よっておにぃの手足を切り落とす   作:抹茶れもん

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東の海
これが私の家族愛


 場所はコルボ山の奥深く。普段は比較的穏やかなその場所で、私とおにぃの死闘が繰り広げられていた。

 

「〝ゴムゴムのォ……(ピストル)〟!!!」

 

「ッ……!」

 

 豪速で私の顔面めがけて伸びる拳。

 私はそれを皮一枚挟んで無傷で、最小限の首の捻りのみで回避する。黒髪が風圧ではためき、私の肝を少し冷やす。

 だが。

 

「もらったッ!」

 

「うおっ!? あっぶね!!」

 

 私は手に構えた舶刀(カトラス)を斬り上げ、伸びきって隙だらけの腕を切断しようとする。

 が、しかしその斬撃は寸前で引き戻されて空振りに終わる。ゴムの弾性を利用した素早い引き戻しだ。相変わらず、無軌道に効率的な攻撃をしてきやがってこのバカおにぃ!

 

「ちょっとォ! 避けないでよ! 当たんないじゃん!」

 

「よけるわっ! おれは腕切られんのゴメンだぞ!」

 

「おにぃのために言ってんの!!」

 

 広範囲の技を警戒して、懐に一気に踏み込んだ私の斬撃をちょこまかと躱しながら文句を言ってくるのは私の双子の兄、モンキー・D・ルフィである。

 

「うっせぇ! 邪魔すんなよ、マイン! おれは海賊になるんだ、こんなとこで道草食ってる場合じゃねぇ! 〝ゴムゴムの銃弾(ブレット)〟!!」

 

「くっ……!」

 

 対する私ことモンキー・D・マインは、愛する兄からの忌むべき言葉を無視し、至近距離で繰り出された拳を大きく避ける。

 拳が地面を叩いた瞬間、爆発したように砂埃が宙を舞う。

 

「〝ゴムゴムの銃乱打〟!!!」

 

「ちっ!」

 

 視界を阻む煙を吹き飛ばし、まるで分身でもしたかのような怒濤の連続性攻撃が殺到する。

 だがその攻撃はこれまでに何度も見てきた。いくら分身したように見える速さでも、腕の数は変わらない。冷静に観察して、躱し、逸らし、受け流す。

 

「そこっ!!」

 

「うわぁ!」

 

 切れ間なく続けられる攻撃の、ごくごく僅かな呼吸の隙。ドンピシャに合わせた刺突は掠っただけで、拳を貫くことはできなかった。

 

「もぉー!! また避けた! 可愛い妹の斬撃ぐらい受け止めてあげるのが兄としての度量ってもんでしょ!」

 

「死ぬわ! 大体なんで邪魔すんだよお前! おれはもう17歳になったんだぞっ! 海に出ていい年だろうが!」

 

「ダメに決まってんじゃん! おにぃ海賊になるんでしょ! 身内から犯罪者出すわけにはいかないでしょーが!」

 

「おれは冒険をしたいんだよ! 悪いことはしねぇ! たぶん!」

 

「信用ならないね! というか勝手に海に出た時点でダメなの! 常識でしょ!?」

 

「知るか! おれはワンピースを手に入れて、海賊王になるんだ!」

 

「っ〜〜〜! このわからず屋ァ!!」

 

 何を言っても聞きやしない! 本当に自分勝手で頭にくる! 私の気苦労も知らないで、よくもそんな口が利けたものだね!

 

「海賊になったら海軍に捕まるんだよ! 監獄行きなんだよ! ここは最弱の海、東の海(イーストブルー)! 

 ここで捕まるならまだしも、おにぃの目標は偉大なる航路(グランドライン)なんでしょ! そこで捕まったらインペルダウン直行だよ! 人生終わりなのわからない!?」

 

「捕まったらそれまでだってことだ。覚悟ぐらいできてる! だから邪魔するな!」

 

 人の気も知らないで……いい加減ブチ切れるよ!? こっちの気持ちもちゃんと汲み取ってよ!!

 

「おにぃがよくても私は嫌なの! おじいちゃんもフーシャ村の皆んなもダダン達も、みんな嫌だって、やめろって言うよ!

 サボがどうなったか覚えてるでしょ!? 私は絶対、おにぃにあんな目に遭ってほしくないんだから!!」

 

「……それでも、おれは海に出る! どうしても邪魔すんなら、お前もぶっ飛ばして俺は絶対海賊になるぞ!!!」

 

「……!」

 

 そう言っておにぃは、空中に飛び上がって息を深く深く吸い込んだ。陽光が咄嗟に上を向いた私の目を焼き、一瞬私に隙ができる。

 

 わかっていた。何を言っても無駄なことは。だって兄妹なんだから。知らないことなんて何も無い。

 私だって、おにぃの夢を応援したい気持ちはある。

 でも、その先にあるのが破滅しかないとわかり切っているなら、話は別だ。

 

 家族として、私にはその夢を阻む義務がある。

 愛しているから、大好きだから、死んでほしくないから、ずっと一緒にいてほしい。

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その戦うための拳を切り落とす。

 

 その帆を張るための腕を切り落とす。

 

 その島を巡るための脚を切り落とす。

 

 その甲板を踏みしめるための足を切り落とす。

 

 どうかどこにも行かないで。私を置いて行かないで。私を一人にしないでよ。

 

 一人にされるぐらいなら、たとえ手足を切り落としてでも、一緒にいたいと思っちゃうんだよ。

 

「〝ゴムゴムのォ……!」

 

 おにぃちゃん。

 

 どうか死なないで。どうか元気でいて。

 

 私はどこからでも、おにぃの無事を祈ってるから。

 

 だから……体気をつけてね、いってらっしゃい、おにぃ。

 

暴風雨(ストーム)〟ッ!!!!」

 

 意識を失う前、最後に見たおにぃの顔は。

 

 らしくなく、とっても真剣な顔をしていた。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

「う……」

 

「あっ、目が覚めたのね。マイン」

 

「……マキノさん。ありがとうございました」

 

 目が覚めた私は、看病してくれていたのだろう酒場の女店主マキノさんに取り敢えずお礼を言う。

 昔からこの人にはお世話になりっぱなしである。

 

「……あの、おにぃはどうしました?」

 

「さっき村を出たわ。今頃海の上じゃないかしら」

 

「そうですか……」

 

「ええ。近海の主も一撃でのしてたわよ。強くなったのね、あなた達」

 

「……」

 

 結局、勝てなかったか。普段の組手は割と勝てるんだけどな。やはりここ一番の時に力を発揮するな、あのおにぃ。

 

「残念だったわね。あなた、エースの時とは違うんだって張り切っていたもの」

 

「お恥ずかしい限りです……。今度こそ、と思ったのですが……」

 

 そう、私は三年ほど前に上のおにぃちゃんであるエースの船出を阻止することにも失敗していた。

 その時の私はさすがに義理とはいえ盃を交わした兄弟に刃を向けるのを躊躇い、素手の勝負に持ち込んだのだ。

 結果は当然惨敗。晴れてエースは海へ出たのだ。クソッタレ。

 

 今回はもう同じ轍は踏まんとばかりにお気に入りの剣を持って襲撃したのだが、見事に返り討ちに遭った。

 あまりの情けなさに怒りを通り越してもはや笑えてくる。

 

「そう落ち込まなくてもいいんじゃないかしら。あの子ももう立派な大人よ。自分の面倒くらい自分で見られるわ」

 

「……あの人一切航海技術身に付けてないですけど」

 

「え」

 

「天候の予想どころか船の操作すら覚束ないし、そもそも海図もコンパスも使い方わからないんじゃないかな……」

 

「……」

 

「……」

 

「き、きっとなんとかなるわ! あの子ももう大人だものっ! 自分の面倒くらい……面倒くらい……ちゃんと見られるはずよっ?」

 

「さっきとニュアンスが違いすぎませんか」

 

 二人揃って溜め息を吐く。

 本当に大丈夫なのだろうかあのバカおにぃは。

 ちゃんと食糧調達できるのだろうか。拾い食いしてないだろうか。船が渦に巻かれて沈んで樽に入って漂流していないだろうか。

 

 ……絶対してるなぁ。不安だ……。

 

「じゃあ、私もそろそろお(いとま)しますね。

 色々とありがとうございました。マキノさん。この御恩は一生忘れません」

 

「いいのよ、そんなこと。私もあなた達といると賑やかで楽しかったわ。あなたも気をつけていってらっしゃいね。応援しているわ」

 

「ありがとうございます。マキノさんも、気をつけて。村長さんや村の皆んなにもよろしくお願いします」

 

「ええ、任されたわ。それじゃあ、またね」

 

「はい。また」

 

 こうして私は、おにぃと育った村を去った。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

「ヘェ、それでルフィにボコされてめそめそしてるわけかい」

 

「ケンカなら買うよ? ダダン」

 

 フーシャ村を後にした私は、再びコルボ山に登って山中にある山賊ダダン一家の根城であるこのボロ屋敷を訪れていた。

 

「フン、あたしはあんのクソ生意気なクソガキがいなくなって清々してるよ! やっとあいつらに邪魔されずに宴ができるってもんさ。ウィ〜、ヒック!」

 

「酒くさ。どうせ素直に挨拶しにきたおにぃに泣いてヤケ酒でもしてたんでしょ」

 

「あんたエスパーか何かかい」

 

 普通にわかるよ。ダダンってば熊みたいな見た目してるくせして情に厚いし涙もろいんだもの。

 私たちのことも自分の子供みたいに世話してくれたから、普段生意気で言うこと聞かないおにぃがちゃんとお別れの挨拶するくらい慕われてたのわかって、さらに気づいたら屋敷がシーンとしてたからなんか無性に寂しくなって紛らわすために一家全員で昼間っから宴開いてたんだろうね。

 

「そんで、あんたもかい。せっかちな奴だねェ、血筋かい?」

 

「そりゃそうだよ。おにぃは一度決めたら止まることを知らないからね。グズグズしてたら置いてかれちゃう」

 

「はっはっは! まだそんな女々しいこと言ってんのかい! 全く、そんなんでこの先やっていけるのかねェ」

 

「心配いらないよ。おにぃじゃあるまいし、ちゃんと身につけとく知識はつけてるから」

 

 掃除、洗濯、料理、航海術、その他諸々も全て習得済みである。抜かりはないのだ。

 

「まァそうさね。そこら辺に関しちゃあ、マジメなあんたの心配はしてないねェ。問題は夜寂しくて泣いちまわないかってことさ! ははは!」

 

「ウサギじゃないんだから、そんな心配いりませーん。ダダンこそ私がいなくなって大丈夫なの? お酒ばっか飲んでないで、ちゃんと栄養考えて自炊するんだよ?」

 

「はっ! クソガキが、大人の心配なんざ100年早いよ! 行くならさっさと行っちまいな! 定期便の船に乗るんだろう。早くしないと遅れっちまうよ!」

 

「はいはい」

 

 ダダンはしっしっと手をひらひらさせて素っ気なく送ろうとする。が、それに隠しきれない愛着を感じてしまい、少し愉快な気持ちが込み上げてくる。

 

「ありがとう、ダダン。今まで私たちを育ててくれて。私、あなたのこと本物のお母さんみたいに思ってたよ」

 

「……!」

 

「じゃあまたね! みんなにもよろしく! 行ってきます!!」

 

「はぅっ!! ば、バカ言ってねェで早く出てけ! チキショー!!」

 

 うおおおん!! と男泣きするダダンを尻目に、私はおにぃ達と育った家を去った。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

『定期便〜定期便〜! こちら、シェルズタウン行きの定期便〜! まもなく〜出航いたしま〜〜す!』

 

「おっ、ギリギリだった……」

 

 ドーン島から最寄りの海軍基地がある島、シェルズタウン行きの直行便。私は今そこにギリギリで乗り込むことができた。

 コルボ山からこの港まではそこそこ距離がある。海賊が海を荒らしている以上、民間用の客船はそこまで数が無い。やはり早く出発して正解だった。

 乗り遅れればおにぃに追いつくことは100パー不可能だっただろう。あの人は嵐のような人だから。

 

『それでは〜出発いたしま〜〜す!』

 

 私は甲板の手すりに体重を預け、どこまでも広がる青い海を見据える。これから私が挑むのは、数多の凶悪無比な海賊が蠢く魔境である。こうしてリラックスしながら海を眺められるのもこれで最後かもしれないな。

 

 私はおじいちゃんの言う通り、海兵になることにした。勿論、そう言いつけられたからじゃない。自分の意思で決めたことだ。

 

 おにぃ達は海賊になった。犯罪者だ。私は彼らがとてもいい人だと知っているけど、世間や海軍にとってはそんなもの知ったこっちゃないことだ。

 おにぃ達は強い。だが、この広い海には常に上があるものだ。生きて夢を叶えられる可能性は、彼らといえども決して高くはない。

 

 だからこそ、せめて何も知らない誰かに捕まったり、殺されてしまうぐらいなら。

 

 いっそ私自身の手で、おにぃ達を捕まえたい。それが私なりの誠意というものだ。

 

 少し歪んでいるとは自覚している。けど、私はこういう性格なんだ。直せるとは思えないし、そもそも直す気は無い。

 私はこの選択に何の後悔もしていないから。

 

 潮風が私の頬を撫で、黒髪をたなびかせる。それを押さえながら、私はずっと海を見続ける。

 この海のどこかに、私の最愛の家族がいるのだ。

 

 私もおにぃに負けず劣らずの一本気だと自負している。この決意が折れることはない。

 彼らが最強の海賊になるのなら、私は最強の海兵になってあなた達の前に立ち塞がる。

 

 これは誓いだ。

 

 私は絶対に……家族を捕まえ(助け)てみせる。

 

 重くても、歪んでいても、普通じゃなくても。

 

 たとえ、その手足を切り落としてでも。

 

 おにぃに引導を渡すのは私だ。誰にも譲る気は無い。たとえ大将にだって譲ってやるもんか。

 

 

 だって、これが私の家族愛(誓い)なんだから。

 

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