ボクは自分でも、選択肢を選ぶとき迷わないタイプだと思ってる。
勿論考えはするんだけど、直ぐに答えを出せるというか。これ以上考えても仕方ない時は、直感でこっち! みたいなことをよくしちゃう。
レースの時だってそう。
行ける! って思った時は大体行けるし、抜けると思った時は大体抜ける。まぁこれに関しては、トレーナーの土台とサポートと作戦があるからなんだけど。……もしかして、トレーナーの手の平で転がされてる?
まぁ何はともあれ。ボクが選択をする際に考えて悩んで絞り出すくらい声上げるのは、珍しいってこと。
そんなボクの悩み事は、次のG1レース。天皇賞春について。
「3200m……かぁ」
長い。まぁ、ボクにとって適正距離ではない。
冷静に状況だけを見ると、ステイヤー適性の高いマックイーン有利でボクにとってはガン不利もいいところ。
これ多分このまま何も考えずに走ったら頑張って、五着……がいい所かな。
ただ……トレーナーが言ってたあの言葉、そして聞かされた作戦。
──テイオー、今からヒールになる覚悟あるか?
それが、ボクの頭の中で反芻している。
いや、トレーナーの言葉を信じていないってわけではないんだよ? トレーナーに対しての信用度は一億くらいあるし。
ただ、その聞かされた内容が──ボクの「サガ」に合わない。
それを分かってかトレーナーはいくつか他の作戦も提示してくれたし、どの作戦も魅力的に見えた。
ただ……あの「メジロマックイーン」と同じ舞台に立てるかどうかを考えると、ボクがやっぱり「ヒール」になるしかないかな……って思ってしまう。
これは確信に近いかな。ボクの直感もそうは言ってる。
「んんんーーー!!! でもなぁ~~~!」
だけど、ボクの「サガ」がその直感を一旦止めてきた。
そのせいで、トレーナーに対して「ちょっと考える時間貰ってもいい?」なんて言ってしまった。
トレーナーもほんの少しだけ驚いた顔してたけど、直ぐに納得してくれたし別に怒っては無かったんだけども。
ただ、ボクらしくはない言葉だったのは確か。
そしてこうして悩むボクもちょっと珍しいというか、らしくないというか。
ただこんなもやもやを、抱えっぱなしなのは全然よくない。
そしてそれがトレーナーにも相談できない内容となると……行く場所は、一つしかないよね!
「カイチョー! 今、時間あったりする?」
「無い……と言ってしまう所だったが、好機到来だったな。たった今、手が空いたよ」
「ラッキー! って、今日はカイチョーだけなんだね。エアグルーヴとかは?」
「他の生徒会のメンバーは全員不在でね。今日は私だけだったんだ」
まぁそういうこともあるか。エアグルーヴもブライアンもいない生徒会室は、ちょっと珍しいくらいで。いつもより広く感じてしまう。
「テイオーは紅茶で良かったかな? なら、私もそれに合わせよう」
「あれ、何の用で来たかまだ言ってないのにティータイムの準備しちゃうの?」
「この夕方の時間帯にスターとではなく一人で来るということは併走の頼みではない。そして、明らかに尻尾がいつもより下を向いている……なら、私に話したい事があると思うのは不自然では無さそうだが?」
「む~、なんかトレーナーみたい。ボクの考え見抜かれてるとこ」
「はは。スターと比べられたら私は見劣りしてしまうがね」
そんな高度な判断力なんか謙遜されたら、ボクは変な感じに思ってしまうけど……カイチョーってレース中もこんなに考えてるのかな。
我武者羅に勝つために走ってるボクと比べて、カイチョーは「負けない」走りをしているのは知っている。
別にそれが悪いことだなんて一切思っていない。ただ、ボクとは違う「視点」を持っているカイチョーには、意見をどうしても聞きたかったんだ。
これは多分、レースを走ってるウマ娘にしか分からないから。
「さて……話を聞こうか。私で良ければ、可愛らしい後輩の相談に答えて上げよう」
その瞬間ピリッとした空気が、ただの生徒会室に奔る。
ただカイチョーがテーブルと向かい合って座っただけなのに、圧を感じる。
カイチョーは雰囲気の切り替えが早くて……とてつもなく上手いウマ娘だ。
油断してると直ぐにあちらのフィールドに飲み込まれそうになってしまう。
……真面目な内容の相談って分かってるんだろうなぁ。本当に、ボクの身近にいるウマ娘は勘が鋭いというのか。
「……カイチョー、例えばの話なんだけどね。もし、自分のトレーナーが絶対にレースに勝てないって言ってきたら、どうする?」
「……」
トレーナーとウマ娘は一心同体と言っても過言ではない。
トレーナーの言葉はウマ娘の言葉で。ウマ娘の言葉はトレーナーの言葉でもあると、ボクは勝手に思っている。
「そうだな……私だったらそれを、普通に飲み込んでしまうだろうな」
「負けるって言われたのに?」
「自らが信頼したトレーナーがそう言って来たのなら、そうなのだろう。ただ──諦めはしないが」
ここまではボクたちと同じ考え。
ウマ娘たるもの、出走するレースに負けにいこうだなんて思っていない。
だから策を練り、練習し、出し抜いて、勝ちに行く。ただ、それが。
「もし……なんだけどさ、その勝つために提案された走り方が、自分が納得できないモノだったとしたら……カイチョーはその走法で走る?」
「走る」
「っつ!」
即答だった。
何も悩む素振りも見せず、一切の迷いも無くそう答える。
ただあるべきまま、回答を述べたのを聞いただけなのに。
なんだか、やけに「シンボリルドルフ」が遠くに感じて、ぞっとした。
だけど──「カイチョー」の目は。何故か、ボクを見ていない。
「負けに価値が無いとは言わないが……それが自分の勝つためのものなら、私はそれを使うだろう。負けたくないのであれば、なおさら悩む必要すらないと思うが」
正論だ。
返す言葉すら、思いつかないほどに。
ボクは口を閉じて無言になってしまっていると、カイチョーは一息ついて口を開いた。
「まさか、それが。その程度が悩みだと? あまりがっかりさせないでくれ、テイオー」
「……」
「自分のトレーナーが提案してくれた走法が自分に合わない……というより、自分が納得できないと言った所か。そんな感情を捨てないで勝てるなら、苦労はしないだろうな」
ボクだってプライドはある。
勝つためには、そのような選択肢を取らないといけないことは分かっているつもりだ。
感情だけで勝てたら苦労はしない。その通りだ。全く持ってその通りなのだが。
ちょっと、喧嘩腰になっているし……対面ではやってはいけないことをやられてしまっているから、ボクもちょっとだけ怒る。
「それ、誰に向けて言ってるの? カイチョー」
「……どういう意味なのか、聞いてもいいかな?」
「それさ。ボクから視線を外そうとしながら、自分の手を思いっきり握りしめての話し方じゃないよね」
「……それは」
「それに、いつもより言葉に感情が乗りすぎてる。ボクはカイチョーのこと、よく知ってるから癖があることも分かるよ」
──シンボリルドルフは、自分にしか強い感情を向けない。
「図星? カイチョーは全てのウマ娘を幸福にするために動いてるって言ってるけど……そのせいで、誰に対しても平等だよね」
「感情が高ぶることも私にだってあるさ。現に今も、親しみやすいテイオーだからこそ──」
その続きなんて言わせてやるものか。
「ボクはカイチョーの『今』は知ってるけど、『過去』までは知らない。話してくれないから、レース中のこととか……なんならトレーナーのことも知らないしね」
そんな、ボクが。
なんで、勝手に。
シンボリルドルフと、重ねられないといけないんだ。
「ボクと、カイチョーは違う」
「私は過去の経験から、物事を考えて冷静にアドバイスをして」
「そうだとしたら、まずその表情やめた方がいいと思うよ。今のカイチョーの顔、何かを捨てて泣いてる子供にしか見えないもん」
ボクがカイチョーに聞きたかったのは、自分の走りを捨ててもいいのかということだった。
ここまで勝ちあがってきたのは、トレーナーとボクの走りがあったからこそ。だけど、今回トレーナーが提案してくれた作戦は、ボクを封印する必要があるモノだった。
だから、悩んだ。だから、カイチョーに相談した。
そうしたら、それで走ると答えてくれた。
そのおかげで、今ボクの悩みは解消されたよ。ボクの知らないカイチョーに、きっと似たようなことがあったんだね。
「悩んだまま迎えるレースなんて、何も面白くもないし楽しくない。それに、勝てない」
モヤモヤを抱えたまま走ろうとしかけてたけど、もう吹っ切れた。
カイチョーが「過去」の何かに囚われているのであれば、それすら千切ってゴール板を通過してやる。
「どんな走り方でも、ボクたちの走りはボクたちの走りだ。それを証明する」
「……その道は、険しいぞ。世間からもなんて言われるか」
「何言ってるの?」
トレーナーはボクがどんな走りをしても、きっとボクの走りだって言ってくれるだろう。
だけどボクが納得しないままのレースをしたら……負けるなんてことより、一生後悔することになる。
「覚悟は、既に出来たよ。ありがとね、カイチョー」
「……それなら、良かったよ。悔いが残らないように、レースをするのが、一番だから、な」
なんだか歯切れの悪いようにそう呟くカイチョーに、ボクはまだ話は終わっていないと言い留める。
これからが、本番だ。勢いよすぎて思いついちゃったことだけど、これがボクのやりたいことなんだから仕方ない。
「そしてさ、カイチョーのその悩み。天皇賞春で解決して上げる」
「何を……」
「過去に一生囚われたままのカイチョーなんて見たくないし。だから、賭けっこしようよ」
そう。やるのは、単なる駆けっこ。子供のお遊び。
一回しか出来ない、レースの一つ。
「天皇賞春でもしカイチョーを納得できる走りが出来て勝てたら、一つボクたちのお願いを聞いて?」
「ほう……?」
「逆に納得できなかったらそうだな……凱旋門賞、出走取り消しするよ。幸い、まだギリギリ登録締切じゃないし」
「は!?」
その言葉にはカイチョーも驚いたのか、テーブルから身を乗り出してボクに喰いかかる勢いで迫って来る。
あれ、なんか今のボク、ヒール役みたいになってる。割と、適性合ったのかな。
ともあれ、別に狂ったからこう言ってるわけじゃない。しっかりと考えて言ってることだ。
「今回の天皇賞春で勝てないなら、凱旋門賞でも勝てない。このくらいの不利状況、ひっくり返してやらないと世界には立てないって分かったから」
「そんなことは、ないとは思うが。それに、その判断基準も私の考え一つで狂うじゃないか。簡単に約束していいことじゃ──」
「やだなぁ。ボクを誰だと思ってるの?」
──帝王だよ。
「カイチョーの『過去』の凱旋門賞で何があったかは分かんない。だけど、それとボクの『今』を重ねてるのだけは確信できた」
「何を根拠に……」
「カイチョーが露骨にボクを凱旋門賞から逸らそうとして来ていたのは気づいてたし……何より、今カイチョーの後悔が伝わってきちゃってたから」
多分カイチョーの失敗とやらは、凱旋門賞をきっかけに起きたのだろう。
トレーナーならもっと詳しく情報を知ってるかもしれないけど、今のボクは目の前のウマ娘の感情をひしひしと感じ取れる。
これは──懺悔だ。彼女なりの。
カイチョーが『過去』に囚われてるのなんて、ボクが勝った菊花賞のウイニングライブから知ってる。
──凱旋門賞は、無理だ。テイオーには、諦めて欲しい。
あの日、聞こえてないとでも思っていたのだろうか。
それとも、わざと聞かせていたのだろうか。わかんないけど。
トレーナーは優しいから見守っててなんて言ってくれてたけど、ボクには出来なさそうだ。
「ボクがカイチョーと同じ道を辿りそうだからって? そんなに不安なら、未来を切り開いてみせる。誰もが納得するような、トウカイテイオーに」
ボクは星だ。レースで「蒼白の流星」と言われるなら、ネガイゴトくらい叶えてやる。
「覚悟してね、カイチョー。ボクは今回『ヒール』になるって決めたから」
見上げて咲き乱れるは、桜の花。
見下げて落ちれば、乱れる桜。
落ちる桜は──乱れることすら許されず。
裏を見るならば、欠け堕ちて。
そう願う月は、太陽が在るがゆえに。
この作品の連載状態について
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まだ連載を続けて欲しい
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ダレてきたから打ち切りにして欲しい