Re:ゼロから始める×××生活   作:舞江鯖鶴

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マラソン×プライド×一次試験

 地下に下りたスバルがまず行ったのは、ゴン達を探すことだった。

 

 先ほどのキツネ目の話が正しければゴン達はここにいるはず。しかし、すぐに見つかるだろうというスバルの思惑は早々に外れてしまった。

 先ほどは三人に群衆の中にいても紛れないオーラを感じたのだが、ここにいる人間は誰もがそう言ったオーラを纏っており、かえってスバルが目立ってしまう始末だ。

 

「すげぇ人だぜ。どいつもコイツも人一人くらい殺してそうな目をしてやがる。はぁ、緊張しすぎて息が詰まりそうだ」

 

 スバルはコミュ障ではあったが、人混みが苦手なわけではない。

 だが、そう言ったモノとは関係無しに免疫のないものが酔ってしまうような気当たりがこの場には蔓延していた。

 ふらふらと足下おぼつかない様子で端の方へと進んでいると、よそ見をしながら歩いていたため何かにぶつかってしまった。

 目をやるとそこには、奇術師のような格好の男が立っている。

 

「あ、すいません。少しよそ見してました」

 

 慌てて謝った。様子を伺っていた周囲の人間から暗く低いどよめきが上がる。

 瞬間、ゾゾゾと背中を嫌な感じが駆け上る。

 目だ。スバルを捉える相手の目が、虚ろで狂気的だったのだ。これまで出会ってきた誰よりも鋭く闇を孕んだ瞳。本能で悟った。この男は危険だ。

 

 男はゆっくりとスバルへ手を伸ばしてくる。

 いや、ゆっくりではなかったのかもしれない。だが、スバルにとっては気が遠くなるほどスローモーションに感じたのだ。

 体が逃げろと悲鳴を上げる。しかしそれとは裏腹に足は微動だにできない。ゆっくりと、ゆるやかに男の手がスバルへと近づいていた。

 逃げろ、逃げたい、逃げなければ、逃げられない、逃げるには、逃げよう、逃げろって。

 つつ、と頬を伝う汗が、落ちた。

 

「ん、気をつけてね♧」

 

 ポンとスバルの肩に手を置くと、踵を返して男は離れていった。

 

 緊張の糸が切れてしまい、その場に力なく座り込む。

 どうやら、怒りを買ったわけではないらしい。肺に溜まっていた空気を深くゆっくり吐き出した。

 乱れた呼吸を整えながら、今ほど生きていることを実感した瞬間はないと真に噛みしめる。群衆の中から男が一人出てきてスバルの横にしゃがみ込んできた。

 

「おい兄ちゃん、よかったな。命拾いだぜ」

 

 やはり、端から見ても相当危険な状況だったようだ。

 男はスバルと同じ目線で奇術師を見た。

 

「あいつは、奇術師ヒソカって野郎だ。去年合格最有力と言われながら、最終試験で試験官を半殺しにして不合格になった、とんでもねぇやつだよ」

 

「試験管を半殺しって、そんな奴でも受験できるのかよ」

 

「それがハンター試験さ。その年の試験管が合格と言えば、鬼でも悪魔でも合格出来ちまうんだよ。ほら、そこみてみろよ」

 

 そういって男が指さした先の壁には、なんと人間が半身めり込んだ状態で気絶していた。

 

「はぁ!? な、なんだよアレ!」

 

「ヒソカにさっきぶつかった男さ。そのまま突っかかったと思ったらあのザマだぜ。ありゃあ、もう試験は無理だろうな」

 

 男は静かな表情で壁を見つめる。

 つまり、先ほどのスバルもすぐに謝らなければあの男の二の舞になっていたということか。間一髪を生き延びた事を察して、再び悪寒がぶり返してきた。

 

「気をつけるんだな。何も試験は試験官だけが敵じゃないってね。あいつには近づかない方がいいよ」

 

「あぁ、身に染みてわかったよ。ありがとな。アンタ、名前」

 

 そう訊ねようとした瞬間、けたたましいアラームが鳴り響いて、あまりのうるささに思わず耳を塞いだ。

 音の方向へ顔を向けると、髭を西洋貴族のようにカールさせたスーツ姿の紳士が配管の上に座ってスバル達を見下ろしていた。

 試験官だと、不思議なことにわかった。

 

「ただいまを持って受付時間を終了とさせて頂きます」

 

 やけに落ち着いた声でそう告げた紳士は、配管から下りるとぐるりと周囲を伺って、

 

「では、これよりハンター試験を開始いたします」

 

 その言葉は、場にいる全員の緊張感を高めた。

 ついに始まるのだと、へっぴり腰を正して構えるスバル。構えたのはスバルだけではない。ここにいる全員が、少なからず身構えたのだ。

 変な空気に包まれる。

 紳士は群衆を縫ってスバル達が入ってきた扉とは反対方向に歩き出した。

 

「さて、一応確認いたしますがハンター試験は大変厳しいものであり、運が悪かったり実力が乏しかったりすると、怪我をしたり死んだりします。それでも構わないという方のみ着いてきて下さい」

 

 なんて恐ろしい忠告だろう、と思う。同時にそれが決して大げさでもなければ、変な冗談でもないと言うこともわかった。

 先ほどのヒソカだけではない。この先で待ち受けること全てが、スバルにとって前代未聞で、辛く苦しいことなのかもしれないと。

 

 その試験に挑むには、スバルはまだ心づもりが出来ていなかった。

 躊躇は行動として表れる。尻込みするスバルを横目に、参加者達は次々と紳士の後を着いて歩き出したのだ。

 

「おいおい、誰もリタイアしないってか。どんな覚悟してるんだよ」

 

 逃げ出すなら今のうちだ。スバルはたまたまここに来られただけで、路地で権利をくれた男のためにトンパを殴る必要もなければ、この試験に参加する目的も乏しい。

 だが、スバルは勘違いをしていた。異世界召喚というシチュエーションだけで、自分に何でも出来る主人公補正が働いているのだという全くお門違いの思い込みがあったのだ。

 

「毒食わば、皿までってな。よっしゃ、やってやるぜ」

 

 一念発起して立ち上がる。最後尾について試験の参加を決めたのだ。

 誰一人としてその場に留まらなかったのを確認して、先頭に立つ紳士は表情一つ変えない。

 

「承知しました。第一次試験参加者四百五名ですね」

 

 今年は何人死ぬんだろうな。

 その誰かの呟きが、スバルの耳の中に妙に響いていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 歩き始めて数分、目的地が見えず一体一次試験とやらはどこで行われるのか誰もが気にしていると、変化はすぐに出た。

 

「……? なんだ、前の方が急ぎだしたな」

 

 周囲の歩幅が広がり、だんだんと歩くペースも上がっていたのだ。どんどん集団のペースは加速する。そしてあっという間に、歩くというよりも走ると言った方が正しい早さになってしまった。

 

「なんだよ、やけに速いじゃないの!? 一次試験の前に変に疲れちまうじゃねぇか。いやいや、むしろライバル達の体力が少しでも削れてくれると思えば、ラッキーなのかも……?」

 

「申し遅れましたが」

 

 スバルが適当な独り言を話していると、先頭の紳士が口を開く。

 注視してみれば、なんと彼は速歩の挙動をしているではないか。

 

「に、人間じゃねぇ……」

 

「私、一次試験担当のサトツと申します。これより皆様を、二次試験会場へとお連れいたします」

 

 涼しい顔でぐんぐんと先を急ぐ試験官――サトツ。

 と、気になることを言った。『二次試験会場にお連れします』と言うことはつまり……?

 

「すでにお気づきの方もおありでしょう。二次試験会場まで着いてくること。これが一次試験でございます」

 

 どうやら察したとおり試験官の後ろを着いて走ることが一次試験であっていたようだ。

 妙な試験だなと感じる。

 スバルにとって受けた試験の経験は、せいぜい進学のためのペーパーテストだけだ。体力テスト、というわけなのだろうが。

 

 額面通り受け取れば、これは持久力を試す試験ということになる。しまった、先ほどの軽口はスバルの体力を無駄に削ることになっていた。

 ふと、キツネ目の言っていたことを思い出す。ハンター試験は世界一難しい試験だと。となれば、このマラソンもきっと生半なものではないはずだ。三キロや五キロといった市民マラソンと同レベルでは、お笑い草だ。

 

「すると十や二十は見ておいた方がいいな。だが、俺もまた鍛えてるからな、半端な距離じゃ音は上げねぇぜ」

 

 黙々と走る一同の最後尾につけながら、スバルはそんなことを思い走り出した。

 

 しかし、スバルの目算はやはり甘かったのだと思い知らされる。

 走り始めて、なんと三時間が経過していた。

 

「ぜひゅー……、ぜぇ、ぜぇ、ひゅー……」

 

 一体、どのくらいの距離を進んだのだろうか。少なくとも二十キロなどはとうの昔に通過していた。

 なけなしの気合いでやっとこさ後ろを着いて行ってはいるものの、もう足は上がらず、見えている背中もみるみる内に遠くなっている。

 足は糸が絡まったように自由に動かない。地面に張り付いて剥がれないのだ。

 

 舐めていた。ハンター試験も、ここに集まる参加者達も。もはや自分に秘められたチートに期待する心の余裕すらなくなっている。

 スバルは、むしろ褒めたかった。たかだか異世界に召喚されただけのただの一般人がここまで精鋭達に食らいついて走り続けたこと。

 最近、こんなに頑張った思い出があったろうか。

 

 泥にまみれたような体は、そしてついに動きを止めてしまった。

 地面に両膝をついて、倒れ込む。肺が潰れそうだ。吸っても吸っても取り込む酸素が足りない。空気が喉を勢いよく通って痛い。頭はガンガン締め付けて、何ももう考えられなかった。

 

 止まってしまった。立ち上がらなければと思う。

 だが、地面に落ちる足が、浅い呼吸を繰り返す肺が、揺れる視界が、それは叶わないことをスバルに無情にも告げていた。

 

(落ち着け、俺。こういうときは焦っちゃだめだ。まずはゆっくりと息を整える。それから。……スーッ、オーケー、大丈夫だ。整えろ、整えろ。先頭集団もスピード自体は着いていけるんだ。取り戻せる、大丈夫)

 

 何分経っただろうか。

 スバルは再び前へと進み始めた。

 

 さっきまでのように軽快な足取り、と言うわけでは決してなかったが、一歩ずつ確かに歩みを進めた。

 どのくらい離されたのか、一次試験はまだ続いているのか、スバルにはわからない。

 けれど進んだ。それは自分自身を追い込むように。スバル自信も自分にまだこんなにも根性があったのかと驚きを隠せない様子だった。

 

 進んで、進んで、進み続けた先にふと足を止める。

 

「これは……、どっちだ」

 

 現れたのは二叉に別れた分岐路だった。進行方向を右と左に別れている。

 

「ったく、しまったな。分岐点かよ。セーブポイントだろこれは。もしもし運営さん? 上書き保存できないんですかー?」

 

 しょうもない軽口を叩いている場合ではない。おそらく、道を間違えれば先頭集団に追いつくことはもう二度と出来ない。重要な場面だ。

 

 ペロリと指先を舐めて、頭上に掲げる。子供の頃洞窟に入っては良くやった手だ。空気が流れる方向がわかるのだ。

 だが、

 

「どっちもわかんねぇぞ。もしかしてこの先当分地下か?」

 

 仕方ないので、山勘にでも賭けようかと思ったその時、ふと右の通路から漂う香りに気づいた。

 それは甘く、魅力的な香りだった。抗いがたい魔力を秘めていた。

 

「これは、右に行くっきゃねぇな」

 

 そう決めて、右へと足を向ける。

 右の通路も、初めは今までと同じ様子だったが、奥へ進むにつれてだんだんと匂いが濃く強くなっていった。

 所々に植物のツタのようなモノも見える。

 

「もしかして、こっち間違いだったのか? いや、俺の野生の勘がこちらの道で正しいと――」

 

『おはよう、菜月くん』

 

 聞こえてきた声に耳を疑った。

 

『今日は学校来るの早いんだね、ビックリしちゃった』

 

 その声に聞き覚えなんてなかったけれど、その言葉はスバルの脳裏にしっかりと染みついている。

 速まっていく動悸、高まる不安。

 ふと顔を上げると、そこにはなぜか鏡があって、そこに写っていたのはただの惨めな高校生だった。




次回更新は十八日です。
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