パラレルワールド。
平行世界とも言われるその概念は、ある世界から分岐しそれに並行して存在する別の世界のことを指す。
簡単に言うのであれば、選択や結末が違うもしもの世界。
自分でどうにか出来た選択肢の取り違えや、根底から概念が覆るものまで。
例えば、つい最近俺が読んでいた本なんかまさにそうだろう。
もし、この世界に「ウマ娘」の代わりに「馬」が存在していたら。
実際に俺の前世にはウマ娘なんていなかったし、今いる世界はパラレルワールドの一種なのかもしれない。
さてここまで長々と語ってしまったが、どうしてこんなことを言い始めたかといえば。
「ふーん、こっちのアタシはこんな感じなのね♡」
何故か──二つの世界と世界が交わってしまったからである。
~~~~~~~~
吹く風はまだ肌寒いが、降り注ぐ日の光はぽかぽかと暖かい。そんな春の訪れを感じる日に、それは起きた。
三女神像の近くのベンチで飲み物を持参しながら座っていると、並木の奥からトタトタと石畳を蹴る音が聞こえてくる。
「ボクがいちばーん!」
「はぁ……はぁ……今回は負けですか……」
「今回もでしょ? ボクに勝とうだなんて百年早いのだ!」
「分かりました……なら、最後の全力を3000mからにしましょう……」
「えー……2000mでいい?」
そんな会話をしながら俺の方に近づいて来たのは二人のウマ娘。
トウカイテイオーとマンハッタンカフェ。チーム「デネボラ」所属のウマ娘で、俺の大切な担当ウマ娘でもある。
今日は普通にトレーニングの日。
天気が良い今日は、ロードワークということで公道を使ったトレーニングをして貰っていた。
トレセン学園を出て路上の坂道を併走し、最後にトレセン学園のターフを使い指示した距離を全力で競い合う。
正しいフォームを意識させつつ長い距離を走らせることで、心肺強化及びスタミナを付けるトレーニングに繋がる。
更に景色の変わらないターフの上をずっと周回させるよりも、外を走らせることで気分転換にも繋がるのだ。
「お疲れ様。カフェはまだデビューしたてだからな。テイオーに勝つのは難しいさ」
「ですが……」
「それよりも本格化に入ってからの身体づくりの方が大事だ。クラシックレース、挑みたいんだろ?」
「……はい」
「カフェはテイオーよりは大器晩成型だと思う。だけど、クラシックには間に合う成長速度はしてるし……このペースなら弥生賞を目安に優先出走権を獲得しに行ってもいいかもな」
テイオーとカフェ。
この二人は全く向き不向きが異なっており、トレーニング方針も全く異なってくる。
分かりやすいところで言うと、テイオーは先行型のステップを踏むタイプに対しカフェは差しで後ろから確実に差すタイプ。
テイオーが速さと瞬発力で抜け出すなら、カフェは歩幅とスタミナで追い越してくる。
走れる距離は同じでも得意な走法が違う彼女たち。
そんな彼女たちを導く仕事であるトレーナーは、難しくもやりがいを感じる。自分が心から向いてる仕事で、これ以外の道は考えられないくらいに。
だから、その時ふと思ってしまった。
「俺がトレーナー以外かぁ……」
「えっ!? トレーナー、トレーナーやめるの!? やだよやめないで!」
「違う違う、テイオーとカフェを置いてやめるわけないだろ? いやちょっとな。俺がトレーナーになってなかったら、今頃何やってるのかなって」
「びっくりしたぁ……そういうことね」
テイオーが大きな声を出して驚いていたが、理由を話すと直ぐに納得してくれる。
そして、俺の最初に言ったことに対してこくりと首を傾げた。
「……だって、トレーナーがトレーナーにならなかったらさ。ボクと出会って無かったってことでしょ?」
「まぁ……そうなるかもな。そもそも、トレーナーに目指すきっかけが無いだろうし」
俺がトレセン学園のトレーナーになろうと夢見たのは、テイオーから送られてきたレース動画から始まっている。
そこから二人でトレセン学園に入る約束をして、出会い、夢を叶えた。
今考えると、少し出来すぎな気もするが……
「んー……じゃあ、結論! どうやってもボクに出会ってトレーナーになる!」
「ふふっ……なんだそりゃ」
「だって、運命だからね! そう簡単に覆らないのだ!」
運命。交わるべくして交わった糸のような物語は、確かに俺たちを表すのにぴったりな言葉かもしれない。
俺たちが二人で顔を見合わせながら笑っていると、カフェがそこに一つの話題を落としてきた。
「ならもし……姉さんがトレーナーにならなかったら、何になってたと思います……?」
「うーん……なんだろうな……」
「トレーナー、頭いいしお医者さんとか似合いそう!」
「ありそうですね……。エリートのお医者さんとか姉さんにぴったりです……」
そんなもしもの話。
絶対にそんなことは無いのだが、例えばテイオーがトレセン学園に入らなかったら。カフェが妹じゃなかったら。
そんな他愛も無い会話をしながら、ミーテイングを行うためにトレーナー室へと向かう。
水分補給と汗拭きをしっかりとした後、自室でもある部屋の扉を開けようとするととある違和感に気づいた。
「鍵が開いてる……」
「珍しいですね。姉さんがこういうこと忘れるなんて……」
「いや鍵かけた記憶はあるんだが……」
とは言っても、この部屋の鍵を持っているのは俺とテイオー、カフェの三人だけ。
細かい所まで見ると寮長がマスターキーを持っているが、流石にこれが運用されることは基本ないだろう。
そして、俺は扉を閉めた記憶がある。記憶に関しては、絶対に嘘を付かない。
なら、一体誰が?
「幽霊とか……?」
「ぴえ!? まだ夏じゃないんだけど……」
「……オトモダチは首を横に振ってますね。ですが、部屋の中に誰かいるようです」
部屋に誰かいる。
そう言われて、俺はぴくりと思わず耳を動かしてしまう。
無断侵入してくるウマ娘なんて考えたくも無いが、一応警戒だけして。
「……開けるぞ」
扉を引いて、部屋に入るための一つだけのドアを開ける。
そして次の瞬間俺の目の前に飛び込んできた光景は、俺の思考を停止させるのに十分な情報量だった。
「ふーん、こっちのアタシは……こんな感じなのね♡」
俺のベッドに勝手に腰をかけていたのは、トレセン学園の制服を着たとあるウマ娘。
彼女を一言で表すのであれば、活発な見た目をしたギャル。
健康的にこんがりと焼けた褐色の肌。尾花栗毛で金色のショートカットの髪の毛と尻尾。
ぴしっと鍛えられているであろう体に、この空間の中で一番ふっくらと膨らんだ胸部。ぱっとみで80以上はある。
そして俺とカフェと同じ──琥珀色の瞳。
「誰……? トレーナー、知ってる……?」
「知らない……。俺が直接顔を合わせたヒトは全員覚えてるはずだけど、記憶にない……」
「えっ、なにそれカイチョーみたい」
ひそひそと顔を近づけてテイオーと話していると、見知らぬ彼女はそれを見てにこりと微笑む。
そして「レースを走るウマ娘」の力強さを感じる足をゆっくりと組み合わせると、妖艶さを感じさせながら口を開いた。
「ホント? アタシなら分かるはずだよ? ヒントは灯台下暗しってところかな♡」
「……まるで、会ったことあるみたいな話し方ですね」
「そんな警戒しなくてもいいじゃない。なんなら、毎日会ってるわよ?」
「毎日……?」
そう言われて、もう一度注意深く彼女の容姿を確認してみる。
金髪、褐色肌……記憶にはそれに該当するウマ娘はいない。過去のレースに出てたウマ娘でも無い。
いやそれよりも。もっと基礎的な、体の骨格の方で。髪も肌も後から染められたものであれば。
「やーん♡ 視線が熱いわねぇ♡」
もっと考えるなら、そもそもなんで彼女はこの部屋にいたんだ?
俺と、テイオーと、カフェ。この部屋を自由に出入り出来るのはこの三人だけ。
いや、待てよ。前提は覆らない、答えに辿り着く。
部屋に入れたのは、そもそも三人の内の誰かだから……?
「まさか。でも、ありえないだろ……それは。そうなったら、ここに俺が──」
「おっ? アタシに気づいた? なら、そろそろ答え合わせといきましょうか」
突拍子もない考えに辿り着いて頭を抱えていると、彼女がベッドから立ちあがり俺たちを見つめてくる。
こうして見ると、本当にそっくりだ。だからこそ、先ほどの考えに信憑性が増してしまう。
目の前にいるウマ娘は胸に手を当てると、自己紹介をし始めた。
「アタシはスターゲイザー。でも、今はクロノスターって名乗ってる。出身は別世界のトレセン学園」
彼女が言っていることが本当ならば、この部屋にいることも説明がつく。そりゃ、俺なら自分の部屋の鍵くらい持っているだろう。
そして、毎日会っている発言。確かにヒントだ。自分自身と常に付き合っているのだから。
肉体に関してもこの目に映る骨格や筋肉の付き方、体の癖の情報が俺本人だと証明している。
「気軽にクロノちゃんって呼んでね♡」
クロノスターと名乗った彼女は、可愛らしくウインクしながらそう言った。
~~~~~~~~
衝撃の自己紹介を終えた後、俺たちはクロノスターをソファに座らせて更に話を聞く態勢を作っていた。
なんとも言えない空気の中、焙煎を終えたカフェが客用のマグカップに黒い液体を入れて持ってきてくれる。
「コーヒーです……」
「ありがとー♡ ん、これはカフェが一番好きなコーヒーかな」
「なんで、それを知っているのですか……」
「え? アタシはカフェのお姉ちゃんだから♡」
「私の姉は一人だけです……。なんか否定もしにくいのでやめてください……」
「あぁん、カフェに振られたぁ」
よよよとオーバーリアクションを取っている彼女を見ると、俺なら絶対にあんな事しないと確信してしまう。
しかしその後に備え付けの角砂糖を一つカップに入れるのを見てしまうと、何とも形容しがたい気持ちに襲われる。こういう細かい好みまで似ているのだから、本当に恐ろしい。
俺はちょっとげんなりしているカフェを手招きで呼び寄せると、耳元で囁いて会話をし始めた。
「……やっぱりあれ、俺だと思う?」
「……認めたくはない、ですが。魂の形が、姉さんと全く同じです。この世界に魂が同じ存在なんて普通はいないはず、なのですが……」
「俺の目とカフェの目で確認して否定できないなら、やっぱり俺なのか……」
表と裏で確認取ってそこまでの状況証拠が得られてしまっているのであれば、それを否定することも出来ない。
となれば、なんでここにいるのかだ。
俺はそれを尋ねるために、クロノスターに対して質問を始めた。
「色々と聞きたいことが多すぎるが……まずは根本的なところから。なんで、貴方はここにいるんだ?」
「うーん? ほら、それはさっき言ったじゃない。別世界のトレセン学園出身って。つまりはそういうことよ」
あまりにもアバウトで投げやりすぎる彼女の言い方に、俺はもう一度頭を悩ませる。
俺ならもっとかみ砕いて説明するものだが、彼女はそうではない。
同じ「スターゲイザー」という括りでも、性格とかは全く異なるってことか。
そんなことを考えていると、テイオーがぽつりととある単語を呟いた。
「クロスオーバー……」
「クロスオーバー……ですか?」
テイオーが呟いたのは、よくアニメや漫画の創作で聞く言葉。
そっち方面に疎そうなカフェは、かくんと首を傾げながら不思議そうな顔をしていた。
俺はそんな彼女に対して、トレーナーとして指導するような速度で言葉を話しかける。
「言葉の意味だけを考えるんだったら、異なる要素が境界線を超えて交わることだな。だけど、この場合は──」
「別の世界どうしが交わってしまうこと、ね♡ テイオーちゃん、正解!」
「なんか知らないヒトに言われてるはずなのに、日常のような既視感……。変な感じする……」
「そりゃ、アタシはスターゲイザーだから」
にやにやと笑いながら、クロノスターはそういつも俺がテイオーに話しかけるように口を開く。
そのイントネーションも褒め方も、なんだか鏡越しの自分を見ているみたいで落ち着かない。
もうここは彼女がもう一人の自分であると認めたほうがいいだろう。
だが、それでも納得できないことがある。
「じゃあ二つ目の質問……。なんで、ここに来たんだ?」
俺が世界に二人いるというバグ。
世界と世界が交わるなんて普通じゃないことを引き起こしてまで、俺に会っている理由が全く分からない。
そんな当たり前の疑問を投げかけると、彼女は目を細めながら重々しく口を開いた。
「それはね……アタシもよく分かんない♡」
「……は?」
「だって、目が覚めたらこっちの世界にいたんだもん。むしろこっちが教えて欲しいくらい」
手のひらをパタパタと動かしながら、お手上げのポーズを取るクロノスター。
じっと目を見つめてみるが、嘘を言っているような瞳には見えない。
「なあ、クロノスター……」
「クロノでいいよ♡」
「……クロノはどうやって元の世界に帰るつもりなんだ? このままなわけにもいかないだろ?」
そう当たり前のことを訊ねると、彼女は顎に軽く手のひらを当てて何かを思い出すような仕草を取った。
そして次の瞬間、ぱっと顔を上に上げるとにこにこと笑いながら楽観的に口を開く。
「大丈夫大丈夫! いつか戻れるって!」
「そんな適当な……」
「へーき、へーき。アタシ、あっちでもよく勝手に外出するから、知り合いも慣れてるよん♡」
テイオーとカフェがそういう問題なのかと言いたげな顔をしながら、クロノのことをじっと見つめている。
呆れた感情が強く含まれていそうな二人の視線だが、俺はそれよりも違和感を覚えてしまった。
投げやりに。そして適当に言っていそうだが、どこかその言葉は無理してるように聞こえる。
本当に僅かな差。多分本人でも気づいてないかもしれない、影で曇った瞳。
それに気づいた俺が彼女に話しかけようとした瞬間、彼女は急にソファから立ちあがりテイオーの方へと近寄って行った。
「そんな気にしても仕方ないことよりも~♡」
「ぴえっ!?」
「アタシはこっちのテイオーちゃんとカフェと遊びたいな~って♡」
ぎゅっとテイオーに思いっきり抱きつく、クロノ。
それを引き剝がそうとするテイオーだったが、力負けしているのか全く動きそうもない。
俺だったら力弱いはずだが……これも別世界の影響という事なのだろうか。
そんなしなやかな肢体をべたべたとテイオーにくっつけながら、頭や耳をを撫でたりして彼女をどんどん無力化していく。
そして最後にテイオーの耳元にクロノは口を近づけると、湿っぽい声でそっと呟いた。
「大好きだぞ……♡ テイオー♡」
「うっ……」
力がガクッと抜けたように、テイオーがその場にぺたんと女の子座りで倒れてしまう。
それを見たカフェが一気に俺をかばう様に腕を広げ、臨戦態勢を取ってきた。
いや……一体何が起こってるんだ……?
「……あれは、危険です。姉さんは離れてください……」
「いや、状況が理解がいまいち理解出来てないんだが……」
「彼女、テイオーさんが姉さんから言われたら嬉しいことを容赦なく言いました……! しかも至近距離の直で……!」
「えぇ……?」
つまり、今はクロノは俺の真似をして話しかけたということか。真似も何も、本人ではあるけど。
というかテイオーは、俺に好きと言われてそんなに嬉しかったのだろうか。頼まれたらいつでも言ってあげたのに。
……テイオーが大好きだなんて当たり前のことだし。
「私も喰らったらただでは済まな──っつ!」
「残念♡ ガラ空きね♡」
次の瞬間、先ほどテイオーの近くにいたクロノが素早くカフェの隣へと近づいてくる。
そしてばっと彼女に思いっきり抱きつくと、すりすりと撫でるように体を擦りつけた。
まるでマーキングしているような姿に流石に危機感を覚えた俺は、彼女を引き剥がそうとしたのだが……
「ふぅ~~~♡」
「んあ……」
その前にクロノがカフェの耳に、優しく息を吹きかけてしまっていた。
攻撃を直に喰らったカフェは、ふにゃふにゃと力が抜けて床に倒れ込みダウン。
それを見て満足げに頷いたクロノは、俺の方へとゆっくりと近づてくる。
「カフェは耳が弱いのよね。知っておいて損は無いわよ、お姉ちゃん♡」
「……で、俺に何をする気だ?」
テイオー、カフェを倒して次は俺。
護衛とは違うのだろうが、順番にノックダウンしてきた彼女は一体何を考えているのだろうか。
無意識のうちに足を少し開き腰を下げて構えてしまっていると、クロノの口から放たれた言葉は予想外のものだった。
「ねぇ、スターちゃん。今から時間ある?」
「ある……けど」
「じゃあ、決まりね♡ アタシとデートしましょ♡」
「……は?」
俺はその言われたセリフを聞いて、一瞬固まる。
本当に、自分のことなのに何を考えているのか分からない。
~~~~~~~~
テイオーとカフェがクロノから受けた攻撃から回復した後、俺は何故か彼女と一緒に出かける準備をしていた。
俺と出かけると言った時は二人も一緒に行くと必死に主張してきたのだが、クロノは俺とだけ一緒に出かけたいらしい。
「トレーナーをこのヒトと一緒にしたら危ないから、ボクも行く!」
「私も同じ考えです……!」
言ってくる二人の気持ちは分からなくもないのだが、俺はそこまで危機感は持って無かった。
自分自身というのが大きいのかもしれないが、何か騙そうとかの悪意を持って近づいてきているようには見えない。
それに、彼女がここまできた理由はなんとなく分かってしまったのだ。
そんな彼女を、放置なんて出来ない。
「大丈夫だから……。俺が俺に、何かするわけでもないだろ?」
「ほんとー? 信用できないんだけど」
「……怪しいです」
「え~、そこまで言うなら襲っちゃおうかな~♡」
「ほら、なんか言ってるし!」
揶揄う様にクロノが何か言っているが、取り敢えずそれは無視しておく。
確かに俺が彼女を信頼していることに根拠があるわけでもないし、二人に説明するには難しい。
テイオーとカフェ関連以外は、理由付けで動くことが多い俺には珍しいくらいの勘。敢えて言うのであれば、自分自身だからだろうか。
どうしたものかと悩んでいると、クロノがきゃいきゃいと騒いでいる二人の元にふらりと近寄っていくのが見えた。
「しょうがにゃいなぁ……♡ これ見せてあげるから、今回は譲ってくれない?」
彼女がそう言って懐から取り出したのは、何かが映った携帯の画面。
俺の立ち位置からだと角度的に良く見えないのだが、二人にはしっかり見えてるみたいで視線がそっちの方へと移っていた。
「……えっ、なんですかこれ」
「……いや、これってさ」
「正真正銘アタシよ? 大分前のだけど、逆に面影残ってるかもね」
発言を聞く限り、何かの写真を見せているのだろうか。しかも、恐らくクロノの。
別にそれは構わないのだが、クロノの写真ということは俺の写真ということにもなる。
なんだか俺が知らない自分の体を見られているみたいで、なんだか落ち着かない。
そんなことを思っていると、二人が同時に顔を見合わせてこくんと頷く。
「……貸し一だからね」
「今回ばかりは譲ります……」
「ありがと~♡ 帰ってきたら、もっと見せてあげるから♡」
次の瞬間、あんなに渋っていたテイオーとカフェが速攻でクロノに折れてしまっていた。
いや、一体何を見せたんだ。もっと見せてあげるって、俺の体で何を。いや、クロノの体なんだけども。
「じゃあ、行ってくるわね~♡」
それを気にする前に、俺は彼女に腕を掴まれて部屋から連れ出されてしまう。
その力は思った以上に強く、俺は抵抗することも出来ずに隣を歩くことしか出来ない。
とはいえこのまま無抵抗のまま連れ去られるわけにもいかないので、彼女に対して一応質問を投げかけることにした。
「……デートってどこに向かうんだ?」
「ん~、そうねぇ……。ぱっと見、アタシにいた世界とこっちの世界そんな違いはなさそうだし、目新しさを探すことははなさそうね」
「そうなのか?」
「そうじゃなきゃ、アタシが自分の部屋にいたの説明つかないでしょ? トレセン学園もなーんも変化なしね」
そうなると、彼女のいた世界は俺だけが変化している世界なのかもしれない。
カフェが妹とも言っていたし、途中までは歩んできた道は同じに見える。
というか、どこでどう運命を間違ったら俺が褐色ギャルウマ娘になってしまうんだ。
「まぁ、それなら……まずはあそこに行きましょうか♡」
「あそこ……?」
うきうきといった様子で俺の手をきゅっと握ってきた彼女は、軽く腕を引っ張ると先導し始めた。
俺たちはトレセン学園を抜けると、軽く小走りして彼女の目指す目的地へと向かう。
いつも見慣れた道路を通ること、数十分。
辿り着いたのは、トレセン学園の近くにある少し大きめのショッピングモールだった。
「さぁて、入ろ入ろ♡」
そしてそのまま迷わず施設の中に入ると、一直線へ迷いなく歩みを進めるクロノ。
こうして着いたのは、色々な洋服が並んでいるお店の前だった。
「はい、とーちゃく♡ こっちでもここはそのままで助かる~」
「……なに、これ」
ただの服屋だったら、俺もここまで困惑したような声は出さない。
だが俺の目の前に広がっていたのは、普通ならば絶対に行く機会は無い場所。
やたらふりふりなレースが多めの甘めの服。絶対にこれ着たら、おへそが見えるであろう服。
確信して言える。ここは、俺が来るべき場所ではない。
「帰る」
「やぁん、待って待って♡ 大丈夫だって♡」
「どこが……?」
目の前にあったのは明らかにギャル系の女の子が来てそうな服の専門店。
ただでさえ、普段の服装に無頓着で私服をほぼ持ってない俺にとっては危険区域になっている。
クロノはこういうのは見た目通り似合いそうだが、それはクロノだからだ。
「試着だけだから! 先っちょ、先っちょだけ!」
「無理。俺なら分かるだろ?」
「アタシだから分かるのよ」
胸を張って自信ありげにそう言う彼女の姿は、確信を持っているヒトのそれだった。
自分のことは自分が一番分かっていると言いたげそうな顔。
「……まぁ、買わないで試着だけな」
「さっすが~、話が分かる~♡」
無理やり服を買わせるというわけではなく、あくまで試着だけということなので俺は先に折れた。
というか、それくらいまでしないとここから動いてくれそうにない。なんでこんな押しが強いんだ……
渋々と店内に入ると、そこにはかなり派手な女性らしい服が広がっていた。
俺がどこを見ればいいのか分からず、視線をうろうろとさせているとクロノがくいくいと手招きしてきている。
取り敢えずと付いていくと、お店の奥の方にある試着室へと通されてしまった。
「ギャル……って言っても最近は露出が全てじゃないんよ」
「……本当か?」
「ほんとほんと。昔はそれこそ露出が正義って感じもあったけど、今は割とそんなことないわね。まぁ、アタシは露出多い方が好きだけど♡」
「言わなくてもなんとなく分かったな、それは……」
そう解説しながら彼女が持って来た服は、確かに露出度だけ見たら大分大人しめの服だった。
ただ淡いピンクのフリルがついたジャケット。それに加えて歩きやすい黒いタイトスカート。
確かにこの組み合わせなら、落ち着いた色合いでギャルらしい派手な感じはしない。
「最近は大人ギャルって言って、ガーリー系が多いんだよね。これならこっちのアタシにも似合いそうだし」
「……着なきゃダメか?」
「じゃあ、アタシが好きな露出高い方持ってくるね♡」
「こっち着ます……」
後からきつい選択肢を出すことで逃げ道を縛ってくるあたり、作戦がズルい。
他の人だったらもう少し抵抗してもいいのだが、自分と話している感覚に近いぶん受け入れてしまっている。
それに俺と俺しかいないというのは、最高の秘匿性ではあるだろう。
「……どうだ?」
「似合ってるじゃーん♡ やっるー♡」
そんなことを考えながら持って来た服に着替え終えた俺は、その場でくるりと一回転する。
まぁこれくらいの女の子らしさなら、まだ耐えられる。どっちかというと、トレセン制服を着た時の方が羞恥心的には上だった。こっちは少し動きやすいし。
とはいえ普段は着ない服なので、恥ずかしいことには恥ずかしい。
さっさと脱いでしまうか……
「えー、似合ってたのに勿体ない」
「俺はスーツでいいんだよ」
「テイオーちゃんとカフェも喜ぶわよ?」
「……別にいい」
「素直じゃないな~。まぁ、アタシらしいけど」
その後は特に追及することも無く、クロノは大人しく引き下がってくれた。
そういう見極めは上手いというか。ヒトが不快にならないラインを完璧に分かっている。
そこの判断は、俺よりも上のように見えた。
「ねぇ、次はちょっとお茶にしない?」
俺が着替え終えると、彼女は休憩の提案をしてきた。
丁度ここのショッピングモールには、喫茶店が複数混在している。
ここに来てからの時間的にも、丁度いいタイミングだろう。
「……分かった。俺で遊んで満足しただろ? クロノには、色々話をしてもらうぞ」
「やーん、怖い♡ 分かってますよ、っと」
分かっているのは、何も相手だけではないということを。
~~~~~~~~
「うーん、ここのコーヒーも美味しいわね。ケーキの甘さとあって美味しいし」
こうしてどこにでもあるようなチェーン店の喫茶店に入った俺たちは、お互いの注文を終えてテーブルで向かい合っていた。
コーヒーを二つと、ケーキを二つ。俺はショートケーキで、クロノはチョコレートケーキと、意図せず色合いのバランスが取れている。
一口ほどケーキを食べて、コーヒーの苦みで口の中を調和させると俺は彼女に対して口を開いた。
「……で、なんで逃げてきたんだ?」
「……バレてたんだ」
「自分のことだからな。嫌でも分かる」
一瞬見せた彼女の目は、過去の一時期の俺にそっくりだった。
まるでカフェに何も言わず蓋をし、トレセン学園に逃げたことに負い目を感じていた時のような。
だから、それから逃げ続けるのは良くない。きっといつか向き合わなきゃいけないことだから。
「やだなー。自分を相手にしてると、何も隠し事出来ないみたいで」
「知らないことの方が多いぞ。だから、教えて欲しい」
「それは、自分のため?」
「別に……悩んでたらアドバイスくらいしたいだろ」
「あはは。トレーナー、してるね」
軽く微笑したクロノはコーヒーのマグカップを優しく机に置くと、じっと俺のことを見つめてくる。
そしてふぅと息をすると、過去を見返すような目をしながら話をし始めた。
「……どこから話そうかな。じゃあ、俺がアタシになったところから──」
そこから聞いた彼女の半生は自分のとは全く道のりが違く、自分のことながら驚きの連発だった。
まず白い髪を金髪に染めたのは、過去とお別れする為。何も出来ずに引きこもっている自分が嫌で、口調から髪色から服から全て変えたらしい。
まぁ理由は納得出来るの。出来るが──
「そこまでする必要あったか……?」
「まぁ楽しくなっちゃって。最初はちょっとメッシュ入れるとか、服変えるとかだったんだけどね」
「で、今に至ると……」
「結構目立ってちやほやされるし、視線が気持ちいいわよ?」
「俺も辿りそうな未来の可能性言われたら、何も返せないな……」
そしてそれから家を飛び出して、一人でトレセン学園に入学したこと。
俺が取らなかった走る選択をしたというのも、自分を変えるためなのだろう。
テイオーとは出会わずに、自分の意志だけでトレセン学園に進んだという事実。
素直に尊敬するところなのだが、同時に気になるのは。
「……走れるのか? いやぱっと見かなり体が鍛えられてるし、体幹でしっかりしてるから走ってるのは分かるんだが」
「昔は走るの苦手だったもんねぇ。克服したわよ、トレセン学園に入れるくらいにはね」
軽くピースサインをして、ふふんと胸を張るクロノスター。
その様子は本当に誇らしげで、トレーナーとして褒めてあげたくなってしまう。
忘れてしまいがちだが、トレセン学園は入学するだけで難しい。本当にエリートしかいない学園なのだ。
そこに「走り」で入れた自分は、どこまで努力をしたのだろうか。
「そっから、まぁトレーナー捕まえたでしょ? で、レースに出て~」
「トゥインクルシリーズ……。今、どこまで走ったんだ?」
だが、トレセン学園に入っただけで終わりではない。
そこから中央のレースに出走し、勝ち抜いていかないといけないのだ。
デビュー戦ですら突破するだけで上位。そんな過酷な環境で、別世界の俺はどこまで走れているのだろうか。
「そうねぇ~、桜花賞、オークス、秋華賞、エリ女……」
「ティアラ路線か。俺は関わったこと無いけど、マイルも挟むから意識することも違うんだろうな」
「に、出走して勝って」
「んぐっ……げほっげほっ」
次の瞬間とてつもないほどの衝撃が走って、コーヒーが思いっきり気管に入ってむせてしまった。
今なんて言った……? G1レースの4つで勝ったって言ったか……?
目指した、出走したのではなく既に優勝した。その事実が本当なら。
「それ、トリプルティアラウマ娘だろ……?」
「そうよ? アタシはクラシック戦線のティアラ路線を制したウマ娘。褐色の女王なんても呼ばれてるわね」
「見れば嘘じゃないのは分かるんだが、全く信じられないな……」
「アタシのトレーナーのおかげかもね。むしろ、そっちがそのトレーナーの立場になってるのが信じられないんだけど」
お互い様と言わんばかりに、彼女が言ってくるがそれとは比べ物にならない。
G1四つ制したウマ娘なんて、それこそ歴史に名を残して最強とまで語り継がれるまである。
一人で驚いていると、クロノはそのまま俺に質問を投げかけてきた。
「……ねぇ、スターちゃんの担当ウマ娘ってテイオーちゃんとカフェなの? 一緒にいたけど」
「そうだな。チームを組んでやってるよ」
「因みに二人の戦績聞いてもいい?」
「テイオーが無敗のクラシック三冠、カフェはまだデビュー戦」
「そっちも大分大概じゃない?」
ティアラ路線を取ったウマ娘と、クラシック三冠ウマ娘を指導したトレーナー。
ぶーぶーと文句を言ってくるが、それはこちらのセリフでもある。だからお互い様だろうか。
ひとしきり二人でお互いの過去を語っていると、クロノが机を人差し指でこつんと叩く仕草を見せた。
「で……ここからが本題かな。アタシが何から逃げて来たのか」
少し話しにくそうな顔を取ったが、覚悟が決まったとぱちぱちと瞬きをして重そうに言葉を紡いだ。
その目元は下がっていて、悲しげそうな表情の一部になっている。
「クラシックのレースを制したって言ったけど、あれ逆に言えばクラシックレースでしか勝てなかったってことなの」
「……」
「シニア級……三冠路線の子が入ってきたレースには負けに負けたわ」
三冠路線というのは、皐月賞、ダービー、菊花賞を目指すレース路線のこと。テイオーが通ってきた道のりだ。
三冠路線もティアラ路線も関係ない全てのウマ娘が出走するのが、シニア級のレース。
それはクラシックレースとは比較にならないくらいレベルが高い。
「大阪杯、宝塚記念、天皇賞秋、ジャパンカップ……ぜーんぶ負けた」
これはレースに関わる身としては声を大にして言いたいことだが、決してティアラ路線は三冠路線のウマ娘より劣っているわけではない。
しかし、どうしてもそういう風潮があるのは否定できない。
その事情を知っている俺にとって、クロノにどういう声をかければいいか分からなかった。
「どうしてもティアラ路線が弱いって言われるのが嫌で、証明したかった。アタシと競った子はこんなにも強いんだって。シニア級で勝って、みんなに見せたかった」
「……凄いな。本当に、凄いよ」
「やめてよ。最近は掲示板に入るのだって、ぎりぎりなんだから」
正直掲示板に入るだけで上澄みも上澄みなのだが、彼女にとってそれは慰めにもならないだろう。
そこまで言った彼女はそっと視線を下に落として、寂しそうに宣言した。
「だけど、それももうおしまい。次の有マ記念でアタシは引退する」
「……どうして」
「限界なの。アタシは早熟タイプだったらしくてね。自分の限界が嫌でも分かってる。トレーナーもそれは理解してくれたわ」
ウマ娘の寿命というのは残酷だ。
長い間走り続けられるウマ娘もいるが、逆もまたしかり。急に引退してしまうウマ娘だっている。
そして、それは走っているウマ娘本人が一番に感じられてしまう。
怪我無く健康に走っても訪れる、呪いのような限界。
あがいても、あがいても。それは変えられない、悲しい事実だ。
「逃げて来たのは、それからかな。有マ記念に出るのが怖い。走ったらアタシが──クロノスターが消えちゃう気がして」
これで話はおしまいとゆっくりと口を閉じる彼女の目は、少し影で曇っていた。
語られたのは、彼女の半生ともいえるレースの歴史。
全く違う道を歩んできた彼女に対して、俺はするりと無意識のうちに自分の言葉が漏れていた。
「消えない」
「……え?」
「消えないぞ。クロノが歩んできたレースは絶対に消えないし、誰も消させてくれない」
ただ文字として記録に残っているから、というわけではない。
レースに勝った負けたという事実の記録じゃない。
「クロノのレースを見た感情の想いは、昂りは。絶対にみんなから消えない」
「あっ……」
「トレーナー、ファンのヒト……。クロノを応援してくれたヒトは、そんな言葉に出来るような記憶なんてしてないはずだ」
それは、俺がテイオーを見てきたから分かる。
テイオーと一緒に走った時間は、決して今でも色褪せない唯一無二の記憶だから。
「負け続けてるアタシでも……? レースに出ていいの?」
「クロノがクロノである限り、な。それに」
出会ったのはさっきだ。いくら自分自身だと言っても、分からないことは沢山ある。
別人のように歩んできた人生であっても、確かにこれだけは分かる。
「本当に逃げたかったなら、そんな諦めたくない目をしてない。まだ……自分が勝つ未来を見ているんだろ?」
最初から負ける気でレースに挑むウマ娘は存在しない。
勝ちたい。その気持ちが少しでも残っているのであれば……どんなレースに挑んでいける。
「夢を背負って走るウマ娘は強いからな。まぁ……テイオーと俺も、誰からも夢を託されるようなウマ娘を目指している途中なんだけど」
そう言って俺が話を締めると、クロノはぱっと目を開いて俺をじっと見つめているのが分かる。
そしてぱんと手を叩くと、大きな口を開けて笑い始めた。
「あはは! まさか、自分自身に慰められるなんてね。貴重な体験出来ちゃった♡」
「これでもトレーナーだからな。レースの向き合い方に関しては、誰よりも分かってるつもりだ」
「かっこつけちゃって〜。テイオーちゃんと一緒に歩んできたから理解したことも沢山あるでしょ♡」
「テイオーがいなかったら今の俺はないからな。最初から分かってたことなんて、ごく一部だよ」
結構恥ずかしいことを言っているような気もするが、これが俺の本心なのだから別に構わないだろう。
それに、目の前にいるのは俺だ。嘘を使わずに話した真っすぐな気持ちの方が、心に届いてくれるはず。
「なんかスッキリした。こっちの世界にきた意味もあったかもね」
「そう言って貰えると、俺も嬉しいよ」
今の彼女の瞳は、一切の影が無く輝いている。だから、もう大丈夫だろう。
悩みが解消されたのか。嬉しそうに迷いなく笑っている彼女は、声のトーンを上げると俺に対して耳を傾け始めた。
「じゃあ、私もスターちゃんの話聞いちゃおうっかな♡ アタシも色々話したんだし♡」
「……お手柔らかに」
俺と彼女の時間は、もう少しだけ続きそうだ。
~~~~~~~~
喫茶店でクロノが過去のことを根掘り葉掘り聞いてきて、俺がギブアップをした後。
まだ寮の門限までは時間があるということで、俺たちはゲームコーナーへと向かっていた。
お互いに久しくゲームに触ってないことが話の中で分かり、二人で対戦とかをしようということになったのだ。
そうして二人でプレイ出来るゲームで遊んでいると、ここにきて問題が発生してしまった。
「……そろそろ勝ちを譲ったらぁ?」
「……わざと負けるのは嫌だろ?」
「それは、そうかもしれないけどぉ」
お互いゲームに関連するスペックが同じせいか、実力が拮抗してしまっている。
得意ゲームも、苦手ゲームも全く同じ。ほとんど乱数で勝ち負けが決まっているようなものだ。鏡の中の自分と戦っているような感覚。実際その通りなのだが。
「やめるか……。あまりにも不毛過ぎる……」
「そうね……。このまま続けても結果は同じね」
お互いに得意ゲームの筐体に記録されているハイスコアを塗り替える勝負をしている時点で気づくべきだった。
ただまぁ、楽しかったけど。
ふぅと息を付きながら手を上げて腰をほぐしていると、トントンと肩をクロノから叩かれた。
「じゃあ、記念にあれ撮っていかない?」
「あれ?」
そう言いながらクロノが指さしたのは、大きな布で覆われた独特の形をした正方形の筐体。
ゲームコーナーに来たことがある人ならば、一度は見たことがあるだろうそれは。
「プリクラ……?」
「そうそう♡ せっかくだから記念にね♡」
返事を聞かないまま俺の腰に手を回してくると、ぐいぐいとプリクラコーナーへと移動をし始める。
抵抗することなくそのまま付いていくと、ゲームコーナー特有の音と光がある程度遮断されており別世界のようになっていた。
「時間無いし、ぱっぱっと済ませちゃお♡」
「え、なにこれ。どうすればいいんだ?」
俺の疑問に答えてくれる暇もなく、彼女は謎の画面をすいすいと弄ると撮影を開始してしまう。
設置されたスピーカーから「撮るよ~」と女性の声が聞こえたかと思うと、ぱしゃりとシャッターが切られた音が響いた。
「ほら表情固いわよ♡ もっと笑って笑って♡」
「いやそんなこと、急に言われてもな」
ぱしゃり。
写真が撮られたような音が再度鳴ると、クロノが焦ったような表情をして俺をせかしてきた。
「ちょっと、次がラストなんだけど!」
どうやら三回まで写真を撮ることが出来るらしく、順番的に次がラストらしい。
ここに入る前にぱっと視界に入ったのだが、これだけで一回五百円もする強気の値段設定。
何もせずに終わるというのは、あまりにも勿体ない。
幸い、写真を撮られることには最近慣れている。
「……ピースでもすればいいのか?」
「……うん♡ それでいいわよ♡」
はい、チーズ。
最後のシャッターが切られる寸前、俺がなんとか片方の手を使ってピースサインをすると肩にこつんと何かが当たった感触がした。
ばっと視線を向けると、クロノが隣に立って今日一番の距離で抱き着いてきている。
俺とは違う甘い香りを漂わせていることに驚いて少し腰が引けてしまいそうになるが、それを許さないとクロノが体を引っ張って来る。
こうして撮られて出来上がった写真は、まぁ予想通り。
「ぷぷ……。スターちゃん、変な顔しちゃってるの」
「そりゃいきなり抱き着かれたら誰だってびっくりするだろ……」
「でもとってもいい写真。そう思わない?」
決して交わることのない世界の二人が、今こうして何かの奇跡か出会ってしまっている。
それを象徴するかのように、わちゃわちゃと俺とクロノが重なっているこの写真は確かにどこか調和がとれていた。
「そうだな……。とてもいい写真だと思うよ」
「でしょ♡」
余計なデコレーションを特にせずに取り出したそのプリクラは。
ゲームコーナーという小さな場所で撮ったものにしては、とても大きく感じられた。
俺はそれを財布に折れないように大事にしまうと、時計の時間を確認する。
「ん~、そろそろ時間ね。楽しかったぁ♡」
「もう寮の門限近いな……。取り敢えず、トレセンに戻ろうか」
「はいはーい」
二人でゲームコーナーがあったショッピングモールから外へ出ると、もう既に外は真っ黒。
淡い光に照らされた街並みで空を見上げると、雲一つなく星が良く見える。
ひんやりとした空気が漂う中、一歩後ろを歩いていたクロノが俺に話しかけてきた。
「ねぇ、スターちゃんは今、楽しい?」
「……どうした?」
「深く考えなくていいわよ。テイオーちゃんとカフェと……トレーナーとして過ごして、どうだった?」
何を彼女が聞きたいのかはいまいち分からないが、その質問になら簡単に答えられる。
そんなの、決まっているだろう?
「最高だよ」
「そっか。それは、とっても良かった。そっちの俺も頑張れよ、アタシも頑張るからさ」
本当に嬉しそうに、クロノが納得したような声が後ろから聞こえてくる。
まるで急に別れを告げるような口ぶりでどうしたのだろうか。
返事をしようと思って、後ろにいるはずのクロノを視界に収めようとをぱっと振り返ると──
「───あれ」
誰も、いなかった。
どこかに行ってしまったとかはぐれてしまったとかではない。
最初から、この世界に「クロノスター」は存在していなかった。そう言わんばかりに、気配が全く無くなってしまっている。
「……っつ」
その瞬間、俺は走り出していた。
クロノを闇雲に探すというわけではなく、とあることを確認したいために。
むしろここで彼女を探したとしても、一切見つかることはないだろう。そんな予感がした。
なるべく自分の全速力で府中にあるトレセン栗東寮の自分の部屋へと戻ると、思い切り扉を開ける。
そのせいで大きな音が出てしまったのか、中にいた二人のウマ娘がびくりと耳と尻尾を揺らして驚いていた。
「ふぇっ、トレーナー!?」
「お帰りなさい……欲しいもの買えましたか……?」
テイオーとカフェがいつものように、俺の帰りを待ってくれていたのか声をかけてくれる。
そう、いつものようにだ。
この時点で推論はほぼ確証へと変わっていたが、一応念のためということもある。
「なぁ……テイオーとカフェ。クロノスターって知っているか?」
さっきまでいた存在感が強すぎる彼女。
どんなに頑張っても記憶からは消えないような、そんな確信すらありそうなウマ娘。
なのだが。
「……誰?」
「次のレースに出走するウマ娘とかでしょうか……? すみません、私は覚えてないですね……」
お互いに顔を見合わせて、テイオーとカフェが不思議そうな顔をしている。
本当に全く覚えてないみたいなのは見てわかるので、これ以上聞いても無駄だろう。
だが、これではっきりした。
クロノスターは元の世界に帰ったのだ。この世界から何も残さずに。
「……トレーナー、そんな考えごとしてどうしたの?」
「いや……なんでもないぞ」
そうなると俺だけが記憶に残っているのも謎だが、自分自身のことだったからだろうか。
それとも、俺の記憶の仕方の問題か。
考察しようがないことを頭の中で思っていると、ふと一つ思い出したことが出てきた。
それを思いついた瞬間、俺は財布の中身を確認すると「繋がり」を取り出す。
「なんだ……やっぱりいたんだな」
「なになに? それ、プリクラ? トレーナーにしては珍しいの持ってるね」
「まぁ、そうだな……。これは大切なヒトとの記録だから、テイオーにも見せられないな」
「えー! なにさー! そう言われると逆に気になるんだけど!」
ぴょんぴょんと跳ねながら近寄ってくるテイオーを何とかかわしながら、財布にその写真をもう一度見せないようにしまい込む。
そして俺はそれをきゅっと胸に寄せると、最後に返せなかった彼女への想いをぽつりと呟いた。
「──そっちこそ頑張れよ。応援してるからな」
これは、決して交わることのない世界が交わった──ハッピーエンドの物語の一幕である。
素敵な挿絵もついている本の方もよろしくお願いいたします。
実本は数が少なくなっていますので、お早めに。
三章はクロノスターちゃんが見れます。
(これを執筆した後にクロノジェネシスが実装されたので、名前被りは偶然です)
DLサイト
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メロンブックス(実本)
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