そのウマ娘、星を仰ぎ見る   作:フラペチーノ

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35.私しか知りえない世界──大阪杯

 サイコロを投げる。1「が」出る。

 サイコロを投げる。1「が」出る。

 サイコロを投げる。1「しか」出ない。

 

「……」

 

 自分がこの結果を出しているわけじゃない。

 世界がこの結果を決定しているかのように、レースは回る。

 この大阪杯だって例外じゃない。別に自分が走ったところで、見えた結果が変わるわけがない。

 分かってる。理解している。

 なのに。

 どうして──

 

「マヤはこんなに、ワクワクしてるの……?」

 

 自分でも、分からないこの感情は。

 ずっと燻って。燃えて。消えそうにない。

 だけど不思議と、消えて欲しく無かった。

 サイコロは、まだ転がっている。

 

~~~~~~~~

 大阪杯。それは阪神競馬場で行われる、G1レース。

 シニア春三冠の一つにも数えられるこのレースは、出走するウマ娘のレベルも最高レベルと言っても過言ではない。

 王道とも言われる芝2000m中距離は、テイオーちゃんが鮮烈なG1初勝利を飾った皐月賞と同じ距離。

 レース場が中山から阪神になってるとはいえ、それが強く焼き付いているからだろうか。

 

「出走者八人とは……本当にこれG1レースなんかぁ?」

 

 レース場の控室でちょっとしわがれた声でそう呟いたのは、マヤの目の前に座っているおじいちゃん。

 白髪に白ひげと威厳すら感じさせる彼こそ、何を隠そうマヤのトレーナーちゃんだ。

 トゥインクルシリーズに出走するためだけだから、誰でもいいかなと思ってたまたま目が合った彼と契約したのももう大分前の事になる。

 トレーニングとか形式的に見てくれてるけど、ありがたいことにあんまり口を出してこない。

 

「それも狙い通りってかぁ? マヤノ?」

 

「さぁね? テイオーちゃんが怖くて、みんな出走取りやめちゃったんじゃないの?」

 

 別にG1レースでここまで出走者が少ないのは確かに珍しいけど、ないことではない。

 歴史を振り返ると、最小で六人しかいなかった時だってある。

 それが偶然。たまたま。マヤが出走する大阪杯だってだけで。

 

「何を企んでるのか知らねぇが……初G1レースなのにウマ娘がすくねぇのは、俺は寂しいけどなぁ」

 

「……?」

 

 そう言って今日の出走者が出ているであろう新聞を見ている姿は、まるで休日に競馬場にいるおじいちゃんみたいだ。

 そんなトレーナーちゃんに対してマヤが首を傾げると、呆れたような目で私を見てきた。

 

「何不思議そうな顔してんだぁ……。せっかく担当の晴れ舞台だぁ……大勢の人に見せたいっていうのはトレーナーみんなが思ってんぞぉ……」

 

「……テイオーちゃん主役にしか見えないレースなのに?」

 

「お前さんのレースだろぉ。それにトウカイテイオーが無敗だったら、こっちも同じ条件だぁ」

 

「マヤ、負けてるけど」

 

 マヤは別に、今まで無敗だったなんてことはない。

 出たことあるグレードはG2まで。あんまり興味ないから勝敗の数は覚えてないけど、まぁ平凡くらいだった記憶がある。

 勝ったり負けたり。そんなどこにでもいそうな戦績。

 

「よく言うなぁ……お前さん、一度も走ったこと無いだろぉ?」

 

「走ってるよ! トレーナーちゃん、もうボケちゃったの?」

 

「バリバリ現役だ若造がぁ……。言いたくねぇならいいが……本気とかじゃねぇ。お前さんは、一度もレースを走ってねぇ」

 

「……」

 

「分かってんだろ? マヤノトップガン」

 

 それを言われて、自分は思わず黙りこくってしまう。

 マヤにとって、レースは市民館にある流れるプールみたいなものだ。

 確かに適当に選んだレースが適当に流れて目が覚めたらレースが終わってました、みたいなことばっかりしてたけど……。

 

「露骨すぎだぁ……。隠すなら、自分で大阪杯出走したいって言わなきゃ良かったなぁ……」

 

「別に、一回くらいG1レースに出たいのはそんな珍しいこと?」

 

「おめぇさんなら、俺に大阪杯出走を誘わせるくらいしてくるなぁ」

 

 あー、これはバレてる。おっかしいなぁ。

 マヤのことを一回もトレーナーちゃんに話したことはないし、あんまり関わるなんてこともしてないのに。

 なのに、なんでこうも……老人は目線が鋭いものなのか。

 

「この業界にいるとなぁ……目が良くないとやっていけねぇもんだぁ……。だから、あのトウカイテイオーのトレーナーはこれからが怖くて仕方ねぇ」

 

 そう言ったトレーナーちゃんは、マヤから目線を外すとまた手元の新聞へと目線を下げている。

 彼とは何も強い思い出なんかない。

 テイオーちゃんとスターちゃんみたいに、絆なんて無いはず。

 だけど、目の前の彼はマヤのこと……ずっと見ていたみたいだ。

 

「お前さんがどう思ってるかは知らねぇがぁ……俺はマヤノトップガンのトレーナーだぁ。ただで俺がトレーナーとして面倒みてやるかよ……全く……」

 

 呟くかのようにそう声に出した彼の言葉は、私は無視できなかった。

 勝ちたいけど、負けてもいい。

 あえて言うなら……負けて、自分を否定して欲しい。

 そんなつもりでこのレースに挑んで、まだ振り切れてなかったのに……。

 なんで、こうも。

 トレーナーって人種は、ウマ娘を奮い立たせるのが得意なのだろう。

 

「ねぇ、トレーナーちゃん。マヤがこのレース勝ったら、スイパラでも行こっか!」

 

「俺を死なせる気かぁ? ウマ娘の食事付き合わせたいなら、若い兄ちゃんでも捕まえてくるんだなぁ」

 

 軽いやり取り。

 本当にG1レースに出走するのかと疑問に持たれそうな空気の中、マヤは控室をゆっくりと後にする。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

「あぁ……初出走、勝ってこい」

 

 サイコロは、まだ転がっている。

 

~~~~~~~~

 地下バ道というのはあまり知られていない場所だ。

 それもそう。私たちがパドックでお披露目を行ってから、反対側のレース場に移動するためだけの通路で普段は目に入らない場所なのだから。

 ひんやりとした空気の中で、カツンと蹄鉄の音が高く響き渡る。表舞台とは違った静かで、冷たいレース場の裏舞台。

 マヤがそんな通路の真ん中くらいまで歩くと、とあるウマ娘が目に入った。

 歓声が聞こえる方向から光を浴びながら前を向いているのは、今日の主役である彼女にほかならない。

 

「……テイオーちゃん、ここでは初めまして……かな?」

 

 アカい。

 それがテイオーちゃんの勝負服を見た時の、最初に出た感想だった。

 赤く燃え上がるようにたなびいている、不屈の闘志を想わせるマント。

 おへそを出すほどに露出のある服は、トップスのジャケットとスカートによりバランスよく構成されている。

 そして極めつけは、いつもの彼女がつけている物とは違った「羽」の耳飾り。

 赤の羽。青の羽。そして、白い羽。

 あからさまに自分のトレーナーアピールしているのがバレバレなその格好は、不思議と彼女には丁度良く収まっていた。

 

「それ、新しく貰った勝負服? カッコよくていいね! それと比べたらマヤの勝負服、ちょっと子供っぽいかな?」

 

 いつもの青白を基調とした勝負服とは全く違う、斬新とも言っても差し支えない赤い勝負服。

 これはURA賞受賞の時に、マックイーンちゃんとスペシャルウィークちゃんも一緒に貰っていたはずだ。

 確かG1レースの中では初披露になる、その勝負服の名前は──

 

「……Beyond_The_Horizon」

 

 その意味は、地平線の彼方。

 あぁ。本当に……どこまでも、マヤの先を行く。

 

「あれ、ボクその名前言ってたっけ……? トレーナーくらいしか伝えてないと思ったんだけど……」

 

「……部屋で言ってたよ~? 覚えてないの?」

 

「どうだったかなぁ……」

 

 ぽつりと呟いてしまったセリフを、なんとかおちゃらけて誤魔化す。

 じーっと見つめてくる彼女は、いつも部屋で仲良くしているテイオーちゃんそのものだ。

 ぽわっとしながらも、明るく元気なテイオーちゃん。

 だから、彼女の気持ちが切り替わった瞬間は嫌でも分かる。

 

「どうしたの、ボク先行っちゃうよ?」

 

 雰囲気も、声も、聞こえてくる音も。そこにあったのは、G1レースの表舞台に向けたモノ。

 空気感が、普段のレースとは一線を画していた。

 知っているだけでその空気を直に浴びたのは、産まれて初めて。

 気を抜くと思考が乱れそうな大きなノイズに、マヤも一歩踏み出して対抗する。

 

「……行くよ。マヤも、そこに」

 

 その一歩を踏み出すまでに、どれだけの時間がかかったのだろう。

 いつの間にか目の前にいたテイオーちゃんはいなくなっていて、最後に本バ場入場することになってしまっている。

 ふと後ろを振り返ると、何もない真っ暗な道が広がるのみ。

 きっとそのまま戻ってしまえば、何も変えずに済む楽な道に通じてるけど。

 

「初めてのテイクオフ、だね」

 

 サイコロは、まだ転がっている。

 

~~~~~~~~

『皆様、お待たせしました! 阪神レース場、第11レース大阪杯! 各ウマ娘がレース場に入場します!』

 

 時刻は15時45分。透き通るほどの晴天。

 気温は……春が近づいてきたおかげで少し暖かい程度。

 絶好のレース日和の中、私たちは本バ場に足を進める。

 

『大きな歓声が響き渡っております! そんな中、本バ場入場するウマ娘たちを紹介していきましょう!』

 

 うるさいと言っていいほどの大歓声。

 地下バ道にいた時から声は漏れ聞こえていたけど、実際にターフに立ってみるとその音量は全く違う。

 今日は八人しか出走しないというのにこれだけの熱狂は、G1レースだからだろうか。

 それとも──

 

『さぁ、今日の一番人気! トウカイテイオー!!! 新たな勝負服を身に纏い、レース場に堂々たる登場です!』

 

 その実況が聞こえた瞬間、わっと会場のボルテージが上がった。

 一人のウマ娘に向けられる感情にしてはあまりにも大きいそれに、周りのウマ娘も一斉に視線を寄せている。

 そんな話題の中心にいる彼女は、あまりにも威風堂々と立っていた。

 

『有マ記念では惜しくも敗れましたが、クラシック三冠の実力は折り紙つき! 今日はどんなレースを見せてくれるのでしょうか!』

 

 明らかに過剰な「期待」だ。

 ここまで熱狂的な声援は、ウマ娘に対して毒になり得る。

 トウカイテイオーをトウカイテイオーとたらしめることへの強制と言えばいいのだろうか。

 普通のウマ娘なら背負えないほどの民衆の期待を、彼女は背負っている。

 

「……全く気にして無さそうだけど」

 

 マヤがちらりと見た感じ、テイオーちゃんはそんなこと全く気にしていない。

 とは言っても期待に応えていないという訳じゃなくて、しっかりとファンへ手を振ったりして認識はしていたりする。

 ウマ娘によっては耳を塞いじゃう子もいるけど、彼女はしっかりと分かっているように見えた。

 そしてその彼女の視線の先には、しっかりと白いウマ娘が映っている。

 

「そっかぁ……。一人じゃないんだもんね」

 

 期待も、勝利も、敗北も、夢も、現実も。

 全て彼女のトレーナーである「スターゲイザー」と分割している。

 だから大きな概念的なモノに、潰されてなかったのか。一人じゃなくて、二人だから。

 もし。もしも、マヤも背負っていた「これ」を誰かに分け与えられていたら……何か変わっていたのだろうか。

 

「……うん」

 

 そんなもしもの話なんて今しても仕方ない。

 意識を今日のレースに戻さないと、目の前のウマ娘にはきっと追い付くことすら出来ないだろう。

 そんなマヤの人気は五番人気。八人立てのレースだから、下から数えたほうがいい数字。

 正直マヤ自身も、ここまでレース人数が少なくなるとは思って無かった。

 ウマソウルの記憶の中では、大阪杯──産經大阪杯は八頭立てのG2レースだった。

 でもこのレースはG2ではなくてG1だし、レースの名前と違うしで色々とズレがある。

 だからちょっと人数が増えると期待していたのだが……史実さんはそこまで甘くはなかった。

 本当はもう少し多い人数を想定して自分を隠すのが理想だったけど、ないものねだりしても仕方ない。

 そもそも、史実だとマヤはこのレースに出走してないしね。

 

『さぁ、ゲートインの時間になりました! 続々と出走ウマ娘がゲートに入っていきます!』

 

 あっという間に出走者の紹介が終わり、レースはゲートインの時間となった。

 今回マヤは、内枠三枠三番。

 先行策内枠が有利とされている大阪杯において、これは有利な展開に持っていける。

 

「テイオーちゃん、今日はよろしくね!」

 

「……マヤノが隣だと、なんか思惑通りって感じしちゃうんだけど」

 

「やだなぁ。そんなことないよ、偶然偶然♪」

 

 隣である二枠二番がテイオーちゃんなことを含めても、だ。

 今回のレースの作戦の都合上、テイオーちゃんから離れるとマヤが困る。

 なんなら離れていても近づくつもりだったので、いいんだけどね。

 

『さぁ、全ウマ娘ゲートインが完了しました……!』

 

 ゲートの中に入ると、周りの声援や音が聞こえなくなりしんと静かになる。

 すぅと息を吸った僅かな時間に、マヤはこのレースの前提条件を復唱した。

 

 ──「マヤ」は、テイオーちゃんには勝てない。

 

 これはきっと、どんな未来よりも確定していることなんだと思う。

 そんな中で勝ちに行くレース? テイオーちゃんに? 無理に決まってるじゃん。

 それは、この物語を見てきた私が一番身に染みている。

 なら、最初からテイオーちゃんのルールに付き合う必要なんてない。

 勝つためにするレースなんて、そんな真っ向勝負みたいなことしてあげないよ。

 

『さぁ、緊張の一瞬が走る中での大阪杯……今、ゲートが開きました!』

 

 マヤは、ただ「負けない」レースをしてあげるだけ。

 これからテイオーちゃんには、マヤじゃないウマ娘とレースしてもらうから。

 覚悟、しててよね? 

 

「……あはっ☆」

 

 サイコロは、まだ転がっている。

 

~~~~~~~~

 がこんという心地の良い音と共に、目の前の景色が開けてウマ娘たちが一斉に走り出した。

 今回は出遅れたウマ娘はいなさそう。各々自分の脚質にあった位置に移動していっているのが、なんとなく足音で分かる。

 いつもより大分少ない人数で、狙った位置への場所はスムーズに進みそう。

 つまり参加している出走しているウマ娘の能力が、存分に発揮されちゃいそうだ。

 

 ──さてさて……マヤの狙い通りなら素直に自分の動きが通りそうだけど。

 

 レースは、不確定要素との戦いでもある。

 一人で走って無いのだから当然だけど、普段通りの自分の走りが出来るかも大切になってくるわけだ。

 その点において、テイオーちゃんは本当に強い。

 彼女は、ずっと彼女の走りが出来るメンタルをずっと担保し続けている。

 

『さぁ注目の一番人気、トウカイテイオーは好スタートを見せています! 』

 

 そんなテイオーちゃんは、スタートしてから三番手につくように先行策を取っている。

 彼女が一番得意で、今回の大阪杯で一番有利な脚質。

 恐らくだけど、このまま何もしなかったらこのままテイオーちゃんが独走しちゃう。

 先行策でびゅーんと行って、そのままゴール。はいテイオーちゃんが得意な距離で勝ちましたーみたいな、前にも見たような展開になること間違いなし。というか、あっちの世界の大阪杯もそうだったし。

 だから、この世界でのマヤはズレを作ってあげる。

 

「やっほー、テイオーちゃん。調子はどう?」

 

「……っつ! やっぱり、マヤノ何か考えてるじゃん!」

 

「さぁ~? どうなんだろうね」

 

 まずは、テイオーちゃんにちょっかいをかけることから。

 彼女の半バ身ほど後ろになるような位置に付きながら、がっつりとマークをする。

 別にマヤは逃げ先行差し追い込みどの脚質も出来るけど、今回はテイオーちゃんの真似っこだ。

 勿論、仕込みはあるけどね。

 

『全体的にまとまった集団のまま、第一コーナーから第二コーナーにかかります。まだ目立った動きはありません』

 

 大阪杯は中距離の「シニア級」のレース。

 クラシックレースより経験豊富なウマ娘たちが参加していることがほとんど。

 それに加えて三冠のテイオーちゃんに物怖じしないことは、このレースに参加している時点で確定。

 だからこそだけど……他の子の動きは、素直で読みやすい。

 どの時点で仕掛ければ、テイオーちゃんに勝てるのか。

 それぞれの脚質に合った仕掛けるタイミングなんて、これだけ出走人数も少なければ手を取るように分かるもの。

 取り敢えずは、目の前の「予想外」にだけ集中すればいいかな。

 

「あーあ、このままだとスターちゃんの作戦通りになっちゃうかな~。テイオーちゃんが勝っちゃうよ~」

 

「随分と、余裕そうじゃん。マヤノ! ボクたちの作戦なんて、なんもないよ!」

 

 マヤが目の前のテイオーちゃんに話しかけると、息を吐きながら前を向いたまま律儀に答えてくれる。

 テイオーちゃん、真面目だな~。

 レース中に話しかけるのは、よっぽどじゃない限り問題にならないけど……それに答える義務なんてあったもんじゃない。

 話せばそれだけ脳のスペースを使ってるせいで、スタミナだって無くなる。

 まぁでもそれを分かってないテイオーちゃんじゃないだろうし……完全に無視されるうちに、もうちょっとお話で揺さぶっておこうかな。

 

「うん、知ってる。だって今回テイオーちゃん、スターちゃんから指示何もされないでしょ」

 

「どう、だろうねっ!」

 

 マヤの考えをぽっと呟くように言ったところ、テイオーちゃんは耳を前に向けてほんの少しだけ前に行ってしまった。

 あら。これは、もうお喋りは通用しないかも。まぁでも、マヤの言ったことは図星だったっぽい。

 だけどそれは、マヤにとってちょっとだけ不幸なお知らせだ。

 

 ──逆にスターちゃんに指示されてないの嫌だな~。理詰めの方が作戦読みやすいんだけど、テイオーちゃんの肌感覚だと、何されるか読めない時もあるし。

 

 恐らくだけど、今回テイオーちゃんはスターちゃんから細かい作戦を指示されてない。

 あえて言ったことを想像するのであれば「内側、先行策で。テイオーの自信があるところで、仕掛けていけば勝てる」とかだろうか。

 そうなったのも、スターちゃんなりの理由があるのだろう。

 例えば有マ記念で敗北を喫した時の「先行策」に対して、苦手意識を付けさせないためとかかな。

 あの時テイオーちゃんは、自分の走りが出来ずに負けていた。

 だから次のレースにあたる今回の大阪杯で、彼女の走り方は「勝てる走り」だと再認識と自信をつけさせるためか。

 G1レースすら、自分を取り戻すためのただの通過点。あぁ、本当に。

 それはなんて、強者の発想だ。

 

『先頭からしんがりまではおよそ十バ身くらいでしょうか! そろそろレースは終盤戦! 第三コーナーに差し掛かります!』

 

 じゃあ、ここからは弱者の「負けないための走り」を見せてあげる。

 

「はぁ!? 嘘でしょ!?」

 

「おいおい、本気かよ。それ、映像でしか見たことねぇぜ?」

 

 その瞬間、周りを走っているウマ娘から驚きの声が聞こえてくる。

 何、別に自分は対したことはしてない。

 ほんの少しだけ、踏み込むタイミングを変える。

 ほんの少しだけ、歩幅の大きさを変える。

 ほんの少しだけ、前傾姿勢をかえてあげる。

 そうするだけで、私は私じゃなくなる。

 

「さて、行こうかな。ルドルフさんだったら、勇往邁進って言うのかな?」

 

「それの走りって! マヤノッ!?」

 

「あれ、気にしていいの!? 大好きなカイチョーに、カテル機会かもしれないよ!?」

 

 私がしたのは、とあるウマ娘の走りを真似しただけ。

 ただその真似た先がたまたま、トゥインクルシリーズに伝説を残して。

 たまたま、テイオーちゃんに超えるべき目標にしていた。

 シンボリルドルフ、その走りなだけで。

 

「テイオーちゃん、勝負しよう!」

 

 サイコロは、まだ転がっている。

 

~~~~~~~~

『第三コーナーを通過して、残り600メートルになりました! トウカイテイオーにマヤノトップガン共に、外から差を詰め始めています!』

 

 トウカイテイオーの走りは、最近のウマ娘の中でもファンからの人気が高い。

 それは何故なのか、考えたことがあるヒトは少ないと思う。

 テイオーステップという特徴的な走りが、他のウマ娘と比べて分かりやすくて派手だから? 

 そもそもテイオーちゃんが、無敗三冠を取ったから? 

 勿論それもあるとは思うけど、マヤが考えるに一番の要因はそこじゃない。

 

 ──テイオーちゃんの走りは、勝つための走りだから。

 

 いつだって全力で前を向いて、レースに対して勝ちに行く走り。

 そんな彼女のひたむきさに、みんなが応援したくなる。そんな、真っすぐな走りだから。

 だけど、マヤが今やってる走り。シンボリルドルフの走りは、トウカイテイオーとはある意味対極の位置にいる。

 

『さぁ第四コーナーを通過して、残り正面! 各ウマ娘、ラストスパートに入ります!』

 

 シンボリルドルフの走りは、負けないための走りの極地。

 どのウマ娘より最終的に一歩先を行くことにおいて、彼女を超える者はいない。

 レースにおいて、別に大差で勝つ意味は全くない。

 二着のウマ娘より、ほんのちょっと前にいれば勝ちになるのだ。

 大差をつけた勝利も。クビ差でギリギリに見えた勝利も。価値的には同じ一着。

 別に、テイオーちゃんに勝てると思ってはいない。だけど、負けてはあげない。

 屁理屈に見える? でも、今はこれが一番いいんだよ。

 

「まだまだ、引き出しはあるけどっ。テイオーちゃんは、誰の走りが見たい?」

 

「そんなっ、余裕あるのかな! ボクがビビると思った!?」

 

「いや全然っ、思ってない!」

 

 マヤの小手先だけの真似っこで、テイオーちゃんに負けないだなんて。マヤはそこまで自分を過剰評価していない。

 策略を張り巡らせて、思考を割いて、誰にもできない妨害をして。

 ようやく、この「決まった物語」は崩せる。

 タネもシカケも──テイオーちゃんが感覚で使っている、そのオーバードライブの仕組みも。

 全部「分かった状態」でやっと、レースは私の方に傾く。

 

「使いなよ! オーバードライブ! マヤ、このままだと負けてあげれないよ!?」

 

 ぴくりとテイオーちゃんの耳がかすかに揺れる。

 私とは違った天才型の彼女なら、今置かれてる状況を直ぐに認識出来ているはず。

 だから、ちょっとマヤがつついてあげるだけで──ほら。

 

「なら、乗ってあげるよ! マヤノが何考えてるか知らないけど、ボクとトレーナーに勝てると思わないでよねっ!」

 

 テイオーちゃんの本質は負けず嫌い。

 誰かを超えようとするその想いは、今マヤが走っている走法で更に刺激されている。

 普通のウマ娘だったら、こんなことしたらわざわざ死地に飛び込むようなものだけど……私は残念な事に「普通」じゃない。

 

「……っつ!?」

 

 私は、彼女の「オーバードライブ」を封じられる。

 オーバードライブの仕組みは、実はそこまで複雑じゃない。

 人々の想いが、ウマ娘の魂に宿る。ただそれだけ。

 元々ウマ娘は別世界の魂──ウマソウルを宿して、走っている存在。

 だからウマソウルには、人々の願いや想いなどが受け止めやすい。

 その影響で、ウマ娘たちはその背中を押されていつもよりも力を出せるようになる。

 オグリキャップの有マ記念ラストランで見せたのは、これ。

 そう。ウマ娘のオーバードライブは、原理上どのウマ娘にでも起こり得るものだ。

 

「まぁテイオーちゃんの、オーバードライブは例外だけどね!」

 

 だけど、彼女のオーバードライブは「二人」で完結してしまっている。

 みんなから想いを受け取るオーバードライブに比べて、テイオーちゃんはスターちゃんからの想いだけを局所的に受け取っているのだ。

 これだけなら他のウマ娘とトレーナーの関係でも起こり得そうだけど……ここで、例外が生じてくる。

 それが、スターちゃんが「ウマソウル」を持っていない特別なウマ娘であること。

 するとこの世界で普通には起こりえないバグが発生し、テイオーちゃんの方にスターちゃんの想いが魂と一緒に乗り移る。

 これが、テイオーちゃんとスターちゃんにしか出来ない「蒼白の流星」の仕組み。

 

「マヤノ、何したのっ!」

 

「ちょっと、邪魔しただけだよっ!」

 

 だから、この特別なオーバードライブは邪魔しやすい。

 スターちゃん一人からの想いを受け取るのであれば、その通路を止めてあげればいい。

 彼女がリンクする瞬間、私の三女神と繋がった時の応用で別の想いをどんぴしゃにぶつけてやった。

 人々の想いを複数方向から受け取るんじゃなくて、一つの方向からしか受け取らないからこそできた一回限りの初見殺し。

 

「なら、もう一回!」

 

「でもきついでしょ! 集中力使うもんね、それっ!」

 

 オーバードライブは、想いが宿って重なる瞬間に起こる奇跡の現象。

 ただテイオーちゃんのそれは、二人の条件さえ重なれば起こりえる再現可能な絶対の奇跡。

 本番レース中で、本気で勝ちたいとお互いの魂の想いが共鳴した時。

 だけど。それを人為的に二回も引き起こせるほど、彼女たちはオーバードライブの仕組みに気づいていないし、感覚的に慣れてもいない! 

 

「同じ土俵に立たせて貰ったよ! テイオーちゃん!」

 

 さぁ大阪杯、残り350m。最後の直線。

 やっと、隣に並べた。競い合えた。

 テイオーちゃんに勝って、ようやく。

 

 ──自分が、この世界にいていい理由を知れると思えるから。

 

「呆れた」

 

 最終直線に入って、ラストスパートのタイミング。

 その瞬間にマヤの耳に入ったのは、ぞっとするほど重くて冷たい声だった。

 

「なんでそこまで自分で出来るのに、違う誰かで走ってるの?」

 

 いつもの彼女からは考えられない声。

 レース中の覇気とは違う。これは、どちらかというと──怒気だ。

 

「自分を出さないマヤノに勝ちを譲ってあげるほど、ボクたちは甘くないよ!!!」

 

 赤く開花するは、彼女がまだ見せてなかった世界。

 不死鳥は、何度落ちても輝く姿を見せつけてくる。

 

 ──絶対は、ボクたちだ。

 

「マヤノ、勝負しよう!」

 

 サイコロは、まだ転がっている。

 

~~~~~~~~

 ──まずいまずいまずい!!! 

 

 マヤの目の前を行くのは、赤いスカーフをたなびかせた不死鳥の背中。

 距離にして恐らく半バ身ほど。手が届く距離で、無限に遠い。

 二人のオーバードライブは使わせないようにしたけど、彼女自身の「領域」までは封じられているわけじゃないって分かっていたはずなのに。

 それなのに、彼女は領域が使えない前提でレースに望んでしまっていた。

 だってそこまで出来たら、マヤに勝ち目無い! 

 

「どうしたの!? 勝負するんじゃないの!?」

 

 どうしたら、ここから勝てる? 

 いや無理。だって、私がしていた走りは負けない走りだもん。

 ここから勝ちに行く走りなんて、今までしていなかった。

 じゃあ一体誰の走りだったら、ここからテイオーちゃんにカテる? 

 メジロマックイーン? ステイヤーだからここからじゃ無理。

 ナイスネイチャ? いくら末脚が鋭くても届きそうにない。

 スペシャルウィーク? 世界に届きうる足でもこの距離は縮められない。

 他。

 サイレンスズカ。マルゼンスキー。フジキセキ。オグリキャップ。グラスワンダー。エルコンドルパサー。ナリタブライアン。エアグルーヴ。セイウンスカイ。タマモクロス。ミスターシービー。キングヘイロー。

 et cetera。

 

 ──いい加減素直になろうよ。

 

「あああああ!!!!!」

 

 目をそらし続けていた。

 自分は、この世界に居場所なんてないんだって。

 運命は決まっているなんて澄ました顔しながら。一番その事実を認めたくなくてこの大阪杯にまで出走しているのに。

 深淵を覗いちゃったから、余計にこの世界はまるで物語だって勘違いしていたんだ。

 だけど私は、ずっとこの運命に──自分に勝ちたかったんだ。

 

「マヤだって、負けたくない!!!」

 

 自分の気持ちに気付けた今から、マヤはマヤとして走りだせる。

 負けない走りじゃなくて、勝ちに行く走りを。

 もしここから勝てるウマ娘がいるとしたら、間違いなく彼女しかいない。

 最初からずっとそばに寄り添ってくれていた、そのウマ娘の名は。

 

 ──マヤノトップガン。

 

「ここから、まだ!」

 

「いいね! ボクもマヤノとなら、いくらでも!」

 

 一歩踏み出した、私の走りはそれはもう酷くて不格好で。

 本当にG1レースに出走しているウマ娘なのかって疑っちゃうほど。

 大阪杯最後のたった数百メートルの直線の中で、マヤはやっとテイオーちゃんをしっかり直視できた。

 日の光に当たった彼女の背中は眩しくて、遠かったけど。

 いつかは追い越したいって、本気でそう想えた。

 

『ゴール!!! 大阪杯、勝ったのは──』

 

 清々しくなっちゃうくらい、マヤの負けだよ。

 

『トウカイテイオー! 一バ身半という圧倒的な差を見せつけて、三冠ウマ娘の意地を見せつけました!!!』

 

 サイコロは、もう転がっていない。

 

~~~~~~~~

 いつも以上に荒い息をはぁはぁと吐く音が、自分の耳に聞こえてきた。

 心臓はバクバクと鳴っていて、足はまるで産まれたての赤ちゃんのようにガクガクと震えてる。

 そんな状態で立っていられるわけもなく、マヤはゴール板を過ぎたターフの上に仰向けになって寝っ転がっていた。

 立ち込める芝生と汗の匂い、蒼くて遠い空に、レース場に響く観客の大歓声は今まで体感した事も無かった新しい出来事。

 今ようやく「マヤノトップガン」として産まれたと思えるほど、私の世界は綺麗に色づいて見えていた。

 

「マヤノ、お疲れ様」

 

 私の視界に覆いかぶさるように顔を見せたのは、今日のレースの勝者であるテイオーちゃんだった。

 寝転がっていた自分に対して差し伸ばしてくれた手を、かっちりと掴み返すとぐいっと引っ張ってくれる感覚と共にマヤは立ち上がる。

 そして彼女と目が合いそうになった瞬間、私は下を向いて口を開いた。

 

「……ごめんね、テイオーちゃん」

 

「え、なんで?」

 

「途中で、あんな挑発するようなことしちゃって」

 

 他の子は真正面からテイオーちゃんに対して挑んでいるのに、マヤだけ無法な戦術を使ってしまった。

 将棋をしていたのに、急にオセロを持ち込むくらい無茶苦茶な事。まぁ、どっちも対応されて負けちゃったんだけどさ。

 申し訳なくて私が謝ると、テイオーちゃんがきょとんとした表情を浮かべてきた。

 

「確かにカイチョーの真似されちゃった時は、ちょっと怒っちゃったけどさ……マヤノはその理由分かってるんでしょ?」

 

 多分だけど、テイオーちゃんが怒ったのはシンボリルドルフの真似をしたからじゃない。

 確かにシンボリルドルフの走りは「負けない」走りだ。だけど、その走りをしているルドルフさんは本気で「勝つため」にレースをしている。

 そこをマヤが分からずにやったから、テイオーちゃんは怒ったんだ。

 これは、どう考えてもマヤが悪いから反省している。

 

「ならよし! 最後にマヤノと走れてボクも嬉しかったしね!」

 

「えっ……」

 

「ずっと悩んでそうな顔だったけど、今はすっごいいい笑顔だからさ! また走ろうね!」

 

 そう言われてやっと気づいた。

 今、マヤ笑ってるんだ。

 さっきまでの瞬間が本当にワクワクしてて。

 今までで、いっちばん楽しかった。

 なんだ。マヤだって、誰かに勝ちたいただのウマ娘じゃん。

 

「あは、あはは!!! あはははは!!!!!」

 

「うえ、どうしたの!?」

 

「いや、違うの。マヤ、嬉しくて」

 

 サイコロの「1」の目を出していたのは世界の方だと思っていたのに、自分がずっと「1」になる方を望んでいただなんてこんな滑稽なことがあるだろうか。

 別に世界はマヤのことを否定なんかしてない。ただ、否定してると思い込んでただけ。

 

「目が良くて観測者だったのに、自分を見つめられてなかったかぁ」

 

「どういうこと?」

 

「テイオーちゃんは気にしなくていいよ」

 

 物語の主人公がテイオーちゃんなのはきっと変わらないけど……別にマヤが主人公じゃ駄目なんて理由は一つもない。

 きっと、みんな主人公でいいんだ。

 それに気付かせてくれたみんなに対して、謝るんじゃなくてこう伝えるのが正解なのだろう。

 

「ありがとう!!!」

 

 サイコロは──もう、その役目を終えている。

 




誰にも需要が無いということで、更新をするか悩みました。
今後この話が続くは正直未定です。


☆小話
タイトルについている数字には本編に該当する話という意味合いがあり、今回マヤ視点にも関わらず本編数字がついているのは、やっと本編の物語に参加できたという意味合いも込めています。

☆追記
続き書いてます
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