そのウマ娘、星を仰ぎ見る   作:フラペチーノ

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7.羽化

『え! カイチョーと模擬レース!? やるやる!』

 

 ルドルフが俺の部屋から帰った直後。俺はすぐにテイオーに携帯でメッセージを送っていた。

 

『明日の放課後にターフに集合だ。そこでルドルフと模擬レースをしてもらう』

 

『やったぁ! けどいきなりなんで? トレーナーとカイチョーってそんな仲良かったっけ?』

 

 なんで……と聞かれると凄い答えにくいし、ルドルフとも仲が良いというよりかは単にあちらが協力してくれているだけだ。

 どうしたものかと少し悩み、結局俺は詳しい時間と場所だけ伝えてメッセージアプリを閉じた。

 

 答えられるものか。

 だって今からテイオーにしようとしている事は荒療治もいいとこなのだから。

 

~~~~~~~~~~

「うっお、凄いヒトの数」

 

 翌日。俺はテイオーとルドルフの模擬レースをする為にコースに向かっていたのだが、どこから聞いたのか多くの観客で賑わっていた。

 選抜レースで話題になったテイオーのせいか。それとも単純にルドルフの人気からだろうか。はたまた誰かが意図的に流したものなのか……

 

「やっほー! トレーナー!」

 

 後ろの方から元気な挨拶が聞こえる。振り向くとジャージに着替えたテイオーが立っていた。

 ルドルフと走れるからだろうか、機嫌は凄い良さそうだ。

 

「なんかすっごいヒトいるねー こんなにいるとは思わなかったよ」

 

「なんだ? 緊張してるのか?」

 

「まっさかー! ワガハイは無敵のトウカイテイオー様だぞ! 当然勝って……」

 

 テイオーの声が尻すぼむ。そして小さな声で

 

「でも今日の相手カイチョーなんだよね……」

 

 と、ボソッと呟いた。

 

「なぁ、テイオー」

 

「ん? なーにトレーナー?」

 

「……頑張って来いよ」

 

「へ? う、うん」

 

 テイオーが少し不思議そうに返事をする。

 

 そんな会話をテイオーとしていると、少し観客の声が大きくなる。

 声がした方を見てみると、ルドルフがこちら側にやって来るのが見えた。

 

 流石学園のスターというべきか。その人気っぷりは凄まじいものだ。

 

「やぁ、テイオーにスター。今日はよろしく頼むよ」

 

「あぁ、よろしく頼む。今日はありがとうな」

 

「カイチョー! ボク負けないもんね! よろしく!」

 

「あぁ、本気でかかってこいテイオー。 皇帝の走りをお見せしようじゃないか」

 

 ルドルフのまとっていた空気が変わる。普段のテイオーと接する態度では無く、レース前の本気の目つきだ。

 

 ……これマジで本気だな。少し不安になってきた。

 

 その威圧を感じ取ったのかテイオーは少し震えていた。

 

「……ッツ! カイチョー……」

 

「……さて、模擬レースの概要を確認するぞ。コースは右回りの2000m。あそこからスタートとしてぐるっと一周する形だな。何か質問は?」

 

「大丈夫だよ!」

 

「あぁ、問題ない」

 

 そう言ってテイオーとルドルフと一緒にスタート地点に向かう。

 

 スタート地点についたら各々準備体操をしてもらう。

 今回も特に準備体操の指定をせずに行ってもらったが、二人の体操を見ていると、テイオーの体の柔らかさが目立った。

 

 準備体操が終わったら、スタートの準備をしてもらう。ゲートは用意していないので片足を前に出す、いわゆるスタンディングスタートの状態を取って貰った。

 今回はテイオーが内側、ルドルフが外側だ。

 

 俺は二人の準備が出来たことを確認すると

 

「……よーい、スタート!」

 

 その声を皮切りに、テイオーとルドルフの模擬レースが始まった。

 

~~~~~~~~~

「……」

 

 結果だけ言おう。テイオーはルドルフに惨敗した。

 それも一バ身、二バ身の差なんかではない。

 恐らく十バ身差以上…… レースで言うところの大差勝ちをルドルフはしていた。

 

 これが七冠にして、トレセン学園最強と言われる皇帝の走りか……

 

 圧倒的だった。

 途中まではテイオーが前を走っていたのだが、最終コーナー直前にルドルフが加速。あっという間にテイオーを抜き去ってのゴール。

 しかもまだまだ余裕があると見える。

 

 テイオーは手を抜いたわけでもなく本気で走っていた。だからこそ、実力の差が浮き彫りになってくる。

 

 ルドルフのゴールと同時に大きな歓声が上がった。観客の方からルドルフを褒める声などが聞こえてくる。

 それと同時に周りにわらわらとウマ娘達が集まって来た。囲まれたルドルフはちょっと窮屈そうだ。

 

 俺はそれを横目に、遅れてゴールしたテイオーを見る。

 ぜぇぜぇと息を切らしており、顔が地面を見るよう下に向いていて表情までうかがえない。

 

 テイオーは今何を思っているのだろうか。

 

「……なぁ、テイオー」

 

 俺はテイオーに話しかけようとそばに近づこうとしたが、その瞬間テイオーが走り出した。

 

「ちょっ! テイオー! どこへ行くんだ!」

 

 俺は、急に走り出したテイオーを見失わないように追いかけ始めた。

 

 

 

「……ここが踏ん張りどころだぞテイオー」

 

「会長、どうかしましたか?」

 

「いや……ただの独り言さ」

 

~~~~~~~~~

 急に走り始めたテイオー。どこにいくかと思ったらトレセン学園を出て近くの公園にその姿を見つけた。ベンチに座り、顔を伏せてちょこんと座っていた。

 因みに現役ウマ娘を追いかける為に全力で走った俺は、もう既に疲れ切ってしまっていた。

 

 レース直後だというのにここまで速いのは流石テイオーと言うべきなのか、俺の体力が無いだけなのか。

 

「ぜぇ……ぜぇ……テ、テイオー……」

 

「トレーナー……」

 

 顔を上げたテイオーは瞳に涙を溜めており、もう泣き出しそうだった。

 

 俺はテイオーの隣に腰をかける。そしてゆっくりと尋ねた。

 

「テイオー、今日のレースどうだった?」

 

「分かんない……」

 

「分かんない?」

 

「だって、カイチョーはボクの憧れで、なりたい姿そのもので、いつも一着取ってるんだ」

 

「……」

 

「けど今日のレースでボクが負けちゃって、カイチョーがみんなから声援を浴びているのを見て胸の奥がすっごいイガイガするんだ…… おかしいよね、いつものカイチョーの姿なのに」

 

 

 テイオーは「天才」だ。

 

 自分の力を理解し、どうすれば速く走れるかを本能的に理解しているタイプの「天才」

 彼女にとって「勝利」とはただ、走った後についてくる「結果」であり、狙っているものでは無い。

 

 彼女にとって「勝利」とは当然だったのだ。

 

 敗北を経験した事が無く、勝つのが当たり前だと思っていた彼女はそれ故に精神が幼かった。

 敗北が無いなんて聞こえがいいが、それでは向上心が生まれない。

 彼女はまだ才能に振り回されているだけだったのだ。

 

 だからこそルドルフに協力を仰いだ。彼女が最も尊敬している人物に敗北させるために。

 

 圧倒的な力の差を見せつけられ敗北したテイオーは今こうして、何かに気づこうと悩んでいる。

 なら俺は背中を押してやるだけだ。

 

「テイオーはどうしたいんだ?」

 

「どうしたいって…?」

 

「負けて悔しいか?」

 

「悔しい……そっかボク、悔しいんだ。カイチョーに負けて悔しいんだ」

 

 テイオーが何かに気づいた様に俺を見る。その表情はさっきの泣きそうな顔とは違っていた。

 

「トレーナー」

 

「何だ?」

 

「ボク、カイチョーみたいに強くなりたい」

 

「……ちょっと違うな」

 

「え?」

 

 テイオーがきょとんとした顔をする。

 俺はテイオーの目を真正面から見て、話し始めた。

 

「無敗の三冠ウマ娘……確かに立派な夢だけど俺はテイオーはそこで収まる器じゃないと思ってる」

 

「それってどういう……?」

 

「お前はトウカイテイオーだ、シンボリルドルフじゃない。テイオーの夢はシンボリルドルフになる事か?」

 

 テイオーがはっとしたような表情をする。

 

 ……やっと気づいたかな?

 

「トレーナー」

 

「何だ?」

 

「ボク、カイチョーに勝ちたい」

 

「……」

 

「三冠ウマ娘だけじゃなくて、たくさんG1で勝って、カイチョーを超えて、一番速くて強いウマ娘になりたい!」

 

 テイオーがベンチからぴょんとポニーテールを揺らしながら立ち上がった。そして俺の正面に立って手を差し出してくる。

 

「だからトレーナー! ボクの夢を手伝ってよ!」

 

「……あぁ、勿論だ」

 

 俺はその手を取り立ち上がって、もう片方の手でテイオーの頭を撫でる。

 テイオーは「くすぐったいよー」と言って俺に撫でられていた。

 

 

 テイオーはシンボリルドルフではない。

 シンボリルドルフになるのでなく、それを超える。

 無敗の三冠ウマ娘だけじゃない、もっともっと大きな目標をテイオーは掲げてくれた。

 

 

 少し意地悪してしまったが、テイオーがその事に気付いてくれて本当に良かった。

 

 なら俺は彼女を全力で支えるだけだ。トレーナーだけではなく、一人の友人として。

 

「なら約束だな」

 

「約束?」

 

「俺は絶対テイオーの夢を諦めずに支える。だからテイオー、俺と一緒に走ってくれないか?」

 

「勿論! トレーナーも、ボクに置いていかれないようにしてね?」

 

 そんな少し生意気な口を利いたテイオーだったが、その目は間違いなく先程とは違って綺麗に輝いていた。

 

~~~~~~~~~

 テイオーと新たな約束をし終えた頃には、すっかりあたりは暗くなっており、ベンチは公園の外灯で薄暗く照らされていた。

 

「もうこんな時間か……そろそろ帰ろうかテイオー」

 

「うん! あ、でもちょっと待って!」

 

 そう言うとテイオーは携帯を取り出したかと思うと、どこかに電話かけ始めた。

 

「もしもし? 今大丈夫? まだ学校にいる? うん……うん、分かった今から行くね!」

 

 ウマ娘は耳が上にある都合上、人間みたいに耳に当てて話すわけでは無く、スピーカーモードで通話する事が一般的である。

 しかし今回はテイオーがほぼ一方的に相手に話しかけていて、相手側の返事はほとんど聞こえなかった。

 

 誰に電話をかけたのかと気になっていると、いきなりテイオーが俺の手を取った。

 そうすると、ぐっと俺の事をひっぱり、走り出した。

 

「ちょっ! テイオーどこに行くんだよ!」

 

「えー、内緒!」

 

「自分で走れるから離してって……いや力強い強い!」

 

 悲しきかな。どうやら年下のウマ娘に引っ張られてしまうほど俺は力が無いようだ。

 テイオーも俺の身体能力を理解しているのか走るスピードは控え目にしてくれている。

 

 そんなテイオーに引っ張られて数分。俺たちはトレセン学園の正門に戻って来ていた。

 

「ぜぇ……どうしたテイオー急に……」

 

「トレーナー、こっちこっち」

 

 テイオーがトレセン学園の中に入っていったので俺もそれについていく。

 もう時間も遅く、学園内には生徒達の姿は見当たらない。

 窓から入る外からの人工的な光が廊下を照らしており、なかなかに薄暗い。

 

 そんな学園内をテイオーについて歩いていると、目的地に到着したのが動きが止まった。

 その場所を確認してみると、「生徒会室」と書かれているドアが目に入る。

 

 コンコンとテイオーがドアをノックをする。

 

「入りたまえ」

 

 ドアを開けるとそこには、シンボリルドルフが生徒会室に一人座っていた。

 椅子に腰かけているルドルフはなかなかに様になっており、威圧感がある。

 

「先ほど電話で、会って話がしたいと言われたから待っていたが……何か用かな?」

 

「うん…… 今日はカイチョーには大事な話をしにきたんだ」

 

「……ほう?」

 

 テイオーは大きく「すぅー」と息を吸って、意を決したように話始めた。

 

「ボクね、今日カイチョーに負けた時凄い、すっっっごい悔しかったんだ。一着取ったカイチョーが声援を浴びるのなんていつもの事なのに」

 

「……」

 

「で、ボクやっと気づいたんだ。ボクはウマ娘の中で一番凄いやつになりたい…… だから走ってるんだって」

 

「テイオー……」

 

 テイオーの決意表明が三人しかいない生徒会室に響き渡る。

 ルドルフもテイオーも表情は真剣そのものだ。レースで対決していた時、いやそれ以上かもしれない。

 

「だから、センセンフコクだよ! カイチョー!!!」

 

「言ってみろ、テイオー」

 

「ボクは……いやボクたち(・・・・)はいつか必ず、皇帝を超える帝王になるよ! だから覚悟しててよね!カイチョー!!!」

 

 テイオーがびしっとルドルフに向けて二本指を突き立てる。

 

 そう宣言したテイオーの後ろ姿は、少し足が震えており、これを言うのにもかなり勇気がいった事が分かる。

 俺はテイオーが前に突き出していないもう片方の手をぎゅっと握ってあげる。

 

 大丈夫、俺も一緒にいるよと

 

 そうすると、先ほどまで話を聞いていたルドルフが口を開いた。

 

「ふふふ……ふははははは!!!あっははははは!!!!!」

 

 そう唐突に笑い出した。

 

「カ、カイチョー……?」

 

 テイオーが不安そうにルドルフを見る。

 正直俺もいきなり笑い始めた彼女にびっくりしていた。

 

「いや……すまないね。何もおかしかったわけでは無いんだ。そうか……テイオーがね。なら──私は」

 

 

「このシンボリルドルフ。易々と頂点の座を譲るつもりは毛頭無い。道は険しいものだと思えよ?」

 

 

 そうルドルフが俺たちの挑戦を受けてくれた。

 

~~~~~~~~~

「うわーっ、すっごい緊張した! まだドキドキする!」

 

 ルドルフに宣戦布告をした後、俺たちは生徒会室を出て寮に帰るために帰路についていた。

 

「俺も凄い緊張したぞ…… いきなりルドルフに宣戦布告するなんて思っても無かったしな……」

 

「えっへへー、もう居ても立っても居られなくなっちゃって」

 

 そう言ったテイオーの顔はどこか満足気だった。

 ……まぁ俺もテイオーと同じ気分ではあるのだが。

 

「よーし! ボクも明日からトレーニング頑張るぞ! どんな事するの? ボクなんでも頑張っちゃうよ!」

 

「あーー、その事なんだけどな……」

 

 俺はやる気になっているテイオーに対して、悲しい事実を告げた。

 

「テイオー、当分走るの禁止な」

 

「え」

 

~~~~~~~~~

「あのテイオーが私に宣戦布告とは…… 彼女も成長したという事なのかな?」

 

「スターゲイザー……彼女がテイオーに良い影響を与えているのは間違いない。 このままいい関係を築いていって欲しいものだ」

 

「なぁ……トレーナー君。私は、みんなの正しい目標になれているだろうか?」

 

 その質問は真っ暗な生徒会室に虚しく響き渡った。




お久しぶりのこんにちはちみー(挨拶)
ちょっと投稿遅れてごめんなさい。

あと最近Twitter始めました。進捗とかはこちらでお知らせしているのでよろしかったらフォローお願いします。

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