スバルにとっては四度目のハンター試験が再開された。
全く見覚えのあるルートを難なく走りながら、自分の進退について今一度整理してみる。
まず、スバルの置かれている現状はかなり不味い。
三度目のループにおいて、スバルはハンター試験を棄権することでヒソカから身を守ろうとした。しかし、そこへヒソカが現れてスバルを殺して見せたのだ。
それはつまり、ヒソカがスバル個人を何らかの理由で目をつけている証拠となる。となれば、たとえスバルがどこへ逃げようとも、ヒソカはその先にほぼ確実に現れてしまい、ヒソカとの戦闘は半ば避けられない強制負けイベントと化したのだ。
何度も何度も繰り返したループがスバルがヒソカと戦って勝てるわけがないことを残念ながら示してしまっている。そもそも、今でもヒソカのあの表情を思い出すだけでスバルは体が震えてくるのだ。
「戦うのもダメ、逃げるのもダメ、他の受験生も足下にも及ばず、試験官ははるか遠くへ……。あれ、これ詰んでね?」
異世界初日にして、死ぬ事でしか突破できないイベントが立ち塞がっている。
何度頭を唸らせても、妙案は浮かばず、八方塞がりの現状に落胆。クラピカがそのスバルをみて訝しんできた。
「どうした先ほどから落ち着きがないぞ」
「なんか妙なもんでも拾い食いしたんじゃねぇのか?」
「そんなサルみてぇなことしねぇよ! 俺をなんだと思ってるんだ!」
「それならいいが……。――――」
茶化されて怒るポーズをとったスバルに、クラピカが何かを言いかけて、引っ込めた。
「ちょいちょいちょい。どうしたの? なんか言いたいことあるなら言えよ!」
「いや、なんでもないさ。それよりも、無駄話をしてると前にはぐれてしまうぞ」
「それもやばいが、もっとヤバいのはヒソカだぜ。あいつ人を殺したくてうずうずしてる。近くにいない方がいい」
レオリオがヒソカを横目で睨みつける。おそらくヒソカは、特にスバルを殺したくてうずうずしていると言った方が正しいのだろうが、二人は当然そのことを知らない。
だんだんと霧深くなっていって、視界が狭まっていく。踏み出す足下が今にも崩れてしまいそうなほど不安定になっていくのは、精神的な問題もあるからだろう。
前のループの記憶では、そろそろ受験生の悲鳴が聞こえだし、ヒソカが動くはずだ。またしても無為に死んでしまうことだけは避けたかった。
そこで、スバルはひとつの作戦を思いついた。上手くいけばヒソカを出し抜けるかもしれない作戦を。
隣をうかがうと二人はひぃひぃ言いながらもまだ余裕がありそうな気がした。
二人の目を盗んで、スバルはこっそりと隊列から抜け出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「試験官ごっこ♢ 委員会の選考を手伝って上げようと思ったんだけど……♧」
毎度おなじみヒソカの攻撃で、受験生達が切り刻まれる。
しかしその場にスバルの姿はない。
レオリオとクラピカは、たった二人残った状態でヒソカと対峙させられていた。
「あの時にこっそり抜け出したのかな? まぁ、いいや♡ とりあえず君たちを審査しないとね♢」
「戯れ言を抜かすな。何を言っているのかわからないが、そう易々とやられてやるわけにはいかないな」
双眸を動かさずに、ジッとヒソカを凝視している。口ではこう言っているもののレオリオと裏で逃げる算段をつけているクラピカは、ふと奥の方から騒々しい音が聞こえるのを耳にした。
「……なんだ?」
それはだんだんと大きくなっていく。そしてかなり近くまで近づくと、ピタリと止んだ。
何者かの奇襲を警戒していた三人の前に、茂みから登場する形でスバルが顔を出した。
「「スバル!!」」
「君、いたんだ♡」
ヒソカがチラリとスバルをうかがい見る。
思い出すのはこれまでの半分トラウマと化した恐怖。
スバルは逃げ出そうとする体をぐっと堪えて、まっすぐヒソカを指さした。
「さぁ、挑戦しに来てやったぜアタおかピエロさんよ! 俺のオーラ? にびびりまくりなのはお見通しだぜ」
「ふぅん、オーラを知ってる口ぶり……♢ やっぱり君、何者?」
「ただの引きこもり高校生だよ!異世界転生しただけのな!」
叫びながら、猪突猛進に突っ込む。
あっけにとられるクラピカとレオリオがいない方向へ向けて、なるべくヒソカのヘイトを溜められるように走る走る。
「怖いのはトランプ、怖いのはトランプ、怖いのはトランプ……」
ヒソカの右手に注視して、絶対に一撃でやられないように。
一撃でやられさえしなければ、あるいは――。
「なにか企んでるよね、でも、ボクには通用しないよ♡」
眉を深く皺寄せて、極端な前傾姿勢をとってスバルを迎え撃つ。
低く構えられたせいで、手元が見えない。見えないが、肩の位置からおおよその予想は付いた。
一度目のループは体が恐怖に支配されて、為す術もなく殺された。
二度目のループは全く予想できない攻撃によって、何も出来ずに殺された。
三度目のループは恐怖にも半分慣れていたが、それでも何の策もなかったために殺された。
そして今、スバルには作戦がある。一度目よりも体が動く。
「一発しのぐ、それだけ、それだけ!!」
インパクトと共に、スバルは右方向へ体をひねってヒソカと交差した。
腕に痛みが走る。走るのだけれど、
「ぎれて、ねぇ!」
一撃での絶命を狙った場合、ヒソカは主に首を狙っていた。
だからこそ、首を守る。その読みはドンピシャリと的中した。ヒソカのトランプはスバルの右腕に深く突き刺さるも、首は無事だった。
くるりとひっくり返りながら、後ろを指さした。
「ざまぁみろ! 俺を殺せてないぞクソ雑魚ピエロ!! 鬼さんこちら、こっちへカモーン!」
スバル考え得る限りの罵詈雑言を浴びせて見せるも、ヒソカは冷静なままだった。
「わかりやすい挑発……、それとこちらという言葉……、後ろ?」
振り返るも、スバルの目論見は既に進行中だった。
先ほどスバルが出てきた茂みから、一体の大きな獣が飛び出す。これは、スバルがこっそりこの地点までおびき寄せた獣だった。
そしてそれは、まっすぐヒソカへと突っ込んでいき、
「流石のボクもひとたまりもない……、とか思ったのかな♡」
「は――――?」
あっという間にバラバラにされてしまった。
圧倒的に、スバル自身が命からがら連れてきた猛獣を、いとも簡単に殺してしまったのだ。
「残念だったね♢ 狙いは良かったよ♡」
圧倒的誤算。ヒソカを殺せないとは思っていたが、まさか足止めにすらならないとは。
「ってまず――」
呆けている場合ではないと少しでも距離をとろうとして、反対に距離を詰められてしまった。
スバルの頬を掴んで、力任せに持ち上げる。頬骨が音をならして痛がっている。見下ろす形で臨むヒソカは、静かに微笑んでいた。
「言い顔だ♡ 怒りと闘志の合間に死の影が覗く刹那の表情……ゾクゾクするよ♤」
冷や汗が額を伝う。じわりじわりと、鼓動が早くなっていくのを感じた。
「でも君はここまでだね……サヨナラ♤」
右手に構えられたトランプがスバルの顔を指した。
万事休す、ここまで――、
「――っ!!」
思わず目を瞑ったその時、遙か前方から飛んできた何かがヒソカのこめかみを打ち抜いた。
ヒソカに打撃を与えたそれは、まるで生き物のようにうねって吸い込まれるように戻っていく。
それを片手で受け止め、もう一度ヒソカに向け構え直したのは、紛れもなくゴンだ。
「ゴン!!!!」
「……やるねぇ、坊や♡」
思いのほか気軽な声をかけられたゴンは動じて、構えを緩めてしまう。
「釣り竿か……面白い武器だね♡ ちょっと見せてくれるかな♢」
ゆっくりとゴンに歩み寄っていくヒソカ。先ほど勢いよくこめかみを打ち抜いたときの勇敢さはどこへ行ったのか、対するゴンは子供らしく戸惑いの色が目に浮かんでいる。
けれど、すぐに持ち直すと、釣り竿を握る両手に力を込めた。
「さぁ……」
「……ッ!」
じりじりと後ずさりするゴンに、ヒソカの手が迫ったその時、不意に誰かの携帯の着信音がなった。
無機質な音が数秒なった後、ヒソカが携帯を取り出す。
ぴ、ぴ、ぴと数回操作して、
「そろそろ二次試験会場に着くみたいだ♢ 今日は、これまでだね♤」
すんなりとゴンの横を通り過ぎると、
「君たちも早く来ると良い♡ せっかくの合格なんだからさ♢」
「それはどういう」
クラピカの問いかけを最後まで聞くことなく、ヒソカは走り去ってしまった。
ヒソカがいなくなった後も、四人はしばらくその場で呆然と口を開いていた。
「行こう」
そう言ったのは誰だったのか。四人は、また走り出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ゴン、こっちで本当にあってるのか?」
「うん、ヒソカ独特な匂いがするし。それにみてよ、道中に獣の死体がある。きっとヒソカを襲おうとして返り討ちにあったんだよ」
霧深い森の中をゴンの先導で走る。
鬱蒼とした自然と、むせるほどの嫌な匂いと共に転がる死骸が道の陰鬱さをグッと増してた。
「なぁ、ゴン。ありがとうな。お前のおかげで助かったよ」
スバルは俯きながら礼を言う。あの時ゴンがやってこなければ、スバルは四度目の死を迎える所だった。間一髪助かったのは、ゴンの一撃があったからだ。
けれど、当の本人はさして気にしている様子もなく、けろりとした表情で答える。
「俺なんて何にもしてないよ。それに、放っておけなかったしさ」
素直な少年だと思う。素直で、本当に他意なく人を助けられる優しさを持っていると。
「そんなことより見ろよ、あそこになんかあるぞ」
レオリオが指さした方向へ目線を向けると、そこには体育館大の建物が建っていた。そして、その前に多くの受験生が待機している。
「間違いないな。二次試験会場だ」
他の面々が黙って待っているあたり、まだ二次試験は始まっていないようだ。
ふと奥を見ると、ヒソカがこちらに視線をやっている。スバルは少し気持ちが悪くて目をそらした。
パン、と乾いた音。徒競走のスターターによく似た音がして、試験官のサトツが前へ出る。
「終了。皆さんお疲れ様でした。ここビスカ森林公園が二次試験の会場となります」
周囲を伺えば、誰も彼も只者ではない雰囲気を纏って、二次試験が始まるのを待っていた。
息を整えながら、瞑目。
これから、二次試験が始まるという。それはつまり――
「おめでとうございます。今ここにいる皆さんは、一次試験合格です」
「俺、上出来すぎるだろ……」
スバルは一次試験を合格した。
次回は27日更新です