ウララとメイセイ、二人の対決もあって会場内は例年の倍でお客さんが詰めかけていた。ファンはそんな二人の熱いレースに期待するのだが、ウララはまだ気持ちが乗っていなかった。トレーナーのいつもの明るい表情が消えていることにウララは、酷く動揺していた。あの日誓ったメイセイとのレースの約束は今のウララの頭には無い。そしてファンファーレも鳴り止み、12人のウマ娘たちがゲートを潜っていく。
実況「紅葉が色づく実りの季節、ここ盛岡競馬場。一足先にここ盛岡ではひんやりとした風が、冬の訪れを感じさせる一日となっています。三番人気は九番のウマ娘、得意の先行策で早めに抜け出すことが出来るのでしょうか。二番人気は数々の名レースを生み、そのフェブラリーステークスで熱い戦いを魅せてくれた、ハルウララ今日はどんなレースが待っているのでしょう。一番人気は勿論この娘です、歴史的快挙を成し遂げたメイセイオペラ、今日も世紀の走りを見せることは出来るのでしょうか。各ウマ娘、ゲートに収まり、いよいよ発走です…………スタートしました」
実況「先ずは何が行くのか……やはり先行策の九番が前に行きます。それに続くように各ウマ娘が走り抜けます、そしていつもより後方に位置するハルウララ、いつものレース運びが出来ているのか、大丈夫でしょうか?一番人気のメイセイオペラは先団のいい位置に着いています。向こう正面から最初のコーナーに入ります。以前先頭は九番のまま、ウララはまだ最後尾!ここから巻き返すことが出来るのか。さぁ、メイセイオペラ最終コーナーに差し掛かり、徐々に動き始める。直線に入り大歓声が沸き起こります、もうメイセイオペラは抜け出しているッ!ニ着とはニバ身差、果たしてこの差は縮まるかッ?!ハルウララは上がってこれないッ!どんどん後続に追い抜かれていく!どうしたんだッ、ハルウララッ!?メイセイオペラが突き抜ける!メイセイオペラが突き抜けるッ!メイセイオペラが一着でゴォォォルッ!!」
実況「この東北の地では負けられないッ、メイセイオペラッ!またしてもやって魅せました。もはやダートでは敵無しッ!地方の星としてまだまだ輝きが増していきますッ!」
ウララ「はぁ、はぁ、はぁ……」
メイセイ「ウララさん……どうしたんですか、今日のレース……」
ウララ「メイちゃん、ごめんね……全然走れなかった」
メイセイ「謝らないでください、何か事情がお有りなんでしょう。ですがあの時、約束しましたよね?強くなり、必ず勝利すると……このようなレースで私は、勝ったとは言えません。悩みが気になるほど私とのレースは『どうでも良かったんですか?』」
ウララ「ち、違うよ!?ただ、どっちも大事なことだから〜、ん〜……」
メイセイ「私は、今日のレースを楽しみにしていただけに……残念です……それでは」
立ち去るメイセイオペラをウララは立ち尽くすしかなかった。ウララは着外まで沈んだことで、トレーナーの下までの足取りが重く感じた。そしてトレーナーの下に行き……。
ウララ「ト、トレーナー……ごめんなさい。一着また取れなかった……」
佐竹「大丈夫、諦めなければ必ず活路は見える。焦らずに頑張ろうな」
ウララ「あっ、うん!それじゃ、先に戻ってるね。…………えっ…………」
いつもの力強い声じゃなくても、優しいトレーナーに安心したウララは次こそはと意気込み控え室に戻ろうとした時、思わずトレーナーの方を向いた。
佐竹「はぁ……スズカをなんとか出来ないのか……」ボソ
ウララのレースには目もくれず、頭を大きく下げているトレーナーの姿を目撃してしまったウララは、その日を境に必要以上にトレーニングに打ち込むことが増えていった。トレーナーはその度に練習を制止させ落ち着かせた、それを繰り返していく結果ウララからまた、『いつもの笑顔』が消えた。そして数日が過ぎ、スズカの毎日王冠も終わり一ヶ月を切り、トレーナーはますます自らを追い込み他の娘たちを蔑ろにしてしまうことが増え続けた。とある練習では……。
佐竹「お、おい、ウララ。もう練習は終わりだぞ?……」
ウララ「ううん……大丈夫。神社の階段ダッシュ、行って来るね」
佐竹「暗いからもう止めておいたほうが…………はぁ、最近どうしたんだ?」
佐竹「あれ?あれは……ニッポーさんかな。何か、すげぇ怒ってる?」
トレーナーが困惑しているところに、ニッポーテイオーが近づいてきた。トレーナーが挨拶しようとすると、いきなり胸ぐらを掴まれた、動揺しているとニッポーから大喝。
ニッポー「トレーナーッ!!アンタ、ウララに何をしたッ!!」
佐竹「ま、待ってください!?先ずは落ち着いて……」
ニッポー「これが落ち着いていられるかッ!?何でアイツが辛い顔しながら練習してんだ、説明しろッ!」
ルドルフ「待て待て、ニッポー。捲し立てれば正しいものも伝わらないぞ?君が今どのように思っているか、一からトレーナー君に明示しなければ……」
たまたま通りかかって間に入ってくれたルドルフのお陰で、なんとかその場は収まり何故これほどまでニッポーが激昂しているか説明してくれた。
ニッポー「数日前だ、ウララが廊下で歩いてくるところを見かけたんだ。当然こっちが挨拶する前にあの娘からデカい声でしてくるんだが……その時は全くしてこなかったんだぞ!?それだけじゃない、異変に気付いたオレはトレーニングを眺めていたんだ。普段のウララは辛いトレーニングでも、歯が見えるくらいの笑顔でオレたちの疲れが吹っ飛ぶくらいでいつも元気が出る……最近のウララは、見てるこっちも辛いんだよ……訳を聞いても、トレーナーのために頑張らないと、って言ってはぐらかすんだぞ?!こんなの、アンタに原因があるに決まってんだろッ!どうなんだ、トレーナーッ!!」
ルドルフ「ニッポーの言い分だけでは詳細は見えてこない。先ずは双方の意見も聞いてみるとしよう、トレーナー君」
佐竹「はい……すいません」
トレーナーは自分が情けないと心底思い、取り敢えず三人はウララが向かった神社に行くことにした。そこには石で作られた座席で静かにウララが泣いていた。
ウララ「うぅ……頑張らないといけないのに、脚が動かない……」
泣いている姿を三人は道から外れた草叢で様子を窺っていたが、その姿に耐えきれなかったのかニッポーはトレーナーの胸ぐらを再度掴み、怒鳴った。それに気付いたウララはどうして跡をつけたのか訳を聞いてきた。
ウララ「どうしたの、みんな……」
ニッポー「ウララ、いっぺんトレーナーを殴れ、オレが許可する」
ウララ「えー!?そんなのできないよ……。全部……ウララが悪いから……」
ルドルフ「どういうことだ?」
ウララ「数日前からトレーナーがすごく元気がなくて、それが気になって上手く走れなかったの……。それでレースが終わって着外まで沈んだわたしをトレーナーは優しく励ましてくれたんだ。でも、部屋に戻ろうとして少しトレーナーの方を振り向いたの……そうしたらトレーナーがすごく落ち込んでて、やっぱりウララがあんなレースをしたからだって思って……だから、うぅ……」
ニッポー「おいッ、ウララのこと何で信じてあげられないんだッ!それでもトレーナーか?!」
佐竹「ち、違います!?あれは少し考え事をしていて……」
ニッポー「ウララのレース中に何を考えることがあんだよッ!ふざけてんのか!?ウララに今すぐ謝れッ!」
ルドルフ「ニッポー糾弾するには早いぞ、トレーナー君……自分の思索を教えてくれ」
佐竹「スズカのことで少し考えることがありまして……決してウララの順位であんな行動をした訳じゃないんです」
ルドルフ「やはりな、釈近謀遠とはこのことだな……。トレーナー君がそんな行為をするとは考えられなかったものでね、勘違いだったわけだ。ニッポー、これでわかっただろう?互いの行き違いだ」
ニッポー「理由はわかった。ただ、ウララを蔑ろにしてまで何故スズカのことを考えてたんだ?その根拠を話せ」
佐竹(本当のことなんて言えないし、かと言って嘘を伝えるわけにもいかないし。う〜ん……少し前にスズカが足元が痛いって言ってたから、これくらいで)
佐竹「この間スズカが脚部不安の話をしていたので、それでずっと気になって」
ルドルフ「確かに脚部不安を抱えれば誰しも不安にはなる、ましてや担当トレーナーであれば。だが、そこまで君が追い込まれることではないはずだろう?専属トレーナーに頼んで医者に診察してもらうのが手っ取り早いのではないか?」
佐竹「いや、そうなんですけど……」
ニッポー「まぁ、いいさ。オレも悪かったよ、理由も聞かずに怒鳴り散らして」
ルドルフ「ふっ、少しは大人になったなニッポー」
ニッポー「う、うるせぇー///」
ルドルフ「さて、トレーナー君。スズカの追求はやめるとして、ウララの下へ行ってやってくれ、今回彼女が一番不安だったのだからな」
佐竹「はい」
トレーナーはしゃがみ、そこから崩れ落ちるようにウララを抱き締めた。
佐竹「ごめん、数日前の俺は……ウララのことを何も考えていない大バカ野郎だった。許してくれ……」
ウララ「いいよ、トレーナーだって辛い時だってあるもん。そんな時はウララの胸を貸してあげる、声に出したくないことがあったら……何も言わずにこうしてあげるからね?」
佐竹「ぐすっ……うぅ……」
大の大人がウマ娘に見守られながら嗚咽した。笑顔で応えたウララはどんな大人より包容力があると、トレーナーは思いこの戒めを胸に深く刻み込んだ。その後は泣き疲れ、それを補うように四人でご飯を食べた。そしてまた数日が過ぎ、天皇賞(秋)が迫ってきたある日、トレーナーはスズカの下を訪れていた。
佐竹「…………」
スズカ「はぁ、はぁ……ふぅ……あっ!トレーナーさん。珍しいですね、一人でいるなんて……どうかしたんですか?」
佐竹「張り切ってるな、脚の調子はどうだ?」
スズカ「前ほどではないですが、痛みはありません」
佐竹「よかった……スズカは何で天皇賞に出たいんだ?」
スズカ「走りたい、という目的が主ですが、もう少しで掴めそうなんです。自分の走りが」
佐竹「そうか…………なぁ、スズカ。……いや、何でもない、そのハンカチ首に巻いてるんだな」
スズカ「はい、今はタオル代わりに使ってます」
佐竹「気に入ってくれて良かったよ、じゃあ練習頑張れよ」
スズカ「はい、ありがとうございます」タッタッ
トレーナーは『走らないでくれ』という言葉を呑み込み、スズカは困惑したが再び走り出した。トレーナーはスズカのトレーニングを暫く眺めていた、自分の記憶に焼き付けるように。そこにサンデーも練習風景を見ており、スズカについて訊ねられた。
サンデー「あの娘と何話してたの?」
佐竹「脚の具合を聞いてました、それとサンデーさんのハンカチ、スズカにあげました。すごく気に入ってましたよ」
サンデー「よかったよ、使わないハンカチだから。使ってくれてあのハンカチも喜んでるよ」
佐竹「後は天皇賞を待つだけですね……」
サンデー「天皇賞に出るんだ…………ダメかもね」ボソ
佐竹「えっ!?それは何で…………いない」
トレーナーが横を向いたときには、サンデーの姿はなかった。何故サンデーがあのような言葉を吐いたのか、トレーナーは考えるが『ダメ』という意味が一つしか浮かばない。怪我での予後不良、今のトレーナーにはこのワードが頭を支配していた。スズカを止めることは簡単だが、それは同時にスズカの夢を奪うのと同義、何も出来ないトレーナーは焦燥感に苛まれながら、運命の天皇賞(秋)を迎えた。重い脚を東京競バ場へと運び、スズカの下に向かった。控室にはエアグルーヴ、ステイ、サンデーがそこには居た。スズカとサンデーは数日前のトレーニングで知り合ったらしく、そこから少し練習を見てもらったとのこと。あと数時間で、と考える度涙が出そうになるトレーナーは何とか堪らえようとした。だが、この控室の団欒を見ると自然に溢れてしまい、トレーナーは直ぐ様部屋を出た。部屋を出たトレーナーを不自然だと思ったスズカは、後を追った。
スズカ「トレーナーさん、どうしたんですか?そんなに急いで出て……」
佐竹「な、何でもないんだ……ただ、外の空気を吸いたいと思って」
スズカ「なら、どうしてそんなに……目が赤いんですか?」
佐竹「い、いや、これは……」
スズカ「トレーナーさん……何か悩みでも……」
佐竹「大丈夫、スズカのレースが楽しみってだけだから。それじゃ、スタンドで待ってるよ!」
スズカ「あっ…………トレーナーさん」
サンデー「…………」
ステイ「…………」
スズカはトレーナーを追いかけようとしたが、脚が動かなかった。それ以上触れるとトレーナーが壊れてしまうのではないか、そんな気持ちが渦巻いていたスズカ。それをドアを開け見ていた、ステイとサンデーは何かを決心した顔でお互いを見つめた。そしてスズカは時間が近づきバ道を通り、光の向こう側へと歩きだしていった。
もう、そろそろで終わりになりそうです。