よっておにぃの手足を切り落とす   作:抹茶れもん

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 復習がてらジャンプラでチェンソーマン二部のために貯めていたコインを使ってイーストブルー編を読み直しました。
 めちゃくちゃ面白かったです! やっぱ我らがおだっちは天才ですね。



売ってやるほど安くない

 沈む。

 

 沈む。

 

 海の底へ。

 

 暗く。

 

 暗い。

 

 水底へ。

 

 爆発の熱波と暴風に(あお)られ、私の身は海へと投げ出された。

 

 塩水が火傷痕を荒々しく撫で、傷口に無遠慮に入り込む。そしてそれ以上に、自分の血潮が噴き出しているのをまざまざと感じさせられた。

 

 結局爆発の全ては受け流しきれなかった。過去最高の集中力を発揮したのだが、やはり体力の消耗が限界まで達していたのだ。

 なんとか生きて意識はあるようだが、身体のあちこちから感じる激痛に脳みそが張り裂けそうになる。

 特に出血が酷い。顔、腹、手足……傷の無い場所は殆ど無い。そこから止めどなく赤い血が海にもやもやと撒き散らされている。

 内臓(身体の中)も痛すぎる。破裂してるのかもしれない。少なくとも、大きく傷ついているのは確かだろう。

 痛みと息苦しさとで頭がどうにかなりそうで、このまま意識を落として死んでしまいたくなる。

 

 それでも、私は死ねない。まだ死ねない。死ぬことなんて許されない。

 おにぃを連れ戻して、海賊にさせない。

 あの人はきっと連れ戻しても海賊になろうとするから、私がずっと一緒にいてあげないと。私がずっと一緒にいたい。

 

 だからそれまで……死ねる訳ないだろうがッ!

 

 全身に神経を張り巡らせる。集中は途切れていない。この死の淵で掴んだ———()()()()()

 今ならば、更なる境地に足を踏み入れられるだろう。

 

 指先———まだやれる。

 

 爪先———まだいける。

 

 傷ついた肌——ひらひらと潮に揺らめく逆剥けまで感じられる。

 

 そしてそのまま身体の内部に意識を伸ばす。

 

 心臓———止まりかけてる。自動で動いてないから、意識を通してどくどくさせる。

 

 肺———液体が溜まってる。伸ばして縮んでを繰り返し、口から真っ赤な塩水を吐き出す。

 

 その他の臓——ところどころ破れたり、大きく裂けているのがわかる。

 

 血管———太いやつは、奇跡的に千切れてない。細かいものはぶつ切りになってる。髪の毛ぐらい細い管も、今の私は感じ取れた。

 

 破れたもの、裂けたもの、千切れたものに、よりいっそうの意識を流していく。

 そして、それらをできる限りくっつける。

 

 何よりもまず、傷を塞げ。血を失うな。意識を落とすな。

 全身全霊をその身に込めて、自分の身体のカタチを変えろ(を修繕しろ)

 

 これが瀕死の私の精一杯。命を繋ぐ悪あがき。

 無駄かもしれない。このまま海の藻屑になるかも。

 

 だけど諦めない。私は死なない。

 

 傷が深ければ治す。息ができなければ、息をしなくても生きていけるようにする。

 自分にできる全てを尽くして、私は絶対生き残る。

 

 生きるのに無駄な力を抜いた身体は、潮の流れに乗せられて、私をどこかに運んでいく。

 

 深く、暗い、海の底。

 

 私はただ、生きることしか考えなかった。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 まず最初に驚いたことは、目が覚めたことだった。

 

「……」

 

「気が付いたかね」

 

「!」

 

 見覚えのない天井をしばらくボーっと見つめていると、私の横から気遣うような声が聞こえた。

 

「……あなたは」

 

「私はゲンゾウという、このココヤシ村で駐在をやっている者だ。

 村の浜辺に打ち上げられている君を漁に出ていた男衆が見つけてきてな。酷い怪我をしていたものだったから、ひとまず目が覚めるまで私が面倒を看ようと申し出たのだ」

 

「そうですか……」

 

 ゲンゾウと名乗った中年の男性は赤色の軍服を着ており、被っている帽子には風車が付いているというちょっと奇妙な格好をしていた。

 少し強面だが落ち着いた雰囲気の彼が、潮に流されてたどり着いた私を看病してくださったのだそうだ。

 

 自分の身体に目を向ければ、淡い色の病人服の下に(おびた)しいほどにびっしりと包帯が巻かれ、ガーゼが貼られている。

 

「ありがとうございます。本当に助かりました。一時はどうなることかと思いましたから」

 

「確かに生きているのが不思議なぐらいの傷だった……一体何があったというのかね」

 

 私は疑問を呈するゲンゾウさんに、自分が海兵であること、先日にある海賊との大きな抗争があったこと、その時の戦闘によって傷を負い、流されてここまで来たのだろうということを掻い摘んでお話しした。

 

「なるほどな。君は海軍だったのか。それで武器を持っていたのだね。それらは一応私の倉庫にしまってある。もし見つかればコトだからな。

 君の服は焼けていたり破れていたりしたから、そうとはわからなかった」

 

「いえ、助けていただいただけで私としてはこれ以上無いぐらいに感謝しています。

 延いては何かお礼をしたいと思うのですが……」

 

「お礼、か……」

 

 そう申し出るとゲンゾウさんは少しの間目を伏せて(うつむ)き、何やら考え込むような顔をした。

 私はどうしたのだろうと思ったが、彼はすぐに顔を上げてこう言った。

 

「……いや、特に君に頼む事は無いな。君は怪我人なのだから、ゆっくりと休んで傷を癒すことに専念すると良い。

 そうしたら、早く仲間の下に戻ってあげなさい。きっと心配しているだろう」

 

 と、すげなく断られてしまった。

 でも何もせずに看病されるというのも寝覚めが悪い。それだって時間も費用もかかるのだから、何かしらの埋め合わせは必要だろう。

 

「しかし、これだけ良くしてもらっていながら何も返さずに立ち去るなど、海兵として申し訳が立ちません」

 

「いいんだ。我々は人として当然の行いをしたにすぎんのだから。

 それより君は航海術を持っているかね? 船は小さいものならこちらで用意できるが、そればかりはどうしようもないからな」

 

「あ……はい。ある程度は習得していますが……」

 

「なら良かった。

 では、腹が減っているだろう。今は昼時だから、何か食べやすいものでも作ろう。ここで待っていなさい。

 まだ傷は治りきっていないのだから、くれぐれも激しい動きは控えてくれよ」

 

「あ、その」

 

 私が発しかけた言葉は、バタンと扉が閉まる音によって遮られてしまった。

 彼が何かを言いたそうにしていると感じたので詳しく聞こうと思ったのだが、タイミングを逸してしまった。

 

 ……やはり、何か聞かれたくないことでもあるのだろうか。彼の最後の言葉以外に嘘は感じられなかったし良い人だと思うのだが、何か事情があるのかもしれない。

 これ以上の詮索は野暮だろうか? 海兵としては聞いておきたいところだが、今は様子見としておこう。

 

「何もしないのもなんだかなぁ……。修行でもするかな」

 

 ゲンゾウさんの言いつけを秒で反故にする。いや別に反故にしてるわけじゃない。激しい動きはしない予定だし。

 

 ただ漂流していた時のことを、今の状態でやってみるだけだ。

 

 あの瞬間、私は確かに自分自身の身体を完全に掌握していた。まるで全知全能にでもなったかのような不思議な感覚。

 あの状態を常時維持できるようになれば、私は大きな力……おにぃすらも凌駕する力を手に入れられる筈だ。

 

 感覚を技術に落とし込むのは得意な方だし、会得できればあんな失態を犯さずに済む。

 それに自分の身体を掌握できるなら、傷を治す時間だって短縮できるだろうし、早く支部に状況の報告ができるだろう。

 

 さっそく私は深く息を吸い込み、自分の意識を産毛に至るまで全身に巡らせ……巡らせ……め、めぐ……。

 

「……」

 

 ダメだった。

 あれぇ? おっかしいなぁ……海底でできたことがなんでできないんだろ……。

 

 集中が足りないのかもしれない。あの時はなんかすごい万能感のようなものを感じていたし、何より一歩間違えれば確実に死ぬ状態だったから、極限の集中力をモノにできていたのかも。

 今はフカフカ……とは言い難いが、ベッドの上で寝っ転がっているのもあり、だいぶリラックスした状態だ。これでは極限もくそも無いだろう。

 

 私は得られた結果に少し落ち込むが、かと言って他にやることも無いので、気を取り直して再び幾度か深呼吸して心を落ち着かせた後、今度は目を閉じ、息を止めて、あの時を再現してチャレンジする。

 

 想像するのは痛み、肌に触れる外界、そして心臓の鼓動……意識を深く深く落とし込み、それからスゥと胸の中心から流れ出すように———

 

「おいおいおい! 舐めてんのかてめェら! これじゃあ奉具の額に満たねェじゃねェか!!」

 

 窓の外から聞こえてくる罵声によってプツンと集中が途切れてしまった。

 

「待ってくれ! ちゃんと人数分の奉具は支払った! ちゃんと数えてくれよ! 勘違いで村が潰されちゃたまらない!」

 

「へっへっ。勘違いじゃねェさ……」

 

「何だと!?」

 

 男達の言い争う声だ。それに『奉具』とは……何? この一帯の税金のようなものなのだろうか。だが普通はこんな乱暴な徴収なんてしない筈。

 では、まさか。

 

「おれ達『()()()()()()()』相手に誤魔化しが効くと思うな! この近海は完全におれ達の支配下!

 故に見逃してはいねェのさ……漂流してきた死にかけの人間! そいつをお前らが引きあげて匿ってるってことをなァ!!」

 

「!」

 

 やっぱり、海賊に支配されているのか。

 どうりでゲンゾウさんが言い淀む訳だ。私の話を聞いて、もしアーロン海賊団のことを知ったら真っ先に特攻をかけるだろうと思ったのだろう。実際見過ごせないので大当たりである。

 

「た、確かにそうだが……でも! 彼女はこの村の人間じゃない! 彼女の分の奉具を支払う必要は無いだろう!?」

 

「口答えすんじゃねェ! さっさと払いやがれ!!」

 

「うわァ!?」

 

 うっすらとカーテンを開いて覗き見て状況を確認したところ、この村の村人と思わしき男性を、鮮やかな体色をした魚のエラやヒレ、水かきなどの器官が見受けられる大柄なヒトガタが掴み上げていた。

 

 その特徴は文献で見た『魚人族』そのものであった。水中での呼吸、遊泳能力、人間の十倍とも言われる驚異的な膂力。それらを兼ね備えた強大な種族が魚人族だ。

 それにさっき口にした『アーロン海賊団』とは東の海(イーストブルー)で最も懸賞金の高い海賊〝ノコギリのアーロン〟が率いる魚人族のみで構成された凶悪な海賊団。

 

 ココヤシ村をナワバリにしているとは知らなかった。悪事はあまり働かず大人しくしていると聞いていたが、これだけ派手に猛威を振るっているなら近隣の海軍の警戒網に引っかかる筈なのに……なぜ今まで一切情報が入って来なかったのか。

 

「待ちたまえ。それはあまりに横暴というものだ。彼女は客人であって村人ではない。漂流してきているのを見かけたならばそのことはお前達が一番よくわかっている筈。

 一月に一度、この町の住人全員分の奉具で命を買えば手は出さんと言い出したのはそちらの方だ。

 まさか、普段から下等種族と見下している私たち相手に交わした約定すら守れんとは言うまい?」

 

「チッ、駐在か……」

 

 と、一触即発の場面に現れたのは私を看病してくださったゲンゾウさんだ。どうやらこの村の顔役はあの人であるらしい。

 

「ともかくアーロンを呼んで来い、下っ端よ。これは我らにとっての死活問題。勝手に決めることはまかりなら——」

 

「シャハハハハ! どうした? 俺を呼んだか、駐在さんよォ!」

 

「! アーロン……来ていたのか! では説明してもらおう、これは一体どういった風の吹き回しだ」

 

 口論を押し退けて入って来たのはギザギザの長い鼻をした青い肌の魚人。手配書の顔と一致する……あれがアーロンで間違いない。

 長大なノコギリを手にした男で、明らかに周囲の魚人達とも雰囲気が違った。東の海(イーストブルー)における最強の海賊というのも伊達ではないということだろう。

 

「説明ィ? そんなものいらねェだろう。さっきおれの同朋が言っていた通りだ、聞いていなかったのか?」

 

「……聞いていなかったのはそちらの方ではないのか、アーロン。道理の通らない要求をして、気高き魚人の誇りとやらは(いた)まんのかね」

 

 ゲンゾウさんは見上げんばかりの巨躯を持つアーロンに一歩も引かず非を訴える。しかし、当のアーロン自身はどこ吹く風と言わんばかりに下卑た顔を崩さない。

 

「シャハハ、そりゃ村人じゃねェなら払わなくていいさ……。だがよ、すでにソイツがこのココヤシ村に流れ着いて三日経つ!

 そんだけいりゃあ……もう村人と言っていいだろうさ」

 

「何を馬鹿げたことを! それはお前達が決めることでは……ウグッ!?」

 

「ゲンさん!!」

 

 アーロンの振りかざす滅茶苦茶な理論にたまらず抗議するゲンゾウさんの胸ぐらを掴み上げ、アーロンは凶相を浮かべてその顔を覗き込む。

 

「じゃあ……誰が決めるってんだ?」

 

「な、何……?」

 

「村人かどうかは、てめェらが決めるわけじゃねェよなァ?

 だったらそれを決めるのは、より強い者! すなわちおれ達、選ばれし魚人族だ! この一帯の支配者はおれだぞ! 全ての(ルール)はおれの下にある!!」

 

「ぐ……、無法者が……!」

 

 なおもゲンゾウさんは気丈に振る舞う。だがアーロンはそれを無視し、とうとう()()()()を始めようとする。

 

「そうかい、そんなに納得がいかねェなら……いっそ殺しちまえばいいだろ?」

 

「何だと!?」

 

「シャハハハハ!

 おいハチ、モームを呼べ! 今から家ごと轢き潰すぞォ!!」

 

「ニュ〜! 了解だアーロンさん!

 出てこい巨大なる戦闘員よ!」

 

「な……それは、まさかゴサの町を潰した偉大なる海(グランドライン)の怪物か!?」

 

 タコの特徴を備えた魚人が突き出た口をラッパのようにして音楽を奏でる。

 するとすぐに村中を地響きが襲い、続いて何かが猛スピードで大通りを突進してくる轟音が響き渡る。

 

「シャハハ! 打ち震えるがいい下等種族ども!

 こいつこそがかの偉大なる海(グランドライン)に生息する人食いのバケモノ! 海牛モームだァ!!」

 

「モオオオオオ!!!!」

 

 現れたのは、人すらも軽々と丸呑みにしそうな程の巨体を誇る海獣。

 牛のような模様と姿をしているが、その咆哮は地割れのようで、その口には獲物を噛み砕く鋭い牙がびっしりと生え揃っていた。

 

「さて……じゃあまずはてめェの家でも潰すか、駐在ヤロウ」

 

「!? 待て、アーロン! 金なら払う! そこは……」

 

「アタリってか? シャハハ! どの道おれ達のことを知られちまった可能性がある以上、生きて返すわけにはいかねェんだよ!

 さァ叩き潰せモー——」

 

 

「お目当ては私……ですか、〝ノコギリのアーロン〟」

 

 

「!」

 

「なっ、君!」

 

 私はゲンゾウさんの言いつけを破り家から出た。病み上がりなど気にするものか。

 倉庫に剣を取りに行く時間は無かったから、台所に放置されていた包丁を持って姿を見せる。

 

 普通に潰されたらたまらないし、ぶっちゃけここまでの悪虐非道を至近距離で見せつけられてジッとしていられる海兵などいないのだ。

 

 要するに、私はキレた。

 

「そのそっ首を……切り落とす!!!」

 

「! 潰せモーム!!」

 

「モ"ォオオオォオオ!!!!」

 

 巨大海獣が私の肉を食いちぎらんと歯を剥き出しにして襲いかかる。その超質量でもって全身を砕こうと襲いかかる。

 

 私は未だに満身創痍。大きく跳躍するような運動をすれば全身の傷から血が噴き出して大変なことになるし、そんなことになれば今度こそ死だ。

 

 だから今こそ、さっき掴みかけたあの感覚を。自らの意識を全身に流すあの感覚を思い出せ。

 

 絶死の状況であるからこそ! 極限の集中はモノにできる!!

 

 脳汁から湧き出る何かが全身に染み渡る。

 

 感覚はあらゆる箇所に浸透し、今や産毛ですら操れそうだ。

 

 何年にも渡って積み重ねた己の身体の動かし方。

 その技術と、この感覚を共有すれば。

 

 あァ———なんでもできる気がするや。

 

「モオォオ!?」

 

「ニュ〜!? モームを一歩も動かず止めるだと!? コイツどんな力して……」

 

 いいや違う。力ではない。

 

 私を構成する最小単位の何かを今の私は掌中に収めている。

 それら全てを細かく躍動させ、海獣のアゴを受け止めた際の衝撃を余さず私の身体の中で循環させただけだ。

 

 力任せに受け止めたのでは余計な衝撃が撒き散らされる。それは少々()()()()()()

 だから全部吸収した。

 私に力が無いのなら、別の場所から根こそぎ奪おう。

 

「さァ……コレ全部、今からあなたにお返しします」

 

「モ"……」

 

 ギシリと嗤う私に良くないものを感じたのか海牛モームはのけぞり距離を取ろうとする。

 だが遅い。既に射程圏内だ。

 

 分散させて流していた力を一気にひとつに纏め上げる。そうしてできた力の本流をさらに細く鋭利に。

 一つの線に束ねた力を、今度は点に。

 両手で持った包丁。その(きっさき)一点に、全ての衝撃を内包させる。

 

「だから余さず受け取りなさい。

 ———ふっ飛べ、〝衝黄泉(ツクヨミ)〟」

 

 そして指向性をまたそれを、海牛目掛けて撃ち放つ!!

 

「ンン"モ"オォオオオ!!!」

 

『うわァあああ!!?』

 

 空気を歪ませる程に圧縮した力の奔流が腹部に直撃し、多数の魚人海賊達を巻き込みながら元来た海辺の方角へものすごい勢いで海牛モームは吹き飛び、その意識を刈り取られた。

 

「ニュ〜〜〜!!? モームが吹き飛ばされたァ!?」

 

「てめェ……人間ごときが何をした……!」

 

 驚きと怒りを露わにするアーロンと吹き飛んだ海獣を避けた魚人達。

 それに対し、私は怯えなど微塵も見せずに言い放つ。

 

「私の命は、お前達に売ってやるほど安くない!」

 

「何……だと!?」

 

「私の命をお前達が自由にできるほど、私は弱くないと言ったんだ!

 私からその奉具とやらを徴収したければ、決闘によってどちらが強いかハッキリさせる!

 お前達の中から、一番強いヤツを出せ! そいつを(くだ)してこの(いさか)いを終わりにする!!」

 

「てめェ……!」

 

 私の言葉に鼻白むアーロン。下等種族と見下す人間に舐められたことが余程ご不満であるらしい。

 

「一番強ェヤツはこのおれに決まっているだろう! 舐めるのも大概にしろ下等種族!!」

 

「それは失敬。で、あなたが相手でいいんですね?」

 

「ッ……! クソ生意気な人間風情が! 種族の違いを教えてやる!!」

 

「! アーロンさん待ってくれ、ここで戦うと村が潰れちまうぞ!」

 

「また増やしゃあいいだけだろうがァ!!!」

 

 激昂したアーロンは手に持った巨大なノコギリを軽々と振り上げ、私の脳天目掛けて全力で振り抜いた。

 鋭利な刃は肉体を縦に引き裂こうと目の前に迫る。

 

 そして私は一切の防御姿勢を取らずその刃を身に受けた。

 

「は?」

 

 アーロンの口から困惑の声が漏れる。

 それは威勢よく啖呵を切った人間のあっけない最後からか。

 それとも最大限の警戒が発揮されることなく戦いが終わったからか。

 

 否。

 

 それは私に向けて放った渾身の一撃が私に直撃した後、するりと何の抵抗もなく刃が私の皮膚を滑ったからである。

 

 私は放心状態のアーロンの股下に潜り込み、包丁を一閃二閃。

 アーロンの太く鍛え上げられた腱がぱくりと割れて、地に膝が付く。

 

 誰がどう見ても、決闘は完膚無きまでにアーロンの敗北だった。

 

「な……あ……」

 

「勝負あり、ですね」

 

 突き付けられた現実に、(うつむ)いたアーロンの瞳孔が細くなる。

 即座に振り返りざま殴り殺そうと横に薙いだアーロンの腕をひらりと躱し、距離を取る。

 足の腱を切られたヤツはこれ以上私を追えなくなる。

 

「てめェ……人間! 人間人間人間ニンゲン!!

 てめェ今! このおれに何をしやがったァッ!!!!」

 

「さぁ? あなたの狙いが逸れてしまっただけなのでは?」

 

「ッ……!! アァァアア"ァ!!!」

 

「これ程までに実力差が示されたのなら、一度拠点に戻りなさい。

 最後の決着は3日後……互いの傷が癒えたその時に改めてこの村の、ひいてはコノミ諸島の未来をかけてお前達の相手をしよう。それまで決して彼らに手を出すな。破れば即座に全員首を切り落とす。

 わかったならば、とっとと此処から立ち去るがいいッ!!!」

 

 もはや声にならない叫びを上げるしかないアーロンと傘下の魚人達に対し、私は努めて平静なフリをしながら恫喝する。

 

「お、オイ! アーロンさんを早く連れ戻すぞ! このままじゃヤベェことになっちまう!」

 

「そっそうだな。すまねェ、アーロンさんここは一旦……」

 

「ア"ァアアアァア"ア"ッッ!!! 許さねェ!! 許さねェぞ女ァァ!! 下等種族の分際でッ、今すぐ殺してやる!! 今すぐてめェを殺してやるからなァァァッ!!!!」

 

「ウッ、ふ、ニ人じゃ足りねェ! もっと手伝え! アーロンさんを連れ帰るぞォ!!」

 

 未だ激昂したままのアーロンを大人数で引きずりながら、こうしてアーロン海賊団との初接触は幕を閉じた。

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

「ありがとう、君のおかげで村は救われた!」

 

「……」

 

 アーロンが去った後、ゲンゾウさんが私に村を代表して感謝を伝えにきてくれた。

 

「奉具の額は膨大だ……とてもじゃないがもう一人分は払えなかった。たとえ払えたところで、この町はヤツらの破壊の被害に遭っていただろう。村が無傷で済んだのは奇跡だ。

 改めて礼を言おう。君はこの村の救世主だ」

 

「……」

 

 深々と頭を下げてお礼をしてくれるゲンゾウさん。

 彼に続いて他の村の人々も次々に駆け寄ってくる。

 

「本当にありがとう! 魚人に掴み上げられた時はもうダメかと……。あんたのおかげで助かったよ!」

 

「……」

 

「いや、それにしてもすごかったぜアンタ! あの偉大なる海(グランドライン)の怪物だけじゃ飽き足らず! まさかアーロンまでもやっちまうなんて! めちゃめちゃ強いんだな!!」

 

「……」

 

「最初男衆が連れてきた時はどうしたもんかと思ったけど……これが情けは人のためならず、ってことかしら。

 ありがとね。久しぶりに胸が()く思いだったわ」

 

「……」

 

 思い思いの感謝を告げられて私も悪い気はしない。村人達は本当に晴れやかな笑顔をしていて、私もこれが守れて良かったと思う。

 

 ただ、今の私はぶっちゃけそれどころではなさすぎてその感謝が半分も耳に入っていなかった。

 そんな私の様子を不自然に思ったのか、ゲンゾウさんが声をかけてくれる。

 

「む……どうしたね。具合が悪そう、だが……」

 

「……」

 

「……あ」

 

「? どうしたのゲンさん」

 

「この子、息止まっとる」

 

「……」

 

「……」

 

「コフッ……」

 

『お、恩人ッーーー!!!!』

 

 意外とまだダメージの抜けきっていなかった私は、その大絶叫を最後に再び眠りへと(いざな)われたのでした。

 




 能力や覇気や六式を無視し、初手で感覚頼りに生命帰還を習得していく女。
 いつのまにか人間インパクトダイアルになっておられる。
 ちなみに今話のサブタイは『売ってやるほど安くない』か『コフッ……』でさんざん迷った挙句前者にしました。

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