ワンフォーオール…?知らない子ですね 作:悲しいなぁ@silvie
少年はひたすらに後悔していた。
自分の弱さを、そして何より後ろの少女を守り切れぬであろう事実を。
「ガァァァァ!!」
動け!動け!!思考を止めるな!次止まったらもう2度と動けなくなると思えッ…!
クソッ!クソクソクソクソ!!飛んでた…多分だが十秒ぐれぇ意識が飛んでやがった!十秒…なんて長い時間だろう、それだけあればコイツぐらいなら潰せたのに…
少年の決死の奥の手は少年から貴重な…価千金の時間を奪った。
ドーパミンやアドレナリンの過剰分泌による幻覚や意識の混濁が生んだ正に致命的なタイムロスであった。
それでも、少年は攻撃の手を緩めない。
死にゆく自身の身体も、決して勝てぬ勝負という事実も少年の手を止める理由になり得ない。
ただ、親に愛されなかった少女の為ーー少年は…否、藤見疼は壊理と在りし日の自身を重ねていた。
愛されぬ苦痛を誰よりも知っていたから、助けられぬ絶望を誰よりも体感したから、手を差し伸べて欲しいと懇願したから…藤見疼は手を止めない。手を伸ばし続ける。
自身の死すら、ソレを止める理由になり得ない。
「…ッ!!お兄ちゃんッ!!」
されど現実は非情である。
個性を持たず死に向かう少年は遂に膝を着く。
治崎はその姿を見ながら瞬時に身体を修復すると少年の頭へ手を振り下ろす。断頭台じみたソレを少年は見る事すら叶わずただ頭を垂れる。
壊理はその光景に思わず目を背け…
この世に産まれ落ちてまだ数年…その生涯で身に沁みて思う事。
自身の願いは尽くが叶わぬという純然たる、悪夢じみた現実。何時しか少女は周囲へ期待する事も何かを願う事も無くなった。
どうせ叶わぬ夢ならば願わなければいい。そうすれば叶わなかったと落胆する事も無い…そう思っていた。
しかし…この現実は?コレもそうなのか?自身が願ってしまったからか…?この少年に助けて欲しいと願ったからソレが叶わぬようになったとでも?
そんなの…そんなのは
「起きてよ…起きて、起きて…私を助けてよ!!」
叶わぬからと願う事を止めた少女の叫び。
ソレは悲痛な叫びで…されど精一杯の勇気の叫びであった。
かつてのスペインにてとある言葉があった。
ソレはギリシアの大英雄ヘラクレスがヨーロッパ大陸とアフリカ大陸を隔てる海峡に打ち立てた柱に刻まれた言葉。
此れより先には何も無いと探検家や航海士への警告を発する為の言葉。
そして、その言葉は時のスペイン国の国王の命に単を発する大航海時代にて新世界を目指す探検家達を鼓舞する為に言い換えられた。
その言葉とは
そして、そこから世界の果てを超える者たちの勇気を称える詩へと変化する。
その言葉とは
古代の警告を振り切り、危険を承知で前へ向かう勇気の詩。
苦難を乗り越え突き進む
「助けるさ…その為に俺が居るッ!!」
少年は折れた膝を伸ばし、垂れた頭を跳ね上げ目の前の治崎の額に叩きつけた。
それは蝋燭の最後のゆらめきか?…否、限界を超えた少年の意地と信念が起こした奇跡。精神が肉体を凌駕した結果であった。
「ガ…ッ!?この…ッ悪あがきを!!」
予想外の反撃にたたらを踏むも治崎は吐き捨てるように言う。
ほんの数秒寿命が伸びただけ。
その通りであろう。少年が如何に立ち上がろうと死は眼の前。少年の行為は…Plus Ultraの精神は無意味だったのか…?
否、断じて否。
ほんの数秒、少年の頭突きにより治崎がよろめいたその数秒で十分だったのだ。
Plus Ultraとは限界を超える者への…苦難を乗り越える
治崎の視界には不敵な笑みを浮かべる少年と
治崎は叫ぶ。誰よりも壊理の能力を知っているが故に。
「…!!?ま、止めーー!!」
少女の中で芽生えた新しい
叶わぬのならば…叶える!手を差し伸べられぬのならばその手まで自分が伸ばせば良い。
壊理に深い考えがあった訳では無かった。ただ、もう裏切られる事も動かずに失望するだけの自分にも嫌気がさしただけ。
目の前の手に飛び付いただけであった。
「良い気分だぜ…本当に、スゲー爽やかな気分だ。
新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよーにな。」
治崎は顔に衝撃を感じたかと思うと砲弾のような速度で壁にブチ当たった。
飛び散った肉体を修復し終えてから漸く、自分が殴り飛ばされたのだと理解する。
先の悪夢のような強さですら
治崎は無意識のうちにカチカチと歯を鳴らしながら涙を流す。
恐怖していた。目の前の怪物に…思考も強さも、その正体すらも何もかもが理解不能の怪物に心の底から恐怖していた。
「嫌だ…イヤ!く…来るなッ!くるな、来るなァァァ!!」
涙で滲んだ視界の先には、完全回復した緑谷出久の姿。
冗談のような現実が其処にはあった。
「ひぃ、ひっ…うあぁぁぁ!!」
体裁も、誇りも、面子も、矜持も、持てる全てをかなぐり捨てて治崎は逃走する。
この戦闘で初の全くの無策、ただ恐怖から逃れる為だけの個性の使用。治崎は手当り次第に壁を造りながら気絶している玄野と音本の元へと駆け寄る。
そして、直ぐ様二人と自身に触れると3人の身体を
分解して修復する個性。生物間での混合実験は済ませていた。
そこらのゴロツキやヴィラン崩れを混ぜて試してある。この時程、治崎は自身の向上心の高さを美徳と思った事は無かった。
「ハァ、ハァ、ハァ…これで、これで今度こそ…」
終わりだ、と言いたかった。しかし、その口が下顎ごと吹き飛んだ。
六つの眼で少年探す…しかし、見当たらない。
六腕六脚の我が身…まるでファンタジーのケンタウロスのような姿と化した治崎は今ならば例えビルボードチャートの上位ヒーローが相手だろうと真正面から打倒する自信があったし、またその認識も間違いでは無かった。
…ならば、これは何だ?
六つの眼はそれぞれがカメレオンのように別々の方向へと忙しなく動けど少年の影すら見る事はなく、六本の腕はその一本一本が触れれば即死の個性を宿せど少年に触れる事はおろか自身が死なぬように修復し続けるだけで手一杯で、全長にして4m程にまでなった体躯を支える六本の脚は絶えず破壊され続け自重すら支え切れぬ始末。
「な、んで…なんで、なんでなんだ…こんなにも我慢してるのに…ここまでしたのに、なんで…なんでまだ勝てねぇんだッ!?」
鉄砲玉八斎衆には組の汚れ仕事を任せている。そして、潔癖症の治崎は汚れた人間と同じ空気を吸いたくないと全員にマスクを着けさせ自身もまたマスクを着けていた。
そんな治崎が、肉体を混合させてまで立ち向かっている…というのに少年には相手にすらならぬ事実。
治崎は全身の蕁麻疹もそれに伴う痒みも忘れる。それら全てを思考の外へ追いやる程の絶望と恐怖によって。
逃走
治崎は再び少年に背を向け全力で駆ける。
脚が吹き飛ぼうと、腕が砕けようと、腹が爆ぜようとも構わず駆ける。
無策ではない。治崎の狙い…それは組の武器庫に置いてある
(アレさえ…アレさえあればッ!!)
「追いかけっこかな?なら、鬼らしく数えてやろう。」
同時に、少年からの攻撃が止む。治崎の中で遊ばれているという屈辱よりも少年から攻撃されぬという幸福が勝っていた。
「ひとーつ」
その言葉と共に心臓が跳ねる。
(カウントッ…幾つまでだ?百…?いや、十か…?少なく見積もれ…十秒、いやこの数え方なら十五秒はあるッ!その間に、あの部屋まで…落ち着け、今の俺ならそのくらい訳ないッ)
「ふたーつ」
全身から汗が噴き出す。心臓は痛い程に拍動し、身体に血を送り続ける。
「みーっつ」
(思った通りだッ!これなら間に合う…アレさえ、ブースト薬さえあれば…コイツなんか…)
「よーっつ」
(…待て、
「いつーつ」
(なんで、声の大きさすら変わらないッ!?叫んでいるような声じゃない…なら、なんで…)
「むーっつ」
(攻撃を止めただけ…か?追いかけっこ…これがブラフだとしたら…?…冗談だろ?なら、何処に…)
「ななーつ」
(……近いッ!?声が、よく聞けばかなり近くで言ってないか…?何処だ…何処に…)
「やーっつ」
「何処だぁッ!?何処に隠れてる!!?出て来いッ!卑怯者ォッ!!」
「ここのーつ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「とーお……時間だ。」
半狂乱になりながらも、治崎は辿り着いた。目的の武器庫に、個性ブースト薬の元へ。
治崎の視界に映ったのは、大量の武器と粉々になった個性ブースト薬のアンプル。そして、
「ナイスラン!これでオリンピックの金メダルも安泰だな。」
パチパチと軽い拍手の音とカチカチと歯が鳴る音が響く。
これは…つまりはどういう事だ?脳が理解する事を放棄しようとしている。
前を…走っていたというのか?自分の前を走りながら、カウントを聞かせる事の出来る程の距離を保ちつつ…?
何故此処に来ると解る?何故そのアンプルを的確に砕ける?
何故、何故、何故、何故、何故…
「ああぁぁぁ…うわぁぁぁぁ!!??」
再び少年に背を向け駆けようとした治崎の眼の前に少年の顔が映る。
「ヒッ!!?」
恐怖に息を呑む治崎の顔に少年は何かを吹き掛けた。
恐らくは口に何かを含んでいたのだろう。治崎は目や口に入ったソレに蕁麻疹を激化させながらも乱雑に腕を振るう。
目潰しからそのまま少年に嬲られぬように牽制しようと
「グゥッ!!クソッ!何を…!?な、なんだ…コレは…何を、俺に何をしたぁッ!!」
気付けば身体が小さく…否、元に戻っている。二腕二脚の元の身体と足元に倒れている玄野と音本。
理解不能の自体に治崎は吐き気すら催していた。
「
治崎クンってばこっち見てくんないから楽に採れたよ。」
「個性、破壊弾…?お、お前ぇぇ!!なんでっ!」
自身の状況を把握した治崎は顔を青くする。
(個性破壊弾を噛み砕いて吹きかけてきやがったのか!?なら、俺は今から…個性無しでコイツと…?)
「やっぱし最後だしさ…」
少年は部屋の隅に座っていた壊理の頭を撫でる。
少年は目を元の黒と白に戻すと再び治崎に向き直る。
「個性やら全部抜きだ、男らしく正々堂々…ど突き合いといこうや治崎クン?」
「フゥ、フゥ…フゥ…待て、待ってくれ…」
治崎は手を突き出して静止する。
「やだね。」
少年はそれを無視して治崎に歩み寄る。
「無個性なんだろ…?なら、お前にとってもメリットのある話をだろ?そんだけの腕がありゃ個性が無くなればお前が…」
「…確かに、全員無個性になりゃ俺だって楽にテッペン取れっかもな。」
「…ッ!!なら!」
「だが、それが
そう言った少年の眼は何処までも冷酷で、底にある憤怒を容易に感じさせた。
「…どいつもこいつも…なんで解らないんだ…
お前も!アイツ等も!!オヤジも!!!なんで解らねぇんだ!?全てはウチの、死穢八斎會の為だ!!オヤジの組を!オヤジにテッペン取って貰う為に…俺は…」
「オヤジ…?ここの組長か?」
「あぁ、この世で一番偉大な人だ…」
「あっちで
少年のその言葉に治崎の思考が停止した。
(は…?くたばってる?確かにオヤジは昏睡状態だが…
何でオヤジの部屋の場所が解る?
まさか…まさかまさかまさかまさかまさか!?)
「テメェッッッ!!オヤジに何しやがったァッ!!?」
噛み付かんとする程の勢いで治崎は少年の胸ぐらを掴んで問いただす。
少年は治崎とは正反対に極々平然となんの事も無いように言う。
「殺した。頭を潰したからお前でも治せねぇよ。」
「………は?殺……ウソだ、オヤジが死ぬ訳が…」
「お前との追いかけっこの途中で偶々見付けたから殺したんだよ。
感謝して欲しいもんだな…お前もホントは邪魔だったんだろ?ヤクザも大変だよなぁ?はぐれ者共の癖に結束強ぇから組長が駄目って言えば即却下だもんな。
オヤジの為にってのもポーズだろ?そう言わなきゃ馬鹿共が着いてこねぇから仕方無く組長の為にって…ホンット馬鹿な組長持つと大変だなぁ、治崎クン。」
言い切ると同時に少年の身体が飛ぶ。
治崎は歯を喰い縛りながら青筋を浮かべて殴り飛ばした少年に跨ると馬乗りになって殴り続ける。
「テメェにッ!!オヤジの何が解るッ!
オヤジは!俺に!何にも無かった…カラッポだった俺に!居場所を!家族を!!全部くれたんだッ!!
何にも無かった俺に!!どうしようもないクズの俺に!あの人は全てをくれたんだッ!!!」
号泣しながら治崎は少年を殴り続ける。
あれ程恐れ、逃げ続けた少年に治崎は真っ向から立ち向かっていた。
「そんな…そんなオヤジを…殺してやるッ!!テメェなんて俺が殺してやるッ!!!」
パシッと振り上げた治崎の拳が掴まれた。
「家族の為に怒れるんだな…お前も。」
万力に挟まれたように腕が動かない。
「当たり前だ…オヤジを馬鹿にされて、黙ってられるかッ!」
掴まれた腕に激痛が走る。
「だったらッ!!何で、あの娘の為に!怒ってやれねぇんだ!!?」
少年は身体を跳ね起こすと治崎の眉間に頭突きをする。
治崎が怯んだ瞬間にマウントから抜け出すと未だに膝を着く治崎の顔を殴り飛ばす。
「あの娘はどれだけ泣いたんだ!?どれだけ悲しんだんだ!?何があれば逃げるより堪える事を優先するんだ!!?
あの娘が泣いてる時に!お前は何やってんだ!!
家族が大事だってんなら!先ず眼の前のこの娘を!!泣かせねぇように守んのが先だろうが!!!」
「壊理を…守る…?」
(誰だっけ…前にもそんな事、言われて…)
壁に凭れるように座る治崎の顔を少年は再び殴り飛ばす。
「親ってのは…家族ってのは!!互いに助け合ってくモンだろうが!!あの娘を…寂しがる子供を一人にしねぇのがテメェの仕事じゃねぇのかよ!!?」
(…寂しがる子供…?壊理が…?)
瞬間、治崎は過去の記憶を回想する。
「オヤジ、あの子供の個性が判りました。アレは恐らくは『巻き戻す』個性とでも言えば良いのか…とにかく、恐ろしいもんですよ。」
治崎がそう言うと壮年の男は口元に手を当て考えこむ。
「…巻き戻す、か。なら消えちまったってダンナはもう…か。」
「えぇ、諦めるしかねぇでしょうね。
しかし、オヤジは似てると言いましたけど…アレのは俺のなんかよりよっぽどだ。オマケに個性の使い方も解らないなんて…」
治崎の言葉に男は首を傾げる。
「ん…?おまえと似てるなんて言ったか?」
「は?いや、あの子供の事を任せるって言った時に言ってたじゃないですか…俺と似てるって。」
「あぁ、あれか…あれは個性がとかじゃねぇよ。」
「…なら、なんですか?」
「壊理は、親に捨てられちまった…あん時のおまえと似てるなって言ってたんだ。
あん時に俺がおまえを拾ったみてぇに…おまえもあの娘を助けてやってくれ。
最近のおまえは張り詰め過ぎてる…あの娘と一緒にちぃと遊びにでも出て来い。」
男は治崎に歩み寄るとそう言って微笑みながら肩を叩いた。
「……俺が、オヤジみたいに…?
………無理ですよ、俺には。」
「無理じゃねぇさ…俺みてぇな奴にも出来たんだ。治崎、俺はおまえが本当は優しい奴だって解ってるつもりだ。
だから…あんま恩だの考えんな。
そう言って、男は治崎の頭を乱雑に撫でた。
(あぁ…俺……何やってんだ……)
少年の拳が三度治崎の顔面に叩き込まれる。
もう、治崎が起き上がる事は無かった。
「俺を殺すなら…愛で殺せ!」
少年はそう言い捨てると少女の元に駆け寄り抱き締める。
「もう大丈夫だぜ…俺が来た!っなーんてね。」
「本当に…?本当に、私…助けて貰えたの…?」
少年は泣きじゃくる少女を答え代わりに抱き締める。小さく…崩れそうな弱い命を、護るように抱き締める。
もう、震える少女を決して離さないよう、強く、強く抱き締める。
少女を悲しませぬように…少年は覚悟をもって壊理を抱き締めていた。
そして、不意に少年の姿が消えた。
「…?お兄ちゃん…何処行ったの?」
壊理はまだ、自身の個性が発動し続けている事を知らない。
自らの個性を人に使い続ければどうなるかも…
「……ここって何処だろう?
参ったな、母さんにケーキでも買って帰ろうと思ってたんだが…」
そして、緑谷出久に限っては巻き戻しが予想外の結果になる事は誰も知らなかった。
「そこのお嬢ちゃん…ここが何処かわかるかい?」
赤い瞳をした白髪の男…藤見疼はそう言った。
次回で修行編終了です
ところで皆様は…
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やっぱハッピーエンドよ
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僕は王道を往く…バットですかね
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メリーバットエンド(小声)
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AFOちゃんに無限の可能性を感じる