「だぁかぁらぁ! 何度も言わせないでよ! 今年の合格者はゼロ、合否を決めるのはアタシなんだから、文句言わせないわよ! ――とにかく、合格者はゼロってことで!! よろしく!!」
乱暴に携帯を切ってぶん投げる。キッチンにものすごい速度で当たった電話は真っ二つに壊れてしまった。
「おいおい、どうなるんだこれは。冗談にしてもキツすぎるだろ……」
ハンター試験二次試験合格者ゼロ。その発言はその場にいた全員が困惑を浮かべていた。
「ふ、ふざけんじゃねぇ!! こんなの無効だ、審査をやり直せ!!」
大柄な受験者が声を張り上げる。スバルの目には彼が乱暴に写るが、しかしここまで怒るのも無理はない。
審査の後半、ハゲ頭の受験者に寿司の作り方をバラされてから、メンチのジャッジは明らかに厳しくなっていた。寿司に体温が移ってる、シャリの握りが固いなど、素人の寿司につける文句としてはいささか厳しすぎる内容ばかりで、結果全員不合格となっては不条理がすぎる。
しかし、メンチは全く取り合うつもりがないのか唇をとがらせてそっぽを向いてしまった。
「あぁ、メンチの悪いところが出ちゃったな……。彼女、熱くなると味に妥協が出来なくなっちゃうんだよね。さてどうしようかな……」
ブハラが困った顔で腕を組む。彼女のこの態度は昔からの悪癖らしい。
「ふざけるなよ! こんな審査員認めねぇ! 大体、美食ハンターなんか美味いもんくってるだけの道楽者だ! そんな奴審査員として認めねぇし、ハンターとしても認めねぇ!!」
「そうだ! 今から俺がお前らぶっ倒して、こんな奴失格だって協会に直訴してやる!」
声を荒げたのは255番を始めとする受験者だった。思い返せば彼らは、二次試験の課題を聞いたときから特に不満げだったが、とうとう我慢の限界が来てしまったらしい。
だが、そんな彼を一瞥したメンチは――、
「あっそ、好きにしたら?」
それが、とどめだった。
「ふざけんじゃねェーー!!」
額に青筋を浮かべてまっすぐメンチに殴りかかる255番。その勢いは闘牛のごとく、直撃すればタダでは済むまいと、そう予感させた次の瞬間。
パァンと肉と肉がぶつかり合う大きな音が鳴って、殴りかかった255番が遙か後方へと飛ばされた。
頭上を舞う人体は、現実に起こっていることとはとても信じられなかった。
張り手一発で彼を吹き飛ばしたのは、メンチをずっとなだめていたブハラだ。その行動に不満があるようで、メンチは後ろを見やる。
「ブハラ、よけいなマネしないでよ」
「だってさ……、俺が手ェ出さなきゃ、メンチあいつを殺ってたろ?」
「フン――、まぁね」
随分と物騒な会話だが、メンチの背後から現れた包丁の鋭い光はそれが決してハッタリでないことを意味していた。怖い。
「笑わせるわ。アタシを倒すだなんて。今アンタはたかが美食ハンターごときに一撃でのされちゃってさ」
器用に包丁をジャグリングしてみせる。そうとうの修練を積んだのだろう、その包丁さばきは熟練されている。
「どのハンターを目指すとか関係ないのよ。ハンターたる者誰だって武術の心得があって当然!!」
片手に包丁をまとめて受け取る。二本だった包丁はいつの間にかもう二本増えて四本になっていた。四本の包丁をジャグリングとかどんなスキル。
「あたしらも食材探して猛獣の巣の中に入ることだって珍しくないし、密猟者を見つければもちろん戦って捕らえるわ」
美食ハンター、いや、ハンターとはなんたるかを熱心に語るメンチの目は険しく、しかし真剣な熱をギラギラと滾らせている。
「武芸なんてハンターやってたらいやでも身につくのよ。あたしが知りたいのは未知のものに挑戦する気概なのよ!!」
「それにしても合格者0はちとキビシすぎやせんか?」
鬼気迫るメンチの話を遮ったのはその場にいる誰でもない、上空からのしわがれた声だった。
受験生達がぞろぞろと建物の外に出て行くと、かなり低い空をクジラ型の飛行船が飛んでいる。スバルは飛行機は見たことがあっても飛行船は見たことがない。それでも、かなり立派な物なのだろうという想像が付くほどには立派だった。
「あ! アレ見ろ! あのマーク! ハンター協会のマークだぞ!!」
船の横腹を指さして叫ぶ男。そこにはXを二つ並べ、その間に出来るダイヤマークを黒く塗りつぶした会章がでかでかと存在を主張していた。
「アレがハンター協会のマークで、ということはこの飛行船はハンター協会の飛行船。こんな所にわざわざやってくるって事は……、審査委員会か!!」
すると、飛行船の底部がパッカリ空いたと思うと、そこから米粒ほどの人影が落ちてきた。それはだんだんと地面に近づいていき、ようやく顔を認識できるほどに大きくなったと思えばすさまじい音と共に着地する。
出てきたのはお爺さんだった。背中を丸め、口元には豊かな髭を蓄えている。これぞ老人といった風貌、背丈はスバルよりも低い。
彼は立った今かなりの高度から下りてきたと言うのに、何事もないようにスタスタ歩き出すとメンチの方にむかっていく。
「……審査委員長のネテロ会長。ハンター試験の最高責任者よ」
先ほどまで怒りをむき出しにしていたメンチが、打って変わって緊張の面持ちで相対している。かなりの実力者でかなりの偉い人なのは間違いない。
しかし本人は謙遜して、
「責任者と言ってもしょせん裏方。こんな時のトラブル処理係みたいなもんじゃ」
話す口調は極めてのんびりで、威圧感のかけらもない。それがかえって威厳を感じさせる。
「メンチくん。君に一つ問いたいのじゃが」
「は、はい……!」
ピンと背筋を伸ばすメンチ。彼女のこんな緊張した姿は、試験を通して初めて見た。
「未知のものに挑戦する気概を彼らに問うた結果『全員、その態度に問題あり』……つまり、不合格と思ったわけかね?」
ネテロの優しく、しかし芯を付いた質問にメンチは息を吸って、吐き出す。
「いえ。テスト生に料理を軽んじる発言をされてついカッとなり、その際料理の作り方がテスト生全員に知られてしまうトラブルが重なりまして、頭に血が昇っているうちに腹がいっぱいにですね……」
一聞して理路整然のようで、どこか言い訳じみた発言をするメンチ。先ほどまで荒々しい陽キャ女子然とした彼女が、今は父親に叱られるのを怖がる子供のようだ。
ネテロはそんな彼女を見透かし、
「つまり、自分でも審査不十分だとわかっとるわけだな?」
「……はい」
ションボリしたメンチは、ただのギャルお姉さんといった雰囲気だ。思わず可愛いなんてスバルは思ってしまった。
「スイマセン! 料理のこととなると我を忘れるんです。審査員失格ですね。私は審査員を降りますので、試験は無効にして下さい」
腹を決めて素直に謝った。本当に子供のようで、少し毒気を抜かれてしまう。
ネテロは少し思案した後、指を一本立てた。
「審査を続行しようにも、選んだメニューの難度が少々高かったようじゃな。ではこうしよう。審査員は続行して貰うかわり、新しいテストには審査員の君にも実演という形で参加してもらう――というのでいかがかな? その方がテスト生も合否に納得がいきやすいじゃろ」
ネテロの金言に一同反応する。ということは、またチャンスが巡ってくるらしい。しかも、今度はネテロがいて、本人もデモンストレーションを行う試験。すくなくとも寿司審査のように理不尽な不合格を食らうことはあるまい。その代わりスバルのアドバンテージもなくなってしまった訳だが。
255番はそれでもまだ不満そうな顔をしていたが、言葉にはしなかった。
メンチは次の審査の料理を少し考えて、
「そうですね、それじゃ、次の課題は『ゆで卵』で」
ゆで卵、というと、卵をお湯で茹でるあの料理だろうか。そのくらいなら家で作ったこともあるが、工程が単純な分合格不合格を決めるのは難しいような気もする。
「会長。私達をあの山まで連れて行ってくれませんか?」
メンチのお願いに、会長はニヤリと笑って、
「なるほどなるほど。もちろんいいとも」
その言葉に、なんだか少しだけ嫌な予感がしたスバル達は順番に飛行船に乗せられた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
スバル達を乗せた飛行船が降り立ったのは、オーストラリアのエアーズロックに似た、けれどそれよりも大きな山の上だった。
地面に降りたって、まず真っ先に目に入るのは深い深い谷。底は見通せず、薄い霧と蜘蛛の巣のようななにかがかかっている。落ちたらまず間違いなくあの世行き確定。足が竦んでしまって、腹の下から冷える感覚が襲ってくる。
「安心して。下は深ーーい河よ。流れが速いから落ちたら数十キロ先の海までノンストップだけど」
安心できない。
メンチは手際よく靴を脱ぐと、屈伸もそこそこに――、
「それじゃお先に」
その谷の下に飛び込んだ。
「「「えーーーー!!??」」」
衝撃に彼女を追う。まっすぐに下に落ちていった彼女は、 蜘蛛の巣を冷静に掴むと宙ぶらりんになる。
「マフタツ山に生息するクモワシ。その卵をとりに行ったのじゃよ」
クモワシは陸の獣から卵を守るために谷の間に丈夫な糸を張って卵を吊すのだそう。その糸に上手く捕まったメンチは雲梯の容量でスルスル卵の方へ移動すると、卵を一つだけ取って岩壁をよじ登って戻ってきた。
「よっと。この卵でゆで卵を作るのよ」
簡単に言い放つメンチ。しかし、この谷に飛び込んで戻ってくるなど、マトモな神経で出来ることではない。人並み外れた胆力があって出来る芸当だ。
と、思っていたのだが、
「こーゆーのを待ってたんだよね」
「走るのやら民族料理より、よっぽど早くてわかりやすいぜ」
ゴン達はそう息巻くと、さっさと飛び降りて行ってしまった。
飛び降りて行ってしまった。
「え!? もう行っちゃうの!? 俺ってばまだ心の準備が!」
スバルがあっけにとられている間にも、他の受験生は次々谷底めがけてダイブしていく。
こうなればやけくそだ。スバルにもこの試験に合格しなければならない理由が出来たのだ。飛び込むくらい、どうにだってなる、はず。
「ええい、ままよ!!」
腹をくくって飛び降りた。
迫りくる糸、思ったより早い降下。油断していたら手がかからない。
「こなくそっ!」
なんとか気合いで腕を伸ばした。肘の部分に糸が引っかかる。離すまいと手を絡めて、抱きついた。
「――な、なんとかなった……」
卵を取って、今度は崖に。後はひたすら登るのみ。どちらにせよ飛び降りた以上、登らなければ死ぬだけだから、必死に上へ上へと体を動かした。
命からがら崖に這い出た頃には、ゴン達はとっくにゆで卵を完成させていた。
「と、とにかく。これで合格だぁ……」
気合いと根性を見せたスバル。経験値凄いたまって大幅レベルアップを感じながら、自分で茹でたゆで卵は、これまで食べたどのゆで卵よりも美味しかった。
「後はマヨさえあれば完璧だったぜ……」
二次試験、ゆで卵審査、合格者43名。
次回更新は二日です。