お楽しみ頂けたら幸いです。
『ルール』
1つ、『夜』に出かけれることを誰にも言ってはいけない。
2つ、『夜』に出かけるには誰かの影から入らなければならない。
3つ、『夜』に出かけるのに使う誰かの影は日が暮れるときの物でなければならない。
5つ、『夜』の中では3より1個大きくて、5より1個小さい数を言ってはならない。
6つ、『夜』の中でどれだけ時間が過ぎても『夜』に入った時間の一秒後に出れる。
7つ、『夜』に出かけていなのに『夜』に入ってしまったものは『夜』から出れない。
気を付けるのはたったこれだけ。
とてもとても簡単でしょう?
本当に死ぬまでいても誰も咎めない素敵な素敵な『夜』!
アナタも一度来てみない?帰りの切符は保証しかねるけど。
「あー!センセ―またなんか沢山書いてる!」
似合わない金髪のウィッグに今どき一周回って見なくなった分かりやすすぎるJKファッションで決めた少女が俺の手元を覗き込んで来た。
無遠慮な態度、そして何より物言いに腹が立つ。
俺が書いているのは『なんか』ではなく『小説』だ。
そして枚数はよんじゅ…おっと危ない。流石に心の中で思うだけでは『ルール』に接触しないが、こうゆう所でも気を付けていないとうっかり口から出てしまう。
「もうすぐ帰るとこだったが、
案の定いいアイデアが浮かんだから書き留めておこうと思ってね。」
俺は小説家だ。
ジャンルはダークファンタジーを得意としている。
そんな俺にこの『夜』なる空間は非常に興味深い。
ここそのものを題材にするとこの世界の数少ない『ルール』違反になる可能性が有るが、しかしここに来る老若男女に魑魅魍魎悪鬼羅刹の皆様方は素晴らしい題材となってくれている。
例えばそこの甲冑姿のトカゲの亜人とか、
そこで何やらうわ言を繰り返している汚いスーツのおっさんとか、
今如何にもな悪役令嬢にぼこぼこに論破されて死んだ顔で帰って行った小太りのジャージ女とか。
この等間隔に並んだテーブルと椅子しかない黒一色の空間は非常に有意義な場所だ。
ルールの6つ目の関係で実質ここに居た時間に応じて寿命を削っているようなものだが、それでもいわゆる常連さんは多く見受けられる。
僕や目の前のJKの様に刺激を求めてか、
それとも特定の個人に会いにか、
はたまたここにいる事だけが目的なのかはあまり詮索しないが。
「ねーセンセ―。センセ―の本学校の図書館に置いてあったから読んだけど最後なんか後味悪いよー。
ルビー嬢確かに下衆かったけどあんなにやっつける必要なかったよね?」
「あったとも。あいつは中二の時だけ同じクラスだった隣の席で授業中延々喋り倒してた糞女がモチーフなんだから。」
うわー陰湿ー。と、分かりやすいリアクションを取るJK。
態度はともかく、取り繕わない感想をくれるのは作家として有難い。
俺は原稿とは別に広げたネタ帳に『私怨を控えめに』と書き込む。
「もしかして一番貧しいけど一番幸せになってるサファイア姫にもモチーフ居るの?」
「俺の初カノって言って君信じる?」
「ぜーんぜん。センセ―モテないだろうし。」
「お前は次回作の噛ませモブに降格だ。」
「えー!ひど!てか先生喋る時ぐらいこっち向きなよ。
さっきからずっと筆止まってないよ?」
「当然。昔から決まってる文章を書き起こすのは早いんだ。」
俺に最初から備わってたこの仕事で役に立つ才能と呼べるのはそれだけだ。
筆が早い。本当にただそれだけだ。
締め切り厳守なんて社会人じゃ当たり前。
けど書いた。大小問わず賞に出しては玉砕し、書いて書いて書いた。
時に出かけてネタを探し、時に家の本を読み漁った。
そしてようやく本を出した。
『夜』に出かれるようになったのはその頃からだ。
ここはネタの宝庫だ。
おかげでここ数年、他の作家よりはネタに困ってないと思う。
「それより君はあんまりここにいない方がいいぞ。
こうしてる間にも少しずつ寿命を削ってるような物なんだからな。」
「べつにいーよ。センセ―とおしゃべりできるし!
これってさあ、ここに出かけれるファンの特権だと思うんだよね。」
「……そうか。新作も読めないのによく話す気になるな。」
「え?何ってるの?センセ―お仕事貰ってるし…」
「君が良く話す俺の処女作『宝石龍の涙』は7年前学生時代にネットに上げたはいいがほとんど見向きもされなかった完結させただけの作品だ。
今使ってるペンネームと別ので書いたからアレと俺を結び付けれる人間は限られてる。
君程度に文書鑑定士を名乗れるだけの学があるとも思えない。
君、何者だ?」
JKの顔に汗が伝う。そしてそしてどこか観念したような表情になると、ぼそぼそ勝手にしゃべり出した。
「私、大好きなんだ。
先生が最初に書いたみたいな今どき童話でしか見ないような、
ありきたり過ぎるハッピーエンド。」
「君の知る僕はそれじゃあ受け入れられないことに挫折して筆を折った。」
「ん。センセ―の小説もっと読みたかったのに。
けど『夜』に出かけれるようになって、すぐわかったよ。
センセ―がセンセ―だって。
筆に詰まると髭気にしだす癖、詩人のレンとおんなじ。」
「傷口をえぐるな。
あの作品で唯一後悔してる部分なんだ。」
「それで、なんか流行のダークな雰囲気になってんの残念だったけど、
最後は絶対に愛と勇気が勝ってくれるみたいだったから残念と同じぐらいうれしかった。」
そりゃどうも。と言った俺は立ち上がり、
「次会うときはその似合わないウィッグ外してこい。
そしたらおおよそ世間受けしない今どき絵本や日曜朝の時間帯にも見なくなった最高のベッタベタのハッピーエンドを見せてやる。」
「ーーーっ!やっ!約束ですからね!」
そう言うと彼女は『夜』から帰って行った。
俺も大体書き終えたし帰るとしよう。
「ふう。」
相変わらず『夜』から帰る感覚は気持ち悪い。
子供のころ風邪をひくと必ずあった頭の中や景色がぼやける感覚に似ている。
「え?い、今…え?」
影を使わせてもらった彼女は一秒間消えていたように見える俺に驚いているようだ。
今気づいたが、ひどく見覚えがある。
恰好は似合わないウィッグにギャルギャルのファッションで、
今目の前にいる楚々とした黒髪ショートセーラー服の美女とは一瞬同一視できないが。
「…次々回作は『宝石龍の涙』をもっと読めるようにしたものにすることを約束するよ。」
少女は心底驚いた顔を浮かべた。
そして俺がだれか理解したらしく嗚咽交じりの声でサインをねだって来た。
おかえり~。
『夜』はどうだった?
面白かった?キモかった?はたまた行きたくなくなった?
……へー、そう。それは結構。
それじゃあまたどこかでお会いしましょう!
バイバーイ♪