そも物語がハードすぎて全然先に進まない……
さっさとヨークシンまで行きたい……
スバルくんに念覚えて欲しい……
「――十分注意して着いてきて下さい。騙されると死にますよ」
「は――?」
試験官の恐ろしい注意文句に、スバルは思わず間の抜けた反応を出してしまう。
その様子に、隣に立つ民族衣装の少年が横目で、
「どうしたスバル」
「いや――」
「……そうか、まぁ、無理もない。ここからは気を引き締めて走らなければ、ここの獣たちに喰われて死ぬだけだからな」
彼――クラピカの言ったことと、彼の端正な顔を交互に見比べていると、
「なんだ? 私の顔に何か付いていたか?」
「え、別に……」
「気を抜くなよ。少し嫌な予感がするからな」
素っ気なく話を打ち切られて、大人しく押し黙る。
スバルはあたりを見回しながら、
「え? え? ――どゆこと?」
疑問と当惑に、誰へ向けたものでもない問いを吐き出すのが精いっぱいだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
地下道の出口だったそこは少し疲れ顔の受験生で埋まっており、その視線の先に広がる湿原には野生の凶暴生物の気配が辺り一面に漂っている。
雲がかかって薄暗くはあるが、まだ日差しの高い時間だ。気温は少しだけ肌寒いが、隣に立つスーツの男――否、先ほどまで着ていたスーツを脱ぎ捨てているレオリオを見ると「寒くないのか」という感想がぼんやりと脳裏をかすめる。
かすめるのだが、
「そんなしょうもない感想かましてる場合じゃねぇぞ。えっと、なんだ!?」
頭を抱えて腰をツイスト。その場で渾身の苦悩のポーズを披露するスバルに、周囲から視線が集中する。
この状況には覚えがあった。というか、ほんの数時間前に体験している場面だ。
「そう、数時間前……の、はずなんだが」
言いながら周囲を見回し、少なくとも遠くが見通せる景色にスバルは首を傾げる。
遠くが見通せる、のだ。少なくとも、スバルの認識ではさっきまで周囲は濃い霧に囲まれていたはずなのに。
この感覚もスバルにとっては初めてではない。
異世界――この世界に連れ込まれたときも、彼は環境の激変を体感している。それだけに衝撃は最初ほどではないのだが、明確にそのときとは違う条件がある。
「傷……ねぇな」
ジャージの裾をまくって、自信の足を確認しての呟きだ。
ヒソカのトランプを模した凶器に切り裂かれ、ろくに立てないほどのダメージを負っていたはずの傷跡がそこには存在しない。当然、縫った跡もなければ服に血が付いている形跡もない。
それどころか、愛用のジャージにすら切られた跡は見当たらなかった。
全力疾走による体力消耗はあるが、怪我などはない万全の状態。
――頭がおかしくなりそうだった。
「異世界召喚ってだけで俺のキャパ超えてんのに、どうすんだよ、この状態……」
先ほどヒソカとの戦闘でスバルが負った傷は明らかに致命傷。意識が落ちた瞬間に確実に死を感じたほどのものだ。
あれほどの傷が跡形もなく消えるなど、魔法でもなければ信じることが出来ない。ここは異世界なのだから魔法があっても不思議でないが、まだスバルはそれを目の当たりにはしていない。
「もし本当にそんなスーパー凄い回復魔法があるなら、命の価値がだいぶ薄れるが……いや、それ以前に誰が? いつ? どうやって?」
記憶の混濁が多少見られるのを意識して、スバルは意識を失う寸前のことを懸命に思い出す。
そう、トランプによって切り裂かれて殺されかけたのだ。
試験の途中で試験官ごっことやらをするヒソカに遭遇して、大量の死体の山を作り上げたふざけた奇術師にスバル自身も襲われた。そして死に瀕する状況下で――。
「生き延びたのか……?」
そうとしか考えられないが、しかしだとすれば奇妙な点がある。
今目の前には沢山の受験生と、試験官のサトツがいた。明らかに、この景色には見覚えがあった。
一次試験後半、ヌメーレ湿原へと出発する直前なのだ。
スバルの頭をフラッシュバックするのは、この湿原に住む獣に騙されて捕食され、あるいは死んだ受験生たちの姿。サトツの言う油断すると死ぬという言葉がハッタリでも脅しでもないという証左。
あの光景は、なんだったのか。
自分の周りにはその時に死んでいた人間とおぼしき者もピンピンした様子で集団が発進するのを待っている。
自分が回復魔法によって何者かに蘇生させられたという考えが正しいのならば、彼らもまた救い出されていてもおかしくはない。
だが、だとすればクラピカとレオリオはどうして同じ地点にいるのか。彼らは殺されたわけではない。スバル達と一緒の地点にいるというのは――。
「ああもう、わけわかんねぇ。頭こんがらがってきやがった」
そういえば、意識が消える寸前、レオリオがこちらに駆け寄ってきたことを思い出す。
ヒソカのプレッシャーは決して軽くはなかった。スバル自身、恐怖によってろくに動けなかったのだ。
だというのに、隣にいるこの男はヒソカに挑んでいったというのか。
それがスバルの為なのかはわからないが、スバルよりもよっぽど勇気があって。そんな彼ならば、再スタートになったスバルのことを思って再び戻ってきたと考えても不思議はない。
いや、そんな説よりもよほど納得のいく説明を思いついた。馬鹿馬鹿しいとは思うが、チートや異世界という状況に照らし合わせてみればよっぽどあり得る可能性。
「つまり、俺は予知能力を手に入れていたってことだ」
予知能力。自分に降りかかる出来事を事前に予言や予視によって把握する能力。
噂では予知夢を見た翌日に自分が乗るはずだった電車で事故が起こったが、自分はその電車を回避していたため助かった人もいるとか。
なんの取り柄もなくて、欠片も役に立たない、言ってみれば単なる排泄物製造機であるところの自分にも、異世界召喚によってそのような超能力が備わったのか。
それならば、この既視感のある状況や、あのやたらリアルな死の記憶にも一応の説明がつくのだ。
「だとすれば、とにかく、今は……」
――ヒソカから出来るだけ離れよう、とスバルは判断する。
記憶の最後の部分には、トランプを構えて不気味に笑う奴の存在があった。
つまり、奴に近づきさえしなければ予知夢は回避することが出来るのだ。離れてしまえば良い。ここでもスバルの決断力の速さが光る。元の世界では「今日は学校いくのやめよう」と諦めの決断に用いられることがもっぱらだったが、今のスバルにとっては不安の種を摘むという意味で大きな意味を持つ。
だが、スバルのそんな勢い込んだ決断は――、
静かにスバルのことを見つめる道化師さえいなければ、完璧だと言えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「クラピカ! レオリオ! キルアが前に来た方がいいってさ!」
「どあほ~、行けるならとっくに行っとるわい」
「そこをなんとか!」
「無理だっちゅ~の!」
ゴンの助言に対して口をとがらせるレオリオを見て、スバルは自分の考えが上手くいっていないことに唇の端を歪める。
今スバル、クラピカ、レオリオが走っているのは集団の中でも中位の場所。予知夢で見た光景よりは確かに気持ち前目につけてはいるものの、ほとんど同じ位置と言っていい。
ヒソカから距離をとることはおろか、野生動物の仕掛ける罠すら紙一重で回避する始末。
その情けない体たらくに、スバルはどうしようもなく歯がゆい感情を抱いていた。
「くそ、くそ、くそが!」
「あまり無駄口を叩くな。集中して走らないとこの霧でははぐれてしまうぞ」
クラピカは余裕の表情でそう伝えるものの、悔しさはこぼれ出てしまう。
「ちくしょー。この霧だと前の奴らが見えねぇぜ」
レオリオは相変わらずの上裸スタイルで股を上げる。見るからに体力を消耗していて辛そうだ。
スバルは走り出す直前にレオリオとクラピカにヒソカから離れるべきだと提言していた。もちろん二人はそれに賛成していたし、序盤こそ、ゴンやキルアとあまり離れない位置で追走できていた。
しかし、現実はそう甘くない。より具体的に言うならば、予知夢を見たところでスバルの身体能力が底上げされたわけではなかった。
ジワジワと、前の集団の速いペースから脱落していくスバルとレオリオ。二人はだんだんを順位を落としていき、ついには今の位置まで後退してしまったのだ。
頭ではもっと前に行っていなければならないと理解しているのに、体が悲鳴を上げてしまう。
「引きこもりだけど、それなりに鍛えてはいたつもりだったが、持久力は想定外だったぜ。もっとリングヒットでもやりこんどくべきだったぜ」
「なんだって? なんか言ったか?」
自責の念に駆られるスバルにレオリオが反応する。
お互いに疲れているだろうに、こういう点で妙に律儀な人間だなとスバルは思わず笑ってしまった。
「おい、前を見ろ!」
クラピカの声が飛ぶ。
視線をやるとそこには、先ほどまで前を走っていた人間の死体が転がっていた。泡を吹き、顔を青く染め上げて地面を力一杯にかきむしっている。
「予知夢で見た光景に似てる……。つーことはそろそろ」
よく耳をすませてみれば、遠くから受験生の悲鳴らしきものが飛び交っていた。
これもまた予知夢の記憶にある光景だ。
「詐欺師たちのねぐらというのは、伊達じゃないってことだな」
「どうやら、後ろを走っていた連中はそっくりそのままはぐれてしまったようだな」
これは非常に嫌な流れだ。
受験生が毒にやられ、遠くで悲鳴が響き、後ろの人間がごっそりいなくなる。
そして、このまま行くとするならば――、
「危ない!」
察知して、飛び退く。
先ほどまで自分が立っていた場所の露草が鋭利なもので切り裂かれ、はらりと湿った地面に落ちた。
隣を見るとクラピカとレオリオも傷一つなく構えている。
最も恐れていた事態だ。
スバル達に攻撃を仕掛けた男は、顔に微笑を作りながら、ゆっくりと近づいてくる。
「なにしやがんだてめぇ!!」
口汚い叫び。
それに呼応する男の恐ろしさは、スバル自身が夢の中でもっともよく感じていたのだ。
「試験官ごっこ♡ 審査委員会の仕事を手伝ってあげようかなと思ってね♤ ボクが判定してあげるよ、君たちがハンターに相応しいかどうか♧」
怪しげな手さばきでトランプを弄びながら、ヒソカが予知夢の中とそっくりに笑っていた。
次回更新は22日です。