達也と咲、両名が風紀委員として活動することが決定し、本日の放課後には、本部へと赴くようにと摩利からの連絡を咲は受けていた。
恐らく、本日の放課後より一週間行われる、各クラブによる新入生の勧誘に関する事、であろう事は咲にも容易に想像することができた。
ただ今はまだ昼休み、いつもの様に食堂へと足を運び、本日はエリカ・美月・レオ・咲の四名でテーブルを囲んでいた。
「んでよ、咲は部活には入んねぇのか?」
生徒たちに人気のメニューである、トマトソースを主としたパスタを巻き取りながら話しかけたのは、本日はクラスメートではなく、咲達と一緒にいることを選択したレオだった。その際にエリカと多少の口喧嘩になったのは、E組の教室付近で起こった事であり、咲はその事実を知らない。ただエリカとレオの態度や、美月が少し疲れていたことから、察しはついていたが、そこは自重していた。
「んー、そうだね。今のところはないかな? レオはどうすんの?」
「オレか? オレは山岳部に決まってるぜ」
「「似合いすぎ」」
レオの言葉に、エリカと咲の言葉が完全に重なった。
レオも自分に合っている、という事は自覚しているが、二人の言葉に素直に頷けるような性格をしてはいなかった。恐らくエリカ一人の言葉であったなら、間違いなく、物申して売り言葉に買い言葉、また小競り合いにまで発展していただろうが、咲も一緒である為に今回は自重した。
レオにとっての咲とは、未知数という言葉がぴったりと当てはまった。
最初に見たのは、一科生達と小競り合いから魔法使用にまで発展してしまった校門前。
レオが辛うじて、反応することができたエリカの攻撃を、いとも容易く掴み、尚且つそれと並行して、相手であった森崎までも無効化した男。
あの時のエリカの動きを見て、自分よりもエリカの方が強い、ということは理解できたが、咲はそれの遥か上を行く雲の上の存在。自分とは次元や存在自体が違うナニか。
あの一瞬でそこまでの印象を本能的に抱いてしまった。
咲と友人にはなれただろう、ただ対等の友達として見れるだろうか? 今現在、あの時の状況をあえて客観的にみれば、そう思っていただろう。
しかし、その後に一緒に帰って話してみれば咲の印象派ガラリと変わった。
目元はキツいし口数も多いほうではない。だが割と気さくであるし、すこし抜けてる部分もある。そのことが楽しくて、今までの前提が、全てなくなったかの様に話すことができた。
なんとなく、直感的にだが、咲とは仲良くできそうだ。咲達と別れる頃にはそう思うことができた。
一日でレオに色々な感情を宿らせた本人を見やる。
頬に御飯粒をつけている咲。
「しょうがないな~」と言いながらも、どこか嬉しそうに頬を拭うエリカ。
その様子を見てレオの箸は動きを止める。
(......あの時オレを圧倒した人物と、こいつは本当に同一人物か? )
ただこんな一面でもなければ、レオ側から積極的に関わろうとは思わなかった筈だ。
これはこれで良かった。そう結論付けてレオは、無自覚にいちゃつく二人に苦笑しながら、食事を再開するのであった。
「そういえば、エリカ今日の放課後はクラブを見て回るの?」
「そうね、入るクラブの目星はつけてるけど、一応色々と見て回るつもりよ」
なんとなく、この会話は二人だけで行われている気がして、あえて口を挟まず、美月とレオはまだ食べ終わっていない、食事に手を伸ばす。
そっか、と咲は頷き、よく通る声で堂々と宣言した。
「じゃあ、今日の放課後デートしよっか」
それは、『一緒に放課後クラブ見学しよっか』という意味が含まれていることは、理解できる。
隣の美月は、顔を真っ赤にしてショート寸前であるし、エリカは、しょうがないわね、と口には出しつつも、先ほどよりも明らかに嬉しそうである。
色々な意味で凄い奴。
それが本日、咲に対してレオが抱いた印象であった。
同日の放課後。風紀委員本部へと無事に到着した咲。
風紀委員が全員揃ったところで、摩利によるクラブの勧誘期間中の諸注意が説明された。
風紀委員が率先して問題を起こすな、と摩利は言った。
正面に座っている何かと出合ってから問題に巻き込まれている、同級生を咲は見やった。
咲の視線に気がついたのだろう、達也自身にもその自覚があるらしく、僅かに肩を竦めた。
その二人のやり取りに気がついた訳ではないが、一瞬意識を摩利から逸らした二人を、メインにした話が、タイミング良く聞こえてきた。
「今年は幸い、卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て」
摩利が可愛くない新入生、と評価したように、風紀委員全員の視線を集めても、二人には緊張や気負い等は全く感じられず、落ち着いた様子で立ち上がった。
「一年A組の沖田咲と一年E組の司波達也だ、早速パトロールに加わってもらう」
僅かにざわめきが生じたる。
それは昨年の先代委員長であった泉の弟である咲を知っているからなのか、それとも達也のクラス名を聞いて生じたモノなのか。
ただ、恐らくは後者だろう、そう考える。
前に本部で会った先輩たち、辰巳鋼太郎と沢木碧。この二人は摩利に言われるまでは、わからなかったようだし、風紀委員達は咲の事自体は知ってはいるが、本人の顔までは、知らされていなかったらしい。
後者である、そう推理した咲の考えを決定付ける、質問が摩利へと問いかけられた。
「役に立つんですか」
風紀委員の一人である岡田が問う。なんとなく合わない。咲の彼への第一印象であった。
形式上、新入生である二人に向けられた言葉であるが、その目線は達也の胸元へと向けられていた。
予想はしていた、それでも摩利はうんざりとした表情を岡田に向ける。
「心配するな。二人とも使える奴だ。司波の腕前はこの目で見ているし、沖田は泉先輩の弟だ。あの嘘みたいな眉唾ものの話は、大方実話だと考えてもいい。......それでも不服か」
僅かに凄みを利かせた摩利の言葉に岡田はたじろぎつつも、平静を取り繕って『大丈夫です』と答えることができた。
摩利の喧嘩腰とも取れるような口調は、この場の風紀委員達にとっては日常の一部に含まれるようであり、みな平然としている。
学校全体にある確執は、風紀委員でも存在している。
それは変えようのない事実であった。
一方、咲は一体何の話をしたんだ、そう思いながらも正面の達也がこちらを見ていることに気がつく。
ただその目線が『問題を起こすなよ』そう告げているように、咲は感じ取った。
ならば咲は『自分の事は棚に上げて』と視線で告げる。それが通じたとは、到底思えないが達也がもう一度肩を竦めていた。
「では早速行動に移ってくれ、レコーダーを忘れるなよ。司波と沖田両名には私から説明する。他の者は出動!」
二人が馬鹿なことをしている間に摩利の話は終わる。馬鹿なことをしながらも、きっちりと話は頭に入れていた。
摩利の言葉を皮切りに全員が一斉に立ち上がり、握りこんだ右手で左胸を叩く。
これは代々風紀委員が採用している敬礼なのだとか。
摩利達三人を除いた全員が次々と本部から出て行く。その際に辰巳や沢木から『泉先輩みたいに騒ぎを起こすんじゃねえぞ』『期待している、何でも聞いてくれたまえ』等のありがたい言葉をいただいた咲である。
退出する者がいなくなったところで摩利はレコーダーの説明や通信方法、それに風紀委員は特別にCADの所持が認められているが、その分魔法の不正使用についての厳罰が厳しい、その旨を伝えた。
二人も先輩達に遅れながらも本部から退出する。
「しかし、達也はCADを二つも借りてどうするの? 二つ使えるの?」
そう問いかける咲の言葉に、二科生なのにできるの?といったような侮りは感じられない。
「まぁ、本来の使い道とはちょっと違うんだが、今回の様な場合は二機同時に使った方が都合がいいからな」
「その使い方に興味はあるけど、時間もあんまりないしね。このままだと猫に逃げられちゃいそうだし」
「きっとその猫の名前は『エリカ』って名前なんだろうな、散歩するのは構わないだろうが、一応仕事中だって言うことを忘れるなよ」
この場に猫がいたら、間違いなく憤慨して拗ねているだろうが、あいにくこの場にはいないし、それが分かっているからこそあえて二人は言っている。
念の為にすこし天然で抜けている所のある友人に注意を促して置くのも忘れない。
散歩とは言ってはいるが、それは巡回することとほぼ同義であり、恐らくは問題ないだろう。
散歩に一緒に行かないかな、と誘う咲に、それは効率が悪いだろう、と至極当然の答えを返しておく。断ったのは、それが最大の理由でもあるが、馬には蹴られたくはないから、といった理由もある。
「達也、問題は起こさないようにね」
別れ際にそう言った咲の背を見送りながら達也は考える。
(エリカと咲、この二人が一緒か。問題を起こしそうなのはそっちの方な気がするがな)
未来の話ではあるが、問題に巻き込まれるのはエリカと咲だけではなく、達也自身も含まれている。
奇しくも達也と咲の冗談を含んだ両名の会話は、どちらも当たってしまうという、虚しい現実が
二人を待ち受けていた。
「お待たせ」
「遅い、あと五分遅かったら先に言ってたわよ」
エリカの言葉が冗談ではなく、本当にあと五分遅れていたらこの場にエリカはいなかった。
それを咲は長い付き合いで理解している
エリカは自分を人間関係に対し執着が薄い、そう分析している。
事実そうなのであろう、過去エリカは咲を除けば一人でいることの方が多かった。
誰とでもすぐ仲良くなれるし、人間嫌いというわけでもない。
しかしすぐ疎遠になってしまう。
気まぐれな猫のようだ、とも言われた。
自由に、気ままに、縛られずに。
例外はあるとはいえ、それをモットーに生きてきた。
ただ一つ例外が、目の前にいる男だろう。
もう一人の幼馴染とは違う存在。
気がついた時には、隣にいる。それを不快に思ったこともない。
一人になりたい時には、自然と離れているけど、必要になれば来てくれる。
一緒にいて気楽で安心できる存在。
彼が隣にいる、そのことが至極当然と思う様になったのはいつからだろうか?
らしくもないことを考えた。
ほんの僅かに紅い頬を悟られないよう、恥ずかしさを隠すように彼の前に出て手を引き歩き出す。
まるで猫のように自由に気ままに、歩き出す。
目的地は決めていない。
歩きながら決めるのも悪くない。
それもデートの醍醐味だと思っているから。
例えそれが学園内で、風紀委員の仕事中だったとしても、変わらない。
時間や場所。それよりも、誰といるかが一番大事。
エリカはさらに、『自分』らしくないことを考えていた。
最初こそ一応人の目や巡回中ということも考慮し、手を離し肩を並べて歩く二人だったが、そんな余裕は目の前にある光景を目にして、すっかりなくなっていた。
校庭を埋め尽くすほどのテントとテントの間に人垣が築かれている。
はぐれたくないなら、それなりの準備をしておけ。そう物語っていた。
「こんな状況じゃ、しょうがないわよね。どう考えてもはぐれそうだし」
先にそう言いながら、渋々と手を差し出してきたのはエリカの方であった。ただし表情はそれに反比例している。
ここにレオがいたのなら『誰だ? アレ』と言っていたであろう。
それ程エリカの表情は普段とは違っていた。
「......だね、これじゃしょうがない」
一瞬見惚れていた咲も手を差し出す。
嬉しそうに、しょうがない等と言い合う二人は端から見たらどう見えるのだろうか。
端から見ればエリカはかなりの美少女であるし、咲もそれに見劣りしない端正なルックスを持っている。
二人の手が触れ合う瞬間に人波がエリカを攫っていった。
今回はその、美少女という点が問題を呼び寄せた。
人波の正体はクラブ勧誘であった。
恐らく彼女が二科生ということも理解しているだろうが、それを補ってなお有り余るルックス。
要するに部のマスコットや広告塔として、活躍してもらおう、という算段であろう。
一瞬のうちにエリカの周りを人が埋め尽くしていた。
性差はあるとしても、咲の方には人があまり寄ってこない。
目つきがキツく、近寄りがたい雰囲気を放っているというのもあるが、恐らくはレコーダーと一緒に渡された風紀委員の腕章が一番の功労者だろう。
思わぬ所で役立った、腕章に一礼を捧げていた咲であったが、目の前に広がるエリカを中心とした集団に変化が起きたことで、意識を切り替える。
エリカならばすぐにあの集団から抜け出してくると咲は思っていた。
見た感じスポーツをやっていてそれなりに鍛えてはいるようだが、それだけ。武術を本格的に修めているエリカならば容易に抜け出すことができる、そう思っていたのだがそれが逆の結果をもたらしていた。
武を習っていない素人だからこそ、手荒な手段が使いづらい。これが異性、つまり男性達であったなら実力行使ができたのだろうが、相手は女性だということが、足を引っ張っていた。
「ちょっ、どこ触ってんのっ? やっ、やめっ......」
(......すこし色っぽいかも)
馬鹿なことを考えながらも、流石にこれ以上は不味いと思い、人垣の中に紛れて行く。
エリカを掴んでいる上級生の手に咲が触れる、それだけでエリカを拘束していた手が離れていく。
力ずくというわけではない、その証拠に触れられた上級生達の手には、一切跡が付いていないし、本当に触れただけ。それで次々と触れていきエリカを開放していく。
それは一つの魔法の様でもあった。
そして未だに何が起きたか理解できず、呆気にとられている上級生を背景にしながら、拘束から開放したエリカに、自分の着ていた上着を肩に掛けて手を引く。
「走ろっか」
短くそれだけ告げて、二人は走り出した。
一旦人気のない校舎の陰で、もみくちゃにされてはだけてしまっていた服装を直し、身支度が整ったところで、二人は第二小体育館、通称『闘技場』では剣道部の演武が行われていた。
剣道部のレギュラーによる模範試合、一番目を引いたのは二年生の女子だった。
エリカと同じ位の体格の女子生徒が、自分よりも二回り以上も大柄な男子生徒を相手に互角以上にやりあっている。
相手の力に対し、技で返す。試合自体の見栄えも良い。観客の目を奪うには適した模範試合だとさえ思った。
それでも咲の隣にいるエリカの態度は優れなかった。
「御気に召しませんでしたか?」
咲はあえて冗談のような口調で問いかけた。
「......そうね。でも、咲だって言いたいことは分かるでしょ」
「そうだね、今回の試合は明らかに女子生徒の方が上手だし、攻撃の手順も決まっていた」
そこまでは、エリカも同意見。ただ咲の言葉はまだ終わってはいなかった。
「ただ、今回の場合はあくまで、見栄え意識のモノだからね。そういうやり方もありなんだと思う。......それにエリカは千葉家として、本格的に剣術を習っているからそう思うだけで、ここは
納得とまではいかなくても、渋々ながらも咲の言葉に頷く。
「ただ、第三者の意見も聞いてみたいな。どう思かな、達也は」
ここにいなかった人間の名前を呼ぶ咲。エリカは首を廻して辺りを探してみるが見当たらない。
やがて、咲の死角である筈の背後から達也が姿を現した。
「別に隠れていた訳じゃないんだが。参考までに聞かせてくれ、どうして分かったんだ?」
降参といった感じで手を上に挙げて歩いてくる達也。
達也は偶々通りがかった所で、エリカと咲が剣道部の試合を見て意見を交わしている所を目撃しただけ、一応二人の会話は聞こえていたし、それなりに意見を持ち合わせていた。
それでも二人を邪魔するのも悪いかと思い、背を向けようとした瞬間に咲から声をかけられたのだった。
達也が咲の視界には一切入っていないことだけは確か、咲は一度も後ろを振り返っていないし、視線は常に前を向いていた。
「達也の足音と気配は独特だからね、いくらなんでも分かるよ」
「そんなことで分かるのは、あんたぐらいよ」
大袈裟な態度で呆れるエリカ。
達也が最初に聞かれた意見を述べようとした時、勧誘とは別のざわめきが、観戦ゾーンの下にある、先程剣道部員が試合をしていた広間から聞こえてきた。
周囲の喧騒と重なり話の内容を聞き取ることはできなかったが、何事かを言い争っている事は達也にも分かった。
ふと前にいるエリカを見る、背後からでも好奇心でウズウズしているのが理解できたし、既に咲の袖をしっかりと握って騒ぎの中心の方へと歩き出している。
風紀委員の仕事が起こり得るかもしれない場所へと赴かないほど、達也は不真面目ではなかった。
喧騒の中心部までエリカに引きずられて来た咲とそれについていった達也。
三名が目にしたのは対峙する男女の剣士の姿であった。
女子生徒は既に面を取っていて、その端正な顔が露見している。
高校生としてはかなり高い技量に加え、このルックス、新人の勧誘にはうってつけの人物だろう。
それに対峙する男子生徒、体格は咲とほとんど変わらないが、こちらもかなり高い技量を持っていることが伺える。
女子生徒と違い、防具を身に着けておらず、竹刀を持っているだけ。
一体何が起きているのか把握するために、見物人を捕まえて聞き出そうと達也と咲は行動を起こそうとしていたが、その必要はなかった。
見物人達に囲まれながらも口論を続ける二人。
要は今だ剣道部の時間であるにも関わらず、剣術部が乱入し勝負を吹っ掛け、その結果剣道部負け口論なったらしい。
この場合は勝負の結果云々よりも時間を守らなかった事が騒ぎの根幹だろう。
やがて二人は竹刀を構えて対峙する。
咲は風紀委員として、止めるかどうか逡巡したが、魔法が使われた訳でもないし、これも一種のお約束だろう。そう思い傍観することに決めた。
「面白いことになってきたわね」
独り言のようでもあったし、問いかけているとも取れる微妙なニュアンスでエリカは呟いた。
明らかにワクワクしていることが、伝わってくる声音に咲は苦笑するしかない。
「エリカは二人を知ってるの?」
「直接の面識はないけどね。女子の方は試合を見たことがあるのを今、思い出したわ。壬生沙耶香。一昨年の中等部の剣道大会女子の部全国二位よ。男の方は、桐原武明。こっちは一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンよ」
補足をするのであれば、中学の剣術大会に全国大会は存在しない。
剣術は魔法が使えることが前提条件の競技である。
ただでさえ魔法を使える人間が限られているのに、そこからさらに実用レベルで魔法を使える中高生は、さらに少ない。そこからさらに、魔法だけでなく剣技も修めている、となればさらに限られてくる。
桐原という人物はその限られた人間の一人であり、その中の同年代の大会で一位を取る程の実力者。その経歴は輝かしいモノであることに、異論を唱える猛者はいない。
「もうすぐ始まるみたいよ」
張り詰めている糸が限界に近いのを達也は感じ取る。
「心配するなよ壬生。剣道部のデモだ、魔法は使わないでおいてやるよ」
「剣技だけで私に適うと思っているの? 魔法に頼り切りの剣術部の桐原君が、たかが剣技のみに磨きをかける剣道部の、このあたしに」
「大きく出たな壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」
それが開始の合図となり、緊張の糸がぷつり音を立てて切れた。
竹刀と竹刀がぶつかり合う乾いた音と、観客の僅かな悲鳴。
その音を聴きながら、咲は前の対決に意識を向けながらもエリカに問いかける。
「今まで見たことなかったけど、女子の剣道ってレベル高いんだね」
「違う......あたしの見た壬生沙耶香とはまるで、別人。たった二年でここまで腕を上げるなんて......」
呆気にとられながらも、好戦的な態度を隠さないエリカ。
鍔迫り合いで一旦動きの止まった両者が、一旦間合いを取った。
「咲はどう思う?」
息を潜めながらも問うエリカ。
「んー、単純な実力なら桐原先輩のが僅かに上手だけど、彼壬生先輩の面を打つのを避けてる。最初に打った面の一撃は受けられることを前提としたブラフだったし、そんな気を使って勝てるほど両者の実力は離れてない。壬生先輩の勝ち、決まり手は右肩狙いの突きだね」
達也も咲の意見に耳を傾け、概ね同意権であった。
ただ最後の決まり手まで予測した事には、驚きを隠せなかった。
咲の言葉には、まるでそうなることがわかっているかのような確信めいたニュアンスが含まれていた。
そして決着はついた。
桐原の竹刀は壬生の左上腕を捉えている。
壬生の竹刀は桐原の右肩に食い込んでいる。
両者のタイミングは完全に相打ちであった。ただ桐原が途中で狙いを変えようとした分、打ち負けた。
結果的に言えば咲の予測は当たっていた。
(......まさか桐原先輩の感情すらも考慮し、決着を完全に読み切るとは思わなかったな)
咲の圧倒的な離れ業に、達也は意識を奪われていたが、試合をしていた本人達の事態は悪化していた。
突如桐原の虚ろな笑い声が闘技場を包んだ。
その虚ろな笑い声は、対峙していた壬生に大きな脅威を抱かせた。
桐原が大きく口上を述べると、竹刀から離れた右手で、左の手首の上を押さえた。
ガラスを引っかいたような不快な騒音が響き渡る。
殺傷性ランクB・振動系・近接戦闘用魔法『高周波ブレード』
その魔法は、桐原の持つ竹刀に切れ味を持たせ、人を殺す力を与えた。
高等学校の勧誘のデモンストレーションには縁のない魔法。
桐原は魔法を起動させ一足飛びで間合いを詰め、左手一本で竹刀を振り下ろす。
ただ桐原は竹刀を振り下ろす、その単純な動きを遮られていた。
一瞬の内に、桐原と壬生の間に割り込んだ咲によって。
いつかの時の様に、咲は桐原の振り下ろしを片手で受け止めている。
その様子に、緊張や焦り等は微塵も感じられない。普段教室にいる時のように自然体で。
決して桐原の力量が低いわけではない。中等部で優勝してからも剣術を怠ったことはないし、実際に名門である一校の剣術部のエースとしても自他共に認める実績を残す、超高校級の実力を持ち合わせている。
ただ咲にからすれば、
「こちら第二小体育館。魔法の不適切使用により逮捕者一名。これより連行します」
魔法が発動している竹刀を持った桐原の左腕を右手で掴みながら、反対の左手で通信機を操作する咲。
彼の姿に周りの観衆、当事者である壬生や桐原でさえ呆気に取られていた。
「いくら本気で壬生先輩に当てる気がなかったとはいえ、殺傷ランクBの魔法はやり過ぎです。流石に見過ごすことができないので、桐原先輩にはご同行願います」
淡々と告げてから、桐原の腕を放し、まるで同行するのが当たり前のように桐原に背を向け歩き出す。
その姿に今度こそエリカと達也は呆気に取られた。
『悪意はないんだろううけどなぁ......』
恐らく二人は似たような感想を抱いただろう。
咲の言葉で、達也達とは逆に、我に返ったのは桐原だった。
ふざけているのか、そう思うのに時間は必要なかった。
一瞬で頭に血が上り、まるで沸騰しているかのように激情した。
怒りは判断を鈍らす。
「......ッッ、ああぁぁぁぁッ!!」
声にならない怒りの叫びを上げて、殺気が露になる。
自分に背を向けている、風紀委員へと今だ魔法が持続している竹刀で、背後から今度こそ本気で切りかかった。
咲には背後を振り向かなくても、その様子は手に取るように把握していた。
困ったように一度頭を搔いてから、振り返りもう一度腕を掴もうとした。
そして、今度は達也によって桐原の行動は遮られていた。
一瞬で桐原の魔法を解除して、彼をうつ伏せに投げ落とし左手首を掴み、肩口を膝で押さえ込む達也。
「助けは要らなかっただろうけど、余りにも無用心が過ぎるんじゃないか? せめて拘束ぐらいはしろ」
桐原の上に乗りながら、咲に忠告している達也。
その姿でやっと『闘技場』の静寂は破られた。
悪意が滲む囁き声が剣術部が陣取っているあたりを中心にして広がっている。
達也も咲もその声が聞こえない訳ではなかったが敢えて無視をして会話をしていた。
「拘束してもしなくても、結局は同じなんだから良いかな、と思ったからね」
つまり、拘束して無力化した桐原と、拘束していない自由に動ける桐原は彼にとって同義ということだ。
多少の違いはあれど、それは誤差のような僅かな差異。
咲の物差しでは、桐原という人間の実力は差異の範疇であるということ。
こと近接戦闘においては、絶対的な実力を有する咲だから言うことができる言葉。
「そうだ、桐原先輩」
咲はうつ伏せに組み敷かれている桐原の下まで戻り、桐原と目線を合わせるようにしゃがみ声をかけた。
「自分でも理解できていると思いますが、最後に背後から僕を攻撃する時、本気で僕を殺すつもりがあったのなら、声は出さない方が良かったです。あと背後からの奇襲に騒音が出てしまう『高周波ブレード』は向いていません、違う魔法を選択した方が良かったと思います」
まるで、間違えた問題を丁寧に解説している教師のように、桐原に語りかける。
「色々と駄目な所はありしたが、僕を殺そうとする殺気は見事でした」
そう締めくくった咲の表情から桐原は何も読み取ることができなかった。
自分の理解の範疇外にいるナニか、に背筋を大きく震わせる。
そんな二人を客観的に見ていた達也。
そこから見ていた景色は、また一つ咲の新たな一面を映しだしていた。
(......咲もオレとは違う場所が、どこか壊れている)
達也も自分が一般の生徒とはかけ離れている、ということは自覚している。
だからこそわかることもある。
咲は何か大事なものが欠けてしまっている。
達也には、それが何なのかはわからない。
達也も欠けている人間の一人なのだから。
エリカ分多目です。