Re:ゼロから始める×××生活   作:舞江鯖鶴

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第一章 ハンター試験編
はじまり×路地裏×異世界召喚


 ――これは本気でまずいことになった。

 

 一文無しで途方に暮れながら、彼はそんなことを考えた。

 一文無しというのは、正確には不正確である。彼のポケットには小銭がしっかり入っていたし、それを使えば地元で優雅な休日を過ごせるだろう。

 にも関わらず一文無しと表現するよりない理由は、町中をよく見てみればわかる。

 

「やっぱ、貨幣価値とかって違うよな……」

 

 手元の十円玉を弄びながら、少年は深い溜め息をつく。

 短い黒髪、高くもなく低くもなく日本人としては平均的な身長、少し鍛えているのだろうやや筋肉質だ。印象的な鋭い三白眼も、目尻が力なく落ちている。

 

 群衆に紛れれば、一瞬で紛れてしまうほど凡庸で平凡だ。事実、今彼は町の景色に紛れていた。

 だが、少年はその景色に違和感を覚えている。自分と同じような人間は沢山歩いているのに、自分の知っている町の風景では決してなかったからだ。

 チラリと横目で伺うのは八百屋らしき露店。『らしき』というのは、看板から何から書いてある文字が全く読めないからである。しかも、ただ読めないのではない。彼の目に映るそれらは、『いかにも』といった感じである。

 

 腕を組みながら、少年は思い至った一つの可能性に納得する。

 

「つまり、これはアレだな」

 

 指を鳴らして、空を見上げると、

 

「――異世界召喚もの、ということらしい」

 

 頭上を、トカゲ風の生き物が飛び去っていった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 菜月 昴は十七歳のある日、コンビニに行った帰りに突然見知らぬ町へ飛ばされた。

 その手の小説を読んだことこそあれど、まさか自分が、しかもコンビニ帰りに異世界に召喚されるとは思ってもみなかった。我ながら意味不明な状況だなと、一人ぼやく。

 

「さてさて、現状は洋風ファンタジーだが、文明は少し近代チック。金は使えず、文字も読めないが、どうやら意思疎通は可能っぽいな。ふ、自分で言ってて意味わかんねぇぜ」

 

 改めて状況を確認して、スバルはもう何度目かわからない溜め息をついた。

 先ほどまでいた場所から今は場所を変えて少し薄暗い路地に腰を下ろしている。舗装された地面は、現代日本と比べると少し劣るが悪くはない。

 

「でも多分、そうだ。ほぼ間違いない。今のところケモ耳っ娘がいないってのが惜しいんだが……」

 

 召喚されたと気づいて、まず真っ先に向かったのが『八百屋?』だった。そこにあるリンゴを買おうとして、日本円を拒否されたのだ。

 だが、それは仕方ない。貨幣経済が導入されている分まだわかりやすいもんだとひとりごちた。

 

 異世界召喚系のライトノベルをそれなりに読み漁っていたスバルにとって、現状は上から三番目ぐらいには良いと言える。言葉は通じるし、自分が変に浮いているわけでもない。

 環境を確認したら、次は初期装備だ。思わぬ所でなにか重要なアイテムを手にしているかもしれない。

 

 まず電池切れかけのケータイ、小銭と会員証ばかりの財布、コンビニで買ったカップ麺に、コンポタお菓子、愛用のグレーのジャージ、使い古したスニーカー、以上。

 

「終わったな……。これでどうしろって言うんだよ」

 

 役立つのはカップ麺とお菓子ぐらいだ。心許ない。

 

「そもそも、俺を召喚した美少女どこだよ。なんで俺一人で放置プレイさせられてんの?」

 

 これが異世界召喚ならば、召喚主がいない現状はやり捨てされたに近い。二次元ならばとんでもない欠陥作品だ。一体誰が、何の目的で呼び出したのか。どうしようもなくて、スバルは項垂れるしかなかった。

 

「とにかく当面は生きるのが目的だが……、コミュ力初期レベルの俺に無理難題だろ」

 

 手をワキワキさせながらスバルが今後を不安がっていると、ふと、その表情が変わる。

 ふいに路地裏に足音が響く。見れば路地の入り口――、三人ほどの男が道を塞ぐように立っていた。

 

「やべぇ、強制イベントだ」

 

 男達は薄い笑いを浮かべてスバルを見てくる。まず間違いなく物盗りだ。しかも、下手をすれば命まで盗られてしまいかねない。

 さしずめ『物盗りを撃退せよ』といった所か。

 

 背中の悪寒を頬を叩くことで振り払い、まっすぐ敵を睨んでやった。

 現状、少しの怯えが命を落とすことに直結しかねない。スバルは決断力には自信があった。

 

「それに、これ異世界召喚だぜ。きっと俺TUEEなスーパーパワーが目覚めて、無双するかもわかんねぇしな。そう考えるとイケる気がしてきたー!」

 

「なんかぶつぶつ言ってるよ、あいつ」

 

「状況が飲み込めてねーんだよきっと。どういうことかキッチリ教えてやろうぜ」

 

 昂奮するスバルに対して、男達は冷静だ。

 しかし、今のスバルにはそれすらも雑魚モブキャラのイキリにしか聞こえない。

 ビッとまっすぐ伸ばした指をチンピラに向けて高らかに宣言した。

 

「いいかお前ら。それは、俺の台詞だ!!」

 

 言い切って、男達が動くより先にスバル渾身の右ストレートが真ん中の男に突き刺さった。

 想像していたよりも感じる鈍い痛みに、思わず顔をしかめてしまう。

 

 平和な日本の子供として成長してきたスバルに喧嘩の実践はなかった。殴る方も殴られる方も慣れていない。だが、ここで怯んでいては遅れをとってしまう。感情に任せて隣の男へ構える。

 

「食らえや! 渾身のハイキック!」

 

 つま先は綺麗な弧を描いて右側頭部を蹴り抜いた。蹴られて飛ばされた男が、壁に当たってうめき声を上げる。

 自分の体が思っていたよりも好調に動く。それに合わせて気分もハイになっていく。

 

「よっしゃあ! やっぱ俺ってこの世界じゃ無双なん――」

 

 最後の一人が取り出したナイフを見るまでは。

 

「誠にすいませんでした許して下さいこの通り――!」

 

 素晴らしく鮮やかな土下座。土下座世界大会があれば優勝すら狙えてしまう。

 さっきまでの勢いは見る影もなく、スバルは生き延びるために懸命に額を地面に擦り付けて懇願した。

 

 いやいや、刃物は無理。刺されたら死んじゃうし、惜しいことに対ナイフの処理は想定できていない。

 

 気がつけば先ほど倒した男二人も復活していた。打撃を食らった箇所を抑えてこそいるものの、足取りは確かでほとんどノーダメージに見えた。

 

「あれ!? 俺無双のハズが弱攻撃ってどういうこと? お約束のテンプレは!?」

 

「なに訳わかんねぇこと言ってやがる! てめぇ、生きて帰れると思うなよ!」

 

 頭を上から踏みつけられて額を地面に押しつけられる。じわりと血が流れるのがわかった。

 ヤバい、本当に死ぬかもしれない。痛みと共に恐怖がじわりと滲んで来た。

 

「楽に逝けると思うなよ……」

 

 ナイフを持つ手を逆手に持ち替えて、スバルの頭上へと振り上げた。

 もしかして死ぬのだろうか。そう思考を巡らせたところで、言い様もない恐怖で愕然とした。

 それは死ぬ事への恐怖か、それとも痛みへの恐怖か。否、虚無への恐怖だった。何も出来ずに終わってしまうことへの、言葉では表せない恐怖。

 涙が溢れて止まらない。どうすればどうすれば。どうすれば良かったのだろうか。

 スバルの後悔が頭を埋め尽くしたとき、

 

「――なにしてるんだ!」

 

 その声は響いた。

 明るく幼く、それでいて力強い声だった。

 

 視線をやると路地の入り口に一人の少年が立っている。

 髪は上に跳ねていて、緑の服から覗く腕は子供ながら筋肉質だとわかった。背中に負っている釣り竿は使い古されたものだと一目でわかる。正義感の強そうな目が印象的だった。

 

 チンピラ達は突如現れた闖入者に眉をしかめる。

 

「ちっ、見られたか。おいガキ、痛い目見たくなかったらサッサと向こうへ行きな。今俺達は虫の居所が悪いんでな」

 

「ほう、気が合うねぇ」

 

 少年の背後から声が聞こえたかと思うと、さらに二人の男が現れる。

 それはスーツを身に纏ったサングラスの青年に、肩口当たりの金髪が目立つ民族衣装を着た少年だ。

 スーツの男が続けた。

 

「俺達も今ちっとばかし気が立ってんだ。今なら見逃してやるぜ。去りな」

 

「そうだな、私もそれをオススメするよ」

 

 三対三。数の利を失った男達は不利だと判断したのだろう、手早くナイフをしまいスバルから離れると、

 

「おいお前、次にここうろつくときはせいぜい気をつけるんだな」

 

 スバルをひと睨みだけして早々に立ち去ってしまった。

 助かったのか、お礼を言わなければならないと顔を上げると、一番に声を上げてくれた少年がスバルに駆け寄った。

 

「大丈夫ですか? うわ、血が出てる。レオリオ、手当てしてあげてよ」

 

「えぇーマジかよ。いや、良いけどよ。ちょっと待ってろ」

 

 少年の声に応えて、スーツの男が頭を掻きながら手に提げていた鞄を地面に置いて開いた。

 

「あ、大丈夫だよ。大した怪我じゃないし。それより、助けてくれてありがとうな。俺ってば超感謝」

 

「本当だな。こんな所に一人でいては物盗りに襲われても文句は言えないぞ」

 

 民族衣装の少年が、ややトゲのある言葉でチクりとスバルをついてきた。少しムッとするも、事実なので何も言い返せない。

 スーツの男――レオリオは、鞄から軟膏と湿布を取り出して言った。

 

「とりあえず、傷口にこの軟膏塗って、湿布を貼っておけば大丈夫だ。くれぐれも無茶するなよ」

 

「ホントに良かったのに。お金……、は持ってないんだった」

 

 ありがたく受け取って代金を出そうとし、自分が一文無しなのを思い出した。

 だがレオリオは手を振って遠慮する。

 

「いいって、大したもんじゃねーからな」

 

「そういうわけには行かねぇよ。そうだ、カップ麺ならあるけど欲しいか?」

 

「カップ麺? いらねぇな、今からちと用事があるし貰ってもなぁ」

 

 やんわりと断られて、取り出したものを引っ込める。カップ麺に驚きがないことも、若干ガッカリだ。

 

「それじゃ、俺達もう行かなくちゃだから、気をつけてね!」

 

 そう言い残すと、少年を先頭に三人は路地から踵を返した。

 その背中に思わず声をかける。

 

「あ、お前の名前だけでも教えてくれよ!」

 

 少年は振り返ると、ニカッと笑ってこう言った。

 

「俺はゴン=フリークス! じゃあ、気をつけてね!」




次回更新は十六日です。
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