午後8時。二次試験を突破したスバル達は、クジラの飛行船に乗って三次試験会場へと向かっていた。
「……俺、異世界に来たんだよな」
未だに非現実感が拭えないというか、半端に近代的な世界観に頭の処理が追いついていないというか。スバルはぼんやりと窓の外を眺めて感慨深く呟く。
飛行船が試験会場に着くのは朝の6時らしい。それまでは、各自自由時間と言われたのでスバルは試験官のメンチと受験生のハゲ頭を探し回っていたのだ。
二次試験、寿司審査で発覚したこの世界にも日本らしき国があると言う事実。その日本について知るために話を聞かなければならないと必死になって二次試験をクリアした。
だが、今はその話を聞きたい相手が見つからないで、途方に暮れていたのだ。
大きいといえど、所詮飛行船の中。少し探せば見つからない広さではないと、そう考えていたのだが。
「なんでどこにもいねぇんだよ。忍者かなんかか??」
一応、異世界だ。忍者の一人や二人いてもおかしくないが、どうなのだろうか。
と、肩を落とすスバルの後ろからレオリオとクラピカがやってきた。
「どうしたスバル。やけに暗いが、三次試験が憂鬱か?」
「いや、まぁそれもあるけどさ。長い一日でもうクタクタだぜ。俺ぶっちゃけこんな運動したの生まれて初めてくらいだぜ。まじ眠い」
「俺もだよ。ったく、ハンター試験は化け物の巣窟だぜ。体がバッキバキだし、明日に障らねぇようさっさと寝るに限るなこりゃ」
首を左右にならして長く伸びるレオリオ。くたびれた様子はかなりおじさんだが――、
「そういや、レオリオって何歳なの? ゴンやクラピカとは結構離れてそうだけどさ。もしかしてアラサー?」
「失礼なこと言うんじゃねぇ! 俺はまだ十代だ!!」
「は!?」
激昂するレオリオの言葉に耳を疑った。
短く剃り整えられた顎髭。くたびれたスーツ、ワイシャツ。小金持ちしかかけないような小さいサングラス。誰が見ても二十代はいっている風貌の彼を十代だと思えという方が無理な話だ。
「ひでぇ、信じてねぇ目だぜ。俺だって傷つくんだぜ」
「ああ、いや、悪いな」
「素直に謝んじゃねぇ!!」
雑談に興じる時間もまたありがたい。共にハンター試験に挑む仲間がいると思うだけで、辛い試験も乗り越えられそうな気がしてくるから不思議だ。
「ともかく、三次試験もこれまで以上に過酷な物になるに違いない。頑張らなくてはな」
「だな。さてスバル、俺達は向こうでしばらく仮眠を取ろうと思ってるんだが、お前はどうする? 一緒にくるか?」
「いや、いいよ。それより、二次試験の試験官と、寿司を知ってたハゲ頭の受験生見てないか? ちょっと話があってさ」
少しでも手がかりが得られないかと訊ねてみる。
レオリオはアゴに手を当てて宙を見つめた。
「あー、いたな。確か、ハンゾーだったか。この船の中でだろぉ? 俺は見てねぇなぁ……。クラピカはどうだ?」
「力になれず残念だが、私もその二人は見ていない。何か重要なことなんだろう。また見かけたら君が探していたと伝えておくよ」
「ありがとう。助かるよ。じゃあ、お休み。良い夢見ろよな」
伝わることのない某有名タレントのギャグで別れを告げた。
再びこの場所に静けさが戻る。
二人の姿が消えた後、二人が向かった方向とは逆の廊下を歩きだした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ヒソカは、好敵手を求めて生きている。
自分を興奮させる殺し愛が出来る相手を求めていた。
ハンター試験を受験したのも、その一環だ。人を殺しても免責になる場合が多い資格を得ることは実は副次的な目的だったりする。
ヒソカはこの試験の受験生事態にはそこまで興味がない。なぜなら、彼を満足させるには受験生達はあまりに非力だからである。だからこそ試験官や、今後自分を脅かす存在になり得る種を探すこそに注力していたのだ。
だが、ヒソカはその中で見つけてしまった。
試験が始まった当初、彼は凡百の羽虫の一匹にすぎなかった。非力で、無才で、なんの力もない。ヒソカをそそらせる要素の欠片も感じさせない存在。
それが、あの長い通路を走りきった途端、ヒソカの評価を一変させる。
あまりに禍々しく、練り上げられた凶悪なオーラ。念なのかすら怪しく、ヒソカですら身震いするほどの邪悪さを潜ませたそれを纏う男。
そんな者が、ただの凡骨であるはずがなかった。
だからこそ、ヌメーレ湿原で彼を狙い撃ちした。濃い霧に乗じて、襲おうとマークをしていた。結果的に見失ってしまったが、最後には対峙することも出来た。
その時の感覚から言えば、ハッキリ言って期待外れだ。
吹けば飛ぶほどにもろい存在。大成する影も見られない、矮小で我儘、裕福な家で生まれた愚かな子供。
しかし、ならばどうしてあれほどのオーラをまとえるというのか。ヒソカには見当もつかない。遠い異国で守護念獣のような存在がいると聞いたこともある。
とりつく相手の死の危機に外敵を迎撃する念獣だとか。
あのオーラの正体が念獣だとしたら、一体どれほどの強さなのだろうか。
想像しただけで、体の内側から激しいうずきが湧き上がり、どうしようもなく興奮させてくれる。
抑えなければ、抑えなければいけない。このうずきはダメなうずきだ。ともすればここまでの苦労が水の泡になってしまう。ゴン、彼はとてもいい素材だった。あと十年もすれば極上の果実になってくれるだろう。それを壊してしまいたくはない。
トランプタワーを作ることで精神を落ち着かせながら、ヒソカはほくそ笑む。果実が実ることと、未知の強敵の真価を引き出すことを夢見て。
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「ねぇ、今年は何人くらい残るかな?」
試験官用に特別に用意されたお肉を食べながら、ブハラがそんなことを言ってきた。
「合格者ってこと? なかなかのツブぞろいだと思うのよね。一度全員落としといてこう言うのもなんだけどさ」
メンチが悪びれもせずに評した。
本当に、どの口が言っているのやらとはサトツの思い。
「でもそれは、これからの試験内容次第じゃない?」
メンチみたいな試験官じゃ一人も残らないだろうし、と冷や汗をかきながら隣で晩餐にありつく彼女を見つめるブハラ。これはお口にあっていたらしく、非常に満足そうな表情である。
「そりゃまそーだけどさーー。試験してて気づかなかった? けっこういいオーラ出してたやついたじゃない。ね、サトツさん」
話を振られた一次試験の試験官は、整った口ひげをゆったり撫でて思い返す。
「オーラ、といえばそうですね。新人がいいですね今年は」
「あ、やっぱりー!?」
明るい表情で同調する。
「あたし254番がいいと思うのよねーー! ハゲだけど」
いつも一言多いメンチであった。
サトツも乗っかって、
「私は断然99番ですな。彼はいい」
「あいつきっとワガママでナマイキよ。絶対B型! 一緒に住めないわ!」
本当にいつも一言多いメンチだった。
「ブハラは?」
後ろで話を黙って聞いていたブハラが、首をひねる。
「そうだね、気になる人、といえば新人の406番と、あとは、新人じゃないけど気になったのが、やっぱ……44番かな」
44番――ヒソカと、406番――スバルだ。
この二人には納得らしく、サトツもメンチも深く頷く。
「44番はさ、ズッと殺気を放ってたよね。抑えきれない感じの殺気だった」
「……実はさ、アタシがピリピリしてたのも実はそのせい。あいつずーーっとあたしにケンカ売ってんだもん」
「私にもそうでしたよ。彼は要注意人物です」
サトツもまたヒソカの殺気には気がついていた。気を抜けばきっと襲いかかってくる。そんな確信すらあったのだ。
ヒソカは試験官の間でも危険人物指定されるほどに危ないようだった。
話題はもう一人の話に移る。
「406番、彼は彼でヤバいオーラ放ってたよね。殺気、とは違うんだけど」
「念にしても、そうとう危ないオーラよね。それを隠すきもなく放っておいてるんだから。アイツも相当ヤバいわよ」
「身のこなしは、素人のそれのように感じたのですがね。試験の途中から明らかに異様なオーラを放っていましたから。まぁ、ハンター試験は結局そんな所でしょう。受験生の中にたまに現れる異端児。今年はそれが二人いる、そういうことです」
沈黙が流れる。コーヒーブレークと共に、サトツがぽつりと呟いた。
「今年は大荒れの予感ですねぇ」
その予感の中心にいるスバルが、異世界人だなんて想像している人間はこの時点でまだ誰もいなかった。
次回は5日更新です