見下げて落ちれば、乱れる桜。
天皇賞春。
それは国内G1レースの中で最長の3200mという長さを誇る、シニア春三冠を取るうえで最も大きな壁になるであろうレース。
それはテイオーにとって例外ではなく、距離が長ければ長いほど走るウマ娘の実力が出るというのもそうなのだが……
同じ世代に絶対に無視が出来ず、背負うモノが俺たちとは少し違う彼女がいる。
そのウマ娘の名前は、メジロマックイーン。
長距離を得意とするステイヤー気質のウマ娘で菊花賞で全てを出し切り同着という、中距離を得意とするテイオーにとっては手ごわい相手になるのは始まる前から理解している。
そして、天皇賞とメジロ家。
切っても切り離せないこの歴史ある名家の誇りを持つ彼女とレースをするという困難な壁がある現状を目の前にして、俺とテイオーは今──
「このクッキー美味しいね! おかわりある?」
「……貴方がバクバク食べてるそれ、一個500円くらいしますわよ」
「うぇ!? 紅茶がいい所の使ってる時点で分かってたけど、大分お高いの使ってくれてるんだね……」
「えぇ、勿論。貴方たちを出迎えるために、私が一つずつ選びましたからね!」
「じゃあ、マックイーンの好きなものセットじゃん。さては今日チートデイでしょ」
「いいんですのよ! 今日は私の実益も兼ねたチートデイなのですから! 何なら、メロンパフェでも持ってこれますわよ!」
「そうなったら、ただのデザートバイキングじゃん」
「ちょっと、いいか?」
「あら、どうしましたか? スターさんも遠慮せずに、好きにお菓子つまんでいいんですのよ?」
「トレーナー、これとか食べる? あーんして上げるから、口開けて~」
「いや、そうじゃなくて。手紙の中身のはな──これ、美味しいな……」
「でしょ~?」
「しっかり選んだかいがありましたわね。褒めてくれてもいいんですのよ?」
──何故かメジロ家の敷地内でマックイーン本人と優雅……とも何とも言えないお茶会をしているのであった。
~~~~~~~~
時はほんの少しだけ遡り、マヤと密会してからその日の放課後。
入学式がありトレセン学園全体は慌ただしくも新鮮な雰囲気が漂っているが、俺たちのチームにはそこまで関係はない。
新しいチームメンバーを今は取るつもりはないし、テイオーとカフェの面倒を見るので精一杯の俺がこれ以上ウマ娘なんて担当したらパンクしそうだ。
まだまだ半人前の俺にとって、チームで大人数のウマ娘を抱えてるところは本当に尊敬する。
「あ、トレーナーがまた自分を過小評価してる」
一人で思考を回していたら、そんな声が俺の後ろから聞こえてきた。
俺が振り向くまでもなく、隣にすっと並んできた彼女は覗き込んでじっと目を見つめてきている。
「……俺、そんな表情に出てたか?」
「トレーナーは表情より違うところに出てるからね。でもボクだけが知っていたいから、秘密は教えてあげない!」
もはやいつも通りなテイオーを見てどこか安心した俺は、ぽんぽんと撫でるように彼女の頭に手を置く。
なんだかさっきまで込み合った世界の話をしていたからか、脳が疲れ切った上での無意識的な行動だったのだろう。
そんな俺に何も言わず嬉しそうに頭をすり合わせてくるテイオーを見ていたら、心もリラックスするというものだ。
「……で、テイオーが後ろに隠し持ってるのは何だ?」
「げ、バレちゃった。トレーナー室に着いてから渡そうと思ってたのに」
それはそれとして、不自然に何かを隠していそうな彼女の仕草には気づいていないわけではない。
すると後ろに何かを大事そうに持っていたテイオーは、観念したかのように俺にそれを見せてくれた。
「……なんだそれ、封筒? 切手も貼ってないし……やたら高級そうな見た目だな」
彼女が俺に見せてくれたのは、1枚の横に長いタイプの長方形の封筒。
まるで中世の海外で使われているようなこの時代に似つかわしくない見た目は、あまりにも異質さを感じさせる。
更に筆記体の英語で「スターゲイザー、トウカイテイオーへ」とまで書いており、裏面にはなんとシーリングワックスで蓋をしているではないか。
赤い蝋を溶かして密閉されたそれは、見るだけで重要そうな雰囲気を漂わせている。
「凄いよね~、これ。わざわざ手渡しで渡されたんだけど、何が入ってるんだろ」
そう言ってテイオーが封筒をシャカシャカと振ると、中からこつんという音が聞こえてきたのである程度の強度を持っていそうなモノが入ってそうなのが分かる。
まぁ中身は開ければすぐわかるとして、重要なのはこれの差出人。
ただこんなことを俺とテイオーにわざわざしてくる人物で、考えられるのは──
「マックイーンか」
「当たり! なんか絶対にトレーナーと一緒に開けてくださいって釘さされたんだよね。だから、本当に何か分かんない」
そんな会話を彼女としていたら、いつの間にかトレーナー室まで辿り着いていた。
一緒に中に入ってテーブルに封筒を置くと、二人で横になるように一緒にソファに座る。
そして俺は丁寧に封筒を手に取ると、裏面の隙間に指を入れて剥がすように手を動かした。
「じゃあ、開けるぞ」
ペリペリと蠟が剥がれる心地の良い音と共に、封筒の中から出てきたのは一枚の手紙と招待状と書かれた厚紙。
手紙が折りたたまれていた関係で先に厚紙の方から確認してみると、まず最初に「お茶会」という文字が俺の視界に入り込んできた。
「こんなわざわざ丁寧に送るほどの内容なのか……? 俺自身お茶会なんて誘われたことないから、分からないんだが」
「んー……流石に見知った相手にここまでかしこまるのは、ちょっと変かも。マックイーンだし、もっとカジュアルに誘って来そうなものだけどなぁ」
そう俺の疑問に答えてくれたのは、実はしっかりとしたお嬢様であるテイオー。
それなら重要になってくるのは、このお茶会を開く目的。
誰にも見られなくもなく、聞かれたくもない。絶対に俺たち二人だけに見せたいという意志を感じ取れるこの封筒の答えは、同封されていた手紙の方に書かれてあった。
「とはいえ、なんでこっちも英語の直筆の筆記体で書かれてあるんだ……」
「これは流石にボクでも読めないんだけど……」
「要約するから、ちょっと待ってな」
「そして、当たり前のように読めるトレーナーはなんなんだろうね」
トレーナーだからという回答は恐らくテイオーは聞きなれてると思うので、一旦置いておき。
俺が手紙の内容に目を通すと、そこには要約すると以下の内容が書かれていた。
『お世話になっておりますわ。メジロマックイーンです。この手紙をここまで厳重にしたのは、次のG1レース天皇賞春について貴方がたと内密にお話をしたいからですわ。日付と場所は招待状に書かれている場所の通りになっております。当日、迎えが来ますのでこの時間にトレセンの正門前にお願いいたします。このことは厳重に、お願いしますわね』
「──だってさ。天皇賞春のことについて、テイオーと話をしたいらしい」
「参加者はボクとトレーナーと、マックイーンだけっぽいよね。これ、ゲームだったら罠なんだろうなぁ」
お茶会の場所を確認してみると、まさかのメジロ家の屋敷の庭。明らかに密会してくださいと言わんばかりのセッティングに、苦笑まで浮かんでしまう。
ただ、これはある意味「挑戦状」とも捉えられるだろう。果たし状と言い換えてもいいだろうか。
手紙のPSに「難しそうならお断りしても構いませんわ」とまで書いてあるし。
「答えは聞くまでも無さそうだけど……行くか?」
「当たり前じゃん! ボクたちをなんだと思ってるのさ!」
そう言って、俺たちは彼女の誘いに乗ることになったのであった。
~~~~~~~~
そして冒頭へと戻る。
指定された日に正門前で二人で待っていると、真っ黒なリムジンが止まってマックイーンに乗せられて案内されたらあっという間だった。リムジンはお嬢様の必需品なのかもしれない。
メジロ家の豪邸に対してもそこまでびっくりしなかったのは、テイオーの邸宅を見た後だと予想がついてしまう範囲だったからだろうか。敷地面積で言うとテイオーの実家の方が大きそうだが、メジロ家は装飾品などの優雅さの密度が濃い気がする。
そんなことを思い出していると、目の前のマックイーンがかちゃりとティーカップを置いた。
「さて……アイスブレイクはここまでにして、本題に移りましょうか」
「次の天皇賞春のことだな?」
「そうですわね。どうしても、貴方がたに伝えたいことがありましたので」
今までの流れをすっぱりと切るかのように、すっと目を細めて俺たちを見つめてくるマックイーン。
纏ってる空気が春に似つかわしくないのは、由緒正しき令嬢と言った所だろうか。
「テイオー。菊花賞で約束したこと、覚えております?」
「……当たり前じゃん。あれは、負けちゃったけどさ」
菊花賞。テイオーとマックイーンがG1で初めて競り合って、決着が付かなかったレース。
同着一位という歴史的に珍しい結果だけを残し、両者の間でしこりを残したまま終わってしまった。
その時彼女たちの間で交わした約束が、一つ。
──決着は、有マ記念で!
こうして訪れた約束の結果は、俺たちにとって悪夢に近しいものだったが。
テイオー六着に対して、マックイーンは三着。着順だけ見れば、マックイーンの勝ちだろう。
その時は彼女も気を使っていたのか、その事について言及してくることはなかった。
だが逆にそれを今また話してくるということは、彼女も何か思うところがあるのだろう。
「あれ、無効に致しません?」
「うぇ?」
「その代わりですが……次の天皇賞春で、もう一度決着をつけませんか?」
「……なんで? ボクに有マで勝ったじゃん」
「あれで、私の勝ちだと? 本当に思ってるとしたら、軽蔑しますけど……そうではないでしょう?」
「……」
電流が走ったように、ぴりっとした音が鳴った気がした。
一見すると喧嘩を仕掛けているように見えてしまうところもあるが、彼女たちの間ではそうではないことは近くにいる俺でも分かる。
ここは余計な言葉は挟まずに、当人たちのやり取りに任せた方がよさそうだ。
「勝つなら、一着。絶対的に、圧倒的に。そうであるべきだと思いませんか?」
「だから、天皇賞春でやろうって? 別に負けるつもりはないけど、なんで今?」
「理由はいくつかありますが……例を出すとしたら世間のムードですわね。次の天皇賞春、TM対決なんて言われて盛り上がってますわよ」
TM対決とはテイオーvsマックイーンを世間が勝手にそう呼んでいるだけだ。
なまじ場所も距離も菊花賞の再現に近しいこともあり、あの時の再現なんて騒がれていたりするが……当事者からしたらそんな気にする事でもない。
それに、同じ京都レース場でも3000mと3200mの間にある「200m」は走るウマ娘目線誤差なんて言葉で片付けていい距離ではない。もう、全く別物のレースなのだ。
だが、それは二人とも分かってるようで
「レースの条件が似てるからって話? 天春は菊花賞とは全然違うレースだし、だから2500mの距離かつ晴れ舞台の有マで決着だと思ってたんだけど」
「まぁ、それはおっしゃる通りですわね。あと私の方が長距離に向いてますし」
「ぐぬ……」
こればっかりは言い返せないテイオー。
中距離が得意なテイオーに対して、マックイーンは圧倒的なステイヤー。
距離が長くなるほど有利になる彼女に対して、テイオーはその時点で不利を突きつけられるのは言い返しようのない事実だ。
それをひっくり返そうとして菊花賞では色々としたのだが……あれは初見だから強いというのもあるし、マックイーンもあれから成長している。
そう易々と覆る相性差などではない。
これだけ述べていると、まるで走る前からマックイーンが勝ちそうなものだが俺たちが思ってる結末は全く違う。
「でも、勝つよ。ボクたちもう負けないし」
「えぇ。知ってますわ。だから、この提案をしたのですし」
「これボク、転がされてるよね……!?」
「さぁ? どうでしょうね」
クスクスと意地悪そうに笑うマックイーンの姿に、きーって言いながら彼女を睨みつけるテイオー。
実際俺もタダで負けるとは思ってないし、絶対に勝つという意志の元に挑むつもりだ。
だからこそ、少し思う事がある。
別にここで決着のやり直しをしてもいいが、本当にフェアにするならまた別のレースでもいいはず──
「凱旋門賞、出るらしいですわね」
「……なんで知ってるのさ。ボク、まだ言ってないよね」
「プロジェクトL'arcには、メジロ家もある程度出資してますわ。なら当然把握してますわよ」
プロジェクトL'arcとは凱旋門賞に俺とテイオーが挑むために、裏で現在進行形で進んでいる支援プロジェクトの事だ。
確かにウマ娘の未来のことやフルダイブVR技術のことを考えたら、メジロ家が投資するのも分かる。
お金の出どころは佐岳さんから聞いていなかったが、こういった所からも支援されているのだろう。
「私は凱旋門には出れません。宝塚には出走する予定ではいますが……そちらは、事情があって『譲る』約束をしてしまいましたし……」
「何その事情? ボクの、知らない所で誰に何を譲られてるの」
ちらっと俺に対してテイオーが目線を投げ掛けてくるが、俺は首を横に振る。
俺だって初耳だし、一体何の話なんだろうか。変な事が絡んでないといいんだが……
「貴方に勝ちたいウマ娘は山ほどいるって話ですわ。……まぁそれはともかく、今回は私がヒール。悪役と言っても過言ではありませんわね」
「自覚あるじゃん……!」
「貴方と正面向き合って、1対1で走れるレースがこれしかなかったのですわ。それに──」
「それに? まだあるの?」
「私に負けたウマ娘が、凱旋門賞に勝ってほしくないんですの」
「え?」
俺もその言葉の意味を理解するのに、ちょっとだけ時間を要した。
あぁ、だが。何となくわかる。これは、メジロマックイーンのプライドと。
「私にこの程度の不利がつく状態で勝てないウマ娘が、日本悲願の凱旋門を勝つなんて夢のまた夢だと思いませんこと?」
「……マックイーンは、ボクに勝ってほしいの? 負けて欲しいの?」
「凱旋門賞を走るウマ娘としては応援していますが、春天はメジロ家の誇りに駆けて勝ちますわ」
──だから私に勝ってみせなさい、トウカイテイオー。
一つの、我儘でしかない。
実際そうなのだろう。
自分に負けたウマ娘が、凱旋門賞に勝ってほしくない。
たったこれだけを言うのに、随分と遠回りな言い回しで悪役を受け持ったわけだ。
メジロマックイーンにとって、テイオーはライバルで友達で。
簡単そうに見えて相反しそうな複雑な感情は、見る方向さえ変えれば矛盾しそうで矛盾していない。
そして、ここまで言われて理解できないほど俺の担当ウマ娘は鈍ってはいないもので。
「いいよ。その挑戦乗ってあげる。絶対に勝つから、後で泣き言言わないでよね!」
「えぇ。ありがとうございます。それでこそ、私の知ってるトウカイテイオーですわね」
「トレーナーも含めて、だからね!」
「えぇ、十分に分かりきっていますわ。スターさんも……確認取るまでもなさそうですわね」
「テイオーの言葉が、俺の言葉でもいいからな。夢の為にここで負けるつもりはないのは、トレーナーとしても同じ意見だ」
こうして。あの時の決着は、天皇賞春に引き継がれ。
再度その戦いの火ぶたは、桜の花びらと共に切って落とされた。
~~~~~~~~
その後。
わざわざ行きと同じ車に乗せてもらって一緒に帰寮した俺とテイオーは、すぐさま俺の部屋であるトレーナー室に駆けこんで作戦会議をし始めていた。
そして、そのムードは決して楽観的な状態ではない。
「これさ……ボクは勝つって言ったけど、マックイーンに有利過ぎるよね。3000mで同着なら……200m『も』伸びたら、どうなるのかボクもちょっとだけ自信なくしちゃうかも」
「そうだな。このままただ何も考えずに走ったら、絶対にマックイーンが勝つ。出来レースもいいところだ」
「うん……。でも、トレーナーは何か思いついてるんでしょ? ボクたちが、マックイーンに勝てる作戦を」
何度も言うが、テイオーはステイヤー気質ではない。
長距離適性はマックイーンと比べて劣っていると、断言してもいいほどだ。
それでも彼女に勝つためには、現実を見つめて見返して隙を狙うしかない。
そして、今日彼女は一つだけ「失言」を犯していた。
──貴方と正面向き合って、1対1で走れるレースがこれしかなかったのですわ。
「マックイーンは、このレースで絶対に勝つと思ってる。そして、もしその万が一の脅威もテイオーだけと丁寧に言ってくれた」
「あっ……。なんかちょっと言い方あれだったけど、別に二人だけのレースじゃないもんね。当たり前なんだけどさ」
「そう。他にも考えなきゃいけないことがあるにも関わらず、テイオーにしか関心を示してない。これは、彼女が割くリソースを相当テイオーにつぎ込んでくれるということだ」
「……それ聞くと、なんかますます不安になってくるんだけど」
「いや? 逆にありがたい。そこまで警戒してくれているなら、存分に警戒させてあげて……その警戒を意味なくしてあげよう」
「……? えっと、つまり?」
レースに置いて単独のウマ娘を警戒するというのは、かなり神経を使う。
どこにいるのか。脚質はどうか。いつ仕掛けてくるか。コンディションは……など、その他諸々。
だが裏を返せばその警戒さえ出し抜けば、勝算があるということになる。ある意味、勝ち筋が見えやすいのだ。
予想していた盤面に、わざわざ付き合う意味なんてない。
そこが、彼女を抜かせる唯一の隙であり、勝機。
「テイオー、今からヒールになる覚悟あるか?」
だから俺はそんな悪魔のような問いかけを、テイオーにしないといけないのだ。
最近までコメント付きで評価される機能をONにしているのを忘れていたので、急に一口コメント付きで評価を2件も頂いて嬉しかったです。ありがとうございます。
次は、テイオー目線の話になるかと思います。
生きていれば頑張って投稿します。
イラストを頂いたのでよろしければ見て行ってください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=344608&uid=367287
この作品の連載状態について
-
まだ連載を続けて欲しい
-
ダレてきたから打ち切りにして欲しい