真に救いようのない人   作:楠崎 龍照

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5話 卒業論文討滅戦

5話 卒業論文討滅戦

 

 

 

 

「……」

 

ソッラーとの散歩から数日。

夏の朝、ミンミンと泣き喚く蝉の鳴き声に耳を傾けながら、眠りから覚めた。

夏の香り漂う空気が私の鼻をくすぐり、ベッドから起き上がった。

 

「眠い……」

 

私は目を擦りながらも、急性胃腸炎で倒れているソッラーの事が心配になり、スマホのLINEを確認することにした。

LINEを確認すると、1件の新しいメッセージが届いていた。

 

「んあ? 大原か」

 

そのメッセージは私の大学時代の友人、大原からのものだった。

彼は褐色肌で、如何にもスポーツマンの風貌をしているが、中身は我々と同じようにゲームや読書を愛好する男だ。

 

楠崎:どした?

 

私は、こうLINEをする。

すると、少ししてから彼からLINEが来た。

そして、その文を見た私は戦慄する。

 

大原:夏休み明けの卒業論文の発表大変やよなぁ。

 

「……??」

 

私は眼をパチパチと瞬きをして、再びLINEを確認する。

 

楠崎:ちょっと待てぃ、発表ってなに!?

 

大原:んー? 夏休み前のゼミで言ってたやろ?

 

楠崎:覚えてねえ!! 何それ!?

 

大原:お前そういえば寝てたのぉー。夏休み明け初日のゼミで発表があるみたいよ?

 

楠崎:まじか!? 寝てた……というかエイプリルフールは終わってるで!?

 

大原:にゃー、それを俺に言われてもなぁ。

 

楠崎:でも、発表って……

 

大原:もちろん全員な。

 

楠崎:え、まぁ……だよな……。

 

大原:おぉー、じゃあ、頑張れよー。

 

楠崎:あぁー、じゃあ、まぁ、うん、頑張るよ。

 

 

私はこのやり取りから5分は、同じLINEを眺めていただろう。

セミの心地いい鳴き声が、私の部屋全体を夏色に染めていく。

だが私の心の中は秋を超えて冬になっている。

あまりにも想定外の内容を前に、頭が理解を拒んでいた。

 

「……やるか……」

 

しかし、ただただこの場で放心していても何も始まらない。

私はパソコンの電源を入れて、卒業論文を書くことにした。

暇が無くなると思えばいいか……。

 

「面倒くせぇ……」

 

私は呟きながら、卒業論文のフォルダをクリック。

前回から一切手をつけていない卒業論文……。

この時点で私のやる気はマイナスを超えた。

パソコンの電源を消して、散歩(旅)にでも出ようかと考えた時、とある匂いが私の鼻を燻った。

 

「……? なんか雨の香りがするな」

 

窓を開けて空を確認すると、視界に入る奥の場所が曇り空に覆われていた。

 

「うわ……雨やん……」

 

私は散歩を断念し、大人しく卒業論文を作る事を決めた。

本当に気乗りしないが、致し方ない……。

やるか……。

 

「えーと、どこまで進めたっけな?」

 

私はマウスホイールを使って、論文の最後尾までスクロールする。

どうやら一章である"動物態の山の神"を終えたところのようだ。

 

「えーと、次は……女神様の山の神にでもするか……」

 

私はベッドから降りて、部屋の隅に置かれてある棚から1つの分厚いファイルを取り出した。

そして、その中から数十枚のレジュメを引っ張り出す。

この4年で培った女神様の山の神の情報が入っている。

サボらず調べておいてよかった。

過去の私よ、ありがとう!

 

 

「よし、これを丸写しするか……!」

 

時計を見る。

時刻は9時30分。

昼までには女神信仰について書き終えたいところだ。

 

「えーと、第二章……女神信仰の山の神っと」

 

私はキーボードをカタカタと鳴らして、文字を打ち始めた。

しかし、そこで新たなる障害物が私を襲いかかる。

 

「……腹減った……」

 

突如、私の腹の中に潜む虫がなり始めたのだ。

この虫は腹に食べ物が無くなると、所構わず泣き出して飯を催促するとんでもなく厄介な虫である。

おかげで高校のテスト中に大恥をかいた……。

挙句の果てにそのテストはろくでもない点数。

泣きっ面に蜂である。

 

「あぁ……飯……」

 

私は即座にベッドから飛び出して、2階へと降りた。

家族は仕事orバイトで居ない。

 

「なんか、飯あるかな?」

 

私は冷蔵庫を開けて、泥棒がタンスを漁るように中を物色する。

だが残念な事に、中にあっためぼしい物は納豆と卵ぐらいだ。

 

「なんも無いな……」

 

私は納豆と卵、野菜室からワカメを取り出して簡単ご飯を作ることにした。

 

まず汁椀に納豆を入れ、そこにワカメ(水でつけた)を入れて掻き混ぜる。

完成。

卵は目玉焼き(半熟)にして完成。

これで今日の朝食が出来上がった。

 

私は、いただきますをしてからそれらを口に放り込んだ。

5分ほどで食べ終わった私は食器を台所へと持っていき、卒業論文の続きをする為に自室へと戻った。

 

「さぁ、やるか」

 

時計を見ると、10時丁度。

まだまだ大丈夫。

私はキーボードを使って、卒業論文の執筆を再開した。

しかし、初めは順調だった勢いも時間が経過するに連れて徐々に衰えていく。

それに連なるようにキリッとした表情も、段々もやつれたように酷く醜い顔へと化していった。

 

「……今何時……?」

 

私は時計を見た。

まだ10時5分しか経っていない。

文字数も先程から100文字しか進んでいなかった。

 

「この状態で卒業論文に挑むのは難しいな」

 

独り言を呟いた私は、背伸びをしてスマホでYouTubeを閲覧し始めた。

まぁ、30分だけの休憩だ。

特に問題はない。

 

「モンハンのやつでも見るか」

 

そうして、私はスマホで動画を見て、休憩タイムに入った。

 

「お、この関連動画いいな」

 

色々な動画を見ている私は、ふと時計を確認した。

 

「!?」

 

高速で2度見する。

私の目に映る時計は3時半と針が記していた。

 

「……???……???………??……?…?……??」

 

私は恐怖と疑問、焦りといった感情が一気に溢れ出て、意味不明な表情を浮かべて時計と窓、スリープ状態に入っているパソコンを何度も見た。

無論、私の頭には「?」の文字が無数に浮かび上がっているのは、言うまでもないだろう。

そして、私は気づいたのだ。

スマホには未来にのみ行ける事が可能なら、タイムスリップ能力を持っていることに……。

 

「ノーベル賞ものだな……」

 

私はボソッと呟き、急いでパソコンに向かって女神信仰の章を終わらせにかかる。

 

「……」

 

その様子には、過去の……YouTubeを見ていた自分の面影はなかった。

それはまるで、魔王に対峙する勇者のような覚悟を決めた男の表情だ。

 

「……」

 

私は無言で、過去の私の功績であるレジュメとパソコンを交互に見ながらキーボードをかなりのスピードで打った。

だが、その脅威の集中力も、とある音に乱されてしまう。

 

「……ん? 雨か?」

 

窓からパラパラと雨が降る音が聞こえてきたのだ。

私は窓を開けて空を見上げた。

先程まで晴れていた天気とはうってかわって、雲に覆われ雨が降り始めていた。

あぁ、散歩に行かなくて良かったと思えた。

 

「……」

 

私は作業を再開しようとする。

しかし、再び作業を阻む音が私の耳に入ってくる。

 

─ゴロゴロゴロゴロ─

 

 

「ええぇ……」

 

遠くから小さめだが、雷と音が響いてきたのだ。

それを聞いた私は明らかに嫌そうな声をあげて肩を下ろした。

私は雷が嫌いだ。

音が怖い。

あと、いきなり鳴り響く轟音がとても心臓に悪いのだ。

 

「……音楽聴くか……」

 

私は心底嫌そうな表情を浮かべながら、イヤホンを両耳に入れて、比較的大きい音量の音楽を聴いた。

そうすることで、ある程度の雷の音を緩和できるからだ。

雷が鳴った時は、必ずそうしている。

さらに、スマホを手に取り雷レーダーを検索。

雷が何処で鳴っているか、1時間後にはどのような動きをしているかを確認するのだ。

 

「あぁ、よかった。こっちに来る感じでは無いな……」

 

雷レーダーを確認したところ、どうやら私のいる場所からは大きく逸れるようだ。

私は安堵の表情になり、イヤホンを耳から外し、再び卒業論文の作業へと戻った。

 

「えーと、山の神様が女神様とする場合……大抵の場所ではオコゼという魚が登場する。この魚は非常に醜い顔をしており、それを見た山の神様が自身よりも醜い顔がいると喜ぶからだ。と……」

 

私が山の神様を好きと思った原因が、この女神信仰にある。

普通、神様といえば威風堂々としたイメージを持つが、この山の神様は非常に醜い顔をして、更に嫉妬深い性格をしている。

この人間臭さに惹かれてしまったのだ。

 

「あぁー、そんで……マタギは狩猟に赴く際、オコゼを懐に忍ばせる事で山の神様からの恩恵を得ようとする……と」

 

私は一通りキーボードを打ち終えて、大きく息を吐いた。

 

「あと少し……あと少しで終わる……」

 

私は唸るような声をあげて背伸びをして、再びキーボードを打った。

卒業論文なんて誰か考えたんだよ……。

もう、単位ぽんって出して卒業でええやん……。

何故、数万文字を書かないといけないんや……。

手が死ぬぞ……こんなん……。

 

「……とりあえず、オコゼの写真を載せて……文字数稼ぎにオコゼの事も書くか……」

 

私はオコゼの資料を見て、文章を丸パク……作成する。

 

「えーと地方では、オコゼの骨を……いやまて、これ必要か?」

 

激しく打っていた手を止めて、考えを巡らせる。

……文字数稼ぎするか!

そう結論に至った私は手を動かした。

そして、暫くキーボードをカタカタと打ち……。

 

「よっしゃーーーーーーー!! 2章女神できたーーーーーーー!!!」

 

私は第2章の女神態の山の神を完成させて、ベッドの上に立ち、バンザイしながら叫んだ。

本当に長かった。

結局、昼に終わらせる予定が夕方になっちまった。

いやぁ、時間跳躍能力を持ったスマホは危険だなー。

 

「よし、保存保存ー♪」

 

私は超ルンルンな気分で保存をクリックしようとした。

次の瞬間───。

 

 

─ゴロゴロドーーーン!─

 

 

「っ!!???」

 

雷が落ちた音が大きく轟き、私は体をビクつかせて窓を見た。

その速度は雷の速度より速かった自信がある。

なんか近くなってねーか?

私は急いでイヤホンを耳に押し込んで、雷レーダーを検索する。

 

「おいこっちに近づいとるやんけ!!」

 

私はキレ気味にスマホに向けて言い放った。

そして、ピカッと外が光る。

少し時間を置いてから、雷の音が鳴った。

 

「……もう、こっち来んなよー!!」

 

私は雷とスマホにキレ散らかして、再度保存ボタンをクリックしようとする。

 

─ビガッ!!!─

─ゴロゴロドゴーーーーーン!!!─

 

「わあああああああああああああ!!!?」

 

光った、その一瞬で雷の轟音が私の耳をぶん殴った。

更に恐ろしい事が起こる。

付けていた電気がフッと消えたのだ。

停電である。

そう、停電である。

 

「え、嘘っ!? ちょ待って!!?」

 

私は嫌な汗を流しながらパソコンの画面を見る。

デスクトップ画面に映るのは、黒い画面に映る私のクソ醜悪な顔だった。

卒業論文は保存していない……。

 

「いやああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

私は仄暗い部屋の中で断末魔をあげて倒れた。

今日作った文章が完全に水の泡と化した瞬間だった。

 

「また第2章から始めんのかよおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

私の魂の雄叫びは、再び近くに落ちた雷によって掻き消された。

 

この1日で、私は覚えた事が2つある。

1つ、保存は定期的にしておく。

2つ、雷に対する殺意。

 

 

 

 

続く

 

 

皆、保存は定期的にした方がいいよ。

本当に……。

 

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