りらいと!〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜   作:転寝

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不幸自慢じゃないです

「縁を…切られた?」

 

 さなが驚いたようにきいた。といってもさなだけではなく、その場にいた全員が同じ疑問を抱いていたのだが。

 

「どういう事?」

 

 いろはがきくと、奏は感情を押し殺した様な口調で淡々と話し始めた。

 

 

 わたしの家は、魔法少女の存在を認知している珍しい家系でした。

 父方の祖母が魔法少女だったらしく、父は幼い頃からその存在が当たり前のものだと思っていたんです。そしてそんな父と結婚した母も、魔法少女の存在を知っていました。

 母は魔法少女ではなかったけれど、母の姉―わたしの叔母さんにあたる人が魔法少女だったらしく、母自身にも素質はあったようです。

 そんな家庭に産まれたわたしは、魔法少女になる事を当然の様に決定づけられていました。わたしにはもうひとり、双子の兄が居たらしいのですが、魔法少女になれないからという理由で「処分」されたのだと…そうきいていました。

 わたしには素質があったので幼い頃からキュゥべえが見えていて、魔法少女になって負うリスクの事も把握していました。ただ、安易に契約してはいけないと言われていたので、キュゥべえと契約する事は無かったのですが。

 

 転機があったのは10歳の時でした。

 父が仕事で取り返しのつかないミスをした為、危うく会社をクビになるところまで追い詰められたのです。

 そのミスというのは書類の書き換えミスという単純なものでしたが…それが与える影響はとても大きかった様です。当時はまだ子供だったので、そんな事は分からなかったのですが…。

 その時、父はわたしを利用しました。

 「書類を書き換える」という願いで、わたしを魔法少女にしようとしたのです。

 まだ子供だったとはいえ、魔法少女がどのくらい辛いものなのかは把握していましたし、何でもひとつ願いを叶えるという権利を奪われてしまうので、わたしは必死に抵抗しようとしました。

 だけど父は聞く耳を持たず、「お前を育てたのは俺達だ。なら俺達の為に身を捧げるのが当たり前だろう」と言ってわたしを痛めつけ、無理矢理契約させました。

 わたしは望まない願いで魔法少女となり、地獄の様な日々を過ごす事になったのです。

 

 

 そこまで話すと、奏は一度お茶を飲んだ。

 誰も、何も言えなかった。願いを奪われ、望まぬ戦いに身を投じる事になった奏の事を思うと、安易に言葉を掛ける事が出来なかったのだ。

 奏はほぅ、と一息つくと、やはり押し殺した様な口調で話を続けた。

 

 

 魔法少女として戦うのは本当に大変でした。

 わたしには才能があまり無かった様で、ひとりで魔女を討伐出来る様になるまでには随分と時間が掛かりました。

 わたしが魔女退治に失敗する度に両親は怒り、わたしを罵りました。何でも、両親は魔女に魅入られておかしくなった人を元に戻すのと引き換えに多額のお金を得る…といった事を度々行っていて、わたしの戦績が悪いとそのお金が手元に入らないという事情があった様なのです。

 グリーフシードは両親が管理していた為、魔女を倒さないと貰えませんでした。ソウルジェムが穢れ切る所まで追い詰められた事も、度々あります。

 そんな感じで多くの敗北と僅かな勝利を繰り返しているうちに、両親はわたしに愛想を尽かして養子をとる事を決めました。

 養子となった女の子も魔法少女で、わたしより遥かに才能がある子でした。そして両親はわたしを捨て、その子を新たな「道具」にしました。家族の縁を切られたのはその時です。

 行く宛てが無かったわたしは「魔女化を防ぐ事の出来る街」という噂があった神浜市に向かいました。

 そこで魔女と戦ったものの、力尽きて倒れてしまい…いろはさんに救われたという訳です。

 

 

 話し終わった奏は少しだけ冷めたお茶を飲んだ。

 いろは達はというと、暗い顔になって俯いたり、泣きそうな顔になったり…それぞれが悲痛な表情を浮かべていた。奏は何かのリアクションを求めているのだろうが、どうすればいいのかは分からない。どんな反応を返しても、それは彼女を傷付けるだけの様な…そんな気がした。

 

「ごめんなさい。こんな話…ききたくなかったですよね」

 

 奏は自嘲する様にそう言って、悲しそうな笑みを浮かべた。

 そんな事は無いといろはが声を出そうとした瞬間―不意にさなが立ち上がり、無言で奏を抱きしめた。

 

「さ、さなさん…!?」

 

 流石の奏も戸惑った様子で上ずった声を上げたが、さなは静かに奏を抱きしめている。

 

「えっと、さなさん…」

「…辛くて、消えたくて…もしかしたら、死にたかった…そうだよね?」

「………!」

 

 奏が目を見開き、さなを見る。

 

「奏さんがした事は不幸自慢じゃないです。誰かにきいてほしいという自然な事で…自分を守る為の手段なんです」

「…………」

「もう、ひとりで抱え込まなくてもいいんですよ。私が一緒に背負いますから…」

 

 さなは慈愛に満ちた顔をしていた。

 それを見て、いろははハッとなる。

 さなも、奏と同じなのだ。理不尽に翻弄され、消えたいと願ったのだ。

 もしかしたら、さなは奏の中に過去の自分を見ているのかもしれない。だからこそ、誰よりも先に奏を救いたいと思ったのかもしれない。

 さなは奏から躰を離し、やちよの方を見ると―深々と頭を下げた。

 

「大変なお願いという事は分かっています。だけど…私には奏さんを放っておけません」

 

 だから―奏さんを私達の家族にして下さい。

 さなはハッキリとした口調で、そう言った。

 

「二葉さん…」

 

 やちよは驚いたようにさなを見る。そしてそれは奏も同じだった。

 

「なんで、そこまで…」

 

 不幸自慢はやめろと言われる事を覚悟していた。

 なのに、それを受け入れてくれて、なおかつ自分を助けようとしてくれている。

 奏には、なぜさながそこまでするのか分からなかった。

 

「…私も、同じでした。辛くて、消えたくて…もしかすると死にたかったのかもしれません。だからこそ私は、奏さんを放っておく事が出来ないんです」

 

 静かな口調。

 だけど、そこには確かな重みがあった。

 

「やちよさん、いろはさん、フェリシアさん、ういちゃん…お願いします。私も、誰かを助けたいんです」

「…やちよさん、私からもお願いします」

 

 いろはもやちよに頭を下げた。

 

「厳しい事は分かっています。だけど…このまま見捨てる事なんて出来ません」

 

 フェリシアも、ういも…口には出さなかったが気持ちは同じだった。

 そしてそれは、やちよも。

 

「…頭を上げてちょうだい。全く…私が悪者みたいじゃない」

 

 やちよは呆れ半分、感心半分といった口調でそう言うと、奏を見た。

 

「私としても、放ってはおけないわ。いくつか条件は付ける事になってしまうけれど…それでいいなら来なさい」

「…いいんですか?」

 

 奏は半信半疑といった様子できく。

 やちよが迷いなく頷くと、その顔が必死なものへと変わった。

 

「わ、わたし…何でもします!出来る事なら何でもしますから、だから…っ」

「大丈夫よ。私達は決して見捨てたりはしないわ」

 

 やちよは微笑む。それを受けて、フェリシアが思い付いた様に言った。

 

「ならさ、どっかでバイトすればいいじゃん。オレだって鶴乃(つるの)の所で働いてるし、そうすれば食費とか払えるだろ?」

「だけど、奏ちゃんはまだ14歳だよ。雇ってくれるところ、あるのかな…」

「あ?んなの万々歳で働きゃいいじゃねぇか」

「うーん…でもこれ以上雇えるのかなぁ」

 

 いろはの不安そうな言葉に、フェリシアが噛み付くように言う。

 

「なら、かこに話してみる!アイツん家本屋だから、事情話せば雇ってくれるかもしれねぇじゃん」

「あ、あの…それはわたしがやるので…」

 

 奏がそう言ったが、フェリシアは「だって神浜に来たばっかりなんだろ?ならオレに任せとけよ!」と威勢よく返した。

 

「フェリシアさん、かっこいい…!」

「へへん!たまにはいいとこ見せねぇとな!」

 

 ういの憧れの眼差しを受けて、フェリシアはすっかり上機嫌になっていた。

 さなはそれを見て微笑むと奏の方を向いて、にっこりと笑った。

 

「今日から、よろしくね」

「…はい!」

 

 そこでいろはが思い付いたように声を上げ、みかづき荘メンバーに言った。

 

「そうだ、改めて挨拶しないとだね!」

「ええ、歓迎会…には少し遅いし、鶴乃も今日は来ていないけれど…これだけは言っておかないとね」

「歓迎会は鶴乃が来た時だな!」

「え、ええ…?」

 

 奏が戸惑っていると、皆は「せーの…」と声を揃えて、

 

『みかづき荘へようこそ!』

 

 その声が、あたたかく染み渡っていく。

 急展開で、実感が湧かない部分もあるけれど…それでも、わたしはこの人達と家族になったんだと、そう思えた。

 

「これから、よろしくお願いします!」

 

 奏は少し泣きそうになりながらも、笑顔で頭を下げたのだった。

 

 

 人生のやり直し。

 幸せを掴むための物語が、ここから始まる。


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