ばらすと言うほど大げさなものではないですけど。
色々と思うことはあるでしょうが何卒よろしくお願いします。
「......さて、と」
そう呟きながら、自分の置かれている状況を把握する為に首を左右に振り現状確認、さらに手に持っているスクリーン型の携帯情報端末で現在位置を確認する。
入学者全員に配信されているLPS(Local Positioning System)を起動させる。
「どうしてだよ......」
そう告げる彼の顔は絶望とまでは行かなくても、悲壮といっても十分に通じるくらいの表情をしていた。
顔立ちとしてはかなり整っているであろう、さらさらとした真っ直ぐの茶色がかった髪の毛に、釣り上がった両目。その両目が少し近寄りがたい雰囲気を出しているが、現状はその見る影も無く目を閉じ嘆いている。
彼が嘆いているのは、入学式の行われている場所に辿り着けないせいであった。
高等生になっても迷子(LPSを使っているのにも関わらず)になっているのは一種の才能だと幼馴染の女の子は言っている。
要するに彼は今回が偶々なのではなく頻繁に道に迷うことがあるということである。
勿論彼とて過去のことを学習はする。
この日の為に何度も最寄駅から一高との間を往復し道順を覚え、念の為に予定よりも一時間ほど早くに家を出てここに到着したのである。
彼にとっての唯一の誤算は
「はぁ、校内は想定の範囲外だったなー」
LPSをつかえば今回こそは行けると思ったんだけどな、といった呟きはその言葉を否定するかのように、春の陽気な風に吹き飛ばされてしまっていた。
彼が悲壮に暮れている間にも時間は過ぎている。彼の登校した時間が早かった為に、周りの人間に着いていくといった手段が取れなかったが、現状では疎らながらも登校してきている新入生らしき人達もいる。
俯いていても仕方ない、と気分を切り替え同じ新入生らしき人たちに着いて行くべく一歩前に踏み出そうとしたときだった、後ろから声を掛けられた。
「えっと、迷子? ではないですよね」
そう疑問系で話しかけてきた女性は左腕に幅広のブレスレット型CADを巻いている。
つまり彼女は生徒会の役員か特定の委員のメンバーということになる。
勿論そのことも彼は理解していたし、話には聞いていた。
「いいえ、
嘆いてた顔は何処へ行ったのか、彼は端正な顔を彼女に向けなけなしの見栄を張った。
そこで初めて彼女の顔を見る。
先ほどの見栄を微笑ましく思ったのか表情にはまだ柔らかみがあり笑っているようにも見えた。
とても綺麗な人だと思う、初めて見る顔だったのなら見とれていたかもしれない。この一高では初めて見るが、彼にとって彼女は既知の存在であった。
「......七草真由美先輩でしたか」
「あら、自己紹介はまだだったと思ったけど」
「兄がここの生徒だったので、九校戦は見に行ってました」
彼の兄も一高生であり九校戦にも選手として出ていた。それを見に毎年足を運んでいたのだ、これほど目立つ容姿を持ちながらも突出した実力を持つ彼女のことを覚えていないはずが無い。
「では、改めまして、私は第一高校の生徒会長を務めています、七草真由美です。よろしくね、沖田
彼女にとっても咲のことは既知の存在であったらしい。
「貴方のお兄さんから、色々と話は聞いていたんですよ、『入学式当日に早い時間に嘆きながら、ウロウロとしているツリ目の迷子っぽい奴がいたら多分オレの弟だからな、助けてやってくれ』って言葉のまんまの生徒がいるものですからまさかとは思ったのですが......」
まさかここまで読まれてるのは、兄恐るべし。と驚愕を心の内に留めて置く、そして変なことを言っていたのであれば容赦はしないと心に刻み込んでおく。
「迷っていたのであれば講堂までご一緒しようと思っていたのだけど、その様子だと大丈夫そうですね」
「はい、兄がどんな事を話していたのか興味があるのですが、お忙しいでしょうしこれで失礼します」
「そうですね、私も話したいのですが生憎と仕事中なので、また今度お話しましょう」
また今度、その言葉に引っかかりを覚えたが、一礼をしてから新入生の波に歩き出す。
彼が段々と離れていくのを見送りながら真由美は一人呟く
「聞いた通りの面白い子ね、また会いましょう」
誰に聞かせるわけでもなく、聞こえるように言った訳でもない、思わず口にしてしまったというような小さな独り言を、まるで聞いていたかのように、面白い子、咲真由美の方に振り向き、一礼をして今度こそ新入生の中にまぎれていった。
「ホントに面白い子ね」
前半分に一科生、後ろ半分に二科生。第一高校において入学式という始まりの日にでさえ生徒の中に優劣が存在している。
咲自身は一科生であることは既に決まっている。あの日から武に比べれば圧倒的に劣る魔法技術を磨いてきた。その自負もある。
ただ二科生だからといって侮るつもりは彼にはない。学校の成績だけでなら二科生は文字どうりに一科生より劣っているであろう。しかし、もし実戦を想定するのであれば、少なくとも咲は一科生よりも圧倒的に優秀な人間を少なくとも二人は知っている。
まぁ、だからといって実戦で強いものが偉いとか、そういうことを考えてるつもりも彼には無いのだが。
あくまで実戦は実戦、学校に通うのだから学校の尺度で図ることに異論の出しようは無い。
ただ、後ろに座る二科生たちに、そこまで卑屈にならなくては、と思うのは彼が一科生であり実力も兼ね備えている、強者故だからだろうか?
まだ時間も少し早いこともあり席は十分に空いている。郷に入っては郷に従え、とばかりに前のまだ隣の空いている端の席に座ることにする。
「......やはり端は落ち着く」
それが絶対といわんばかりに小声ながらも力強く呟く。
咲が席に着いてから、ほんの五分程であろうか、静かに、だけども力強い足音が耳に届いたのは。
出来る奴だと足音で分かる。そして席もポツポツと埋まってきてはいるが、空席も目立っている。
しかし彼は咲の席まで一直線で歩いてきている。
咲にとって彼は好奇の対象であった。新入生の中でこれほど出来る人がいるとは考えてもいなかった。嬉しい誤算でもある。
そして彼にとっても咲にとっても目的の人物である両者の視線が交わった。
「......とっ、隣を、よろしいでしょうかっ!」
「ええ、どうぞ」
咲の好奇の対象である彼は小柄な少年だった。
「間違っていたら、申し訳ありません。貴方は沖田咲さんでしょうか?」
間違っていたら、そう言っているのにも関わらず彼の表情は既に確信を得ている様であった。
「ええ、そうですけど......どこかでお会いしましたか?」
「あっ、失礼しましたっ!僕、いえ私は十三束 鋼と申しますっ!」
一度席に着いたのにも関わらず、思わずといった感じで立ち上がり、張り上げた謝罪と一緒に綺麗なお辞儀をした。その態度に咲は疑問を抱く。
(......何か彼にしただろうか? )
彼の態度は、自分が名乗り忘れていた事を、詫びているというには少し大げさなではあった。それが彼の往来の態度であるのならば、問題はない。ただ咲の感覚ではあるが、彼には、尊敬や憧れのような、同い年の人間に向けるには、些か不自然な態度に感じた。
ただその疑問を解決するよりも早く、解決しなければならない問題が生じていた。
現在講堂には、それなりの人数の新入生が大勢集まっている。私語は禁じられてはいない、他の新入生たちも隣の人に話しかけたりしていて静寂が満たしている訳でもない。
ただ、十三束と名乗った少年が、思わず出してしまった声量は大きく、また彼の声はよく通る。つまり多少騒がしい講堂の中であっても、彼の声は響きわたり、新入生の注目は二人に注がれていた。
「えっと、十三束君、そのとりあえず座ろうか? 」
「......はい」
自分の失態に態度が萎んでいく、そんな彼を見かねたのだろう今度は咲から声を掛けることにした。
「初めまして、だよね。以前会っているのならば、きっと僕は覚えているだろうし」
「はい、直にお会いするのはこれが初めてで間違いありません」
直に、ということはどういうことだろうか? そう訊ねようとしたが、十三束の言葉にまだ続きがあることに気がつき耳を傾けた。
「私も格闘術を多少なりとも齧っているのです。まさか武術家として既に地位を確立されている、沖田さんが魔法科高校に入学しているとは露ほども思っていなかったもので、驚いてつい声を掛けてしまったんです、その結果があんな感じでしたけど」
苦笑しながらも話した十三束の言葉で咲にとっての謎は解けた。
沖田咲は武術に関して言えば天才である。それが幼少の頃より言われてきた事実であった。あの日から重きを魔法に変えはしたが、武を疎かにしていたわけではない。
他家との交流や腕試しといった場には参加していたし、数多くの武術家に敗北を刻んできた。
今まで常に武の第一線に参加してきた咲、一流や超一流と呼ばれるような相手と常に闘ってきた。試合の相手が同年代だったことが、なかった訳ではない。ただ大抵の相手は咲の二倍や三倍歳を重ねていた。
咲の周りの人間の年齢層は比較的に高かった。
自分の二倍、三倍と歳を重ねている相手に対して、咲が敗北することは一度もなかった。
武術家として大成している自覚が咲にはあった。自分より歳を重ねている人間からの賞賛や嫉妬、尊敬などは日常に組み込まれていた。その日常の枠組みの中に同年代の人間が入り込んでくるのが稀であるため、十三束の態度に気がつくのが遅れた。
テレビの中に存在する芸能人に会ったような態度は解決した。格闘術を学ぶ十三束にとって既に一武術家として名を馳せている咲への態度は、まさ、芸能人のような向こう側に住む人間に対してのものであった。
今までこういったことがなかったわけではないが、同年代しかも同い年であろう人間から向けられたのは本当に珍しい。
こういった時咲は既に決まっている言葉を口にする。
「同じ学年なんだし、もっと楽にしよう」
最初こそ恐縮してばかりだった十三束だが、始まるまでの間、咲の説得により彼の態度は軟化していった。
同じく格闘術を学んでいる二人の会話は弾んだ。
それこそ最初の十三束の態度からすれば驚くほどに、二人は仲の良い友人に周りの人間には見えたであろう。
その二人は入学式が終わっても特に分かれる理由がなかったので行動を共にしていた。
話題は新入生総代の挨拶をした現実離れした美少女の話であった。
「また、凄い子でしたね、なんというか存在感が、といいますか」
「......敬語」
「......また、凄い子だったね、なんというか存在感? というか」
「確かに綺麗な子だったねー」
十三束が敬語を使うたびに咲は訂正をしてくる。毎回ついでとばかりにつり上がった両目で、ジトっと見てくるのだから十三束もそろそろ、学んできた頃である。
十三束にとって目の前で毎度敬語を指摘してくる咲。
憧れを抱いていた、といっても過言ではない咲の態度は面白くもあり新鮮でもあった。
彼に話しかける直前までガチガチに緊張していた。彼の鋭い眼光が周りにを拒絶しているようにも見えた、周りの席が空席だったのが拍車をかけたのであろう。
でも実際はとてもフランクであり、子供っぽい一面も垣間見える。既に自分にとって雲の上のような存在である咲をとても身近に感じることができた。
クラスは違えど咲とは友好な関係を築いていけるだろう、出会って間もないが漠然と十三束は感じていた。
「それじゃ、僕はここで」
きっちりと一礼ではなく、フランクに片手を挙げながら十三束は咲に声を掛けてB組の中へと紛れていった。
ホームルームへ行くかどうか、本日の予定は既に終了しており特に義務化されているわけではない。ただこの一年間を共にする友人たちを探すために参加する生徒たちが大半を占める。
そこで咲は考える。今日は九歳離れた妹の入学式でもある、きっと家に帰れば一足先に帰っているであろう妹が新しいランドセルを背負いながら、自分に意見を求めてくるに違いない。
実は今朝既にこの儀式は行われているのであるが、活発な妹のことだから再度聞いてくるに違いない。その姿を想像し微笑ましい気持ちになる。
それから、ホームルームという単語を忘れているかのように家路につく咲は、俗に言うシスコンと呼ばれるものなのであろう。
家に帰れば案の定妹にぜがまられていた。勿論それを断ることもなく惜しみない賛辞を贈り、妹の晴れ姿をもう一度自分の情報端末に記録した。
まだ日も暮れてはいない、咲の鍛錬の時間までは余裕がある。その時間までは妹の今日一日の出来事に耳を傾けよう、そう思い彼の一日は更けていく。
「そういえば、まだやり忘れてることがあった」
布団で横になっり目を閉じていたにも拘らず、むくりと起き上がり咲は情報端末を手に取る。そしてほんの数十秒で一件のメールを作成する。
メールを贈るにはかなり遅い時間であったが、送る相手である彼女が、まだ起きている時間であろう事は把握している。
『僕の妹が可愛すぎる、どうしよう』
メールには勿論本日記録した妹のデータを添付して送る。
返信はすぐに返ってきた。
『知ってる、お休み』
本文には一行だけ簡素な文章のみ。
それでも伝えたいことが伝わったことを確認して彼女に、お休みと一文を送り彼の一日は終了した。
翌日咲は迷うことなく無事に自分のクラスであるA組の教室に辿り着くことに成功した。
教室の中は騒然としていて、何名かは既にグループを形成して各々自己紹介をして友好を深めているようであった。
出遅れた、というには早計であるが、既に出来上がってしまっているグループの中に飛び込んでいけるほど社交性に富んでいない咲は、仕方なく自分の番号の振られた端末へと向かい席に着いた。
予鈴が鳴るまで時間はあるので自分の端末を見ていた咲であったが、騒然としていた教室が一瞬静かになったことに気がつく。まるで時間が凍り止まっているかにも感じた。
だがそれも一瞬のこと、再び教室は熱を帯びた。
この現象を本人の意思とは関係なく引き起こした当の人物へと目を向ける。
新入生総代、司波深雪。
現実離れした容姿に総代を務めるほどの魔法力。まさに二物を与えられた存在が彼の視界を占領していた。
彼女に目を奪われたのも一瞬のこと、あまり見ているのも失礼かと思い再び端末に視線を変える。
咲の横を彼女が通り過ぎる、その際にほんの僅かな時間ではあるが深雪が咲に視線を移し、彼のことを意識していた。
ただ視界に入ったから目を向けたのではない、確かに深雪は沖田咲個人を意識して目を向けていた。
一瞬のことだったし十三束の例もある、それに咲が
『今、僕のこと見てなかった?』
そう聞くのはとても憚れる。相手は容姿端麗、成績優秀であり少しでもお近づきになりたい生徒だって多いはず。そこで先の台詞を述べたら唯のナンパであると勘違いされてしまうことは容易に想像できた。
無理に藪を突く事はない、そう考え再度彼は端末へと意識を移した。
「初めまして」
そう凛とした声が彼の耳に届く。その声が自分に向けられているであろう事は把握している。明らかにその声は自分の端末の前から聞こえてるし、周りの好奇の視線が咲に集まっていることがわかる。
無視するという選択肢は最初からないし、せっかく向こうから来てくれたのであるから、乗らない手はない、そう思い端末を閉じ上着の内ポケットへと仕舞う。
そして改めて彼女、司波深雪に意識を向ける。
「初めまして、司波深雪です」
性別年齢問わず他者を魅了するような笑みで、彼女は御淑やかに自己紹介をした。
「ええ、初めまして。沖田咲です、女の子みたいな名前ですが見てのとおり男です」
心の準備をしていなければ間違いなく彼女の笑みに心を奪われていた。内心で冷や汗を掻きながらも臆面にも出さずに毅然とした態度で自己紹介をする。
「ふふっ、素敵な名前ですね、凛としていて私はよく似合ってると思いますよ?」
「ありがとう、そう言って貰えると嬉しいかな、個人的にも気に入ってる」
なんて事のない会話を続ける。周りは気にしてないように見せ掛けても咲と深雪の会話に興味津々に聞き耳を立てているのは二人にもわかりきっていることであった。
二人は目を見合わせて苦笑する。
それにそろそろ予鈴の鳴る時間でもある、いくつか言葉を交わした二人は区切りをつけることにする。
「これから一年間一緒なんだし、無理にとは言わないでももう少し気安く話してくれると僕としては嬉しいかな? 」
その言葉に邪な感情は一切なく、ただ純粋に深雪と友達として接したいということが彼女にも理解ができた。
それにこれは彼女にとってもありがたい申し出であった。
「そうね、これからよろしくね、沖田君」
そう述べ最後に薄く微笑みながら彼女は、咲よりも前に話していた二人組の女子生徒たちに話しかけ自分の席へと戻っていった。
好奇の視線と意識が離れていく事を認識し、一つ深く呼吸をする。
咲の感覚ではあるが、深雪の瞳を直に見て感じたことがあった。彼女の瞳の大半は興味や好奇心を占めていて、ほんの僅かではあるが敵意と嫉妬が含まれている、そんな風に感じていた。
咲はBS魔法を扱うことができるが、決してその魔法は心を読むようなモノではない。
優れた観察眼は人の内面までも読み取る。
相手の表情や雰囲気、さらには顔の筋や瞳の動かし方、挙げればキリのないほどの項目を把握し、理解する。
色々と彼女のことに疑問はあるが、特に問題になることはない。そう判断して咲は予鈴の音に耳を傾けた。
問題がなかったといえば嘘になるが、咲にとっては特筆すべき問題はなかった。
授業の見学や昼休み、既に深雪の周りには一つの集団が出来上がっていた。
彼女の容姿や成績を考えれば特別不思議なことではない、当の本人はなるべく顔には出さないようにはしているが、なんとなく機嫌が悪いように咲は感じ取っていた。
(......司波さん、その気持ちは良くわかるよ)
心の中ではあるが彼女に一種の、同情の念を捧げていた。
咲にとって深雪の周りにできている取り巻きとも言える集団は経験済みの出来事であった。
ただ、周りの人間の大半が筋肉質な男性であるので少しばかり状況は違うが。
あの手の集団は悪意がないから追い払い辛い。唯純粋に邪な気持ちのみであるならばどうにでもできるのだが(男性陣に邪な気持ちがないといえば嘘になってしまうが)自分を慕ってくれていることがわかってしまうし、これから一年間、最長で三年間を共にするであろうクラスメートを邪険に扱うわけにもいかず、深雪は困り果てていた。
そんな深雪にとっての問題が、咲にとっての問題に変化したのは放課後のことであった。
食堂で深雪を中心とした騒ぎがあったのは風の噂で既に知っていた。
深雪の兄である達也と一緒に食事を摂ろうとした、それを取り巻きの一科生たちが止めた、といった事が咲の耳に入ってきていた。
聞き耳を立てていたわけではないが、彼の五感はとても優れている。少なくとも十数メートル先の独り言が聞こえてしまう程度には。
いくつかの問題はあったものの、無事? と言い切るのは難しいが深雪にとって長い一日が終わろうとしていた。
放課後になれば勿論下校になる。少しばかり最後の見学が長引いてしまい、他の生徒よりは少しだが遅い時間に教室にもどってきた。
特に入りたい部活があるわけでもないので、三年間学校が終わり次第予定がなければ帰宅することになるのだろう、そう思いながらも咲は帰宅の準備を進めていた。
そんな時に彼の端末に一通のメールが届いた。
差出人は幼馴染からであった。
『何人か友達を紹介するから校門前に来なさい、相変わらず一人なんでしょ? 』
自分が既に下校しているとは考えなかったのではあろうか。
幼馴染の女性が実際にこの文を口にするならば、最後のほうは確実に馬鹿にした笑みが混じるであろう事は容易に想像がついた。
だがそれでも自分を気遣ってくれているということがわかるから、結局は彼女に気を許してしまう。
『了解したよ、相変わらずとは失礼だね、まぁ否定はしないけど』
打ちながら少し、寂しさを感じながらも校門を目指すために咲は既に人のあまりいない少し寂しさを感じる教室を後にした。
沖田咲の幼馴染である一人の千葉エリカはメールを見ながらも微かに笑う。
その表情はとても柔らかく、たった二日程ではあるが彼女の色々な表情を見てきた達也にとって、何か特別な意味が込められているように感じられた。
「それで何だって? 千葉さんの幼馴染は」
「んーと、すぐ来るみたいだよ、予想の通り一人で行動してたみたいだし」
咲が向かうべき場所校門は剣呑な空気に包まれている。
先ほどまでエリカも一科生と口論を繰り広げていたのだが、自分の端末にメールが来たのを察知すると、安全圏である深雪と達也のそばまで下がってきいる。
達也にメールの内容を告げ、用は済んだとばかりにまた最前線へと戻っていく。
(......よほどのお祭り好きなんだな)
そう達也は自分の中にあるエリカという少女の項目に追記しておく。
同じクラスの柴田美月の段々とずれてきている言葉を耳に入れ深雪と会話をしながらも、エリカの幼馴染という人物のことを考える。
(......千葉さんは彼が武の名門の生まれであると言っていた。今日の朝、先生が言っていた人物と恐らくはイコールで結ばれるであろう。......『鬼才』沖田咲、か)
達也の日課の一部に忍術使い・九重八雲のところに出向き鍛錬を積むこと、達也の述べた先生とは九重八雲を指す。
九重八雲は忍びであり、さまざまな情報に精通している、
そしてその情報を達也と偶々今日は一緒していた深雪は聞かされていた。
九重八雲の情報に虚偽はない、そう思っているし理解している。
しかしそれでも、僅かながらに疑っている自分がいることに達也は気がついている。
それ程にまでに達也と深雪が、九重八雲から聞いた『沖田咲』の情報は驚愕の話であった。
「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというのですかっ?」
決して声を張り上げたわけではないが、不思議とその言葉は校庭に響き渡った。
そこで一旦達也は思考の海から這い上がってくる。
少し雲行きが怪しくなってきた、達也はそう感じた。
先ほどよりも濃い剣呑な空気が、場を満たす。
一科生の威嚇とも言える挑発に、二科生で達也と同じクラスである西城レオンハルトが大声で挑戦を受け入れた。
「だったら教えてやるっ!これが才能の差だっ!」
威嚇をした一科生、森崎駿は口先だけの人間ではなかった。
CADを抜き出す手際、照準を定めるスピード一科生の名に恥じない熟練した技術。それは明らかに魔法師同士の戦闘になれている者の動きだった。
照準は既にレオンハルトに定められている。達也は友人を助けるべく手を伸ばす。
ただ達也はあくまで保険のつもりであった。彼の視界には、先に駆け出した筈のレオンハルトを追い越すように高スピードで走り出すエリカの姿が映っていた。
あのままいけば魔法の発動前にエリカが森崎のCADを叩き落とすであろう、達也はそう思っていた。
エリカ自身も魔法の発動よりも自分のが早いと確信していたし、森崎が自分の攻撃を見切ることができないとも確信していた。
達也とエリカこの二人にとって予想外の出来事が起こった。
確かに森崎のCADは宙を舞っている。
ただエリカのCADで叩きつけたような金属音は聞こえなかった。
エリカの腕は先程まで森崎のCADがあった場所の寸前で止まっていた。
エリカが寸止めを行ったのではない。振りぬこうと力を入れていたし、加減をする必要性も見出せなかった。
少し意識を向ければ、信じがたいことではあるが、自分の腕が誰かに掴まれている、状況を確認できた。
そこでエリカは意識を全体に広げる。
森崎は何が起こったのか全く把握できていないし、完全に呆けている。
レオンハルトも同じだ、只エリカの腕を掴んでいる人物に視線を向けている。
他の生徒も概ね似たような状況であった。
完全に想定の範囲外ではあるが、エリカには、この状況を作り出した犯人に心当たりがあるし、この高速で動く自分の腕を容易く掴み取るような人物が何人もいるとは考えたくもない。
「そろそろ、離してくれてもいいんじゃない? 咲」
「了解、状況は良く飲み込めないけど、手を出すのは不味いんじゃないかな?」
この場に駆けつけた咲は、そう言いながら、手を放しながらエリカを非難めいた目でジッと見つめる。
エリカは掴まれた手を軽く振りながら、正しいのは自分だ、と言わんばかりに意見を主張する。
「バカね、正当防衛よ。向こうが先に手を出してきたんだし何の問題もないじゃない」
「......なるほど、一理あるね」
まるで今までのことがなかったかのように、仲良く話し始める二人を見ながら周りの空気は完全においてかれていた。
唯一当事者として全ての状況を把握できていたのは達也のみであろう。
だからこそ、この場で一番驚愕していたのは達也である。
(......あり得ない)
それが咲の行った行動に対する、達也の率直な感想であった。
事の一体は把握できている、エリカのCADが叩き落す瞬間に腕を掴み動きを止める、同時に森崎の手首を叩きCADを無理やり落とし弾きあげる。
言葉にすれば簡単であるが、難易度はかなり高い。
自分なら同じことができるだろうか? そうらしくないことを達也は考える。
森崎に対しての行動はコツを掴めばそこまで難しいことではない(あくまで達也の物差しであって並大抵の人間には不可能な技術であるが)
問題はエリカに対する方だ、彼女の腕を振るう速度は、達人と呼ばれる人間たちの速度と比べても遜色はない。それを掴み取る決して無理ではないが、成功率は良くて四割程度。
それを同時に行うならば良くても三割程度が関の山だろうと考える。
ただしその場で万全の準備をしていたら、という条件付きではある。
今回の場合であれば、森崎とエリカがぶつかる場所で達也が待ち構えていたら、ということである。
(......そんな状況下はあり得ないだろ)
慣れない考え方をしたせいか少し、論点がずれてしまったようだと反省する。
世界は広い、いくら九重氏に体術に関して言えば、達也は既に自分を越えていると言われていても、達也より優れた体術使いはいる筈である。
だからこそ先程の一連の流れをその場に駆けつけて、行える人がいても不思議ではない。一連の流れだけを考えるならば達也はあり得ない、と驚愕に染められなかったであろう。
あり得ないと言わせる行動を起こした本人咲は、未だにエリカとじゃれ合っている。
達也は目線をその彼等の更に奥に向ける。
ここからではうまく見えない為にこっそりと『精霊の眼』を使い目的の場所、エリカ達より三十メートル奥に匹敵するであろうレンガでできた道を見る。
確認できた場所には道が、上から強く力を掛けられたように凹んでいて、若干の焦げ跡が生じていた。
達也があり得ない、そう驚愕したのはそのせいである。
今になって冷静考えればわかる事もある、凹んでいる地点にいたのは恐らく咲であろう。
エリカが走り出したときにはまだ彼はそこにいた、情報を遡って確認した。
エリカがレオを追い越したときにもまだ彼はそこにいた、これも確認済み。
エリカが森崎の前に移動したときには、彼はそこにはいなかった。
つまり咲は、エリカが森崎の前に移動しCADを振りぬく、その一瞬の間に三十メートルあまりを高速移動し二人の前で急停止、後に一連の動作を行う、といった行動を起こしたということになる。
瞬間移動のような魔法を使った形跡もない、使ったのは自己加速と、恐らくは彼の持つ特別な魔法の二種類のみ。
ふとここまでの彼の行動を整理していた達也は、今朝方八雲に言われたことがふと頭をよぎった。
『そういえば君たちの学校に沖田という生徒がいると思うんだけど知っているかい?』
『その子が、武術家の中でなんて呼ばれてるか知ってるかい?』
『武の才に最も愛された男・鬼才、だってさ』
『魔法技術を含まない純粋な白兵戦では間違いなく彼は最強だよ? そこは僕も同意だ』
『機会があったら、手合わせを申し込んでみなよ、いい経験になるからさ』
『多分達也君なら、一目見れば沖田君だとわかるはずだよ』
それを八雲に言われた時は信じられなかった。
だけど今なら、彼の言葉が真実であり、むしろその方が先程のあり得ない動きに対しての説得力がしっくりとくる。
もう一度エリカとじゃれ合っている咲を達也は見る。今度はじっくりと彼の動きを観察するように。
(......なるほど、先生の言っていた言葉の意味がわかった)
一目見ればわかる、その八雲の言葉に間違いはなかった。
彼の動きや仕草から、相手が武術を齧っていることがわかる。それもかなりの錬度で。
ただ一つ彼の強さが全くイメージできない。どの程度の速度で動くのか、どこまでなら反応してくるのか。
それは達也にとって未知の感覚であった。
『あまりにも実力差があると相手の力量が見えてこない、それは自分の知っている実力の常識外に相手が存在するからだ』
とは、とある有名な武術家の談。偶々見かけた一枚の記事に書かれたその言葉を達也は記憶していた。
(......オレも、まだまだだって事か)
自分の体術の更に上がある、その事実は達也にとっては嬉しいことであった。
達也は強くならなくてはならない、全ては愛する妹の為に。
だからこそ、自分のまだ見ぬ領域に脚を踏み入れ、更なる高みがあることを証明してくれている咲に感謝する。
(......まだまだ、オレは強くなれる)
その事実に、達也は僅かではあるが心を奮わせた。