迷宮都市の殺し屋稼業 ~亡き妻と迷宮に潜るのは間違っているだろうか~ 作:死神を追う語り手
「死を越えるからこそ死神……!」
時が静止する。背負った棺、背後に確かな存在感を感じつつ、目の前の氷の剣を振るおうとした男に射撃。さらにその場で僅かに狙いをつけ、さらに奥……ポータルと呼ばれる拠点の確保を行っていた太った男を射貫きながら火薬の反動で大きく後ろへ飛ぶ。
正直なところこの力を毎回のごとく使わされるこの遊戯を男は全くもって好いていなかった。いつ妻に見放されるかとまで考えたものだが、背負った亡き男の妻は男を見放すつもりはないらしい。
「死んだ妻さえ……利用する男なのさ」
こう言葉にしなければ、男は人であることを捨ててしまいそうだった。
「バカな……!」
「カロリー不足だったぜ……」
時が動き出し、撃ち抜いた2人がポリゴンとなって四散する。この遊戯ではいかに死のうとも、蘇る。本当に死ぬことはない……それは男にとって、殺し屋にとって非常にろくでもないことだった。
倒された男たちが戦場に戻ってくるよりも先に、アナウンスが響き渡る。
『バトルが終わりました』
『ブルーチームの勝利です』
「願うほど死は来ない……皮肉なものだな」
「あの……」
これもまた、いつもの光景だった。ただひとつ、違うのは……味方側にいた見慣れない女が話しかけてくることだけだ。
この電脳遊戯は世界中からさまざまな強者を集め行われているが……時々、異なる世界、異なる次元から強者を呼ぶ。
例えば、巧みにさまざまな技を使いこなし、終いには必殺の蒼玉……真空波動拳と言うらしい……を用いる格闘家。
例えば、剣を扱うことに優れ、凄まじい勢いで突進する技を初めとしたいくつかの技量でこちらを倒しにかかる自らを「サーヴァント」と称する黒鎧の女。
例えば、歌を歌い、歌に破壊力や癒しの力を持たせて戦場を駆ける、電脳の歌姫。
実に面白い者たちだ。
今回新たに加わった異界の英雄は、金髪碧眼、軽装の鎧。レイピアを主力武装とし、風を纏い戦場を切り抜ける【剣姫】。確か、名前は……
「アイズ・ヴァレンシュタイン……だったか」
「はい。その……お願いが、あるんです。貴方の腕を見込んで」
「殺しか」
「決して、それだけではないんですけど」
殺し屋の男はアイズの願いを聞くために、その場に電脳特有の机と椅子の構築を行い、そこに座るようにと目配せする。
「願いとは、なんだ」
「私の世界に来て……ダンジョンを……モンスターを殺してほしいんです」
「……詳しく、聞こう」
聞き出したアイズの過去。世界の在りかた。その不思議さに男は妻が逝ってからしばらく感じていない興味を抱いた。
「なるほどな……それで、ダンジョンを殺す、か。それをありとあらゆる人類……いや、神すらも願っているのか。不思議な世界もあるものだ」
「貴方が居てくれれば英雄は生まれづらくなる……英雄は、死んでしまった人に与える称号だって、私はそう思うから」
「ふっ……私が、命を守るか。……気に入った。報酬の相談をしよう」
しばらくして、男は遊戯管理システムに申請を行っていた。申請が通れば即座に転移できるようになっているのは、電脳世界の利点だろう。
『ソウデスカ。向カウノデスネ……ドウカ、幸運アランコトヲ』
「今まで、世話になったな。VoiDoll」
世界間転移を許容した管理システムの長、VoiDollはその言葉に軽く驚きを示してから、男の足元に緑の領域を展開した。
『イエイエ……ソレデハ、次元間転送装置ヲ起動シマス! スリー、ツー、ワン……』
カウントダウンの中、金色の光が背負う棺の中に入っていったのを男は見た。
『…………』
「未知の世界へ……お前も、ついてきてくれるか。全くいい妻を持ったな、私は」
『GO!』
そうして、視界は暗転していく。最後に、VoiDollの呟きを乗せて。
『アノ世界ナラ……キット』
眩しい光を感じる。眼を開くとそこは中世の街並み、そして眼前にあるのは噴水だろうか。
「まずは……黄昏の館に向かえ、だったか。彼女が正常に私に依頼した記憶を持っていればいいが」
そして、男は気付く。
「土地勘なぞ私にはないぞ……あの女、すこしばかり抜けているな……?」
結局情報収集からすることになった男なのだった。
いくらかの情報を元手に、たどり着いた【黄昏の館】。彼女曰く【ロキ・ファミリア】という派閥の拠点なのだそうだ。
ファミリアとはと問うと、神と神に付き従い神から恩恵を与えられた眷属により構成された集団であると帰ってきたことを思い出す。大小様々だが己の派閥は最大派閥といっても過言でないと言っていたのも。
そう思い出していると門番に声をかけられる。
「止まれ! そこの男! ここは【ロキ・ファミリア】本拠地、【黄昏の館】! 用はここで聞こう!」
「【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに用がある……伝えてくれ、死神が来たと」
「貴様……敵対派閥か……?」
「なぜそうなる……コードネームも物騒すぎたか」
男は最初に定めたコードネームをアイズが覚えているかを祈る他ないので伝えてくれなければどうしようもないのだがと思いつつ、幾度も伝えてくれと言う。
門番は死神と名乗るろくでもなさそうなロングコートに棺を背負った男などアイズに会わせるわけにはと足止めをする。
男の口下手がひどく悪い方向に出た瞬間であった。
男は事が進展するまでは門近くの壁に寄り掛かり待つことを決め、門番はひどくピリピリとしながらアイズよりも先に団長に報告をしに行く。
【ロキ・ファミリア】団長……フィン・ディムナはその事を聞いて、自ら事情を聞くことを決め、表に出てきたのである。
「やぁ……死神くんとやら。僕はここの団長、フィン・ディムナ。アイズに用があると言っていたけれど……」
「あぁ……本人間でしか伝わらない合言葉がある。それが死神が来た、だ……覚えているか、アイズ・ヴァレンシュタイン」
「……アイズ? いるのかい?」
門の影から金髪碧眼の少女が姿を見せ、フィンの隣へと並ぶ。
「覚えてる……間違いない。来てくれたんだね、ルチアーノさん」
「……アイズ、説明はして貰うけどとりあえず、以前言っていた夢とは思えない夢で頼んだ助っ人ってもしかして?」
「名乗ろう、フィン・ディムナ。私はルチアーノ……とある場にてそこの少女の願いを聞きやって来た……異界の殺し屋だ」
「わかった。ロキにも会わせよう……はぁ、胃が痛くなる」
どうにか【黄昏の館】に入ることができたルチアーノは、ロキと話す場所という説明を受けた部屋の中で、ロキが来るまで少し聞きたいことがと切り出したフィンと口数こそ少ないが話をしていた。
フィンの質問……殺し屋とはどういうことか、アイズにはどのような依頼を受けたのか、その片時も手放さない棺はなんなのか、異界からきたとは本当なのかなどを、一言二言で返していく。
その全ての質問が終わった時であった。
「おっけーやフィン、あんがとなぁ。ほんで、ルチアーノやったか? 騙し討ちみたいなことしてすまんなぁ」
明るい声。ルチアーノの目の前の机の下からひょこっと、やけに露出度の高い赤髪の女が姿を見せた。
「うちはロキ。ここ、【ロキ・ファミリア】の主神や。よう嘘つかんかったなぁ、見た目通りの仕事人やなぁ」
「依頼人と関係する人間に嘘をつくのは信用に関わるからな……それに聞いているぞ、アイズから。神は嘘を暴くと」
その言葉にロキは見透かすような目を見せてから呟きと問いを投げる。
「それにも嘘はなし、か。自分、もちろんファミリアには入っとらんのやろ?」
「もちろんだ。ファミリアに入らなければ戦えん、ということもなさそうだが……入れるに越したことはない。私が殺さねばならん敵はどうにも強大らしいしな」
「せやな。そしてうちらとしてもルチアーノ……面倒やな、ルチでええか? ルチをほっとくわけにもいかへん。理由はわかるか?」
ルチアーノは頷いた。そして己なりの推察を話す。
「アイズがどこまで己の都合を話して私を呼んだかわからない以上、私を放置すれば他ファミリアに秘密が漏洩する恐れがあるからだろうか」
「正解や、ようわかっとるな。ちゅーわけで、うちの恩恵をあんたに与える。つまりは【ロキ・ファミリア】入団や。ただ……一応戦闘能力は相当って言ったぶん、見せてもらわな困るから、恩恵を与えたあと、一戦模擬戦してもらうで」
「問題ない。それも仕事のうちだ」
そしてフィンもまた、言葉を選んだ後こう述べる。
「親指が疼く……ルチアーノくんを手放す選択肢を選ぶとね。僕は僕の勘と先の質問から感じた君の本質を信じる……ようこそ、【ロキ・ファミリア】へ。団長としても、個人としても君を歓迎する!」
「よろしく頼む……では早速だが、恩恵を頼めるか」
ロキは頷いて、フィンにも残るよう指示を出してから恩恵を刻み始めようと背を出して寝転ぶように指示をした。
「これでいいか」
「いい肉体だよ、ロキ。必要なだけ筋肉がついている。それに……この傷のなさ」
「当たり前だ……一方的に殺すだけであるために、肉体に傷はつかない」
「んじゃ始めるでー!」
真剣な表情で刻み込み、刻み込まれた文字を読みこんで絶句するロキ。
「どうしたんだい、ロキ? ……これは、彼のステータスだよね?」
フィンすらも目を見開く。
ロキは頷いて、言葉を放つ。
「ルチアーノ……本来なら、恩恵を得た人の子っちゅうんは、みんなレベル1、全ステータス0からなんや。なんやが……見て貰った方がええな、ほれ」
起き上がったルチアーノに紙を手渡すロキ。
「ありがたい……では見せてもらおうか」
ルチアーノ
Lv.4
力 :D520
耐久:G232
器用:B785
敏捷:F301
魔力:S999
発展アビリティ : 銃士A、耐異常B
《魔法》
【亡き妻の加護】
・防御魔法。
・発動から三秒間受けたダメージを回復に変換する。
・詠唱式なし。使用後冷却30秒。
【束の間の逢瀬】
・時を静止させる。
・静止させた時で起こった物事の反動は時が動き出した際にすべて同時に解決される。
・効果時間極短及び精神力使用量極大。
・詠唱式「死を越えるからこそ死神」。
《スキル》
【亡妻庇護】
・精神安定補正極大。
・魔法の発動に必要な精神力を低減する。
・遠距離から銃による攻撃をした時に威力大補正。
・銃によって戦闘した際に経験値増幅。
・銃に関わる行動の際器用ステータスに大補正。
ルチアーノは思わず呟きを溢した。
「なんだ……これは」
「こっちのセリフやで……このステータスを初期持ちっちゅうんはさすがになんかイカれとる。おそらくは今までの戦いの経験値やらなにやらが一斉に芽吹いたのとその……奥さんが深く影響しとるんやろな」
「そうか……そうか。ありがとう……私の愛しき妻よ。お前はやはり私をいつも見守ってくれているのだな……すぐ、後ろで……」
ルチアーノは寝転ぶために立て掛けた棺を見て、目を閉じた。もう何年も流していない涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえて、ルチアーノは立ち上がる。
「行こうじゃないか。模擬戦をするのだろう?」
「あ、あぁ……それなんだけどね。君はベートという狼の獣人と模擬戦をしてもらうつもりだ。レベルは5、勝てというつもりはないからそのつもりで」
「了解した」
棺を改めて背負い、銃を抜いて軽く見て、しまいこむ。
「まぁ……負ける気はしないが」
「おや、自信があるのかい?」
「対人戦闘……幾度も踏んできた死地だ」
その言葉は自信ではなく経験から来る事実。
「すぐに終わらせよう……」
~殺し屋移動中~
修練場はピリピリとした空気に満ちていた。
フィンからの言伝てを預かったアイズが幹部たちを呼び、恐らく模擬戦をするだろうから準備をしてほしいという言葉を伝えて以降、その空気は消えることなく続いていた。
そして、さらに空気は強く重くなっていく。扉が開かれたことで幹部らが向けた目線の先に、棺を背負った男が映ったことで。
「ルチアーノさん……」
「あいつはルチアーノってのか……フィン、どうするつもりだ、そいつを?」
「今知っただろうが彼はルチアーノ。得物は銃、新規入団者のレベル4だ。実力を皆に周知させる目的で皆を集めての模擬戦を行うことにしている……説明はこんなところだ」
それを団長から告げられ、集まった者たちは自己紹介をしていく。
「ふむ……新たな仲間、それも珍しい銃使いか。ガレス・ランドロックじゃ、よろしく」
頷くのは重鎮らしさを醸すドワーフ。銃というレベルが関わらない武装を使うところに疑問を抱いているらしく見える。
「副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴだ。固くなる必要はない、アイズが世話になったと聞いた。よろしく頼む。あそこにいるのがアマゾネスのヒリュテ姉妹と言われる2人で……」
「姉のティオネ・ヒリュテよ。団長の言葉通り、あるいはそれ以上の実力を示してくれることを期待しているわ」
「妹のティオナだよーっ! よろしくね!」
次に挨拶をすませたのはリヴェリア。アイズ関連の礼を親のするそれのようにしてからヒリュテ姉妹を紹介し、その後ヒリュテ姉妹が近寄ってそれぞれに一言を残す。
「ベート・ローガだ。こいつが新しい仲間だと? フィンは、何を考えてやがる……?」
「レフィーヤ・ウィリディスです。アイズさんは譲りませんからね……」
ベートとレフィーヤはそれぞれに思うところがあるようではあるがひとまず挨拶だけはという様子である。
「ルチアーノだ。アイズ・ヴァレンシュタインの依頼を受けたことでここにいる。当面の間よろしく頼む」
ルチアーノはすべての挨拶にまとめて言葉と頭を軽く下げて返す。
それを見つつなにかを思案する様子だったベートは結論が出ないといった様子で首を振って、フィンに声をかけた。
「フィン、俺とこいつでやらせてくれ……俺はこいつが強いのか、あるいはただの雑魚でしかねぇのか知りてぇ」
「最初からそのつもりだったさ……模擬戦の範疇で頼むよ」
狼と暗殺者が向かい合う。
殺気を叩きつける狼と静かに流す男。
激突までは、あと少し。
至らぬ点数多あると思います。感じたこと、こうした方がいいだろうということ、その全てを吸収したく思います。何卒、よろしくお願い申し上げます。
感想評価は常にお待ちしております。