Re:ゼロから始める×××生活   作:舞江鯖鶴

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九月中には三次試験まで行けそうな気がする。


攻撃×合格×不合格

 まるで生きているかのようなトランプが右の手のひらから左の手のひらへと吸い込まれていく。

 傍らに倒れる受験生からは、腕が消え、おびただしい量の鮮血が吹き出しており、誰の目から見てももう手の施しようのない重傷だ。

 グルリと反転した白目が、その身からすでに命が失われていることを端的に物語っていた。

 

 クククと薄気味悪く微笑む。コルロフォビア、と言う恐怖症があることをスバルは知識で覚えていたが、本当に目の当たりにすると確かにトラウマ級に恐ろしい。

 

「さぁ、誰から判定しようかな♧」

 

 酷薄に言って、手の中のトランプを一枚取り出し、構える。

 ほとんど直立と言って良い構えだったが、そこに隙がないことはスバルを含めその場の全員が理解していた。

 

 この光景は、鮮明に覚えている。

 さっき見た予知夢、その中で、怯え足を竦ませそして呆気なく命を刈られてしまったスバルの最後に見た景色だ。

 ほんの数分前まで懸命に走っていた彼が死んだ。事故や害獣の襲来などでなく、人によって。

 何より恐ろしかったのは、そこに悪意が介在しているようには感じられないこと。全く同じずに人を殺すなど、考えられない凶行。

 

「判定!? 笑わせるなよこの阿呆が」

 

 ふと斜め方向から飛んできた声を聞いて顔を上げる。

 恐怖に及び腰で立ち尽くすスバル。そんな彼と正反対に、全く物怖じせずにヒソカへ向け勢いよく啖呵を切る男の姿があった。

 

「この霧では一度見失ったら最後、怪物たちに喰われるしかない。つまり、お前も俺達と同じ不合格者なんだよ」

 

 まずい。これも見覚えがある。

 スバルの予知の中で彼は、ヒソカに啖呵を切ると同時に殺されてしまう。

 

「おい、辞めろ! アンタの敵うような奴じゃない!」

 

 頼むから、引き下がってくれと声を張り上げるスバル。

 しかし、男は怖い物知らずか、それともヒソカの正確なステータスを推し量れないのか、

 

「うるせぇ! こんな妙な奴にやられるほど俺は弱kt!?」

 

 あぁ、と思わず声が漏れてしまう。

 目にもとまらぬ早業によって、喉を切られ、力なくその場に倒れてしまう。

 事切れる直前に、男がスバルを見た気がして、取返しのつかない死に歯がゆさが溢れる。

 

「失礼だな♤ 君と一緒にするなよ♧」

 

 奇術師は悪びれない。

 そして奇術師は躊躇わない。

 一瞬の判断ミスが、即死へ直結する状況。これを対処するには、スバルの経験値は乏しすぎた。

 

「冥土の土産に教えて上げるよ♡ 奇術師に、不可能はないの♢」

 

 動かなくなった男にヒソカが投げかけたのは、余裕と確かな自信に裏打ちされた言葉だった。

 それを聞いたスバルは弾かれたように顔を上げ、すぐに思考を次の行動へと切り替えなければならないというのに、働かない頭の言い訳をぼそぼそと呟いていた。

 

 そこからの光景は、もはや語るまでもない。

 

 ヒソカによる一方的な虐殺。次々飛びかかる受験生たちを軽やかに躱して、一撃で仕留める。

 無駄のないやり口。完璧な身のこなし。スバルよりも遙かに実戦経験を持つクラピカやレオリオでさえも悟っていた。この男には勝てないと。

 

「君たちまとめてこれ一枚で十分だったね♢ もちろん全員不合格♡」

 

 トランプについた血を、まるで刃物を扱うように振り払う。

 曲芸じみた立ち回りをこなしたはずの体には、返り血の一滴すら付いていない。これがどれほどの異常なことなのか、わからないスバルではなかった。

 

「残るは君たち三人だけだね♧ 誰からやるのかな♡」

 

 そう言いながら微笑む。一度この光景を見ていたスバルにはわかった。彼の笑みには、退屈の色がはらんでいた。

 

「――あ」

 

 ――たった一瞬で、間合いを詰められる。

 否、脳がそう錯覚を起こすほどの殺気を浴びせられ、予知夢によって備えていた多少の心構えは跡形もなく崩れた。

 

「おい! しっかりしろスバル! なに呆けてやがる!」

 

 レオリオの平手が背中に入った。

 ハッと意識を取り戻す。

 今、スバルがすることは絶望じゃない。そんなこと、死んでからすれば良い。

 自分には予知夢という武器がある。それを伝える事が出来れば、あるいは。

 

「レオリオ、スバル。私が合図をしたら一斉に走るぞ」

 

 クラピカの声が飛んだ。緊張を持った面持ちは、しかしジッとヒソカを捉えて離さない。

 近づいて、トランプを一閃するだけで全てが終わる。そんな結果が見えているからだろう、ヒソカの仕草には欠片の緊張もなく、いっそ欠伸を噛み殺すような態度すら垣間見えた。

 ヒソカにとって、これはゲームなのだ。

 

 そんなヒソカの態度に、今度は焦りが出てきた。

 そもそも、予知夢の中でスバルはこの後あっさり殺されるのだ。

 抵抗する時間もなく、抵抗できる力もなく、あっさりと、簡単に、面白みもなく殺される。その先の記憶は、せいぜいレオリオが戻ってきてしまうことぐらいしか持っていない。

 自分の死を持って予知夢が完結してしまうことはなんら不自然な事ではないのだけれど、この時ばかりはスバルも、もっと先を見ておけば良かったと意味のない後悔をしてしまう。

 

 同時に湧き上がってきたのは、レオリオを死なせるわけにはいかないという正義感だった。

 レオリオの平手打ちのおかげか、先ほどよりも恐怖は少ない。それに、彼はこの後逃げたとしても戻ってくるのだ。まだほんの数時間の付き合いではあるが、わずかに芽生えた絆がスバルに告げていた。わざわざわかっていて死地へ送ることはさせないと。

 

「レオリオ、絶対に逃げろよ。逃げなきゃ俺が末代まで祟るぞ」

 

 冗談を交えながら、隣へ向けて笑いかける。

 未来を見ていないレオリオからしてみれば、スバルの言っていることは意味のわからない戯れ言で頭を混乱させるだけだったが、それでも伝えておきたかったのだ。

 そして、

 

「今だ!」

 

 弾かれるように、三人は一斉に走り出す。クラピカは西、レオリオは南、そしてスバルはその間。

 まっすぐ、ただ逃げ切ることだけを目指して走りだす。

 ヒソカはそれに満足そうに頷いて、

 

「いいね♢ 良い判断だよ♤ ご褒美に十秒だけ待ってあげる♧」

 

 たった一言。十秒程度待ったところでハンデにすらならないことは、お互いにわかっていた。それでも、ゲームを楽しむためのスパイス代わりか、随分と優しいことを言ってくれる。

 そのヒソカの態度が、スバルに堪えきれない程の怒りを起こさせていた。

 

 スバルは弱い。力もなければ、経験もない。生き延びるための知恵もない。

 今のスバルがヒソカに挑んだところで、サルが逆立ちをしても勝てないことは明白だった。誰の目にも明白だった。スバルの目にさえも。

 

「でもだからこそ、挑むべきなんだよな……。男の子だからな、意地があんだよ……。やられっぱなしじゃ終われねぇってな」

 

 震える足を押さえながら、スバルはヒソカの前に立ち塞がっていた。

 レオリオがここに戻ってくる可能性があった。スバルはそれを、何としても防ぎたかった。ならば、レオリオの前に自分がヒソカと対峙すればいいのだ。それでレオリオの盾となって、彼を助けられたのなら。

 それに少しでも時間を稼げれば、誰かが気がついて助けに来てくれるかもしれない。

 光明の欠片も見えない状態で、それでも立ち上がるスバルにヒソカは小さく吐息し、

 

「諦めたのかい? まぁ、いいや♢ もともと、君とはやってみたかったしね♡」

 

 片手に構えたカードで、震えながら対峙するスバルを示してみせるヒソカ。

 その気になる発言に、スバルは眉を寄せる。

 

「どういうことだ? 天下の奇術師ヒソカさんが、俺なんかモブキャラに何のご用で?」

 

「誤魔化す必要ないのにな♧ 君、念が使えるだろ?」

 

 赤い唇を舌で舐めて、蠱惑的な微笑みが霧の中で踊る。

 いくつにも分裂したとしか思えないような歩法に、脅威を見失うスバルの喉が呻きを上げた。

 

「ど、どごだ……!?」

 

「君の体から発せられるオーラ……、すさまじい量だ♡ 100万年に一度の才能か、もしくは気の遠くなるほどの鍛錬の末に行き着く境地♡」

 

 せわしなく周囲に視線を走らせ、音に気配に神経を尖らせて出方をうかがう。

 その様子はまさに、猛獣に狩られるのを待つだけの弱者の醜態に他ならない。ヒソカからすれば興醒めするほど、無防備にまな板の上で寝そべる鯉のようなものだっただろう。

 

「けれど、君の身のこなしは素人のそれだ……♧ とてもじゃないが、強い素質を備えているようにも思えないんだよ♡ ハッキリ言って、ボクは君を測りかねている♢」

 

 上に横に、現れては消え、消えては現れ。

 そして霧の中から飛び出したヒソカは、

 

「だから一度やってみることにしたんだ♤」

 

 ――気がつけば、スバルの背後にいた。

 

「――あ?」

 

 一歩、二歩、よたよたとよろめきながら歩き、実に弱々しく腰を落とす。見下ろす眼下、腹部からはとめどなく血が溢れ出し、腹圧に耐えかねて中身がこぼれ落ちそうになっている。

 いったいいつ、どうやって。

 

 わからない、わからなかったが、間違いなくスバルは攻撃されて、そして致命的なダメージを受けてしまっていた。

 

「……ちぇ、なんだ♡ やっぱり外れか♤ オーラをほとんど纏わせてない攻撃でさえこのザマじゃぁね……♧」

 

 落ちる、自分の内臓がこぼれ落ちてしまう。こぼれ落ちたら死んでしまうと、必死でかき集めようとするも、震える右腕は肘から先が消えていた。

 アドレナリンですら誤魔化し切れない激痛に視界がかすみ地面に横倒しになる。

 

「ぁぅ……うぁ」

 

「じゃあ、彼らを狩るとするか♡」

 

 死体には一切の興味がないのか、ヒソカはスバルに視線を合わせることもなく足早へ南に向かう。

 ああ、そっちはダメだ。レオリオが走って行った方だから。

 なんとか叫んでみようとしても、漏れるのは声にならない声ばかり。

 

 生きているのが不思議な状態。生きているのが地獄の状態。

 瞼が重い。目を開けることすら辛い。

 

 激しい痛みが、途方もない苦しみが、絶え間ない怒りが、非力な自分への悲しみが、底なしの恐怖によって上書きされる。

 

 考えようとしなくとも溢れる、本能的な死への恐れ。

 

 最後に脳裏に浮かんだのは、道化の顔をした死に神だった。

 

 ナツキ・スバルは、再び命を落とした。




次回更新は23日です。
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