「……」
朝の6時……。
さてさて暇だ。
手付かずの卒業論文でもやろうか……。
いや、気が乗らない。
あーでも、ほんの少しだけやるかなぁ……。
後々、切羽詰まった時に、進行度が1と10じゃ訳が違うしね。
今のうちに少しでもやっておこう……。
「っしょっと」
私はベッドに乗ってパソコンを起動した。
デスクトップ画面には、無駄に整頓されたファイルが並べられている。
その中の「卒業論文」と書かれたファイルを開き、ワードを起動した。
山の神信仰と書かれた画面が目に映る。
「目次から一切進んでねえ……。夏休みまで何やってたんだよ……私……」
2ページしか存在しない卒業論文を見て、意気消沈する。
否、元々意気なんて無かった。
この場合、無気消沈と言うべきか。
「やるかぁ……」
私はため息を1回ついて、キーボードに触れる。
最低でも6万字は書かなければならないのだから、ため息の1つや2つは出るだろう……。
「えーと、まずは初めの文として……何故、自分が山の神を選んだか……」
私は少しだけ頭を捻り、キーボードを打つ。
ワードには、"この大学で初めて調べたのが、山の神だったから"と書かれた。
「まぁ、これだよな」
下手に小難しい事を書くよりも、こんな感じの方が1番良いだろう。
ただ、少しでも文字数を稼ぎたいと考えた私は、あの手この手を使い、字数を確保した。
「えーと、神という高次元の存在でありながら、美しい女性に嫉妬してしまう人間臭さに感銘を受けて……こんなもんか」
キーボードを打ち終えた私は、一息ついてベッドに寝転がる。
時計を見ると、8時になっていた。
「2時間も格闘してたんか……」
私は、2時間もかけて出来たのが、初めの文だけなのか……と呆れ果てた。
だが、呆れ果てても仕方ない。
やるしかないのだ。
「第一章は動物態の山の神……と」
私は大学の図書館から借りてきた山の神関連の本を取り出して、動物態の山の神について書かれたページを見る。
「さて……この部分を引用して……その後に自分の考えを書いて……」
私は手に持っている山の神の本を見て、独り言を漏らしながらキーボードを打つ。
「一章の動物態の山の神は、こんなもんでええやろ……」
バタリと私はベッドに寝転んだ。
とりあえず、一章だけで8000字……。
6万字までは程遠いものだ……。
私は少し絶望しつつ、スマホの時計を確認した。
時刻は12時ジャスト。
今日は友人の家にでも行こうかな。
そう思った時だ。
〜〜〜〜〜♪
〜〜〜〜〜♪
突如、スマホが鳴り出した。
この音は電話着信の音だ。
私は直ぐにスマホを持って、画面を見た。
「そっらー?」
スマホの着信画面には「そっらー」と表示されていた。
空本。
私の友人だ。
何かあったのかと思い、私は直ぐに受話器のボタンを押した。
「はい、もしもし?」
私がそう言うと、スマホから空本の声が聴こえてくる。
『もしもし龍照か?』
「おん。どした?」
私がそう訊くと、彼は『今日暇か?』と一言。
遊びのお誘いだろうか?
私は「おん、暇やで」と返す。
すると、そっらーは少しだけ高揚しているような口調で『そしたら、bmまで散歩しない?』と言った。
私は大歓迎だった。
bmは私の大好きな場所だ。
私は元気よく承諾し、直ぐにbm駅まで向かった。
12時30分
「〜〜〜♪」
私はスマートフォンでjazzを聴きながらbm駅前で、そっらーの到着を待っていた。
電話では40分には到着すると言っていたから、もう少しだろう。
その間に何をしようかな。
私はbmに売店を見つけて、商品を眺めた。
サーモンや鯛などの握り寿司のサンプルがショーケースの中にあった。
「(美味そうだな……)」
財布を確認すると5000円札1枚、1000円札2枚が確認できる。
「いかがですか?」
私が財布を確認した為、購買意欲があると思ったのだろう。
店員が笑顔で私に話しかけてくる。
正直、かなり買いたいという欲があったが、今から友人と散歩をする予定だ。
故に店員さんには「今から友人と散歩する予定ですので、帰りに買いに来ます」と言ってお辞儀をして、売店をあとにした。
「美味そうだなぁ……帰りまで残ってるといいけど……」
私は心の声を口から漏らしつつ、椅子に座ってそっらーが来るのを待った。
「うぃーす!」
「おー来たか!」
13分後、そっらーが手提げカバンを持ってやってきた。
私は少しだけ気になっている事をそっらーに訊ねた。
「珍しいな。ソッラーから散歩の誘いをするなんて」
私から散歩の誘いをすることはあるが、ソッラーはあまりなかった。
「おん。学門神社に用があって、場所を教えてもらおうと思った」
「なーるほど」
そゆことかと首を縦に振った。
しかし、私はある事に気づいた。
それをソッラーに報告する。
「ここから学門神社って結構遠いで」
「まぁ、歩くのも面白そうやん」
「まー、そうやな」
言われた通りだ。
電車で目的地付近の駅に行くのも良いが、最寄りの駅より2、3駅離れた場所から歩くのも悪くは無い。
歩きながら素晴らしくも美しい景色を眺めるのも一興だ。
「そんじゃあ、行くか」
「案内よろしく」
「あいよ」
私たちはbm駅から学門神社まで、およそ5kmの距離を歩くことになった。
いいねー!
山の麓にある田舎町を歩く。
最高だ。
セミの合唱も聴こえ、夏の香りが私の鼻を燻る。
「あぁ、これだよ……この香りだよ。この夏の香りがいいんだよ」
駅を出た私たち。
夏と山の麓の香りに私は恍惚とした表情を浮かべる。
その私の様子に、ソッラーは半笑いになって「ヤク中みたいな顔なってるで」と言った。
「んなははははは!」
ソッラーの言葉が絶妙に面白く、駅前で爆笑してしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ……すまん。そろそろ行くか」
行き交う人々の視線すらも気にもとめず一頻り爆笑した私は、息を切らしながらソッラーに謝って歩き出した。
「そういや、学門神社行くっていう話やけど、弟さんの受験の合格祈願か?」
巨大な鉄橋を歩きながら、私は顔をソッラーの方を見ながら話しかけた。
「そうやな。今必死に受験勉強してるで」
「なーる。まぁ受験勉強は大変やからなー」
「ちょっとでも精神面で楽になれればなと」
「なるほどな。それなら私の禁忌なマジナイやってみるか?」
「禁忌のマジナイ?」
私の提案に、彼は訝しんだ表情でこちらを見る。
私はニヤっと笑みをこぼして話をする。
「まぁ……お守りを介した肩代わりやなー」
私の話にソッラーは眉を顰める。
「肩代わり?なにそれ?」と。
話を続けた。
「民俗学で習ったマジナイの応用なんやけど、お守りを買うやろ? そんで数時間自分が持ち続けて願いを込めるねん」
「うん」
「確か、大学……2回生の時やったかな? あの時、私の妹が高校受験、友人が大学受験を控えててな。友人に至っては二浪してた」
「おー……」
「で、私は大学をサボって学門神社まで向かったのな。今から向かうルートと同じ道をな」
そんな話をしながら鉄橋を越えた私たちは、住宅街へと入った。
そこは古い民家と新しい家が立ち並ぶ場所だ。
こういう新と旧が混じり合うのは結構好き。
「で、学門神社で2人の合格を祈り、お守りを購入したのよ」
「ほうほう」
「で、私はそのお守りに願いを込めたのよ」
「なんて込めたの?」
「……妹と友人の苦しみ、痛み、ストレス、全てを私が請け負いますので、2人が絶好調の状態で受験に挑み、無事合格出来ますように。と」
「……なるほど」
私の願いに、彼はコクコクと頷く動作をしていた。
「それで私はそれをしまって同じ道を何時間もかけて帰った。なんなら、帰る時はbmからじゃなくて、もっと遠い駅までな」
「ん?なんで?」
「お守りに私の魂を宿らせたのよ。その私の魂が2人に降りかかる厄災を身代わりになるように」
「……それで……?」
「帰りは6時間は歩いたよ。お守りに私の魂が入るように、2人の合格を祈りながら」
「龍照凄いな」
私の話にソッラーは感服の眼差しを送っていた。
ただ、私には当たり前の事をしてるので、「そうか?」と答えた。
「他人にそこまで出来んぞ普通は」
「そんなもんなのかなー」
「それで、その後はどうなったん?」
暑さも忘れ、ただ私の言葉を聞くソッラー。
線路伝いの住宅街を歩く私たち。
単線の線路は電車は来ずに、聴こえるのはセミの合唱だけだ。
「それで、それを妹と友人に渡した。2人は喜んでいたな。まさか反抗期まっしぐらの妹があーも喜ぶとは、驚いたで」
私は少しだけ微笑む。
ソッラーも私の微笑みに、ニヤっとした。
「で、その2日後、妹はインフルエンザにかかった」
「おいおい」
予想外の言葉にソッラーは苦笑いする。
だが、それを無視して続けた。
「でもな、不思議なことにそのインフルエンザは1日で完治した。それどころか、妹自身もそんなに辛くなかったらしい」
「oh.......」
「後から聞いた話やと、友人はいつもより怖いくらい調子が良く、ストレスも感じる事無く勉強に励めたらしい」
「マジか」
「で、私は、と言うとな」
「何かあったの?」
ソッラーの問いに私は少しだけ笑って頷く。
「胃腸炎で倒れた」
「本当に?」
「マジ。嘔吐、消化不良、腹痛、発熱、全身の筋肉痛で3日間死にかけていたよ。その時、モンハンワールドの発売から2日目だったから最悪だった。寝ても1時間に1回は起きる程に。なんなら1週間は消化不良で大変だった」
「oh……」
少し、いや、結構引いているソッラー。
住宅街から出て道路に出て歩道を歩く私達。
辺りは田畑しかなく、田舎町にある車道といったところだ。
私は話を続ける。
「で、2人とも試験は合格したよ」
「おおおおおおお!」
私の言葉にソッラーは歓声を上げた。
その声は田畑で作業していた夫婦を振り向貸せるには十分過ぎる。
「どう思う? これが偶然か? 私は思えん。私の体調は万全やった。ストレスもなく普通に過ごしていて、突然の胃腸炎。私は偶然とは思えない」
「おー、確かに。それで2人は無事卒業出来たのかい?」
「……友人は2回生で退学した」
「おははははははは!!!」
私のオチにソッラーの笑い声が田舎町に木霊する。
「まぁ妹は卒業したからな。良しとしてるよ。その人の人生や。死以外の事は兎や角言うのはアレやからな」
「確かにそうやけどな」
「で、これが私のお守りのマジナイ。どうする?やる?」
私はソッラーの顔を見て訊いた。
その様子は、「力が欲しいか?」のソレである。
私の提案に、ソッラーは「うーーーーん」と唸るように首を傾げて思考する。
だが、それを邪魔する産物が道端に落ちていた。
「ん?」
私は何か本らしき物が落ちているのに気づいた。
ソッラーも気づいたようで、その場所まで走り出す。
「っ!?」
「ちょっ!」
落ちている本を見た私とソッラーは、思わず吹き出してしまった。
なんでこんなモンが落ちてんだよ!?
馬鹿じゃねーの!?
「なんでエロ本が、んな場所に落ちてんねん!?」
私は笑いのこもったツッコミを落ちていたエロ本にぶつけた。
雨に晒されたのだろう、カピカピになったエロ本を手に取った。
パラパラとページを捲り、私とソッラーは爆笑し合った。
「マジのエロ本やないか」
「ホンマやなぁ」
エロ本で爆笑する大人2人。
ただ、真昼間な為、思考がまともの2人は「何故こんな歩道のど真ん中にエロ本を捨てたのだ?」という疑問が浮かび上がった。
しかし、いくら考えてもその答えは浮かばず……。
その結果。
「とりあえず、元に戻しておこう」
「やな」
私達は元の場所(歩道)に戻した。
「絶妙にモヤモヤする疑問が残ったなぁ」
「そうやなぁ……」
頭の上にグチャグチャした毛玉のような物を浮かばせて、路地へと足を踏み入れた。
「そういえば、この路地を行った所に小さな店あったな」
「お、行ってみるか」
「おん!」
少しの時間、歩いていると私の言った店にたどり着いた。
戸を開けると、そこには野菜や駄菓子、洋菓子等が陳列されたThe・昔ながらの老舗といった店だ。
中に入ると、白い髭を生やした元気なお爺さんが笑顔で迎え入れてくれた。
「いらっしゃい。ゆっくり見てくださいな」
少しだけ枯れた声で言うおじいさん。
私も笑顔でお辞儀をして「ありがとうございます」と返し、陳列された駄菓子をマジマジと物色する。
「ソッラーなんか良いのあった?」
私は駄菓子を物色しながらソッラーに話しかける。
ソッラーは野菜のコーナーを見て、何か購入しようとしていた。
「色々とあるなー……って、これ見てみ」
「んー? どした? ……おふっ!」
ソッラーに言われ、振り返った私の視線に写った物を見た私は、不覚にも吹き出してしまった。
彼の持つ手には大根があった。
これだけでは普通の光景なのだが、その大根に問題があるのだ。
「何この大根!?」
「凄いやろ?」
その大根はマタコン……いわゆる奇形大根と言うやつだ。
二本足のように先端が枝分かれし、更にその分かれた真ん中に、まぁまぁご立派な1本の伸びた根があった。
最早……いや、やめておこう。
エロ本からのこの奇形大根の流れはまさに奇跡というものだ。
こんな奇跡は非常に複雑であるが……。
「凄いな。私よりデカイんじゃない?」
「んははははははははは!」
私とソッラーは、クッソしょーもないアホな話をしていると、その笑いに釣られたお爺さんも「これ凄いやろ?」と自慢気に話に入ってきた。
私とソッラーもお爺さんの言葉に同意する。
これはヤバイな。
奇跡の代物だわ。
「これ欲しいです」
イチモツ大根をエラく気に入ったソッラーは、それを購入、私は10円ガムやガブリチュウなどを購入した。
「そんじゃあ、行くか」
「おー、そうやな」
「ありがとう、また来てね!」
満面な笑顔で手を振るお爺さん。
私とソッラーも笑顔で「もちろん!」と手を振り返した。
「そしたら学門神社に向かうか」
「おう」
老舗で休憩した私たちは、当初の目的地である学門神社へと足を進ませた。
30分ぐらいだろうか。
それなりの時間歩き、やっと学門神社へとたどり着いた。
以前に来た時と大して変わらない中規模の神社だ。
私たちは端っこを歩いて拝殿へと向かう。
「それじゃあ、参拝してくる」
「あいよ。私はここの売店で何か見てるわ」
「りょー」
そう言って、ソッラーは1人で参拝しに向かった。
私は売店に売っている合格祈願のお守りや、勾玉を見つめていた。
「お待たせー」
「うぃーす」
「んー? 合格祈願のお守りか。何か買おうかな」
ソッラーはお守りセットを手に取って、それを購入した。
中にはお守りの他に、塩や勾玉が入っている。
「ええやん。そんじゃあ帰る?」
「おー!」
「どうする?bm駅まで戻る? それかak駅まで行く?」
私はそう訊ねると、ソッラーは少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「龍照の禁断のマジナイやってみようかな」
と。
そうして、私とソッラーは元きた道を戻り、bm駅へと歩みを進めた。
後日、笑弥達のグループLINEでソッラーが一言。
急性胃腸炎になった。
と連絡が入った。
このマジナイ、マジでヤバイな……。
続く
緊急事態だ。
夏休み明けに卒業論文の進捗を確認するらしい。
そして、その進捗状況に応じて色々とあるらしい。
人の話を聞いてなかった……。
ヤバイ、進めなければ……!!