僕は普通の農民だった。
生まれ育った土地は何もない所だったが景色が綺麗だといつも思っている。幼馴染みとその家族、村のみんなとの代わり映えのない日常が続く。
田舎の子供にしては可愛い。そう評判だった彼女は昔、いじめられていた。可愛い子にちょっかいをかけたくなる恋心を知り始めた男の子特有のやつだ。女の子にもあるかもしれないけど。
それが彼女には嫌だったようで人気のない所で度々泣いていたそうだ。その姿をたまたま見つけた僕は、親に伝えようと訴えかけたが迷惑をかけたくないとそれを承諾しなかった。
結果から言おう。彼女に対するいじめはなくなった。
彼女が泣いているのを目撃した日から数日経った後、僕はいじめている男の子達にちょっかいをかけるのをやめるように伝えた。たが、男の子達は聞く耳を持たなかった。
それでもしつこく言い続けると、いい加減痺れを切らしたのか彼らは暴力に訴えかけてきた。そこからは喧嘩だ。痛かった。まだ身体の強さにそこまで差がない子供同士の喧嘩は数がものをいった。
全身が痛かったが、彼女の泣いている姿を思い出すと負ける気はしなかった。負けはしなかったが勝てもしなかった。僕をしばらくの間殴り続けた彼らは飽きた様子で去っていったのだ。
その日の夜ぼろぼろの格好をした僕を見た大人は事態の全容、というのは大袈裟だがすべてを把握したようでいじめていた男の子達を連れて行った。その時の顔が泣きそうだったのを見て、良い気味だと思っていたのは内緒だ。
次の日から彼女は僕についてくるようになった。僕も彼女の事を拒むようなことはせず、いつも一緒にいた。おいかけっこをした。かくれんぼをした。二人でただ散歩をしたりもした。楽しかった。
そうやって変化はないが退屈のない日々を送る。これからも続いていくだろうと思いながら。
そんな日々は呆気なく終わりを迎える。
いつも通り窓から差す光を顔に浴び目を覚ます。誰もいない静かな朝。固まった身体を伸ばすために腕を上げて身体を伸ばす。朦朧としていた意識が覚醒したら、近くにある幼馴染みの家で御飯を食べる。家に入りおはようございます、と軽く挨拶をかわす。
初めのうちは遠慮をしていたが、押し切られてしまい今では日常の一部と化している。
食後の軽い運動として彼女と村の小麦畑を歩く。風を全身に浴びながら揺れ動く辺り一面の黄金色を見渡す。風の吹く音と小麦同士が擦り合わさる音が共鳴する。
僕はこの景色が好きだ。この時間が好きだ。特に会話もない。それでもお互いのすることを分かっている。どこか通じあっているような時間が。
小さな村なので全員が顔見知りだ。他の人の畑を横切る度におはよう、と声をかけられる。挨拶を返しながら今日も仲良いわねぇ、という声も聞こえてくる。声をかけられる度、心が温かくなり、幸福を感じる。そのまましばらく散歩を続け家に帰ろうと歩く。
家の前では彼女の両親が大きな声で話している。近くには貴族様が使いそうな馬車があり、立派な毛並みをした馬がたたずんでいる。
珍しいと思いながら何事かと近づいてみると
「これは命令だ。少年は連れていく」
馬車から降りてきたであろう男は淡々とそう告げる。
「何故ですか!? 理由も明かせないような人にシンを連れていかせはしません!」
そう言い激昂するおじさんは俺の存在に気づいたのかハッとする。その視線を辿り俺の方をみた男は近づいてくる。
「君がジーク、と言う名の少年だね」
何故僕の名前を知っているだろうか。警戒心を強める。
「そう固くならないで良い。簡単に言おう。王からの命令で君を連れていく。理由は詳しく言えないが、君にしか出来ないことがある、とだけ伝えておこう」
これを伝えただけでも怒られるけどね、肩をすくめて男は言う。悪い人ではなさそうだ。幼馴染みが手をギュッと握ってくる。
「もし、拒否したらどうなるんですかね?」
「おい! ジーク!」
僕の興味ありげな言葉におじさんは反応するがそれを無視して男は
「残念だけど拒否権は無いよ。もし断るんだったら……そうだな、指名手配かな。嫌でも来てもらうよ」
成る程。こういう時は思考を落ち着かせるべきだ。あくまでも冷静に言葉を間違えないように。理不尽を感じながら自分にそう言い聞かす。
考える。もし、僕が指名手配されたらこの村に様々な人がやって来るかもしれない。中には手段を選ばず僕を連れ去ろうとする人さえも。そうなったら最悪だ。
「分かりました。ですがこの村には何もしないで下さい」
男はその言葉を聞くと微笑みながら
「もちろん。言われるまでもない」
僕の横を一瞥し男は
「彼女達と別れを済ませてきなさい」
と言い残し馬車に戻っていった。
手が強く握られているのが分かる。ああ、勝手に決めてしまったな。怒られるかな。そう思いながら振り返る。
「ねえ。本当に行くの?」
「ごめん。ミナ。行きたくはないけど村に迷惑はかけられないよ」
「そう……。帰ってくるよね」
ミナは瞳を潤ませながら僕に問う。きっと不安なのだろう。今まで生きてきた人生の半分以上を一緒に過ごした仲だ。もちろん僕も不安だ。いるべき人、一緒にいた人が急にいなくなるかと思うと。
だが、分からない。この国の王様がどんな人物か知らないし、これから何が起こるのかも想像がつかない。
すぐに戻ってくるよ。などとその場任せの言葉を吐くのは良くない。
「正直に言おう。僕にもいつ帰ってくるか分からない。数年以上戻ってこないかもしれない。何年僕が必要とされるか予想がつかない」
彼女の頬に涙が流れる。それだけで僕の良心が痛む。
「今から僕は最低なことを言う。さっき伝えた通りいつ帰ってこれるか分からない。もしかしたらもう会えないかもしれない。それでも、必ず僕は帰ってくる。だから僕の帰りを待っていて下さい」
頭を下げる。歯を食いしばりいつ殴られてもいいように準備をする。いつまでたっても殴られないので顔を上げてみると彼女が抱きついてきた。僕は彼女を抱き返す。しばらく包容をかわした後
「待ってる。ジークは優しいから私が悲しむようなことはしないでしょう。だから必ず帰ってきて」
ミナは、はにかむように笑う。その姿が愛おしく僕がまた、抱き締めようとするが
「あの、お二人さん。流石に俺らの前でそういうことやられると見てるこっちがねぇ」
「ふふっ。若いって良いわぁ。あんなことしちゃうんだもん」
おじさんは頬をかきながら恥ずかしそうに、おばさんは興奮したように言う。
顔が赤く染まるのが分かる。顔が熱い。ミナの方をチラ見してみると彼女の顔も赤く染まっていた。
「だがよぉジーク本当に行っちまうのか?」
「そうよ。ここで二人で暮らすのもありなのよ」
おばさんがにやにやと言っている。
「お母さん! もういいでしょう!」
ミナとおばさんがじゃれあっている。相変わらず仲が良いな。そんな二人を横目におじさんは
「俺は正直反対だ。曖昧な理由でお前を行かせたくねぇ。だが、ジーク、お前が決めたことだ。これ以上は何も言わない。ただ、娘を泣かすなよ。必ず戻ってこい」
真剣な顔でそう告げる。
当たり前だ。僕は彼女を泣かせたくない。その意思を込めて力強く頷く。その様子をみた後おじさんはニカッと笑う。
「じゃあ行け。村の皆には俺が伝えておく。だから何も心配せず、すぐに帰ってこい」
「そうね。ジーク君がいないと子供が一人減っちゃうんだもの。寂しくなるわ」
「ジーク、必ず帰ってきてね。待ってるから」
それぞれが言葉を掛けてくれる。この家族は本当に温かいな。
特に家から持っていくものは無いのでそのまま馬車に乗り込む。
「もういいのか? しばらくは会えないぞ」
「はい。別れは済ましましたから。それに必ず戻りますからね。ここに」
僕の言葉を聞いた男は嬉しそうにしながら
「そうか。俺はしばらく馬車の外を警戒しておく。だからお前は一人でここに居ろ」
そう言い馬車から出ていく。
少し経った後馬車が動き始める。あまり揺れないので、これが貴族様の馬車か、と感動する。
これから王都か。ぼんやりと馬車の外を眺める。
見渡す限り小麦畑。たまに家が見える。目が涙で滲んでいくことが分かる。
この村を見るのは最後になるかもしれない。目に焼きつけるようにその光景を見続ける。
そして静かに祈る。
ーーーまたこの村に戻ってこれますようにーーー
誰かが微笑んだ気がした。
勇者が王都に行くまででした。
次回は視点、戻ります。