時系列は飛んで、未来の話になっています。
「あっ、流れ星……」
夜のロードワークをしていたあたしの頭上に流れたのは、一対の流星。
この時期にしては珍しい流れ星なのに、二つ同時に見れるなんて。
確か四月の流星群は月末にあるってそういうのに詳しい先輩が言ってたから、本当に今日はラッキーかも。
「願いごと、願いごと……ってもう行っちゃったか」
流れ星が消える前に三回お願い出来るとその願いが叶うっていう話を思い出して実行しようとしたけど、もうその星は通り過ぎてしまっている。
──それは、ジンクスだね! 破らなきゃ!
なんか声が聞こえた気がするけど、多分気のせい。うん、気のせいのはず。
あたしは目を覚ますようにぱんと自分の頬を叩くと、前を向いてぐっと脚に力を溜めた。
「やっぱり、自分の夢は自分で叶えなきゃ! よーし、はりきっていこー!」
そう言って星が流れていった後を追うように、あたしは足を進める。
少しでも早く、輝く星に追いつきたいとそんな想いを込めて。
~~~~~~~~
街灯の明かりを頼りにトレセン学園に戻るころには、すっかり時計の針は夜の八時を示していた。
トレーナーさんが設定した、ロードワークをしてもいいぎりぎりの時間。
ふぅと一息ついて呼吸を整えると、あたしはとある場所にいくために栗東寮の中に入る。
自分の部屋に戻るわけではない。それよりも先に報告しなければいけない場所が、ここにはあるのだ。
夜も遅いのでなるべく音を立てずに駆け足で階段を駆け上ると、あたしは四階の端にある部屋の扉をこんこんとノックした。
「不肖、キタサンブラック! 只今戻りまし──た?」
「やだやだ、や~だ~! 今日こそ夜のアニメを見るの~!」
「いや、そう言って前もここで寝落ちしただろ……? 録画はしてるからさ」
「アタシが寝そうになったら起こしなさいよ! 使い魔の役目でしょ!」
トレーナー室の扉を開けた先に広がっていたのは、魔女の帽子を被ったウマ娘がベッドの上でジタバタと暴れる姿。
ゴロゴロと横になりながら転がる彼女のせいで、ベッドのシーツや枕はぐちゃぐちゃになってしまっている。
そしてそれを見て、どうしようかと困り顔になってしまっているあたしのトレーナーさん。
「いやぁ~! 今日は起きてるの~! キタサンと一緒に見るの~!」
そんな駄々を捏ねている彼女は、これでもあたしの先輩ウマ娘。
桜花賞、オークス、秋華賞のティアラ路線を全て制し、名実ともに現役最強女王。
魔女のほうき星─スイープトウショウさん。
とは言っても、こうしてみると小さい女の子がぱたぱたと暴れているようにしか見えない。
あたしはその彼女の愛くるしさと可愛さに、つい甘やかしたくなるのをぐっと堪え声をかけた。
「トレーナーさん困ってるし、スイープさん。明日にしない?」
「いやぁ~~~!!!」
トラブルみたいな光景なのだが、チーム「デネボラ」では割と日常茶飯事だったりする。
あたしがあははと苦い笑みを浮かべていると、奥に座っていたウマ娘が声をかけてきてくれた。
「お帰り、キタちゃん。クールダウンはしっかりした?」
「はい! 勿論! 皐月賞も近いですし、体はしっかり大事にしてます!」
そう返事をして満足げに頷いたのは、あたしが一番尊敬している一人のウマ娘。
ポニーテールと白い流星を携え、昔から変わらない太陽のような表情を浮かべる彼女こそ──あたしの「もう一人」のトレーナーさん。
「うむ! キタちゃんには皐月賞取って、ボクと同じ三冠ウマ娘を目指してもらいたいからね!」
彼女の名前こそ、歴史に名を残すウマ娘──トウカイテイオーさん。
現役時代に無敗でクラシック三冠の伝説を打ち立てた最強のウマ娘の一人であり、星のように輝くあたしの憧れ。
このあたし──キタサンブラックがこのトレセン学園に入学し、トゥインクルシリーズを目指すきっかけをくれたウマ娘。
何を隠そう、あたしはテイオーさんの大、大、大ファンなのだ。
「あたしが三冠ウマ娘……」
「そうそう! 三冠ウマ娘トレーナーが三冠ウマを担当する……。夢があると思わない?」
そう言うテイオーさんの瞳はきらきらと輝いていて、あたしに向ける光にしては過剰なほどだった。
そんな期待が籠った眼差しに、あたしは乾いた返事しか出来ない。
「あはは……。そう、ですね……」
テイオーさんは天才だ。
トゥインクルシリーズで最強を手にした彼女は、最後の有マ記念までその姿を見せつけ華々しく引退。
その後はドリームトロフィーリーグに移籍して、そちらの方でも大活躍。
そして彼女が大学生になると、次に目指した道はウマ娘のトレーナー。
一応見習いとは言っているが、このチーム「デネボラ」のサブトレーナーを務めている。
時代を作った彼女が次は新たな伝説を残すウマ娘を育成すると、一時期話題になったものだ。
「調子に乗るな」
「いだっ!」
そんな生きる伝説の頭を引っぱたいたのは人物こそ、もう一人の伝説。
新人トレーナーという若い立場でありながら、テイオーさんを夢の先まで連れていった白い流星。
真っ白で綺麗な「セミロング」の髪を携え、琥珀色の瞳は景色の淡さを内包している。
先っぽが黒い特徴的な尻尾とともに、ふわりと空気が揺らぐような雰囲気を醸し出している彼女こそ、このチームデネボラのトレーナー──スターゲイザーさん。
トゥインクルシリーズを走っているウマ娘の中で、彼女を知らない人はどこにもいないだろう。
二十歳を超えたばかりでまだ美人で可愛らしい顔をしているのに、その威厳はどのウマ娘よりも上だ。
「まだテイオーは見習いなんだから。キタサンの心配するのはいいけど、レポートは書いたのか?」
「あっ……。今から書くから!」
「締め切りまでには間に合わせろよ」
このチームを全て纏めるほどの実績を持っている彼女だが、何かとそれに関する不思議な噂がトレセン学園では多い。
特に、あたしが今所属しているこのチームについて。
──デネボラに入ると、どんなウマ娘でもG1に勝ててしまう。
なんて眉唾物の噂だと想ったりするが、事実としてここに所属した四人のウマ娘は全て歴史に名を残している。
テイオーさんはクラシック三冠を、スイープさんはトリプルティアラを。
本当に……五人目として、あたしがいていい場所なのかな。
「すぅ……すぅ……」
「スイープ寝ちゃったじゃん。どうするのさ、これ」
「寝かしておこう。起こすのも悪いし、今日は解散かな」
「ベッド占領されてるけど……。スター、どこで寝るの?」
「俺は一応トレーナー寮に部屋があるから大丈夫だ。ここはあくまで、トレーナー室。俺が暮らしていた名残が残ってるだけだしな」
疲れて寝てしまったスイープさんを横目に、静かな声でトレーナーさんがあたしに近づいてきた。
すらりと伸びる美人さんを目の前にすると、いくらあたしが体格で勝っていてもどこかタジタジになってしまう。
そんなあたしにトレーナーさんは、足をじっと見つめるとそっと優しく触れてきた。
「ひゃっ!?」
「筋肉の疲労にも問題無し……。ロードワークも時間通り終えて、その後しっかりクールダウンにストレッチまでしてきたな。偉いぞ、キタサン」
思わず声を上げてしまったあたしの足の状態を確認した後、にこりと微笑んで嬉しそうに頷くトレーナーさん。
トレーナーさんは凄く「目」がいいらしく、見ただけでもウマ娘の状態が分かるらしい。こうして触っているのは、しっかりとダブルチェックするというところが大きいのだとか。
テイオーさんから聞いたところによると、一回見ただけで全部の走りを再現可能……らしい。
もうなんか規格外というか。そういう驚きは、一年目にチーム入った時にもう数え切れないほどした。
「明日の練習はまた朝にミーティングしよう。今日はお風呂に入って早めに寝な」
「あ、はい! お疲れ様でした!」
「キタちゃん、お疲れさま~! また明日ね~!」
「また明日です!」
部屋の電気をそっと消して扉の外に出たあたし達は、お互いに自分の部屋へと戻っていく。
正直この後も走りたいという乾きが足を動かしそうになるが、一回それをやってこってり怒られたのでなんとか我慢する。
トレーナーさん……怒ると怖いんだもん……
こっちの意見を尊重して理解したうえで、トレーナーさんの気持ちと理由を完璧に述べられてしまったら勝ち目なんてない。
「はぁ……」
そろそろ皐月賞が近づいてきた。
あたしが夢にまでみた、クラシックG1レース。その晴れ舞台。
ここまで頑張ってきた。レースだって、今のところ無敗だ。しかも、大好きなテイオーさんからもお墨付きまでもらっている。
だけど、この胸のざわめきは。揺れ動き震える瞳は、手のひらは、足先は。
「変われるって……思ったんだけどなぁ」
あたしは、キタサンブラック。
中等部二年生で、クラシックレースに突入したばかりのウマ娘。
そして、まだただの──キタサンブラックだ。
~~~~~~~~
あたしの憧れの始まりは、輝くステージ上からだった。
みんなからの声援を浴びる大好きな父親を間近で見て、あたしも将来あんな風になりたいなと。漠然とした夢を抱えていた。
そしてそれが確かな形になったのは、とあるレースを見てから。
『トウカイテイオー、今一着でゴールイン! 二着の子と三バ身差の勝利でデビュー戦を勝ち取りました!!』
幼少期のあたしが見ていたテレビに映し出されていたのは、ポニーテールを揺らしながら走る一人のウマ娘。
ターフの上を自信満々に走り終え、観衆から大きな拍手を貰っている姿。
「わぁ~! 凄い走りだったね、キタちゃん!」
まだデビュー戦とかG1とか、そんな区分すらも分からない時期。
たまたま見ていた彼女のレースに、あたしの頭はじゅっと音を立てて焦げた気がした。
「凄い……。凄いよ、ダイヤちゃん!」
あまりの興奮っぷりに、家に遊びにきていた幼馴染のウマ娘──ダイヤちゃんの手を握ってぶんぶんと振ってしまう。
ダイヤちゃんはそれを見て困惑してたけど、それからというものあたしは「トウカイテイオー」に憧れるようになった。
一目で分かる綺麗でカッコいい走り。同じウマ娘として、並びたい。同じ景色を見て、その光景を感じたい。
「ダイヤちゃん、走ろ! あたし、先行ってるね!」
「今から!? ま、待ってよキタちゃん!」
それから、テイオーさんのレースは全部現地で見続けた。
ジュニア期も、クラシック期も、シニア期も、ドリームトロフィーリーグも。
引退宣言をした時は、ダイヤちゃんの前でわんわんと泣いたものだ。
こうして部屋がテイオーさんグッズでいっぱいになるころ、あたしはトレセン学園入学を目標に日々トレーニングしていた。
「よぉし! 目指せ、三冠ウマ娘だー!」
無邪気に前向きに。ひたむきに。
日々トレーニングを重ねた結果、あたしは無事にトレセン学園に入学することが出来た。
一緒に入学した親友のダイヤちゃんと共に、トゥインクルシリーズを走ろうと約束して。
そして、トレセン学園に入ってから一年とちょっとの今。
あたしはとある馴染みのある喫茶店のテーブルに、顔を突っ伏して溜息をついていた。
「はぁ~~~~ん……」
「ちょっと、キタサン! そんな大きな溜息してたら幸せが逃げるわよ!」
「……なら、スイープさんが魔法をかけてくれる?」
「勿論よ! とぅいんくるとぅいんくる……」
スイープさんからの魔法をありがたく受け取りつつ、あたしは正面の何も無い壁を見つめる。
テーブル席なので正面にスイープさんがいるはずなのだが、どうしても視界に入ってはぼやけてしまう。
今日はトレーニングがお休みの日。
本来だったら走っている時間にこうしてゆっくりしていいのかと、どうしても焦燥感が出てきてしまう。
休みも立派なトレーニングだとトレーナーさんは説明してくれてるけど、どうしても体を動かしたい気持ちがある。
皐月賞が近いのに、あたしは。あたしは──
「……タサン! キタサン!」
「はっ! どうしたのスイープさん!」
「魔法をかけたんだから感想くらい言いなさいよ。どう? アタシの魔法は?」
「流石スイープさんだよ! 元気出てきたなぁ」
そう返事をすると、満足げにふふんと微笑むスイープさん。魔女の帽子を被った彼女は、比喩でもなく本物の魔法使いだ。
つまんないことを全部ひっくり返して、当たり前を変えるレースの魔法。
スイープさんは「ティアラ路線のウマ娘は、三冠ウマ娘に劣る」という風潮を、魔法で塗り替えていた。
更に今年は特大魔法を放つため、安田記念と宝塚記念のG1レースに連続出走しようとしている。
間が一か月も無いレースを本気で勝とうとしているのは、最強のウマ娘からしか聞けない。
本当に、本当に。凄いウマ娘だ。
「それに比べて……あたしは」
「それに比べて……なんですか?」
ことんとあたしの目の前に置かれたのは、ネコの肉球が描かれた可愛いらしいマグカップ。
ふわりと漂うコーヒーの香りに釣られてぱっと顔を上げると、そこにはこの喫茶店の店主さんが立っていた。
長く艶のある漆黒の青鹿毛に黄水晶の瞳を携えた彼女の名前は、マンハッタンカフェさん。
あたしのトレーナーさんの妹でもあり、この喫茶店「流れ星」のオーナーさんだ。
「スイープさんには、この新作にんじんパフェを……」
「やったぁ! すっごい美味しそう!」
そう言ってテーブルに置かれたのは、にんじんが丸々一本頂点に刺さった巨大なパフェ。
待っていたと言わんばかりに、スイープさんは嬉しそうにスプーンを握りしめながらパフェを掬って口に運んでいる。
目の前の微笑ましい光景に癒されていると、カウンター席の方から大きな声が聞こえていた。
「カフェ~。私には何も無いのか~い?」
「……タキオンさんは何も頼んでないですよね」
「冷たいねぇ! せっかく新メニューの試食会に来てあげてるというのに!」
「あなたが勝手に入ってきたんでしょう……! 勝手に机を占領して……」
「論文提出が近いんだ。ここは集中できるからねぇ。お代は後で支払うよ」
ひらひらと手を振って、明らかに不健康そうな数の角砂糖が積まれた紅茶を飲んでいる栗毛のウマ娘は──アグネスタキオンさん。
カフェさんと同じ世代を走り、時代を築いた名バの一人。
二人ともトゥインクルシリーズを走った、あたしの大先輩だ。
「それよりも……ブラック君の話の方が気になるねぇ。デビューから無敗で皐月賞。そして、一番人気の大本命バと来た」
「知ってたんですか……?」
「スター君のチームくらい把握してるさ。まぁ、良かったら悩みくらい話してみるといい」
「珍しいですね……。タキオンさんがそんなこと言うなんて」
「今から新時代を築くウマ娘に興味があるだけさ。それに、スター君には大分お世話になってきたからねぇ」
「……タキオンさんの話に乗るのは少し癪ですが。私もお話聞きますよ……?」
カフェさんはそう言うと、あたしが頼んだコーヒーにミルクを注ぐとくるくるとマグカップを回し始める。
そしてピックを使って表面を触ると、あっという間にネコの模様をしたラテアートが完成していた。
「かわいい……」
「ゆっくりでいいですよ……。今日はお休み。お話を聞くには、とてもいい日です……」
あたしはそんな可愛らしい絵柄のネコ模様を崩さないようにエスプレッソを一口飲むと、ゆっくりと漏らすように言葉を紡いだ。
「不安、なんです……」
「ふぅん? 不安、と」
そうだ。
あたしはずっと不安だった。
トレセン学園に入学してから、あたしは運よくデネボラに入れたに過ぎない。
本当であればもっと凄いウマ娘が入るべきチームに、あたしは運良く入っただけ。
トレーナーさんとテイオーさんに逆スカウトをかけて、二人に見てもらいたいと必死にお願いした。
決して、あたしがトレーナーさんたちに見つけられたわけではない。
もっと指導されるべきウマ娘が。それこそ、ダイヤちゃんやドゥラちゃんみたいな──
「本当にそう思っているのですか……?」
「──っつ!」
「流石にそれはスター君を舐めすぎだ。彼女は、理由なしに自分の時間を捧げて行動するタイプじゃない」
「で、でも……」
あたしはテイオーさんみたいに、最強の夢を目指したウマ娘じゃない。
スイープさんみたいに、大きな魔法を掲げたウマ娘じゃない。
ただ偉大な先人に憧れた──ただの、キタサンブラックだ。
「はぁ……これは重症ですね……」
「はぁはっはぁ!!! いやぁ、いいねぇ! 実にいい悩みだ!」
あたしが悩みを吐き出すと、タキオンさんは大きな口を開いて「くっくっくっ」と笑い出す。
そしてじっとあたしの顔を見つめると、こほんと息払いをして語りだした。
「先人たちの偉大な功績は、時として毒になる。スイープ君のティアラ路線の評判がいい例だろう。だが、彼女はそれを覆した」
「……はい」
「だが、それはあくまで残光に過ぎない。光は──」
「追い越すためにある……。私は……いえ。私たちは、それを良く知っています……」
二人がそう言ってお互いを見つめ直して、笑う。
そこにはきっと、あたしでは分からない二人の歴史があるのだろう。
あたしが目を細めて彼女たちを見つめていると、カフェさんがゆっくりと視線を合わせてくる。
「それは、キタサン……。あなたも同じはずです……」
「ウマ娘の本能なんて、みんな同じさ。なんたって私が、それに逆らえなかったのだからね」
あたしの──本能。
走りたい。並びたい。同じ舞台に立ちたい。
そして──本当は、彼女を。
「気づいたようだねぇ。なら、走りたまえ。ウマ娘の足は、そのためにある」
「一度姉さんと話すといいですよ……。素直な自分の気持ちを、伝えてきてください……」
「……はいっ!」
なんだか、やることが分かった気がする。
あたしの原点に立ち返れて、目の前がぱっと開いたような。
今すぐにでも、この想いでターフに行きたい。
「ちょっと走ってきます! カフェさん、タキオンさん。ありがとうございました!!!」
がたんとこの気持ちのままに体を動かすと、勢いよく立ちあがり喫茶店を後にする。
そうだ。なんでこんなことで悩んでいたんだ。
負けたくないのは──あたしだって同じなのに!
「行ってしまったねぇ……。全く、真っすぐないい眼をしていたよ」
「えぇ……。笑顔で、まっさらな未来を見ていました……」
「私たちはそれを見守る事しか出来ないねぇ。……ところで、このニンジンオッチャホイってなんだい?」
「……新メニューです。食べますか?」
「なら一つ注文しようかねぇ。代金はこの漢方をベースにアーユルヴェーダの理論を取り入れてウマ娘の肉体に眠る潜在能力を励起させピーをパーすることでポーをペーして」
「いらないです」
~~~~~~~~
喫茶店で二人からアドバイスを受けて、勢いで走ってしまったその日の夜。
あたしはトレーナーさんに会いに行くために、夜静まった寮の廊下を一人で歩いていた。
「ふー……」
あたしのチームのトレーナー室はかなり特殊で、寮の中に場所が取られている唯一無二の部屋だ。
一応トレーナーさんの家は外にもあるらしいが、便利だからかずっとトレーナー室で過ごしているらしい。
だからこうして寮の外に出ずに門限が過ぎた後でも、トレーナーさんと顔を合わせることができる。
「……よしっ!」
あたしはすぅはぁと一呼吸置くと、ゆっくりと確実に鳴るようにこんこんと扉をノックした。
待つこと、数秒。
部屋の中からいつも聞いているトレーナーさんの声が、しっかりと聞こえてきた。
「どうぞ」
「すみません、失礼します!」
がちゃりと音を立てて扉を開けると、あたしの視界の正面にはトレーナーさんがゆったりと椅子に腰かけていた。
お風呂上りなのだろうか。スーツ姿ではなくラフな格好をしたトレーナーさんを見ると、いつも受ける印象と違って可愛らしい顔つきだなと思ってしまう。
トレセン学園内部にあるトレーナーさんのファンクラブが、可愛い派とカッコいい派に分かれているのもなんだか納得だ。
「こんな格好ですまんな。で、なんか話したかったんだろ?」
「あれ、あたし用事言いましたっけ?」
「見れば分かる。夜だし、飲み物はホットミルクでいいか?」
「えっと……お願い、します」
なんだか凄い気合を入れてトレーナーさんの元に訪れたのに、全部何も言う前に見抜かれてしまって拍子抜けしてしまった。
あたしがふわふわのソファに座って待っていると、ことんと優しい匂いがしたマグカップが目の前に置かれる。
こうして準備してくれたホットミルクを一口飲むと、あたしはゆっくりと息を吐き出した。
するとトレーナーさんはあたしの隣に座って、柔らかく笑みを浮かべながら話しかけてくれる。
「落ち着いたか?」
「あっ……」
「目が震えてたぞ。そんな顔してたら、話すことも話せなさそうだしな」
本当に、トレーナーさんには敵わないなぁ……
出会った時からそうだ。最初からあたしのことを見抜いてて、緊張してたらほぐしてくれて、頼んだらなんとかしてくれる優しいトレーナーさん。
まだ一年間ちょっとの付き合いだけど、今はもうトレーナーさんはスターさんしか考えられない。
だから……きっとあたしの気持ちも受け入れてくれる。そんな確証があった。
「トレーナーさん。質問があります」
「……何だ?」
「トレーナーさんって、なんであたしをスカウトしてくれたんですか……?」
これだけはどうしてもトレーナーさんに聞いておきたかった。
皐月賞に望む前に、あたしの気持ち全部に整理を付けておきたくて。
あたしが決めた「宣言」をするためには、トレーナーさんの答えが欲しかった。
そう思って質問をすると、トレーナーさんは少し驚いたような顔をして過去を思い出すように口を開き始めた。
「最初……キタサンが俺に逆スカウトをしてくれた時は断ろうと思ってたよ」
「そう……なんですか?」
「実はな。俺のネームバリューは、良くも悪くも大きくなり過ぎた。名前だけ見て、俺を訪ねてくるヒトはいっぱいいたよ」
若き天才トレーナー。
初担当でクラシック三冠。それ以降も担当ウマ娘にG1を取らせる功績を、トレーナーさんは沢山出してきた。
それはウマ娘から見たら、目の前にG1勝利というニンジンがぶら下がっているようなものなのだろう。
だからこそと、トレーナーさんは話を続けてくれる。
「俺が担当するウマ娘は……俺が担当しなければいけないと感じたウマ娘だけにしたいから」
「えっと……それって」
「俺にしては珍しく感覚なんだけどな。バ鹿にならないと思ってる」
そう言うと、トレーナーさんは琥珀色の綺麗な瞳をあたしに向けてくれる。
瞳の硝子に反射するのは、あたしの赤い瞳。はっきりと確証を持っている、自信のある視線だった。
「勿論他にも理由はあるぞ。キタサンの場合は、一番分かりやすかったかもな」
「ふぇ?」
「キタサンの走りは、確かに誰かを超えたい走りだったから」
~~~~~~~~
思い出すのは、スターさんと初めて出会ったあの日。
入学したばっかりで左も右も分からなかった時、ダイヤちゃんからとある噂話を聞いたのだ。
「ねぇ、知ってるキタちゃん? テイオーさんって今トレセン学園でサブトレーナーしてるって話が──」
「ホント!? トレーナーを目指すって話はテイオーさんのファンクラブで知ってたけど、トレセン学園にいるなんて! はぁ~ん! 今すぐ会いに行ってくるね!」
「ちょっ、キタちゃん!? どこにいるか分かるの!?」
「分かんないけど、走ってれば会える気がする!」
「すっごいキタちゃんらしい答えだ!」
既に卒業したテイオーさんが今自分が通っている学園にいるとまさかの話を聞いたあたしは、何も考えずに真っ先に憧れのウマ娘の元に向かっていた。
いる場所も分からないまま、取り敢えずトレセン学園の中で一番広いターフの元へ。
そして次の瞬間、あたしの目の前に飛び込んできた光景は。
「──っつ!」
芝の上を一人走る、トウカイテイオーの輝き。
何回もトゥインクルシリーズのレースを現地で見て来たというのに、目の前にある彼女の走りは現役時代から全く衰えていなかった。
あまりの衝撃に放心してしまっていると、背後からとんとんとダイヤちゃんに肩を叩かれてしまう。
「やっぱり凄いねキタちゃん。引退してるのに、こんな力強い走りが出来るなんて……」
確かに、凄い。けど。
今まで憧れていただけのテイオーさんの走りが、壁が無くて目の前にあるという実感に。
あたしの体は、もう既に動き始めていた。
「すみませーん! あたしも一緒に走ってもいいですか!?」
「キタちゃん!?」
走り終えて白毛のウマ娘と話をしているテイオーさんの元に、あたしは素早く駆け寄って行ってしまう。
二人に声が届いたのかテイオーさんの耳が揺れて、こっちの方に視線を向けてくれる。
そして彼女はそんなあたしに、にこりと大きく笑って答えてくれた。
「いいよいいよ! 走りたいウマ娘は大歓迎だし! えっと……」
「キタサンブラックです! ずっとずっとテイオーさんのファンで……! デビュー戦から見てました! 握手してください!」
「うぇ!? えっへへ~。うむ、ワガハイが握手して進ぜよう!」
「やったぁ!」
差し出してくれた右手を嬉しさのあまり、両手で包み込む様に握ってぶんぶんと上下に動かしてしまう。
ファンとして最高の瞬間に酔いしれていると、白毛のウマ娘さんから声をかけられた。
「えっと、キタサンブラック……でいいのかな? テイオーと併走したいってことか?」
そう話しかけてきたのは、昔から姿が変わらないスターゲイザートレーナー。
テイオーさんのファンだったあたしは、勿論トレーナーさんのこともこの頃から知っている。
憧れの。そして伝説の二人を目の前にしたあたしは、もうテンションが最高潮になってしまっていた。
「えっと、あの! あたしをチームデネボラに入れてもらうことって出来ますか!?」
「……うーん、急に言われても難しいかな。まだキミのこと俺たちは分からないし」
「で、ですよね。急に、すみません……」
勢いで何を口走ってしまったんだと、しゅんと耳を垂らして後悔してしまう。
これじゃ、ただの厄介なウマ娘だ。
ぺこりと頭を下げて謝っていると、テイオーさんが何かを思い付いたかのようにとある提案を持ち出してくれた。
「……ボクに模擬レースで勝ったら、考えて上げてもいいよ」
「へっ?」
「おい、テイオー……」
「大丈夫大丈夫。今の段階でボクに勝てるウマ娘なら、見込み有りだよ。どうする? キタちゃん」
「やらせてください! よーし、はりきっていこー!」
「まぁ……走り見ないで断るのはあれだしな。……ところで、そこでずっと見ているキミはどうするんだ?」
「ふぇ? 私ですか?」
「ダイヤちゃんも一緒に走ろーよ!」
「……なら、私も! 一緒に!」
その場で立ち尽くしていたダイヤちゃんも一緒に誘って、三人でターフの上に立つ。
とんとんと足を鳴らして芝の感触を確かめると、ぐっと足を伸ばしてしっかりと準備運動をする。
そしてスタート地点に立つと、三人とも体を前に倒して走る体制を作った。
「まだデビューもしてない新入生だし、体も作れてないだろう。距離は1000m、コーナーを回って、直線に入ってゴールだ」
「りょーかい!」
「はい!」
「よし……。じゃあ、よーい──」
芝の上に吹く春風と共に、あたしのトレセン学園での初レースの火ぶたは切られた。
「──スタート!」
轟っと音が鳴り響いたかと思うと、あたしはスタートから全力で端をきる。
たった1000mという、ウマ娘が走るにしては短い距離。
このくらいだったら最後までスタミナは持ちそう。なら、ずっと全力で逃げる!
それに、あたしの今の全てをぶつけてみたい!
「はぁぁぁぁ!!!」
ちらりと後ろを見てみると、ダイヤちゃんはあたしの三バ身程度後ろ程度の場所にいる。
ぴったりとマークして、末脚であたしを追い越すつもりだろう。ダイヤちゃんのいつもの走りだ。
それを確認した後、あたしは直ぐにコーナーを回って最後の直線へ。
まだ前に、誰もいない。恐らく残り200m程度。中山の直線より100m短いくらい……!
──いける! あたしだって、このまま!
がっとラストスパートをかけるように芝を踏みしめた瞬間、あたしの隣を一陣の風が吹いた。
一体いつから仕掛けてきていたのか。
だって、コーナーの前で確認した時にはダイヤちゃんの後ろに、いた、はずっ……。
「んんぅ! まだぁ!!!」
それでもまだ諦めないと叫んで、更に全力を出して前に進もうと。
だけど、最初から逃げていたあたしにそんなスタミナなんて無くて。
結果最後の直線でテイオーさんにもダイヤちゃんにも差されて、あたしは三着でゴールしてしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
地面に伸びそうになるのを我慢して、あたしは頭を下げて荒い息を吐く。
負けた。油断していたわけでもないのに、完膚なきまでに負けた。
引退したはずのテイオーさんは、まだ全然余裕そうで。大きな壁が目の前にあるようだった。
けど、まだ。
「ありがとうございましたっ! テイオーさんと走れて嬉しかったですっ!」
「こちらこそありがとうね。キタちゃんに、ダイヤちゃん。新入生にしてはいい走りだったよ。将来有望ってやつだね!」
「……キタちゃん」
あたしは感謝をするために、テイオーさんとスターさんに対して大きな声でお礼を伝える。
テイオーさんに負けて、チームには入れ無さそうだけど。それでも、この模擬レースはとてもいい経験だった。
あたしは悔しい気持ちを抱えてその場を去ろうとした瞬間、スターさんから信じられない言葉が飛びだした。
「なぁ。キタサンブラック。チームデネボラに入る気は無いか?」
「えっ」
「俺でよければキミを担当したい。トレーナーとして、キタサンブラックの走りを見届けさせてくれないか?」
「──っつ! 是非! よろしくお願いします! トレーナーさん!」
「良かったね、キタちゃん!」
こうして興奮冷めぬまま、あたしのチームデネボラへの加入は決まったのであった。
~~~~~~~~
「あの時の、キタサンの走りを見て思ったんだ。昔のテイオーとそっくりだってな」
「テイオーさんと……?」
「あぁ、憧れになりたい走り。自分の理想を体現した走り。テイオーがルドルフに憧れていたように」
トレーナーさんは一つ一つ丁寧に、その時思っていた気持ちをあたしに伝えてくれる。
テイオーさんがシンボリルドルフさんという七冠ウマ娘に憧れていたのは、かなり有名な話だ。
だけど彼女はそれを憧れで終わらせず、ターフの上を走り切った。
でもそれって、あたしがまるで……
「でも違うのは……。あの時のキタサンは、憧れを追い越そうとする走りだった。憧れになろうとするんじゃない。テイオーにだって負けたくない。自分はキタサンブラックだってな」
「トレーナーさん……」
「俺はそれに夢を見た。キタサンなら、テイオーを超える伝説を残せるんじゃないかって」
皇帝を超えて、帝王へ、そして、帝王を超えてその先へとあたしなら行ける。
そう思って、トレーナーさんはあたしをスカウトしてくれたのだ。
あたしも気づいていなかった、その時の自分の無意識の気持ちを見抜いて。
「やっぱ……凄いなぁ。トレーナーさんも、テイオーさんも。そこまで分かっていて、完璧で」
「……そんなことないぞ」
そう言ってトレーナーさんは何かを思い出すかのように、そっと真上を見上げた。
ただの電球がついている、あたしの寮の外観と変わらない普通の天井。
だけど、トレーナーさんには違う光景が見えているようだった。
「少し、昔話をしようか。俺とテイオーの話」
「えっ……!」
「これはテイオーには内緒な。キタサンに言ったのバレたら、アイツちょっと拗ねそうだし」
物語の幕を上げるようにトレーナーさんが語り始めたのは、あたしの知らないテイオーさんの過去。
「まだデビューする前のテイオーは結構子供っぽくてな。カイチョーになるんだ~って、言いながら走ってたんだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ。テイオーが最初からテイオーの走りが出来てたわけじゃないんだよ。その点、キタサンは立派だな」
「わふっ」
突然あたしの頭の上にトレーナーさんの手が乗ったかと思うと、優しく左右に撫でまわしてくれた。
トレーナーさんが褒めてくれるのが分かって、あたしは思わず嬉しくて目を細めてしまう。
そんな居心地良くて気持ちいいまま、トレーナーさんはゆっくりと話を続けてくれた。
「それに、俺だって最初は半人前だったさ。トレーナーだけど、ヒトのこと全く言えないような感じだったよ」
「トレーナーさんって、最初から完璧なイメージありました……」
「ないない。俺だってテイオーと喧嘩したり、一人で落ち込んだり、間違いだって沢山してきたよ」
「意外……かもしれないです……」
「そうか? 俺だって、ただのウマ娘だってことだ」
トレーナーさんはそっとあたしの頭から右手を離すと、それを自分の胸辺りに持っていく。
そしてすっと目を瞑ると、頷ぎながら自分自身のことを話してくれた。
「だけど、みんながいたから俺はスターゲイザーに成れているんだ。一人じゃ、今の俺はいないよ」
──だから。
そう続け、あたしの目に光をそっと灯す。
「皆、キタサンを応援してる。信じてる。だから、キミは──ただのキタサンブラックなんかじゃない」
本当……トレーナーさんには敵わない。
全部、全部分かっていたんだ。見抜いていたんだ。だけどあたしが話してくれるまで、待ってくれていた。
「もっと自分の気持ちに素直になっていいんだよ。キタサンブラック、キミはどうして走りたい? どうして、走り始めた?」
だからこその今、この問いかけ。
トレーナーさんから、あたしへの答えもくれた。
あの時思っていた、トレーナーさんの気持ちを聞いた。
みんなの思いを。みんなの想いを。あたしは、本当の意味で受け取れた気がする。
「トレーナーさん! あたし!」
「おっと……その続きはテイオーがいるときに、な?」
「……はいっ!」
もうあたしの心のもやもやは、綺麗に全て無くなっていた。
──キタサンなら、テイオーを超える伝説を残せるんじゃないかって
トレーナーさんが信じてくれた、あたしを信じたい。
──キタちゃんには皐月賞取って、ボクと同じ三冠ウマ娘を目指してもらいたいからね!
テイオーさんが信じてくれた、あたしを信じたい。
あたしはとっくにもう──みんなの、キタサンブラックなんだ!
~~~~~~~~
『早春の風がターフに吹く時期が、今年もやってきました。皐月の栄冠を求めるウマ娘たちが、この中山レース場に集います』
桜咲く、四月初旬。
一年で何度も回って来るこの季節に、一生に一度しかないレースが存在する。
クラシックレースの最初の冠──皐月賞。
中山レース場で開催されるこのG1レースは、最も速いウマ娘が勝つなんて言われている。
無敗の三冠を取るならば、一度の踏み外しさえ許されない。
そんなレースに出走する為に、あたしは今ここに立っている。
「すぅ……はぁ……」
普段通りの力を出せるよう、自分で意識して息を大きく吸って吐く。
ただの深呼吸なのだが……なんだか体が落ち着かない。
あたしが高揚と緊張で尻尾をゆらゆらと揺らしてしまっていると、肩をとんとんと優しく叩かれる感覚がした。
「キタちゃん、リラックスリラックス。普段してないことしてると、逆に緊張しちゃうよ?」
そう言って話しかけてくれたのは、いつもの笑みを浮かべているテイオーさん。
少し薄暗い地下バ道をととんとリズムよく足音を鳴らしながら、一緒に歩いてくれる。
そしてあたしを挟む様に、隣にはもう一人のウマ娘。
「キタサンならこの大舞台でも十分勝てる。下手に意識せず、自分の走りで逃げて行けばいいさ」
感覚ではなく理論で励ましてくれるのは、あたしのトレーナーさんであるスターさん。
テイオーさんが感情に訴えかけるなら、トレーナーさんはデータで話してくる。
そしてその二人が今のあたしなら勝てると、出走前に太鼓判を押してくれた。
これほど頼りになる二人があたしについてるなんて……凄い幸せだ。
だから、こそ。あたしは、彼女たちを。彼女たちに。
「トレーナーさん……テイオーさん……」
「ん?」
「なになに? キタちゃん、どうしたの?」
カンと蹄鉄とコンクリートが叩く音が、地下バ道に木霊する。
もう少し踏み出せば舞台の上に立てる扉が目の前にある中、あたしは一度歩みを止めて二人を呼び止めた。
くるりと振り返ってあたしを覗いてくる彼女たちの後ろには、外からの歓声と光が差し込んでいて本当に綺麗だ。
まるで超えられない伝説のように、あたしの目の前に立っている。
「皐月賞、必ず勝ってみせます。ダイヤちゃんにだって、ドゥラちゃんにだって。誰にも負けません!」
「勝てるさ、キタサンなら」
「ボクも信じてるよ、キタちゃん」
まだだ。まだあたしは二人の教え子のキタサンブラックだ。
だから、この「宣言」で。
あたしは──もっと、先に!
「日本ダービーも菊花賞も! 大阪杯も、天皇賞春も、宝塚記念も、凱旋門賞も、ジャパンカップも、有馬記念も!」
「……」
「あたしは無敗で! 勝ちたい! テイオーさんとトレーナーさんに勝ちたい!」
そう言った途端に、二人の空気がぴりっと変わった気がした。
普段あたしに接してくれているテイオーさんとトレーナーさんじゃなくて、まるであの時のような。
蒼白の流星が──あたしの目の前にいた。
「キタサン、本気?」
「その意味分かって言ってる?」
「分かってます。だから、あたしは追い越したい。何回だって何度だって。手が届くなら、諦めません」
一触即発。
そんな空気が、しんと静まり返った空間に流れる。
刺激すれば爆発しそうな中、テイオーさんとトレーナーさんを顔は合わせて──笑った。
「いいよ。楽しみにしてるよ、キタちゃん。ボクたちを超えてみせなよ」
「だから、俺はキミをスカウトしたんだ。キタサンブラック。俺たちを超えてきな」
「はいっ!」
二人に背中押されて、あたしはターフの上へと走る。
夢を見た。憧れを見た。星を見た。
追いつけ! 追い越せ! 捉えきれ!
あたしは──キタサンブラックだ!!!
~~~~~~~~
「行っちゃったね……」
キタサンが皐月賞の舞台へと上がっていった後、俺とテイオーは地下バ道から観客席に移動する為に二人で歩いていた。
「なーんか、ボクより立派になっちゃってさ。皐月賞の時、ボクこんなじゃなかったよ」
「それだけテイオーが残したものが大きかったってことだな。キタサンが思わず挑戦したくなるくらいには」
「ボクたち、でしょ?」
にっししと笑う彼女の姿は、まるであの時のテイオーのようでなんだか懐かしかった。
俺たちの夢だった、無敗三冠。
それを叶えた後も、この時期になると毎回思い出してしまう。
『トウカイテイオー抜かせない! トウカイテイオー強い! トウカイテイオー、皐月賞快勝ゴールイーン!』
『トウカイテイオー、圧勝です! 無敗のままダービーを勝ち、二冠を達成しました! この子に敵うウマ娘はいるのでしょうか!』
『トウカイテイオー、菊花賞を制し無敗の三冠ウマ娘! 今ここに、新たなウマ娘の歴史が刻まれます!』
最強は、確かにここにあった。
過去の歴史だというのに。もうトゥインクルシリーズは走れないというのに。
キタサンからの宣言は、俺たちの心に火をつけてきた。
その証拠にテイオーはもううずうずと走りたそうに、体全体を動かしてしまっている。
湧き上がる心に、俺は高い空を見上げてしまう。
「キタサン強くなるぞ。本当に」
「問題ないでしょ。だってさ」
例え、無敗の三冠になっても。
例え、春シニア三冠、秋シニア三冠を取っても。
例え、凱旋門を取ったとしても。
「「──最強はボク/俺たちだ」」
蒼白の流星は、まだ──ユメヲカケル。
☆
☆☆
☆☆☆
その日まで、世界は灰色だった。
自分の瞳が濁っているのか、それとも世界がモノクロなのか。
何をしても退屈で。何をして他の子より自分が上で。
天才だなんて、何回言われたことか。
そんなわたしは、輝く星を見つけた。
「すごい……」
その星を景色を染めて、退屈だった世界を吹き飛ばすかのように。
大きく輝いていた。
だから。わたしは思ったんだ。
「──わたしの方が速く走れる」
「わたしの方が、もっと速くターフを」
「わたしの方が、もっと視線を」
「わたしの方が、もっと向こうへ」
なんで自分はこのターフにまだいないのだろう。
勝ちたい。
勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい。
彼女に。彼女たちに。まだ知らない誰かにだって。
「よし……!」
彼女たちは、走り続ける。
まだ名もなき星を瞳に宿し。
瞳に映し続ける、ゴールだけを目指して。
「次の、時代がわたしが一番になる!」
「☆」以降はハーメルン公開に先立って書き下ろした部分です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
次からは本編に戻ります。
スターちゃん歴代担当ウマ娘
トウカイテイオー→マンハッタンカフェ→???????→スイープトウショウ→キタサンブラック→?
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素敵な挿絵もついている本の方もよろしくお願いいたします。
実本は数が少なくなっていますので、お早めに。
四章は大人になったスターちゃんとテイオーが見れます。
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