ルビ振るの死ぬほど面倒くさかったでござる。
ザブン、と勢いよく海に潜る。
そのまま推進力を落とさず、水を切るように鋭く泳ぐ。
視界には沈みゆく少年とうちのバカおにぃ。
どっちが余裕無さそうかというと……少年の方になるか。
おにぃはあれで結構しぶといから一旦放置しとこう。
少年は身体もできてないし、このまま沈むと窒息どころか水圧差であっさり死にかねないし。
思考をまとめ、少年のところまで泳いで行って無事確保した瞬間、頭上からドボンッ、という水中に大質量が落っこちた音を拾った。
音の主はやはりアーロン。
手には大ノコギリ——ココヤシ村の人たち曰く〝キリバチ〟とやらを携えている。
「シャハハハハ! 海兵! お前自分が何をしてんのかわかってるか!? 魚人を前に海に潜るなど……自殺行為でしかねェ!!」
「
「海中で喋れもしねェのに口を開くとは……余裕ぶっこいてんじゃねェぞ!〝
アーロンは手から水流を発生させ、それを勢いよく投げつけた。
水の中でさえはっきりとわかる、散弾銃のように弾け飛んだ水滴は広範囲にわたり、私と胸に抱えた少年だけでなく、おにぃすらもその射程に捉えていた。
「全てを守るだと!? 身の程知らずのガキが調子に乗るな!! この世界は犠牲無くして成り立ちはしねェんだ!! この状況でどう守る!!?」
「
私は
ごめんね、少年よ。ちょっと酔うかも。
「
「! 小規模だが……渦潮を発生させて消し飛ばしやがったか!」
私が啖呵だけだと思ったか? これは自慢だけど、私は水中で海王類10匹に囲まれても全部殺し切る自信がある。
そういう訓練をしてきたからね。
この10年間! ずっと!
アーロンに鋒を突きつけて宣言する。
「
「ふざけてンのかてめェは!!」
いたって真剣だこの野郎うちのおにぃに手ェ出しやがって三枚に下ろして刺身にしてくれるわァ!!
「串刺しにしてやる!〝
「
鋭く尖った鼻で心臓を穿とうと高速で接近するアーロン。
しかし、わかっていない。
私の最も得意な分野は受け流しなのだということを。
大きく水を切ればその分の水流が発生する。
私は海藻のようにその流れに身を任せるだけで、ひらりと回避することが可能となる。
高速突進を躱され、アーロンは大きな隙を晒した。
絶好のチャンスを見逃してやるほど私は甘くない。
私は服の下に仕込んでいた、この三日間でココヤシ村の皆さんに用意してもらった折り畳み式の
「〝
「うぐォ!!?」
アーロンは大技の空振りと私の全力銛投げによって一時的に海底に縫いとめられた。
今が好機とばかりに、私は急いで少年を海面まで抱えて泳ぎ、最後は村人さんたちのいる方に放り投げる。
「ぶべらッ!?」
「すまん少年! 手荒でごめん!」
「うおッ、マジで海中で魚人を出し抜いたのか!? やるなルフィ妹!」
「マインです! まだ終わってないんですぐまた戻ります!」
「あッ、おい!」
これで少年の救出成功! ヨシ!!
再び海に潜ると、ちょうどアーロンが突き刺さった銛を引き抜いたところだった。
息継ぎもできたし、これで第二ラウンド開始だ。
「魚人を相手に……あくまで水中戦に徹するつもりか?」
「
「舐めくさってんのはよォくわかった!」
アーロンはキリバチを上段に振り上げ、怪力で踏み締めた海底の地盤にヒビを入れる。
そのまま頭から一回転するようにキリバチを叩きつけ、回転しながら高速で肉薄してくる。
「〝
その様はまるで高速回転する丸ノコのようだ。
よく見れば水流がアーロン側に流れ込んでいる。
回転の要領で周囲の水を引き込み、先ほどのような受け流しをさせないためか……!
「
「! こいつ……刃に組み付いて……!」
だが、甘い! 私は剣でキリバチの刃と刃の間に滑り込み、両足でキリバチの刀身を挟んでアーロンの攻撃を攻略する。
接触すればこちらのものだ。
刀身から伝わる力の流れを肉体で制御。
そして回転の主導権をアーロンから奪い取り、勢いそのままに海上目掛けてブン投げる。
「ぐあ……!?」
「
そんなものッ! 私の全力を120%出させる起爆剤にしかならないというのに!!
「
海とは四方八方を水という流れのある物体に囲まれた場所。
それゆえ肉体にはありとあらゆる負荷がかかる。
水圧、浮力、水流、微細な水自身の動きまで……その全ての力を受け流せれば、水を媒介とした地上とは比べ物にならない威力の、まるで海流のような斬撃さえも自由自在に操れる!
繰り出すは肉体全てを使って生み出す天へと昇る大竜巻!
震えろ魚人!! 海中こそ私のナワバリだ!!!
「〝
「クソがッ……! ぐゥアァァァーーー!!!?」
防御姿勢をとったアーロンを意に介すことなく、海竜の
「うおおォォ!? アーロンパークの水が……全部吹き飛んじまったァァァ〜〜〜!!!?」
「えええええ!!!?」
「あのアーロンを……なんという強さだ……!」
噴火と見紛うほどの大量の水飛沫が上がったことにより、港のように整地された海岸からは一時的にほとんどの水が無くなった。
これでおにぃも息ができるし、救出も容易だ。
さぁてッ! そんじゃあ早速おにぃの足切り落とすかァ!!!
今切ろう、今すぐ切ろう、ぶった切ろう!!
まさかこんなチャンスが巡ってくるとは……この私の眼を以ってしても見抜けなかった……!
いざ——!
「って、あれ? おにぃ、いないんだけど……」
「うわァァァ〜〜〜!! へぶほォッ!!!!」
「うおおっ!!? 空からルフィが降ってきたァ!?」
し、しまった……! テンション上がって大技使ったせいでおにぃごと巻き上げてしまったとは……。
これも全部おにぃと一緒に落っこちてきたアーロンって奴のせいだ。
許すまじ……末代まで祟ってやる……!
「くッ……! このマイン、一生の不覚ッ……!」
「うひょお〜〜〜! もとに戻ったァ!! ありがとなー! マイン!!」
「えっ!!? え、えへへ……やだなぁもうお礼なんて、私は妹として当然の行いをだね……」
「おう、そっか」
「対応が虚無!? おにぃはもうちょっとこの優秀な妹に敬意を払った方がいいと思うなァ!!?」
「おゥい、マイン! いつまでそこに居んだ危ねェぞ!」
「うん? ウソップさん? どしたの——あッ」
すっかり忘れていたが、今私が突っ立っているのは元々海底だった地面。
海に面しているのだから、そこにあった海水がなくなったら新しく海水が流れ込んでくるのは自明の理。
端的に言えば、私の背後からは津波みたいな鉄砲水が押し寄せてきていた。
うーん、これはもう間に合いませんね。
「うわァァァ〜〜〜!」
「マインー! 何やってんだお前ェー!!」
まぁこんぐらい余裕なんだけどね。
バギーとの戦いで死にかけてから、この程度なら安いもんだと思えるようになったのは良かったことだ。
でも、いい加減風穴が空いた腹部から出血で命のピンチなのでそろそろキツイキツイあいただだだ……!
そんな風に痛みを堪えながら岸に這い上がると、ちょうどおにぃとアーロンが対峙している最中だった。
というか生きてたんだ……アーロンの奴も大概しぶといな。
痛いけど、ここはおにぃの助太刀にでも——
「おれは剣術がつかえねェんだ!!」
「……おにぃ?」
「虫ケラが……何を言い出す……!?」
踏み出した足が自然と元に戻った。
「航海術も持ってねェし! 料理も作れねェし! ウソもつけねェ! 泳ぎだって全然できねェ!! おれは誰かに助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!!!」
「シャハハ……そうさ、バカで非力で愚かな種族が人間だ……。てめェみてェな無能な男を船長に持つ仲間はさぞかし苦労してはだろう……」
……まぁ、久しぶりに会えたんだし、今回くらい勝負は預けておいてあげようか。
これは私の出る幕じゃなさそうだ。
兄の
「プライドもクソもねェてめェが一船の船長の器か!!? てめェに一体何ができる!!!」
「お前に勝てる!!!!」
だから思いっきりブッ飛ばしてやんなよ、おにぃ。
「よほど死にてェらしい! 女の前にまずはてめェだ! 〝
「それはもう、さっき見た!!」
「何!?」
「しっしっしっ! 〝ゴムゴムの……
おにぃは片手の指を引き伸ばし、突撃してきたアーロンを網で捉えるかのように補足。
そして空中へとゴムの弾性で弾き返した。
「くッ……」
「〝ゴムゴムのォ……
「ぐゥ!?」
「と……〝ロケット〟!〝
「ぐおォォーーー!!?」
「す、すげェー!? あのアーロンを圧倒してるぞォー!!!」
回し蹴りでアーロンパークの壁面に叩きつけ、テラスの
その際に建物の中に入ってしまって、こちらからでは見えなくなった。
ま、あの調子なら大丈夫でしょう。
「ルフィ……」
「あれっ? お姉さん、確かノジコさんと一緒に居た方ですよね……?」
「えっ!? あ、あなたさっきアーロンをブッ飛ばした……ルフィの妹っていう」
「マインといいます。えっと、あなたはおにぃのお知り合い?」
「あー、うん。そうね……そんなところ」
「ふーん……」
おっぱいでかいなァ……。
すごくスタイル良くてキレイな人だ。お子ちゃま体型の私としては羨ましい限り。
この人やっぱりおにぃの海賊団の
「……ありがとね」
「えっ?」
「さっきのあんたの一撃、スカッとしたわ! だから、ありがとう!」
……全くもう、おにぃは人を見る目だけは確かなんだから。
こんなん良い人に決まってるじゃん。
「お安い御用ですよ。なんたって、こちら愛と正義の海軍ですから!」
「ふふっ、そうね。あんたみたいな海兵ばっかりだといいんだけど」
「あ゛……いやァ〜、それについては申し訳ありません……」
「……いいのよ別に、そんなこと。気にしてないもの」
「ありがとうございます……。ケジメは付けさせたので、ここは私の顔を立てていただけると助かります」
「オッケー、1億ベリーで許してあげる」
「え゛」
「ふふ、冗談。でもちゃんと返してね」
「それはもう」
全部どころか復興用のお金も支部から巻き上げてくるのでご心配なく——と、言おうとした瞬間。
轟音を立ててアーロンパークの壁が崩壊し、何かがそこから飛び出して落ちてきた。
「何だ何だ!? 中で何が起こってやがる!!」
「ありゃあ机か!? びっくりさせやがる……おれァてっきりルフィの兄貴なんじゃあねェかと……」
「あ……」
「? どうかしましたか?」
机ならいーや、と私はすぐに視線を外したのだが、傍に立つお姉さんはそうではない様子だ。
何やら視線が釘付けになったと思ったら、ポロポロと大粒の涙がこぼれ出していた。
「どっ!? どどどどうしたんですか!?」
「ううん……! 何でもない!」
泣きじゃくる彼女の涙と同じくして、机だけでなく箪笥や本棚などの残骸が絶え間なく地上に降り注ぐ。
でも、私には彼女が悲しんで涙を流しているようには見えず、どちらかというと安堵による涙であるかのように感じた。
「ありがとう……! ルフィ……!!!」
その声に応えるように、アーロンパークの頂点からおにぃの長く伸びる脚が天を衝く。
「み、見ろ!! アーロンパークが……」
「崩壊する〜〜〜!!!?」
そしてまるで戦斧のように振り下ろされたその一撃が、頑強堅固な城塞を粉微塵に崩落させた。
ガラガラと木と石の塊へと還っていき、ついには瓦礫の山となったそれから、1人の男が
「ナミ!!!」
力強く響くその声は、長きに渡る圧政の終わりを告げる咆哮で。
「お前はおれの仲間だ!!!!」
〝耐え忍ぶ戦い〟——その終末のゴングであり。
「……! うん!!!」
支配からの、輝かしき脱却であった!!!