短編集「雨ーーアメジストの指輪」   作:とかげのしっぽ

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宮沢賢治さんの美しい世界観が大好きすぎる今日このごろです。
今回、キーワードはありません。


ほうきぼし

 

 

ほうきぼしは、真っ白な火の尾をひきながら、今日も銀河の海を元気に駆け回っていました。ほうきぼしとは名前のとおり、体のはじっこで燃える光がまっすぐにのびて、ほうきのしっぽみたいに光り輝くのです。本当にゆかいな旅でした。ときどき、流れ星の子供たちが何百も何千もかわいらしい笑い声を沸かせながらドオッと横切っていくときなんかは、ほうきぼしも一緒になって笑ってしまうのでした。

 

ですから今日もいつものように、口笛を吹きながらミルクの天の川を滑ったり、海中でちゅうがえりを五回もやって得意げに格好をつけたりとゆかいに遊んでいたのですが、ふとほうきぼしは不思議に思いました。

 

(ボクはなぜに、いつも光っているのだろう?)

 

しっぽをあかあかと燃やしながら、ほうきぼしは考え込んでしまいました。

 

(燃やしたら、ボクの体はちいさくなっちゃうじゃないか!)

 

それでも、自分は明るく光っていなければならないのだと、ほうきぼしは知っていました。そう、みんなに言われてきたのです。自分のお父さんとお母さんだって、いつも火の玉みたいに輝いてうれしそうにしていました。……でも、いったいなぜでしょう?

 

 

いくら考えても分からないので、ほうきぼしは誰かに聞いてみることにしました。

まずはじめに、いつもメガネをかけて本を読んでいる、賢そうなかじき座のお兄さんのところへ行きました。

 

「なんでも知っているかじき座のお兄さん。聞きたいことがあるんです。」

 

そう声をかければ、かじき座は何やら難しそうな文字でびっしり埋まっている本に目を向けたまま、めんどうくさそうに返事をしました。ほうきぼしは一生懸命に言いました。

 

「ボクは、なぜに光らなければならないのでしょうか?」

 

「それが、義務だからだ。」

と、かじき座は言いました。

 

「ぎむって何ですか?」

 

「…絶対にしなくてはならないことだ。つまり、ほうきぼしは必ず光らなければならないのだ。」

 

「どうして?」

 

「危険だからだ。」

 

おもおもしくかじき座が言って、それではなしは終わりでした。それからは、うんともすんとも返事を返してくれません。ほうきぼしは諦めて、次のところへ行きました。

 

 

「いつも青くからだを輝かせているイルカ座さん!ぜひとも聞きたいことがあるんです。なぜにボクは光る義務があるんですか?」

 

ゆうがなジャンプで泳ぎさろうとしたイルカ座を寸前で呼び止めて、ほうきぼしは息せききって聞きました。

 

「危ないからよ、坊や。」

と、イルカ座はやさしく言いました。

 

「どうして?」

 

「ここの銀河は暗いからね。ずうっと夜の世界だ。」

 

ほうきぼしはなおも聞こうとしましたが、あっというまにイルカ座は行ってしまいました。

 

 

気をとりなおして、ほうきぼしは銀河の海をめぐり出します。行く途中、とびうお座に出会いました。とびうお座にもたずねてみようと思いましたが、それは叶いませんでした。小さなほうきぼしをちらりとみてばかにしたようにふんと息をつくと、ほうきぼしが口を開こうとするよりも前にチャチャチャッと翔びさってしまったからです。

 

ほうきぼしはビューンと波うちぎわまでとんで行くと、銀の砂の上でもぞもぞ潜り込もうとしていたかに座にも声をかけてみました。

 

「ボクが光るのはなぜでしょう? この銀河がいくら暗いったって、いつも海ホタルくんたちの出す銀の粉でぼうっと明るいじゃあないですか。ライトをピカピカに灯さなくても、ちゃんと見えますよ。誰かにぶつかったりしませんよ。」

 

かに座はフォッフォッと笑いました。

 

「それでも、危ないのじゃ。ほうきぼしのこぞうよ。」

 

そして、さっと砂に黒々とあいた穴の中へすがたをけしました。

 

ほうきぼしは悲しくなりました。たったひとりで銀河の海を旅するチビこぞうに、誰かがしんせつに教えてくれるでしょう。誰もいませんでした。

 

(こうなったら、光るのをやめてしまおう。)

 

そうほうきぼしは決心しました。生まれてこのかた、一度も絶やしたことのない火の尾を、ふっと消したのです。あたりが静かに暗くなりました。だんだんと、ぼうっと天の海をおおう金の霧や、遠くでながれぼしの子供たちがかけて行くピカリといっしゅんの光などが見えるようになってきました。

そうして、静かな興奮とともに、ほうきぼしはすべり出したのです。

 

(見えるじゃないか!こんなに銀河ってうつくしい世界だったなんて…ああ、ボクは知らなかったよ!)

 

しかし、機嫌の良いのも長続きしませんでした。とつぜん誰かに呼びとめられたのです。

 

「おい、そこのほうきぼしの坊…そうだ、お前を呼んでいるのだ。この永遠の夜にライトをつけないとは何ごとか。」

 

驚いてふりむくと、そこにはほうきぼしの何倍も大きな体をうねらせた、うみへび座がいました。そこなしの井戸よりもっと深くまっくらな眼が、瞬きもせずにじいっとほうきぼしを見つめていたのです。

 

「う、うみへび座さん。…じつは、その。ボクが光らなければならない理由を教えてくれないでしょうか。」

 

ほうきぼしはすこし怖かったのですが、一生懸命にがまんして言いました。すると意外なことに、うみへび座はきちんと説明してくれたのです。まず、ながいながい体をくねらせしっぽのさきに何かをすくいあげるような格好をしました。うみへび座のキラキラ光る鱗の上には、はじめ何もないように見えたのですが、そのしっぽがほうきぼしの顔に近づけられるにつれてだんだんと見えてきました。

 

「海アメンボくん!」

 

ふわ〜ん、とうみへび座のしっぽの上でちいさなーーほんとうにちいさな虫がはねました。思ってもみなかった出会いにびっくりしたほうきぼしへ、うみへび座はしずかに語りかけました。

 

「こういう生き物のために、おまえは光るのだ。自分がまわりを見るためではない。ほうき星が通るから危ないぞと、他の生き物へあかるいライトで注意を呼びかけるためなのだ。」

 

“見る“ ためではなく、“見てもらう“ ため。

ほうきぼしは、不思議な気分になりました。そんなこと、考えたこともありません。でも言われてみれば、たしかにそのとおりだったような気がしたのです。ほうきぼしは、ようやくなっとくしました。

 

「どうもありがとうございました、うみへび座さん!」

 

お辞儀をして、親切なうみへび座とわかれました。

 

ほうき星は、幸せそうにまっ白な火の尾をあかあかと燃やし、今日も銀河の海を元気にかけまわるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 




またしばらく投稿はお休みさせて頂きます。

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