やはり俺がめぐり先輩と同棲するのは間違っている 作:タン塩レモンティー
ゴールデンウィーク初日、私達は熱海に来ていた。なんか、電車で行けて尚且つ混雑していない場所と言う事で決めたみたい。
八幡さんとならどこでもいいんだけどね。……常識の範囲内でだけど。
「温泉街って感じだよね~」
私の言葉に、八幡さんは感心したという表情をしている。改札を出て海は見えなかったけれど、足湯があったり、小さくて可愛らしい機関車が保存されていたり、人はそれなりにいる。
アーケードに向かって歩き出す。普段と違う場所を歩くだけでも、道が違う雰囲気に感じられる。やっぱり雰囲気って大事だなと思った。
そして、さっきからすれ違う男性が必ずと言っていいほど振り返る。八幡さん、そんな顔しなくても、私は逃げないから。
「とにかく、早く宿に行って、浴衣で歩きたいな。露天風呂も楽しみだし」
「分かった。分かったからくっつかないでめぐりさん。歩きづらい」
「プリン食べたい!」
我儘通してもらって今話題になっている洋菓子を食べたり、海岸で青春時代を思い出したりしながら、私達はゆっくりと宿へ向かって歩き続けた。観光はそれなりに楽しく、また八幡さんとの距離が縮まった気がした。私が腕を組んでも嫌がる事はなかったし、むしろどこか照れてて、それとなく嬉しそうにも見えたぐらい。
途中で見かける土産物屋などに足を止めつつ、目的の宿に着いた頃にはチェックインの時刻を少し過ぎた辺りだった。八幡さんの後から付いて旅館の玄関に入った。フロントに行くと単の紬に身を包んだ女将さんらしき女性ににこやかに聞かれ、彼が返事をする。
「いらっしゃいませ。お疲れ様でございました。ご予約承っておりますでしょうか?」
八幡さんが首を縦に振る。
「それでは、こちらにご住所とお名前をご記入ください」
八幡さんは住所と名前を書き、その隣りにめぐりと書いていた。
「お部屋にご案内致します」
案内されたのはフロントのあった本館から少し離れた場所だった。明るい本館とは少し趣が違う。別館と言うか、なんだか隠れ家みたい。
「お食事は、お部屋にご用意致します。六時にはご用意出来ますが、念の為お電話させていただきます。それでは失礼致します」
部屋に入ると、意外と広々としていた。大きな窓から見渡せる遠い海の景色が、まるで壮大な絵画のように美しくて見惚れてしまう。ふと目の前を見ると驚いた。この部屋専用の露天風呂が付いている。
「八幡さん、お部屋に露天風呂?」
八幡さんは笑っている。
「知ってたの?」
「まあね」
彼は顔を背け気味に答える。
「それで露天風呂入ろうって言ったの?」
「嫌だった?」
「ううん。これなら入れる。誰にも見られる心配ないもの」
景色を眺めていたら八幡さんに後ろから抱きしめられた。
「めぐりさんと旅行するの久しぶりだな」
「さっそく散策しようか。浴衣姿で」
「お、おう」
着替えると待ち合わせ場所の売店へ向かう。あ、着替えは別々の時間でしたからね。
そうして現れた浴衣姿の八幡さんは、ちょっと男前って感じがした。この格好で並ぶとまるで夫婦だ。後で何気ない感じで写真撮ろう。
「何見てたの?」
「土産もんだ」
「お饅頭がいいんじゃない?」
「ま、そうだわな。何なら部屋で食う用に買ってくか?」
さらりと言われたけど、これってどういう意味なのかな? 部屋って、旅館のかな。そ、それともマンションの?
「なら、こっちがいいな~」
「多くないか?」
「なんなら今から戻って食べちゃおっか?」
私はそれとなく探りを入れる。これで八幡さんの反応があればさっきのはマンション、何もないなら旅館。
「晩飯まで二時間だぞ」
「ね、八幡さん、私がお茶淹れるから」
「なら、小町への味見を兼ねて買うか」
そう言うと八幡さんは温泉饅頭の箱を一つ持ってレジへ向かう。それを見送り、私は小さくため息を吐いた。
「……旅館のって、意味だよねやっぱり」
私はぽつりと零す。あ~あ、私だけがドキドキしたんだと思ってため息が漏れる。ややテンション下げた私の前へビニール袋を下げた八幡さんが戻ってくる。と、何故か私を見て若干照れくさそうに上を見て頬を掻く。何だろうと思って見ていると、ビニール袋を差し出した。
「もし美味かったら、部屋用に買い直そう。それと、あまり食い過ぎるなよ」
「私は大食いじゃないよっ!」
もう!ズルい! そういうの、本気でズルいっ! そう言いたかったけど、言わなかった。
「俺、思いっきり後悔してるんだから」
「何を?」
「駄目でも何でも、めぐりさんに告白すれば良かったって。あの頃は色々あったとはいえ」
「じゃあ今、告白して」
「えっ? 今? 何か照れるな……」
周りは静まり返り、私たちの間を風が吹き抜ける。どれくらい経っただろうか。ようやく彼の口から言葉が紡がれる。
「比企谷八幡は城廻めぐりを愛しています。世界中の誰よりも」
「はい、やり直し」
何かの漫画の台詞っぽい言葉に、私自身の意地悪な部分が出てねだってしまう。
「……恥ずかしいわ! とにかくっ、めぐりさんだけを生涯愛して生きていきたい」
彼は頬をポリポリかく。一瞬目を瞬きさせたかと思うとすぐに笑い出した。その笑い声に、彼は放心状態になったようだが、すぐ元に戻った。
「……伝わったよ、貴方の気持ち。私も八幡さんの傍に居たい」
「……それはプロポーズの返事だと思っていい?」
「本当に私でいいの?」
「決まってるだろ」
背中から抱きしめる八幡さんの腕に力が込められ、うなじにキスされた。間髪入れず、くるっと回されて八幡さんに唇を塞がれた。ぎゅっと抱きしめられて深いキスに酔わされて八幡さんの背中につかまる。
唇が離れて八幡さんが私の目を見つめながら言った。
「めぐりさん、愛してる。もう離さない」
「私も」
八幡さんの胸に抱きしめられた。やっぱりあったかい。この胸に私の全てを委ねよう。そう決めていた。
幸せにして貰うんじゃなくて二人で一緒に同じ道を歩いて行けると信じた。喧嘩することがあっても八幡さんとだったら、そのまま心が離れてしまうこともないと信じられる。彼を信じられる自分の気持ちに懸けてみようと思っていた。
幸せでありたい。少なくとも今は一緒に居ることを私が選んだのだから。
「ずっとこうしててもいいんだけど、温泉に来たんだから入るか、お風呂」
「でも露天風呂は暗くなってからがいい」
「じゃあ部屋のお風呂に入るか? ここは部屋も温泉のお湯だから」
「うん」
二人で一緒に、お風呂に入って湯上りには浴衣を着た。八幡さんも浴衣姿。いつもより、ちょっとだけ大人っぽく見える。私は肩より少し下まである黒髪を上げて、襟足をすっきり見せた。
「浴衣姿、色っぽいよ。良く似合う」
「八幡さんもカッコイイ。似合ってるよ」
「さっきの……お風呂でのめぐりさんも可愛くて素敵だったよ」
八幡さんに耳元で囁かれて襟足にキスされた。わざわざ言われて恥ずかしくて耳まで赤くなっているのが自分でも分かった。
彼は私を恥ずかしがらせて楽しんでいるとしか思えない。でもそれは意地悪なんかじゃなくて、彼に愛されていると感じさせてくれるものだった。
いかがだったでしょうか。