Re:ゼロから始める×××生活   作:舞江鯖鶴

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奇術師×トランプ×詐欺師の罠

 サトツの先導で、スバル達は再び走り出す。

 湿地独特の足場の悪さはあったものの、概ね地下道と変わらない。多くの参加者が始めそう考えていた。だが――、

 

「不味いな。霧が濃くなってきている。このままでは前とはぐれてしまいかねないぞ」

 

 クラピカの懸念はまさしく正しかった。

 一定のペースで前の集団を追うが、背中に霧がかかりだんだんと見えにくくなってきていた。

 

 足下がタダでさえおぼつかないというのに、視界まで遮られてしまっては走ることさえままならない。

 ペースを上げたいのはやまやまだったが、スバルは今の早さを維持することで目一杯で加速など絶対に不可能。ならば、前の背中を見失ってたまるかと、目をこらして走るのだった。

 

 その時、先頭付近を走るゴンから声が飛んできた。

 

「クラピカ! レオリオ! キルアが前に来た方がいいってさ!」

 

「どあほ~、行けるならとっくに行っとるわい」

 

 レオリオがぜえぜえ息を漏らしながら答える。そこには緊張感のかけらも見られない。

 どうやら体力の限界なのは自分だけではないようで、スバルは内心ホッと胸をなで下ろす。

 

「やっぱ、前からはぐれないためにも、前に行った方が良き目ってことだよな」

 

「それもあるが、何よりもあの男の近くを走っている方がまずい」

 

 付け加えたクラピカ。

 あの男、とは言うまでもなくヒソカのことだ。スバル達から少し離れたところを、汗一つかかずに走っている。不気味に微笑む彼からは、言い尽くせぬ居心地の悪さが漂っている。

 

「今にもPKしそうな面してやがるぜ。俺はまだ死にたくねぇ!」

 

「冗談、と言い切れないのが奴の怖いところだ。出来るだけ離れるしかあるまい」

 

 クラピカもまた、レオリオやスバルと違って余裕のある表情だった。

 それなのにスバル達と併走しているのは、ヒソカに襲われたときの盾にでもするつもりではないだろうかと邪推する。

 と、前を行くレオリオが進路を変える。

 

「わっと、危ねぇな。急にどうしたんだよ」

 

「見ろ。前を走っていたやつらだ」

 

 指が示す先にいたのは目を回して倒れている受験生だ。

 皆一様に顔を青く染め上げ、中には泡を吹いている者もいる。明らかに異常事態。

 

「とんでもデバフ盛られてやがる……。回復のポーション使う? 俺、持ってないけど」

 

「おそらく、この付近に生息している生物にやられたのだろう。私達も気をつけて進もう」

 

「そういえば、さっきから悲鳴があちこちで聞こえてくるが。もしかして、他にもやられてる奴らが出てるってことなのか」

 

 詐欺師たちのねぐら。一歩間違えば命を落としかねない世界。

 今この瞬間も起きている命の奪い合いに背筋が凍る。

 

「お、おい。前の奴らに置いてかれちまうぞ。騙されて喰われる前に、一刻も早くこんな物騒なとこ抜けちまおうぜ」

 

「待て!」

 

 前にいる集団にくっついて先を急ごうとするスバルの肩が、クラピカによって強く掴まれた。

 瞬間、前を走っていた受験生が宙へ浮いた。

 いや、浮いたのではない。喰われたのだ。周囲に完全に溶け込んだ見たこともない巨大生物が、一口で受験生を丸呑みにしてしまった。どうやら先頭集団と思っていた影はその生物の擬態だったのだ。

 一歩間違えれば自分が食べられていた事実に、スバルの足が止まった。

 

「おいおいおいおい、どうなってんだこりゃ」

 

 レオリオも驚きで後ずさっている。気がつけば先ほどまでスバル達の後ろを走っていた集団がまるごとごっそりいなくなっていた。

 

「どうやら、後ろを走っていた連中はそっくりそのままはぐれてしまったようだな」

 

 はぐれないように先を急ぎたい気持ちと、がむしゃらに急ぎすぎるとかえって危険という不安がジレンマとなってスバルから俊敏さを奪っていった。

 そしてそれは致命的な遅れに繋がる。

 

 スバルの足を、何かが掠めた。一瞬の痛みに顔を歪め、その掠めたところをみると、自分の着古したジャージがぱっくりと割れていて、そこから血が出ている。

 

「痛ぇ!!」

 

 声を上げたのはレオリオだった。

 その叫びで、スバルも我に返る。自分の足が何物かの攻撃によって切られたのだ。思い出したように痛みが傷口付近に広がっていった。

 

 何物かの攻撃、とはいうもののその場にいる全員が攻撃を仕掛けた人間が誰かわかっていた。

 おかしな服に可愛らしい星としずくのマークを両頬に描いた白塗りメーク。不気味な色を携えた細い眼差し。奇術師ヒソカだ。

 

 レオリオの肩にささったそれはトランプだった。

 スバルの知る限り、トランプは普通紙で出来ていて、間違っても何かを切断したり、まして何かに突き刺さることなどありえない。

 とどのつまり、それはスバルのあずかり知らない素材で出来たカードか、もしくは得体の知れない力が込められたカードか。

 

「どっちにしろ……、やばい状況なのは間違いないな」

 

 ジワジワと芯まで届く痛みは、熱感を持ってスバルを蝕む。

 一歩動かそうとすると刺すような痛みが足を走って、立っていることすらままならない。しかし目の前の相手は背を向けられるような隙を与えてくれそうにはなかった。

 

「なにしやがんだてめぇ!!」

 

 レオリオが口汚く叫ぶ。

 それに眉一つ動かさない奇術師は、トランプを手で弄びながらゆっくりと近づいて笑う。

 

「試験官ごっこ♡ 審査委員会の仕事を手伝ってあげようかなと思ってね♤ ボクが判定してあげるよ、君たちがハンターに相応しいかどうか♧」

 

 その結果が攻撃とは、なんと荒々しいことだろうか。

 しかし容赦のないプレッシャーで萎縮したスバルは、ただ彼を睨みつけることしか出来なかった。

 

 すると一人の受験生が進み出てヒソカを嘲る。

 

「判定!? 笑わせるなよこの阿呆が。この霧では一度見失ったら最後、怪物たちに喰われるしかない。つまり、お前も俺達と同じ不合格者なんだyl?」

 

 喉を切られて、言葉途中に男は倒れ死ぬ。

 ヒソカは心外とでも言いたげに頬を膨らませる。

 

「失礼だな♤ 君と一緒にするなよ♧」

 

 そして地面に伏した男を見下ろすと、

 

「冥土の土産に教えて上げるよ♡ 奇術師に、不可能はないの♢」

 

 そのまま、男は息絶えてしまった。

 殺された。今目の前で殺された。呆気なく殺された。スバルよりもずっと頑丈で、スバルよりもずっと屈強な男が、一瞬で殺されたのだ。

 

「ふざけるな!!」

 

 気がつけば、他にいた受験生がヒソカをグルリと囲い込み各々の武器を構えて目の前のふざけた男に対峙しているではないか。

 

「お前にハンターになるしかくなどない! いまここで死ね!!」

 

「無理なのに♤」

 

 ヒソカの呟きも聞こえなかったようだ。

 そこからは一瞬の出来事だった。

 トランプを一枚だけ手にしたヒソカが襲いかかる受験生の波の中で的確に素早く無駄のない動作で次々と攻撃を繰り出し、避け、あっという間に全員を倒してしまった。

 

「君たちまとめてこれ一枚で十分だったね♢ もちろん全員不合格♡」

 

 あっけなさ過ぎる。

 あまりにも現実離れしすぎた光景に動けない。息も出来ない。

 

 くるりと体を反転させてヒソカはスバルたちを眺めた。

 

「残るは君たち三人だけだね♧ 誰からやるのかな♡」

 

 そう言って、一歩、また一歩と距離を縮めてきた。

 想像以上のプレッシャー。あの時、ぶつかってしまった場面よりもよっぽど怖かった。

 

「レオリオ、スバル。私が合図をしたら一斉に走るぞ」

 

 クラピカがそう言った。

 

「どんな殺し屋でも、人を殺すときは必ず一瞬の躊躇が現れるもんなんだ。だが、あいつにはそれがない。今の我々が三人束になっても勝ち目はないだろう」

 

 クラピカですらも、そう悟ってしまうほどの実力差。

 天地がひっくり返ってもスバルが敵う道理はない。飲むしかない。

 レオリオも悔しげに納得した。

 けれど――、

 

 足が動かない。

 

 キズのためだけではない。恐怖が、スバルの体から自由を奪っていたのだ。

 

「今だ!」

 

 準備の整わぬうちに、クラピカとレオリオが明後日の方向に走り出す。

 

「いいね♢ 良い判断だよ♤」

 

 完全に出遅れたスバル。

 慌てて後を追おうとして、足が絡まり転んでしまった。

 

「ほとんど言うことはないよ、実力差をわきまえた良い考えだ♢ 残念なのは君たちの一人がこんなにも情けなく地面に転がってしまうような弱虫だったということかな♤」

 

 逃げなければ、殺される。

 慌てれば慌てるほど、上手に立つことが出来ない。

 

 土まみれになりながらも、這い這いで懸命に少しでも遠くに。

 

「それじゃあ、バイバイ♡」

 

 遠くに行こうとする指が、切られた。

 喉が切られた。足が切られた。腕が切られた。頭が切られた。

 痛い。けれどそれは一瞬で。

 あれ、でも、ならば。

 この熱は。

 匂いは。

 

 こうして、ろくに痛みを感じることもないままで、ただ途方もない恐怖の中に落とされながら、実に簡単にスバルは息を引き取った。




次回は21日更新です
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