忘却   作:月見肉団子

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入り切らなかったオマケみたいなものです。
後夜祭気分でどうぞ


郷愁

 ふと、牛乳を手に取っていた。

 軽快というよりも軽薄な歌が流れるスーパーマーケットでのことだ。

 

 腹を下すから量を飲むのは苦手だと言うのに無意識にかごに入れていた。

 

「あぁ、そうだった……彼女が好きだったんだっけ」

 

 あれから随分と空虚になってしまった何かを抱えながらレジに並ぶ。かごは1リットル分重たかった。

 

 

 部屋に帰っても何処か上の空だ。心は軽いが、何かが足りていない。連休はまだ続く。随分と頑張り過ぎた様でその日はソファーで寝た。

 

 次の日に起きてはカーテンを開け放とうとして手が止まる。長らく開けて居なかったような気がする。ただ開けて悪い事は無い筈だ。と少しガタの来た窓を開ける。すると風が吹きこんで朝の香りを運んできた。

 積もった埃が舞った。カーテンが揺れて閉じていた部屋に陽光が差し込む。

 

 ふと、あの日の映画を思い出す。そう言えば彼女はこんな事を言っていたな、なんて思いながら部屋の奥にしまい込まれていた掃除機を取り出す。

 彼女の言っていた言葉を一つずつ思い出しながら。

 

 止まっていた空間が動き出す。

 

 

 その日、掃除をした。各部屋の窓を開け放って。日光を取り入れる。それだけの動作なのに視界が滲む。

 写真立てに積もった埃を払ってやると、額縁の彼女は笑っていた。それだけのことなのに嗚咽がせり上がる。

 半ば空かずの間になっていた彼女の部屋を開け放って掃除機を掛ける。それだけなのにカーペットにぽたりぽたりと雫が落ちた。

 

 突然の事だった、受け入れられなくて、あまりにも重たすぎて、ついには捨てた。それだけなのに後悔が積み重なっては大声を上げる。ずっと家で泣けなかった最後の堰が壊れて、膝をついてうずくまる。空虚な筈だった。何も無い筈だった。それなのにこんなにも失くしてしまった事が悲しい。こんなにも大切なものがあったと思う事が、更に嗚咽を加速させる。

 

 「そうなんだよ。そういうところなんだよ……君は」

 

 あの映画の最後の一節を思い出す。本当にあっけなくて、呆然としてしまうくらいに、君は日常にいた。

 

 『あぁ、やっぱり出かける前に掃除しとくんだったなぁ……』

 

 困ったように、それでも笑えることにでもあったように苦笑していたんだ。

 

 「いつだって、どうでもいい事ものが重要になるんだ」

 

 牛乳の指定も、朝に窓を開ける事も、掃除をすることも。忘れてはいけない大切な事だったのだ。

 

 

 

 コップに半分ほど牛乳を注いで写真と向き合う。何をするのでも無く、見つめあってはコップに口をつける。

 笑ったまま止まっている彼女に聞いてみた。

 

 「何処かであったことはありませんか」

 

 そう口にした瞬間に、また堰が切れた。

 

 

 次の朝、腫れた目を擦りながら映画館に向かう。都内なのに嘘のように静かな場所で昭和のスター達と再会しつつ時間の止まった場所へ。

 何処か懐かしい匂いを感じながら扉をくぐり、真っ直ぐ受付に向かう。

 

「すいません、こちらってカードは使えますか?」

 

 顔も見えないのに受付の人は笑っていた。そう思う。

 

 

 

 

 

 帰りに花屋で花を買った。名前は分からないけれど白くて綺麗な花だった。

 

 その足で彼女の下に向かう。軽く凹んでいるバケツと柄杓を借りて綺麗に掃除をして花を添えた。

 暮れかけた夕陽に長い影が伸びる。それは何処か懐かしくて、いつか一緒に見たものと重なってはこみ上げてくる。

 

 郷愁というのだろうか。もう戻る事はないけれど、それでも尚懐かしいと思えるのはきっと。

 

 ──彼女との過ごした日々が、それほどまでに素晴らしかったのだろう。

 

 ゆっくりとあの日の影を追いながら歩みを進める。重くて、今にも投げ出したい位の影だ。それでもしっかりと落とさぬように抱きかかえる。また、会える日を信じて進もうと思ったから。

 

 

 『あぁ……君。何処かであったことはありませんか』

 『ちゃんと掃除まで出来るようになっちゃって。随分とかっこよくなったのね』

 

 

 

 待ってたよ。

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