Re:ゼロから始める×××生活   作:舞江鯖鶴

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トラウマ×爆発×ド根性

 スバルが引きこもったことに大した理由も、ドラマもなかった。

 ただ当たり前に失敗して、ありふれた様で閉じこもっただけ。

 しかしだからといって、それがスバルのトラウマがまったくちっぽけなことだという意味にはならない。

 

『あ、――おはよー。えー、マジヤバいじゃん』

 

 クラスメイトだったかすら、今はあやふやな影達。それでも鋭敏に感じ取ってしまう。クラスの中に漂う疎外感と孤独。

 居心地の悪さ、視線、全てが圧となって、重くスバルにのし掛かってくる。

 

『――――。――、――』

 

『――、――――――』

 

 話し声が近いようで致命的に遠い。それなのに耳元でハッキリ聞こえてくるこれは、では一体何なのか。

 何も考えなくても良いように机に突っ伏した。眠たくなんかない。どうしようもなく退屈なのだ。だがしかし、手持ち無沙汰というわけでもない。何も出来ず、何もやることがなく、何もしていないと落ち着かず、仕方なく「僕は寝ていますから話しかけないでね」というポーズをとっているにすぎない。

 

 気がつけば教室には人が溢れていた。

 視線が気になる。きっと、誰も自分なんて見ていないと確信しながら、それでも心のどこかで誰かの視線を感じてしまって、それが悪意あるものなのではないかと怯える。

 いや、そこに悪意などあろうはずもない。無関心と不干渉。誰も自分を気にしていない。それでいい。それが良い。だって――

 

『菜月、おはよ!』

 

 誰かが声をかけてきた。

 知らない誰かだ。

 

『おいおい、寝たふりしてるのはわかってるんだぜ。なにやってんだよ、もう授業だぞ』

 

 薄く目を開けて顔を伺う。

 知らない。こんな奴は知らない。知らないから返事が出来ない。だって、友だちじゃないのだから。

 

『おい皆見てくれよ! こいつズッと寝たふりしてる気だぜ!』

 

 違うと否定する。スバルは本当に寝ているのだ。今は眠りが浅いだけで、本当の本当に眠いのだ。

 この後の授業の為に、体力を温存しなければならない。遊んでいる時間はない。だから、

 

『これで寝たふり出来てるつもりなんだ』

 

『っていうか、いっつもこうしてるよね。誰か話す人いないの?』

 

『さぁ、見たことないね』

 

『いっつもすかした態度で窓の外見てるよね。カッコつけてるんだよ』

 

『正直キモいわ』

 

『あいつ、――の事好きらしいぜ』

 

『マジ止めて。キモい』

 

『なんで学校来てるんだろな』

 

『来なくて良いのに』

 

 そうだ。どうして学校にいるのだ。

 スバルはとうに引きこもっていたはずなのに。

 こんな所に来て、何か出来るとでも思い上がったのだろうか。自分の無力を、矮小さを忘れたわけではあるまいて。それなのになぜ、こんなところに――。

 

「起きろ!!」

 

 声がした瞬間、スバルの体は地面に叩きつけられた。

 背中を激しく打つ、遅れて頬に痛みが走る。

 苦痛に顔を歪めて、恐る恐る目を開けるとそこにはクラスメイトはいなかった。

 

 あったのは、ただ暗く、広い通路。甘い香りに、数人の人影。

 だんだんと意識がハッキリしてきて、スバルは思い出す。

 

「そうだ……。俺は確か、ハンター試験に」

 

「起きたか。意識はハッキリしているようだな」

 

 スバルの正面に立つ民族衣装を着た少年が、真剣な面持ちで見下ろしていた。

 彼には見覚えがあった。そうだ、ゴン達と一緒に路地裏に助けに来てくれた確か……。

 

 そう思考を巡らせていると、後ろにいる二人も顔を出す。

 

「あれ? お前は確か……」

 

「路地裏の人だ! なんでここに!?」

 

 こちらも見覚えがある。というか、件のレオリオとゴンだった。あと一人、猫目の少年こそわからなかったが、この三人は見まがうはずもない、路地裏でスバルを助けてくれた張本人だ。

 

「どうして、ゴンがここに……。というか、さっきの奴らは」

 

「幻覚だよ」

 

 猫目の少年が間髪入れずに言葉を挟む。

 

「惑わし杉って言ってね。昔から暗殺者の間で使われてる幻覚を見せる木なのさ。お兄さんはその樹液を嗅いで幻覚を見てたってわけ」

 

 鬱陶しそうに樹液を睨みつけて説明してくれた。

 という事は、先ほどまでのクラスメイトはスバルが見た幻覚だったと。随分嫌な思い出をピンポイントに見せてくる木だ。暗殺者が好んで使う理由が、スバルにはわかった気がした。

 

「って、それならお前らは大丈夫だったのかよ」

 

「私とそちらのスーツも幻覚を見ていた」

 

「俺は平気だったよ」

 

 民族衣装がレオリオを指で示す。

 ゴンは平気だったというが、なんとなくそれっぽいなと顔を見て思ってしまった。

 

 どうやらスバルは再びこの三人に助けられてしまったらしい。

 

「無駄話も良いけどさ、急がないと置いてかれるぜ」

 

 ハッと気がつく。そうだった。今はハンター試験の途中で、先頭集団からスバルは大分離されていたのだ。

 ゆっくりと三人にありがとうを伝えたかったが、グッとこらえる。今は先を急がなければならない。

 

「どうするんだよ。もう結構先に行かれちゃってるだろ」

 

「それなんだがな。ちょっと音と熱風がキツいかもしれない。君もこらえろよ」

 

 言うや否や、民族衣装の少年はなにかに火をつけると壁に向かって思いっきり投げつけた。

 このアイテム、スバルは見覚えこそなかったが心当たりがあった。

 

 古くはアルフレッドノーベルがニトログリセリンに改良を施して土木作業の為に使われたという兵器。

 世界大戦時は多くの人の命を奪ってきた、悪魔の道具。

 そうつまり――、

 

「爆弾?」

 

 考える間もなく、スバル達の姿は閃光に消えた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 場所は変わり先頭集団。

 小太りの男がのろのろと走る他の受験生を押しのけて前へと進んでいく。

 するとそこに、お揃いの帽子を被った二人の男が絡んできた。

 

「へっ、新人潰しのトンパさんよ。またやってきたのか」

 

 からかいも含まれた言葉に小太りの男――トンパは口の端をつり上げる。

 

「まぁな、こればっかりは止められなくてね」

 

「おぉ、怖い怖い」

 

 ケケケと笑って離れてく二人。

 それを見送ることなく、トンパはただジッとゴン達のことを考えていた。

 

 今年は思えば随分とクセのある新人が揃っていた。

 忍者姿のハンゾーは何人か「やってる」やつの目をしていたし、ゴンとかいう子供も並外れた野生の勘で下剤入りジュースを避けた。

 結局ジュースを飲んだのは会場に入る前に出会ったパンナビとかいうローブの男と、猫目のガキの二人だけ。しかし結局どちらも会場に現れた上、猫目のガキは逆にトンパを脅してくる始末。

 だがしかし、ローブは勝手に自滅し、ゴン達も惑わし杉のある道へ向かわせられた。

 トンパはほくそ笑む。奴らが潰れた時の表情を直接拝むことこそ出来なかったものの、今年もまた生意気なルーキーを潰すことに成功したのだから。

 

 と、その時。低い地鳴りに似た音とわずかだが確かな揺れがトンパ達の足を止めた。

 

「なんだ? 地震か?」

 

 たまったものではないと思う。

 ハンター試験に使われる建物がそう簡単に壊れるとは思わないが、地下で地震を受けることがどんなに怖いことか。

 他の受験生もまた同じ思いだったようで、皆しきりに周囲を見回しては揺れが収まるのを待っていた。

 

 勘弁してほしい。今は新人を潰せた余韻に浸らせて欲しいのに。

 すると――、

 

「「「「「わぁーー!!!!」」」」」

 

 けたたましい音が響いて、後方の壁が勢いよく破壊された。

 爆風と熱がトンパの体に勢いよく突き刺さる。

 

 視界が曇り、全員が突如現れた侵入者に身構えた。

 そして、

 

「ててて……乱暴すぎるだろ……」

 

「だがこれで、先頭集団に追いつけた」

 

 ホコリを払いながら立ち上がる彼らに、トンパは度肝を抜かれる。

 それは先ほど自分がこの手で惑わしの杉のある道へ送り込んだゴン達だったのだ。

 

「一体何事ですか」

 

「え、へへへ。ごめんなさい。壁壊しちゃった」

 

 表情を変えずに溜め息をついたサトツに、ゴンが頭を掻きながら謝る。

 つまり、彼らは壁を壊して右の道から左の道へと突っ切ってきたと言うわけだ。

 発想もさることながら、その行動力にはその場にいた誰もが舌を巻く。

 

 明らかに不測の事態。にもかかわらず、サトツはケロッとした顔で、

 

「壊してはいけないとは、一言も言っていませんよ」

 

「そ、そんな……」

 

 思わず呟いてしまった。声に反応したレオリオがトンパを見つけ、勢いよく駆け寄ってくる。

 逃げる間もなく胸ぐらを捕まれてしまった。

 

「てめぇだけは許さねぇ!」

 

 鬼の形相で睨みつけられて怯んでしまう。今年のルーキーは一体どうなっているんだ。

 今にも殴りかからんとするレオリオを止めたのは、なんと意外にも同じくトンパに罠にかけられたゴンだった。

 

「止めなよレオリオ」

 

「うるせぇ、ゴンは頭にこねぇのかよ!!」

 

「テストに障害はつきものだ」

 

 民族衣装の男――クラピカもゴンに加勢する。二対一で押し切られて、レオリオは渋々トンパを離してやった。

 誰かが呟いた「こりゃ、今年も荒れるな」という言葉が、やけに響いていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

「ゴン、キルアに、クラピカ、レオリオか。さっきはサンキューな。俺ってばマジ感激すぎてシゲキックスだぜ」

 

「シゲキックス、と言うのがなにかはわからないが、お礼を言っているのならばどういたしましてと言っておこう」

 

 再び走り出した一同。スバルはクラピカとレオリオと一緒に必死で前に進んでいる。

 

 一団は長い長い直線から、今度は先の見えない上り階段へと移動したところだった。

 戦闘を行くサトツは表情一つ変えずに、けれど二段飛ばしで上へ登っている。いったいどうなっているのだろうと、スバルは首を傾げた。ちなみに、ゴンとキルアはサトツの後ろにピッタリとくっついている。彼らもまたすさまじいお子様である。

 

「それにしても、まさかアンタもハンター試験の受験者だったとはな」

 

 意外そうなレオリオ。

 当たり前だ、路地裏でチンピラに追いかけ回されるような奴を見てハンター試験の受験者だと思う方が無理がある。

 普段なら適当なジョークでもって返すところだが、何分全力疾走で疲れているスバルには冗談に使う為の頭の容量は残っていなかった。

 

「ちょっと事情があってな。急遽俺も参加することにしたんだ。あぁ、自己紹介がまだだったな。俺の名前は菜月スバル天衣無縫の一文無しにして、ハンター試験のダークホース!」

 

「自分でダークホースって言うもんじゃねぇよ。スバルか、よろしくな」

 

 ややペースが上がってきた。

 サトツから声がかかる。

 

「ラストスパートです。ペースを上げますよ」

 

 参加者から不満の声が漏れるも、構わずにぐんぐんスピードが上がっていった。

 もちろん、スバルにとってこの集団に着いていくことは容易ではない。

 だが、

 

「うおおおおおお!! ハンター試験がなんぼのもんじゃい! こちとら家で両親からのプレッシャーもはね除けて引きこもってる天性の男だぜ! ど根性だぁあああ!!!!」

 

 ラストスパートと声がかかれば、自分のありったけを振り絞れた。

 足は重い、行きも辛い。けれどさっきよりは動きやすい。

 そうして走っていると頭上に光が見える。

 

「外だ!」

 

 こうしてスバル達は走った。走って、走り続けた。

 

 出口から体を転がり出す。呼吸が荒く、けれどどこか心地良い。

 スバルは走りきったのだった。ハンター志望の猛者達に紛れて、長い長い距離を走りきったのだ。

 

 目の前に広がるのは途方もないほどの湿地だった。ツンとした草いきれが鼻につく。小さな虫が周囲を飛び回っていて、気持ちが良いとは言えない景色だ。

 けれどそこは日本で見たことがないほど野生で溢れており、スバルの目を奪うには十分過ぎるほど迫力があった。

 

「ヌメーレ湿原。通称詐欺師のねぐら。二次試験会場へはここを通っていかなければなりません」

 

 サトツの落ち着いた声がする。

 スバルの呼吸はまだ整わない。

 

「この湿原にしかいない珍奇な動物たち。その多くが人間を欺いて食料にしようとする、狡猾で貪欲な生き物です」

 

 重々しい機械音に振り返ると、たった今スバル達が出てきた出口がゆっくりと閉じられていくところだった。

 あとわずかで体力の尽きた者が恨めしそうにこちらを見る。

 後戻りは出来ないらしい。

 

「十分注意して着いてきて下さい。騙されると死にますよ」

 

 恐ろしい注意文句が、再びスバルを不安へと突き落とした。




次回は20日更新です。
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