不気味な音が鳴っている。古今東西不気味な音は数あれど、その中でもトップクラスの不気味な音だ。
二次試験会場、ビスカ森林公園の広場にて、ゴン、クラピカ、レオリオ、そして先に二次試験会場にいたキルアらと並んで、スバルは大きな音のする建物を眺めていた。
「……ついに二次試験か。そろそろ時間だぜ」
感慨深げに建物に付いた時計を示すレオリオ。
思えばここまで長い道のりだった。スバルにとっては、ヒソカ戦という思わぬボトルネックによって何度も何度も死に戻りをさせられたため人一倍長く感じたが、そうでないレオリオらにとっても、ここまで来るのが生半でなかったのは確かである。
感慨深くなってしまうのも仕方ない。
「だが、まだ二次試験だ。ハンター試験は始まったばかりだぞ」
達成感すら得てる長身グラサンチンピラ顔レオリオに、クラピカが冷静に水を差した。
しかし彼の言うとおり、試験はまだ始まったばかりである。
辺りを見回すと、四百人ほどいた受験生が、ざっと百五十人前後まで減っているように思えた。概算ではあるが、確実に半分も残っていない。
試験開始前、誰もがスバルよりも優秀で異質な雰囲気を纏っていたというのに、それでもなお容赦ないふるいによってここまで人数が絞られてしまうと言うのだ。
ほとんどまぐれで二次試験まで進めたと言って良いスバルには、この先が憂鬱で仕方がなかった。
(けど、もしここでまたリタイアしようモノなら、ヒソカがきっと襲ってくるんだろうな……)
脳裏に過ぎるのは三度目のループでの記憶。
リタイアしようとしたスバルの元にわざわざ現れて殺しにきたヒソカの姿だ。あれが頭にこびりついて、下手なリタイアはかえって自分の身を危険にさらすとわからざるをえなかった。
確実に抜け出せる場面、そこを狙ってリタイアするしかないと腹を決める。
「見ろよ、時計が」
キルアがアゴで導く先、時計の針が丁度十二時の場所で重なった。
スバルの元いた世界と時計の概念が変わっていなければ、つまり――、
言葉にするよりも早く、しかしゆっくりと、目の前の建物の扉が開き中に光が差し込んだ。
重厚な観音開きの扉だ。横幅だけでもスバルの二倍以上の大きさがあるだろうか。
真っ暗な空間が太陽光によってだんだんと顕わになっていく。目をこらしたそこには、二人の凸凹な影が見えた。
一人はソファに座った、ラインの細い女性だろう。そしてもう一人は、スバルよりも優に大きい身長もさることながら、扉からはみださんとする程の横幅が特徴的な人物だ。
「うぉっ!!」
彼らの像がよりハッキリと見えると、思わずスバルは目をそらしてしまった。それはソファに座る女性が、スケスケシャツにビキニ、太ももが大胆に出ているショートパンツという、健全な男子高校生にはいささか目に毒なほど煽情的な格好をしていたからである。
彼女は受験生を一瞥すると、
「おまたせっ!」
随分気さくに話しかけてきた。一次試験の感情が終始読めなかったサトツとは大違いである。大胆な格好に親しみの持てる言葉遣い、学校の俗に言う陽キャ女子と同じ属性を感じて、ほんの少しだけ居心地の悪さを感じた。
彼女は自分の背後に立つ大柄と言うにはあまりに大きな人物を見上げて、
「どう? お腹は大分空いてきた、ブハラ」
ブハラと呼ばれた男性は自分のお腹を指さして眉をひそめる。
「聞いての通り、もうペコペコだよメンチ」
頼りなく情けない声。それに混じって耳に届いたのは、先ほどから頻りに鳴っている奇妙な音。そして彼の言い草から察するに――、
「まさかアレって、腹の音かよ……。どんだけ大食いモンスターなわけ?」
自分とは飼っている腹の虫のレベルが違うと、思わずお腹をさすったスバルであった。
「そんなわけで二次試験の審査員は、私達美食ハンターが担当するわ」
「美食ハンター……、って、なに?」
ゴンが訊ねる。スバルはもちろん、他の受験生にとってもあまり馴染みのない種類のハンターらしい。
美食、と言うからにはミシュラン的な仕事をする人達だろうか。
「美食ハンターというのは、世界中のあらゆる食材を探求し、さらに、新たな美味の創造を目指すハンターの事だ。もちろんハンター自身も超一流の料理人ばかり。彼女たちは、そう言った食に関するスペシャリストというわけだ」
「へぇー、クラピカ物知り」
「つーことは、美味しいもん食える仕事ってわけか……。随分羨ましいハンターじゃないの」
「スバルは美食ハンター志望?」
「え? いやいや、俺ってば料理やったことないから無理だって。俺としては、食べ専ハンターとかあると嬉しいんだけどな」
仮に食べ専ハンターがあったとしても、おそらくスバルがなるには舌のレベルが足りてないのだろうが、それはまた別の話。
横でスバル達の話を聞いていた宇宙人みたいな黒ずくめの格好をしたハゲ男が、アゴを撫でて考える。
「しかし、試験官が美食ハンターとなると……、つまり二次試験の課題は――」
「そう、お察しの通り、料理よ」
「「「料理ーー??」」」
彼女――メンチ試験官の発表に驚いたのは、つい直前に料理未経験を告白したスバルだけでなく、その場にいた受験生のほぼ全員だった。
「どうしてここまで来て料理なんだよ」
「俺達はお料理教室に来たわけでも、コックになりたいわけでもねぇぞ」
「真面目に審査する気があんのかよ」
口々に漏れ聞こえてくるのは、受験生達の不満。体力テストの直後が、あろうことか料理だったわけで、その考えは致し方ない気もするが。
「はいはーい。文句があるなら帰りなさい。不満があるなら、今すぐ帰っても良いのよー」
メンチが半目で四方にガンを飛ばしてくる。
「何これ感じ悪」
受験生達も、ここで不合格にされてはたまらないと、一斉に押し黙ってしまった。顔を見れば隠せていない、というか隠す気のない不満が浮かんでいるのだが。
「どうやら不満のあるやつはいないようね……」
不合格が怖くて黙っているだけです、というのはその場にいた大半の考え。
「それで、どんな料理を作るんだ」
ハゲ男が先を促すと、メンチと対照的にここまでずっと穏やかな表情のままのブハラが大柄な声色で答えてくれた。
「まず、俺の指定した料理を作って貰い、その後、こっちのメンチが指定した料理を作って貰う。どっちも美味しいと認めたら、二次試験は合格だよ」
「そんなのありかよ! 美味い不味いなんて、人によって様々だろうがよ! 俺達にゃ美味くとも、あんたらの舌に合わなかったらお終いじゃねぇか!!」
先ほど押し込めた不満が、再び爆発する。美味い不味いという個々人によって曖昧なものを評価基準とされてしまっては、真面目に試験を受けている人にとってはとんでもないことだ。
だが、放出する鬱憤を、まるで子供の癇癪をあやすように、メンチはめんどくさそうに手を叩く。
「はいはいはいはい。いい? さっきも言ったとおり試験を受けたくない者は帰って貰っていいのよ?」
その言葉に、再び場が静まりかえる。受験生という立場である以上、不合格をぶら下げられては文句が言えないのだ。
それを確認したブハラがおもむろに指を一本立てた。
「それじゃあ、まず俺の指定する料理は――」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
一体どんなとんちきな料理が飛び出すのかと身構えていると、
「豚の丸焼き! 俺の大好物!」
思いも寄らぬ原始的料理に、受験生は三度心を一つにして肩すかしを食らった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「そっち行った行った!!」
「近い近い近い近い――」
阿鼻叫喚、と言っても過言ではない。
ビスカ森林公園の中で、丸焼きにするための豚を探しに出た受験生達は色んな意味で走り回っていた。
グレートスタンプ。この森にたった一種生息する豚。彼らはとてつもなく凶暴で、異常に発達した鼻で獲物を押し潰し仕留める。敏捷性も高く、隙を見せればあっという間にあの世行きである。もしも一般人がこんな所に迷い込めば間違いなく彼らの餌になるだろう。
さて、そんな中スバルと言えば、豚に相対することなく木の上でブルブル震えていた。
スバルは、この試験が始まって、グレートスタンプを一目見た瞬間、自分にコイツを倒すのは不可能と判断していた。
先ほどのヌメーレ湿原で出会った猛獣にもひけをとらない怪物に、敵うはずもない。ヒソカに一矢報いようと体を張って連れてきた猛獣も、ハッキリ言ってギリギリ逃げていたと言われても間違いとは言い切れない有様で、その上そのレベルの野生生物を仕留めよなど、難易度がぐんと上がってしまっている。
では、スバルはこの試験を諦めたのかというと、そうでもない。
「レオリオ! そろそろだぜ!!」
むしろ、この試験に合格する自信がある。
スバルは引きこもっている間、漫画やアニメを楽しんでいた。その中に、北海道開拓の漫画もあり、今回の試験、その知識が活かせるのではないかと考えたのだ。
「本当にこの罠作動するんだろうな……。おいスバルくんよ、大丈夫かね」
不安げに冷や汗を浮かべるレオリオに対して、スバルは余裕の笑みだ。それはじゃんけんで勝って、自分は木の上で様子をみる係になった為でもあるのだが。
と、レオリオと罠の向こう側に丁度グレートスタンプが姿を現した。
「「来た!!」」
豚は、無防備な人間の姿を確認するなり、勢いよく突っ込んでくる。
そんな豚とレオリオの間、わざとらしく直線にした道の途中に、頑丈なツタをわっか状にして先端をたわませた木に引っかけたトラップがひっそりと待ち構えている。
罠を警戒する様子もなく、勢いよく走る豚とレオリオの距離が縮まっていく。
五十メートル、三十メートル、十メートル、五メートル――
「もう無理!」
「いや、今!」
ぐいと鼻先を突っ込んだが最後、ツタの輪がその豚の勢いによってしまり、たわんだ木が戻る力で引っかかった鼻先を持ち上げる。
鼻をつり上げられた豚は為す術鳴く宙に浮き、とうとう空中であられもない姿になってしまった。あられもない姿は元々だが。
「よっし! レオリオ、一匹ゲットだ!」
「はぁ~、ちくしょう、寿命が縮んだぜ……。やれやれ」
「なに言ってるんだよ、もう一匹仕留めるんだぞ。もうちょっと頑張れ」
「また俺が囮役なのかよ!!」
珍しく自分の知識が役立ったことに高揚したスバルは、嫌がるレオリオにもう一度囮をさせて豚をもう一匹捕獲したのだった。
そして、数分後。
「腹減ったよ~」
お腹を猛獣も逃げ出すほどの音量で鳴らしながらブハラが肩を落としていると、森の向こう側から地鳴りに似た揺れが届いた。
その正体はすぐにわかることになる。
「うわ~!! すごい!!」
なんと、豚の丸焼きの軍団が会場めがけて走ってくるのだ。よく見てみると、それは丸焼きを運ぶ受験生だとわかる。最後尾でスバルも引きずり引きずり追いかけていた。
「ありゃま、大量なこと。受験生舐めてたわ」
これにはメンチも目を丸めて驚いていた。
「そっれじゃあ、いっただっきまーーす!!」
文字通り豚の丸焼きにかぶりつくブハラ。
スバルとしては上々の出来のはずだが、味はいかがなものなのか……。
「美味い美味い」
いかがなものなの……。
「これもデリシャス! これもヤミー!!」
いかがな……。
「ふぅ、ぜぇんぶ美味しかったーー」
あっという間に一つ残らず食べきって、ブハラは満足そうに唇を舐めてしまった。
「た、食べた量が体に対して多すぎる……」
「どうなってんだあの腹、ヤバすぎるだろ……」
「ハンターってみんな凄いんだね!!」
「ああはなりたくないけどな」
「全くだ」
「あんたね、美食ハンターともあろうものが全部合格にしちゃってどうするのよ」
「いやぁ、だって全部美味しいんだもの」
ぷっくり頬を膨らませながらメンチが同僚を睨めつける。嫌な視線ではないが。
ブハラは口だけは申し訳なさそうなことを言っているが、顔はまったく反省しているどころか、少し食べ足りないとでも言いたげだ。恐るべし。
ブハラのこの調子はいつも通りなのか、メンチは早々に諦めると手元にある銅鑼を一発どついた。豪勢な音が鳴り響いた。
「これにて、豚の丸焼き審査終了! 合格七十名!!」
不慣れな料理の審査、前半の終了が告げられる。だが、スバル達はまだ知らない。
後半に待ち構えるメンチこそが、この試験最大の壁だと言うことを。
――いや、ちょっとは察しているかもしれない。
次回更新は28日です。