「えええええええええええええええええ!?!?!?!?!?」
帝王さんの声が当たり一面に響き渡る。
あまりの叫び声の大きさに、俺も帽子越しに耳を押さえてしまう。
帝王さんは大声を出した後、ぽかんと口を開けて固まっていた。
周りにいたウマ娘もびっくりしたのか、一斉に帝王さんの方を見る。
それで我に返ったのか顔を真っ赤にして、ベンチに座りこんでしまった。
俺は帝王さんの隣に行き、ベンチに座った。
「よぉ」
「よぉ、じゃないよ! え、まだボク混乱してるんだけど、本当にねずみさんなんだよね……?」
「うんまぁ証拠になるか分からないけど、ほら」
そう言って俺は先ほどまでやり取りしていた帝王さんとのDM欄を見せる。
帝王さんはそれをまじまじと見て
「うわっホントだ…… まさか女性、ウマ娘だなんて思わないよ……」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「言って無いよ! だってボイチャした時に渋めの男性の声だったじゃん!」
それは俺がボイチャ時にボイスチェンジャーを使って声を変えていたからだな。
ネット上で女性ってバレるとめんどくさいかなぁって……と思い使っていた物だが、図らずも勘違いさせていたようだ。
「因みに俺の事なんだと思ってたの?」
「うーんとね、30歳前後のおじさん……かな?」
うんまぁ男性と勘違いされるのはあれとして、君おじさんとボイチャしたり、DMしてたりしてたの?
俺がウマ娘だから良かったものの、現実でこんな事あったら事案である。
……転生前の年齢を足したら恐らく30歳前後になるのは黙っておこう。
「でもどんな姿でもねずみさんはねずみさんだもんね! あ、でもねずみさんは本名じゃないからえっと……」
「俺の本名はスターゲイザー、だ。これからよろしくな」
「よろしくね! ボク名前はトウカイテイオー! 未来の三冠ウマ娘だよ!」
帝王さん……いやテイオーさんが元気に自己紹介をしてくれた。
てかテイオーだから帝王ってまんまやんけ! ネットリテラシーどうなってるんや! って言うツッコミは心の中で消化しておくことにする。
「で、スターさん! じゃあ早速ボクとトレーナー契約を…」
「と、俺も言いたいところなんだがな」
残念ながらウマ娘と正式に契約するには、ウマ娘側が選抜レースに出る必要がある。
つまりテイオーさんが選抜レースに出た後、俺と契約するという流れになる。
「というわけでテイオーさんが選抜レースに出るまでは仮契約だ。俺もテイオーさんの走り見たいしな」
「えー! まぁ決まりならしょうがないけどさぁ」
テイオーさんが不満そうな顔で文句を言う。
因みに選抜レース自体は一週間後にある。なので一週間は約束を果たすのはお預けだ。
「じゃあ、その選抜レースまでボクのトレーニング見てくれるっていうのは……」
「それもダメ。他の選抜レースに出るウマ娘と不公平になっちゃうからな。それに俺もテイオーさんの走り見たいし」
そう。俺はテイオーさんの走りをまだ見たこと無いのだ。
トレーニングで走って貰う事も出来るが、本番のレースのように他のウマ娘と走る選抜レースは貴重なのだ。俺は純粋な現在のテイオーさんの実力を確かめておきたい。
「というわけで一週間は我慢しといてくれ。期待してるからさ」
「なら一週間後楽しみにしといてね! 一着とっちゃうからさ!」
そんな会話をしつつ、俺とテイオーさんはお互いに近況報告をした。
やはりネットで話すのとリアルで話すのでは全然違う。
本当の年齢を伝えたりしたら、また驚いた表情を浮かべた。
テイオーさんはころころと表情が変わったり、耳がぴこぴこ動いたり、とても感情豊かな子だ。
「ねぇ、そういえばなんで帽子被ってるの? 耳とか窮屈じゃない?」
「ん? あぁ、これはちょっと目立つから隠してる。別に耳が無いとかじゃないから安心してくれ」
テイオーさんが俺の頭を見つめながら「ふーん?」と呟く。
そして「えいっ」っと俺の帽子を奪い取ってしまった。
「ちょ! 返せって」
「わぁ……」
帽子を取られ、俺の真っ白な髪が晒される。
俺はこの髪があんまり好きではない。
母親と妹の青鹿毛とは全く違う白毛。
この髪色が原因で親に嫌われる事になってしまっているのだから、いい物だとは思っていない。
「あんまり見ないでくれ……」
「なんで? すっごい綺麗な髪だと思うよ。なんか所々ぼさぼさだけど……」
そうテイオーさんから真正面から褒められてしまった。
「……不気味だと思わないのか?」
「へ? なんで?」
「……いやなんでもない。あと帽子返せ」
テイオーさんが持っていた帽子を返してもらい、被りなおす。
「綺麗なのにー」なんて声も聞こえるが無視する事にする。
やっぱりこんな風に自分を褒められるのは未だに慣れない。今まで褒められるなんて機会が無かったから余計に気恥ずかしい。
「あっ、もうこんな時間だ。そろそろ寮に帰らないと寮長さんに怒られちゃう」
「もうそんな時間か…… 今日は楽しかったよ。選抜レースも楽しみにしているからな」
「うん、ボク頑張っちゃうよ!」
時間はもう夕方の七時。辺りはもう既に暗くなってしまっており、周りにウマ娘の姿も見えない。
ずっと同じ場所でテイオーさんと会話していたことになるが、本当にあっという間に時間が過ぎ去ってしまった。
取り合えず俺たちはベンチから立ち上がり、三女神像の前を後に、トレセン学園の門へ向かう。
一緒に出口に向かっていると、テイオーさんが不思議そうな声で話しかけてきた。
「ってあれ、スターさんの住んでる所もこっちの方向なの?」
「いや今俺住んでるの寮だからさ」
「……トレーナー寮?」
「ウマ娘の方の寮。栗東寮だな」
「もう色々びっくりしちゃって叫ぶのも疲れちゃったよ……」
その後、俺が同じ寮棟に入ったので結局テイオーさんは叫んでいた。
流石に隣同士の部屋ではなかったけど。これには俺もびっくりした。
~~~~~~~~~~~
テイオーさんとの初対面から一週間後。
テイオーさんも学園生活で忙しかったのか、あの後俺たちは会っていない。
俺も俺で新人トレーナー向けの研修などがあり、業務に追われていた。
慣れない環境での仕事という事もあり、毎日へろへろになりながら仕事をこなしていたわけだが、ここでとんでもない物を見つけてしまった。
なんとトレセン学園のトレーナーになると、今まで映像として保管されている全てのレースを閲覧し放題なのだ。
過去のG1レースは勿論、G2やG3、更にはネット上では非公開のレースまで保存されており、レースオタクの俺としては宝の山であって……
結果、仕事終わったらレースを見る、仕事を終わったらレースを見るを毎日繰り返す日々が始まった。
気づいたら一週間なんてあっという間に過ぎ去っていった。もれなく夜更かし気味になった。
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「ふぁ……ねむ……」
昨日も研修の後に結局レース動画を見続けてしまい、物凄く眠い。
このまま眠気に任せてベッドに転がりたいところだが、今はそうもいかない。
今日はテイオーさんの選抜レースの日なのだ。
取り合えず俺は自室でシャワーを浴び、無理やり目を覚ます。
その後、スーツに着替え帽子を被り、寮を出る。
テイオーさんの走りを早く見たいという気持ちから、俺は駆け足で選抜レース会場に向かった。
~~~~~~~~~~~
選抜レース会場につくと既に多くのウマ娘とトレーナーらしき人物がいてなかなかに騒がしい。
レースが見やすそうな場所をきょろきょろと探していると、後ろから声がした。
「あれ、スターさんじゃん」
「って、テイオーさんか。調子は……良さそうだな」
「にっしっしー。今日のボクは絶好調だから簡単に一着取っちゃうよー!」
そう言ってテイオーさんがその場でステップを踏む。
身軽に跳ねるような独特のフットワークだ。
……あれ?
それを見て俺は少し違和感を感じ、質問しようとしたが
「なぁ、テイオーさんそれって……」
「すみませーん! トウカイテイオーさん! 次出走ですのでゲートの方にお願いしますー!」
「あっ! 呼ばれちゃった! じゃあしっかりボクのレース見ててねー!」
結局スタッフの方に呼ばれて質問の答えを聞けることなく、テイオーさんはゲートの方に行ってしまった。
……取り合えずレースを見て判断する事にしますか。
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『さぁ始まりました春の選抜レース! 芝2000mでのレースに9人のウマ娘が出走いたします!』
そんな実況がスピーカーに乗って聞こえてくる。
選抜レースにすら実況があるのは流石トレセン学園と言うべきなのか。
えっと……テイオーさんは七番の外枠か。さてさて実力拝見といきますかね。
ガコン!
そう心地よい音とともにゲートが開かれる。
『スタートしました! 各ウマ娘綺麗なスタートを切りました!』
テイオーさんは綺麗なスタートを切り、前から四番目の位置につけている。
逃げでは無く、少し前よりの先行策だろうか。
そのまま大きい展開も無く、選抜レースは終盤に差し掛かる。
『第四コーナー回って最後の直線! おっとここでトウカイテイオーが飛び出した!』
ここでテイオーさんが動く。
自らの体重を足にかけるように、姿勢を落とし、ターフを蹴る。
その反動で思いっきり加速した。
その直後、あっという間に彼女は一位に躍り出た。
『トウカイテイオー速い、速い! 悠々と駆け抜けるその背中に誰も追いつくことが出来ません!』
……速いな。
デビュー前の、まだトレーナーがついていないとは思えないほどの走り。
そして自分のスペックを理解してるからこそできる走法も身に着けている。
自らを天才というだけはある走りだ。
『今、トウカイテイオーが二着に四バ身差をつけて、一着でゴールイン! 二着にリボンマーチ。三着にナイスネイチャとなりました』
ゴールしたテイオーさんは俺を見つけたのか、手をぶんぶん振って来た。
見た感じ息は切れておらず、まだまだ余裕がありそうだ。
俺はそちらに向かおうとしたが、テイオーさんがあっという間に他のトレーナーに囲まれる。
「君! 素晴らしい走りだった! 君なら三冠も夢じゃない!」
「貴方、私のチームに来る気はない? G1レースを取らせてあげられるわよ!」
うおっ……凄い人込み。
テイオーさんの姿が見えなくなってしまうほどのトレーナーの数だ。
まぁでも確かに気持ちは分かる。トレーナーをやっていたら逆張りでもしない限り、スカウトしたくなってしまうほどの走りだ。それくらい彼女の走りには魅力があった。
「えー、どうしよっかなぁ? でもボクもうトレーナー決まってるんだよねー」
トレーナー達から「残念だ……」「一体誰が……」などの声が聞こえる。
そうするとテイオーさんがトレーナー達の人混みを縫って、ぬるっと俺の目の前に姿を現す。
「にっしっし」と悪ガキのような笑みを浮かべ、その場で大きな声で宣言した。
「ワガハイはトウカイテイオー! 無敗で三冠を制覇する最強のウマ娘!」
そして俺の手をぎゅっと両手で握りしめ
「よろしくね! トレーナー!」
「ばっかお前なんつータイミングで言ってるんだ!」
俺はそのままテイオーさんの手を掴み、その場から逃げ出した。
久しぶりに本気で走った気がする。
「もうトレーナーがいるとか……主人公さんはキラキラしてますね。ははは」
~~~~~~~~~~
テイオーさんを引っ張り、なるべく人気のない場所に逃げ込む。
「……なんで逃げ出したの?」
「俺! 新人トレーナー! 周りベテラントレーナー! 分かる!?」
焦りと疲れから無茶苦茶な発言が出る。
こんなの俺がベテラントレーナーに対して、優秀なウマ娘は私が貰っていきますね~と挑発したような物だ。
しかも優秀とかで片付ける事も出来ない、真正の「天才」を。
「心配しなくてもボクがスターさん以外をトレーナーにするつもりはないよ? なんたって約束してるからね!」
そうテイオーさんがどこかカン違いしたような発言する。
俺は「ふぅ……」と息を整えて、一応尋ねる。
「言っておくが、俺は新人トレーナーだ。トレーニングの質だってもしかしたら他のトレーナーの方がいいかもしれない。それでも俺がトレーナーでいいのか?」
「勿論!」
元気にテイオーさんが返事をする。
「なら、よろしくな。テイオーさん」
「よろしくねトレーナー! あと、ボクの事はテイオーでいいよ。さんづけなんて他人行儀みたいだし」
こうして俺はテイオーは数年越しの「約束」を果たした。
俺がテイオーの専属トレーナーになる約束。
テイオーの笑顔を見ていると、俺もここまで頑張って来たのが報われるようだ。
「それに」
だが本当に
「ボクに任せれば、パパっと三冠取っちゃうもんね! 安心してねトレーナー!」
このままだと、危うい。
ボケっとハーメルンランキング見てたら、日刊総合ランキング6位にいて椅子から転げ落ちた作者です。こんにちは。
まさか一桁ランキング入りするとは思ってもおらず、読んでくださっている方には本当に感謝しかありません。ありがとうございます。
また感想や誤字修正も本当にありがとうございます。モチベに直結しております。
今回もよろしかったらコメントとはちみー待ってます。(前回1はちみー来ました)
2022/1/14 テイオーに年齢を伝えるシーンを追加しました 本編に大きな影響はありません。