないか確認してみる」
「そこまで焦る必要ありますか……? 少し時期をずらして待つのもありだと思いますよ……?」
カフェの言うことも、勿論一理ある。
いくら高級ホテルと言っても、俺の給料があればもう一人取ることくらい余裕だろう。実際使わず余ってるし。
だが、問題はそこではない。
俺はパソコンを使ってチケットに書かれたホテル名を検索エンジンに打ち込み、公式ホームページへと移動する。
そして予約ページを開き空き状況を確認して見たのだが……どうやら直近はすべて埋まっているようだった。
「このチケットの使用期限が一月末まで……だけどそれまで予約はいっぱいだったから……」
「え、それってつまり」
「三人で行くのは難しいってことになるな……」
人気のホテルということなのもあるだろう。
期間限定のプレミアチケットだったらしく、残念ながらこれは使えそうにない。
だって──三人で行く旅行に意味があるのだから。
「だからここのホテルに行くなら、今度の機会だな……。数か月待ちとかになりそうだけど、予約は出来そうだから」
「そっかぁ……。なら、仕方ないね。みんなで行かないと楽しくないし」
テイオーも俺と同じ考えだったのか、少し残念そうな顔を浮かべながらも納得してくれている。
旅行なら別にここのホテルじゃなくてもいい。テイオーとカフェと一緒なら、どこにいっても楽しいだろう。
それこそ夢の国のホテルとかだったら、一か月以内に予約も可能なんじゃないだろうか。
同じ高級ホテルだし、遊園地を隣接しているから遊べるし──
「……姉さん」
「どうした? カフェ」
そんな有名なテーマパークの時価をネットで調べて驚いていると、カフェが俺に対して声をかけてきた。
先ほどまで何か考え事をしている様子だったが、何か思うことがあったのだろうか。
「その温泉旅行券ですが……テイオーさんと一緒に使ってあげてください」
「いや、それだとカフェがいけないだろ?」
「そうだよ! カフェ一人置いていくなんて出来ないよ!」
そんなカフェからの提案に、俺とテイオーは首を横に振って否定する。
別にこんなところで遠慮なんてする必要はないのだが……
「いえ、勿体ないですし……。それに……」
「それに?」
「テイオーさんとの三冠のお祝いとか何もしてませんよね……? それのご褒美に二人で行ってください……」
何故かカフェがいつも以上にぐいぐいと迫ってきて、俺も断りを入れにくくなってしまう。
思い返してみればテイオーがクラシック三冠を取った時に、大きなお祝いはしていなかったかもしれないが……
「姉さんが当ててくれたんです……。使ってあげないと失礼じゃないですか……」
「そうかな……」
「そうです……。変に遠慮しないでください……」
とは言っても、テイオーもカフェを置いていくのはあまり好まないだろう。
助けを求める意味合いも込めてテイオーに視線を送ろうとすると、カフェが彼女の耳元でこそこそと内緒話をしていた。
ウマ娘でそれなりに聴覚がいい方だと自負している俺にも聞こえない声量でのひそひそ話。
テイオーも興味深そうな表情をしていると思ったら、突然目をきらんと光らせた。
そしてカフェにぐっと親指を上に立てて感謝をすると、その場で跳ねて俺に近寄ってくる。
「カフェもこう言ってるんだしさ! 使ってあげようよ! ボク、三冠のお祝いでトレーナーと二人きりで旅行行きたいなぁ」
「うっ……」
上目づかいで俺におねだりしてくる彼女に、俺は身を引いてたじろぐ。
こういう甘えにめっぽう弱い俺は、テイオーの目を直接見れずにぽそぽそと呟くだけになってしまった。
「でも……カフェが……」
「いえ……私はテイオーさんに交換条件を出しましたから……。平等になりましたよ……」
「交換条件……?」
「ふふ……内緒、です……」
そう言ったカフェが自分の口に人差し指を当てると、にこりと微笑む。
どうやら先ほどの内緒話で、二人の間に取引が行われたようだが……ここまで押されては仕方ない。
「分かった……。なら、この温泉旅行はテイオーと行ってくるよ。テイオーの三冠記念の意味合いも込めてな」
「ホント!? やったー!」
「ただし。カフェと一緒に旅行する計画も必ず立てるからな。すまん、それまで待ってくれ」
「大丈夫です……。おみやげ、よろしくお願いしますね……?」
「勿論」
なんか「おみやげ」の部分がやけに強調されている気もするが、そんなにおみやげが欲しいのだろうか。そこまで言わなくても、俺が忘れる訳もないのに。
かくして。
俺とテイオーは二人きりで、一泊二日の温泉旅行へ行くことになったのだった。
~~~~~~~~
そんな話をしてから約二週間後の朝頃。
俺とテイオーはカフェに見送られながら、ホテルへと向かうためにトレセン学園の寮を出発した。
トレセン学園のある東京から少し西の方角へと新幹線とタクシーで向かうこと、二時間程度。
レースの遠征で使っているキャリーケースを引きずりながら、俺たちは目的の高級ホテルへと辿り着いた。
大きな湖のほとりにあるとうたい文句にあるように、光の反射を受けてきらきらと湖面が輝いており都会とは違った清浄さを感じる。
周りには大きな建物は無く、一番大きな人工物がこのホテルなのだが──
「でっか……」
「……行く場所間違って無いよね。ボク、これお城だと思うんだけど……」
「いや、あってるはず……」
目の前に鎮座しているのは西洋風のお城としか言いようがない建物。
白を基調にしている壁に屋根。紋様が彫刻された大きな柱に、真ん中で開くタイプの洋風の門扉。
俺たちが言葉を失うほどの別世界が、そこには広がっていた。
「ボクの別荘より大きい……」
「別荘……? テイオーの家って別荘あるのか?」
「あれ言ってなかったっけ。結構大きなのがあるんだよね」
テイオーからの初耳衝撃お嬢様発言を聞きつつ、俺は取り敢えずホテルへの入口へと向かう事にした。
門をくぐり抜けホテルのエントランスへと入るための入り口にまで来たのだが、やはりここもスケールが違う。
自動ドアの建物となんて比べるのも失礼なくらい、巨大なお城への入口がそこにはあった。
「なんか全部が一回りスケールが違うな……。受付してくるから、ちょっと待っててくれ」
「りょーかい……。中まですっごぉ……」
ホテルの中に入ってまず目に入ってきたのは。硝子で出来ているだろう綺麗なシャンデリア。
これを作るのに一体いくらかかるのだろうと邪推してしまいそうになるが、それ以外も作りが凄い。
ホテルの入り口をくぐると正面に広がっているのはエントランス。
綺麗な絨毯が引かれたそこには何故か大きなカフェが隣接しており、もはや知っている一般的なエントランスとは違っている。
もう驚愕のため息をずっと漏らし続けそうになってしまうが、それでは入り口で今回の旅行が終わってしまう。
俺は入り口近くの受付でチケットを提出し、軽く説明を受けながらルームキーをスタッフから受け取った。
「テイオー、鍵受け取ったから移動するぞ」
「はーい! あとで、ここ探検しようね!」
「部屋に荷物置いてからな」
ルームキーに書かれた番号は350。ホテルの三階にある一室が、今回俺たちが二人で泊まる部屋だ。
エレベーターに乗って上の客室の階へ行くと、赤い絨毯に舗装された廊下が既に非日常さを醸し出している。
やたら部屋と部屋の間隔が広い廊下を歩いていると、350号室の扉が廊下の真ん中に鎮座していた。
「ここだな……。もうなんか扉から凄いオーラを感じる……」
「絶対部屋の中もすごいって! 早く開けて開けて!」
「ふぅ……よし」
何故か無意識に深呼吸を行うと、そっとルームキーを差し込む。
かちりとハマった音を確認して鍵穴を半回転させると、少し押してあげるだけでドアが開いた。
そしてその部屋の中を覗いた瞬間、テイオーがぽつりと呟いた。
「……家?」
「なんか俺も驚くのも慣れてきたな……」
そう。目の前あったのは、とてつもなく大きなリビングへと繋がる廊下。
右手には水場が設置してあり、何故かバスルームまでついている。温泉があるというのに、部屋の中にまでバスルームがあるのは流石というべきか。
やたらふわふわとした感触の床を進むと、大きな空間にはふわふわなベッドが二つ置かれた洋室が広がっている。
少なくともここだけで俺たちが暮らしている寮室よりも広いのだが、このホテルはそれだけに収まらない。
「すっご……和室あるんだけど……」
「障子でしっかり区切られて、畳もある。掘りごたつまで完備してるし……」
まさかの洋室の隣に、こじんまりとした趣のある和室まで備え付けになっていた。
もうここまで来ると、平屋の一階部分だ。人が長く快適に住めてしまう。
テイオーとは何度か遠征などで一緒のホテルには泊まったことがあるが、あそこは良くも悪くも二人部屋といった感じのサイズだった。
だがこの一応二人部屋となっているこの室内は、見たところあと最低でも三人は泊まれるだろう。
ベッドは二つしかないから、名目上は二人部屋なのか? だとしたら贅沢すぎるだろ……
「これは他の場所も楽しみだなぁ。部屋だけでこんなテンションが上がるだなんて思ってなかったよ」
部屋全体の探索を終えると、テイオーがいつもより若干トーンが高めの声でそう発言した。
そんな彼女につられてしまったのか、俺もだんだんと気持ちが昂ってきたのが分かる。
部屋だけでこれだ。まだ行っていない場所は一体どうなっているのだろう。
そして、目玉の温泉はどこまで広いのだろうか。
「よっし! トレーナー! 早速探検に出発だー!」
その掛け声をきっかけに、俺たちはまだ見ぬ高級ホテルの内部へと足を踏み入れるのであった。
~~~~~~~~
部屋に荷物を置いて部屋から出た俺たちが向かったのは、入り口から見えたホテルのエントランス部分だった。
このホテルは二階部分が入り口になっており、一階はまた別の施設になっている。
三階から上は俺たちも泊まる客室ということなので、最初は二階から探索することにしたのだ。
「ここ何かなぁって思ってたけど、まさかの喫茶店だったんだね」
そんな理由で俺たちが訪れたのは、入り口から正面に見えていた謎の大きなフロア。
ふかふかなソファとガラス張りのテーブルが置いてあり、休憩スペースか何か見えるがまさかお店だとは思わなかった。
確かによく見てみると、メニューが入り口に置いてあったりおしゃれなバーカウンターが存在したりするのだが……
「いかんせん区切るための壁が無いから、お店には見えないよなぁ」
「見て! なんかおっきいピアノある!」
「喫茶店にピアノ……?」
理解が追いつかないオブジェクトもあったりするが、考えてみればここは高級ホテルの中。
それならば喫茶店としてではなく、ホテルの内装の一部として調和する様に作られているのだろう。
よく考えられているなと感心していると、視界にとあるものが飛び込んできて俺の興味を全て奪っていった。
「……あっ」
「なんか面白いの見つけた?」
俺とテイオーが向けた視線の先にあるのは、ここの喫茶店のメニュー表。
そこには美味しそうな色々なスイーツの写真が色とりどりに並んでいたのだが、一番目立つように配置されていたパフェの写真がとても気になってしまった。
季節限定シャインマスカットのパフェと書かれたそれは、高級ホテルの名に恥じないくらいとても美味しそうだ。
甘党としては気になるけど、今はテイオーと一緒に来てるわけだし──
「トレーナー、食べてく……?」
「んっ、いや。別に俺はどっちでも」
「尻尾が凄い揺れてたよ。ボクも食べてみたいから行こ!」
俺の心の声が分かってしまったのか、テイオーは俺と手を繋ぐと軽く引っ張って喫茶店の入口へと移動する。
すると直ぐにスタッフの人がやってきたかと思うと、空いている席に案内してくれたので俺とテイオーは横に並んで座った。
メニュー表を渡してくれたのでぱらぱらと捲ってみると、大人が利用することが想定されているのか豊富な種類のお酒がある。
「お酒かぁ……。俺もいつかお酒とか飲むのかな」
「ダメ」
「えっ、急にどうしたテイオー」
「絶対トレーナーはお酒飲んじゃダメ。飲むならボクかカフェがいるときだけにして」
テイオーのその言い方は、まるで俺がお酒飲んだら何かが起こることを知っているかのようだった。
俺、お酒飲んだ記憶ないんだけどな……未成年だし……
何故か俺のお酒飲む時の未来が決まってしまったところで、スタッフの人に入り口にあったパフェを二つ注文する。
お値段はなんと一つ二千五百円。少し高いように見えるが、今日は少しくらいの贅沢には目を瞑っていいだろう。
注文を終えると、礼儀正しくお辞儀をした店員さんがメニューを持って下がっていく。
開放的な空間過ぎて今更気づいたが、厨房などはどこにあるのだろうか。
「テイオーはどう思う? って、あれ」
そんな取り留めない考えごとをしていたら、何故か隣に座っていたテイオーがいない。
不思議に思って辺りを見まわしてみると、いつの間にか彼女は中央にあった黒い楽器の側にいた。
「すみませーん。これ弾いてもいいですか?」
「構いませんよ。今日はもう使用する予定はありませんので」
「ありがとうございます!」
テイオーはそう言って四角形のピアノの椅子に腰掛けると、鍵盤の蓋をゆっくりと持ち上げた。
そして感触を確かめるためか、何回か音を鳴らしたかと思うとこほんと咳払いをする。
何をするのかと思って彼女の目を見ると、ぱちんとウインクを返されてしまい黙って見ててと言われたかのようだった。
「すぅ──」
その直後、綺麗なピアノの音色に乗せて曲が流れ始める。
迫力がある前奏から、熱が籠ったような手つきで彼女は鍵盤を叩いて音を奏でていた。
かっこいい和音が続いているこのクラシック曲の名前は確か──月光・第三楽章。
かなり速い曲調で休みなく続けられている演奏を、テイオーは躓くこともなくすらすらと弾いている。
「──♪」
可憐で透き通るような雰囲気を醸し出している彼女に、俺は思わず見惚れてしまった。
日常で笑顔を見せるテイオー。レースを走るテイオー。
今までの付き合いで色んな彼女の姿を見てきたと思っていたのだが、どうやらまだ見れてない側面があったらしい。
まるでどこかの令嬢のように清楚な風を吹かせながら、彼女の音色はホテルの一角を包み込んでいた。
そして演奏を開始してから──約七分後。
レースの領域のように空間を支配していたとしか言いようがない彼女の独奏は、ゆっくりと終わりを告げた。
「すごい……」
ヒトは本当に素晴らしいものに直面した時に言葉を失うというが、まさに今の俺はその状況に近かった。
唐突に開催されたプロ顔負けの演奏会に、たまたまその場に居合わせたヒトはみな拍手をし始める。
俺も無意識のうちに手を合わせて彼女に対して拍手を送っていると、とんとんと誰かが体を叩いてきた感覚がした。
その衝撃でなんとか俺の意識は夢見心地から、現実へと引き戻される。
はっと後ろを振り向くと、そこには綺麗な蒼色の瞳が俺のことを上目づかいでじっと覗き込んでいた。
「ボクのピアノ、どうだった? トレーナー。惚れ直しちゃった?」
「うっ、うん……。かっこよかったぞ、テイオー」
その直後、テイオーがにこりといつもとは違ったかっこいい笑みを浮かべる。
俺はそれを見て、ドキリと大きく心臓が揺れてしまった。
いつも一緒にいるテイオーだというのに、何故かバクバクと鼓動がやまない。
そんな別世界のようなオーラの彼女に、俺は顔を合わせることが出来ずにそっと視線を逸らしてしまった。
「ふーん……ところで、なんでボクの方見てくれないの?」
「……っつ。いや、なんかテイオーが違く見えて……かっこよかったぞ」
「まぁ、ボクは天才だからね! もっと褒めてくれてもいいぞよ~!」
テイオーが一瞬何かに気づいたような表情をしたが、直ぐに自慢気に胸を張って尻尾を揺らす。
そんないつもの朗らかなテイオーに戻った様子を見て、俺は内心どこかほっとしてしまう。
……なんで、俺安心したんだ? まるで、さっきまでのテイオーでいたら──俺がおかしくなるみたいな。
「お待たせいたしました。こちら季節のシャインマスカットパフェでございます」
「トレーナー! パフェが来たよ! 食べよ食べよ!」
思考と目をぐるぐるさせていたら、スタッフの人が先ほど注文した二つのパフェを持ってきてくれた。
そういえば、ここに来た理由はパフェを食べるためだったな……。テイオーの演奏が衝撃的すぎて、すっかり忘れてた……。
なんだか顔が熱い気もするが、本来の目的を思い出して一旦冷静に──
「すっご……」
──だがその俺の考えは、目の前の光景に寄ってすぐに打ち消されてしまう。
テーブルの上には緑と白が絶妙な色のバランスで成り立っている芸術作品が、きらきらと輝きを放っていた。
まず最初に目に入るのは、一番上に乗っているいっぱいの大粒のシャインマスカット。
そしてそれと一緒に添えられているソフトクリームと丸いシャーベットが、上段を彩っている。
透明のグラスに入ったパフェは下段が白と紫の層を形成しており、見ているだけでも楽しめてしまう。
テイオーの演奏とは違った衝撃にまた言葉を失ってしまっていると、ぽそりと隣から声が聞こえてきた。
「なんかパフェに負けた気がする……」
普段ならば彼女の呟きにも反応していたのだが、この時の俺はいかんせん魅了状態。
妹のカフェが高級コーヒー豆を手に取って、鼻歌交じりに焙煎してる時の様子に近かったと言えば分かるだろうか。
俺はパフェ用の持ち手が少し長いスプーンを手に取ると、パフェの一番上の層を口の中に入れた。
「──っつ!」
一番最初に食べたのは青々としていたシャインマスカットの部分。
少し歯を当てるだけで簡単に崩れる実は、高級なものを使っていると直ぐに分かってしまう。安いシャインマスカットは皮が固いから、こうはいかないのだ。
次にソフトクリームの部分を掬って舌の上に乗せてみると、するりと抵抗なく溶けてしまった。
「……トレーナーが可愛いくて辛いんだけど」
特に舌触りが優しく、冷たいものを食べた時特有の頭にキンと響く感じも全くしない。
シャーベットも冷たいはずなのに何故か食べやすく、ほんのりとシャインマスカットの味がする。
香りがとても良くて、鼻孔に抜ける果汁の甘さが本当にちょうどいい。
「耳と尻尾がいつも以上にぴこぴこしてる……! 今度トレーナーに餌付けしようかな……」
そして極めつけは下層の段。
紫のグレープ味のゼリーと白のクリームを一緒に運ぶと、口の中で絶妙な甘さで混ざり合い溶ける。
くちどけの良さに感動しつつ夢中になって食べ勧めていると、俺のことをじーっと見つめてくる視線を感じた。
「……俺の顔になんか付いてるか?」
「はっ! いや、大丈夫だよ! ちょっと夢中になってだけだから!」
「このパフェ美味しいもんな。気持ちは分かるぞ」
ここに来ないとこれが食べれないのが、とても残念で仕方ない。近くにあったら通っていたかもしれないのに。
俺がうんうんと彼女に頷いていると、テイオーが何かぽつりと呟いた。
「……トレーナーが、凄い可愛い顔してたから」
だがそれを上手く聞き取れなかった俺は、彼女に対して聞き直すと「何でもないよ」と返されてしまい話が終わってしまう。
こうして。俺はピアノの演奏と高級ホテルのパフェの二つを堪能し、満足して喫茶店を後にするのであった。
テイオーにはあとでちゃんと、演奏の感想を伝えなくちゃな……。上手く、言葉に出来るか分からないけども。
~~~~~~~~
その後、俺たちが向かったのはホテルの一階。
階段を降りた先にあったのは、色々な施設が密接しているエリアだった。
近くにあった案内板を見てみると、温泉にカラオケ、ゲームコーナー、バーなどがあるらしく、ここだけで一つのアミューズメント施設みたいになっている。
テイオーがゲームコーナーに行ってみたいと言うので、道順を確認して目的の場所へと向かっていると、普通のホテル内では聞くことがないであろう音が二人の耳に入ってきた。
「鐘の音……?」
「こっちから聞こえてくる……! 行ってみよ!」
ネイチャが鳴らしていたようなからんからんと鳴るようなベルとは違い、ごーんと重く響く荘厳な鐘の音色。
その音はホテルとは別の建物から鳴っているらしく、俺たちはそれを確かめにいくために一階の出口へと向かうことにした。
ホテルの外へと繋がる道を歩いて中庭へと出た瞬間、今日一番で信じられない光景が目の前に飛び込んでくることになる。
「これ……教会だよな……。鐘ってもしかして」
「トレーナー、こっちみて。凄いよ」
俺たちの視界いっぱいに広がる光景は、別世界の幻想そのものだった。
道に敷かれた長い赤いカーペットの上を歩くのは、腕を組んだ二人の男女のカップル。
片方は黒くピシッとしたタキシードを着た、若々しい姿の男性。服装としては俺がよく着ているスーツ姿に近いのだが、何故かそれよりもカッコよく見える仕上がりになっている。
そして、やはり目を引くのは女性──薄い空色のような綺麗な髪を携えたウマ娘の姿。
「すっごい綺麗なウマ娘だね……。あんな美人さん、見たこと無いよ……」
その空間とは次元が違う箇所にいるかのような彼女は、真っ白なウェディングドレス姿。
肩から胸のラインまでは露出しているが、不思議と狙ったという雰囲気はなく清楚なイメージを醸し出している。
さらにそこから下に広がる大きなフレアスカートは、新婦の体をふわりとレースと共に包み込んでいた。
言葉に出来ない美人とは、今の彼女のことを指すのだろう。テイオーが感嘆の声を漏らしてしまうのにも納得だ。
「……なんか覗き見も悪いな。戻ろうか、テイオー」
「明らかに結婚式だもんね……。部外者は退散退散」
「あら、もっと近くで見て行ってもいいですわよ?」
俺たちは遠くからこの光景を眺めていたのだが、何故か先ほどまではそこにいなかった第三者の声が後ろから聞こえてくる。
二人でびっくりしてばっと後ろを振り向くと、そこにはよく知っている葦毛のウマ娘が立っていた。
ロングの綺麗な髪をたなびかせ、紫のドレスを着た彼女の名前は──メジロマックイーン。
テイオーと一緒に菊花賞を走り、同じ優勝レイを分け合った世代の強者の一人。
「TMN」世代の「M」の担当者であり、メジロ家の至宝とまで言われるウマ娘。
彼女とテイオーは友達でライバルであり、常に切磋琢磨しあっている仲だ。
そんな良く見知った知り合いであるのだが……
「なんでマックイーンがここにいるの?」
丁度俺と同じ疑問を抱いたのか、テイオーが彼女に対して質問を投げかける。
俺たちがここに旅行で来たように、マックイーンもホテルへと訪れて本当に偶然に被ったとかだろうか。
そうなると、今ドレスの格好をして後ろにいた理由とかも気になるが……
「それはこちらも同じ質問を返したいですが……私側から答えますわね」
マックイーンはそう言ってこほんと咳ばらいをすると、顔を教会の方へと向けた。
そこでは先ほどの新郎新婦が、何やらじっとお互いを見つめて絡みあわせている。
「今結婚式をしている二人……メジロ家の方々なんですの」
「なるほどな。だから、マックイーンは関係者としてここにいるのか」
「まぁあのお二方は、今からメジロ家になると言った方が正しいかもしれませんわね」
俺が彼女がこの場所にいる理由に納得して頷いていると、ひゃーというテイオーの声が隣から聞こえてきた。
気になって確認してみると、テイオーが食い入るように結婚式を見つめている。
何事かと思った瞬間、新郎新婦の唇がそっと重なり永遠の愛を誓いあっている姿が目に入った。
それを祝福する様に周りからぱちぱちと拍手が聞こえる中、マックイーンも手を軽く叩きながら補足説明をしてくれる。
「ついでに言うと、ここはメジロ家が経営しているホテルですわ。療養で使われたりもしますわね」
「……まさか、福引の玉のあの色。メジロカラーだったのか?」
「あら、あれ当たったのスターさんたちでしたの? なら本当に今日会えたのは偶然ですわね」
この温泉旅行券が当たった時に出た、薄緑色と白色がボーダーになった独特の色。
特賞の色を想像した時に金色が鉄板なのに、何故こんな玉だったのかようやく合点がいった。
見た時にネイチャも戸惑うのも納得だ……遊び心すぎる。
「ところで……スターさんたちは、これから何かご予定はありますか?」
「特に無いぞ。夕飯の時間まではまだ時間があるしな」
「なら、これはメジロ家からの提案なのですが──」
今考えてみればこの提案が俺の情緒をおかしくしていった、全ての元凶だったのだろう。
だが当時はそんなことも思えるはずもなく。
俺は沼へと足を踏み入れてしまった。そう、してしまったのである。
「──結婚式、お二人も参加したくありませんか?」
~~~~~~~~
気づいたら、俺は着せ替え人形になっていた。
俺は何故かさっきまで見ていたはずの教会にある控室で、恐らくメジロ家のスタッフであろう方々に好きに体を弄られまくっていた。
髪を整えられ、顔に化粧は施され、大量のドレスを着させられ。
「なんでこんなことに……」
もう抵抗するのを最初から諦めていた俺は、ぼーっと鏡を眺めながら数十分前のことを思い出していた。
事の発端はマックイーンが提案してくれた、結婚式への参加について。
最初は先ほどまでやっていた結婚式のパーティーに招待してくれるのかなと思っていたのだが、俺の予想は全くといっていいほど外れることとなる。
「結婚式のリハーサル……と言えばいいのでしょうか。実はここ、ウエディングドレスなどを着れる施設にもなっているんですの」
話を聞いてみると、どうやらここの式場ではホテルの宿泊者が結婚式の体験が出来るらしい。
ウエディングドレスなどを着れることから、若い女性に人気なイベントだそうだ。
本来なら予約が必須なのだが、今回はメジロチケットパワーがあれば解決できるそうで。
「テイオー、ドレス着てみたいか?」
結婚式は女の子の夢……とはよく聞くが、俺は別に興味があるわけではない。
そのためこのイベントへの参加はテイオーに決めて貰おうと思い、彼女に話を振って意志を確認してみる。
するとテイオーは顔を手に当てて少し考えるような仕草を取った後、ぱっと俺の目を見つめるとこくりと頷いた。
「せっかくだしね。マックイーン、頼んでもいい?」
「勿論ですわ。じゃあ、こちらで手続きの方をしてしまいますわね」
「ありがとー!」
どこか嬉しそうに返事をしたテイオーは、にこにこと上機嫌に笑っていた。
そんなにドレス着たかったのかなんてとうっすら思っていると、ぎゅっと手のひらが何かに包まれたような感覚がする。
突然のことにびっくりして尻尾を揺らすと、目の前にいたテイオーが俺をじっと見張っていた。
まるで俺を捉えるかのように手のひらに力を加えた彼女は、期待するかのように上目づかいで話しかけてくる。
「トレーナーもウエディングドレス着るよね?」
「いや俺はテイオーが着たのを見学する予定だったんだけど……」
「トレーナーのドレス姿見たいんだけどなぁ……。ねぇ、ダメ?」
次の瞬間、うるうると蒼色の瞳を揺らしながらテイオーが甘い声でおねだりをしてきた。
テイオーは俺に対して、基本的にわがままを言うことはない。聞き分けはいいし、しっかり俺の話を聞いてくれる。
だから──たまにある、おねだりの破壊力が増す。
「俺のドレス姿なんて見たい人いないだろ……」
「ボクが見たいの! 絶対似合うから、おねがい!」
結果俺の抵抗も虚しく、自分の愛くるしさを全面に出しぐいぐい迫ってきたテイオーに完封負け。
おまけに俺がこういうのに弱いというダメ押しもあり、俺はぽそりと頷くことしか出来なかったのであった。
そんな風にあれやこれやと流され、回想前の今に至るのだが……
「ふぅ……これで完璧じゃろ! 元の顔が良すぎるんじゃが?」
「化粧をへたにすると顔面に負けてしまう件。プロの意地でワイ、やりきる」
「どんな服も似合うなんてデータにない……。私は今からデータを捨てる……!」
その場では何故か死屍累々といった形で、三人の女性スタッフさんがソファや床などになだれ込んでいた。
俺の姿を付きっきりで整えて下さった方たちなのだが、全てをやりきったような全能感を感じている顔をしている。
俺としては「よく分らないのでプロの方におまかせします」とお願いしただけなのだが……何かやってしまったのだろうか。
「えっと……なんかすみません……?」
「いいってことよ! それよりも王子様の元に行ってあげな! 待ってるぜ!」
そう言って全ての準備が終わったというかのように、ぽんと俺の肩をスタッフさんが叩いてくれた。
俺はそれを確認すると椅子から立ち上がり、頭を下げてお礼を言い残すと一人で集合場所へと移動する。
慣れない服装にヒール靴。更には視界までが軽くベールで塞がっているため、かなり歩きにくい。
絶対これ、いつか転ぶ──
「ひゃあ」
次の瞬間、予想していたかのようにバランスを崩してその場に倒れそうになってしまう。
ウマ娘である自分だが、中身は走れないスペックの俺。
咄嗟の出来事に、着地はバランス的に諦めて背中から受け身をしようとしたのだが。
「っと……セーフ、間に合った」
──ふわりと、誰かに抱きかかえられる感触がした。
腰を俺の手に添えて背中から支えてきてくれたのは、黒のきっちりとしたタキシードを着た一人のウマ娘。
長い髪をパーマをかけてふわりと降ろし、綺麗な茶色の鹿毛をたなびかせている。
きりっとした目つきに、輝くような蒼色の瞳。白い流星を流している彼女の名前を──俺はぽつりと呟くように声に出した。
「……テイオー?」
いつものような幼さが混じったような顔ではなく、スイッチが切り替わったように大人びた顔。
レースの時や日常の時のテイオーとはまた違った表情に、俺は言葉を失ってしまう。
するとテイオーが俺に微笑みかけながら、自慢する様に胸を張って口を開いた。
「どうどう? 似合ってる?」
「あ、あぁ……。ドレス、じゃないのか? てっきり、テイオーが着たいと思ってんだけど……」
「ん? ボクが見たかったのはトレーナーのウエディングドレスだよ。だから、ボクはエスコート役」
よっという掛け声と共に俺の体を引き起こした彼女はそのまま俺の右側に立つと、手をぎゅっと恋人つなぎで握ってきた。
思い返してみれば確かに、テイオー自身がドレスが着たいとは一言も言っていない。
もしかして、まんまと彼女の思惑に乗せられた……?
俺がうんうんと唸っていると、テイオーが急に顔を覗き込んできながら甘い声でささやいてきた。
「ほら、やっぱり似合ってる。真っ白なドレスがトレーナーの顔を際立たせてるよ」
「──っつ」
まるで女性のことを口説くかのように、囁き声の低音で言ってくる彼女に俺は上手く目を合わせられない。
今の俺の格好は、プリンセスラインと呼ばれるタイプの真っ白なウエディングドレス。
上半身がタイトと呼ばれる体のラインが出るタイプで、下半身はスカートがふわりと膨れ上がったシルエットのデザインになっている。
更に頭の上からは透明なレースのベールを被っており、靴は履きなれないハイヒール。
いつものようなスーツ姿と違い、化粧までして本当に花嫁のような──
「スター、じゃあお手を拝借。じゃあ、行こうか」
「行くって……どこに?」
「そりゃ勿論。ボクたちの結婚式にでしょ」
次の瞬間、ばんという大きな音と共に目の前にあった大きな扉が開いた。
その先にあった光景は、赤いカーペットが敷かれた光差し込む教会の式場。
硝子のエトワールというのだろうか──ステンドグラスの星の輝きが室内を照らし、まるで結婚を祝福するかのような空気に包み込まれている。
「綺麗だな……」
「でもスターの方が綺麗だよ。美人で可愛いくて……最高のお嫁さん」
「……もう」
照れくさいことを惜しげもなく言ってくるテイオーに、俺は顔を赤くしながらなんとか返事をする。
その後テイオーに軽く引っ張られたかと思うと、そのまま一本に敷かれた赤いカーペットの上を二人で進み始めた。
参加者が誰もいない会場はしんと静まり返っており、かつかつと歩く音だけが響き渡っている。
式場の奥にある一つ段になっている壇上に乗ると、テイオーが手を繋ぐのをやめて俺の正面にたった。
目と目が。顔と顔が向かい合う形。
一歩踏み込んだら触れてしまうような距離を、なんとか薄いベール一枚で守っているような状況。
あれ、これ。なんかおかしいような。何か大事な事を忘れ──
「今は神父さんはいないけど……ボクはキミを愛せることを誓えるよ。……スターは?」
「お、俺は……」
そのままそっとベールを捲ってくるテイオーの優しい手つき。
花嫁を讃えるようなこの空気の中で、俺は頭が真っ赤に染まり切っていた。
今は結婚式をやってて、俺は花嫁で……テイオーが新郎で。
もう二人の間を遮るものは何もないようなこの距離感の中、唇と唇が何かあれば重なる瞬間。
俺は。俺も、テイオーのことを──
「──好き」
「……ん?」
「好きだぞ、テイオー。だけど……」
俺はなるべく「いつもの雰囲気」を心がけて、ぺしっとテイオーの頭を撫でる。
なんとか二人の「距離」も元に戻して、目をぱしぱしと数回瞬きする。
そしてふーっと何か自分の中のものを全て吐き出すように呼吸をすると、俺は「担当ウマ娘」になった目の前の可愛らしくもカッコいい新郎にこう言ってあげた。
「こういうのは、またいつかな」
~~~~~~~~
結婚式場での一幕を閉じた後。
夕飯まで時間があるということで、俺たちはこのホテルの目玉の一つである温泉へと足を運んでいた。
ウエディングドレスで動き回ったせいか俺自身も少し汗をかいてしまったので、早めに体を洗ってさっぱりしておくのも悪く無いだろう。
既に寮のお風呂より大きな脱衣所に戦慄しながら温泉へと入口の扉を開けると、目の前には綺麗なタイル張りになった浴場が広がっていた。
和風というよりかは、洋風の温泉。ぱっと見でもいくつもの種類の浴槽があり、ホテルのメインになっているのも納得できる。
「お風呂おっきいー! ねぇねぇ、どれから入る?」
「先に体洗ってからな。温泉は逃げないぞ」
いつもでは見れない温泉にテンションが上がっている彼女を軽くなだめて、二人でシャワーのある洗い場へと移動する。
少し早めの時間に来たこともあって浴場は空いており、隣で席を取れるくらいには余裕があった。
貸し切り……とまではいかないが、これでもかなり贅沢に堪能できるだろう。
「あっづ!」
「なんかこういうところのシャワーって、温度熱い時あるよな……」
温泉あるあるのトラップに引っ掛かっているテイオーを横目に、俺は寮から持って来た自分用のシャンプーやボディーソープなどを取り出した。
ホテル備え付けのものを使っても良かったのだが、慣れ親しんだものを使った方がいいと口すっぱく担当たちに言われてしまったからな。
「あっ、今日はボクのやつじゃん」
そう言って彼女が指さしたのは、俺のシャンプーボトル。
パッケージをよく見てみると、彼女が持ってきているシャンプーと合致している。
なぜ全く同じものを使っているかには理由があり、それは俺がテイオーとカフェのシャンプーをローテーションして使っているからだ。
昔シャンプーなどを男性用で済ませていたころ、テイオーに注意されたのはいいものの何を買えばいいのか全く分からなかった。
その結果、俺が考えついた答えは「テイオーが使っているものを使えば問題ないだろう」というもの。
これが問題になったのは、俺のチームにカフェが加わった時。
──ズルいです……。姉さん、私のシャンプーも使ってください……。
それからテイオーセットが無くなったらカフェセットへというループが完成したのは、言うまでも無いだろう。
個人的には何も考えずにおすすめを買えばいいのだから、美容関係苦手族としてはとても楽なのである。
時々知り合いたちに匂いが「テイオーに近い」とか「カフェに近い」と言われることがあるが、それはこれが原因だ。
そんなことを考えながらお湯で一度保湿した髪に、俺はもこもこと泡立てたシャンプーを乗せる。
いつも通りの手順でリンスまでしっかりと使いつつ頭を洗い終え、次に体を洗おうかと準備していると俺の肩を後ろからとんとんと叩いてくる人物がいた。
「ねぇ、洗いっこしよー!」
わくわくといった様子でそう話しかけてきたテイオーは、もう既に準備万端といった様子で片手にボディーソープを。もう片方にボディタオルを持っている。
俺が断ることを全く考えてないような、先に動いてしまう行動は実に彼女らしいといえる。だがダメなことは絶対にしないので、ちゃっかりしているというかしっかりしているというか。
「どうぞ。痛くしないでくれよ?」
「勿論!」
そう言うとテイオーは俺の背中にボディタオルでそっと触れると、優しくごしごしと洗い始めてくれた。
絶妙にテイオーの力加減が上手く、俺も気持ちよくなって尻尾を軽く揺らしてしまう。
普段触りにくい所を、他人に洗ってもらうというのも悪く無いな。
「トレーナー、なんか柔らかくなったねぇ」
「えっ、太った? 少しダイエットしなくちゃいけないか……?」
「違う違う! ほら……昔はすっごい体細かったからさ……。ボクは今くらいが好き」
確かに俺がトレーナーとしてトレセン学園に来た時は、今よりも痩せてガリガリだった気がする。
ウマ娘なのに全く食べないから、テイオーから凄い心配されたものだ。
今となってはしっかりと食事は取っているため、そんなことは全くないのが幸いといったところか。
「ほら、お礼にテイオーも洗ってあげるぞ。背中こっち向けてくれ」
「はーい。どうぞ!」
背中をシャワーで綺麗に洗い流した後、俺もお返ししようと思いタオルにボディーソープを泡立てる。
そしてそっと彼女の背中に触れると、しっかりと体幹を感じられるような背中の感触が伝わってきた。
俺とは違い、テイオーはトゥインクルシリーズを走る現役のウマ娘。
鍛え方が違うのは勿論だが、この背中に色々と乗せて走るようになったんだなとしみじみと感じてしまう。
「大きくなったなぁ……」
「え! ボク身長伸びたかな!?」
「それは前から変わってないぞ」
「むぐぐ……。せめてネイチャより大きくなりたい……」
俺はこのままのテイオーが一番好きなのだが、本人はもう少し大きくなりたいらしい。
──十分頼りがいのある背中だと思うぞ。
そう言った俺の想いは、彼女に伝わっただろうか。
水が流れる音の中、彼女はゆらりと尻尾を揺らして返事をしてくれたのであった。
~~~~~~~~
体をしっかりと洗った後、俺たちは屋内にある一番大きな浴槽へと体を沈めていた。
少し白く濁ったこのお湯は肌触りがすべすべとしており、案内板を見たところどうやら肌への保湿効果があるらしい。
そんな大きく足を伸ばしてゆったりと温泉に浸かれる中、俺はテイオーに対して質問をしていた。
「……ところで、なんであんなことしたんだ?」
あんなこととは、言うまでもなく先ほどの結婚式場で行われていたスーパーテイオータイムである。
いつも以上にかっこいい顔をして、まるで女性を口説くかのようにふるまっていた彼女の姿は似合ってはいたが──らしくはない。
そう直感で思った疑問は、彼女の可愛らしい答えによってすぐに氷解した。
「うぇ……だって、トレーナーに見て欲しくて……」
バツが悪そうに口まで顔を沈めて水面にぶくぶくと泡を浮かべながら、テイオーが発言する。
あの似つかわしくない言動も、俺のことをトレーナーとは呼ばなかったことも。
全て、俺に振り向いてほしかったため。
「なんだ……そんなことだったのか」
「……まぁトレーナーが可愛すぎて手が滑ったっていうのもあるけどさ」
「なんだって?」
「なんでもなーい!」
ぼそぼそと何か呟いた彼女の言葉は、ばしゃばしゃと水面を叩いた音によってかき消されてしまう。
あの時は俺もドキドキしてしまい変な感情にのまれそうになってしまったが、確かめるまでもなく俺の心は決まっている。
「別にそんなことしなくても、俺はテイオーに夢中だから大丈夫だぞ」
「えっ、それって」
これに関しては事実だ。
トレーナーを目指してから、今に至るまで。俺は「トウカイテイオー」という一人のウマ娘に心奪われているのから、ここまでやってこれている。
ずっと隣で走り続けられて、お互いがお互いに夢を託せる関係。それが、俺とテイオーの絆だと思っている。
「確かにそうなんだけどそうじゃないっていうか……。まぁいいや! それがボクのトレーナーだし!」
ばしゃんと勢いよくテイオーがその場で立ち上がると、温かい波がゆらゆらとその場に発生する。
肩にぶつかってぴしゃりと跳ねたお湯が顔に少しかかったかと思うと、テイオーが俺の手をぎゅっと掴んできた。
「トレーナー! 色々な種類の温泉があるみたいだし回ってみよ!」
彼女がいつも浮かべている可愛らしい笑顔は、俺の心をどこかほっと安心させてくれる。
あのテイオーでいられると、俺もずっとドキドキしっぱなしだったし。かっこいいテイオーも好きだけど、やはり今の方が落ち着く。
「せっかくだしな。湯治っていうのもあるくらいだし、しっかり堪能していくか」
俺は転ばないようにゆっくりと立ち上がると、この温泉施設を満喫するために移動し始めた。
いくつもある浴槽の中で俺たちが最初に向かったのは、ジェットバスと呼ばれる壁から泡がぼこぼこと勢いよく噴き出しているお風呂。
肌に泡が当たると、もこもこと独特のマッサージみたいな感覚がして面白い。
「ふぉ~もこもこしてる~」
テイオーも楽しくなったのか、テンション高めに体をぱたぱたと動かして遊んでいる。
こうして一通り満喫したら、次の湯船にへと向かう。ぷちお風呂ツアーが開催されていた。
「しびれる~」
「なんかちくちくしてて、初めての感覚だな」
電気風呂に浸かって、ピリピリと痺れてみたり。
「なんだろこのボタン、ぽちっ。あべべべべ!」
「なんの空間かと思ったら打ち湯か。大丈夫か?」
「なんかいきなり上から勢いよくお湯出て来たんだけど!?」
打ち湯を浴びせられて、テイオーが変な声をあげたり。
「あーこれいいな……。温度加減が良くて寝ちゃいそう……」
「ぐぅ……」
「流石に風邪引くから起きてな?」
寝湯でのんびりと横になって、宙を見上げて見たり。
「……流石にこの壺風呂は一人用だろ」
「……でも入れたし」
狭めの壺風呂に二人で収まって、お湯を溢れさせてみたり。
一通りの湯船を制覇して楽しんだ後、俺たちは最後に既にただならぬ気配を放っている露天風呂へと向かうことにした。
外へ出るための扉を開けると、そこは中とは違い石畳になった和風の温泉。
大きな岩で囲まれた浴槽と暗くなった外の明るさが、和の心を刺激してくるような。そんな雰囲気。
少し温度が高めのお湯に脚からゆっくりと入ると、はぁと息を吐き出しながら肩まで浸かった。
一緒に温泉を回って分かったのだが、テイオーは熱めの温度にずっと浸かるのが苦手そうだった。俺は逆に温度が高いとうれしい派。
「綺麗だねぇ……」
「そうだな……」
リラックス効果が高い環境にいるおかげか、普通にお風呂入るよりも心身の疲れが取れている気がする。
いくら体の疲れが寝れば回復する俺でも、心までは直ぐに休まるわけではない。
そう考えると、こうやって温泉で湯治をするのはいい機会だったのかもな。
だからこうやって普段ならしないことも、してしまっても雰囲気のせいにして。
「ひゃっ」
「……」
「トレーナー……?」
「今だけ、このままでいいか?」
お湯の中で動かしにくい尻尾を頑張って揺らし、俺の隣に座っていたテイオーの尻尾に絡める。
尻尾と尻尾を合わせることに、どんな意味があるかは分からないけど。一番落ち着く気がしたから。
そんな俺にテイオーは断らずに、そっと付き添ってくれる。
またこの景色を見れるといいなと。想いも込めて。
~~~~~~~~
お風呂でほかほかに温まって、心も体も癒された後。
俺たちは温泉旅行券とセットになっている食事をするために、ホテルのレストランへと向かった。
ホテルといえばバイキングとかと勝手に思っていたのだが、そこは高級ホテル。
まさかの中華フルコースとなっていて、格が違っていた。
オマール海老に鮫のふかひれ、鮑、松茸などなど……。普段は絶対に食べないであろう食材をふんだんに使った料理の数々の感想は……まぁ月並みに美味しかったとだけ言っておこう。俺は特別高級舌ではないのだ。
それからは特に予定もなかったのでテイオーと相談した結果、部屋の中で夜まで雑談しようということになった。
旅行といえば夜更かし枕投げでしょと力説されたのだが、トレーナー的には早めに寝て欲しいのだが……。
「ねぇ、おねがーい!」
「……今日だけな。特別だぞ」
「やったー! じゃあお菓子とかジュースとか買うもんね!」
本当に今日の特例ということで、俺個人として許可を出してあげた。
こういう旅行なんて常にあるわけでもないし、たまに夜更かししてもバチは当たらないだろう。なんたってご褒美の旅行なのだから。
そういった経緯もあり俺とテイオーはホテルの一階にある売店へと足を運んだのだが、そこですらレベルが違っていた。
ホテルの売店と言ってもコンビニが小さくなったものくらいだと思っていたのだが、何故かそこにはブランドの服に時計にバッグまで売られている。
勿論おみやげとかお菓子などのスペースもあったのだが、高級品と一緒のスペースに置いてあるせいで違和感が凄い。
「カフェへのお土産も買っていかないとな……。コーヒー豆は流石に無いか」
「クッキーとかでいいんじゃない? ボクはもうお土産確保したし」
せめてコーヒーに合いそうなお茶菓子をと思って探していると、ふと気になるものが視界の中に入った。
それはキラキラと輝く蒼色の星の装飾品が、銀色のチェーンによって繋ぎ留められているネックレス。
「うっ……」
「なになに? なんかあったの?」
分かりやすく耳を揺らして反応してしまったのか、テイオーが俺の視界の中に入ってくる。
普段の俺であれば、そんな気にすることもないただの装飾品。
だけど何故か。本当に自分でも何故か分からないが、一目見ただけのネックレスに目を離せない。
欲しいけど、特に今すぐ必要な物じゃないしな……。あぁ、でもこういうのって出会いが大切とも聞くし……。けど、普段からおしゃれに気を使う自分でもないし……。
「これ欲しいの?」
「……ん、いや。いいよ。別に必須じゃないし──」
「すみませーん。店員さん、これくださーい!」
俺が一人でうんうんと唸っていると、いきなりテイオーが店員を素早く呼んでネックレスをショーケースから出して貰ってしまっていた。
そして値段を見ずにどこから取り出したのか黒色のカードで支払ってしまったテイオー。
あまりの一瞬の出来事に、俺は口を出せずにぽかんと見守ることしか出来なかった。
「はい、これ! ボクからのプレゼント!」
「えっ、いいのか……?」
「凄い欲しそうにしてたじゃん。それに、ボクもトレーナーに似合うと思ったし」
「でもそんな安いものじゃないだろ……? 俺が払うからさ」
「あぁもうそんなごちゃごちゃ言わないの! ほら頭下げて!」
そう強く言われてしまったので、俺はテイオーに向けて頭を軽く下げた。
そして彼女は俺の頭にそっと触れると、ゆっくりと先ほどのネックレスをかけてくれる。
目を開けると俺の首元には、蒼色に綺麗に輝く星のネックレスが存在していた。
「やっぱりボクの思った通りじゃん! 凄い似合ってる!」
「……なぁ」
「何? トレーナー」
今なら一目惚れしてしまった理由も分かった気がした。
蒼色の星なんて、自分から答えを言っているようなものじゃないか。
少しの気恥ずかしさを覚えながらも、俺は自分の中でせいいっぱいの笑顔で彼女にお礼を言った。
「──ありがとう、テイオー」
「どういたしまして!」
テイオーと俺の間に、かけがえのない絆を感じる。そんな、幸せなひとときだった。
素敵な挿絵もついている本の方もよろしくお願いいたします。
一章はウエディングドレス姿のスターちゃんが見れます。
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↓
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メロンブックス(実本)
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